今年になって、3回目のブログ更新です。

 

やっている意味あるの?というくらいの少なさに

自分でもちょっと嫌気がさしますねチーンあせる

 

今年に入ってから仕事が忙しくなってね…

というのが表向きの理由ではあるけれど、

どれほど忙しくても、

まめに更新している人は山ほどいますから、

ようは、気持ちの問題なわけです。

 

私の場合、

ブログが書けない → 

「何か」に向き合いたくない。

 

無意識に心の抵抗が起きてるんですよね。

 

向き合いたくない「何か」とは、

その時々でいろいろ違うのでしょうけど、

突き詰めれば「自分自身」。

 

「自分自身」の中でも、

自分がまだ受け入れられていない「自分」です。

 

 

このあたりの心理を

名古屋のビリーフチェンジセラピストの先輩

さはしひろこさん」が書いていらして、

なるほど~!と思いました。

 

ブログを書けないときって、

何かしらのビリーフが発動しているんですね。

 

 

実は私、このブログでは、

セルフカウンセリングのように、

自分の心の奥底をかき回すような作業をしているので、

正直、書くことがとてもしんどいんです。

 

一文書いては消し、一文書いては消し・・・という感じなので、

なかなか進まなくて時間がかかるし、

自分の本心と書いたものがズレてないか確認をしながらなので、

たった一つのブログを書き上げるのにものすごく疲れる。

 

「ブログは自分を表現するツールだから、すごく楽しいよ!」

…って多くのブロガーさんたちがおっしゃってるけど、

 

私は楽しいどころか、

「うっ!苦しい…」と思いながら書くことが多いかなあゲッソリ

 

 

「Saikoのワクワクな毎日ピンクハートおしゃれ手帳」 とか

「アラフィフ美熟女のぶらり温泉日記」とか(笑)

 

ライトな内容にしたら、楽しめるのかしらね・・・?

 

 

 

さて、私はここ2年くらい、

心理学や占星術やスピリチュアルな体験など、

いろいろなことを通して

長い間、固く封印してきた過去の自分と向き合ってきました。

 

時には、苦しくてたまらなくて、消えてしまいたいようなこともあったけど、

気づけばいつの間にか、スーッと心や体が軽くなっていて、

昨年末くらいには、「ああ、これでもう、私はだいじょうぶだ」と

思えるようになっていました。

 

ずっとお馴染みだった、

胸の奥の痛みのような感覚がなくなったから、

 

よっしゃ--------!!

 

私の心はすっかり回復したから、もうだいじょうぶ。

これからは、「なりたい自分」に向かってどんどん進める!

 

・・・とワクワクしていました。

すっかり生まれ変わったようなテンションで(笑)。

 

 

ところが、いざ、現実的な行動に踏み出そうとしたら、

あら、不思議、一歩を踏み出すことがまた怖くなってしまったのです。

 

漠とした不安、怖れ、焦り、自責・・・。

 

あれあれ?

サヨナラしたはずの「腐れ縁の元カレ=ネガティブ君」が私の家に勝手に戻ってきてるよ!?

                      

この1か月くらい、 しつこく居座るコイツの存在に悩まされてました。

久々に苦しかったです。

やっとの思いでようやくお別れできたと思ったのに。

 

 

何より一番苦しかったのは、

あんなにがんばったのに、結局、私は何も変わっていない。

私なんて、何をやってもダメな人間なんだな。

と感じてしまったことでした。

 

 

心理セラピーなどを受けていると、

どんどん変化していく(ように見える)人と、

なかなか変われない(ように見える)人がいますよね。

 

お金や時間もかけているのに、

思うように変化が見られないとすごく焦ります。

変わっていける人と比べてしまって、すごく苦しくなります。

 

人それぞれ、問題の深さは違うし、

バックグラウンドにあるものも違うから、

比べるものではないんですけどね。

苦しい時ほど、比べちゃう。

 

そして

なんで?なんで?なんで?

とグルグル悩んだ挙句、

 

私がダメだから?

私が弱いから?

本気が足りないから?

 

・・・と「自分責め」をし始めたら、ますますドツボにはまりますね。

 

私も明らかにこのタイプですけど滝汗

 

 

 

でも・・・

 

心が変化していくのって

そんなに単純なプロセスじゃないんだと思います。

 

それこそ、冬から春へと季節が移り変わっていくように、

何度も行きつ戻りつしながら、

いつの間にか変わっていくものなんじゃないでしょうか。

 

3月になって、温かい日もずいぶん増えてきましたが、

油断していると、急に冷え込む日があります。

 

でも、そうこうするうちにまた温かい日が来て、

また冷え込む日が来て・・・という繰り返しの中で、

気づいたら、桜が咲いていたりして。

 

そう、ちゃんと春は来るんですよね。

 

 

3月に雪が降る日があったとしても、それは冬に戻ったわけじゃない。

 

心の回復の途中で、「自分、ダメだ」と思う日があっても、

今まで積み上げたものが「0」になったわけじゃない。

 

 

行きつ戻りつ・・・だとしても

冬はかならず、春に向かう。

 

それが自然の摂理。

 

そして、人も、行きつ戻りつしながらでも、

ちゃんと自分の幸せに向かっているのではないでしょうか。

 

そう思うと、

「腐れ縁の元カレ(=ネガティブ君)」が

しばらく心に居座ったとしても

そんなに焦ることはないのかもしれませんね。

 

むしろ、お茶でも出してあげて、

一緒に昔話を楽しむくらいの余裕が持てたらいいのかもおねがい

 

今日は成人の日。

(あ、もう12時過ぎて15日でしたあせる

 

私の次女もめでたく20歳になり、

このよき日を迎えました照れキラキラ

 

 

成人式の会場に送る道すがら見かけた

たくさんの晴れ着姿の女の子たち。

(スーツや袴姿できめた男の子たちもラブ

 

 

深紅、朱色、桜色、薄紫、水色、翡翠色・・・。

 

穏やかな冬の日差しを浴びて、

色とりどりの花のように咲く姿は、

可愛くて、美しくて、思わず目を奪われてしまうほど…ラブラブ

 

 

でもね、

この一瞬だけ咲く花たちのために、

親はとっても大変なのですよ・・・。

 

何らかの方法で着物を用意し、

小物や道具類を抜かりなくそろえ、

早めに美容室を予約し、

事前に打ち合わせしたり、着物一式を届けたり。

 

(前撮りをするならば、↑×2回だし)

 

着物姿をおじいちゃんおばあちゃんに見せに行ったり。

 

成人式当日は、時間に間に合うように

渋滞する会場まで送り届けなければならないし車DASH!DASH!

 

優雅に浮かんでいるように見える白鳥が

水面下では激しく足をバタつかせているが如く、

娘たちの一瞬の輝きのために、

親たちも水面下でバタバタと足掻いているんですよねアセアセ

 

 

けれど、

そんなことも知らないまま、

何の屈託もなく、友達と笑いさざめく

花のように美しい女の子たちを見ていたら

 

「ああ、この子たちは親に愛されているんだな・・・」

 

なんて想いがふと湧いてきて、

なんだか胸がいっぱいになったのでした。

 

 

それはただ単に、成人式の1日にとどまらず、

 

この子たちが

生まれてから今まで、

たくさんの人に愛され、守られ、

 

大きな災いにも巻き込まれないよう、

神さまやご先祖さまにも守られてきたという、

 

愛と奇跡の積み重ね

なのだなあと思ってね。

 

 

そして、

美しく着飾った娘たちの幸せそうな姿こそ、

親への感謝状、「がんばったで賞」なんですよねお祝い

 

その笑顔を見るだけで、

誇らしくて幸せな気持ちになるの。

 

 

 

ひるがえって、

20歳のころの私はといえば・・・

 

自分の人生に絶望し

ひそかに人をうらやみ

神さまも仏さまも信じられなかった。

 

笑顔で無邪気をよそおいながらも、

心の中はとってもひねくれていた。

 

そんなわけだから、

成人式なんておめでたいとも

うれしいとも思わなかった。

 

一緒に住んでいた叔母は

「着物を着たら」と言ってくれたけど、

 

私は「洋服でいい・・・」と拒否したのです。

 

いつも自分の考えを押し付けてくる叔母。

私がどれだけがんばっても、決してほめてくれなかった叔母。

 

叔母は私のことが嫌いなんだなと思ってた。

私も叔母のことがどうしても好きになりきれなかった。

 

そんな叔母も一昨年、持病が悪化して

あっけなく亡くなりました。

 

 

だけど、成人式で花のように笑う

着物姿の娘たちを見ていたら、

 

ふと、叔母のことが浮かんできて、

叔母も本当は私に着物を着てほしかったんじゃないかと

思ったんです。

 

人並みの幸せを与えたかったんじゃないかって。

それは不器用な叔母なりの愛情だったんじゃないかって。

 

 

美しく着飾った娘の着物姿が

そこまで育てた親へのご褒美、感謝状だとしたら、

 

成人式に着物を着るのを拒否することで

私は叔母に感謝状をわたさなかったのかもしれない。

 

今さらながら、

なんてひどいことをしたんだろうと思いました。

 

今日、娘の幸せそうな着物姿が

私を幸せで誇らしい気持ちにしてくれたように、

 

あの日、私も素直に着物を着て、

叔母を幸せで誇らしい気持ちにさせてあげればよかったな。

 

 

そんなことを思い出して、

ちょっとおセンチになった成人の日の夜でしたおねがい汗

 

 

2019年、はやくも5日になりました。

遅ればせながら、今年もよろしくお願いします。

 

ぼちぼちの更新で、

自分でも「いつフェードアウトするのかな?」と

思っていたこのブログが、

年をまたいで続けられていることに感謝です。

 

 

さて、さっそく、本題の「しゅうかつ」ですが・・・

 

昨年末、私は「終活年賀状」なるものを出しました。

 

テレビやネットなどでもちらほら見かけたので

ご存知の方も多いと思います。

 

一般的には、高齢の方が高齢になったことを理由に、

「今年で年賀状をやめます」というご挨拶をするもの。

 

そんな中、40代、50代でも「終活年賀状」を出す人が

いる・・・というのも話題になりました。

 

 

私も今までずっと年賀状を出していたのですが、

毎年毎年、年末が近づくにつれ、

年賀状のことを考えると、気が重くなるばかり。

 

太陽・乙女座の私は、

「やるなら完璧にやりたい!」と思ってしまうタチ。

 

親戚、友達、仕事関係者…など

大まかなカテゴリーごとにデザインや文面を変え、

パソコンで年賀状を作成し、メッセージも

相手を思い浮かべながら書き添えていたので、

それはもう、面倒な作業でした。(←自分で勝手にやってるくせに)

 

中には、

何十年も前に勤めていた会社の人(しかも他の支社の!)や

習い事で親しくなって、何度か会っただけの人もいるし、

 

毎年、ただ印刷しただけのものを送ってくる人もいる。

 

平然とこれができれば苦労しないけど、

   何のために年賀状出すのかな?

 

年賀状って、相手がやめないからやめられないという

「惰性」でやっているところが多分にありますよね?

 

本気で会う気もないのに

「懐かしいな。また会いたいね!」と書いてみたり・・・

 

本気で連絡する気もないのに、

「またランチでもしたいね。連絡するね」と書いてみたり・・・

 

 

昨年あたりから、

「自分の心が本当に望むことだけをやりたい」

「自分が本当に会いたいと思う人とだけ付き合いたい」

という想いが強くなった私。

 

「心にもないこと」をしようとすると、

ものすごくザワザワして、自己嫌悪すら感じるようになりました。

 

 

で、今回、思い切って出したのが「終活年賀状」。

 

ちょうど、下の娘が成人し、春には就職するということと

「平成最後のお正月」というタイミングをうまく利用し、

 

おかげさまで次女も成人を迎え、春には社会に飛び立ちます。

これを機に、平成最後の本年をもちまして、

年賀状での新年のご挨拶を卒業させていただくことにしました。

今後はラインやメールなどでお付き合いいただけると幸いです。

 

と書き、(つながってない人には)ラインIDやメアドを書き添えました。

 

 

小学生の頃から今までずっと

やり続けていたことをやめるのは

少し勇気が要りましたし、

「みんな、どう思うかな」と不安にもなりましたが、

その思いを振り切るように「ぽん!」と投函。

 

 

そして、お正月がやってきました。

 

 

 

あのね・・・

 

私の年賀状を見た人から

続々とラインやメールが来たんですよ!

 

「実は私もやめたいと思ってた」とか。

 

「私はフェイドアウトしちゃったけど、

あんなふうにしたらよかったんだね」とか。

 

「時代に合わせて変わっていくのがいいよね」とか。

 

「してやられた!かっこええ---!って叫んじゃったよ」とか(笑)。

 

 

今まで年賀状のやり取りだけだった人とも

新しくラインで繋がって、また会うことになったりしておねがい

 

 

もちろん、これを機に本当に縁が切れる人もいるでしょう。

 

でも、それでいい。

いや、むしろ、それがいいニヤリ

 

ただの義理や惰性でつながっている関係性は、もう要らない。

「ねばならない」という思い込みでやっていることは、もうやめたい。

 

そんなふうに思います。

 

 

私の人生の「第一章」は、

「~してはいけない」 「~しなければいけない」

というビリーフまみれで、

苦しいことや不安なことがたくさんありました。

 

でも、これから始まる「第二章」は

心が軽やかになることだけをしていきたい照れラブラブ

 

 

ちなみに、昨年、私が出会ったスーパーヒーラーの「ジョセフ」

いつもこう言っているそうです。

 

心が歌うことだけをしなさいルンルン

 

 

 

私にとっての「終活」とは、

自分の心が歌わないことを

ひとつひとつわらせていく動のこと。

(年賀状はそのひとつでした)

 

 

 

だって・・・

「終わり」は「始まり」ですからウインク

 

 

 

人生100年という時代だからこそ、

 

「何を終わらせ、何を始めるか」を

 

自分で決めるのは、とても大切だと思います。

 

 

あなたは何を終わらせますか?

 

前回の続きです。

 

 

先週、私は大阪で

「占星術未来創造カウンセリング」をされている

ウイリアム・D・上原さんの対面鑑定を受けてきました。

 

上原さんの鑑定は、

「出生図(ネイタルホロスコープ)」を読み解き、

その人の人生を様々な角度から分析するというスタイル。

 

ホロスコープに表れた10個の天体の

サイン、ハウス、アスペクトなどを見ながら、

その人の性格やこの人生で成すべき使命、

仕事の適性、開運ポイント、

恋愛や結婚の傾向などについて教えてくれます。

(手書きの鑑定書に書いてあります)

 

まさにそれは

「自分のトリセツ(取り扱い説明書)」です。

 

 

そして、上原さんは自分が一方的に話すのでなく、

「なんのために鑑定を受けようと思ったのですか?」

「これからどうしたいですか?」など

様々な質問をして、

私の中にある想いを形にさせてくれます。

 

そうして私の中から出てきたものと

ホロスコープに表れている事象を照らし合わせ、

「それはすごく合っていると思います。

ぜひ、やってください!」と励ましてくれたり、

具体的なアイディアをくれたりするのです。

 

 

それはまさに

 

「未来を創造する」という

クリエイティブな共同作業。

 

ワクワクして、どんどん楽しくなって、

「よし、がんばろう!」と思えてきます爆  笑キラキラキラキラ

 

 

そんな楽しくて創造的な上原さんの鑑定ですが、

 

今回、私には深い気づきがあったので、

長くなるかもしれませんが、ここに残しておこうと思います。

 

 

私が一番印象に残ったのは

 

「私の人生は

なぜこんなにも大変なのか」

 

とずっと感じてきたことの答えが

出生図にはっきり表れていたことでした。

 

私のホロスコープでは、

「自分自身」や「人生の目的」を表す「太陽」

10個の天体の中で特に影響力の強い

「トランスサタニアン」

と呼ばれる天体(天王星・海王星・冥王星)

のすべてとアスペクトしています。

 

 

太陽と冥王星、天王星がコンジャンクション(0度)

 

冥王星の意味は

「究極(100か0か)」 「破壊と再生」 「生と死」など。

 

天王星は

「変革」 「独自独立」 「オリジナル(普通ではない)」など。

別離や引っ越しという意味もあります。

 

 

太陽と海王星がセクスタイル(60度)。

 

海王星は

「スピリチュアル」 「霊性」 「夢」 「ビジョン」 「妄想」など。

 

 

「コンジャンクション(0度)」とは、

天体と天体が重なっていることで

 

簡単に言えば、

良くも悪くもその天体から

ものすごく強い影響を受けるということですね。

 

 

「セクスタイル(60度)」は

占星術的にはいいアスペクトで

意識的に使うと発展していくという意味があります。

 

 

 

私の場合、

「自分」や「人生の目的」を表す太陽と、

影響力の強い冥王星、天王星が0度なので

良くも悪くも

「常識の枠を超えた普通ではない人生」

ということらしいのです。

 

しかも、

私の太陽、冥王星、天王星はすべて、

「家族」「居場所」「両親」などを表す

「4ハウス」にあります

 

私が12歳で両親を相次いで亡くし、

引っ越しを余儀なくされて

環境がガラリと変わってしまい、

「普通ではない」状況で育ったということも

 

星の配置から見ると

ぜんぶ必然だったというわけですガーン 

 

冥王星の「破壊」「すべて失う」「死」、

天王星の「離別」「引っ越し」「人と違う」みたいなものが

「4ハウス」、つまり

「家庭や家族」という領域で起こってるんですね。

 

 

内容は人によって違うけれど

人生の中で繰り返し起きる問題って

わりといつも同じようなことだったりしませんか?

 

ある人は、いつもお金の問題で悩んでる…

ある人は、いつも健康問題で悩んでいる…

ある人は、いつも恋愛のことで悩んでいる…

などなど。

 

 

占星術的には

「どの領域」=「ハウス」ということなので

 

もし、私の太陽や冥王星や天王星が

「お金」を表す「2ハウス」にあったら、

私は「お金」をすべて失って、

そこでどん底を味わっていたかもしれません。

 

そう考えると、

同じ天体でも、それがどの「ハウス」に入るかで

意味合いが全然変わってくるのも興味深いですね。

 

 

私の悩みや苦しみはいつも家族のことでした。

 

家族以外の人間関係は大きな問題はなく、

どちらかと言えば、いい人とばかり出会ってきたし、

お金や健康、仕事などに関しては、

不思議といつも何とかなっています。

 

 

私の試練は、家族・家庭(4ハウス)にあって、

強烈な形で根こそぎ居場所を失ったりする。

 

これがはっきりと

私のホロスコープに出ていたんですね。

 

 

 

さらに、私と両親(父と母)との関係性も、

ちゃんとホロスコープに表れていました。

 

 

占星術では、「月」は「母親や妻」を、

「太陽」は「父親や夫」を表すと言われます。

 

「いくこさんはお母さんから

よい影響を受けているはずです。

 

でも、お父さんとの関係が

人生に試練を与えてきたと思います」

 

と上原さん。

 

私の月(母)は

水星・火星とよいアスペクト(120度、60度)を持ち、

私の自己表現や健康・仕事に

よい影響を与えているそうです。

 

 

一方、私の太陽(父)は

究極の天体・冥王星と0度にあるため、

ものすごくいいか(100)、

ものすごく悪いか(0)という影響を与えるのだそう。

生か死かという究極の選択でもあります。

 

 

占星術的にみると

母のあとを追うように自死した父は、

「生」か「死」かという究極の選択で「死」を選び、

私たち子どもの人生に「ものすごく悪い」影響を

与えてしまったということになるのです。

 

生きている時の父は、本当に優しくて、

私たちを大切にしてくれていたので、

私は父のことが大好きでした。

 

だから、私の中には

「お父さんは私たちにひどいことをした」

という概念がまったくなかったんです。

 

前に受けていたビリーフチェンジのセッションでも

 

「子どもに戻って

『お父さんはひどい!』

と怒ることが大事です」

 

セラピストの先生から言われてました。

 

 

その時の状況をエンプティチェアで再現し

「この子が置かれた状況を

第三者として見たらどう感じる?」

とも問われました。

 

 

でも、その時の私には

 

第三者として見たらひどいけど…。

でも、お父さんも辛かったんだから

かわいそう…。

 

という気持ちしか湧いてこなくて…。

 

 

でも、上原さんから

「私だったら

『子どもたちに何てことするんだ!』

って殴りますよ」と言われ、

 

そうか。

父は私たちに

とてもひどいことをしたんだなあ・・・

 

と初めて腑に落ちたような感覚があったのです。

 

 

冥王星には「支配」という意味もあります。

 

つまり、私は今までずっと

父が残した影響に「支配」されていたのです。

 

 

私は子どもの頃、

「父からは愛されているけど

母からは愛されていない」と感じていて

 

両親が亡くなった後、大人になってからも

ずっと心のどこかでそう思ってきましたが、

 

高千穂のお姫様の出来事で、

「本当は母に愛されていたのかも…」

という気づきを得ることができました。

 

 

一方、今回の上原さんとのやり取りで、

父に対しては逆の気づきがあったのです。

 

父が本当に私たちを愛していたら

一人で逝ったりはしないよね・・・

 

と今更ながら思いました。

(でも、本当の本当は

は子どもを愛しているんです)

 

それは父の弱さのせいかもしれませんが、

父がしたことを子どもである私が

 

お父さんは弱い人だったから仕方ない

 

と思うのは、やっぱり間違っていたのかもしれません。

 

 

それは、真の許しではなく、

諦め、もしくは「見て見ないふり」なのですから。

 

 

父の弱さは父の問題であって

子どもである私にどうすることもできない

 

私はそれに気づかないまま

長い間、苦しみを持ち続けてきたのですね。

 

 

女性は父親との関係を

恋愛相手や結婚相手に投影すると言いますが、

わが身をふり返ってみると、まさにそうだったなあ・・・と。

 

どこか心に弱いところのある男性や

陰のある男性が気になって、

その人の弱さ、苦しみをわかってあげたい

と思ってしまうのです。

 

だから、

相手から傷つけられることがあっても怒れない。

 

無意識に

「この人はかわいそう・・・」と思ってしまうから、

何があっても許してしまうんですね。

 

 

相手の痛みを自分のもののように感じてしまう。

その分、自分の痛みをきちんと感じられない。

↑ ↑

自分と他人の分離がきちんとできていないから。

 

 

あれ?

これって 「共依存」ってやつですよね?

文章を書きながら、ふと気づきましたアセアセ

 

私は自分を「自立心のある強い人間だ」と思い、

最も「依存」からは遠いと思っていたのですが…

 

実はそうではなかったのかもしれません・・・ガーンガーン

 

 

相手にどんな理由があったとしても、

「傷つけられたこと」そのものを許してはいけない。

 

相手よりも、

まず大切にすべきは「自分自身」なんですね。

 

 

上原さんとお話した後から

ぼんやり感じていたことですが、

こうしてブログにしたことで

はっきりとした形になりました。

 

 

今年、家の大掃除はしてないけど、

長いこと手つかずだった

「心の大掃除」ができたような気がします。

 

 

上原さんの占星術鑑定は

「占星術カウンセリング」と銘打っているだけあって、

「そうだったのか~」という気づきがたくさんありました。

 

お会いできて本当によかったです。

ありがとうございました。

 

私にとって、今年(2018年)は図らずも、

「自らの人生を見つめ直し、古傷を癒す」

ということをし続けた1年になりました。

 

ビリーフチェンジセラピーの養成講座や

個人セッション、ライブセミナーなどの心理学に始まり、

たくさんの神社めぐりや高千穂のお姫様での不思議な体験、

ジョセフのヒーリングなどのスピリチュアルな体験にいたるまで、

様々な形で自己と向き合い、封印していた過去のことにも向き合ってきました。

 

今年が終わろうとする今、この1年をふり返ってみると

自分の中身が70~80%が入れ替わったような気がします。

 

あんなに悩んでいたのが嘘のように楽になって、

たいていのことには「まあ、いいか。大丈夫」と思えるようにニコニコ

 

でも、そこにいたるまでの過程は、

ものすごく考えて考えて計画的に行動した・・・というより、

自分の心が「やりたい!」と思うことをできるだけやっていたら、

いつの間にかすべてが繋がってここにいた・・・という感じです。

 

意識的にやったのは「あえて思考のスイッチをオフにする」ことだけ。

 

途中(8月半ば頃)までは、考え過ぎをやめられなくてすごく苦しかったけど、

そこを超えた頃から楽しくて、うれしくて、ワクワクすることばかりになりました。

 

棚田先生が8月の養成講座修了時、私のテキストに書いてくれた

「日の出前が一番暗い(かも)!」

という言葉、実は予言だったんじゃないのかしら?と思うほど照れ

 

さて、そんな1年の最後の最後に、

またまた導きのようにちょっとしたサプライズが起きて、

私はずっと会いたかった人に会える運びになったのです。

 

 

それはこの方、ウイリアム・D・上原さん。

 

【大阪】占星術未来創造カウンセリング

 

というブログで、日々、占星術の観点から

興味深い考察を発信していらっしゃいます。

 

 

私は去年の夏まで、「星占い」といえば、雑誌などに載っている

「今年の○○座の運勢は…」みたいなものしか知らなかったのですが、

ひょんなことから「ホロスコープ」なるものを知ったのです。

 

ホロスコープとは、ある瞬間の天体の配置図のこと。

 

太陽も月も水星も火星も、宇宙の星々は常に動いていて、

その配置は刻一刻と変わり続けています。

 

そして、人が生まれた瞬間の天体の配置図(ネイタルホロスコープ)には、

その人の人生のあらゆる情報(性格・仕事の適性・容姿・恋愛傾向・人との相性など)が

記されている、というのが西洋占星術の基本的な考え方なのだそうです。

 

それを知った時、私は占星術というものにものすごく引き込まれました。

 

まずは自分のホロスコープをネットで作成し、

(今はネットから無料でホロスコープが簡単に作れます)、

ネットや本などで調べていくと、あまりにも当てはまることが多くて、驚きの連続!

 

そうこうするうちに出会ったのが、上記の上原さんのブログです。

とにかくわかりやすくて、切り口が独特で面白い!

引き寄せられるように読者登録をし、、毎日配信される記事を読んでいました。

 

それこそ星の数ほどもある占星術関係のブログの中から、

私がなぜ上原さんに惹かれたのか?

実はそれも星の配置が関係していたみたいですびっくり

(これについてはまたのちほど)

 

占星術の鑑定法にもいろいろありますが、

上原さんが主に提供しているのは、「ネイタルホロスコープ(出生時の星の配置)」

だけをじっくりと読む、というもの。

 

「人生でただ1度だけの鑑定」 「最低でも3時間」 「手書きの鑑定書」

 

などのホームページに踊る文言が私の心にヒットしていて、

「いつか上原さんの鑑定を受けたいな~」と思うようになったのです。

 

とは言え、「そのためだけに大阪まで行く」というのはやはりハードルが高くアセアセ

 

いつか、何かの機会があればなあ・・・と思いながら、

今年も終わろうとしていたある日、娘からいきなりLineが来たんです。

 

「12月20、21日って何か予定ある?」

 

「大阪か、ちょっと足伸ばして京都にでも旅行どう?」

 

娘は看護師なので、夜勤明けも含めると休みがとても多く、

特に12月はシフトの関係で連休が続いて、暇を持て余しているとかで。

 

「でも、なんで大阪?」

「大阪のホテルの格安プランがたまたま目に入ったから」

娘自身は特に行きたいところがあったわけでもないようでした。

 

「そうだ!大阪に行くなら、上原さんの鑑定を受けたい!」

 

さっそく、メールで連絡してみると、

20日の15時で予約を取ることができました。

 

実は私、京都などに行く時に大阪を経由したことはあるけど、

なぜか大阪そのものは初めてで、娘がいてくれたらとっても心強い!

 

しかも、

「ボーナス出たから、私がお金出すよ」って!

 

まさに棚からぼたもちです爆  笑ラブラブ

 

こうして思いがけず、私は大阪へ行けることになり、

ウイリアム・D・上原さんの鑑定を受けることになったのでした。

 

 

ちなみに上原さんはハーフでもなんでもなく、生粋の大阪人。

師と仰ぐウイリアム・D・ギャンの名を占い師ネーム(?)に使っているそうです。

 

ブログのお写真(知的でクールな感じ)よりずっとソフトな印象で、

とっても優しくて楽しい先生でしたラブ

(ご本人いわく、実はすごく人見知りで、今まで一度も人に道を聞いたことないのだとか)

 

さて、上原さんが取り出した私のホロスコープ(出生図)と

「参考までに」と持ってきてくださった上原さん自身のホロスコープ。

 

驚くことに、星の配置がすごく似ていたのですびっくり!!

 

ちょっと専門用語になりますが、

Asc(アセンダント)がほぼ同じなので、ハウスの並びが同じ。

月とMc、さらに土星とドラゴンヘッドの配置がほぼ同じ(ハウスやサインは少しずれるけど)。

それ以外の星は同じ配置ではないものの、ハウスやサインの似たようなところにあり、獅子座、乙女座、天秤座に集中している。

 

実は上原さんと私は同じ歳で、誕生日もわりと近かったんです。

ただ、誕生日が近いからといって星の配置が同じとは限らないようなので、

ホロスコープが似ているのは、何かご縁があるということなのかもしれませんね。

 

(家族などの近い関係性の人や出会うべくして出会う人とは、

ホロスコープ上でも何かしらの関係があったりするようです)

 

たくさんある占星術ブログの中で、私が上原さんにたどり着いたのも、

今回、なぜか大阪まで鑑定を受けに来ることになったのも、

星に導かれたご縁なのかな・・・と思うと、やっぱり占星術はおもしろくて奥が深い!

 

 

プロローグだけで長くなったので、

実際の鑑定のお話は次に続きますウインク