Sat 080920 参考書執筆と欲求不満 西新宿・住友三角ビル スパッカ・ナポリ | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Sat 080920 参考書執筆と欲求不満 西新宿・住友三角ビル スパッカ・ナポリ

 一昨日、昨日と書いたような事情もあって、学習参考書を執筆するときには「何でもかんでも書けばいい」「徹底的に詳しく書きまくればいい」というワケにはいかない。予備校講師というものの宿命であるが、正確さ詳細さだけをどこまでも突きつめる大学研究者の爽快さは、禁断のものなのである。「正確・詳細」と「分かりやすさ」の間にある一線を引いて、そこから先は涙をのんで我慢するしかない。


 世界史や日本史の講師など、その苦しさは英語講師の数倍にもなるのではないだろうか。中央公論社や小学館などから出ている「日本の歴史」「世界の歴史」のようなシリーズ物だと、一冊500ページもある分厚い本で20巻以上もあるのだ。定説以外に、こんな説もある、こんな少数意見もある、こんな逸話もある、江戸時代の名古屋はこんなふうだった、明治時代の九州地方はこんな状況だった、そういうことをいくら話したくても、いくら参考書に書きたくても、書いていいページ数は1冊200ページ程度。そのページ数に縛られ、ターゲットに設定した生徒の目線に合わせて話さなければならない。「出ないこと」は書いてはいけないのである。

 

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(写真上:台風接近の天気予報を聞きながら、ナデシコのしっぽを枕に眠りに落ちようとするニャゴ姉さん)

 こういうふうで、学習参考書の執筆というのはそれなりに欲求不満の元になる空しい部分が少なくない。空しくなれば、また三崎の「しったか貝(080625参照)」が恋しくなり、江ノ島の磯くさい磯料理(080613参照)で酒を飲みたくなり、長瀞が懐かしくなり、つれなく袖にして顧みなかった長瀞「洞昌院の萩」なりSL列車なり(080917参照)、そういうものに挨拶がてら、また執筆から逃亡したくなる。ところが、そういう逃亡をしっかり防止して、弱気な執筆者をPCの前に貼り付かせてくれる巨大な渦巻きが、西の方からやってきた。台風13号、というのがその名前である。昨日は、仕方がないから散歩は近場で済ませることにして、西新宿の高層ビル街を歩く。生温い風、生温い雨、確かに台風接近の緊張感はある。

 

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(写真上:ツキノワどんがうるさくて寝られない。またバーベルで鍛えるかねえ。しかしこの間、顔がコワすぎるといわれたしねえ。迷うニャゴ姉さん)

 雨が激しくなったので、住友三角ビルに入って、軽く昼飯を食べることにする。このビルには久しく来ていない。このあたりの高層ビルは昭和40年代の建築であって、既に築40年程度。京王プラザでも野村ビルや三井ビルでも同じことだが、すでに人間で言えば中年に該当する。久しぶりに入ってみると、さすがに内装もビルの雰囲気全体も、随分と年をとった実感がある。私がよくここを訪れていたのは20年ほど以前。電通を辞めてしまった後で、ツナギのアルバイト気分で勤務していた塾の「総務本部」というのが住友三角ビルにあって、その塾の模試の採点などの仕事でどうしても来なければならなかったのである。いつか書いた下北沢の眼科医が、まだ生徒として来ていたのもその塾の「せんげん台校」だった(080621参照)。私にとって、今までの人生で一番つらい時期のことだから、このビルには余りいい印象がなくて、おそらくそのせいですっかり足が遠のいていた。


 52階、イタリア料理の「スパッカ・ナポリ」に入る。スパッカ・ナポリSpacca Napoliというのはナポリの街の真ん中にある実際の地名である。あくまで「スパッカ」であって「スッパカ」ではないのだが、日本人としては「スッパカ・ナポリ」のほうが発音していて気持ちいいから、ついつい「スッパカ」「スッパカ」と言いたくなり、やがてグループの中の誰かが「スッパカパッパ」「スッパカパッパ」と言い始め(中高年の人が旅していれば、確実にそうなる)やがてそれは歌うような「スッパカパッパ」「スッパカパッパ」に変わって、とどまるところを知らない状況に高まっていく。

 

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(写真上:2月のナポリ湾と雪をいただいたヴェスビオ山。手前はサンタルチア港)

 ただし、ナポリという街は、まあ恐ろしいところでもあって、あんまり気軽に「スッパカパッパ」「スッパカパッパ」などと盛り上がっていると、暗い小路の奥からは熟練したスリの皆さんが狙っていることも少なくない。彼らのワザは神の手のそれであって、こちらがまるで感じもしないうちに財布もパスポートも飛行機のチケットも、すべてウソのように消え去っている。私だって、今まで8回のイタリア旅行で何度かトラブルに遭っているが、そのほとんどすべてがナポリに絡んでいる。レストランで優雅に昼食中、いきなり店員がよその店の店員と激しい殴り合いのケンカになったのも、ナポリ、サンタ・ルチア港のことだった。

 

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(写真上:ナポリ王宮付近で。暖かい石畳で眠るデカイ野良犬たち。ナポリの雰囲気が、犬にもすっかりうつっている)

 ナポリは楽しい思い出も多いから、悪いことは余り言いたくない。しかし、鉄道でローマからやってきて、ナポリ中央駅を降りた瞬間に「なんでこんな街に来てしまったのだ」と後悔することは多い。駅前にはゴミが散乱し、石畳の道は砂とホコリにまみれ、クルマはルール無視で乱暴に走り回り、数えきれないほどのバイクがそのクルマの間を走り抜け、店は昼間からシャッターをおろし(シエスタではなく用心のため)、メインストリートにはアフリカ系の移民労働者がズラッと際限なく立ち並んで中国製のフェイクバッグを売っているし、彼らを排除しようと警察車両が頻繁にサイレンを鳴らして走り回るのである。

 

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(写真上:サンタルチア港とヴェスヴィオ山。殴り合いに立ち会った店のすぐそばで)

 問題の「スパッカ・ナポリ」について言えば、このナポリの状況をトロリと一晩煮詰めたような有り様、と言っていい。今はゴミ回収問題がこじれているから、私が最後にナポリを訪れた時に輪をかけたような感じになっているに違いない。スパッカ・ナポリを抜ければ、その先はひとまず安心な繁華街に出るから、3年前の私はものすごい勢いで一息に駆け抜けたものである。


 いつもは慎重に「ご用心を」と連呼する「地球の歩き方」なのに、スパッカ・ナポリについては何故かそういう書き方をしていない。「ナポリ情緒の残る古い街。陽気で人なつっこいナポリっ子、青空に翻る洗濯物や活気溢れる賑やかな市場。ナポリのすべてがここにある」となっている。たいへんのんびりした、いいムードのようだが「ナポリのすべてがここにある」という表現に注目。「すべて」が凝縮されてそこにトグロを巻いているのである。ご用心を。「陽気で人なつこいナポリっ子」の中には、「ひるがえる洗濯物」を口を開けて眺めたりピースサインで写真をとったりしている日本人を見ると、必要以上に人なつこくしようと、物凄く接近して人なつこくしたがる輩も含まれている。ご用心を、である。

 

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(写真上:2月のナポリ、海に突き出た「卵城」から高級ホテルの立ち並ぶ海岸通を望む)

 で、肝腎の西新宿・住友三角ビルの「スッパカ・ナポリ」、おっと「スパッカ・ナポリ」は(なお、こういう情けない冗談の言い方は、大正から昭和初期の日本人にとっては定番。「おっと…」以外にも「いけね…」「もとへ…」などのバージョンがあって、わざと言い間違えてから、自分の頬をひっぱたくような動作を交えつつ、苦笑いして言い直すのである。昭和60年代、厚底サンダルやレッグウォーマーとともに消滅。特に「もとへ…」については死語となったか。この変形で「もとい…」という発音もある。名作と言われるような小説にも出てくるから、知っておいた方がいい。無形文化財として、残しておきたい表現である)、ごく平凡な店であって、財布やパスポートがなくなったり、青空のもとバイクが走り回ったり、洗濯ものが翻っていたり、突然殴り合いが始まったりするような、そういうイキな仕掛けは全くなかった。

 

 メニューで目についた「ゴルゴンゾーラとハチミツをふんだんに使ったピザ」を注文したところ、ハチミツがふんだんすぎて、せっかくの白ワイン(ランチだったので、遠慮してデカンタにしたのだが)の味が全く分からなくなってしまった。ま、注文した私が悪かったということにしておこう。ピザを一人で焼いているイタリア人が陽気に挨拶してくれるのはよかったが(きっと「人なつっこいナポリッ子」なのだろう)せっかく52階などという高層階で営業するのだ、もっといろいろ工夫があってしかるべきである。

 

1E(Rc) Ewerhardt & Collegium Aureum:HÄNDEL/オルガン協奏曲
2E(Rc) チューリッヒ・リチェルカーレ:中世・ルネサンスの舞曲集
3E(Rc) Collegium Aureum:MOZART/EINE KLEINE NACHTMUSIK
SYMPHONY No.40
4E(Rc) Rubinstein:THE CHOPIN I LOVE
5E(Rc) Solti & Chicago:
DEBUSSY/LA MER・PRÉLUDE A L’APRE MIDI D’UN FAUNE
        RAVEL/BOLERO
6E(Cd) Midori & Mcdonald:ELGAR & FRANCK VIOLIN SONATAS
7E(Cd) デュトワ&モントリオール:ロッシーニ序曲集
10D(DvMv) OCEAN’S THIRTEEN
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