心理カウンセラー・公認心理師の栗林あや(いがぐりこ)です。
SNSで話題になっている、4月22日発売予定の書籍『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』(三笠書房)をめぐる炎上を見て、あらためて「表現のむずかしさ」について考えさせられました。
(※この記事は、特定の書籍や著者を否定する目的ではなく、心理職として、私が今回の出来事から考えたことを、自分なりの視点で綴ったものです。)
心理カウンセラーとして仕事をしていると、「職場でちょっと関わりにくい人がいて困っている」とか「その人のサポート役になって自分がヘトヘトになってしまった」、というご相談をいただくことがあります。
だから、そうした状況に寄り添う実用書のニーズは、確かにあると思っています。
今回の本も、きっとそういう悩みを抱える人に向けて書かれたのだろうと想像はできます。
でも一方で、「困った人」や「うまく動かす」といった表現に、強い違和感や反発を抱いた人たちが多かったのも、よくわかる気がします。
とくに、生きづらさを感じてきた方々にとっては、「また自分たちが問題にされている」と受け止めざるを得ない構造だったことが、大きな問題だったのだと思います。
今回の炎上を見て、あらためて思ったのは、「伝えたい人に届く言葉」と「読んで傷つく人をなるべく出さない言葉」、そのバランスが本当に大事だということです。
しかもそのバランスは、これまで以上に厳しく見られる時代になりました。
目立つタイトルをつけようとすると、どうしてもキャッチーな言葉になりがちです。
でもそのぶん、誰かの心にひっかかってしまって、思いがけず深く傷つけてしまうこともある。
もちろん、すべての人に配慮する完璧な言葉なんて存在しません。
それでも、「誰の立場から語っているのか」「誰の声が抜け落ちていないか」に意識を向けることは、書き手としてとても大切な視点だと感じます。
実は、「困った人」「人を動かす」という表現や、「動物にたとえる・デフォルメする」ような手法は、昔からよく使われてきたものでもあります。
たとえば「動物占い」や、タイプ分けの診断ツール、カーネギーの『人を動かす』といった本もそう。
でも、そういった本が炎上しなかったのは、当時はSNSが今みたいに当たり前じゃなかったこと、そして対象が、支援が必要な人や社会的に不利な立場に置かれやすい人ではなかったからだと思います。
過去の多くのコンテンツは、「自分を知る」「人間関係をスムーズにする」ために使われていて、大きな反発を呼ぶことはありませんでした。
けれど今回は違いました。
発達障害や精神的な困難を抱える方を、「困った人」という枠組みに重ねてしまったこと。
しかも、それを動物にたとえることで視覚的にデフォルメし、当事者が「揶揄されている」「見下されている」と感じるような表現になってしまったこと。
さらに、「うまく動かす」というタイトルが、「自分たちは動かされる側なのか」と受け取られかねない点。
こういったことが重なって、多くの方の心を深く傷つけてしまったのだと思います。
今は、障害者差別解消法が改正されて、2024年からは合理的配慮が企業に義務づけられる時代になりました。
表現する側が「悪意がなかった」と言ったとしても、それだけではすまされない場面が増えてきました。
当事者の声がSNSを通して一気に広がる今の時代だからこそ、以前は許容されていた表現が、今は受け入れられないということもあります。
私自身、今回の件を通して、表現というものが、時代の価値観に大きく左右されることを痛感しました。
そして、その言葉によって深く傷ついた人が確かにいるという事実を、忘れてはいけないとも思いました。
今後は、より丁寧に、気をつけて、誰かの立場や背景を想像しながら言葉を選んでいきたいです。
これからの実用書には、「誰かをどう動かすか」ではなく、「どう理解し合えるか」とか「どう自己理解を深めていけるか」といった視点が求められていくと思います。
私たちカウンセラーが届ける言葉にも、そうした視点がいっそう大切になってくるのだと思います。
今回の件は、心理職として、ものすごく考えさせられる出来事でした。
私自身も、発信するときには「誰に届けたいか」と同時に、「誰が読むか」を忘れずにいたいです。
(※この記事は、今回の件をきっかけに、心理職としての自分自身のあり方や言葉の扱いについて考えた記録です。
さまざまな立場やご意見があることも受けとめながら、必要であれば加筆・修正していきたいと思っています。)