ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート -35ページ目

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。
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日々の出来事です。

こんにちはガリッポです。

時々、1600年代や1700年代のイタリアの作者のラベルがついた楽器を持ってくる人がいます。私はそれを見て一瞬で「これは違う」と分かることがあります。専門店の鑑定書がついていてもこんなのは違うとわかることがあります。なぜわかるかというと雰囲気がちがうからです。

このような「雰囲気」を感じるのは経験と強い興味によってたくさんの楽器を見てくる中で培われていくものだと思います。一番良いのは自分で同じものを作ろうと試みることです。ニスの質感などは自分で作って塗ってみて初めて分かります。

料理でもそうだと思います。一度も作ったことがない人が通ぶって講釈を垂れていても的が外れていて主婦にもかなわないです。


修理の経験がありたくさん古い楽器を見てもさほど値段が高くなかったりする「何でもないような楽器」に興味を示さなければ目の前を通り過ぎていくだけです。
たとえば一昔前ならフランスのモダン楽器はそれほど高価ではありませんでした。私はフランス人の下で修業した人に教えを受けたことがありフランスの重要性を認識しました。現代の楽器製作の源流であり、すべての流派は多かれ少なかれ影響を受けています。しかし多くの職人はそのことを知りません。フランスの楽器について学ぶことは自分たちの楽器作りがどうやって成り立ってきたのか知るうえでとても重要なものです。
私がフランスの作者の本を見ていたら、ある職人の先輩はこんなのいくらでも修理したことがあって、特に気に留めずに目の前を過ぎていったそうで、私がフランスの楽器について学ぶように言われていたことを知ると「こういうのも勉強しなくちゃいけないんだ」と言っていました。日本で修行すれば「フランスの楽器は2流」という思い込みによってそこから何も得ることができないのです。

フランスのモダン楽器は見るとすぐにそれだとわかります。それは何かといえば「雰囲気」です。これをまねするのはとても難しくて、他の産地の楽器にフランスの偽造ラベルを貼った楽器はすぐにわかります。
私は音大教授の先生が使っているニコラ・リュポーをもとにコピーを作ったことがあります。リュポーは時代が古いので古さが雰囲気となりますが、新品のような保存状態のフランスの楽器をコピーするのはとても難しいです。

リュポーのコピーの見た目はうちの工房でも過去にないような精巧さでした。
教授が実物と弾き比べると音も似ています。奥さんはどっちがどっちかわからなかったそうです。私が聞くと少し違います。新しい楽器はやや明るく、なんとなく「硬さ」を感じました。そりゃ200年くらい違うのですから当然のことで、他の新作楽器に比べればはるかに近いものが作ることができ、「職人の仕事」ではこれ以上どうしようもない部分です。

このことからも「素性」と「古さ」を合わせたものが楽器の音になるということです。
今は倍以上するかもしれませんが当時はリュポーは2000万円くらいだったと思います。私の作ったコピーにも2000万円の値段をつけたならオリジナルを買ったほうがいいと思います。人によってはオリジナルより音が良いなんて豪語する職人もいますが私はそこまでうぬぼれ屋ではありません。10分の一以下の値段なら音はそこまでの差はないと思います。別の新作ならリュポーとは全く毛色の違う音の楽器になります。


リュポーとそん色ないものが現実的に買えるならとても良いと思うかもしれません。
それくらいの腕前の人が弾けば何でも鳴るのでそれほどそん色がないように聞こえているのであって誰が弾いてもそんな音になるわけじゃありません。
リュポーが買えないにしても100年くらい前のフランスの楽器なら買えるかもしれません。
これが並みの音大生くらいだと100年くらい前のフランスの楽器のほうが私のコピーよりも圧倒的に音量があります。この路線では勝負にならないなと私は思いました。



オリジナルと比べれば「新しさ」を感じるのですが、他の新作に比べれば「柔らかさ」を備えたものだと思います。この柔らかさは遠鳴りとも関係していると思います。リュポーのコピーと正統派の新作とをホールで弾き比べたら圧倒的な差がありました。正統派の新作楽器は音源が明確に感じられました。楽器から音が聞こえる感じです。はるか後方で聞けば距離の分だけ小さく聞こえました。それに対してリュポーのコピーは幽体離脱のように音が楽器から空間に抜け出してくる感じでした。


古い楽器から感じる「柔らかさ」新しい楽器から感じる「硬さ」は単に音が硬いとか柔らかいということとは違います。楽器のキャパシティが硬さによって小さく感じるのです。
摩耗して角が丸くなっているので見た目の印象でも柔らかさを感じますが、修理のために開けて作業していると板がふにゃふにゃになっているのが分かります。バスバーをつけるときは古い楽器の場合、バスバーを削って面に合わせていくわけですが、ふにゃふにゃなので合わせる相手の面が定まらなくて難儀します。そういう時はフレームに固定します。新作の時はしっかりしているのでフレームを使いません。はっきりとした差があります。弓が弦に触れた瞬間にも感じますが、はじいて調弦するだけでも「剛性感」はわかります。

一般に工業製品や精密機械なら剛性が高いほうが「しっかりした良いもの」と印象受けます。もし古い楽器を扱うことなく、新作楽器の製造の仕事ばかりしていたのなら、頑丈でしっかりしたものを良しと考えるでしょう。
現代の楽器製作は割とそういう感じがします。「偉い師匠の教え」と実際の楽器との違和感はそういうところに現れますが、多くの職人はそのような矛盾が気にならないようです。一般的には古い楽器と新作楽器は別の種目の競技のように考えているようです。新作楽器の製造で競われている腕前や音というのが、古い楽器とは方向性が違うのです。

私は詳しくありませんが漫才などもコンテストがあります。しかし、おじいちゃんの漫才師と若手の漫才師が同じ土俵で評価されることは無いようです。若手の漫才師なら奇想天外な発想のネタを考え出すことが求められますが、おじいちゃんの漫才師はネタを自分で考えるのではなくて作家が書いてきました。何十年も同じネタをやっています。じゃあ若手に押されて廃業に追い込まれているかというと劇場では笑い声の中にいます。

時代が違うと同じルールの競技とみなされないのです。

弦楽器もそのような感じで何千万円もするようなオールド楽器を品評するときと、新作楽器を品評するときは別の競技のようです。新作なら腕が悪いと酷評されるようなものがオールド楽器なら「美しい」と絶賛されるのです。


よく政治家を悪く言う人がいます。「あんな奴は能無しだ」と言うのですが、明日から自分が代わりにやることになったら、彼よりもうまくやれるかどうかは考えていません。
私は自分が代わりにやることを想像してぞっとしてしまいます。
失言どころか人前でちゃんと話せる自信すらありません。小さな声で支離滅裂なことを言ってしまうでしょう。世間からは「あいつは馬鹿じゃないか?」と思われることでしょう。
でもふつうは自分のこととは考えずに家族や友達と話しているくらいの感じで記者の前で話せると全能感を持っているのです。

同様に自分が楽器を作るときと、オールドの名器を品評する時では他人事の出来事と認識しているようです。オールド楽器について語っていたことと自分が楽器を作る時、弟子に教えるときでは全く言うことが違うのです。

こうなるとオールド楽器を見た経験が自分の楽器作りに全く反映されません。
人間というのは自分の時代の考え方を信じているからです。
音大で作曲を勉強した人でバッハやモーツァルトみたいな曲を本気で作る人はいません。
それと同じようにオールド楽器のような楽器を作る人はいないのです。


現代の職人もオールド楽器と同じ土俵で評価されることがありません。価格帯が全く違うからで弾き比べたりしないものです。
しかし考えてみるとマイナーなオールド楽器は同じ予算なら競合します。
マイナーなオールド楽器は値段では新作楽器と変わりませんが、高価なオールド楽器と同様の「柔らかさ」を持っています。何千万円のオールド楽器を品評するときと同じ基準で100~200万円の楽器を評価するのならこのようなマイナーなオールド楽器は有力となるでしょう。

良い楽器が分かるというのはこういう素性の良いマイナーなオールド楽器を見抜けるということでもあります。


私はお客さんでも、マイナーなオールド楽器で素性の良いものを持っている人は「お目が高い」と思います。たまたま祖父や親せきから譲り受けることがあるのもヨーロッパの歴史がなせる業だと思います。
ただしこれはとても難しいもので、古い楽器の「雰囲気」とか「柔らかさ」は厄介なものです。

古い楽器の雰囲気

古い楽器には独特の雰囲気があるので100年くらい前に作られた楽器にオールドの作者の偽造ラベルが張られていてもすぐにわかります。近代の腕のいい職人がアンティーク塗装で作った楽器でも作風が違うので一瞬でわかることがあります。

この雰囲気というのはくせ者で、これを悪用してお金儲けをしようとする人がずっといます。ずっと後に作られたものでも、そのような雰囲気を持ったものがあります。少なくとも欲にかられた人の目にはそう見えるものです。
せこい商売をしている人たちはこういうものを目ざとく見つけてくるのです。

雰囲気を意図的に作り出すのは困難で複製を作る名人というよりはたまたまそういう雰囲気になることがあります。安価で雑に作られた楽器と、オールドの雑に作られた楽器で似ていることがあります。こういう楽器は私は「手を出すべきではない」と考えます。なぜかというと値段がいくらなのか全くわからないからです。クオリティだけで評価すると30万円以下、これがオールドの名器だと判明すれば数千万円になるかもしれません。よくわからない光を宇宙人の乗り物に違いないとか、幽霊に違いないと思うように、かもしれないを「違いない」と思い込む人がいて500万円以上の値段で売買されています。私はリスクが高すぎるので手を出さないほうがいいと思います。


もう一つ古い楽器の雰囲気にのまれるリスクは、音にもあります。
古い楽器には独特の雰囲気があり、柔らかさがあると書いてきましたが、それが必ずしも「音が良い」ということではありません。
古い楽器は品質や作り、状態がまちまちですべてがうまく楽器として機能するとは限りません。何千万円もするオールド楽器を買ったのにまともに音が出ないというケースはあります。

したがって必ず、音がちゃんと出るのか確認する必要があります
これはオールドに限らずすべての楽器に言えることです。


その「柔らかさ」も音の弱さや反応の鈍さにつながることがあります。
特にチェロでは板が弱すぎることによって元気よく音が出ないということがあります。
チェロのオールド楽器はとても数が少なく、あったとしても状態がひどいことが多く、また現代とはサイズが違ったり、ビオラ・ダ・ガンバっぽいものだったりします。本当のオールドだという時点で終わりではなくて、その中からさらにちゃんと機能するものを探さなくてはいけません。そうなるととても難しいものです。現実的にはオールドと決めて楽器を探すのは可能性が狭すぎると思います。


柔らかさはキャパシティの大きさにもなります。
さっきの教授ほどの演奏者なら硬い楽器では表現が頭打ちになってしまいます。しかし初心者やアマチュアでは柔らかい楽器は手ごたえが無くて弓をコントロールするのが難しい楽器になります。量産楽器は硬いものが多く初心者が使ってもすぐに音が出るものです。

何でもない中古楽器

オールド楽器だけではなくモダン楽器や20世紀の楽器にも量産品にも雰囲気のある楽器があります。
日本の場合は輸入業者のふるいにかけられていますが、ヨーロッパではいろいろな楽器が現存しています。何でもないような楽器に音が良いものや雰囲気のあるものがあります。

プロの演奏家でもたいていは給料も安いものでそれほど裕福でなければ、産地や作者の不明な楽器を試奏してそのようなものを見つける人がいます。
このような楽器は私が言ってる「ひどくなければなんでもいい」という条件をクリアしていて十分な楽器です。どこのだれが作ったのか全く分からないような楽器がたくさんあります。
こういう100万円程度のヴァイオリンをプロオケの奏者がよく愛用しています。

こういう楽器をたくさん見てくると「楽器製作は理屈じゃない」という私の考え方になってきます。作者本人が意図したとかしていないとか、作者の評価がどうだとかは関係なく結果として良く鳴ったり、名器の雰囲気のある楽器というのが有るんです。だから作る人はすべてを分かっていなくても「大体こんな感じ」で十分です。楽器作りというのはこんな感じというレベルから上はないのです。オールドの名器を見ていても、計算しつくしてそのように作ったのではなく「大体こんな感じ」という風に作ってあるように見えます。細かいことを計算するのではなくて大体の感じが重要なのです。

職人でも初心者は「大体こんな感じ」というのは一番難しいです。
教えるほうも教えようがありません。具体的な数字や仕上がりの基準の理屈があるとうまくできていて、それから外れると失敗したように思うのです。実際に音が良い古い楽器を調べるとそんなのは全くあてになりません。


大体こんな感じというのが職人でも難しいわけですから一般の人が楽器を選ぶ時には邪心は捨てて何も考えずに音を試すしかないとなります。

チェロの修理

今回の休暇ではチェロ奏者の方と多くお会いしました。日本に帰ると短い間に現代のイタリアのチェロを何本も見ることができます。私のところでは日本人と韓国人が持っていたのを除けば10年以上見ていないのではないかと話していましたが、休暇を終えて帰ってくるとすでに指板が外された1991年製のイタリアのチェロが待っていました。

仕上げはひどく粗くて、量産楽器以下のクオリティでした。「イタリア製のハンドメイド」というワードに経済的な価値があり、品質を量産品と比べることには意味が無いようです。
指板が外されているので弾くことすらできません。私がそのチェロを好きか嫌いかは関係なく仕事をしないといけません。

ネックは見たことがないくらい雑に取り付けてあり、長さもおかしいし、楽器の中心を外れていたのを指板を取り付けるときに無理やりに直した形跡もありました。91年製なのでネックが下がってしまったのかもしれませんが、初めからおかしかった可能性もあります。普通よりも駒の高さが1㎝ほども低くなっていました。指板の下に板を張り付ける修理で指板の高さを稼ぎました。この方法では1cmも上げるのは限界に近いです。予算からしても現代のチェロでそこまで大掛かりな修理もしたくないのでこれ以上の修理はできません。

雑に作られた楽器の修理でどこまできれいに仕事をするべきかは疑問です。楽器のクオリティにあっていればいいでしょう。そんなわけで細かいことは考えずにガンガン仕事をするだけでした。

出来上がって同僚が弾いてみるとかなり鋭い音で鼻にかかった音の傾向でした。職場では柔らかい音にするにはどうしたらいいか話し合っていました。弦にはラーセンのマグナコアが張ってあり、もっと柔らかいピラストロのエヴァピラッチ・ゴールドか普通のラーセンにしたらどうかなどの意見が出ました。

持ち主が受け取りに来て弾いてみると不思議なことに、鋭い耳障りな音はしません。
30年近く弾いていればそのチェロの弾き方が身についているのか、自分の弾き方にあったチェロを見つけたのかです。

駒を1cm高くした結果、G線が以前は弱かったのが改善した、C線もはっきりと聞こえるようになったと満足していました。G線が強いのは私は感じていましたが以前を知りませんでした。

板の厚みを図ってみるとサッコーニの本に書いてあるような厚さで教科書通りのものでしょう。見た目の雑さに比べると途中で作業を投げだすこともなく教科書通りの厚さになっていました。したがって厚すぎるということはありません。それくらいの厚さだとC線の下のほうは控えめでG線くらいから鳴りだすのは私の経験でも想像がつきます。
鋭い音の傾向は音が強く感じられます。弾き方で加減して鋭さは出ないようにできていますので結果としての音は鋭くはありません。C線の下のほうをあきらめれば音は強く感じられると思います。雑に作られている分値段が安ければコストパフォーマンスに優れた楽器だといえるでしょう。これに300万円も400万円も出せば高すぎる買い物です。間違っても名工による名品ではありません。
こういう楽器を作るのは合理的と考えられますが、こういう楽器を作るために職人になったのかという疑問があります。ストラディバリやアマティであればこんな雑な楽器を作っていません。先人よりはるかに劣るものを作って満足できるかというところです。
もし満足できるならある意味チェロを作る才能があると言えます。


まだ板は薄くできる場所はあるのでそうすればC線から出るようになるでしょう。その代わり全体的におとなしい感じなると思います。楽器も柔らかくなり上級者向きになってくることでしょう。
私が前々回に仕上げた量産品を改造したチェロではC線がもりもりと出てくるような特に低音の量感が強いチェロでした。これはA線、D線はずっと控えめになりました。そのためもっと板を薄くしたほうが音が良いということは言えません。

音色の雰囲気は全く違います。
あのチェロはその音色とボリューム豊かな低音が個性的で、それをすごく気に入った人が購入しました。個性的であれば好き嫌いも分かれるものです。

今回のイタリアのチェロはやや明るい音でA,D,Gが強くC線の下のほうが控えめでした。そのC 線もボリュームは無くても、はっきりした手ごたえがあるので弱いということはありません。G線すら鳴らない現代の楽器は多いのでそこまでひどくありません。

急いで作られたチェロですが、価格さえ妥当なら悪いチェロではないと思います。音色は好き好きとしか言えません。古い楽器の雰囲気は感じません。持ち主はそのようなことに興味はないようなのでこれからも愛用していくことでしょう。

今回ネックの角度を直したことで、残りの人生は20年後くらいに指板交換すればずっと使えることでしょう。品質が悪くても楽器として大体できていれば十分です。値段が安ければ合理的です。ただし、ネックの角度は初めからだいぶ低かったのではないかと思います。もっと早く直しておくべきでした。数十年損しました。そのあたりが品質の悪い楽器のデメリットです。

チェロ単独で考えればやや明るくて鋭い音のチェロでした。結果として出てくる音は鋭い音ではなく、本人は気に入っているようでした。後で知らされたことですが、その方は結構気難しい方だそうです。修理の結果を気に入ってもらってうまくいきました。気難しいということ聞かされていたら考えすぎて失敗したかもしれません。

楽器の良し悪しを単独で考えることはできません。結果として音は弾く人による部分が大きいからです。音が良いか悪いか、好きか嫌いかも同様です。
こうなってれば音が良いとか、こうなっていると音が悪いとかそういう理屈を作ってもこれに当てはまらない古い楽器で良い音が出ていたりするものです。

同じ週の出来事ではヴァイオリンを弾く女性が魂柱で音の調整をしてほしいというものでした。うちでは魂柱の調整は無料なので時々来る人です。
低音は強くて気に入っているけども高いほうの音が鋭いので何とかしてほしいというのです。何度かやっていると高音の鋭さが和らぎました。そこで、調整がうまくいったなと私は思っていましたが、本人は低音が弱くなったので気に入らないと満足しません。
せっかく高音が柔らかくなったのにもう一度やったらそれも失われるかもしれません。
これ以上は無理だと言ってあきらめてもらいました。

低音が強ければ高音は耳障りになるし、高音が柔らかければ低音は弱くなります。これは同じ現象ですから。全般的にこのヴァイオリンは鋭い音だと思います。鋭い音が嫌ならヴァイオリンの選択を間違っています。柔らかい高音の楽器を選べば全体的に弱い音になります。

なぜ音が鋭くなったり柔らかくなったりするかの原因は私にはわかりません。


さっきのボリューム感の話とは一致しません。
低音にボリュームがある楽器は高音は細くなります。高音が豊かな楽器は低音に深みと量感がありません。
音の鋭さについて言うと、鋭い音の楽器では低音が強く聞こえて、高音は耳障りになり、高音が柔らかい楽器では低音は弱く感じられるというものです。

これはおおざっぱな傾向であり、それだけでもややこしいものです。



以前音響物理学の研究者が協力を求めてきたことがあります。
弦楽器の音を研究したいらしいのですが、まず同じ弓の加減で同じ音を長く出すことができないそうで客観的に計測できないのだそうです。私は詳しくありませんが、普通なら駒に異なる周波数の振動を与えて楽器の響きを計測するのでしょう。それだと板の振動特性が出るだけで弓で弾いた音ではありません。そういう振動特性のグラフを見ても複雑すぎてわけがわかりません。

ハーディーガーディーとかラートライアーとかいう弓ではなくハンドルを回して音を出す弦楽器があります。そのように回転式のものを弦にあてがって音を出すための試作機を作ったのですがうまくいかないようです。フランスで弓の毛として使える人工繊維が開発されたそうでそれなら何百メートルもの長さがあるので滑車を使って継ぎ目がない「エンドレス弓」を作ろうとしていました。結果はうまくいきませんでした。

ちなみにその毛はフランスのオーケストラで使っているそうですが、弓に張って試してみると滑ってしまってたくさん松脂をつけたくなるようなものでした。天然の毛に変わるものではなさそうです。



現代の楽器とオールド楽器

教科書通り作られた現代の楽器には独特の「硬さ」を感じます。板を薄くして硬さを減らせば古い楽器のような音になるかと言えば、そうなる部分もあるし、ならない部分もあります。

大きな産地ほど産地特有の雰囲気があり、販売や修理をしながら少数生産している職人は日頃見ている楽器の影響があります。

ドイツのブーベンロイトの量産品でもアンティーク塗装がなされています。しかしその作業に当たっている人は「古い楽器の雰囲気」を感じたことがないので私には古い楽器には見えず、「ブーベンロイトの量産品」の雰囲気を醸し出しています。

同様にクレモナも大きな産地で「クレモナの新作」という雰囲気を醸し出しています。アジアでは経済的な価値がある「本物のクレモナ」として重要なので現代のクレモナらしくなくてはいけません。新作らしい硬さもアマチュアの演奏者にとってはちょうどよく結果としての音は悪くないかもしれません。クレモナの新作はアマチュア向きだと言う方もいるそうです。数としてはアマチュアのほうが多いので店がたくさん仕入れるのも合理的です。

ただし古い楽器の雰囲気とは違うと思います。
モダン楽器や量産品、20世紀の楽器でも柔らかいものや新作にはないような独特の雰囲気のものがあります。産地の特徴が無いとどこから来ているのかまったくわからないものです。イタリアのオールド楽器と変わらない構造の生産国不明の楽器もあるし、作りに問題のないモダン楽器は山ほどあります。

モダン楽器は実用的に優れていて、どこの国のだれでも十分なものが作れる可能性があります。現代の職人に比べて劣っているところはなく、新作よりこなれて音が出やすくなっています。このような中古ヴァイオリンは100万円もしない値段でヨーロッパに山ほどあります。


楽器商というのは「どこの流派か?」ということを非常に気にします。流派によって値段が違うからです。
このことを逆手に取ればどこの流派かわからないものなら値段はずっと安いということです。高く売れないからこのような楽器を楽器商は嫌うのです。

作者や産地が分からないと値段は楽器のクオリティだけで決めることになります。裕福でないプロの演奏者は「名もなき名器」を探すのは一つの手です。



古い楽器の雰囲気や新作の硬さを気にしない人のほうが多数派で、気にするほうがマニアックです。ただし主流派の新作しか売っていないのはつまらないと思います。


「古い楽器が柔らかい」という今回の話も一人歩きするととても危険な概念です。古い楽器の柔らかさというのは五感を使って感じる雰囲気です。耳や弓を持つ手に伝わってくる感覚はもちろん,板の厚みやアーチの構造、胴体のサイズなどの数字や印象を頭の中で統合してイメージとしての柔らかさを感じるのです。安価な量産品の多くや子供用の楽器では硬く感じます。チェロやバスで柔らかすぎると腰がない感じになってしまいます。バランスの問題で柔らかいほど良いとかそういうものではありません。

これは私個人が興味を持って研究してわかりかけてきた途中です。
一般的な知識と言えるものではありません。
古い楽器と新しい楽器がどう違うかは人によって何に興味を持っているかによって何を感じるかが違います。楽器によってもみな違います。鋭い耳障りな音のオールド楽器ももちろんあります。「柔らかい」の一言で説明できるものではありません。








こんにちはガリッポです。

貧しい時代にはものを所有することのあこがれが大きくなり、羽振りが良くなってくると高級品を求める欲がどんどん拡大していきます。そして経済が豊かになってくるとアンチテーゼとして「物質的な豊かさは本当の豊かさではない論」が力を持ってきます。
いつの時代でも美しいものを作るのに生涯をささげている人は頭のおかしい少数派としてほんろうされていくわけです。

人の行動や意見からは「この人はそのことが好きなんだろうな」という場合と「自分を立派に見せようとしているな」というのがすぐにわかってしまいます。本人が一番わからないのでしょう。行動原理が違うので興味の持ち方が違うのです。
自分を立派に見せようとする人が興味を持つものというのは決まっています。自分が優位に立てるかどうかが重要なので、内容には興味がないのです。

日本では出世するためには頭を下げて相手を立てて偉い人に取り入って気に入られることが重要です。たとえば楽器屋の営業なら教師が生徒の楽器購入への影響力を持っているので教師に気に入られることが仕事です。

それに対して西洋の場合には自分を立派に見せることが重要なのだろうと思います。
芸術や音楽などに興味がなくても歳を取ってくればクラシック音楽に精通しているというと周囲の人から一目置かれます。ある男性は60歳を過ぎて初めてクラシック音楽に興味を持ち、「クラシックの名盤」などの本か何かを読んだのでしょう、カラヤンのCDを持ってきて自慢げに見せるのです。自分は教養があるとアピールです。音楽が好きな人ならずいぶん前に通ってきているところです。おそらくこの人には好きなものなんてあったことがないのでしょう。

日本は自動販売機のような無人の機械が普及していますが、外国ではそうではありません。自動の機械があっても使い勝手が悪いものです。銀髪の紳士が戸惑っていて、たまりかねてやり方を教えてあげようとしました。機械の仕様が変わって私もこの前わかるまでに苦労したからです。普段なら人に声をかけていくようなタイプではありませんが、用が済ませられないで帰ることになれば気の毒だと思い切って声をかけたのです。
「こうやればできますよ」と教えてあげると「分かっている、すでにやった」と言うのです。私は以前同じことを経験しているので行動を見ていれば操作の仕方がわからないのはすぐにわかります。それでも自分が「知らない」とか「できない」とは決して言わないのです。
そう言いながらも私の指図通りに手順を進め暗証番号を入力するところまでこぎつけると私に向かって 「暗証番号を入力しているんだから見るなよ」と怒ってきました。私が謝ると用が済んで帰っていきました。お礼の一つもありません。
身なりは立派な紳士です。おそらくこういう人が出世するのでしょう。
どうやら西洋では知らないとかわからないとかできないとかを認めると負けみたいです。
そうやって日々戦って生きているんでしょう。

彼らの話を聞いていても全く面白くありません。強いて言うなら自分を立派に見せるゲームを楽しんでいるのでしょう。外国に行ったらユニークで面白い人がたくさんいるというイメージだったのですが、常識人ばかりで自分よりユニークな人に会ったことがありません。


ヴァイオリン製作の世界でも同じようなものです。矛盾だらけのことを言って自分は立派な職人だとアピールする人ばかりです。お客さんにはエキスパートに見えるのでしょう。


このような弦楽器の製作の方法で作られたものを見ても、それに対して好きとも嫌いとも感情を持つことができません。前回作者名についてこだわるべきではないということを書いたのは現代の楽器の多くは作っている人が楽器に興味がないからです。

現代では「正しいヴァイオリン」というのが大体決まっていてみなお手本通りに作ります。お手本の作り方しか知りません。先生や師匠に教わってももっともらしい理屈でそれが「正しい」と教わります。「違う方法でやったらどうなるんだ?」などと疑問を持っても先生は誰もやったことがないので知りません。こういう音にするにはどうしたらいいかとか、どこをどう変えると音がどう変わるかなどは全く教わることはありません。思い込みの激しい人が持論を言うことがありますが客観的なものはないです。


このような「正しい作り方」は流派によって多少の違いがあるので鑑定士ならその違いが判るというわけです。とはいえ作者が自分のイメージの音や外観の楽器を自由に作っているのではありません。流派ごとの正しい作り方で作った結果そういう音になっているだけです。

作者には自分の考えや好みの音を作る技術が無いのです。

もし仮に民族によって異なる音の好みがあっても同じような「現代の楽器の音」になるのです。現代の正しい作り方で作っていればどこの国のだれが作っても同じようなものになります。たとえば私のところでは低音が豊かで深みのある「暗い音」が好まれますが、現代の職人は明るい音の楽器しか作れないので消費者は新作楽器には目もくれずみな古い楽器を欲しがっています。


休暇でお会いした日本の職人の方はクレモナの新作ヴァイオリンは同じようなものばかりだと言っていました。私はクレモナの新作楽器をこちらで使っている人がいなくて見ることは普段ないので知りません。話を聞くと流派の正しい作り方を皆守っているようです。
音も見た目もみな同じようなものになるのは無理がありません。

こんなんでは好きとか嫌いとか感情を持つようなものではないです。

モラッシイの弟子のイタリア人とよく仕事をしていますが、彼とヴァイオリン製作の話をしていても「マエストロがこう言った」とい言うばかりで実際に試した結果を言わないのです。クレモナにいれば自分たちの流派が世界一だと信じ込んでいて、他の楽器について全く知らないのです。大した値段にもならない中古楽器を見せてあげると「これは素晴らしい」とクレモナ以外にも腕の良い職人がたくさんいることを初めて知って驚いています。それでも彼は興味津々で新しい発見を受け入れるだけ柔軟な人物です。
彼はイタリア人で個人的には低音が豊かな「暗い音」が好きなのだそうですが、自分ではそういうものができないと言っていました。私がやり方を教えてあげると次に作ったヴァイオリンではずっと暗い音になっており本人も満足していました。偉大なマエストロが知らないことを私は知っているのです。

弦楽器業界はこんなレベルだから作者名にこだわってもしょうがないと言っています。

現状ではちゃんと修業した職人はお手本通りのものを作っています。独学やインチキの職人、量産楽器ではそのレベルにも届いていません。お手本通りに作ってもすべてのヴァイオリンはみな少しずつ音が違います。現状としては作者の意図とは関係なくその中から偶然自分の好きな音が出ているものを探すしかありません。


暗い音が好きなイタリア人の職人でも自分で暗い音の楽器が作れていないのです。


弦楽器の違いが分からない

一般の人や演奏者では弦楽器を見ても違いが分からないでしょう。それは無理もありません。我々職人が同じようなものを作っているからです。
私たち職人が見ても違いなんてあまりないのです。特に現代の楽器はそうです。違いがないのに「この作者は天才だ」と語るほうが嘘なのです。こういう知ったかぶりを言って自分を立派に見せようとしている人の意見は私からするとくだらないです。


「好きなヴァイオリン製作者は誰?」と私が聞かれても、特にないです。皆だいたい同じように見えるのでわからないのです。観察力を身に着けていけばいずれ分かるようになるかもしれません。違いが分かったとしてそれにどんな感想を持っていいかもわかりません。
少なくとも今の段階ではだれが好きだとか嫌いだとか言う前にどういう違いがあるのかを理解しなくてはいけません。理解するというのは究極的には同じものを作れるということです。
今はいろいろな作者や楽器の違いを知る段階です。好きか嫌いか判断するのはそのあとです。自分が知らなかった楽器について知ることに興味があり、結論を決めることよりも知ること自体がワクワクして楽しいものです。

演奏家の人もどの作品が最高かではなくて、いま取り組んでいる曲を掘り下げていくことに興味があることでしょう。


音にはっきりした違いを見出すには作りは相当大きな違いを持たせないといけません。職人は0.1㎜単位で仕事をしているので0.1㎜違うと相当違うような感じがしますが、音についてははっきりした違いは出ません。そうなると「お手本」からかなり逸脱しないといけません。それが常識のある立派な職人にはできないのです。

はっきりした音の違いを作り出すためにはめちゃくちゃな作り方を経験して知っていく必要があります。しかし弦楽器をつくるのはトンネルを掘るのと同じようなもので、作業が膨大で出来上がってみて音が悪かったからと言って廃棄するようなことはできないのです。だからなかなかめちゃくちゃな楽器を作る余裕なんてないのです。裕福な職人はやれば良いと思うのですが彼らは楽器に興味がなく、自分を立派に見せることに秀でているので裕福になれているのです。




それでも私はほかの職人が誰も作ったことのないようなものを作ってなかなかおもしろい結果が得られています。現代の常識から逸脱したもので魅力的な音や外観の楽器がいくつもできているのです。めちゃくちゃな作り方をすればどんなひどい音になるか不安もあります。でも意外と変な音になることはなく、むしろ魅力的な音になることがあります。そうなると本当にうれしいし楽しいものです。

現代の常識でめちゃくちゃな作り方と考えていたものがまっとうな作り方と音が出た後でわかるのです。

作者名にこだわるべきでないというのは、ヴァイオリン職人たちが努力していないからです。音の違いを意図的に作り出す技術を確立しなくてはいけません。
そうなれば当然「この作者の音が好き」ということがあり得るのです。

私が目指しているのはまさにこれです。

一方で職人には思い込みの激しい人が多く、目にするのは創意工夫しては直ちに自画自賛するタイプの意見ばかりです。そういう意見は具体的にどういう趣味趣向なのかが無いのです。鋭く強い音なのか、やさしく暖かい音なのかがわかりません。「画期的に音が良い」の一点張りです。私が目指しているのはそうではなくてどういう趣(おもむき)なのかということです。


演奏家などは技術のことは全く分からないので「人柄が音に出ている」と言う人がいます。確かに騒々しくて無神経な音の楽器がよくあって、作っている人もそんな感じがすることがあります。私の場合には全く正反対です。
でも作者の性格が音に出るというのは仕組みが証明できません。
作業していてもガサツな職人は仕事は粗く、刃物を使うときも自分本位に力が入っていて作業している音も大きいです。神経が細やかな人が気になるようなことも気にならないのだとすれば構造にも違いができて音にも影響があるかもしれません。
ただ性格にすると占いのようになってしまうので、私は「癖」と考えています。同じようなお手本通りに作っても癖によって音が違うのです。同じ流派でも癖によって音が違います。

作者が意図せずその音になる天然の要素と経験によって自分が好きな音の作り方を選んでいくことによって作者の音は確立していくことでしょう。ある特定の趣に精通した職人なら、同じ趣を求める人は作者名を指名して買えば良いのです。

でも実際に存在している楽器では作者が自分のイメージ通りに作っているケースはまれだと思っておいてください。現代の工業製品でも広告宣伝のイメージ作りだけで実際の製品にはっきりした違いがないものです。好きか嫌いかはっきりした反応が出るものは、大量には売れないからです。

好き嫌いがはっきり出るものは好きな人にとっての満足度は最高です。
自分が好きなものを愛用できることは経済が豊かな時代でも、うれしく誇らしい幸せなことだと思います。消費ではなくて自分の一部となるものです。

特に弦楽器というのは一長一短なので自分にとって重要な要素を持っているかということが満足度には重要です。すべてを求めたら一生楽器を買うことができません。完璧なものがないというのは人間と同じだと思いますが。

前置きが長くなりました

お茶やコーヒーなら販売者のパッケージごとに同じ味になるようにブレンドをしています。静岡のお茶問屋は産地や年ごとに違う味を組み合わせて、例えば「東京の味」を作って出荷しているわけです。

それに対して弦楽器製造では音を聞き分け作り方を調整して一定の音に保つというような技術はありません。個人の職人はとても小規模の経営でそのような品質管理や製品開発という概念もありません。自分は正しいと主張するばかりです。

量産メーカーではできるだけ少ない労働コストでなんとか弦楽器として売り物になるものを作ってきました。製品ごとに音を作って消費者に認められてきたわけではありません。読者の方はそのような人はいませんが、同席したお仲間の方のなかには今でも自分が持っているドイツ製の量産品の音を「ドイツの音」と考えている人がいます。ドイツ人の好みを反映してその音にしたのではなく、安価な方法で製造した結果その音になっているだけです。量産品の場合、まともに音が出ないことによって特定の音域の音が抑えられ独特な音色に聞こえることがあります。作りを調べても何が原因なのかはわかりません。分業で自分の担当しか知らない工場の労働者がわかっているはずがありません。
お金にならないため日本には輸入されていませんが、現代のドイツのマイスターのちゃんと作られた楽器の音を試せばイタリアの楽器と同じようなものです。イタリア人と同じようにドイツ人のマイスターもドイツ人の好みの音を作れていません。

弦楽器店は言うまでもありません、音への関心をそらすかのようにどうでもいいうんちくを広めてきました。真剣に音で楽器が選ばれてしまえば売れない楽器がたくさん出てしまいます。


弦楽器のユーザーの数はお茶やコーヒーに比べれば圧倒的に少ないです。産業として極めて幼稚なのです。現状では作者が意図せず偶然生まれた音の違いの中から自分の好きな音のものを選ぶしかありません。そのためどこの国のだれが作ったものか、いくらの値段の中にあるのかは全く分かりません。ある人が称賛した楽器でも、別の人にはその意見は全く参考になりません。

ヨーロッパでも戦後はまともに楽器を作れる職人が少なく、腕が良い職人がいれば師匠として偉くなりました。音を試すことをなく評判だけで注文が殺到しました。今はユーザーがもっと高いレベルの要求をするようになった結果、古い楽器を求める人が多くなりました。何十本も古いヴァイオリンを試して選ぶようになりました。偉い師匠の教えを守っても今では通用しません。
このような古い楽器に対抗することが私には求められています。日々ユーザーの厳しい耳に鍛えられています。

日本はまだ有名な職人の楽器を音を試さずに買っている50年前の段階です。
これが時代遅れであることはすでに読者の皆さんが感じていることでしょう。


私も初めは教科書通りの楽器を作るので精一杯でした。先生や師匠に教わった正しい作り方を完璧に作るのは難しいのです。でもその結果としての音に満足できませんでした。
「よくあるような新作の音」を覆すことは、常識さえ捨てることができれば割とすぐに達成できました。はるかに好きだと思える音になりました。
厳格な師匠の下ではこのようなチャンスはありません。その意味では幸運でした。
オールドの名器を再現するというやり方は受け入れられやすいところもあります。

私が自分で弾くならだいぶ好きな音の楽器を作ることができるようになりました。
それに対して難しいのは「誰にとっても良さがわかる音」です。そんなものはないということなのです。ただし、私の個人的な好みもすごく変わっているのではなくて意外と共感してくれる人がいるようです。弦楽器の音の魅力というものを突き詰めていけば普遍的な部分もあるのだと思います。

そのあたりの取り組みについては次回に続きます。



年末から休暇を取って日本に帰っていました。
前回の帰国では募集しなかったこともあって今回は多くの方に試奏に参加していただきました。
ブログを始めてずいぶんなりますが、楽しみにしてくださっている方が多くいらっしゃるようでやりがいを実感することとなりました。


こんにちは、ガリッポです。

今回特徴的だったのはお医者さんが多かったことです。
ヨーロッパでもお客さんにはお医者さんが多くいます。日本でも医大は学生数が少ない割にはオーケストラ部がちゃんとあったりします。人口比で言うと弦楽器をやっている人の割合が多い職業といえるでしょう。文化として定着しています。

しかし今回の人数からするとそれだけではなくて当ブログをお医者さんに共感していただいているのではないかと思われます。
医学のことはわかりませんが、怪しげな迷信が普及し、いかがわしい業者が氾濫しているという点では共通する部分があると思います。インターネットでも健康に関する情報は日々衝撃的な記事が閲覧数を稼ぎ何を信じて良いのかわかりません。

弦楽器は医学に比べればはるかに幼稚な分野であることを力説しておきたいです。
間違っても職人や鑑定士などを権威として信じてはいけません。
医学であれば社会を挙げて研究が行われているのに対して、弦楽器なんてのはまともに研究もされていなければ、専門家も何もわかっていません。私が言うのですから間違いありません。

ユーザーが一番間違っているのは「何もかもわかっているエキスパートがいる」という思い込みです。

医学でさえも実際の人体となれば理屈の通りいかないことが多くあるでしょう。我々職人が何年もかけて偉い師匠から学んだ知識でさえ実際とはかけ離れていることが多くあります。音が良い楽器は何が違うのか皆さんは答えを求めようとしますが、そのような問い自体が間違っています。「弾いてみないと音はわからない」と私は言っています。

もう一度まとめてみましょう。
Level1.商人によって広められた迷信
Level2.職人が語る「正しい知識」
Level3.実際に出てくる音

このような3段階の知識があると思います。
Level1の知識を集めて通ぶっている人は本当に恥ずかしいです。2は迷信を排除する上で一定の効力があります。特に日本では商人が市場を支配しているため、職人が発信する情報は限られていて2のレベルでさえ耳にすることは多くないでしょう。

しかしそれも私からすれば「私は正しい」と職人が主張しているばかりでその意見からは弦楽器の魅力が全く伝わってきません。それを語る人は何かに魅了されているのではなくて自分を正当化することに終始しているように思います。
そのような職人も必ずしも不真面目とは言えません。師匠の教えを忠実に守りに高い道徳心を備えているとさえ言えるでしょう。

基本的な知識や技能もないのに先人の教えに逆らうのは単なる「生意気」です。
私は伝統に逆らうこと自体には何も価値を感じません。中高生の反抗期にとどまっているだけです。それっぽい意見を表明すれば「革命児」として称賛されることがあります。伝統に逆らうポーズを見せるだけ称賛されるのは私からすれば「甘すぎる」と思います。

やはり私は自分で作った楽器の音で魅了するということができていなければ口で言っていることなどは何の意味もないと思います。それがLevel3です。・・・難しいです。


今回は日本人が弦楽器について誤解しやすい背景について考えていきたいと思います。

日本の工芸品

帰国していた間に主に陶芸作品などを収めた美術館に行って説明を聞くことがありました。私は弦楽器については古物を扱う経験がありますので、共通する部分もあります。しかし違うと思う部分もあります。

つまり日本人が日本の工芸品に対して考えていることと同じことを弦楽器に適用するととんでもない勘違いをしてしまうということです。

かつて日本では封建社会がありました。
身分が厳しく決まっていて誰が上で誰が下だということが厳密に決められていたのです。それは社会を維持するために必要なシステムであったと考えられます。日本に限らずほかの国にもあったでしょうし、もっと言うと群れで行動する哺乳類に備わっている習性かもしれません。

日用品も身分に応じたものを保有していたようです。
近代工業が成立するまで日用品を製造するのは職人でした。高い身分の人が保有するものと低い身分の者が保有するものでは作っていた職人が違うということです。
したがって職人に求められるものも高い身分の人を対象にしていれば細部までこだわった手の込んだものが求められ、低い身分の者が保有するものでは素早く仕事をこなすことが求められたはずです。同じ品物でも職人に求められた態度は全く正反対です。

身分の高い人は「名工」とか「名人」というような人の作ったものを購入することになりました。身分が厳密に決められていたように、職人も評価が厳密に決められていたようです。日用品で「この品物はこの人が名工」と現在では美術品と考えられていない分野でも職人の格付けが厳密に決められていたようです。


日本人の特有性ということで言うと、「職人の順位を厳密に決めたい」という願望がとても強いように感じました。職人に限らない基本的な考え方で例えば大相撲などはその典型です。

普通のスポーツならその年の勝利数やポイントで順位をつければいいはずです。しかし大相撲では勝敗そのものよりも、番付の順位のほうが重要なようです。
「横綱らしい相撲が取れない」という理由で引退するということがあります。サッカーなら三浦知良選手が今でも現役を続けています。
当然相撲でも優勝や勝利数は重要ですが、優勝を決めた力士に対して「いずれは横綱か?」と横綱にふさわしいかどうかが議論されます。


日本特有の考え方として職人の順位を決めなければ気持ち悪いというものが根底にあるようです。製品自体を魅力的と感じるかどうかよりも、公で評価を定めたいのです。
日本で生まれ育ってきた人にとってはそれが当たり前であり、他の考え方があること自体想像もできないことかもしれません。


明治時代に欧米を訪れた知識人などは衝撃を受けたはずです。それは「合理主義」として知識としては知っていると思いますが、やはり経験してみなければ実感としてはわかりません。
私が東京で大学に通っていたころ「合理主義」というのがどういう意味かと議論になると同級生たちは「血も涙もない冷徹な考え方」というイメージを持っていました。私はただ単に「理にかなった考え方」と正そうとしましたが伝わったのかわかりません。
今でも合理主義を訴える人がいると異端児として賛否両論となります。

私にとってはヨーロッパに行ってある種の気持ちよさを感じることができました。
当ブログもこの業界にあって合理主義の気持ち良さが味わえると思います。

実際にヨーロッパで長く働いているとさらにわかってくることがあります。
「血も涙もない冷徹さ」というのは単なるイメージで見当違いです。暖かい心で人を助けようとするとき、最も効果のある手法を考えるのも合理主義です。人を助けることができないのに尽くしている自分に満足するのは合理主義ではありません。

一方で「論理的な思考」が詭弁であることはよく経験することです。
言ってることがでたらめなのに論理的と納得してしまう人が結構いるのです。
「教授や博士が言ったから」と鵜呑みにしてしまいます。理屈の上では厳正な審査のうえで博士や教授の地位が与えられると信じています。論文をゴーストライターに書かせて博士号を取ろうとした政治家がスキャンダルになっていました。
フォルクスワーゲンの排ガス不正などもヨーロッパに住んでいれば日常的なことで驚くようなことではありません。西洋に対して過度な憧れを持っていた人たちは「信頼を裏切られた」と感じたことでしょう。

ヨーロッパでは何千年も前から「論理的に正しいことを言った人の勝ち」というルールで権力争いが行われているということです。
学生のころ「経営哲学」と言って哲学を経営の分野に応用した学問を勉強していました。大学の講義というと先生が一方的に喋って学生は真剣に聞いていないというのが普通です。学生は大学名が欲しいだけで勉強したくて大学に行ってるわけではないからです。
それでも経営哲学の授業ではハーバード大学で手法を学んだ先生が学生同士で議論をさせるという形で我々の世代でも珍しく熱気がありました。そこで出たのは「正しいことを言ったところで何になるのか?」という意見でした。日本では正しいことを言ったところで何にもならないという実情を疑問にしていたのです。こんなことは欧米では出ない意見でしょう。欧米では正しいことを言った人が勝ちというゲームなのですから。


このことは職人も同様です。
先ほど述べたLevel2の知識です。
我々もこのような知識を学びます。
しかしそれらは検証してみると机上の空論で実際とはかけ離れたものが多くありました。


そういう意味では限界があります。
それでも職人について間違った理解をするよりはましです。
近年は弦楽器を探している人は、予算の中で作者の名前や値段を伏せて試奏して音が気に入った楽器を選んでいます。これはコストパフォーマンスという合理的な考え方ですよね。これは弦楽器に限らず広く商品を購入するときの考え方として普及しています。

日本人はこれとは全く違い「値段が高い=音が良い」と考えています。弦楽器業界は厳正な審査をしていて、音が良い楽器を作った作者を評価して順位を定め値段を決めていると思い込んでいるのです。
実際には公平な評価などは全くなされておらず、自由経済なので商人が勝手に値段を高くつけると「値段が高いから良い楽器」と信じた人が買っているのです。

「値段が高い=音が良い」というのは迷信です。


日本の伝統工芸や芸能では人間国宝というものがあります。
これも日本人的な「順位を決めたい」という願望からできた仕組みでしょう。具体的なことは知りませんが厳正な審査によって認定されるそうです。陶芸ならその人にしかできない表現技法を生み出したことが評価され人間国宝となるようです。

それに対して弦楽器では日本で巨匠として崇拝されている作家でも作っているものは一般的な職人のものと変わりません。我々職人が見れば巨匠とされている人でも独創性などはありません。音に関して言えば同じ門下の弟子の中で下手な職人の楽器に意外と良く鳴る物があります。音だけで評価すればどこに優れた職人がいるかは全く分かりません。
たとえばフランチェスコ・ビソロッティのヴァイオリンの板の厚さを調べたところ、S.F.サッコーニの本に書いてあったのとまったく同じでした。ビソロッティは独自の音を生み出すために試行錯誤し、それが評価されて有名になったわけではありません。サッコーニの本は教科書として広く知られており誰でも同じ厚さのものを作ることができます。見た目についても変わったところはありません。

イタリアにも日本と同じような制度があるはずだと思っているとしたら勝手な思い込みです。マフィアの国ですよ。さらにイタリアで偉大なマエストロとなったところで作者名を隠して試奏して選ばれるかどうかには疑問を持つべきです。もし本当に巨匠とされている人の楽器がずば抜けて音が良いのなら名前を隠してもわかるはずです。そうなるとそもそも作者名を知ることは楽器を選ぶうえで全く意味がないことになります。実際には音で作者名を言い当てるのは困難です。音の出やすさについては50年以上経っている楽器のほうが有利でそれを評価の基準とすれば新作などは勝ち目はありません。50年以上経っていて文句なく作られているものでも作者が有名なのはごく一部で無名な作者ならイタリアでもほかのヨーロッパの国でも100万円もしません。「巨匠」などはコストパフォーマンスという考え方なら勝ち目がありません。このような実力のある楽器が評価されるような公平なシステムはなく日本には輸入されません。安くて音が良い楽器が存在しては困るのでしょうね。


日本でも人間国宝に認定されようとしても拒否する職人がいるそうです。
私も気持ちがわかります。そんなことに興味がないのです。

弦楽器はトンネルみたいなもの

陶芸に比べると弦楽器を製造することはトンネルを掘るのに似ていると思います。陶芸は作業そのものはそれほど時間のかかるものではありません。そのためいくつも作って焼いてみて出来の悪いものは壊してしまいます。弦楽器はトンネルを手作業で掘るようなもので膨大な作業が必要となり、音が悪いからと言って廃棄するようなことはしません。
手作業で作られた楽器はその時点でコストがかかっているので安い値段で売っていたらやっていけないのでそれなりに高い値段になります。トンネルでも荒く掘っただけでなく丁寧に仕上げれば時間もかかるのと同じです。


そのようにちゃんと作られた楽器であればどれも立派なものです。職人から見れば作者の名前などは関係なく良く作られた楽器かどうかはわかります。丁寧に作られたものは製造コストがかかっているので高い値段になります。しかし製造コスト以上の値段がついていると同じものはもっと安い値段で買えると思ってしまいます。
銀座で2000万円するイタリアのモダンヴァイオリンでも、ヨーロッパで100万円で買えるものと出来栄えも音も変わりません。評価というフィクションを信じているかどうかだけです。

皆音が違う

トンネルを作るようにまじめにやれば同じようなものが作れますが、音はみな違います。理由はわかりません。

今回の試奏で面白かったのは私が作ったヴァイオリンが3本そろったことです。それぞれ2014年、15年、16年に作ったものです。ふつう同じ作者で近い年代に作られたものなら音も同じようなものだと考えられているはずです。しかし今回の試奏ではかなり音が違うという印象を持った方が多かったようです。詳しくは次回報告します。

作りが3本とも違うところがあるので音も違うというわけです。
別の作者であってもそうです。見事に作られた楽器でもそれぞれ音は違います。それほど見事でなくても音は違います。

それらを音が良いか悪いかという評価を下すことは難しいものです。たとえば、レオナルド・ダ・ヴィンチとゴッホのどちらの絵が良い絵といえるでしょうか?
評価の基準をどう定めるかによって決まってくるでしょう。

値段で判断することについての説明はもういいでしょう。
近代絵画が伝統的な絵画よりも優れていると信じているならゴッホのほうが優れているとなります。信じていないならそうでもないかもしれません。

考え方や好き嫌いの問題です。
弦楽器の音もまったく同様で音が良いか悪いか決めることは美的センスのない人のすることです。

ストラディバリやグァルネリ・デルジェズも技術革新は起こしていません。それぞれの音があるというだけです。優劣は決めようがありません。ほかの作者でも現代の作者でも同じです。




いろいろ書きすぎるとわからなくなるので今回は3つのレベルの知識について語りました。商人と職人の言うことが違えば、実際の音はそれらとはまた違います。信じるに足るようなものはありません。
禅寺で修行する僧の番組を見ました。番組を作っているほうがどれだけわかっているのか疑問ですが、中で「わかった気になっているのが一番恥ずべきこと」というようなことを僧侶が言っていました。通じるものを感じます。






次回は私の楽器について報告します。













こんにちはガリッポです。


1月の日本での試奏ですが日にちは決まってきました。これまでにない人数で手間取ってしまい皆さんにはご迷惑をかけています。何しろ職人なものですから、このような作業は全くの素人です。
クリスマスは祝日で、日本で言うと大みそかやお正月のようなものです。忙しい時期でしたのではかどりませんでした。
具体的な時間や集合場所を時期が近い順番に決めていきます。

弓については皆さん良い弓があれば試してみたいところでしょうが、持って行ける本数が限られているので現実的に弓を探している方の価格帯に集中させたいと思います。チェロ弓は1本くらいは用意したいと思います。

弓については当ブログでは私が弓職人ではないので多くは語ってきませんでした。弓職人の難しさは本人に語ってもらうしかありませんが、戦前までは工場のように弓の製造に特化しどんどん作っていたようです。機械も蒸気機関を各部屋の天井に付けられた滑車に伝達していたようです。旋盤のような機械は弓作りでは欠かせないものです。
しかし多くは手作業でたくさんの従業員を雇っていました。彼らがまた弓職人として経営者になります。ヴァイオリンと同じように弓職人も憶えきれないほどの人がいて有名な人はごく一部です。
フランスのミルクールやパリ、ドイツのザクセン州は工場がいくつもありました。ヴァイオリン本体に比べると産地は限定されています。



現在は大量生産する工場と大都市に工房を構える弓職人に2分しているでしょう。大量に生産している弓は日本でもおなじみでいつでも入手できるのは輸出用にそれだけの本数を作っているからです。製品にはランクがあって同じメーカー名でも星印みたいなものが付いていてランクを表していたりします。金属部分の材質が500円玉に使う洋白という合金、銀、金によってもランクの違いが表されています。

それに対して個人規模でやっているような人がいます。お客さんは新しい弓に興味を示さない事が多く、修理や売買、鑑定などが重要な仕事になっています。いかに製作に精進してもお客さんに期待されていないのはヴァイオリンと同じです。

ヴァイオリン工房でも毛替えや簡単な修理はやっていますが、特殊な修理はやはり弓職人に依頼することになります。
そのためかつての産地に比べると、知識が豊富で様々な流派の弓を研究しているのがメリットとなります。もはや流派のスタイルではなく自分で研究したスタイルになっていることもあり戦後の作者でもプロの演奏家に愛用されているものがあります。うちのお客さんでもプロのヴァイオリン奏者やプロオケのコンサートマスターでも愛用している人がいます。値段は30万円もしません。

戦前の弓はいくつか有名な職人の会社の製品があり、他の工場でもそれに迫る品質のものがありました。下請けとしてそれらの会社に弓を供給していた「ゴーストライター」のような職人のものは30万円くらいのものでも、焼印が変わると50万円くらいになることもあります。
弓でも知名度が値段には重要で、誰の弟子だとかどこで修業したかとかも重要な要素です。しかし先ほどの説明のようにたくさんの従業員を雇っていたのですから、単純作業や雑用だけをしていたのか、仕上げまで任されていたのかはわかりません。

私は弓の専門家ではないので鑑定なんてのは全くできません。当時から有名だったメーカーならニセモノもあります。無名メーカーで品質が良ければお買い得です。鑑定は楽器店の店員が「○○だと思う」では意味がありません。権威のある鑑定士の一筆が重要です。

いずれにしても手に取ってみてしっくりくるものを見つけるしかありません。ヴァイオリンと同じです。

プロの方だと何本も持っていて音楽によって使い分けるという人もいます。弓は古いもののほうが軽いものが多く新しくなるほど重くなる傾向があります。演奏者の間でも重めの弓のほうが力強いとして好まれる傾向が強いです。ミルクールと東ドイツならミルクールのほうが量産が始まった時代が古いのです。そうなると重さも違ってきますがあくまで使い手の好み次第です。

たとえば古典派のような音楽には軽い弓、ロマン派には重い弓、現代の曲にはカーボン弓のようにです。カーボンは素材として新しいからではなく、弓を傷めるような弾き方をする「斬新な曲」の場合です。
カーボンの弓は当初は軽くて持った時に違和感があり嫌われました。最近のものはプラスチックで固めてあり重さは木製のものと変わりません。安価な木製よりは質が良いとの意見もあります。

もちろん同じ時代でもいろいろなものがありますから必ずしも重さが時代によって決まっているということはありません。

ここでも数字にこだわる人がいて精密な秤で何グラムかという数字に執着する人がいます。しかし重心が違えば持った感じで重さは違って感じます。その人は自分の頭の中で決めた数字が欲しい人です。

弓こそしっくりくるものを手に取って選ぶもので値段や名前で選ぶものではありません。


弓を作るのに比べてヴァイオリンを作るのは少なくとも5倍以上の時間がかかります。
通常ヴァイオリン弓なら20~30万円も出せば立派な職人によるものです。5万円以下のものではバタバタ暴れて演奏が困難なものもあります。初心者がこのようなものを使うと余計に難しいです。
我々からすればヴァイオリンの5分の一くらいの値段が弓の値段として妥当だと思いますが、演奏者にとっては少しでも弾きやすいものを使いたいのでもっと高いものを求めたくなるものです。際限がありません。
私はヴァイオリン職人だからかもしれませんがまず良いヴァイオリンを選ぶことが弓選びを容易にすると思います。


今年を振り返ってもあまり思い出しません。職人の仕事をしていると作業に集中していてすぐに時間が過ぎてしまいます。チェロの修理を始めれば1か月や2か月はあっという間です。前回は3月、4月に休暇を取ったのですぐに夏になり、そうかと思えばもうこんな時期です。チェロのために作業台を作り材料を集め、どんなものしようか考えているだけでもう終わりです。その間前に作ったヴァイオリンの修理や改造もありました。

チェロは古い量産品を改造したり、新しい工場製品を改造するような作業を3本もこなしました。
皆同じような傾向になりました。ミルクール、ザクセン、新品です。

量産品と比べるとやはり音の違いははっきり分かります。
聞いている立場になりますが私の個人的な印象では、量産品はチェロの本体のところから音が出ているような感じがするのに対して、改造したものは音がチェロから抜け出て自由に空間に広がって行く感じがします。広いホールではより顕著な差になるでしょう。幽体離脱のような感じです。
幽霊みたいな音という表現は聞いたことがありませんが私はそう感じます。量産品では音が楽器にへばりついて重たい感じがします。これは厚い板の楽器で感じる「重さ」とも通じると思います。

ザクセンの戦前のチェロはとても耳障りなものが多いです。
私が改造修理した結果、ザクセンのチェロとは思えないような穏やかな音になりました。ミルクールのチェロでも同様です。このあたりもいつも話している通りです。

うちの店には完全な修理をしていないミルクールのチェロがあって特に高音は金属的な音がするものがあります。名門オケのチェロ奏者の方が自身のチェロを修理している間貸していました。その人のチェロは現代の見事に作られたもので、その人が弾けば現代のチェロのほうが耳障りな音は無く音量に関しても優れているように聞こえます。
先日は外国からの短期の留学生がレッスンを受けるためにチェロを借りたいということで店にあるものをいろいろ試していました。私が修理したようなチェロでは音が弱すぎて、金属的な音のするミルクールのチェロを選んでいました。
留学生にとっては一番音量があると気に入ったチェロは、名門オケのチェロ奏者が弾くと大したものでは無いということを私は知っています。このように評価はさまざまになります。私が改造した結果良くなったという人もいれば改造する前の金属的な音のほうが良いと評価する人もいるのです。

また別の方はアマチュアで何を弾いても金属的な鋭い音がします。
量産チェロをいろいろ試していましたがどれも鋭い音でした。そこで私が改造した新品のものを試すと一番気に入っていました。しかし値段が予算をオーバーしてしまいました。

私が改造した新品のものと、戦前のザクセンの量産品を改造したものを比べると、古いチェロのほうが音に鋭さがあります。とはいえザクセンのチェロとしては嫌な音ではなくて音に角があって手応えがあるように感じます。一番音が丸くて柔らかいのは新品の方です。

私の同僚のチェロを弾く職人は新品の方をいたく気に入っていました。
たくさんの楽器を知っている者からすると素性の良い楽器だと見抜いているようです。数十年も弾きこめばずっとよく鳴るようになるはずです。全くの新品の時点でもそんなに悪くは無いと思いますが学生では見抜くは難しいでしょう。


音の明るさについても語ってきています。
板の厚みと相関関係があるというもので、厚い板では明るい音、薄い板では暗い音になるというものです。

同じメーカーのかなり安価な量産品のチェロとヴァイオリンをしばらく前に仕入れました。見た目は量産品としては悪くない物でしたが持ってみると重いのです。やはり測ってみると板が厚いのです。仕上がってみてヴァイオリンの方は私が弾くと子供用のヴァイオリンのようでガッカリしました。弾いた感じが小さな楽器に感じます。楽器全体が響かず小さな楽器のようです。
チェロは同僚が弾きましたが、音の出方は量産品の中でも重いものです。明るい音さえも出てこない感じでした。結果的には厚い板でも明るい音にはなっていません。このようなことはこれまでもありました。
そういう意味では明るい音の楽器はそれよりは一段階上のレベルだと言えるのかもしれません。


またある中古のヴァイオリンは見た目は悪くないものでした。
しかしまたまた持ってみると重いのです。
特に重量物が胴体の上端と下端にあるように感じます。厚みをマグネットのはかりで測ってみると表板はまあ現代としては普通くらいのものです。裏板は中央が4mm強でこれも特に厚くはありません。通常は中央が一番厚くなっているものですが、このヴァイオリンではどこに行っても4mm程度の厚みがありました。
持った時の印象がはっきり数字で出ました。

とても残念なヴァイオリンです。
製造するときに裏板をちゃんと最後まで削らなかったのです。
当時は開けずに厚みを測る道具もなく、バレなかったのでした。
今から改造するとなると結構な手間がかかりますから東欧で作られた新しい楽器を買ったほうが安いように思います。
あと半日作業を続けていれば文句の無いヴァイオリンになったのですからもったいないものです。分業でそればかりやっているなら半日も要らないでしょう。
数時間をケチった結果使い物にならない楽器になってしまいました。
売ろうとしても店頭に何年もずっと残っていることでしょう、数時間ケチったせいで何年も店頭に眠ることになるのです。間違って買ってしまう人も気の毒です。

軽いほど音が良いという事ではありません。そのような誤解がカーボン製の魂柱など意味が分からないものが作られる原因です。
最後まで仕上げていなくて板が極端に厚すぎるものは重いというだけです。



私もこのようなブログを始めて、皆さんに確かなことを伝えるために責任感を持つようになりました。
量産品は初めからバカにして本当に音が悪いかどうかは考えもしなかったものです。職人は師匠から教えを受けているので、その基準に達していない量産品は初めからダメだと決めつけているのです。しかし個々の楽器にもっと興味を持つようになりました。勉強になります。



しばらくブログはお休みにします。
2019年2月からまた再開します。

今年も贔屓にしていただいてありがとうございました。


こんにちはガリッポです。

一通り試奏を申し込まれた皆さんに連絡を差し上げたはずですが、機械のトラブルがあるかもしません。何も来ていないという人はお手数ですがもう一度お願いいます。
予定は順次埋まってきています。遅くなるほど日程が難しくなりますのでわかり次第連絡ください。


日本のことはインターネットだけが情報源です。
深海魚のリュウグウノツカイが打ち上げられたようで、同様の記事を何度も見たような気がします。リュウグウノツカイも浅瀬にフラフラ行かないようにしっかりしろよと思うわけですが、竜宮の使いと言うくらいですから昔からある珍事なのでしょう。


この前の車に轢かれたヴァイオリンですがこのようになりました。

こんなにきれいに直るものです。といっても今回はたまたまこうなっただけで車で轢いても良いとは思わないでください。


勤め先ではプロの楽団員の方も調整に来ることがあります。
先週はビオラとチェロの方が来ていました。いずれも現代の楽器を使っている方でした。

ビオラの方は同じ現代の職人が作ったビオラを2台持っています。そのうち一つが具合が悪いそうです。二つのビオラを見ると作られた年数が数年違いますが形も大きさも全く同じものでした。私は毎回違うものを作りますので性格が違うなと思います。
2本も買うくらいですからその作者にそうとう心酔しているようですが今は亡くなられました。そのうち一本が具合が悪くなってその人の弟子に見てもらっても以前のような音にはならなかったそうです。他に何人かの職人に見てもらっても「以前のような音」には戻らなかったそうです。職人が生きていれば本人に直してもらいたいところですがそういうわけにもいきません。

2台のビオラを弾き比べて具合が悪いことを説明していただきました。C線が鋭く荒っぽい音になっているとのことです。スチール弦であるダダリオのヘリコアを使っています。音が鋭いのならナイロン弦にすればどうかと師匠が提案しましたが、「以前の音」にしたいわけですから鋭い音を柔らかくするということはできても以前の音にはならないと思います。

その弟子という人の楽器を見たことがありますが、腕は抜群に良い職人です。決して師匠に比べて劣った職人だということは無いはずです。
駒や魂柱の交換などは同じ職人がもし3回やれば3回とも微妙に違う音になるし、別の職人がやれば違う音になるでしょう。そのときたまたまその人のイメージに近い音になるかならないかというだけですが、所有者にとっては上手い職人か下手な職人かという印象を受けるでしょう。

魂柱の交換を何回かやれば「運良く」うまく行くこともあるかもしれません。鋭い音になる原因はよくわかりませんが私が仕事をすればたいがい鋭い音は和らぎます。私は時間が無かったので師匠が魂柱の交換をしました。

見事にもう一つのビオラと同じような音になりました。
他の名工たちがどうにもならなかったのに、私の師匠がすごいのかたまたま運が良かったのかよくわかりません。
魂柱だけで納得してもらいました。

私の同僚は出掛けていてその結果を知ることができなかったので翌日「その人はハッピーだったか?」聞かれました。「幸運だったのはこっちの方だった」と答えました。原因も分からないのに魂柱を変えたら希望通りの音になったのですから。

弦楽器というのはずっと同じ音であり続けるほうがおかしいです。
何かを変えれば音は変わりますが、それが良いか悪いかは受け手の感じ方次第です。鋭い音をむしろ力強いと言って歓迎する人もいます。魂柱を変えた結果は明るい音になりました。これを悪くなったと考えることもできます。
しかし作者に心酔しているので今回は「以前の音」にすることが重要でした。作者が作ってできたときの音が最高なのです。

師匠は何から何まで変えようとしていたので私は「まずは魂柱だけ変えてみたら?」と提案しました。弟子からのアドバイスでうまくいきました。

人には思考に癖があります。
まず同じ楽器を二つ買うというのはちょっと珍しいです。同じ作者の楽器でも音が違っていて用途によって使い分けているのならわかりますが、今回は同じ音にするのです。同時に同じビオラを二つ弾くことがあるのでしょうか?
明らかに作者に心酔しています。その作者本人がビオラを弾いていたということも語っていました。私はビオラをまともに弾いたことが無いのにビオラを作ると一番評判が良いのですから、自分が弾くかどうかは関係ありません。ましてやその職人は若いころに設計をすると生涯全く同じ形のビオラを作っていました。私はいくつか見たことがありますがすべて同じ形でした。ヴァイオリンとも同じ形でビオラ用に設計したのではなくサイズを拡大したものです。自分で弾いたとしても「フィードバック」して設計変更などはしない人なので意味がありません。しかし演奏者にとっては「自らビオラを弾く職人は良い音のビオラを作れる」と信じているようです。
偉大な職人(と信じてる)の音がベストであって、新たな音を模索することは無い人です。非常に考え方に癖があります。
本当に運が良かったです。


今度はチェロの話。
こちらも癖がすごいです。
この人は新しいグッズが発売されるとすべて使用しています。新発明のペグに、音を改良したエンドピン、テールピースも特殊なもので、弦も最新の製品です。
魂柱にはカーボン製のものがあり5万円以上するものですが躊躇なく使っています。
音が弱いので駒を高くしてほしいという依頼でした。弦と指板との間隔を弦高といいます。測ってみると至って普通でしたがそれを高くしてほしいというのです。これもさっきと同じで駒を2回変えれば音はなぜかわからないけど変わります。しかしミリ単位にこだわりがあり駒の高さを変えてほしいというのです。

駒の交換を終えて音を聞いてみると非常に鋭い音がします。おそらく魂柱が硬すぎるのだと思います。強烈な音です。締め付けられたような息苦しい鳴り方で余韻も低音も全く響きません。チェロ自体は40年くらい前にオールド楽器のコピーとして作られたハンドメイドのものです。モンタニアーナのようなとても幅の広いモデルです。

試しにこの前完成したばかりの私が機械で作られたチェロを改造したものを試すと、幅の細いモデルなのにはるかに豊かな低音が出てのびのびと音が広がっていくような鳴り方でした。機械で作られたチェロを改造したものの方がずっと素直でスムーズに音が出ていました。高音も鋭い音がしません。

ハンドメイドのチェロには癖の強いものがよくあって機械で作られたものよりも優れているとは言えないことが多くあります。私がチェロを作っても機械で作ったものの方が音が良いかもしれません。

チューンナップパーツにこだわりすぎていて基本的な力のバランスがメチャクチャになっているようです。その結果力づくでギャーと音を出している感じでチェロが響いているという感じがありません。本人には強く聞こえるのかもしれませんが近くで聞くとひどく耳障りで少し離れると途端に小さく聞こえるようになります。バランスが非常におかしいです。

低音が出ないのは私の理屈から言えば板が厚いということになります。ところが板の厚さを測ってみるとすごく薄いのです。厚めのヴァイオリンくらいしかありません。薄板派の私でもこんなに薄くしません。
薄い板に硬い魂柱、強い張力をこれでもかというくらいかけていて、とにかく何もかもが極端すぎます。

弦楽器というのは「○○過ぎず」「△△過ぎない」というのが肝心だと思います。その中で多少の個性はあっても良いでしょうからここが最高という一点はありません。ひどくなければ何でも良いと私が言っているのはこのことです。楽器がちゃんと機能することが重要で小手先の刺激音をチューンナップパーツで作っても限界があると思います。

考え方に癖があって新しいものに飛びつき本人としてはやれるだけのことはやっているつもりでしょうが、逆効果になる可能性のほうが高いということを認識してもらいたいものです。

ところで「音を改善する」と謳うパーツはなぜこうなんでしょうか?
刺激的な音だと交換した時に「音が良くなった」と感じる人が多いのでしょうか?そればかりで固めてしまうとメチャクチャな音になります。

ユーザーには「基本的な力のバランス」というのが一番分かりにくいようです。「パーツを変えたら音が変わった」という分かりやすい所だけに意識が集中していて抽象的でわかりにくい大事なことが頭の中からすっぽり抜けているのです。
マニアックな人が陥りやすいことです。

知り合いの改造車に乗せてもらったことがあります。
腰が痛くなって勘弁してもらいたいと思いましたがバネを取り換えるだけでうまく行くとは思えません。レースならセッティングを変えてテストを何度も繰り返して見つけていくとは思いますが、素人が一回部品を変えてもらっただけでうまく行くとは思えません。彼はレースに出るわけでもなく公道しか走りません。

市販車よりも絶妙な具合になるようにその車専用にテストを繰り返して開発されているのなら良いのかもしれませんが、自動車の改造パーツでも極端なものが改造好きな人にウケるのかもしれません。パーツを売る方も商売ですからお客さんがそういう人ばかりならそれがカルチャーというものです。それに対して「絶妙」が分かる人は相当なセンスのある人だけですからビジネスとしては難しいのです。

私が改造したチェロのほうが絶妙な改造だと思います。


楽器がまともに機能すればもっと楽に弾く弾き方になっていくと思いますが、本人はそれが良いと思っているので文句の言いようもありません。
このような人がプロですから先生も考え方に癖の強い人がいることでしょう。




楽器が基本的にちゃんと作られていて、健康な状態であるということが一番重要だと思います。一般の人にはそれが分からないので小手先の部分に意識が集中し頭がそれだけでいっぱいになってしまうのです。特に達が悪いのは職人の元を訪れたときに、我々が寸法を言うとそれをすごく気にすることです。もはや興味は数字にあり数字で納得したくなります。音楽と数学は関連性があり異常に興味を示す人がいます。

職人でも作り方を習い始めたころは、決められた寸法通りに正確に作ることが求められます。それが出来なければ仕事ができません。指示通りに仕事ができれば何かしらに「使える」ので雇ってもらえます。
しかしいつまでたっても0.1mmにこだわっているようでは何もわかっていません。
もっと理解するには大ざっぱに楽器を捉えることが重要だと思います。
それが難しいのですね。日々勉強です。




こんにちはガリッポです。

1月に行う日本での試奏の続報です。

1月5日(土)の午後に国分寺にてヴァイオリンの試奏があり若干名参加できます。
6日(日)はチェロが3組入っていて一杯です。
7日は午後か夕方にヴァイオリンの試奏が一件
9日にチェロとヴァイオリンの試奏を検討中です。
8,10,11日の平日はまだ何も決まっていません。
次の週末12日(土),13日(日)、14日の成人の日はまだ空きがありますが私が一日休みが欲しいです。

関西の方には順次連絡していきます。




先週は電話でチェロの弦高が高すぎてお子さんが弾きにくいので何とかしてほしいという依頼がありました。駒を低くするだけなら30分もあればできます。しかし見てみないと分からないと電話では答えます。

実際にチェロが会社に来るとネックが外れかかっていて弦の力に引っ張られて弦高が高くなっていました。裏板のボタンも大破していましたから30分では直せません。
裏板を開けてあて木をするとか、ネックを取り付ける中のブロックが割れていれば交換するなども考えられます。さらにネックを入れ直し駒も新しくする必要があります。
最低20万円くらいは見ておかなくてはいけません。
幸いにも保険に加入しているそうなので保険会社に申請が必要です。

ネックに強い衝撃が加わりネックの接着が不十分だったために裏板のボタンを破壊して外れてしまったのです。チェロのネックは普通は外れません。外したくてもです。
ネックがしっかり接着されていたら防げた事故かもしれません。品質は重要だということです。
しかしそれ以上の衝撃が加わりネックがしっかり接着しているとネックが折れます。この修理はさらに高額になります。
したがって衝撃を加えないのが一番良いことになります。


他にも最近持ち込まれたヴァイオリンがあります。
ヴァイオリンの入ったケースを自動車で轢いてしまったそうです。ケースはプラスチックのものでチェロのケースのようなタイプのものでした。ケースを見ると凹みが戻ったのか形跡がありませんでした。


車で轢いたわりにはそれほどひどい損傷ではありませんでした。表板は三つに割れて横板は大破していましたが、駒や魂柱、バスバーなど力のかかる場所では無かったので修理は意外と問題はありません。これくらいなら普通の修理です。ヴァイオリン自体は量産品の上級品で修理代を払う価値は十分にあります。これよりヘタクソなハンドメイドの楽器はたくさんあります。イタリア製のものならこれ以下の出来でも何百万円もするレベルです。

とはいえ、事故が無ければまったく修理代は必要なかったわけですから痛い出費です。このようなことがあるということを皆さんにも知ってもらいたいです。

やはりヴァイオリンは人が弾くものであって車が轢くものではありません。なるべく車では轢かないようにしたほうが良いと個人的には思います。



同僚と話をしていました。
ヨーロッパでも自動車業界は多くの雇用を生み出しています。新しい車を買わせるために政府とともにいろいろな手段を考え出します。自動車の耐用年数は10年ほどに設計されているそうです。ドイツの高級車でもです。
10年しか持たないようなものが高級品ということは私たち楽器職人の感覚とはかけ離れています。弦楽器も同様なら以上のような事故があれば「新しい楽器を買ってください」で終わりです。チェーンソーで細かく切ってゴミに出してしまえば仕事は終わりです。
自動車も100年以上歴史があるのに10年もつ耐久性のものが作れないのですから技術とはなんなんでしょうか?
修理を続けるより買い換えたほうが安いというのが本当なら自家用車よりはるかに使用頻度の多いバスをバス会社は数年おきに買い替えているはずです。


プリンターも有名です。
うちの会社でもインクが切れたので新しいインクを買おうとしたらメーカー純正で1万円以上するのです。1万円もしないプリンターがあるのにインクがそれより高いのですから。新しいプリンターを買ってインクだけ取り出したほうが安いです。それに対して電気製品のゴミを回収することに関しては熱意がありません。商店街やショッピングモールで商品を売ることには熱心でもゴミを回収することについては誰もアピールしません。

もはや技術ではありません。
私は染料について普通より詳しいですから、人工染料の値段なんてどれくらいか分かっています。
今のプリンターは前に買ったものが故障してメーカーに問い合わせると無料で新型に変えてくれました。タダでもらえるわけです。


このようなことが大企業の優秀な社員によって行われているのですから。
うちのヴァイオリンでも専用の弦が必要で一本10万円とかで売りたいところです。
3か月で切れるような強度にする高度な技術が必要です。


ネックのトラブルは弦楽器には多く発生して修理に手間がかかります。安価な量産品ならそれだけで楽器の値段を超えてしまいます。同じような修理を毎週やっています。純粋に経済性だけを考えれば「新しい楽器を買ってください」というようなことも多くあります。中国製のヴァイオリンで卸価格が4万円というものを楽器メーカーの営業が持ってきました。それがちゃんとヴァイオリンになっているのですから。4万円以内で直せない楽器は買い替えてもらったほうが経済的です。職人は皆解雇してパートタイムの店員に販売させれば十分です。

もし弦楽器の業界が自動車や家電メーカーのようになっていたら、間違いなく修理などしないで新しい楽器を買うべきと洗脳されます。テールピースを従来より軽量化しましたと言って壊れていなくても楽器ごと買い替えを要求するかもしれません。新型のアジャスターを付けたのでチェロを買い替えてくださいというのもあり得ます。
サイズを一回り大きくして従来より性能がアップしたとアピールするかもしれません。数年後にはまた少し大きくして買い替えを要請していきます。そのうちチェロがコントラバスになるのではないでしょうか?


うちの会社の創業者の職人が作ったヴァイオリンをメンテナンスする仕事も来ています。
あまり使われていなかったこともありますが1968年製で指板を削り直し駒と魂柱、弦を交換すれば売り物として通用する状態でした。50年経っても新品と変わらないです。

ニスは表板のコーナーの一か所だけ欠けているところがあり補修が必要なのもそこだけでしたから99.9%オリジナルの塗装が残っている楽器です。指板などは厚みも十分にあって新品の量産品より厚いくらいです。量産品は多くの場合指板が薄くなりすぎています。工場で出荷されたもので正しく加工されていることは無いので削りなおすのでさらに薄くなります。量産品のほとんどは指板交換するほど使われないということもあるのでしょう。

指板は黒檀でできていて加工が難しい材料です。一か所でも欠けてしまうとそれをごまかすためにサンディングマシーンを多用するのです。刃物を研ぐのは上達するのにとても年季のいる作業で、切れ味の悪い刃物を使うと材料が欠けてしまい、それをごまかすためにやすりを多用します。下手な職人はすぐにやすりを使いたがります。下手な職人のすることは皆一緒で個性などはありません。下手な職人の楽器を肯定する理由はありません。

最初に機械で行う荒加工の時点でも削りすぎています。
どうせやり直さなければいけないので未完成のままで出荷してほしいものです。

68年製のヴァイオリンですが付属品にはローズウッドが使われていて、今日では入手が不可能な材質でしょう。ローズウッドは木材を削った時にバラのような香りがするのでその名前が付いたそうです。ペグを調整していたらとても強い香りがしました。こんなに強い香りがしたのは初めてです。正真正銘のローズウッドなのでしょう。

あご当てのネジなどは現在のものより品質が良いです。今のものはギシギシ言って大変です。このようなねじは昔はドイツで作っていたはずです。今はヴァイオリンを手に取ったことも無いようなアジアの金属加工業者に外注していることでしょう。ネジは三つの部分からできています。それぞれが別の会社かもしれません。ネジが噛み合わないのです。


世の中は豊かになっていくのか貧しくなっていくのかわかりません。
安い費用で作られたものの効能を謳って高く売ることが立派な大企業の社員ということですね。
職人をやっていると裏が見えすぎて困ります。
商人の世界になって行ってるようです。


弦楽器はまだ職人の感覚が残っている世界です。



今度持って帰る私が2014年に作ったストラディバ入りのコピーは秋に改造したのですがもう一度調整をやり直していました。お金のことを考えていたらコストがかかって作業はできませんが何週間も迷うならやってしまったほうが早いからです。

私にしかわからないような小さな違いかもしれませんが、以前に比べるとチグハグなところが無くなって、楽器のそれぞれの部分が一つになって機能するようになったように思います。弦楽器というのは表板や裏板、ネック、バスバー、弦などすべてが一つになって働くことによって音になるんだと思いました。もちろん演奏する人も重要です。チームのようなものです。サッカーなどでも伝統国や強豪国、高給取りのスター選手を集めた国がワールドカップの序盤で負けてしまったりするように楽器も一筋縄ではいきません。

パッと弾いたときは前とずいぶん変わったなと思いました。音が丸くなってじわっと音が出るようになった感じがしました。
ちょうど弦を張ったばかりの新品の機械で作られた格安のヴァイオリンと比べてみるとさすがに音が違うことは分かります。安価な量産品は小さなスケールの世界の楽器で分数楽器を弾いているようです。
もう一つ戦前のチェコの楽器と思われるものも修理が終わったところです。これは量産品の上級品か低価格なハンドメイド楽器のようなもので、作りを調べても関心するものでした。弾いてみるとこっちの方が自分の作った楽器よりよく鳴って良いんじゃないかと思いました。
違う弓を試したりしてから、また自分の楽器を弾いてみると以前の同じ楽器のあいまいな記憶との比較ではなく他の楽器と比較になりました。そうなると基本的なキャラクターは変わっていないことが分かります。十分に暗い音です。しばらく弾いているとチェコの楽器のほうが弱い柔らかい音に感じるようになりました。新しい楽器のほうが伸びしろがありそうです。絶対に古い方が優れているという感じもしません。

勤め先の初代の職人が作った別のヴァイオリンも試してみました。
低音から弾いていくとこもったような音は「光沢が無い」という言い方をこっちの人がするような音で、高音はとても鋭い音です。それに比べると自分の楽器のほうが音色に暖かみがあって自分でも好きな音です。私の楽器を何度も試した人は「嫌いじゃないよ」と言ってくれる人が結構います。

秋に行った改造、今回の調整を通して私の楽器らしい音になったと思います。
自分の楽器の音に不足する部分を補おうと新しいアイデアをいれて作ったのですが、改造していつものように直すとバラバラ感がなくなったと思います。難しいものです。
唯一異質な要素としては弦にピラストロのパーペチュアルを張っていて性格としてはモダン楽器のような鋭さもあります。新作では得にくい点ですから「モダン楽器のような」というのは悪い事ではありませんが、これを同社のオブリガートにすれば楽器の性格と弦の性格が同じで鋭さがなくなってさらに濃いキャラクターになるでしょう。前のオーナーの人はコレルリのカンティーガという弦を張っていました。モダン楽器のような鋭さが嫌だというのならこっちの方が繊細な音になるでしょう。このようなことは使う人が詰めていくものです。


何千万円とかつけているわけじゃないので100万円程度なら決して高すぎることは無いでしょう。10万円くらいのヴァイオリンでは同じ音は無理です。教科書通り楽器を作っているだけなら工作機械の性能が上がったところで失業です。

ヴァイオリンの試奏を希望の方、日程が分かり次第お知らせください。


こんにちはガリッポです。

まずは試奏のお知らせの続報から
多くの方に申し出頂いています。
まだ受け付けていますので前の記事をご覧ください。


まずは首都圏のヴァイオリン試奏の方から連絡をしています。他の方はしばらくお待ちください。

1月5日から13日まで首都圏で試奏が可能です。
夜も可能です。
メールでもお知らせしましたが、分かり次第希望する日を教えてください。
首都圏で良い場所があるという方はぜひ場所の確保をお願いします。



量産品を改造したチェロは横浜の方が使っているものがあります。数日間借りることができそうです。そんなに長い間借りるわけにもいきませんので1月6日~9日でお願いしたいです。


チェロと多数のヴァイオリンを同時に持ち運ぶのは難しいので同じ日にチェロとヴァイオリンの試奏は出来なくなるかもしれませんので、上記の期間でもできない日が生じますのでご了承ください。

チェロの話


コストパフォーマンスに優れているのでよく売れるのが量産チェロを改造したものです。勤め先で毎年一台くらいずつやっていますが常に完売です。

量産楽器は音が悪いから安いのではなく、安価な製造法で作っているので安くできるのです。そのため問題点もあります。それを直してあげることでハンドメイドの楽器と遜色ない音のものになります。実用的には優れたものです。


果たしてハンドメイドの楽器のほうが「量産品より音が良い」ということが言えるのでしょうか?

「音が良い」ということを定義できないと長年仕事をしているほど思えてきます。
量産品の中でも特に安価なものは表板や裏板を厚い板から削りだすのではなくて、薄い平らな板を曲げて作ってあるものがあります。またチェロやコントラバスでは無垢材ではなく薄い板を貼り合わせた俗にべニア板と呼ばれるような合板でできているものがあります。
これらが絶対に音が悪いかと聞かれれば「音が良い」という定義が無いので確かな答えを言うことはできません。

もしこのような楽器のほうが音が良いと感じるなら、胸を張ってこのような楽器を愛用すればいいと思います。値段は安く済みますからお得です。ただし修理が困難になることもありますからその時は買い替えが必要になるかもしれません。

音が良いとは?

音が良いというのがどういうことなのか考えてみたいと思います。

ずっと日本にいないので不快な思いをすることはありませんが、日本では選挙が近くなると選挙カーや街頭で候補者が大音量で自分の名前を連呼したりします。

この時使っているのが安価な拡声器です。値段を調べてみるとスピーカー部分は1万円~2万円くらいのものです。
これがライブコンサートで使うようなものになるとずっと値段が高くなります。録音スタジオで使うものはさらに高く、家庭用の高級品になると上限は無いようなものです。

楽器屋の私からすれば聞く人に思いやりがあるのなら選挙の立候補者も音の良いスピーカーを使うべきだと思います。拡声器の音質が悪いためにひどく耳障りで不快に思います。私のような人はマニアックな少数派なのでしょうか?

国や地域のために働きたいという人も後援者も拡声器のような音質で誰もおかしいと思わないわけですから、何か教えを受けない限り弦楽器を弾こうという人でも同じはずです。
拡声器の音に不満を感じないのが常識人だとすれば楽器でもその常識はそのまま適用されることになるでしょう。

したがっていくつかの楽器を弾き比べをしたときに「拡声器のような音」の楽器は高く評価されることもあるでしょう。現在では電気で音量を増幅することができますが、かつてはそのような技術はありませんでした。戦前には欧米でもジャズが大流行し、金管楽器ばかりが演奏されたのも弦楽器では音量が小さすぎるからです。今では珍品となった「ラッパ」のついたヴァイオリンも本気で製造されていました。

弦楽器は音量に弱点があるため少しでも音が大きい楽器を求めようとすれば拡声器のような音質になります。それを不満に思わない人が常識人なのですからこのような楽器を「良い音」と考える人は多数派のはずです。

この場合音が良い楽器の定義は音が大きく聞こえるものということになります。

魅惑的な音色?

先ほどの定義によるとうすい板を曲げて作られたプレスのものや、べニア板で作られたチェロにも音が良い可能性は十分出てきます。素人には見分けはつかない場合も多く、音で楽器を選んだらプレスだったということは十分あり得ることです。プレスの楽器は19世紀のフランスで実用化されましたから19世紀後半から20世紀初めの楽器ではプレスのものがあります。店頭では売り手が必ずしも「これはプレスです」とは言わないものです。外見ではわからないことも多いのであながち騙そうとしているとは言い切れません。試奏して音を気に入って買ったものがプレスだったということはあり得ます。だからと言ってプレスの楽器に200万円も払うのはばかげています。

選挙カーの例で音の質に関しては気にする人としない人の大きな個人差があるという例を示しました。これは私も仕事をしていて実感することです。

一方で「ストラディバリウスの音色」などと謳って記事やイベントになったりします。これは弦楽器を演奏したことのない人が企画しているので弦楽器の弱点である音量を意識していません。高価な楽器が違うのは音色だと思っています。かつてはひどいスチール弦を安価な楽器に張っていたので下手な人が弾くと酷く耳障りな音がしたものでした。そのようなイメージもあって安い楽器は音質が悪く高い楽器は心地よい音色だというイメージがあります。

この価値観に従えば良い音の定義は「心地の良い音」とうことになります。演奏会を聴きに来るお客さんの価値観とも言えます。
素人の趣向とも言えますがお客さんが欲している音であればプロなら無視できないですね。選挙カーのように聞いている人を不快にするようでは支持も得られません。

大人になって弦楽器を始める人もこのようなイメージで始める人も多いと思います。音色が魅力的じゃなくても良いのなら他の楽器でも良いはずです。それに対して子供ころから始める場合には親の影響が大きいと思います。

大人になってビオラやチェロを始める場合にはさらに音色の暖かさを魅力に感じる人も多いでしょう。

十人十色

「良い音」が人によって違うということでした。目的や自分の好みに合った楽器を選ぶことが重要となります。

限られた予算の中で楽器を買う場合、音質と音量の両方を得るのは非常に困難です。お金が無限にあっても困難です。アコースティックの楽器の限界があるからです。音楽家ならお金を稼ぐことに労力を注ぐよりも腕を上げて楽器をうまく機能させる技量を身に着けるほうがまだ実現の可能性があります。実際に優れた演奏者であればどんな楽器でも優れた音量を聞かせてくれます。一方未熟な人は何を弾いても貧弱な音しか出ません。その中で少しでも音が大きく感じる楽器を選ぼうとします。その結果拡声器のような音の楽器が選ばれます。


特にチェロの場合とても安価な楽器はまさに拡声器のような音質です。安価なスチール弦を張っていることもあってひどく耳障りな音がします。これも気にしない人には気にならないでしょう。そのような人は楽器にかかる費用が安く済みますからラッキーです。その音で満足しているのですからそれ以上高いものを買う必要はありません。

それに対して不満と思う人はもう少し値段の高い楽器を試してみる必要があります。50万円から100万円のクラスになるとギャーギャーいうようなやかましい音では無くゆったりと落ち着いた音になってくるものがあります。安価なチェロで不満を持っていた人にとってはさすがに値段が高いだけのことがあると実感できるものです。

このように非常に安価な楽器では音の好みの幅が無く選ぶことすらできないという状況です。
大量生産品は100万円くらいまでのものが多く生産されていて店頭にもたくさんあり、使っている人も多いものです。そうなるとこれ以上のものが無いのか?となってきます。

100~200万円のチェロ

ハンドメイドでチェロを作れば最低300万円くらいするのが普通です。そうなると買える人は少なくなりますがありふれた大量生産品とは違うものが欲しいという人は多くいます。
ハンドメイドでも雑に作られたものがありとくに、修理などの収入減が無いクレモナの職人は破格の安さで買い叩かれている人もいるでしょう。このような楽器は機械を使って作られた量産品よりも質が悪いことが十分にあります。機械の性能が上がっているので中途半端なハンドメイドの楽器のほうがずっと粗悪なのです。

うちではとても人気があるのは
①古い量産品 
②量産品を改造したもの
です。

古い量産品では木材が変質し弾きこまれたことで新品よりも音が出やすくなっているので拡声器としてさらに優れているわけです。拡声器の音に不満が無いのが常識人ですから①のようなものが最も求められています。新品の大量生産品よりもワンランク上の楽器と言うことができます。

それに対して心地の良い音のものが欲しいという人にとっては選択肢がありません。このような要望にピッタリなのが私が量産工場で途中まで作られたものを改造するものです。

今年のチェロ

今年はコントラバスの表板を新しくする修理があり、その時のニスを流用して塗りました。弦楽器のニスの色には様々ですが特に暗い色のものです。着色料には天然アスファルトのみを使用しました。アスファルトはこげ茶色が得られるもので溶液をインクのようにしてペンで書くと緑がかったセピア色になります。もっと言うとセピアというのはイカスミのことです。色があせてセピア色になります。
つまり黄色やオレンジというような色は全く入れていない二スです。新作の楽器では黄色やオレンジ色の強いものが多くあります。楽器製作を学ぶなら最初に使うニスはたいていそのようなものです。






軽く古びた感じにしてあります。素人目にはあまり量産品のアンティーク塗装と変わらないように見えるかもしれません。
量産品とことさらに差別化を図るなら新作のハンドメイドのチェロのようなニスにするほうが分かりやすいです。

しかし「汚い」という感じではなくて品良くまとめているので長く使っていても飽きないでしょう。本当に古くなってくると100年分くらい早く古くなります。古い量産品のようなわざとらしさとは違うと思います。

弦にはピラストロ・パーペチュアルのソロイストを張っています。同社のエヴァピラッチゴールドではこのようなチェロには音が柔らかすぎると思うからです。このあたりは弾く人の好みですから所有者が決まってから好きなものに変えれば良いものです。

気になる音

今回は板をそれほど薄くしませんでした。現代の新作や量産品よりは薄いものです。

結果的にはニュートラルなバランスになっていると思います。特に深々とした暗い音というのではなく、ほどほどに深みがあると思います。もちろん新しい楽器によくあるような明るい音ではありません。この結果からも板の厚さと低音の量感に相関関係があるのは明らかです。

そのためキャラクターがとても強いチェロではなくバランスの整った楽器と言えるでしょう。
それでもC線だけが弱くてD線から急に音量が増すというようなことはありません。そのようなバランスの悪い残念な楽器というのはハンドメイドの楽器でもよくあるものです。値段も中途半端に高くて結局ずっと売れないものです。やるならちゃんとしたハンドメイドの楽器でなくてはもったいないです。

高い方でも耳障りな音は無くてそれだけでも貴重なものですが、全体的に弦の影響か軽くスパイスも利いていて甘すぎるということもありません。

弾いた人によると開放弦と第3ポジションなどの音の差が小さいと言っていました。開放弦が鳴るのは当たり前ですが高いポジションでもブレーキがかかる感じが無いということですね。


同じメーカーの完成品の量産チェロを比較してみました。音は明るくなり、刺激的な硬い音でいかにも量産品の音です。完成品でも非常に安価なものに比べれば柔らかくて常連のチェロ教師達からも信頼の厚いメーカーです。それに比べて私が改造したものは余韻がずっと長く、ゆったりとキャパシティの大きさを感じさせるものです。楽器としてはより上級者向きでしょうね。初心者なら完成品のほうが音を出しやすいかもしません。

弾いている本人には完成品のほうが音が強く感じられるそうです。数メートル離れて聞いている方はそれほど音量差は感じません。いずれにしても改造したから音量が増大するというよりは逆の印象を受けるはずです。改造したもののほうが静かに感じるでしょう。耳障りの音のほうが強く感じるからです。

したがって改造したものの方が音は美しくそういうものを探している人には珍しいものです。

私は改造した本人ですから当然ひいき目にとらえてしまいます。楽器というのは一長一短なので良いところを褒め、悪いところをけなすことができます。
予備知識無い人達が音だけを聞いてどちらが優れているか投票すれば意見は分かれるでしょう。

しかし改造したものは雑音が少なく純粋な澄んだ音で、どう弾いても同じ音がするのではなく弓の使い方によって音の変化が大きいもので練習によってより潜在的な可能性があると思います。あくまで私の考えです、強制することはできません。

楽器まかせにするなら拡声器のような音のものがすぐに結果を出すでしょう。
楽器としての器が大きいと弾く人が弾きこなせなければすぐには結果に現れないと思います。


問題は値段であり100~200万円というゾーンではとても真っ当なもので、100万円に近ければより魅力的な楽器と言えるでしょう。ハンドメイドの楽器に対しても遜色は無いと思いますし、バランスの悪い楽器や中途半端なものに比べたら間違いの少ないものだと思います。


去年のものの方がより個性的で低音の魅力にあふれたものでした。

私の作るチェロ

同様のチェロは日本にも使っている人がいて数日間借りることが出来そうです。あれもバランスはニュートラルで上品な音のものです。派手な音だったり強いキャラクターのものではありません。すごく暗い音のチェロではありません。

何もかも適切なバランスに持ってくれば良いものであるはずですが印象としては弱くなります。あるべきものを備えていて癖が無くて不満点が少ないというのは地味ですが貴重な事なのです。たくさんの楽器を試奏するとこのような地味な良品を選ぶのは難しくなります。売ろうと思うと派手な特徴を与えようとしてしまいがちです。あのチェロは注文制作だったので職人を信頼して任せてもらうことで実現したものです。

いつできるかわかりませんが来年からチェロを作りたいと思います。私が一から作ればより「落ち着いたチェロ」になると思います。アーチを高めにすることで手ごたえを感じさせるようにしたいとは思っていますが、間違っても拡声器のような音にはならないでしょう。そのようなものを求めているのなら他の作者のもののほうが良いと思います。

前に作ったのはバロックチェロで音大教授の方が使っています。直々に私にお礼をしていただきました。
この方は他にもうちの会社のモダンチェロを使っていますが、数年も弾きこんだら見違えるようになります。
チェロなんてのは基本的にちゃんと作ってあれば上級者が弾きこめば古いものなんか要るのか?というくらいに鳴るようになります。だからこそ大事なのは楽器が持っている固有の音の質だと思うのです。



去年は量産品を改造して学生のためにバロックチェロを作りました。これも音大の先生からこの値段でこれだけのものは素晴らしいとのことです。バロックチェロは良いものが少ないですから。


300万円以上するハンドメイドのチェロといってもただ普通に作ってあるだけです。
それが大変な作業量です。


(11月30日追記) まず関東の方から予定を決めていきたいと思いますので関西の方はしばらく待っていてください。

多くの方から申し込みをいただいています。返事が遅くなりますが届いていますので気長に待っていてください。チェロも関東限定で数日間借りられそうです。



こんにちはガリッポです。

これまでお知らせしてきましたがいよいよ募集開始です。

内容は私が作ったヴァイオリンを3本用意できると思いますので実際に試していただけます。
チェロは量産品を私が改造したものを使っている人が関東にいるのでメンテナンスがてら借りることができれば関東限定で試せる可能性もあります。持ち主と相談が必要です。

12月の終わりから1月の終わりまで休暇で日本にいます。
関東は2019年1月7~11日とその前後の週末を考えています。
そのあと1月中旬ころに関西に行くことになります。
東海地方はまだ予定がありませんので随時ということになります。
希望者が多ければ1月下旬も考えます。

当然ながらヴァイオリンを必要としている方がいれば日本人作家の常識的な値段でお譲りします。会社勤めで貧窮しているわけでもないので押し売りする気はありません。希望者が複数の場合には緊急度の高い方を優先します。すでに良い楽器を持っている人ほど不利になります。
私は楽器は弾いてみなくては分からないということを説いていますから、単に興味があるというだけでも構いません。弦楽器を演奏していらっしゃる方に限ります。


そのほか自身の楽器を見てもらいたいという方もいるかもしれません。
修理は時間や準備の問題で難しいと思います。鑑定などは私も分かる楽器はわずかです。

あとは同業者の方で共感していただける方も歓迎します。
私も全国から相談を受けたりすることがありますが、日本にいませんから紹介できるような方と知り合えたらと思います。

弓を探している方がおられましたら戦前などの古いドイツの弓を何本か用意することができます。日本では弓の値段も非常に高く、新品のフランスの弓などが売られているはずです。ドイツのものならそれより安い値段で古いものがあります。古い弓の音には独特の雰囲気があって日本では手に入りにくいかと思います。


最寄駅までは行きますので場所と駅からの交通手段を確保してください。
合同になることもありますのでその場合は会場にお越しください。
私はずっと休みなので平日、土日、祝日いずれもかまいません。
平日は夜も可能です。週末に集中することが予想されますので平日のほうがじっくり時間を取れると思います。

だいぶ先なのではっきり予定は分からないかもしれませんが、勤務日やすでに都合の悪い日が決まっている場合はお知らせください。

①お名前
②最寄駅
③可能な日、都合の悪い日など
④簡単な自己紹介
⑤試奏などの動機
⑥弓を探している方は楽器名と価格帯
⑦そのほか希望、連絡事項など

問い合わせフォームに返信用のメールアドレスと上記の項目を記入して送信してください。
問い合わせフォームはブログの右側か、次の色の変わっている文字のリンクをクリックしてください。
問い合わせフォーム


アメーバ会員の方はメッセージ機能がありますが、規約によって連絡先を交換する行為は禁止されています。問合せフォームからお願いします。
すでにメールアドレスをご存知の方はEメールで受け付けます。

いつでもキャンセルは可能なので気軽に応募ください。

個人情報を第三者に公開しないことを誓います
こんにちはガリッポです。

12月の終わりに帰国して1月中は関東から関西まで出向こうと思っています。前回の休暇ではチェロの修理を頼まれて休暇中に間に合うかどうか緊迫していたので他のことはできませんでした。

今回はその分多くの方にお会いしたいと思います。
そのため修理の依頼は受け付けていません。

いくつか私の作ったヴァイオリンがあるので試していただく機会を持ちたいと思います。ビオラやチェロで同様のことができるかは日本で使っている方の都合によります。まだ先なので具体的には決まっていません。

関東から関西までは行きますが普段生活や活動されている方のほうが詳しいでしょうから場所などはお任せしています。個別に訪問しますが、合同とさせていただくこともあります。



ヴァイオリンに関しては探していて希望のものが無いという方には珍しいものとなるでしょう。

努め先でも前々から進んでいた制作依頼がようやくまとまってきました。このケースについていきさつをお話しします。
立派な職業は別にあってオーケストラで弾いてらっしゃるという人です。フランスの19世紀の名の知れたヴァイオリンを弾いています。

それがどうも自分の好みとはちょっと違うようでヴァイオリンを探していました。私がイタリアのオールド楽器の複製を作っていることを知って興味があるということで来店されました。

ご自身のものはアーチのふくらみが平らに作られたモダンヴァイオリンで音も強く豊かで音量のある楽器です。普通に考えれば優れた楽器と言えるでしょう。話を聞くと「暗くて強い音」が好みだとおっしゃっていました。こちらでは最も人気のある音のタイプです。
それで言うとフランスのモダン楽器はまさにぴったりですから買い換える必要があるのかと思いました。ちょっと違う音のものとしても私の作るものよりも別のモダン楽器を探したほうがいいのではないかと考えました。単にイタリアのオールド楽器にあこがれをもっているだけで純粋に好みの音はモダン楽器のほうが合っているんじゃないかと思いました。

ところがよく話を聞いてみるとご自身のヴァイオリンは音は強いのだけど荒々しいので、もっときめ細かい澄んだ音が良いとのことです。しかしまったく弱い音ではダメだそうです。

オーダーメイドでどんなタイプの楽器を作ろうかと話をしていました。
その方も弦楽器にはとても強く興味を持っているちょっとマニアックな方でしたので自分なりに考えがあるようでした。平らのアーチの楽器のほうが音量があるという知識を持っていたので、平らなアーチのものが良いと。自分のフランスの楽器は胴体が大きなものなので小さなものが扱いやすいということで話し合いをしていくうちにグァルネリ・デルジェズのコピーが候補となっていきました。

私は依頼があればできるものならどんなものでも作りますのでデルジェズの中でも平らなアーチで板の薄いものを探すことにしました。板が薄いと暗い音になるからです。


そこまで話がまとまったところで、おととしに作ったピエトロⅠ・グァルネリのコピーを試してもらいました。この楽器は日本にも持って帰って好評でした。とはいえ私の都合で日程を決めていて衝動買いするような値段ではないのでどなたも購入には至りませんでした。前回はチェロの修理で募集もしませんでした。
これはとても高いアーチのものでクレモナ派の古いスタイルの典型的なものです。話が進んでいたフラットなデルジェズとは全く逆のタイプです。

弾きだしてすぐに「これが私の望んでいる音だ」とおっしゃられました。これで決まりです。

以前から日本の方でヴァイオリンを探しているというお話をいただいているので今回の帰国では日本に持って帰ります。日本でどなたも購入されなければこの人のものになります。そうでなければ同じものをもう一度作ることになります。


このように知識を学んで頭で考えていることと実際に弾いて感じることは違います。フラットな楽器が良いと考えていたようですが、全く吹き飛んだようです。さらにはご自身のフランスの楽器とも似ていると言っていました。私のもののほうがいくらか柔らかくて荒々しさが少ないということでより希望に合っているようでした。一番音が強い楽器を希望するなら自身の楽器のほうが優れていることになります。

似てるのは当然で同じ人が弾いているからです。
楽器の違いはわずかな部分です。非常に平らなアーチのモダンのスタイルの楽器と非常に高く膨らんだオールドのスタイルの楽器で少し違うだけですから。音が弱いということはなくて驚かれたようです。フラットでも高いアーチでもそれほど音に違いが無いということでもあります。前回も「ひどくなければ何でも良い」と言ったのはこのためです。


私以外で高いアーチの楽器を作る人は多くありませんから新作でこのようなものを試したこともないはずです。我々の業界でも「高いアーチの楽器は音量が無いので作ってはいけない」という知識が誰も試したことが無いのに語られてきました。「正しい知識」とされているものを学ぶとフラットな楽器のほうが音量に優れていると勘違いしてしまいます。実際にやってみるとそうでもありません。


ピエトロ・グァルネリのコピーを弾くまではオーダーメイドですから、見た目もきれいさから上等な柾目板の裏板にしようと話が進んでいました。それに対してピエトロ・グァルネリのコピーでは板目板で作ってあります。しかし「これと同じ音」が希望なので板目板で作ることが有力となりました。
この方の希望の暗い音に対して板目板のほうが有利だからです。これまで私が作ったものではそのような傾向があります。


試す前に考えていたことは一瞬で消えました。楽器というのは頭で考えるのではなくて実際に弾くことが重要なのです。


初心者や10代の学生ではまだこういう楽器の良さは分からないかもしれません。楽器自体に興味もなければ「とにかく強い音」を求めて店にある楽器の中から一番強く感じるものを選ぶことが多いです。そのため私が作るような楽器は必ずしも売れ筋ではありません。そういう意味では通好みと言えるでしょう。

今回のように楽器の優劣ではなく自分の好みにしっくりくるものを見つけると運命の出会いということになります。はるかに高価な名の知れたフランスのモダン楽器のほうが普通に考えたら格上です。楽器店の営業マンはそんなことを言っていたら営業成績が伸びないので「これは巨匠の傑作」とか言って有無を言わせないようにして楽器を売ります。買った後で私のところに「音が気に入らないのだけど・・・」と相談に来るわけです。
楽器の販売というのは正直にやってると10年間誰も興味を示さなかった楽器を「これぞ私の求めていたものだ!!」という人が現れたりします。資産として考えると流動性は非常に低いものです。私などは楽器を作ってもいつそういう人が現れるかですから、気長に構えています。それだけで生計を立てようと思ったらこだわったものは作ってられません。



私の作る楽器がどんな人に合っているかイメージが湧いて来たと思います。日本の方のために売らずに取って置いてありますから興味のある方はぜひ試してみてください。
来年はチェロ製作にかかりますので何年かはヴァイオリンは作れませんのでこの機会お見逃しなく。



正式な募集は次回にします。
決まってきたことがあれば情報は追加していきます。




弦楽器の見分け方やランクなどがあるのかという疑問です。
これまでブログではずっと説明してきましたが、最近見始めた人のためにも改めてまとめてみました。

こんにちはガリッポです。

帰国の予定ですが12月の終わりに帰国して正月は実家で過ごし地元の方の楽器のメンテナンスを行って1月中は関東や関西に出向こうと思います。関東には一週間くらいは滞在すると思います。
改めて来週に募集します。

冬の時期は雪で空港が混乱することがあります。あまりいい時期とは言えません。
前回は3月中旬以降で春のように暖かくなって大丈夫かと思っていたら出国の前の日の夕方から急に寒くなり雪で氷点下の中バス停でバスを待っていました。かといって真冬の服を着ても日本に着いたら全く必要が無いので薄いものを重ね着して空港で脱いで荷物にしまったのでした。それでもガタガタ震えてバス停にいました。空港も大混乱で私が乗る前の便まで欠航で危なかったですが、1時間遅れくらいで何とかなりました。こういう時は慌ててもしょうがなく空港のホテルで一泊すればいいだけです。

東京のほうが先に春になるので服装の準備はわけがわかりませんでした。
今回は便利で今の時点で東京の真冬くらいの気温になってきました。予想がしやすいです。
ただし、室内の温度が違います。北海道の人もそうでしょうけども私のアパートは冬でも20℃以下になることはありません。今も暑くてTシャツで窓を開けています。
実家には厚い毛糸のカーディガンを置いてあります。持って帰っても着ることが無いからです。こちらでは外に出るときは厚い上着を着て家の中では薄着です。東京で売られているコートはこちらのものよりは薄いものでしょう。そういうものを確保するのは難しいです。
一方で家の中が常時20℃以上あれば体は冷えていないので30分程度外にいてもあまり寒く感じません。家の中と外の温度差が小さい東京では芯まで冷えてしまって、同じ気温でもずっと寒く感じるでしょう。結局予想は難しいです。



さて本題に入ります。非常に高価な楽器は何が違うのかと思うかもしれません。自動車なら高出力なエンジン、コンピューターなら高い演算速度のCPUを搭載しています。それを生かすように他の部分も作られているはずです。
それに対して弦楽器はどれも同じ仕組みでできています。材料も同じ種類の木材です。

先日もちょっとヴァイオリンのことを聞きかじった程度の知識の人が来て新作のヴァイオリンに興味があると言っていました。私の作ったものを見せるとこういうのじゃない、もっと木目が違うと言っていました。
おそらく木材のランクのことを言っているのですが、プラスチックやべニア板で作ってある安物ではありません。珍しい木目の一枚板をわざわざ使っているのですが短時間でどこから説明したら良いやらという感じでした。

一番の問題は自分は分かっている顔をしていたので説明に入りにくかったのです。これが「私はどうやって楽器を選んで良いかわかりません」という顔で来れば「ヴァイオリンというのは・・・」とこちらから話ができます。「あなたは何もわかっていない」とお客さんに対して説教するようなことは客商売ならできません。


確かに安価なものはランクの低い木材を使っていて少しましなものになるとランクの高い木材を使っています。
しかしそれは物理上音を決める要素にはなっておらず楽器の値打ちも木材の質よりも加工の質で判断します。普通は安くするために安価な製品では木材も安いものを使います。手間暇かけて作るなら材料代が占めるコストの割合は微々たるものになるので安い材料を使うほうがもったいないです。木材の質は傾向にはなりますが絶対ではありません。

このため高級ランクの木材を使っても加工の質が低ければただの安物です。
むしろオールド楽器の名器ではランクの低い木材が使われたことも多くこれらも数千万円以上の値が付き、音にも優れたものがあります。私はそういう楽器の雰囲気を再現するために選んだ木材ですが彼には全く分からない様子でした。

彼は「木材のランク」ということだけを知っていてそれだけで楽器を判断しようとしていました。

私たち職人の間で「この楽器をどう思う?」と聞いて「良い材料だね。」と答えが返って来たら「材料は良いけど仕事は良くないね。」と言う意味になります。
もし本気で褒めているなら作りの良し悪しが分からない職人の言葉だということになります。

まず我々は加工の質を見ます。「良い仕事」がなされていればすでに良い楽器だと思います。木材の質よりはるかに重視される点です。

ニスの印象もとても重要です。
せっかくいい仕事をしてもニスが見苦しければ台無しです。
未熟な職人の楽器では同じようになるのですぐにそれっぽいと分かります。
量産品では材質は人工樹脂で同じようなものがたくさん作られるので特徴に見覚えがあってすぐにわかります。

一つだけの要素で判断してはいけない

今回のケースでは材料だけで楽器の価値を判断しようとしていましたのでそのような知識は無い方がましです。
上等な木材でひどい加工の楽器は資源の無駄だと私は見ていて腹が立ちます。金もうけしようとする商人や、カッコつけようとする職人に多いので楽器作りに対する真摯な態度とは正反対です。安い材料で作った安物のほうがまだ正直で好感が持てます。

別のケースでは中国人がやってきて「イタリア製のヴァイオリンは無いか?」と言ってきました。予算ではイタリアの楽器は買えないのでドイツの質の高い楽器を薦めると「これはイタリアの楽器と同じか?」と聞いてきました。
「いいえ、イタリアは関係なくて、上等な良い楽器だ」と説明しました。
おそらく買って帰って「これはイタリアの楽器だ」と言い張る作戦を思いついたのでしょうが私たちはその作戦を打ち消す発言をしたので失望して帰っていきました。

この場合でも「良いヴァイオリンが欲しい」ということであれば十分に在庫があったのでした。



ここでもどこの国の製品であるかよりも我々職人は加工の質を見ます。どこの国でも質は様々で上等なものも粗悪なものもあります。そのため質の高さを見てどこの国のものか言い当てることはできません。



また別のケースがあります。ヴァイオリンを売りに来た人がいます。高く売ろうと「ヴァイオリンの先生が音が良いと言っていた。」と強調します。しかし私たちはそのようなことは全く気にしません。楽器の加工の質を見ます。安価な楽器であることを告げると「でも音が良いですよ」と食い下がりません。

音が良ければ在庫の中で先に売れるかもしれませんが値段は変わりません。音で値段が決まっているわけではないからです。その先生の主観にすぎません。他の先生は違うことを言うかもしれません。

職人の腕前もある程度以上になると客観的に評価することは難しくなりますが、初心者や手抜き、独学や不器用な職人の仕事はワンパターンなので分かります。そうならないようにと教育・訓練をするのですから。


様々な品質の大量生産品

この世に存在する弦楽器の大半は大量生産品です。ハンドメイドで作ると値段が高くなってしまい買える人が限られてくるからです。

したがって安くするための手法として製造工程を分業や機械化で伝統的なものから変え、たくさん数を売ることで利益を得るというビジネスです。
ギターのように大量生産品でプレミアが付くような有名なメーカーは無いと考えて良いでしょう。大量生産品という時点で市場価値は安くなります。

安く作るための大量生産品なので多かれ少なかれ「手抜き」が行われます。決められた設計の通りにきちんと作ってしまうと作業に時間がかかってコストが高くなってしまうからです。

現代の工業製品は設計の通りに作られています。安価なものでは凝った設計がされません。それに対して弦楽器の場合には設計通りに正確に作ることさえ行われていません。このためメーカーによって設計に差があるということはさほど重要なことではありません。逆にたまたまうまく行ってることもあるわけです。

「手抜き」が多く行われている楽器は安い値段が付き、手抜きが少なければ実用上優れた楽器だと言えます。
どこのメーカーがどんな音の楽器を作っているというものではなくかろうじて弦楽器の姿をしているのが大量生産品なのです。私はひどい手抜きのヴァイオリンの価値を聞かれたときは「これはヴァイオリンによく似た楽器」と言うことがあります。


ハンドメイドか量産品か見分けるのは意外と難しい

弦楽器の良し悪しが分かると自信がある人には何千万円や何億円の楽器を見分けることではなく、大量生産品かハンドメイドの楽器かを見分けることを是非やってもらいたいものです。

グレーゾーンの楽器があり私たちでも非常に難しいケースがあります。もしすべてのハンドメイドの楽器のほうが大量生産品よりも質が高いのであれば、質の高さを見ればハンドメイドか大量生産品かわかります。量産品よりも質の低いハンドメイドの楽器もあるのでそうはいきません。大量生産品と同様に「手抜き」をすれば同じようなものになります。

修理でこれはハンドメイドかもしれないと思っていた楽器の表板を開けると大量生産品だったと分かることがあります。大量生産品では外側はきれいに作っても見えないところは雑に作ってあるものです。最近のものは機械で加工した特徴があるのでわかります。
ハンドメイドでも中を雑に作ってしまうともはやわかりません。


コンピュータ制御の工作機械とノミやナイフでは削った跡が違います。そのためノミの跡が残っていれば手作りだということは分かります。しかし素人が作った楽器でも加工がバラバラであるために手作りだと分かります。量産品よりも質が悪い楽器でも作者を証明するものがあればハンドメイドの楽器です。値段は量産品より高くなるかもしませんが音に関しては怪しいものです。高いだけのゴミです。
機械で作ったものにノミの刃の跡をわざとつければ手作りに見せかけることもできます。


このためオークションのカタログなどでは上等な量産品と並みのハンドメイドの楽器は同等な扱いとなっています。私も厳密な区別をつける必要はないと思います。ヴァイオリンの価格が50万円程度であればどちらでも構いません。これがチェロなら100~200万円で本格的にやろうという人には最も望まれている価格帯です。


上等な量産品か、並みのハンドメイドの楽器なのかは見分けるのが非常に難しく製造工程を初めから終わりまで監視しなければ永遠にわかりません。しかし値段が手ごろであれば実用的に優れた魅力的な楽器ということになります。作者の名前が書いてあってもそれは工場の経営者の名前なのかその人自身が作ったのかはわかりません。

これに対して美しく作られたハンドメイドの楽器はすぐに高級品だと分かります。勤め先でも量産品を仕入れていますが満足するものに出会ったことはありません。
造形の才能がある人の楽器は同じように才能がある人が見ればわかります。量産品で品質チェックをどれだけ厳しくしてもそうはいきません。


このように手抜きされた楽器なのかプロによってきちんと作られた楽器なのかが見分けられることはとても重要です。何千万円もする楽器でもまともに作られていないものがあるからです。

古いイタリアの楽器というとそれだけで高値になります。当時は大量生産品のように安物の楽器として作られ売られていたものかもしれません。それが今では何千万円もするのです。

ひどくなければ何でも良い

ここまで読んでくると楽器の加工精度の高さが楽器の良し悪しだと思うかもしれません。しかし精巧に加工されていても音が大したことは無い楽器はたくさんあります。精巧さと音の良さは関係ありません。何かの設計の通りに完璧に加工してあったとしてもその設計が最善であるかは誰にもわかりません。自信過剰な職人はなぜか自分の設計を最高だと信じているようですが実際に弾き比べてみればさほど抜きん出たものではありません。数学的な理論や、板を叩いて音の高さが何ヘルツになっているとかいろいろな主張があります。ただしそのようなものは本人が思っているより音に違いが無いものです。そのような主張があると安易に飛びつく職人がいてマネするものです。実際には効果はよくわかりません。

そうかと思えば何でも無いような楽器で良い音がする場合があります。少なくとも「音量感」に関しては取り立てて大したことの無いような楽器で優れたものがあります。音量感としたのはパッと弾いてみて音が出やすいということです。50年くらい使われていた楽器は作られた当初よりは音が出やすくなっています。上等な量産品なら新作でいかに職人が理屈をこねても勝負にならないでしょう。
音量感以外では工夫の余地はありますし、使うほどに改善してきますが、あくまで趣味趣向の世界であり画期的に音が良いというのは違うと思います。


私はいつも音に関して楽器の作りは「ひどくなければ何でも良い」と言っています。だいたい問題の無い範囲にできていれば十分良い音がする可能性があります。それ以上は実際に弾いてみなければわかりません。

この「ひどくない」ということを見分けるのは非常に重要です。先ほどのひどい手抜きの楽器と上等な楽器を見分けることと同じです。しかしそれ以上の差は弾いてみないことにはわかりません。

何百年も前には「普通」ということが分かっていなかったので「ひどくない」楽器は非常に珍しいです。オールドのイタリアの楽器の中からひどくない楽器を探せば5000万円とか1億円とか当たり前のようにしてしまいます。コストパフォーマンスは最低です。



職人は音をイメージして作っているというよりはなぜかわからないがそういう音になっているというのが本音です。職人の私が言うのですからそのように作られた楽器が大半のはずです。にもかかわらずだいたいの範囲に入っていれば楽器としてちゃんと機能して、なぜかわからないけど音は皆違います。実際に弾いてみてしっくりくるものを見つけるしかありません。

ひどくないことを見分けるのが難しい

前回は何億円もする名器ガルネリウスは適当に作られているという話をしました。弦楽器は適当に作ってあってもだいたいの範囲に入っていてひどくなければ十分良い音がする可能性があります。名演奏者に代々受け継がれた楽器であれば弾きこまれて音が出やすくなっています。

これを理解することは一番難しいことだと言えるでしょう。NHKのような局はお年寄りまでわかりやすく伝えることを求められています。グァルネリ・デル・ジェズの「適当さ」を説明することは非常に難しいです。別の適当に作られた楽器とは違います。私なんかは研究していて一番面白いところです。一言で説明するなんて無理です。言葉に置き換えるのではなくてありのままをそのまま理解しなくてはいけません。グァルネリだけじゃなくてそのレベルで楽器を見ていくとみなおもしろいです。何年も目を鍛えて分かることです。


私のように変わった職人は古い楽器を見るとワクワクするのですが多くの職人は自分のほうが優れていると考えていて見ようともしません。視野には入っていても見てはいないのです。頭で考えた自分の理屈を信じている人もいます。自信満々に語ると不思議な説得力があり指導者として弟子を育成し代々受け継がれていきます。

それに比べれば品質の高さはまだわかりやすい方で多くの職人が共有していることです。品質が高い楽器であれば高級品であることはすぐにわかります。


ただし音に関しては実際に弾いて見なければいけません。
職人の思い込みなのか本当に音が良いかも確かめなければいけません。

私はひどくなければ何でも試してみる価値があると思います。
弦楽器というのはなぜかわからないけどもみな音が違うものです。自分にとってしっくりくるものを見つけることです。

私が買い物で失敗だと思うのはバカ高い値段で粗悪品を買って音が悪いというものです。これは日本のユーザーにとても多いです。高い値段のものが良いものと信じ込んでいるからです。


ひどくないものだと保証できるのは長年鍛えた職人の目です。自分で作るのと商うのとでは見るという次元が違います。しかしこれがずば抜けて音が良いなどと言うことはできません。

一般の人は作者の名前や値段によってビビってしまい全く違うものだと思ってしまいます。しかし職人の目から見れば無名でも安くてもヴァイオリンは同じヴァイオリンです。ヴァイオリンというのはだいたいこんな感じというのが分かってくるのが熟練というものです。目で見るだけでなく寸法も測ったりします。

日本で楽器を買うこと

弦楽器をこのように私は理解しています。しかし現実に楽器を購入するとなると販売店はこれとは全く違う価値観を植え付けてきます。営業マンも上司から学ぶのですから、悪意があるとまでは言えませんが。世界的に評価が高い」などと言うことがありますが、音を審査する国際的な機関などはありません。

弦楽器がどういうものか理解してもらいたいものです。

まとめると
①音を審査する国際機関などは存在しない
②世に出回っている弦楽器の大半は粗悪品である
③まともに作られた楽器なら音が良い可能性がある
④まともに作られた楽器でもなぜかわからないがみな音が違う
⑤まともな楽器は天才でなくてもどこの国の誰でもまじめに修行すれば作れる


知名度には関係なく職人がまともなものだと判断したものを実際に弾いてみて自分の好みに合うものを選ぶというのが理想だと思います。
なぜかわからないと言っても作者によって音には特徴や傾向があります。古くなるほど他の要因が多くなってきます。有名無名に関係なくそれぞれの味があります。

ヴァイオリンのモノとしての値段はたいてい10~100万円くらいするもので品質によって決まります。税制や社会保障、物価水準などは国によって違いますが職人も現代人の生活をしようと思えば150万円くらい必要なところです。そこから上は作者の名前についているプレミアです。純粋に経済的な価値で音を保証するものではなく自分で判断しなくてはいけません。
日本人は作者の知名度を楽器の質や音より重要に考えるので、質が高いだけでは商品価値があるとはみなされず輸入されません。日本で上等な楽器を適正価格で買うチャンスは日本人の職人から直接買うことです。



初心者は量産楽器を買うことが多いと思います。
これを読めば量産楽器に過剰な期待ができないことが分かると思います。