桃太郎伝説の残る岡山には、桃太郎をまつる吉備津彦神社と、吉備津神社があります。今日は御朱印を頂きに行きたいと思います。
⚫︎JR桃太郎線(吉備線)
⚫︎吉備津彦神社
日本神話に登場する皇族・英雄で、古代の吉備地方を平定した人物と伝えられています。伝説では、鬼のような存在「温羅(うら)」を退治したとされ、この話が後に桃太郎伝説につながったともいわれます。
境内にある「桃太郎茶房」でたかきび団子と赤姫もちを食べようと思っていましたがやってなかったです…残念。
御朱印を頂くところに、かわいい桃太郎みくじがありました。迷わず桃太郎を選んで「大吉」を引きました!これ、お土産にもいいかも…
裏には温羅神社もありました。どうも温羅とは朝鮮から来た人らしいです。高度な製鉄技術を持つ温羅は、良質な砂鉄の取れる吉備(岡山)に住み着いて、「鉄」による強大な力を持っていました。それを許さない大和朝廷が温羅を攻撃しに行った話が桃太郎伝説になったようです。「鉄」を作る温羅だから、鬼は金棒を持っていたのかも知れません。
⚫︎吉備の中山みち
吉備津神社から吉備津彦神社は2キロほどですので30分ほど「吉備の中山みち」をさんぽします。途中には「鼻ぐり塚」がありました。牛の鼻につける輪のことらしいです。敏感な鼻に穴をあけて引っ張るので人の言うことを聞くんですね。その牛たちの供養をする所です。
⚫︎ 吉備津神社
吉備津彦命は、悪事を働く鬼の温羅を退治して首をはねました。しかし、切り落とされた温羅の首はうなり声を上げて叫び続け、何年経っても止みませんでした。困った命は、その首を釜の下に埋めました。その温羅の声が今でも聞こえ、吉凶を占っているそうです。
「温羅(うら)で占(うら)なう」っていうことですね。
⚫︎桃太郎
吉備津神社の門前にある、赤鬼の像が目印の昔ながらの土産物屋・食堂です。
⚫︎岡山駅前の道が広い
むかし岡山出身の友人に「とにかく道が広い」とは聞いていました。確かに路面電車の道の横に3車線の車道と駐車出来るスペースもあるので、実質5車線分が中央分離帯の両脇にあります。横幅は50Mあるそうです。東京の新宿を通る青梅街道の最も広いところでも38Mだそうです。
そして歩道も広くて車2台が走れるほどの幅があります。路面電車に乗るのも楽しいですが、やはり歩いてみないとわかりませんね。
⚫︎味司野村(あじつかさのむら)
歩いているうちに岡山名物デミカツ丼発祥店の「味司野村」に着きました!名前を書いて、店内で食券を買ってから外で待つシステムです。
ドミグラスソースカツ丼(並)¥1,100を頂きました。なかなか食べ応えがありました。カツカレーならぬ「カツハヤシライス」って言う感じの味です。
⚫︎岡山表町商店街
岡山最大のアーケード街です。駅からずいぶん離れたところにアーケードがあるんだなぁ…。いやそうじゃなくて、かつての中心地の城下町と少し離れたところに、新幹線が通り、駅前vs城前になったようです。たしか金沢もそんな感じでしたね。
⚫︎天満屋(てんまや)
岡山発祥の百貨店です。百貨店6店舗、スーパー46店舗の創業200年の地場百貨店です。
当時一般的だった「客を見て値段を交渉する売り方」を排し、誰にでも同じ価格で売る正札販売(定価販売)をいち早く導入して地域から深い信頼を獲得したそうです。
見た目で値段を変えることって海外では今でもよくありますよね。商人文化の関西では値切るのが当然で、武士文化の関東では見栄を張って言い値のままで買うんですね。関東の人が値切らないのは、そういう歴史があるんですね。
⚫︎感想
岡山って桃太郎推しだと思っていましたが、実は朝鮮のほうから来た温羅が勢力を持ったために大和朝廷が討ち滅ぼしに来たということを知りました。もしかしたら岡山が日本の中心だったかも知れないんですね。
あと電車に乗れば倉敷、尾道、高松など割と直ぐに行ける交通の要所なんだとも感じました。
では最後に一句
「岡山は 道の広さと 桃太郎」
前日の高松さんぽです↓
岡山城、倉敷さんぽです↓
















