独立行政法人中小企業基盤整備機構が行う中小企業倒産防止共済制度というものをご存じでしょうか。通称「経営セーフティネット共済」と言います。
経営セーフティネット共済は昭和53年4月に「中小企業倒産防止法」に基づき創設された制度で独立行政法人中小企業基盤整備機構が運営主体となり、業務委託により各地区商工会議所や商工会、金融機関等が窓口となっている制度です。
制度の概要は、
● 共済契約者は、取引先企業の倒産により売掛金債権の回収が困難となった場合に、自らの連鎖倒産等の事態を防止するため、共済金の貸付を受けられる。
(具体的には、共済契約者は予め掛金を積み立て(月額5千円~20万円、掛金積立限度額800万円)、取引先企業が倒産により売掛金債権が回収困難となった場合には、この回収困難額と積み立てた掛金の10倍のいずれか少ない額を上限に、無担保・無保証人で共済金の貸付けが受けられる。)
● 掛金が損金(法人)または必要経費(個人事業)に算入出来る租税特別措置法上の特例があるほか、臨時に資金を必要とする事態が生じた場合、掛金の範囲内で一時貸付金の貸付を受けることが可能。
ということとなっています。
この制度が令和6年10月から改正されて、「一旦解約し、その後再加入した場合解約の日以後2年間分の掛金については損金(必要経費)とはならない」ことになる予定です。
この制度改正は、この共済制度を単なる節税目的にのみ利用するケースが増えているからです。
『中小企業倒産防止共済制度の不適切な利用への対応について』中小企業庁第22回共済委員会配布資料より
https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/shingikai/kyousai/022/002.pdf
この資料によりますと、任意解約による脱退の状況が解約手当金の支給率が100%となる加入後3年目、4年目(加入後40ヶ月以内の解約にはペナルティが課される)に解約するケースが増えており、脱退と再加入が短期間で繰り返されていることがデータを交えて報告されています。
このような状況を助長している原因の一つとして、この資料が報告しているものが『節税を目的とした加入とそれを指南する情報源』と題した項で、「倒産防止共済による節税を指南する事例」として、【HP】や【YouTube】、【書籍・雑誌】が名指しで公表されています。中には“「簿外資産を作れる!」全額損金の経営セーフティ共済の節税効果を最大化する方法と、一期で460万円落とす方法”などと題するものもある始末です。
このように、あまりにも目に余る行為が横行するため、お役所としても何らかの規制に走らざるを得なくなったものだと思います。
しかし、この制度のイメージとしては例えば、小さな町工場でコツコツと地道に収益を積み重ね、その収益の中から共済掛金を積み幾ばくかの税制優遇の恩恵を受け、そして一旦不景気の波に襲われたとき、積み立てて来た掛金を取り崩して資金繰りに充てて急場を凌ぐ....というものだと思います。このような町工場で利用されている共済金額はせいぜい月額で数万円程度でしょう。「節税指南役」が紹介する「一期で460万円を落とす」には遠く及ばない金額だということです。
『とにかく800万円までは無税で積立ができる』が広く知れ渡り、合法ではあるにせよ、乱用が過ぎた結果が今回の改正を招いたわけです。
話はガラッと変わるのですが、「インフレ税」という経済用語があります。簡単に解説すると『インフレ税は、実際に税金が課税されるわけではないものの、インフレの進行によって貨幣価値が下落する一方で、実質的に民間部門から政府部門への所得移転が起ることをいいます。』具体的に言えば、物価が2倍になれば、貨幣価値は下落し100万円の預金の実質価値は50万円となってしまいます。また同時に政府の借金も実質価値が半減してしまいます。あたかも民間の預金から50万円の税金が支払われて、それでもって政府が借金50万円を返済したような効果と同じになってしまう、というのが「インフレ税」です。
昨今の我が国では、インフレと同時に『賃上げ』が盛んに叫ばれています。円安の進行による輸入コストの増加。その増加が引き起こす「コストプッシュ・インフレ」に加えて、自国の賃金を引き上げてさらにコスト増に繋げ『自家製インフレ』を誘発させようとしているかのようです。
1974年、1979年のオイルショックの時には、政府、財界、労働組合がタッグを組んで『賃上げ』を阻止してインフレを防いだ経験もあるのですが、それとは真逆のことを今やろうとしています。
とにもかくにも日本もようやくインフレ国の仲間入りということになるのでしょうか。
仮に政府日銀が目指す年率2.0%のインフレが恒常的となれば、「経営セーフティネット共済」で簿外資産として貯めこんだ大切なお金にも以下のような憂き目が待っています。
以下の図は年率2.0%のインフレが続いた場合の貨幣価値を実質価値で表したものです。年々物価が上昇するということは裏を返せば貨幣価値の下落を意味します。中小機構にある共済金には金利がつきませんから、年率2.0%の複利で貨幣価値が下落していくことになり、10年も経てば、実質価値は従前の78.1%(100%-21.9%)となってしまうのです。実際の金額で言えば、800万円が10年で625万円の価値に下落してしまうということです。
では、この21.9%は何でしょうか?これが「インフレ税」といわれるものです。『せいぜい策と称して』無税で貯めこんだはずの資金から、しっかりと税金を支払うことになってしまいます。
インフレ下で、お金をこの「インフレ税」から守るには、お金をお金として貯めこむのではなく、反対に動かし続けることが大切だと言われます。
デフレの時代にしっかり慣れてしまった私たち、考え方を変える日も遠くはないと思います。
最後に、「究極の節税戦略」とは、『節税戦略など何もしないこと』だと言われます。