チャーリーとチョコレート工場


2005年 米・英・.豪合作映画

監督 ティム・バートン

脚本 ジョン・オーガスト

原作 ロアルド・ダール

   「チョコレート工場の秘密」

出演 ジョニー・デップ

   フレディ・ハイモア

   ディープ・ロイ



⚫︎あらすじ


1人で生きてきたウォンカが、工場の後継ぎを探すために5人の子供を工場に招待します


チョコ食べ過ぎの肥満児

高飛車で負けず嫌いな女の子

金持ちでワガママな女の子

ゲームオタクで生意気なガキ

貧乏で7人で暮らすチャーリー


感じの悪い4人は工場見学中に、どんどん振り落とされて、チャーリーが後継ぎに選ばれます


ウォンカはチャーリーに工場を与えるから来なさいと言うのですが、家族と離れたくないから行かないと断ります


それならとウォンカはチャーリーの家を、そのまま工場内に作ってあげるのです


⚫︎感想


なんだか訳の分からない映画だと思って見ていました


でも子供に人気があるんです


なぜ?


ああ、ディズニーの世界観があって、コビトたちが歌って踊るからだな


なんて、ずっと思ってました


でもよく見ると、テーマがあるんです


暴飲暴食を良しとする家族


誰にも負けず蹴落とせと育てる家族


何でも買い与え我儘に育てる家族


頭でっかちで他を馬鹿にする家族


貧乏だけど愛のある家族


そんな子供や親たちを批判する歌を、ミュージカル風にコビトたちが、コミカルに歌って踊ります


実は歯科医の息子だったウォンカは、ムシ歯にならないためにチョコレートなどの甘いお菓子を禁止されて育ったんです


ウォンカはそんな家を飛び出して、1人で立派なチョコレート工場を作り上げたんです


でも後継に選んだチャーリーに家族と別れるのはイヤだと断られたことで、ウォンカも勇気を出して父に会いに行きます


そして息子ウォンカのことをずっと思っていた父の心を知るんです


親は親なりに子供のことを思っていたんです


でも、その親にも親がいて、いろいろなことを教わりながら育ってきたんです


子どもから見た親に対する気持ち


親から見た子どもに対する気持ち


それぞれの家族の考え方や境遇によって人生って変わるんだと感じました

実家に戻ったウォンカでしたが、歯科医の父は患者だと思って、ウォンカの歯を診ます


すると、あまりにキレイな歯並びを見て「ウィリー?!」と息子の名を呼びます


父は息子のことを思って歯列矯正をして、甘いお菓子も禁止しました


そのおかげで、ウィリーの歯は、とてもキレイだったのです


ですが、子どもの頃のウィリーは鉄格子のような歯列矯正器具を付けられて、ずっと生活をしていました



⚫︎ウンバルンバ


原作ではアフリカのピグミー族でしたが、人種問題で、ルンバランドに住むコビトの設定になったそうです。

ウンバルンバ役のディープ・ロイは身長132cm、インド人の両親からアフリカ大陸のケニアで生まれました。インド・マハラジャ(偉大な王)の出身なんだそうです。


アフリカに住むウンバルンバは、宝物のカカオを、イギリスのウォンカに盗まれてしまいます。

「そんなにカカオが欲しいなら、僕のチョコレート工場で一生はたらかないかい⁈」とウォンカに誘われます。

そうして沢山のウンバルンバたちはチャーリーの工場に移り住み甘いチョコレートを作り続けます。

これって、イギリス人がアフリカ人をアメリカ大陸に連れて行って、甘いサトウキビを大量に作らせる話しと似てる……。ん?“三角貿易の話し”なのとも感じましたねー。




⚫︎原作者ロアルド・ダールがすごい!


①ダールはチョコのテスターだった

②ダールはMI6のスパイだった

③ダールは医療機器の発明者だった


①原作者のダールは、チャーリーのような貧乏な家庭ではありませんでしたが、イギリスの名門寄宿学校での虐待や孤独があったそうです。厳格すぎる教師からの体罰や上級生によるいじめを経験していて、その苦しみが作品の「子ども vs 意地悪な大人」という構図に繋がっているそうです。

この学校には実在のチョコメーカーから試作品のチョコが届き、生徒たちが評価をする習慣がありました。この時の「秘密の部屋で新しいお菓子が作られているのではないか」というワクワクした妄想が、物語の直接的なインスピレーションになっているんだそうです。


②ダールは第二次世界大戦中、イギリス空軍の戦闘機パイロットでしたが、墜落事故で負傷した後はMI6のスパとして活動していました

ダールは後に『ジェームズ・ボンド』シリーズを書くイアン・フレミングと一緒に働いていました。ダールの華やかな女性関係や長身で端正な容姿は、ボンドのモデルの一人だったとも言われています


③ 1960年、赤ん坊だった息子のテオが交通事故に遭い、脳に水が溜まる脳水腫を患いました。当時の治療用シャント(管)はすぐに詰まってしまう欠陥がありました。

ダールは息子を救いたい一心で、玩具職人、脳神経外科医と協力し、詰まりにくい画期的な脳排水弁(シャントバルブ)を共同発明しました。彼はこの発明で一切の利益を受け取らず、世界中の多くの子どもたちの命を救うことに貢献しました。