初の続きもの、「高千穂のお姫さまシリーズ」最終話です。

 

(前のお話はこちら   )

 

 

 

9月の終わり。

日本神話の舞台といわれる宮崎の高千穂で、

「高千穂のお姫さま」と不思議な能力を持つKちゃんに導かれ、

子どもの頃に心から消し去った「母という存在」を数十年ぶりに取り戻した私…。

 

その後のお話です。

 

それから北九州に住むKちゃんとはなかなか会えませんでしたが、

11月の半ば、私に福岡まで行く用事ができ、

そのまま北九州まで足を延ばして、Kちゃんと再び会うことになったのです。

 

その時に、Kちゃんが手渡してくれたのは…

二首の和歌を記した、美しい桜色の紙でした。

 

実は、Kちゃんは神さまやご先祖さまからのメッセージが

和歌として降りてくる・・・という稀有な人なのです。

 

見えない世界の人(神様やご先祖様)が

誰か(今回は私)に伝えたいことがある時、

Kちゃんの心の中に言葉がぽつりぽつりと降りてきて、

それが繋がっていって、一首の和歌になるのだそう。

 

時には、Kちゃん自身は絶対使わないような言葉や言い回しが

出てくることもあるらしく。

 

この和歌はどういう意味だろう・・・と考えていると、

今度は、それが自動書記のように現代の言葉で降りてくるとか。

 

Kちゃんは

「本物のゴースト(!)ライターがいるから口笛」と言ってます…

 

 

 

さて、その日、手渡された桜色の紙には、

「高千穂のお姫さま」の歌が一首、

そして、私の母の歌が一首記されていました。

 

 

お姫さまの歌は、Kちゃん自身のブログで紹介されています。

 

天花の雫 ~和歌で心に陽光(ひかり)の波紋を~

 

 

 

そして、こちらが「お母さんからのメッセージです」と伝えてくれた歌。

 

 

曇りなき

 

朝陽(あさひ)差し込む

 

愛し子の

 

未来(そら)を祈りて

 

鈴音(すずおと)捧げん

 

娘の未来を祈って

鈴の音を捧げます。

 

朝陽が差し込み

清らかに澄みわたった

今日の空のように・・・

 

娘がこの先の未来も

神様の御光に照らされ

 

曇りない晴れやかな笑顔で

ずっと上を向いて歩いていけますように・・・

 

どうかこの子の行く末をお見守りください。

 

この子の笑顔のために

私も一緒に鈴を鳴らして

神に祈り捧げます。

 

 

 

 

 

3回にもわたる長いお話にお付き合いくださり、

どうもありがとうございましたニコニコ

 

私のブログでは初めての続きものです照れ

 

前編はこちら

 

 

高千穂の「欧風宿 ぶどうの樹」で、素敵な一夜を過ごした私たちドキドキ

 

翌朝、宿を発つ前に「高千穂のお姫さまにご挨拶して帰りましょう」と

裏山にある小さな祠(ほこら)を訪ねたのです。

 

前日、宿に着いた時にも、まず「お姫さま」にお参りしていたのですが、

曇っていた上に夕方とあって、あたりはすでに薄暗く、どこか禍々しい雰囲気…。

その時初めて見たお姫さまのお顔は、なぜか険しくて怖い気がしました。

 

ところが、翌朝になってもう一度訪ねてみると、

小雨が降っていたにもかかわらず、あたり一帯がうっすら明るく、

お姫さまのお顔もやさしいほほ笑みを浮かべているように見えたのです。

(Fちゃん、Kちゃんも同じことを言っていました)

 

私たちは、一人ずつ祠の前に立って、お姫さまにお参りをすることに。

 

まずは、ベテランの(?)Kちゃんから。

手を合わせて丁寧にお参りしたあと、

かたわらに置いてあった鈴を取り上げ、思いっきりその鈴を鳴らしました。

 

次に進んだ私も、お姫さまに手を合わせたあと、

Kちゃんの真似をしてシャラシャラと鈴を鳴らしてみたんです。

 

適当に鳴らしたところで、「もういいかな?」というように、

振り返って後ろに立っていたKちゃんを見たところ、

 

Kちゃんは、今にも泣き出しそうな、切羽詰まったような表情で

 

「お母さんがいらしてます。もっと鈴を鳴らしてあげて」

 

と言ったのです・・・。

 

「え?お母さん?」と思いながらも私はその場にとどまり、鈴を鳴らし続けました。

 

 

しばらくしてから鳴らしてから鈴を置き、うしろを振り返った私を見て、

Kちゃんは堪えきれなくなったように私に駆け寄り、

「いっこ、ごめんね。寂しい思いをさせてしまって、本当にごめんね…」と

泣きながら言ったのです。

 

いきなり変わったKちゃんの様子にちょっとびっくりしたけれど、

私は心のどこかで案外すんなりとそれを受け入れていました。

 

憑依体質だと言っていたKちゃんの中に私の母が入り、

自分の気持ちを伝えてくれたのかな?って。

 

 

このブログを前から読んでくれている人はご存知だと思いますが、

私の母は、私が12歳の冬に亡くなっています。

そして、そのちょうど2か月後、父は母の後を追ってしまいました。

相次いで両親を亡くした私と2歳下の弟は、鹿児島にある父の実家へ行くことになり、

とっても厳しい祖母と叔母に育てられることになったのでした。

 

 

 

後日、Kちゃんがラインでこんな言葉を送ってくれました。

 

「お母さんは、とにかく、幼くして残してきた子どもたちをすごくすごく心配されていて、

特に同じ女性として、弟さんよりいっこちゃんのことが心配で心配で、ずっと側にいらっしゃいました。

なので、いっこちゃんの苦しみはお母さんの苦しみでもあり、そしてお父さんのことで一緒にいて守ってあげられなかったご自分をずっとせめて苦しんでもこられました。

でも、今回、お姫さまのお力と、何よりいっこちゃんの祈りで、ようやくお母さんも苦しみから解き放たれ、天国での時計がやっと回り始めたようです・・・」

 

Kちゃんによれば、

母は、お姫さまの前に鈴を振る私の横で一緒に鈴を鳴らしながら、

私の幸せを一心に祈ってくれていたそうです。

そしてその鈴の音は、やがて幼い子と一緒に鈴を鳴らして遊ぶような、

無邪気な音色になっていったとのことでした。

 

 

 

Kちゃんの言葉は、私にとって、とても意外なものでした。

 

だって、子どもの頃、「私はお母さんに嫌われている」と思っていたから。

 

なぜなら、私は母の理想とする子どもではなく、母から怒られてばかりいたからです。

 

(詳しくはこちら

 

「お母さんは、素直でいい子の弟の方が好きで、私のことは嫌い」

 

それは強力なビリーフとして私の心のどこかに居座り、

大人になっても、私自身が母親になっても消えることはありませんでした。

 

だから、母が亡くなってもそんなに悲しくなかったし、

その後の人生でどんなに辛いことがあっても、

母に救いを求めるとか、母の存在が支えになるなんてことは、一切、なかったのです。

 

 

でも、本当にそうだったのだろうか・・・?

 

 

死んでしまった人の気持ちはもうわからないけど、

 

 

母は、弟と同じように、私のこともちゃんと大切に思っていたのかもしれない。

 

 

Kちゃんが伝えてくれたように、

今まで母はずっと側で私を見守っていてくれたのかもしれない。

 

 

あの日を境に、私はそんなふうに思えるようになりました。

 

Kちゃんと高千穂のお姫さまに導かれたこの出来事によって、

私は自分の意識からなかば消していた「母」という存在と

再びつながることができたような気がします。

 

 

 

長くなりましたが、実はこの話にはまだ続きがあって・・・。

 

ご興味のある方は、もう一話だけお付き合いください照れ

 

今年(2018年)も、残りわずかとなりましたね。

 

前回のブログから、気づけば2か月半以上も過ぎ、

季節は秋から冬へ…。クリスマスも1時間前に終わってしまいましたサンタ

 

この頃、歳のせいか、時間の進み方が早いのなんのってびっくりあせる

 

新幹線の車窓の景色のように、日々の出来事がビュンビュンとすごい速さで

通り過ぎていくような気がします。

 

今年は特に、いろんな場所へでかけ、

新しい体験や新しい人との出会いがたくさんあったからでしょうか。

 

その中には、

それまで私の周りにはいなかったような、「不思議な力」を持った人たちとの出会いや、

自分でもうまく説明ができないような、スピリチュアルな体験もありました。

 

前回のブログで書いたジョゼフの阿蘇リトリートもそのひとつ。

 

でも、実はその1週間前にも、私の心を大きく揺さぶる出来事があったのです。

 

もう3ヶ月も前の話なので、何を今さら…なのですがアセアセ

 

あまりにも不思議なことで、言葉でうまく表現する自信がなく、

長いことブログに載せることをためらっていました。

でも、やっぱり私にとって忘れられない印象的な思い出なので、

今年が終わる前にがんばって言葉をつづり、残しておくことにします。

 

 

今回の話は

「とても信じられない話」

ですから…

 

信じられない人は

遠慮なくスルーしてくださいね。

↑ ↑

まんま、かの有名ブロガー・田宮陽子さんのパクリですてへぺろ

 

 

 

さて、それは9月の終わりのこと。

台風が鹿児島の沖合に近づいている中、

私は宮崎県の高千穂町に女3人で1泊2日の旅行に出かけました。

 

メンバーは、今年5月に初めて出会ったFちゃんと、ひと月前に出会ったばかりのKちゃん。

 

8月末、Fちゃんから誘われていったセミナーにKちゃんも参加していて、

その場ではほとんど話してないのに、

懇親会の店から博多駅に向かう途中で意気投合し、3人でLINEグループを作ることに。

(Fちゃんと私は数回会ってますが、Kちゃんとはこの日に1回会っただけ)

 

それから1週間もしないうちになぜか、

「3人で高千穂に行こう」という話がトントン拍子でまとまっていました。

 

 

宮崎県の山深くにある高千穂は「天孫降臨神話」で知られる地で、

日本の神話に出てくる神様たちを祀った神社が数多く点在しています。

 

FちゃんとKちゃんは、大の神社好き(たまたま)。

たくさんの神社にお参りしていて、神様のことにも詳しく、

(それぞれが)それまでにも何度か高千穂を訪れていました。

 

そんな2人が、高千穂初めての私を連れて行ってくれたのは、

 

高千穂神社、荒立神社、くしふる神社、秋元神社、天岩戸神社、

上野神社、二上神社、弊立宮(ここだけ熊本県)・・・

 

どこも、神話の世界で名の知れた神々が祀られた、

スピリチュアルな人たちの間で「とてもパワーが強い」

と言われている神社ばかり。

 

旅先でいろいろなことを話してわかったことですが、

私たち3人はそれぞれに

数年前から人生を左右するようなことが立て続けに起きていて、

自分の人生を見つめ直さなければならない岐路にいたのです。

 

そんな私たちの想い(潜在意識)が集まって、出会って早々に

神々をめぐる高千穂ツアーを実現させる流れになったのかもしれません。

 

 

さて、この日泊まったのは、Kちゃんおすすめの「欧風宿(ペンション) ぶどうの樹」。

 

あのデヴィ夫人も泊まられたとかで、ブログでレポートしていらっしゃるので、

とっても素敵なお宿のことはそちらを見ていただくとして…ニヤリ

 

Kちゃんがこの宿をすすめてくれた一番の理由は別のところにありました。

 

宿の裏山に祀られた「高千穂のお姫様」と呼ばれる神様のもとへ、

私たちを連れていきたかったというのです。

 

実は…

Kちゃん自身がスピリチュアルな能力(いわゆる霊能力)を持っていて、

神さまやご先祖さまなど、見えない存在からのメッセージを感覚や言葉で受け取れる人。

 

憑依(ひょうい)のような形で、自分が意図しない時にも、

ふいに誰か(見えない世界の人)の想いが自分の中に流れ込んでくるのだそう。

(時には入ってきてほしくないモノまで…ガーン

 

確かにKちゃんは、私たち3人が出会った場でも

他の人とはどこか違うオーラを醸し出していました。

(と言いつつ、鈍ちんの私には、話をするまでは全くわかりませんでしたがあせる

 

穏やかで可愛らしく、一見、どこにでもいるような普通の女性なんですが、

時々スイッチが入ったように、ふっと神々しい雰囲気になり、

彼女の話す言葉がまるで「観音様のお告げ」のように聞こえてくるのです。

 

詳細はここでは割愛しますが、出会った日の夜、

(その時はまだ)自分の人生を受け入れられずに苦しんでいた私に

彼女がそっとかけてくれた「言の葉」は、私の心をとても癒してくれました。

 

そういう能力を持つ人の多くが、それを自分からアピールしたり、

お仕事にしたりしていますが、Kちゃんは普通のお仕事に就き、

あくまでも「普通の女性」としてこの社会の中にそっと溶け込んでいます。

 

ただ、Kちゃん自身は自分の持つ能力をうまくコントロールすることができず、

心やからだにまで影響が出て、子どもの頃からとても辛い思いをしてきたそうです。

 

でも、Kちゃんは人とは違う力を持っていることを受け入れ、「ありのままの自分」として生きるために、数年前から神社めぐりをして、神さまと対話をするようになったのでした。

 

そんなKちゃんを神社めぐりへと導いてくれたお師匠さん的存在の方が、

「高千穂のお姫様」と出会ったことで、いきなり霊能力が目覚めたというのですびっくり!!

 

もともとはスピリチュアルとは真逆の、超現実的な世界で生きる会社員だったのに、

高千穂に行ったことで、(神様から)いきなり人生の方向転換をさせられ、

今では迷える人たち(?)を縁ある神様や神社につなぐ役割をされているとか。

 

 

そんな知る人ぞ知るパワースポット「高千穂のお姫さま」。

2日目の朝、私はここで不思議な体験をすることになるのでした。

 

 

 

現実派の私が「スピリチュアルな話」を語ろうとすると、

何やらとっても長くなってしまいますねえアセアセあせる

 

疲れたので、ここでちょっと休憩・・・コーヒー

 

「高千穂のお姫さまに導かれて②」に続きます。

前回の更新から早1か月と1週間。

 

9月に入ってからは特に、怖いほどに時間の流れが速くて・・・

 

わずか1か月の間に数年分を詰め込んだような

「濃厚な時間」でした。

 

佐賀に行き、長崎に行き、熊本に行き、宮崎に行き、また熊本に行き・・・と

カラダもあちこち旅をしたけれど、

 

心や魂の方も、過去・今・未来・・・とあちこち旅をして、

1か月前とはずいぶん違う自分になったような気がします。

 

 

思えば遠くへ来たもんだ。

 

 

そんな心境ですニコニコ

 

 

この1か月、あまりにもたくさんの出会いと心が震えるような体験をして、

私の思考の中では収まりきれず、

そうなると、これを言葉にするのは難しいよ~あせるとなり、

ブログ更新もすっかり滞ってしまいました。

 

せっかく、さはしさんの「ブログセミナー」受けたのにショボーンあせる

 

でも、やっぱり

忘れてしまわないうちに言葉をつづっておきたい・・・

との想いがあり、久々の更新となりました。

 

前置き(言い訳)、長い・・・あせる

 

 

さて、ようやく本題です。

 

この三連休(10月6日~8日)に

アフリカ在住のスーパーヒーラージョセフ・ミナ氏の

「阿蘇リトリート」に参加してきました。

 

実は私、スピリチュアル的なものには疎くて

(というより、自分とは別の世界だと思ってた)

ヒーリングとかエネルギーワークといった類いのものは

今まで一度も受けたことがなかったんです。

 

でも、ビリーフチェンジで知り合ったお友達からこの話を聞いた時、

すぐに「行きたい!」と思い、次の日には申し込みをしていました。

 

2泊3日でそれなりに高額なので、勧めてくれたお友達の方が

「え?ほんとに行くの?」とびっくりしていたくらい。

 

でも、前回の記事でも書いたように、

「心の声に素直に従った時は、必ず、プライスレスな体験や出会いが待っている」

分かり始めていたので、迷いはありませんでした。

 

実際に行ってみて・・・やっぱり、その通りだったと確信しています。

 

この3日間にいくつもの印象的な出来事がありましたが、

今回は一番大きなものをひとつだけ。

 

 

この2泊3日のリトリートでは

1日目に1回、2日目に2回、3日目に1回

ジョセフのグループセッションを受けることができます。

 

ジョセフのセッションは、「魂の変容」をうながす、心の大手術のようなもの。

 

1回目のセッションは「発見」。

その人のどこにどんな傷があるかを見つけるセッションです。

 

2日目の2回のセッションが「変容」。

大手術をして、魂の傷を治したり、癒したりしていきます。

 

そして、最後のセッションは「統合」。

手術で開いた傷を縫い合わせて、とじていくようなようなものでしょうか。

 

これは言葉だけだとまったく意味がわからないと思いますが、

実際に体験し終わった今、「確かにそんな感じだったなあ」と実感しています。

 

(ジョセフのことやセッションの詳細は上のリンクから見てくださいね)

 

 

 

さて、ここからは私自身の体験です。

 

 

1回目のセッションの時、

施術用ベッドにうつぶせに寝た私の横に立ったジョセフは

こう言いました。(英語なので、通訳さんの言葉ですが)

 

「13歳の時、何かあった?」

 

 

彼には特別な能力があって、

人の身体をさっとなぞっただけで、その人のエネルギーが大きく落ち込んだ時期が

わかるというのは、事前に友達からも聞いていました。

 

もちろん、私は半信半疑でしたよえー

 

けれども、「13歳」と言われた時、「やっぱり、本物だ」と思いました。

 

正確には12歳の時ですが、

私は母を癌で亡くし、その2か月後に父を自殺で亡くしています。

 

そして、それまでの家も生活も友達も何もかも手放して、

弟と2人で鹿児島の叔母のところに来た時期です。

 

まさにその時、私のエネルギーは大きく落ち込んだのだと思います。

 

 

そして、2日目の朝。

 

前日の台風混じりの風雨から一転、

阿蘇の山奥の木々たちは朝の太陽に照らされ、キラキラと輝いていました。

 

でも、私は前日もその前の日も、ほとんど寝ることができなかったこともあり、

睡眠不足と緊張で体調が悪く、頭もボーッとしていました。

 

 

グループセッションが始まると、心の準備のできた人から順に3台のベッドに座ります。

 

いつもは人の様子や空気を見てから行動しがちな私ですが、

その時は何のためらいもなく、最初に真ん中のベッドに行き、腰掛けました。

 

部屋の中はアロマのいい香りが漂っていて、

ヒーリングミュージックとも少し違う、力強いような不思議な音楽がかかっていました。

 

そんな中、ベッドに腰かけて順番を待っていると、

なぜか急に涙が出てきたんです。

 

頭はボーっとしていて、何の思考も働かず、感情もないのに。

ただ涙だけが勝手にぽろぽろと流れてくる。

 

ただただ静かに涙が流れ続けるんです。

 

ジョセフの指示でベッドにうつぶせになってからも涙が止まらず、

鼻が詰まって息ができなくなるくらい。

 

そして、私のセッションが終わって、ベッドを降り、

空いているソファに座ったとたん、また新たな涙が出てきて、

今度は小さく嗚咽(おえつ)しながら泣いている自分がいました。

 

それを見て、もう一人の自分が驚いていたんです。

 

「え??? 私、泣いてるの?」

 

悲しみ、怖さ、怒りなど、ネガティブな感情はあまり感じない。

感じようとすればするほど、「無」になる私です。

 

感動して泣くことはあるけど、

悲しいとか悔しいとかではまったく涙が出ない。

 

それなのに・・・

 

どこからともなく次々と湧いてくる涙に、戸惑っている自分がいました。

 

 

泣いてはいるのだけど、その涙に色(感情)はなく、

無色透明、無味無臭の涙なんです。

 

記憶がよみがえるとか、感情があふれるということはなく、

ただ涙が勝手に目からあふれてくる・・・。

 

そんな私を見て、アシスタントさんがハグをしてくれると、

また新しい涙が次々と出てきました。

 

私、人前で泣くのはほんとに嫌いなんです。

涙が出そうになると、無意識に止めてしまう。

 

でも、その日は違いました。

寝不足で頭がボーっとしていて、思考が働かなくなっていたのもよかったのかもしれません。

 

 

 

少し泣きやんだ私に、アシスタントさんが

「ちょっと散歩してきたら?」と声をかけてくれ・・・

 

外に出ると、10月の阿蘇にしてはほんのりと温かい風が吹き、

少し色づいた木々の葉っぱが微かに揺れていました。

 

木漏れ日も、地面の草に付いた朝露もキラキラと輝いていて、

 

「ああ、美しいなあ・・・」と心の奥の深いところでしみじみと感じました。

 

 

・・・・・・

 

 

あれは何だったんだろう。

 

今、こうして書いていても、涙は出てくることはないし、

あの時の感覚はまったく感じられないのに。

 

 

たった一度だけのすごく不思議な体験です。

 

 

ジョセフのヒーリングの力はもちろん、

その場に集った人たちのエネルギー、

阿蘇という環境、その日のお天気、風や光、

香りや音楽、鳥の声や虫の声・・・

 

 

いろんな要素が「その時」に向けてピタリと合う、

 

「奇跡みたいな瞬間」

 

ってあるんだなあと思いました。

 

 

 

 

私がそうだったように、

この情報が誰かの役に立つかもしれないので、

書いておきますね。

 

ジョセフはもうしばらく日本にいて、

以下のようなスケジュールが予定されています。

 

 

10/11 (木)   東京コア・ファウンテーション

10/13(土)-14(日)  東京コア・アクティベーション

10/17 (水)   京都講演会

10/18 (木)   京都コア・ファウンテーション

10/20(土)-21(日) 京都コア・アクティベーション

10/25 (木)   名古屋講演会

10/26 (金)   名古屋コア・ファウンテーション

10/27(土)-28(日)  名古屋コア・アクティベーション

10/30 (火)   東京コア・ファウンテーション

11/2 (金)     松本コア・ファウンテーション

11/4(日)-6(火)  木曽リトリート

 

詳細はこちら

 

 

 

情報って、それを必要とする人のところに届くようになっている・・・と思います。

 

これが誰かの「魂の変容」のきっかけになりますように。

こんな記事を書いてから、10日あまり・・・。

 

あの日、私の足の親指に落ちてきた重たいガラス瓶は、

どうやら、本当にだったらしく、

あれ以来、私の毎日はまさに厄落としをしたかのようにすっきりとしています。

 

紫色に腫れてきた親指に、「骨折かも~ガーン」と大騒ぎをしたものの、

日に日に腫れも痛みも治まってきて、2日間の宮城出張も無事に終わりました。

 

 

宮城出張の翌日は、朝から博多へ新幹線で移動して、

ビリーフチェンジの大先輩であり、名古屋で活躍されている心理セラピスト

さはしひろこさんのブログセミナー に参加。

 

アメブロ自体、今年の6月に始めたばかりだし、

心理セラピストとして活動を始めるにはまだまだ遠い道のりの私が、

「プロ仕様のブログ」の作り方を学ぶのは時期尚早だと思っていたけど、

このセミナーのことを知った時、なぜか何の迷いもなく、すぐに申し込んでました。

 

ビリーフチェンジセラピーの養成講座に申し込みをした時と同じように・・・。

 

そりゃあ、鹿児島から福岡に新幹線で行くのですから、

時間もかかるし、(講座代や交通費、宿泊もろもろ)費用もかかる。

 

 

一瞬は頭で「考える」のですが、

でも、多分、その前にもう、「行くと決めている」のです。

もうひとりの私が。

 

そして、そうやって決めて動いたことは、

必ず、「とてつもなく、プライスレスなもの」を私にもたらしてくれます。

 

実際に行ってみたり、やってみたりした時に、

「あの時、心の声を素直に聞いておいてよかった~」と思うことが

必ず起こるのです。

 

 

 

今回のセミナーもまさにそうでした。

 

ビリーフチェンジセラピーの大先輩である、さはしさんが

今のように人気心理セラピストになるまでの(赤裸々な)体験談を話してくれたり。

 

アメブロを上手に使いこなすための具体的なスキルを教えてくれたり。

 

この日学んだことは、きっとこれからの私たちの役に立つと思います。

 

 

そして、素敵な出会いもありました。

 

あの時、あのタイミングで集った人たち(参加者)とは、

 

「出会うべくして出会っているし、集うべくして集っている」

 

そんな感じがしました。

 

 

なんだろう・・・。

 

ご縁ができたことが、ただただ無性にうれしいのです。

 

 

セミナー中やランチタイム、夜の懇親会で

たくさんお話できた人、あまりできなかった人・・・いろいろでしたが、

 

たとえ短い時間の中でも

「魂と魂の対話」 ができたような感覚がありました。

 

 

ただただ、相手の存在が愛おしい。

 

そんな気持ちがどこからともなく湧いてきたのです。

 

 

その翌日もその次の日も、楽しい出来事や豊かな時間に恵まれ、

満たされた気持ちで鹿児島に帰ってきました。

 

それ以来、今もずっと温かなものが心の中にある感覚が続いています。

 

 

 

 

実を言うと、少し前までの私は、「愛」という言葉が大嫌いでした。

 

嫌いというより、気持ちが悪いという生理的な感覚かな。

 

自分が口に出すのも、文章に使うのも、聞くのも見るのも、なんだか嫌なんです。

 

 

ところが、

ビリーフチェンジのコミュニティの人たちは

とにかくよく使うんですよね、この「愛」って言葉を・・・(苦笑)。

 

「棚田先生は、愛の人だよね」とか。

 

「宮岡先生は、愛があふれてるよね~」とか。

 

「お父さんとお母さんに愛を伝える」とか・・・。

 

正直にいうと、最初の頃は違和感いっぱい。

なんだかぞわぞわする感じがしてました。

 

 

隠れ「回避性依存」の私は、深い心の交流ができる関係性に憧れつつも、

心の底から自分をさらけ出すことができないし、

傷つけたり、傷つけられたりという激しい人間関係が苦手。

 

だから、「愛だのなんだの(笑)」ってヤツは

重くて、甘ったるいコッテコテのデコレーションケーキみたいで、

考えただけで気持ち悪いし、口にすると胃もたれしそうで、ほんとに嫌でしたゲロー

 

べたべたとまとわりついて離れない感じとか、支配されそうな感じがしてました。

 

 

 

でも、最近少し思うのは、

 

ほんとの「愛」っていうのは、もっと軽やかで、あたたかく、

人を自由にしてくれるもの、なんじゃないかということ。

 

 

あなたの好きなようにしていいよ。

 

でも、少し離れたところから、あなたを見守ってるから、安心してね。

 

・・・みたいな。

 

 

そんな「愛」なら、いくら食べても胃もたれはしなさそうですね爆  笑ラブラブ