ここに、時価額1億円の収益物件(賃貸不動産)があるとします。この物件をある社長さんが、自己資金3千万円、金融機関からの借入金7千万円で購入しようとしているとします。この収益物件が年間稼ぐお金は、管理費や固定資産税を差引いて3.5百万円だとします。また、借入金7千万円は20年返済で年償還額は手取り収入と同じ3.5百万円だとしましょう。

 まず、キャッシュフロー経営の観点からは、入ってくるお金をそのまま借入金の返済として使うので、全くお金を生まない投資案件のように思えます。

 また、B/S(バランスシート)を見ると、借入金が増加するので、自己資本比率が大きく減少してしまいます。

 こんな不動産に投資する社長は財務を知らない社長だ。などと思ったりしませんか。でも、このような不動産に投資する社長さんは意外と多いのです。

 そりゃー、不動産屋に騙されているのだと思ってもらっても困ります。このような不動産を借金をしてでも買う意義はあるのです。では、このような不動産が生み出す効果を探って見てみましょう。

 

 まず、この投資案件で重要なのは、投資不動産を時価で見るか、簿価で見るかという観点が大きく関わってきます。

 そのことにポイントを置いて、話を進めてみましょう。

 会社が好調な営業成績を続けていることを好機に、金融機関から融資を受けで、上記不動産を購入したとします。自社の調子が良い時では、金融機関はこのような融資案件には飛びつくかのように乗ってくれます。

 そして、借入金を約定通りにコツコツと返していきます。年間の借入金の返済額は3.5百万円です。10年経てば借入金額の半分の3.5千万円の返済が済み、借入金の残額は3.5千万円となっています。

 

 さて、購入した収益不動産のPM(プロパティ・マネジメント)の成果もよく、10年経ってもこの不動産の時価が購入時と同じ1億円だったとした場合、どのようなことが起きているかを見て見ましょう。

 この収益不動産だけのB/S(バランスシート)でその変化を考えて見ます。まず、最初は自己資金3千万円と借入7千万円で、資産1億円を購入します。そして10年後、借入金は3.5千万円、そして資産の時価は1億円のままです。

 さて、何が変わったのでしょうか? そうです!自己資本が6.5千万円に増えているのです(1億円-3.5千万円)。

 不動産投資の目的は二つあり、ひとつはインカムゲインと言って、毎月々の賃貸収入を狙うもの、もう一つはキャピタルゲインと言って、値上がり益を狙うものです。しかし、この投資は毎月の賃料は借入金の返済に消えていきますし、収益物件は値上がりしているわけでもありません。

 

 少し財務に明るい社長さんでしたら、この建物の減価償却費は✖✖万円で、償却後の簿価で見ると.....。なんて考えがちですが、このように投資を行っている社長さんたちは、絶えず時価で物件価格を把握しているのです。

 

 でも、自社の景気が良い時に、社長さんがこのような不動産に投資をしていたら、そして、10年後に予期せぬ不景気が訪れたとしたら。

 社長さんは、この物件を売却して6.5千万円のキャッシュを得ることもできるだろうし、または、この物件の増加した担保余力を利用して、金融機関に新たな融資を申し込むことだってできることでしょう。

 不景気何するものぞ、という経営ができるようになるのです。

 

何のキャッシュフローも生まない収益不動産投資の裏には、万が一の時に対処するための社長さんの大きな秘策があるのです。

 独立行政法人中小企業基盤整備機構が行う中小企業倒産防止共済制度というものをご存じでしょうか。通称「経営セーフティネット共済」と言います。

 経営セーフティネット共済は昭和53年4月に「中小企業倒産防止法」に基づき創設された制度で独立行政法人中小企業基盤整備機構が運営主体となり、業務委託により各地区商工会議所や商工会、金融機関等が窓口となっている制度です。

 制度の概要は、

● 共済契約者は、取引先企業の倒産により売掛金債権の回収が困難となった場合に、自らの連鎖倒産等の事態を防止するため、共済金の貸付を受けられる。
(具体的には、共済契約者は予め掛金を積み立て(月額5千円~20万円、掛金積立限度額800万円)、取引先企業が倒産により売掛金債権が回収困難となった場合には、この回収困難額と積み立てた掛金の10倍のいずれか少ない額を上限に、無担保・無保証人で共済金の貸付けが受けられる。)

●  掛金が損金(法人)または必要経費(個人事業)に算入出来る租税特別措置法上の特例があるほか、臨時に資金を必要とする事態が生じた場合、掛金の範囲内で一時貸付金の貸付を受けることが可能。

 ということとなっています。

 

この制度が令和6年10月から改正されて、「一旦解約し、その後再加入した場合解約の日以後2年間分の掛金については損金(必要経費)とはならない」ことになる予定です。

この制度改正は、この共済制度を単なる節税目的にのみ利用するケースが増えているからです。

『中小企業倒産防止共済制度の不適切な利用への対応について』中小企業庁第22回共済委員会配布資料より

https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/shingikai/kyousai/022/002.pdf

この資料によりますと、任意解約による脱退の状況が解約手当金の支給率が100%となる加入後3年目、4年目(加入後40ヶ月以内の解約にはペナルティが課される)に解約するケースが増えており、脱退と再加入が短期間で繰り返されていることがデータを交えて報告されています。

 

このような状況を助長している原因の一つとして、この資料が報告しているものが『節税を目的とした加入とそれを指南する情報源』と題した項で、「倒産防止共済による節税を指南する事例」として、【HP】や【YouTube】、【書籍・雑誌】が名指しで公表されています。中には“「簿外資産を作れる!」全額損金の経営セーフティ共済の節税効果を最大化する方法と、一期で460万円落とす方法”などと題するものもある始末です。

このように、あまりにも目に余る行為が横行するため、お役所としても何らかの規制に走らざるを得なくなったものだと思います。

 しかし、この制度のイメージとしては例えば、小さな町工場でコツコツと地道に収益を積み重ね、その収益の中から共済掛金を積み幾ばくかの税制優遇の恩恵を受け、そして一旦不景気の波に襲われたとき、積み立てて来た掛金を取り崩して資金繰りに充てて急場を凌ぐ....というものだと思います。このような町工場で利用されている共済金額はせいぜい月額で数万円程度でしょう。「節税指南役」が紹介する「一期で460万円を落とす」には遠く及ばない金額だということです。

 

 『とにかく800万円までは無税で積立ができる』が広く知れ渡り、合法ではあるにせよ、乱用が過ぎた結果が今回の改正を招いたわけです。

 

 話はガラッと変わるのですが、「インフレ税」という経済用語があります。簡単に解説すると『インフレ税は、実際に税金が課税されるわけではないものの、インフレの進行によって貨幣価値が下落する一方で、実質的に民間部門から政府部門への所得移転が起ることをいいます。』具体的に言えば、物価が2倍になれば、貨幣価値は下落し100万円の預金の実質価値は50万円となってしまいます。また同時に政府の借金も実質価値が半減してしまいます。あたかも民間の預金から50万円の税金が支払われて、それでもって政府が借金50万円を返済したような効果と同じになってしまう、というのが「インフレ税」です。

 

 昨今の我が国では、インフレと同時に『賃上げ』が盛んに叫ばれています。円安の進行による輸入コストの増加。その増加が引き起こす「コストプッシュ・インフレ」に加えて、自国の賃金を引き上げてさらにコスト増に繋げ『自家製インフレ』を誘発させようとしているかのようです。

 1974年、1979年のオイルショックの時には、政府、財界、労働組合がタッグを組んで『賃上げ』を阻止してインフレを防いだ経験もあるのですが、それとは真逆のことを今やろうとしています。

 

 とにもかくにも日本もようやくインフレ国の仲間入りということになるのでしょうか。

 仮に政府日銀が目指す年率2.0%のインフレが恒常的となれば、「経営セーフティネット共済」で簿外資産として貯めこんだ大切なお金にも以下のような憂き目が待っています。

 

 以下の図は年率2.0%のインフレが続いた場合の貨幣価値を実質価値で表したものです。年々物価が上昇するということは裏を返せば貨幣価値の下落を意味します。中小機構にある共済金には金利がつきませんから、年率2.0%の複利で貨幣価値が下落していくことになり、10年も経てば、実質価値は従前の78.1%(100%-21.9%)となってしまうのです。実際の金額で言えば、800万円が10年で625万円の価値に下落してしまうということです。

 

 

 では、この21.9%は何でしょうか?これが「インフレ税」といわれるものです。『せいぜい策と称して』無税で貯めこんだはずの資金から、しっかりと税金を支払うことになってしまいます。

  インフレ下で、お金をこの「インフレ税」から守るには、お金をお金として貯めこむのではなく、反対に動かし続けることが大切だと言われます。

 デフレの時代にしっかり慣れてしまった私たち、考え方を変える日も遠くはないと思います。

 

 最後に、「究極の節税戦略」とは、『節税戦略など何もしないこと』だと言われます。

 能登半島を震源とする地震が起きて、早やひと月が経とうとしています。能登に事業所を持つ企業の方たちは、これから事業再建に向けた活動を行わなくてはなりません。これは、口では言い表しようのない努力が必要なのではないでしょうか。

 それに比べて、日ごろ「やれ、儲からない」だの、「資金繰りが大変」だなどと、“滑った”の“転んだ”のと言っている私たちは、能登の方たちから見ると随分と恵まれた環境にいることを忘れてはならないと思います。

 

 今回は、社長として即答できなければならない数字の一つを明確にしていこうと思います。それは、「いくら“赤字”を出したら『債務超過』に陥るか」という数字です。即答できますか?

 

 『債務超過』とは、総資産の額より負債の額が多くなってしまうことです。

 

 

 中には「借金をし過ぎると『債務超過』になる」と勘違いをしていらっしゃる人もおいでますが、借金をしても借りたお金を資産として持っていれば、決して『債務超過』になることはありません。

 

 次に“赤字”です。以前のブログで“赤字”には2種類の“赤字”があることを書きました。一つ目は、PL(損益計算書)の“赤字”で、これは、費用>収益の状況です。一般的に、“赤字”と言えばこれを指します。

 

 もう一つは、BS(貸借対照表)の“赤字”で、負債>資産の状況です。上図で言う『債務超過』となっている状況を指します。

 

 仮に、PLの“赤字”を数年間出し続けたとしても、BSの“赤字”に達するまでは、企業として何とかなる状態「決してヤバいわけではない」と言えます。

 しかし、“赤字”経営を続けた結果、BSの“赤字”(債務超過)となってしまえば、状況が激変します。まず金融機関の態度が一変すると考えた方が良いでしょう。

 

 BSの“赤字”である『債務超過』を簡単に言うと、会社の全ての資産を売り払ったとしても負債を完済できない状態です。こうなると、金融機関はもう融資には応じてはくれなくなるでしょう。

 長期資金は「期限の利益」がありますから、すぐに返せとはなりませんが、運転資金に直結する短期資金(当座貸越・手形借入)は回収されてしまうと考えた方が良いでしょう。

 ただし、『債務超過』となっても、直ちに破産してしまうわけではありません。

 

 さて、『債務超過』に陥り、金融機関が態度を一変させるとどうなるかをご存じでしょうか。極端な例かも知れませんが、社員に対して『売上を伸ばすな!頑張るな!』と言わなくてはならなくなるということです。

 

 売上が伸びると、仕入と売上債権の回収までのタイムラグを原因とする正常運転資金の必要額が拡大します。通常はこの資金を金融機関からの短期融資で賄うのですが、『債務超過』の状態では、この資金融資は叶わないことになります。無理やり売上を伸ばそうとすると、勢い資金ショートを起こしてしまいます。

下手をすれば、倒産ということになりかねません。このような状態を「ヤバい」というのです。

 

 経営者は時にはPLの“赤字”は出しても仕方が無いと思います。しかし、BSの“赤字”に達するまでの数字を絶えず意識しておかなければなりません。

『いくら“赤字”を出したらヤバくなるか』を知っていなくてはならないということなのです。

 

 このBSの“赤字”に無頓着な経営者は、いつの日にか『もう、売上を伸ばすな!』なんて叫ぶはめになるかもしれません。

 『債務超過』となる“赤字”の額、しっかりと認識して、決して一線を越えない努力をしなくてはならないのです。