「私」が生まれてから
「今の私」になるまでを振り返る
『私が「私」になるまでの話』
1つ前の話はコチラからどうぞ
《第24話》ルールを守るために、気持ちを抑える術を身につけていた私。
いつもの方も、はじめましての方も
ご訪問ありがとうございます!
「いい子にならなければ…!」
のまま大人になったあなたへ、、、
もう1つの魂が目覚める
セカンドソウル心理学
セカンドソウルカウンセラーの
こんのなおみです。
セカンドソウル心理学とは…
→全13話、一気読み!【セカンドソウル心理学とは】まとめ
お父さんとお母さんが入院中、
私は家で、
じいちゃん、ばあちゃん、弟たちと
過ごしていました。
ただでさえ不安な
家の空気の中で、
ばあちゃんは、
「あんな場所に
サクランボの木を植えるからだ!」等と
じいちゃんを責めては、
毎日2人でケンカしてばかり
3人姉弟のお姉ちゃんだった私は、
そんな2人を
「どうにかしなきゃ!」とばかりに
2人の間に入ったり、
逆にイライラ逆切れしたりして、
不安な気持ちを感じる間もなく
過ごしていた記憶です。
そうやって、
自分の気持ちに蓋をし続けてきたんだろうな…
今思うと、
普段からこんな感じの
悲劇のヒロインだったばあちゃんは、
きっと深い心の傷を
持っていただろうから、
お父さんとお母さんが
大けがをして入院すると言う
不安な状況を抱えきれなくて、
じいちゃんに八つ当たりするしか
なかったんだろうなぁと思います…
そんな私の心が安らぐ場所は、
たまに行く、
入院中のお母さんの個室
お母さんは全身の広範囲に
やけどを負っていて、
長期間にわたって
特殊なベッドに寝ていたので、
やけどがよくなった頃には
全身の体力が落ちて、
リハビリが必要な状態になっていました。
当時、受験生だった私は、
夏休みになると、
わざわざ電車を使って
お母さんが入院する病院近くの予備校に通い、
予備校が終わると
お母さんに会いに病院へ…
予備校の帰りに、
お母さんと食べようと
ケンタッキーでビスケットを6個買ったけど、
初めて注文したビスケットは
想像以上に大きくて、
「全部食べれるの~?」って、
お母さんと笑いながら食べたのが
懐かしい思い出です
一方、
お父さんは一旦退院しましたが、
その後、
手の神経や腱を移行する手術のために
何度か入院を繰り返しました。
リハビリも受けたりしましたが、
今もお父さんの右手には、
その後遺症が残っています…
人生最初の試練の時期を
何とか乗り越えた私は、
この後、
高校受験を迎えることになります。
それもまた私にとっては
苦い思い出なのだけど、
続きはコチラからどうぞ
\登録するだけで【5大特典】プレゼント/
最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。
おわり