野良犬


1949年 日本映画

監督 黒澤明

脚本 黒澤明

出演 三船敏郎

   志村喬


正義感の強い若手刑事と、冷静で経験豊富なベテラン刑事という対比は、後の多くの警察映画に影響を与え、バディものの原点になりました



⚫︎あらすじ


射撃訓練を終えた若い刑事・村上(三船敏郎)は、うだるような暑さの中で乗り込んだ満員バスで、支給されたコルト(拳銃)をスリに盗まれてしまう


弾は七発すべて入ったままで、犯罪に使われるかもしれないという恐怖と責任感から、村上は自ら闇市に潜り込み、上野や浅草を一日中歩き回って犯人の手がかりを追う


やがて拳銃の闇ブローカーに接触するものの、取り逃がしてしまい、その直後に盗まれた銃が使われた強盗傷害事件が発生、村上は絶望して辞表を提出する


しかし上司に諭され、ベテラン刑事・佐藤(志村喬)とコンビを組んで本格的な捜査に乗り出すことになる


2人は闇取引に関わる女やスリの“お銀”から情報を引き出し、特攻隊上がりの復員兵・遊佐という若い男が拳銃を手にしていることを突き止める


遊佐は貧困と戦後の混乱の中で希望を失い、銃を使って次々と犯罪に手を染めていたのだ


村上と佐藤は、遊佐の恋人であるダンスホールの踊り子・ハルミを通じて行方を追い、ついに駅で遊佐を発見する


泥まみれになりながらの格闘の末、村上は重傷を負うも遊佐を逮捕する


遊佐の姿を前に、村上は自分も同じ復員兵として、紙一重で道を踏み外さずに済んだに過ぎないことを痛感する


経験豊かな佐藤は、罪と向き合いながらも職務を続ける覚悟を説き、村上は刑事として生きていく決意を新たにするのだった




⚫︎感想


最初に野良犬の映像が流れます


自分の拳銃をスリにすられた刑事(三船敏郎)が、暑い夏の街を歩いて歩いて歩いて犯人を追う姿が描かれています


ああ、だから野良犬のように歩き回って獲物を探すってことか!?


なーんて思って見ていました


戦後の混乱した日本の街や、ジャイアンツの試合など、当時を知ることができる映画です


白っぽいスーツのポケットに「コルト」を入れてて、満員バスですられて、怪しい女スリを執拗に追うんです


ヒモもクサリも付いて無いピストルを、無防備にスーツの外ポケットに入れただけってのが悪いんだと思いますけどねー


*コルト(ベスト・ポケット)

アメリカ・コルト社の小さな拳銃。スーツよりも小さいベストのポケットにも入るという意味


その女に「人権蹂躙*で訴えるよ!」と言われます


*蹂躙(じゅうりん)とは

踏みにじること。 暴力、強権をもって他を犯すこと。 しばらく前までは、弱い立場の者が迫害を受けると、「人権蹂躙」と訴えて相手を攻めていたんです


新米刑事が何とか手掛かりをつかむも、下っぱの女をしょっぴいただけで、裏にある拳銃売買の大きな組織は取り逃してしまいます


上司から「3ヶ月間減俸だ」と言われて、ずいぶん軽い処分なんだなと感じました


その後、自分のコルトで事件が起きてしまい辞表を出すと、上司が

不運は人間をたたき上げるか、押しつぶすかのどちらかだ。君は押しつぶされる気か⁈君の不運は君のチャンスだ


と言って、その事件の捜査に行かせてくれるんです


不運はチャンス…いい言葉です♪


刑事たちは、野球場に黒幕があらわれるという情報を得て、球場に向かいます


巨人VS南海戦が行われる後楽園球場には、アクタミン、胃腸にトモサン、目黒雅叙園、クラブ歯磨、など興味深い宣伝が書いてあります


しかも「ジャイアンツ背番号16川上」のアナウンスで、野球の神さま“川上”が打っています


話がずれましたが、戦争から帰ってきた男が、アプレゲール(戦後派)と呼ばれた時代


戦地から日本に帰って来て、何もかも嫌になって拳銃で人を撃ってしまう犯人と、正義のために拳銃を使う側の人間に分かれてしまった男たちの物語でした



⚫︎アプリゲール(戦後派)

 ベテランの佐藤刑事が新米の村上刑事を「アプレゲール」と呼ぶシーンがあります。フランス語で戦後という意味だそうです。

 犯人・遊佐は、まさにこの「アプレゲール犯罪者」の典型として描かれています。戦場から戻り、信じていた価値観が崩壊した社会で、刹那的に暴走してしまう「戦後の歪み」を象徴する存在です。 

 対して村上刑事も、同じ戦後派(アプレゲール)の世代でありながら、正義の側に踏みとどまった「もう一人のアプレ」として対比されています。


⚫︎戦後の虚無感とは

 戦時中、日本人は「お国のために死ぬことが一番立派だ」と教えられ、それを疑わずに生きてきました。

 しかし終戦を迎えた途端、昨日までそれを説いていた先生や大人が「戦争は間違いだった、これからは民主主義だ」とケロッと言い始めたのです。

 それに対して若者たちは「じゃあ死んだ仲間は何だったんだ?大人の言うことなんて全部ウソじゃないのか?もう何も信じられない」という虚無の根源になりました。

 「何を信じればいいのか分からない」という強烈な人間不信と虚無感が生まれ、「どうせいつ死ぬか分からないなら、今を好き勝手に生きよう」という刹那的な思考に繋がりました。

 戦争で家を焼かれ、父親や長兄を亡くした家庭が激増し、伝統的な家父長制や、地域社会の目が機能しなくなりました。

 そして闇市に象徴されるように、まずは自分が生き残ることが最優先となり、他人を蹴落としたり、法を犯したりすることへの罪悪感が麻痺していきました。

 戦場で日常的に死を見てきた復員兵や、空襲で死を身近に感じていた若者にとって、人の命の重みが戦前とは変わってしまいました

 感情を殺して効率的に目的を達成しようとする「冷たい知能犯」が増えたのも、この時代の特徴です。



アプレゲールを知ると三島由紀夫をもう少し理解できます

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