「イルジメ」は週2のリズムで
アンニ・ヨン・ハセヨン!
更新、遅れまくりですみません!ようやく復帰です(おそらく…)。
さて、久々に「イルジメ」の映像を流しながらの作業で、新鮮な感じです。というのも、先週は仕事の関係で、とある日々(イルイル)ドラマ(全178話)を見まくり、タイトルをつけ、あらすじを書き…という作業に明け暮れておりました。しかし、終わったのはまだ序盤のみ。一体、いつ終わるんだろう?(苦笑)。
まぁ、この手の仕事は多いのですが、そのたびにドラマにはリズムがあることを感じます。例えば、同じ作業をこの「イルジメ」でもやったわけですが、全20話のミニシリーズと、同じ時代劇でも「風の国」(全36話)や「朱蒙」(全81話)では、まるでリズムが違うのです。見ていくと、次第に体(頭)がそのリズムになっていくのです。長いドラマなら大きな波、短いドラマなら小さな波、といったように、そのドラマごとの波に乗って見るような体(頭・心)になっていく。その波にうまく乗れないドラマ、途中でリズムが狂ってしまうドラマは、あまり面白いドラマではないようです。リズムにうまく乗れるかどうかで、ドラマのクオリティも分かってしまう。「リズム」は「テンポ」と置き換えてもいいかもしれません。短ろうが、長かろうが、リズムは大事なぁと改めて思った次第。リズムが駄目だと見続けるのがつらいし、逆にリズムがいいとどんどんはまり込んでしまうのです。
さて、「ミニシリーズ」という言葉が出てきたところで、簡単に韓国ドラマの放送枠とその傾向について、少しお話ししておきましょう。
ご存知の方も多いと思いますが、韓国の地上波放送局は、MBC、SBS、KBS(KBS1とKBS-2)の3局があります。
MBCは多くのトレンディドラマを生み出していて、何となくフジテレビっぽい感じです。「チャングム」とか「朱蒙」、「~キム・サムスン」のように時々大ヒット作を飛ばす傾向にあります。
KBSは日本で言うNHK。時代劇を作らせると王道の大河になりがちで、全体にきちんとした感じです。が、「花より男子」がKBSだったりして、なかなか侮れません。
SBS(「イルジメ」を制作・放送した局ですね)は、実験的ドラマが多いような気がします。古くは「砂時計」から「オールイン」、「パリの恋人」「天国の階段」「銭の戦争」などなど、その時代では斬新な切り口で「攻め」のドラマを作る傾向があるように思います。社会派ドラマが多いのもSBSですね。
日本では編成がたびたび変わるので何とも言えませんが、今クールで言うと、フジの月9・火9・火10・木10、TBSの水9・金10・土8・日9、日テレの水10・土9のように、各局でドラマが食い合うことはありません。
が、韓国では思いっきり食い合っている。例えばドラマの放送枠では、月曜と火曜の午後10時代に放送される「月火ドラマ」と、水曜と木曜の午後10時代に放送される「水木ドラマ」の枠がいわゆるトレンディを生み出す人気枠になっています。しかも、3局すべてがバッティングしている。ちなみに、この枠で放送されるものは、全16~24話前後の「ミニシリーズ」と呼ばれるものか、「エデンの東」や「朱蒙」などに代表される歴史大河が定番です。ま、時々つなぎの単発ドラマが入ったりしますが。
そして、この枠の前に放送されているのが「9時のニュース」。1日のニュースの中でもゴールデンと言われ、各TV局がこの時間のニュースには力を入れています。
その「9時のニュース」枠の前が、日々(イルイル)ドラマ枠。月曜から金曜の午後8時代に放送され、約3ヵ月から、長いものだと6ヵ月くらいのあいだ続くホームドラマ系です。この枠は、9時のニュースに繋がるので、各TV局がもっとも力を入れて制作されている枠になるそう。「頑張れ!クムスン」なんかが、この枠から産まれたヒット作ですね。
他に、平日の朝に放送される朝の連続ドラマや、土日の夜に放送される週末ドラマがありますが、3局の放送枠が完全にバッティングして視聴率を争う枠は「月火ドラマ」「水木ドラマ」で、「日々ドラマ」と「週末ドラマ」は時間が微妙にずれつつ競争を繰り広げる形になります。
この放送の流れから分かるように、「日々ドラマ」は「9時のニュース」に繋ぐため、家族全員が楽しめる、分かりやすくて定番のホームドラマになる傾向があります。
で、「9時のニュース」を受けて放送される「月火ドラマ」「水木ドラマ」は、社会情勢が反映された形のものが多くなるわけです。なにせ、ニュースは今の世の中の問題点を発信するものですから、それを見たあとは、なんとなく社会に対して批判的な気分になってしまう。なので、この枠のドラマに関しては、ストレスを解消したり、痛快な気分になったり、共感したりと、そういう要素を自然に求めてしまうわけですね。「イルジメ」はまさに、この枠で放送された作品で、社会の問題点を映し出し、多くの視聴者の共感を誘うことに成功したわけです。
日本でも、今クールは「裁判員制度」を扱ったドラマが多く作られましたが、韓国でも08年は「イルジメ」をはじめ、「快刀ホン・ギルドン」「必殺!最強チル」など義賊ドラマが多く作られました。いずれも「月火ドラマ」「水木ドラマ」枠で、長い不況下での不安を受けて、同時期に必然的な形で生まれたのかもしれませんね。
…前置きでこんなに長くなってしまった。
で、はじめに、ミニシリーズと日々ドラマではリズムが違うと書きました。
例えば、日々ドラマなどは、話の大枠が固まるまで20話近くかかります。つまり、前置き・背景説明で約20話が費やされてしまう。「起承転結」の「起」に当たるのが、それ以降40話くらいまでで、本格的に面白さを増してくるのが60話以降、「え~!?」っと驚かされて、さらにはまっていくのが100話以降、という感じで、ミニシリーズと比べて、リズムが大波なのです。もちろん、現地の人たちはそれを、1週間(5日間)単位で見ているわけですから、リズムは5話周期で作られている。制作者も演じる方も、それを意識したリズムで作っているわけです。
が、対して、ミニシリーズは週に2日のリズムになります。さらに大きな流れとしては、中盤に大きな分岐点を置き、前半後半それぞれに1~2箇所の「変化へのきっかけ」が起きるように作られている。ま、そんな細かいことはさておき、リズムはそのドラマを味わうのに、結構キーになるような気がします。
話は飛びますが、先日、「夜中にテレビ東京で、二宮和也の舞台『見知らぬ乗客』のCMが流れているらしい」という情報を入手し、TVの前で張り込みをしておりまして。 そうしたら、なんと情報番組で「イルジメ」特集をやっているではないですか!どうも、毎週やっているらしく、その週の放送内容を簡単に紹介するプロモーション番組のようでした。で、そこではじめて知ったのですが、先週までの段階で地上波で放送されたのは第4話まで。今週、第5&6話が放送されるのです。
そんなこともおかまいなしで、このブログではガンガンその先のことを書いておりました。ま、レンタル版、セル版では出ているので、よしとさせて頂くとして。
にしても、うっかり自分のペースで見ていましたが、地上波ではちゃんと「週2のリズム」で放送されているんですね。カットシーンがあるにしても、リズムという意味では正しい放送体制です。制作&放送当時と同じリズムですから。
思えば、リアルタイムで見ていたときも、「週2のリズム」で今週の展開を噛みしめながら、次週の展開を心待ちにしていたものです。もちろん、一気に見たくなるのは分かりますが、もしかして、ここは「週2のリズム」で見る方が、本来の形なのかも知れないとふと思ったりして。きっと、制作サイド(特に脚本家)は、2話単位で展開を考えていたと思うのです。演技者たちも2話単位で撮影しています。なので、そういう呼吸を感じながら見ると、別の発見があるかも、と思ったわけです。
なので、週に2話ずつじっくり堪能して、次の2話に進む、という見方を、もう一度してみようかなと、思った次第。地上波で視聴中の方はもちろん、すでに視聴済みの方も「週2のリズム」で見進めていくと、また違った風に見えるかも知れません。
と、今日は、あまり深い話をできませんでしたが、明日以降、もう少ししっかりブログりたいと思っておりますヨン。
ではでは、アンニ・ヨン!
「イルジメ」に思うこと
アンニ・ヨン・ハセヨン!
ただ今、ソウルにおりますバンビ高橋です。バンビの意味が分からない人は、以前の所感をお読みください。
さて、こちらに来ている理由は残念ながらイ・ジュンギ関連でもイルジメ関連でもなく、某大ヒットドラマのスタッフインタビューだったりするのですが、やはりヒットドラマの陰にはたくさんの人たちの愛情や情熱、こだわりがあるものだと痛感。勉強になります。
そのプロデューサー曰く、ドラマの胆(キモ)は「キャスティング」「ストーリー」なのだとか。確かにそうだよなぁ。「イルジメ」しかり、「宮」「ごめ愛」などなど過去に成功したドラマは、いずれも俳優が素晴らしくハマっているものばかり。逆に、そのキャスティング、微妙じゃない?と少しでも思わせられたドラマに成功例はないような気がします。
原作があるものに関して言えば、ドラマのキャラクターのイメージは多くの視聴者の頭の中にある程度できあがっているものです。原作自体が人気だったり有名だったりすると、なおのことキャスティングは注目されるし、難しくなる。ファンの望む形でなければ、あっさり切り捨てられてしまいますからねぇ。
ドラマの成功はキャスティングの段階で7~8割は決まってしまうと言っても過言ではないと、私は思います。ストーリーもそうですが、俳優がそのストーリーを飛び越えてしまうほど圧倒的な魅力を放つときがある。それは俳優にとっても、ストーリーにとっても、そしてそのドラマにとっても、幸せなことです。「花より男子」なんてそのいい例です。外見も内面的な雰囲気も原作キャラのイメージに近いことはもちろん、全キャラクターが揃ったときのバランスが非常に重要になる。
逆に言えば、どんなに原作が面白くても、ドラマとしてヒットするとは限らない。キャラと俳優がはまるかどうか。さらには、役にはまった上で、その俳優なりにどれだけそのキャラを進化させられるかが重要になります。
ご存じのように「イルジメ」は大ヒットした漫画があり、イ・ジュンギ版はこれと別でオリジナルのものではありますが、韓国の人たちにとっては「イルジメ」といったらこの漫画のイメージで頭の中にすり込まれています。既存のキャラクターになるので、下手に演じたら「イメージと違~う!」ということになってしまう。私も某人気漫画が某国でドラマ化されたとき、ブーイングしましたもん。大好きな漫画で大好きなキャラだっただけに、「その役者じゃイメージ違いすぎ! 演技、下手すぎ!」ってな具合で。
話はそれました。
そういうわけで、ドラマのキャスティングの重要性をしみじみ考えてしまったわけです。「イルジメ」はキャスティングが非常にうまくいった例。演じるべき人が、演じるべき場所に配されている。そういう意味で、非常に幸運なドラマです。ジュンギはもちろん、セドル役のイ・ムンシクも、タン役のキム・ソンリョンも、仁祖役のキム・チャンワンも、すべてがすべて、違う役者ではダメだった。いや、ダメではないのだけれど、ここまでにはならなかった。また、俳優達がそれぞれ、独自のキャラクターをどんどん膨らませていき、もうこれ以上ないくらい、「生きた」キャラクターを生み出していったというのも大きい。それも、1人で膨らませていったのではなく、明らかに共演者同士の化学反応による効果でどんどん成長していったのが分かります。なんて素敵なんでしょう。
でもね、これって、陰で制作スタッフがパズルのようにああだこうだ頭を悩ませながら、配したキャスティングなんですよね。だから、キャスティングに尽力してくれた多くの人に感謝しなくては。そして、スケジュールをやりくりしたり食事の準備をしたりする下っ端スタッフから、役者たちをフォローした事務所のスタッフなどにも。
ほんと、ドラマって(映画も舞台も雑誌も何でもそうですが)本当に多くの人が関わり、作られているものです。CG技術やカメラや録音技術の進化など、技術的な面でどんどんクオリティの高いものを作ることができるようになっていますが、やはりドラマ作りの基本は、人間の手作業というか、心と心で交わす作業というか、ものすごく原始的なもののような気がします。イ・ジュンギが、「作品が決まると、まずはじめにキャストやスタッフと連絡をとって飲む」という準備をすることは有名な話ですが、それだけ多くの人が関わるのだもの、当然です。いや、当然と考える人は少ないかも知れませんが。多くのスタッフが力を合わせてドラマを作りあげるのだもの、最も重要な技術は、人間の心というか、人間そのものなのでしょう。ドラマの成功の鍵は、究極、キャストとスタッフの人間力なのかもしれません。だから、年末の授賞式での受賞コメントで多くの俳優達が延々とスタッフの名前をあげて感謝の意を告げるわけですね。
とかなんとか、考えたりしていたわけです。「イルジメ」の内容そのものには関係しない話で面白くないかもしれませんが、役者やスタッフが互いを思いやり、作品を作り上げた制作現場に、なんとなく感謝したくなったのです。軽く読み流してください。
再び話は飛びます。
今日はやや話が散漫になるかもしれません。しかも、読み流し系のネタ(苦笑)。「イルジメ」に繋がるような繋がらないような所感になりますが、お許しください。
で、先ほども話しましたがソウルにおります。わたくし、渡韓の際にあることに気づきました。機内食です。いつも利用するのは、アシアナ航空とANA(全日本航空)の共同運航便というもので、行き(東京/羽田→ソウル/金浦)はANAの飛行機&スタッフ、帰りはアシアナの飛行機・スタッフになります。この場合、当然機内食も行きはANA、つまり日本風、帰りはアシアナ・韓国風になるのですが、例えば、ANAではうどんやそばが付き、割り箸も出るのに対し、アシアナではチューブタイプのコチュジャンが配られ、大抵キムチが付いたりします。そういうものだといつも思っているので、何も感じることはなかったのですが、先日乗ったANAの機内食でハッとすることがありました。
機内食の、ご飯とおかずにきちんと仕切りが付いていたのです! お弁当でよく使う紙製の仕切りなのですが、野菜の煮物の煮汁が全くもって隣のご飯の領域になだれこむことがないのです! そのほか、すべてのおかずがそうでした。ひとつひとつのおかずが仕切りで区切られ、味が混じることがない。すげぇ! 典型的日本人である私はひどく感動しました。ご飯が汚れないんですもん。
帰りの飛行機は当然アシアナなので、機内食に仕切りなんてあるわけがありません。おかずの煮汁はご飯の領域をおかして当然。というか、むしろ皆さん、積極的に混ぜていらっしゃる(笑)。韓国の定食屋でビビンバを頼み、あまり混ぜずに食べていたところ、店のおばさんに器をとられて強引にぐちゃぐちゃにかき混ぜられて唖然とした経験があるのですが、はっきり言って混ぜたくはないのです!(笑)。なので、ANAの機内食は画期的でした。ここで仕切りを入れるところが、まさに日本的!と思った次第です。
なかなか「イルジメ」に繋がりませんが(苦笑)、もう少し待ってください。
今回も同じ便に乗ってやってきたのですが、残念ながら機内食に仕切りはありませんでした。まぁ、前回は煮物や焼き魚など典型的日本食で、今回のはクリームシチューとサフランライスといった洋食スタイルだったので仕切るというのも変だったのかもしれません。とにかく、食には国の文化が顕著に表れるものなのだと機内食であらためて実感したのです。
で、私は思いました。日本では同じ家族でも部屋を個別に分けたがったり、親戚同士の交流もそう多くなかったり、「混ぜる」「混じる」ことを好みません。が、逆に韓国では遠い親戚を引き取ったり、親戚がやたら行き来したり、下手すると友人が住み込んだりと、とにかく「混じる」「混ぜる」ことが大好きです。先日も親しい通訳さんとドラマの話をしていたときに、こんな話を聞きました。
「韓国人は親戚の子供が親を亡くしたりすると遠くからでも引き取ったりするし、ドラマでよく見るように、家族はどんどん増えていっちゃうのよ。それが赤の他人でも、一度家に入れたら、もう家族だしね。それで干渉もひどいから、面倒でもあるけど、愛情からそうしてることだからね」
身寄りを亡くしたギョム(ヨン)を引き取ったセドルはもちろん、飲み屋のおかみシムドクも、「戦争で父親と離れて泣いていたテシクを引き取って子供のように育てた」という設定になっています。テシクが絵画の盗みの容疑で捕まったとき、シムドクがあれだけ悲しむのは息子も同然だからなんですね。コンガルも孤児となったポンスンを養女にして育てたわけですし、日本人の「家族」という感覚とまるで違うように感じます。
そうそう、イ・ジュンギの前作「犬とオオカミの時間」でも、ジュンギ扮するスヒョンは両親を亡くし、父の同僚で友人のジュンホに引き取られ、その家の息子として育つのでした。このドラマも「父子の愛」「師弟の愛」がテーマ。傑作でしたねぇ。このドラマについても、いくらでも語れるかも(笑)。
以前、韓国語には、家族を意味する言葉がふたつあって、ひとつは血縁関係のそれを指す「家族(カジョク)」、もうひとつは血の繋がりに関係なく「同じ釜の飯を食う」情で結ばれた共同体を指す「食口(シック)」であると書きました。まさに「シック」の関係が「混ぜる」「混じる」です。いろんな人間を混ぜて、「シック」=家族ができあがっていく。「イルジメ」はまさにそういう世界です。ヨンの家と、靴屋のフンギョンの家、ポンスンたち、様々な家が南門市場に暮らし、さらに大きな家族となっている。人間同士が「混じ」り、情を結んで生きていく。そりゃ、機内食でも激しくかき混ぜちゃうわけです。家族でさえそうなんだから。
で、我々日本人のように「混ぜる」「混じる」ことに慣れていない人間には、この関係がうらやましくもあり、面倒でもあったりして。国の文化というものは、なかなか深いなぁと思った次第。機内食ひとつとっても大きな発見なのだもの、ドラマとなれば発見の連続です。そしてもちろん、「違い」の発見だけではなく、「同じ」の発見もあります。親子の情は日本も韓国も同じですし、だからセドルやタンの愛情に共鳴して泣いちゃうのでしょう。恋愛の感情も同じです。違う部分も、同じ部分も、とにかく面白い。「イルジメ」はそんなドラマなんだよなぁ。
もしかして、私たちも思いきって「混ぜ」てみたり、「混じ」ってみたりしたら、また別の見え方、感じ方ができるのかもしれません。別の世界が広がるのかもしれません。なんて、思うのですが、何せビビンバさえあまり混ぜたくない私には、難しいことなんですよねぇ(苦笑)。そういう意味で、「混ぜる」ことで家族を形成したセドルやタンは、あらためてすごいなぁと。
話があちこちに飛びましたが今日はここまでで。
もうすぐ日本だ! ご飯を混ぜずにすむぞ(笑)。
ではでは、アンニ・ヨン!
イ・ジュンギ話
アンニ・ヨン・ハセヨン。
ども。ここのところ、カタイ話が続いたので、今日は骨休みにユルめの(?)話にいたしましょう。最近、 “「イルジメ」を見て、イ・ジュンギにはまりました”というお声が多いようなので、イ・ジュンギ話で。
その前に…しつこいですが、ニノです(苦笑)。でも、ちゃんとジュンギに話が繋がりますので、しばしお付き合いください。
先日、某雑誌に掲載された二宮和也くんのインタビューを読みまして。これがとても良い記事で、私は思わず2冊購入し(いい読者です)、彼の言葉を書き留めたりしてしまいました。
記事は、ニノの言葉を中心に構成され、ライターの文章は必要最小限に抑えられていました。
自分もライター商売をしているので、職業病的見方をしてしまうのですが、何事にも自分の頭で考え、明確な意見を持ち、自分自身を俯瞰的に見つめ、作品に対して向き合い方がきちっと定まっており、なおかつ、自分自身を伝える言葉を持っている人のインタビュー記事は、ライター(インタビュアー)が余計なことを補足する必要がないんです。何を訊いても、ぶれることなく言葉が返ってくる。なので、記事はその人の言葉だけで十分、成立する。十分に、読者を魅了し、納得させられる。ニノの記事がまさにそうでした。
そういう取材対象に出会うことは幸せなことで、また一方で、非常に緊張することでもあります。なんというか、手ごわい相手というか。こちらも中途半端な気持ちで、話を聞くことはできません。見破られてしまうから。また、そういう人は実は多くなかったりして。だからこそ、そういう人にめぐりあえたときは、インタビュアー冥利につきるというか、刺激を受けるし興奮してしまう。「出会ったぞ!」みたいな(笑)。そして、そういうインタビュー記事を読んだときも、同様です。インタビュー記事だけで、その人の発した言葉だけで、その人に恋をしてしまう(笑)。
そして、おそらくイ・ジュンギは、私が知る限り、韓国の20代の俳優の中ではダントツに手ごわい相手です。自分の考えを持って、それを言葉にして明確に伝えることができる。私がかつてインタビューした人の中でも、特に「すげぇ!」と思い、興奮した人でもあります。頭がいいんですよ。ちゃんと物を考えているっていうのかな。
昨日、Mnetで放送された「エピソードⅡ」のメイキングスペシャル番組を見ていて、スタッフの言葉にこんなものがありました。
「(イ・ジュンギさんは)手強い相手ですね。限界を超えさせる人です」
非常に納得した次第です。
さて、友人から聞かれました。「いつからイ・ジュンギが好きなの?」
入り口は、ズバリ、映画「ぼくらのバレエ教室」です。プレス試写で見たのですが、一緒に見た後輩に「茶髪がいい、茶髪の子がいい!」と熱弁し、「主役じゃないでしょ」と笑われた覚えがあります。確かに、「僕らのバレエ教室」の主役はユン・ゲサンです。ですが、私は「茶髪の子」にぞっこんでした。「王の男」の前だったので、ジュンギに対しては何の予備知識もありません。あ、「ホテルビーナス」で気になっていた男の子、という知識はありましたが。
で、その「茶髪の子」ドンワンは、ノリは軽めで明るくて、仲間の潤滑油的存在の男の子。一見、何の悩みもなく、チャラチャラした軟派な男の子に見られてしまいがちなキャラですが、実は彼なりに悩みもあったりして。ただのチャラ男じゃないキャラが、とってもよかったのです。また、ジュンギにもはまっていましたし。
映画としても秀作で、私は大好きなのですが、とにかくそれが初めてイ・ジュンギという役者を意識した作品でした。
で!
「イルジメ」公式ガイドブックです。こちらが発売になりまして、私も早速購入いたしました。
やはり現地スタッフが作っているだけあって、内容もしっかりしています。そうなの?というところもあったりするのですが、全体的に読み応えがありました。こりゃ、私が解説するネタがなくなるぞと、ちょっと困ったりもして(苦笑。あ、でもブログはまだ続けますが…)
その中でも、特に感動したのは、脚本家&監督のインタビューでした。このあたりのことは、また次回、書くとして。脚本家の言葉で印象的なものがありました。
「イルジメが英雄になる前までは、自分の内面の傷を隠して生きる楽天的な人物として描かれています。悲しみというのは、密かに一人で克服しようとすればするほど、増大するものです」
ヨンの魅力を凝縮して語ったような言葉だなぁ。
悲しみを一人で克服しようとしているから、余計に増大してしまう。明るく振舞う姿の奥にある、底知れぬ彼の悲しみに、共鳴してしまう。ヨンが笑えば笑うほど、泣いているように見えてしまう。そこに、心つかまれてしまう。
「僕らのバレエ教室」でのドンワン役もそうでしたが、こういう役がイ・ジュンギは非常に上手い。無口で、寂しげで、孤独な雰囲気の男がいたら、その胸に悲しみを抱えていることは見たまますぐにわかるけれど、そして、それもまた素敵だけれども、やはり表面上では明るく悩みなどなさそうに見えて心の奥深くに悲しみを抱えている人間の方に、私はより惹かれてしまいます。
悲しみは人に伝染ります。だから、自分の悲しみを伝染すまいと、明るく振舞うヨンは、人に対して、ものすごく繊細な感情で向き合っている。一言で言えば、「優しい」のだけれど、もっと何と言うか、細やかな気遣いが流れている。
イ・ジュンギという俳優にも同様のものを感じます。どんなに疲れていても現場ではいつも明るく元気に振舞う。最善で最高の演技のために、多くの努力をしながらも、それを見せようとしない。インタビューでも、非常に正直に語ってくれるため、時に誤解されてしまうのではと思うのだが、その言葉をよく聞いていると、繊細だからこその深い考えにハッとさせられることがある。インタビュー記事を読みたくなる俳優。だって、きちんとした自分の言葉があるから。話が面白いのだもの。
やっぱりね、インタビュー記事が面白い(=内容が濃い)俳優はいいですよ、演技もちゃんとしてる。芯が通ってる。
なんて、思ったりしたのです。
今日はユルめですが、こんなところで。
来週はあまり更新できないかもしれませんが、お許しくださいませ。
では、次回まで。アンニ・ヨン。