ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート -36ページ目

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。
お問い合わせはPC版サイトのリンクかアメブロのメッセージから願いします。

技術革新という概念が弦楽器にそぐわないのは、「音が良い」ということを定義づけることができないからだと思います。テレビ局の取材やピラストロのチェロを通してこの問題を見ていきましょう。

こんにちは、ガリッポです。

私の勤めている間にも2度テレビの撮影を受けています。
一度目は公共放送で「伝統産業に技術革新を起こして頑張っている例」のシリーズとして取り上げられました。
私がいつも言っているように弦楽器には技術革新などは無く今でも1500年代に設計されたものをはるかにしのぐということはありません。テレビ局の人はそんなことは知らないのでその素人が自分たちの発想でシナリオを書いて、それに合った映像を撮影すれば番組の出来上がりです。それに協力してくれる業者を探すわけです。
撮影の前に取材をするのですが、自分が作りたい番組に使えるネタはないかと聞いてきます。専門家の意見を聞いて一から勉強を始めて番組の方向を決めることはしません。当たり前です。「技術革新なんて無い」と分かったからと言って番組のシリーズを変えるわけにはいきません。
公共放送は民放より準備に時間をかけるのでシナリオをしっかり作ってきます。自分たちの発想で作った筋書きに合った映像を取りにやってくるのです。

うちの職場でも新しい可能性は模索します。しかしそれは100年前の人もそうだし、200年前の人もそうでした。昔は決まっていなかったから何をするにしてもいろいろ違うものができていました。決められたものと違うものを作るなんてのは普通ことです。今はスタンダードが決まっているので違うことをすれば「革新的」だと勘違いします。
だから私たちが初めてやったわけではありません。この前弦楽器とは関係ありませんがある企業の製品で「世界初」と書いてありましたが、私のように古いことに興味があると「そんなの100年前には当たり前のように存在したし、今でも作ってる会社がある」と知っていました。その会社が「世界初」とアピールするのは物を知らないからできることです。
無知な人が無知な人を紹介するのがテレビだと言えます。
職人でも弟子が師匠の良し悪しを判断できないようにプロデューサーや記者に専門家の良し悪しを判断できるはずがありません。テレビに出てくる専門家というのはテレビ局のニーズにうまく答える人です。
他にも大学に行って音響物理学の教授が測定するシーンも撮影しに行きました。教授自身もギターを弾く人です。詳細なデーターを報告しましたが、賢明にも音が良くなったとか、音量が増したというような事は明言しませんでした。学者としてはそのような主観的な結論は出せないからです。しかしシーンさえ取れていればテレビ番組としては説得力が出ます。


もう一つは民放のニュース専門チャンネルで、工場見学のシリーズでした。普通の産業なら工場に行って場所を移動すればいろいろな工程が撮影できて材料の段階から完成まで一日で撮影ができます。
しかし、ヴァイオリンを作るのに1~2か月かかるとなると本来ならその間毎日撮影に来なくてはいけません。ニュースチャンネルのドキュメンタリー番組ですよ。
しかし一日で撮影するということでしたから、こっちは作りかけのヴァイオリンをいくつも用意して、作っているように見せかけるのに大変でした。
こんなのは間違いなくヤラセです。機械で作られた胴体と出来上がったネック部分を買っておいて、作っているように見せたのでした。ニスを塗るシーンを撮影するために無理を言って急きょ量産メーカーに白木のヴァイオリンを用意してもらいました。

一日でヴァイオリンを作るのは無理なので完全にウソです。
実際ヴァイオリン職人の写真ですでに出来上がっている白木のヴァイオリンに刃物を当てて削っているように見せかける写真が取材やパンフレットなどによくあります。大量生産の工場でも手作りしているかのように写真を撮ります。
記者やカメラマンに「ちょっとポーズをとってください」と言われてやっているだけです。作っているところに撮影に来たわけではありません


そうやってテレビ撮影を経験すればテレビなんてのはすべてがヤラセだと分かるわけです。撮影される側ははじめ知らなくて「先生、先生」と言ってテレビ局が来ると尊敬されていると勘違いして、いざ彼らの仕事ぶりや完成した番組を見ると酷く憤慨することがあります。こういうのはちょくちょくあって暴露して発覚します。
番組を作っている側は「バレてしまうヤラセはダメ」くらいに考えていることでしょう。そんなに都合が良いように現場に先回りしてカメラを構えておくことなんてできません。

私はオールドヴァイオリンの名器を「当時の職人は適当に作っていた」と考えています。テレビ局から取材が来ることは無いでしょう。「何億円もするヴァイオリンの名器は適当に作られていた」では番組にならないからです。公共性が高い局ではなおさらです。

雑学のネタだったら面白いかもしれません。
デル・ジェズの楽器を見ればどう考えても適当に作られたとしか思えません。他の職人でも多かれ少なかれそうです。

ピラストロのチェロ弦

ピラストロ社は近年Perpetual(パーペチュアル)というチェロ弦を発売しました。初めは「ミディアム」と「ソロイスト」というバージョンがありました。どっちを買うか迷うところですが、さらに「カデンツァ」というG,C線が発売され、「ストロング」のG,C線が発売されました。この時点でもわけがわかりませんが、このたび「エディション」というセットができました。

いよいよ訳が分からなくなってきました。
ミディアムとソロイストですが、ソロイストのほうがダイナミックで輝かし音だそうです。ダイナミックとは音量の強弱の差が大きいということを意味するはずです。こうなると不思議に思うのは「私にはダイナミックすぎるからミディアムのほうが良い」という人がいるのか?という点です。

そしてカデンツァはGとC線のみです。チェロ協奏曲を弾くソリストならカデンツァを弾くこともあるでしょうからソロイストと被っています。もちろん商品名はイメージでカデンツァを弾く専用の弦ということは無いと思います。
ストロングのGとC線もソロイストとどっちがストロングなのか不思議です。

私の勝手な推測ではGとCのみのカデンツァは他のA,Dと組み合わせて使うことを想定しているのだと思います。市場で見れば当然ラーセンを想定していると思います。ラーセンのA,DとスピルコアのG,C(トマスティク)の組み合わせが大流行したので今でも定番として使っている人がいます。その牙城を切り崩したいというマーケティング上の意図があるのではないかと思います。

音が鋭いチェロでは高音はラーセンしかないというものがよくあります。チェロ自体がひどい辛口のもので柔らかさに定評のあるラーセンを薦める教師も多いはずです。
自分のチェロがそうだったからと言って生徒のチェロも同じとは限りません。このあたりは先生特有の視野の狭さで、自分がラーセンを張って非常に良かったので「これは良い弦だ」と生徒にも薦めるのです。ラーセンは寿命が短いので使わないで済めば安く済みます。習っているうちは先生の言うことを聞くしかないかもしれません。


ラーセンや違う銘柄のピラストロのA,D線と組み合わせる前提だとすれば、ミディアムとソロイストはセットで使うことが前提だということでしょうね。だからどんな音にしたのかはよくわかりません。おそらくキャラクターを弱めて何にでも合うようにしたのだろうとは想像してみますが。

さらに最新のエディションです。
説明によると金属的な鋭さを減らしているそうです。もともと張りがあって強い音のパーペチュアルのソロイストをマイルドにしたもののようです。
ミディアムを輝かしくしたソロイストをマイルドにした・・・わけが分かりません。


これは非常に大きな問題でカタログ資料を見てもわけがわからないのです。ピラストロとしてはどれも悪く言うことはできませんし、他社とのコンビネーションを推奨するわけにもいきませんから開発意図もはっきり書かれていません。
私の同僚も「すべて試してみないと分からない」と言っていて「すべて試したらいくらかかるんだ?」とも言っていました。やる人が実際にいるのでしょうか?

チャートが出ています。

これで見るとミディアムが頼りないように思えます。しかしパーペチュアルの前に発売されたエヴァピラッチゴールドはとても柔らかい音のスチール弦でそれに比べたらパーペチュアル自体が辛口なのです。柔らかくて量感豊かという点ではエヴァピラッチゴールドはとても優れています。荒々しい音のするチェロではマッチすることが多いです。

ある方が半年くらい前に中古のチェロを譲り受けたそうです。うちで消耗部品を交換するメンテナンスをしましたが弦は非常に高価なのでヤーガーのものを張りました。ヤーガーは古い世代のスチール弦で弾いてみると目が覚めるような金属的な音がします。それでも当時は柔らかくて暖かみのあるスチール弦として一世を風靡したそうです。
それに比べたら現代のピラストロのスチール弦はとても柔らかい音がします。単純に弦を持ってみると材質のしなやかさが全く違います。最新のものはスチールとは思えないような柔らかい材質になっています。

その方はC線をスタッカートで弾いたときにギャッと音がつぶれてしまうと不満を訴えていました。そこでC線をエヴァピラッチゴールドにすると一気に柔らかくなって問題が起きなくなりました。ただ音が弱くなったのとは違ってふわっと広がりのあるような音になりました。ヤーガーのほうが目が覚めるようなはっきりした音でした。

ヤーガーは歴史があるのでそれでチェロの弾き方を身に付けてしまえばそれしか弾けないという人もいます。ガット弦をずっと弾いてきてエヴァピラッチゴールドでも金属的すぎてダメと言う人もいます。感覚的なものでそれで弾き方を身に付けてしまうと違うものは弾けないのです。そのあたりはその人が新しい可能性を受け入れて新しい弾き方を模索していくのか、頑なにこれまで身に付けた弾き方でうまくいかないものを拒否していくのか、人によって違ってきます。

弦楽器の音の本質

なぜこのようにたくさんのバージョンができるかは知る由もありませんが、試作品をいくつか作って、高名な演奏家にテストしてもらって製品化まで行くわけです。さらに発売してからも意見を聞きます。
そこで意見や不満に対して改善策として別のバージョンが作られているのだと思います。その結果たくさんのバージョンとなってしまうのでしょう。


つまりいろいろな感想があるということです。感じ方が人によって違う、誰にとっても良い弦などというものはないということを示していると思います。もし一つの試作品だけが皆に認められ、発売されても皆が絶賛するならそれだけしか作られないはずです。

これがピラストロほどの歴史のある大手企業で技術開発に多額の投資をしていても「誰にとっても良い音」を定義づけることは不可能だということです。
パーペチュアルという新製品を満を持して投入したのに、反応がバラバラだったとすれば新技術の開発はなんだったのでしょうか?


ピラストロは全体としてチェロのスチール弦では新製品が出るごとに金属的な耳障りな音が減っています。ピラストロとしては金属的な音は良くないと考えていてそれを減らすべきだと考えているということになります。それに対して定番になっていたスピルコアは古い世代のスチール弦でスチールそのものの金属的な音がします。ヤーガーとかプリムになるとさらに古い世代のもので針金のような硬いスチール弦です。

ピラストロが考えるようにスチール弦特有の金属的な音が感じなくなってくれば耳に心地よい音になっていくので普通に考えれば「改良された」ということになるはずです。しかし、最新の弦を試したけど、スピルコアのほうが自分のチェロには合っているという人もいます。年配の人ではプリムやヤーガーじゃなくてはダメという人もいました。
古い名演奏者の録音を聞くと、もちろん録音だから本当のチェロの音とは違うのですが、同僚は「これはひどいスチール弦の音だ」と言っていたりします。
当時はプリムやヤーガーもそれまでのものに比べれば柔らかくて暖かみのある音が魅力だったのです。

技術革新によって柔軟性を確保したスチール(鋼)のワイヤーを用いることで耳障りな音を軽減することに成功しているわけですが、チェリストの反応は様々です。昔のものの方が良いという人もいます。変わった人ではなくプロの演奏者や教授や教師だったりしますから、無視していい意見ではありません。

そうかと思えばガット弦を弾いている人もいます。
昔は確かにガット弦に対してスチール弦はひどく耳障りな音がしたのでスチール弦を認めないのも分かります。しかし今のスチール弦なら耳障りな音はしません。それでもガット弦じゃなくてはダメという人がいます。

ガット弦は高価で扱いが難しく、チェロ自体がひどく耳障りでどんなスチール弦でもダメでナイロン弦のオブリガートにしてうまく行ったという例もあります。


ピラストロは最新のスチール弦を発売するとともに今でもガット弦を販売しています。古い製品は残して新しい製品が出てきますからどんどん種類が増えていきます。ピラストロだけでこれで、他にもメーカーがいくつもあります。

もし「誰にとっても音が良い」ということを定義づけることができれば技術革新によって進歩すると思うのですがピラストロの新製品がその難しさを物語っています。弦の種類がこれだけ多いということはそれぞれに愛用者がいて「良い音」というのが色々あるということです。

良い音がたった一つしかないなら開発競争によってどんどん音は良くなっていくでしょう。そこが自動車レースとは違うところで、研究開発によって念願の新技術が実用化しても「前のほうが良かった」という人が必ず出てくるのです。バロックチェロを弾いている人も、ヴィオラ・ダ・ガンバを弾いている人もいるのですからどうにもなりません。


実際に人によって異なるいろいろな弦を使っていても見事な演奏を聞くことができます。人によって違う楽器を使っていても見事な演奏を聴くことができます。
技術的な特徴で、特定の弦だけが優れているとか、特定の楽器だけが優れているということはありません。

作者不明の平凡な楽器で見事な演奏をしているのを聞いたことがあれば、「技術革新」なんて発想が弦楽器にはそぐわないということが分かるはずです。せいぜい数か月勉強してるだけのテレビ局の人に分かるはずがありません。

私はテレビを目の敵にしているわけではありません。娯楽として楽しませてもらっています。




こんにちは、ガリッポです。

初めにお知らせです。
年末から休暇を取ろうと思います。
クリスマスの直前は航空券も高くなるので15日以前か25日以降かということになりますが、年末はみなさんも忙しいと思いますので25日以降で主に1月に活動しようと思います。
修理などをするのは時間や設備で難しいところがあります。
私が作ったヴァイオリンを何台か用意しますのでブログの言葉だけでなくどんな楽器を作る人なのかぜひ知ってもらいたいところです。

特別なことは出来そうもありません、これまでのように個別に訪問することになりそうです。
関東から関西までは行き来しています、御用の方は考えておいてください。


いまだに確立していないチェロの塗装


今やっているのは毎年一台くらい工場製のチェロを改造するものでニス塗の作業です。

コントラバスの表板で練習したおかげで広い面積を塗るのが上手くなってきました。同じ作業を繰り返すことで上達するものです。
ニスは刷毛を使って広い面積をムラなく均等に塗るのが驚異的に難しいのです。それで安価な楽器はスプレーを使って塗るのですぐに安価な楽器だと見分けられます。
ニスを手作業できれいに塗れればその時点でプロとしては十分な技量と言えます。初めてヴァイオリンのニスを塗るときは誰もが悲惨なことになります。これがチェロになると難易度が桁違いに上がります。
この写真を見ても分かるようにかなり濃い色のニスを塗っています。チェロでは濃い色のものが好まれるので濃い色のニスを塗り重ねないと何回塗っても濃さが足りないということにになってしまいます。ところが濃いニスほどムラが目立ちますので塗るのは難しくなります。

このようなことは10年以上やっていますが今回はだいぶつかめてきたようです。仕上がってしまえば演奏者は音にしか興味が無く当たり前のように思うかもしれません。

ヴァイオリンではオールド楽器を忠実に再現すべく古びたようにしていますが、チェロではコストがかかりすぎるので経済上の理由で困難です。そもそもチェロが高いので凝った塗装をすると面積が広いために作業の量が桁違いに増えます。値段が桁違いに高くても買ってもらえるなら構いませんがそういうわけにもいきません、コストからすればヴァイオリンよりもニスにかけられる時間は少ないくらいです。

このように天然材料の自家製ニスをムラなく塗ってあるだけでも十分高級品であると言えます。しかし技術者としてはこの難題が何とかできないかと考えるわけです。

これまでも何度かやってきましたが試行錯誤の最中という感じでした。去年のバロックチェロではヴァイオリンに比べれば簡易的だったとはいえ最後は作業の進展の遅さに気が遠くなりました。これでは高額な値段を請求しなくてはいけなくなります。技術的にも手探りでした。

コントラバスの表板を新しくする修理ではもう少し気楽に行うことができました。というのはそもそもバスが高級品で無かったからです。大胆にリスクを恐れずにできましたが結果はまずますでした。細かいところを気にしたらおかしいのですが、初めについていた表板もおかしいものでしたから。

その経験を踏まえて今回のチェロでは作業の手順を確立することを目標としました。これまでは塗ってみて様子を見て次をどうするか考えながらやったものです。初めに計画も経ちませんから、何時間かかるかも予想が付きません。出来上がって初めてこういうものができると分かるレベルでした。

次の段階として目標は何回でも同じものが出来るようにやり方を確立することです。職人の仕事は同じ作業を何回もやっているとあるところまで来ると「これ以上はどうしようもない」という手ごたえを感じるところまで行きます。ただヴァイオリン職人の仕事でそこまで行っているのはいくつかの工程だけで大抵はやってみないとどうなるかわからないというようなものです。チェロのニスに関してはまさに手探りの状態です。

今回のニスは私がこれまで作ったオイルニスの中でも最も色が濃い茶色のものです。コントラバス用に作ったもので染料にはアスファルトだけを使用したものです。コントラバスのメーカーは大半は人工樹脂のようなものを使っていると思います。染料も人工のものを使っているのですが、このようなものは耐光性が低いものがあり年数とともに色があせてくるのです。初めは赤茶色だったものの赤い色があせて琥珀色になってきたりします。天然ニスの高級品でもおきることがありますが、変化もナチュラルなものです。
初めから「黄金色」に塗られた楽器の色があせるとほとんど緑のような色になってくるものがあります。赤や黄色が色あせてしまうからです。現代の印刷物なんて数か月日の当たるところに貼っておけば色があせてしまいます。

コントラバスもヴァイオリン用のニスとして通常は無い色のものでした。黄色や赤の要素は全く必要なくアスファルトだけを入れたのです。アスファルトの色は道路の舗装工事をしているところを見ればわかると思いますが真っ黒です。道路自体は砂利をアスファルトで固めたものですから砂利が入っています。
天然のアスファルトを溶かすと完全に黒ではなくて薄めていくとこげ茶色をしています。
黄金色を新作で作り出すのが難しいのも通常のものでは色鮮やか過ぎるからです。

ヴァイオリンの場合には「陰影をつける」と言って手などが触れる部分をわざと薄い色に塗る方法がありますが、チェロの表板や裏板はあまり体に触れないので同様の変化が起きにくく、汚れがたまりやすいので全体的に汚れていきます。チェロでヴァイオリンのような陰影を付ける塗り方をしてるととてもわざとらしく見えます。スプレーでやっているとさらにわざとらしく見えます。
本当の古い楽器を見ると一台一台違うのですが非常に不規則になっています。いろいろなことが何百年のうちに起きるからです。特にチェロは不規則です。

私はそのようなことをするくらいならすべて均等に塗ってしまった方が良いと思います。それすら非常に困難でできれば一流の職人だからです。多くの場合は均等に塗るのが難しいので「アンティーク塗装に逃げる」のです。

すべて完璧にやっていたら代金をいくらでも請求しなくてはいけなくなります。そこで現実的な妥協点を探すのがプロの職人です。職人の勉強を始めて数年のうちは私も何もかもを完璧にしたいと思っていました。しかし現実にはそれは不可能で妥協点を見つけるように教わります。皆さんも弦楽器について理解を深める時、初心者は完璧主義になりやすく、うまく妥協することができるほど上級者だと言えます。

このチェロの塗装では「良い妥協点」を見つけることが必要です。最低限の作業時間で最大の効果を得ることです。

前回のバロックチェロでは黄金色の下地と、赤茶色のオリジナルニスを模したもの塗り分けて、さらに汚れを追加しました。それだけでも3色のニスが必要でした。大げさに言えば3台チェロを塗るくらいの作業になるということです。

今回は初めから黄金色のチェロにすることにしました。
そうなれば汚れと合わせて2色で済みます。それだけでないメリットは赤いニスでは場所によって色の濃さが違う陰影をつけなくてはいけませんが、ニスの色と下地の色が同じ色であれば陰影をつける必要がありません。
オールド楽器でも赤いニスのものはオリジナルニスが残っているところと残っていないところの色が違うのではっきりわかります。それに対してアマティなどのように地肌の色とニスの色が似ていればどこにニスが残っていてどこが剥げ落ちているのか紫外線の下で見ない限りわからなくなります。
そのためアマティのような黄金色のニスなら陰影を塗り分ける必要が無く「わざとらしくなる」という事態を避けることができます。均等に黄金色に塗ればそんなに悪くないということです。モデルにするオールド楽器に赤いニスよりも黄金色のものを選ぶほうが不自然になりにくいということです。

ただし黄金色のニスもただの黄色いニスになってしまっては色が明るすぎます。特にチェロでは暗い色が好まれるのに対して面積が広いため目の錯覚で明るい色に見えます。
汚れを再現して深みのある色にしていく必要があります。

狙う線としては古い楽器と見間違えるようなものではなく、あくまで新品の楽器で、一見黄金色の新作のニスのようにも見えて、よく見るとやや古びているのが趣きの差になっているというものです。あくまで新品なんだけど古い楽器のような雰囲気のあるものということです。

私もルジェリモデルのチェロを作ろうと思っていますから、まさにその練習です。

ここ何台かの楽器を塗っていて分かったことを実際にやってみましょう。


弦楽器は雑多なものの集まり?

簡単に物事を理解した気になりたければ、何らかの規則性や分類を知ることです。それらを知ればすべて知った気になります。こうなっているほど音が良いとか、こういうタイプのものは音が良いというような知識は手軽に知った気になれるために需要があり、これらを語る人は専門家として人気を得るでしょう。楽器を購入する場合には心強いものです。

それに対して私は「弦楽器はなぜかわからないがみな音が違う」と言います。より誠実に弦楽器について理解しようと思えばこのような答えになります。

「良いか悪いか」ではなく「違う」と言います。
そして違いを言葉にするのが難しく、分類するのは難しいと言い、その違いが生じる規則性を見出すことが難しいと言います。

分からないことばかりです。
専門家としては全くダメです。役立たずです。


一方で雑多であるということはとても面白いものです。私はこれは良い、これは悪いと答えを与えられるよりも、いろいろなものがあることが面白いです。私が小さなころは図鑑が大好きでした。毎日毎日図鑑を見ていました。何かひとつだけを「これがすごい」と紹介されるよりも図鑑的な知識を得るのが楽しいです。
時代が違うというのも面白いです。その時代ごとに主流があるので時代が違えばまた違うものがあるからです。



それに対して商業の世界では分類に価値があります。
図書館に行ったときに本がデタラメに並んでいたら自分が興味のある本を見つけるのは困難です。分類されていることによって読みたい本を見つけやすくなります。いかに優れた本でも分類されていなければ多くの蔵書の中から利用することはできないで価値はゼロになります。無いのと同じです。

商業では分類する棚に当てはまる商品に価値があります。
ヴァイオリンの場合は「ストラディバリとの関連度」によって棚が分かれていると考えて良いと思います。商人は楽器そのものの違いは見分けがつかないのでイタリア人であることでグッと関連度が高くなり、他の国の人は違う棚になります。求められていなければ棚自体が店にありません。

これが私のような職人の場合には品質の高さで分類します。職人としての仕事の難易度を表すからです。
こうなると商業の分類とは全く違う分類になります。国は関係が無く品質が高い方から低い方までいくつかのクラスに分けていきます。品質で分類するなら低すぎる品質の棚は売り物にならないので店には必要ありません。そのような楽器を買い取ることはしません。
しかし商業の分類ではイタリア人であれば品質が低くても巨匠です。品質で分類していないからです。低い品質のものは誰にでも作ることができます。誰にもでも作れるものを巨匠ということは私には理解できませんが商業の分類ではありえることです。

商業の分類では無価値とされているものにも品質の高いものがあります。そのようなものを知るのは楽しい発見です。


図書館の例では分類されていることによって本の価値が出るということでした。しかしもしかしたら自分が探しているところとは違う分類に自分の求めている本が紛れているかもしれません。例えば魚について知りたければ生物学のコーナーかもしれませんが、魚の記述は料理にも出て来るし、漁業にも出てきます。観賞魚にも、マリンスポーツにも出てくるかもしれません。栄養学・医学にも出てくるかもしれません。

今度は魚の種類を分類する場合、生物学なら進化の歴史によって分けるでしょうが、料理なら適した調理法によって分類するかもしれません、釣りなら生息域とエサによって分けるかもしれません。

魚について知りたいなら「魚」という分類が必要です。


違う分類の仕方をしたら自分の求める楽器が見つかるかもしれません。
商業の分類とは違って職人は品質によって分類をします。そうなると価値がゼロだったものが一気に重要度が増してくるのです。

商業を生業にしている人達は分類の重要性を痛感しているでしょう。お金と直結しているからです。専門家として「ヴァイオリンで重要なのはどこの流派のスタイルなのか」と教えます。専門誌のインタビューでもそう答えるでしょう。私の先輩もヴァイオリン製作学校を卒業して就職し最初にそのことを教えられたそうです。社会人となって学生の私たちに教えてくれました。

今となってみれば本当にくだらない教えです。どこの流派だろうと品質が高ければ良い楽器だと思います。それの音が気に入った人が手に入れれば運命の楽器です。どこの流派のものだろうとしてもです。音だけで言えば品質は最高でなくても一定水準にあれば十分です。

商業による分類ではみ出してしまって金銭的な価値が低いものにも魅力的なものがあって、むしろ限られた予算の中では掘り出し物です。逆に商業の分類で価値の高いものはコストパフォーマンスは最低です。
商業での価値とは自分で労力を使って悩んで選ぶことをせずに高いお金を払うことで人に簡単に自慢できる物を見つけられるということにあるでしょう。


ともかく弦楽器について詳しいということは、商品棚に入らないものの存在を意識から抹消することではなく、あらゆる楽器を知ることだと思います。
前回は中断しましたが、ヴァイオリン職人の元を訪れるときはどういう時か初心者の人に説明する話でした。


こんにちはガリッポです。

前回はお酒などの辛口や甘口に楽器の音を例えてみました。
お酒でもお店に辛口から甘口まですべてそろえていて試飲して買えるなんてのはかなり親切なお店でしょう。弦楽器では甘口とか辛口とか書いてあるわけではありません。社長の独断で辛口ばかり仕入れる店もあれば、私も含め製造する側もどうやって作り分けることができるかわからないので幅広く取りそろえることは難しいです。

したがって両極端なケースを体験するのは難しいかもしれません。
調整や修理の仕事をしていればいろいろな音の楽器を経験します。

ユーザーの場合には自分の楽器が基準となります。いろいろな楽器の平均値からしてひどい辛口だとしても本人はそれで慣れているのならそれがその人にとっての中口です。
そのため調整などでも職人に任せておけば勝手に理想の音になって帰ってくるということは期待できません。

あるチェロがやってきてチェロを子供のころから習っていた職人が弾くととんでもなく鋭い激辛の音がします。私たちはこれは何とかしなくてはなと思うわけです。しかし持ち主がやってきて弾くとそのチェロから信じられないくらい甘い音を出しているのです。そういう意味では楽器にあった弾き方が身についてしまえば何とでもなるのです。

私たちは客観的にそのチェロは激辛だと思っています。結果的に出ている音は普通の音です。

もちろんひどく鋭い音でなくてもどれくらいがちょうど良いかは人によって違います。何かを変えれば音は変化し必ずメリットとデメリットがあると考えれば良いです。鋭い音を力強いと評価する人もいるし耳障りと評価する人もいます。調整でどちらに持っていくべきかは使う人によって違います。

楽器製作でも作り方を変えれば音も変化します。それが良くなったのか悪くなったのかは人によって感じ方が違うということになります。
楽器を作っている人に多いのは何か工夫すると何の疑いもなく「音が良くなった」と自画自賛するタイプです。しかし結論が出るのは300年後かもしれません。その時になっても人によっては高評価、人によっては低評価かもしれません。特に自分で弾いただけで判断するとその人の好みの音でしかありません。

そのため私は基本的に粗悪ではなくちゃんと作ってあればそれは既に良い楽器であり、その楽器の音が好きな持ち主に巡り合えればパフォーマンスを発揮するとそれくらいに考えています。

販売、レンタル業務

様々な理由でお客さんがやってきます。
料理のようにメニューが決まっていれば説明しやすいですが、多種多様な要望があります。

①弦楽器の販売
職人が自分が作ったもの、工場の製品を買ったもの、アンティークや中古品など様々な価格のものがあります。メインはヴァイオリン、ビオラ、チェロとそれらの子供用の楽器です。街の電気屋さんみたいなもので珍しい楽器になると注文で取り寄せということになります。コントラバスをいくつも置いてあるとなれば相当なお店の大きさが必要です。

「左利き用のヴァイオリン」も作っているメーカーがあります。ただし、オーケストラで一人だけ反対向きで演奏するのは都合が悪くほとんど使っている人はいません。左利きの人はふだんから右手も使うことが多く両方器用で楽器演奏では有利な要素と考えても良いでしょう。左右反対のピアノなんてどこのコンサートホールにもありませんから。

すべての楽器を自分たちで作っているわけではありません。ヴァイオリンを一つ作るのに1~2か月かかるわけですから決して安いものではありません。チェロなら半年近くかかるかもしれません。

「安く買いたいので中古品は無いか?」という人もいますが、楽器の値段は古くなっても変わりません。技術に進歩が無いからです。だからと言って弾かなくなったからと買った値段で引き取ってくれるわけではありません。そんなことをしていたら商売になりません。消耗品を交換したり、損傷した部分を補修したり、クリーニングしたりと意外と作業に時間がかかるものです。弦楽器専門店でないリサイクルショップなら「現状渡し」ですからそれからヴァイオリン職人に見てもらうことになります。

弦楽器の場合重要なのは自分で試しに弾いてみることです。
弦楽器はどれも同じように作られていてしくみに違いはありません。
それでもなぜかわからなくても音は皆違います。
弓はさらに使う人の手になじむかということが重要です。

ウンチクなどで判断してはいけません。


希望する楽器がどこにも売っていないなら特注で作ることもあります。
元々量産品ではないので特注だから高いということもありません。
型や枠から作るとなるとコストはかかります。私は多くの場合型から作るのでコストは変わりませんが、同じ形のものばかりを作っている人では割高になるでしょう。

自分のスタイルが決まっていてそれしか作らない人も多いです。私の場合には希望に答えられるように作ります。

②弦楽器のレンタル
勤め先ではレンタルをやっています。特に子供用の楽器では成長とともにサイズが変わるので毎回買っていては高くつきます。こちらでは昔は音楽学校が楽器を所有していて貸していたそうです。最近はアウトソーシングで弦楽器店が担当しています。
うちだけでなくどこでもやってる業者があるそうです。そのため弦楽器を始めるのにそんなにお金はかかりません。インターネットなどで安価な楽器を買うくらいなら職人が選んで調整された楽器を使ったほうがまともに練習ができます。弓やケースもセットです。
日本ではあまり一般的ではないかもしれません。

そのほかコンクールが控えているなど重要な場合に楽器を貸すこともあります。
料金は楽器の値段によって違います。

③アクセサリーの販売
楽器本体だけでなくケースや弓なども必要です。アゴ当てや肩当は店頭でいくつか試してみて気に入ったものを選ぶことも重要です。高級品というよりはいろいろな種類の普及品を試すことが重要です。

弓も手に取って自分の楽器を弾いてみて選ぶ必要があります。持った感じが人によってしっくり来たりしなかったりします。
楽器とともに買うのなら先に楽器を選んでから弓を選ぶのが普通です。弓でも音は違ってきます。楽器に合う弓を探す必要があるからです。

チェロのケースなどはとても高価なもので10万円以上することもざらです。
チェロのケースは軽いものほど高価で安価なものは重いです。とても安価なものはソフトケースというバッグです。傷などは防げますがネックが折れたりするような事故からは楽器を守ることができません。

日本ではヨーロッパのメーカーのものが異常に高い値段で売られているように思います。一方日本のメーカーのものはこちらには輸出されていません。日本製の品質の良いものがあればぜひ欲しいところです。


修理

④損傷の修理
災害や事故などで愛用の楽器が大きな損傷を受けうことがあります。大抵の場合は修理ができます。焼失とか水没は難しいです。焼失はもちろんなくなってしまうので言うまでもありませんが、水没が厄介なのは木材が水に浸されてしまうと酷く変形してしまいます。特に弦楽器は音のために薄い板で作られているのでめちゃくちゃになってしまいます。また接着剤が溶けてバラバラになります。カビが生えたり泥が染み込んだりもします。安価な楽器ではもう無理というケースも多くあります。

楽器自体がちょっと雨に濡れたくらいなら大丈夫です。だからと言って雨の中で演奏しない方が良いと思います。

問題は修理代が楽器の値段を超えてしまうケースです。こうなると新しい楽器を買ったほうが得だということになります。
表板が真っ二つに割れたりするのはオールドの名器ではどれも一か所やに箇所はあります。それで音が悪くなることはありません。安価な楽器では修理代のほうが高くなるのでそこで寿命となります。

古い楽器を買った場合には過去に満足いく修理がされていないことが多いです。楽器の能力を引き出したり、美しくするには修理が必要なことが多くあります。このような修理代はバカにならないもので買う楽器は修理済みかそうでないかを見極めるのは重要です。チェロなら100万円を超えるような修理はざらです。


弓の場合には折れてしまうと弓の価値は無くなってしまいます。
接着して補強する方法もありますが、弓として価値はもうありません。プロの職人として正式に修理することはできません。そのため接着したとしても何年持つかはわかりません。最新の接着剤で去年接着を試みましたがまた取れてしまいました。そうかと思えば何十年も前に接着して今でも使える弓もあります。

⑤消耗部品の交換
楽器や弓はメンテナンスなしで永遠に使えるわけではありません。

まず消耗品として最初にあげるのは弦です。ガット弦の時代にはすぐに切れたものです。今はナイロン弦やスチール弦などだいぶ丈夫になりました。それでも突然切れてしまったり、表面に巻いてある金属がほつれて来たり、ヴァイオリンのE線では錆びてきたりします。チェロ弦の場合には表面上は分からなくても中の芯が劣化して特にA線で耳障りな音がするようになります。
切れていなくても音質面で劣化してきて新品に交換すると目が覚めるような思いを体験します。一方チェロの弦で古い世代のものや表面にタングステンが巻いてあるものはしばらく弾きこんでいかないと性能を発揮しません。なじんでくる必要があります。

駒というものが楽器の中央で弦と胴体の間に挟まっていますがこれは接着されていません。ギターなら接着されているものですが、擦弦楽器の場合、弦がだんだん食い込んで来たり、曲がってしまったり、割れたりすることがあります。こうなっても楽器を捨てる必要はありません。駒を交換すればいいのです。駒は楽器ごとにピッタリ合うように荒加工された駒を削って合わせます。弦の高さが正しくなるようにも加工します。したがって一般の人がインターネットなどで駒を買っても取りつけはできません。駒は古くなってくると音に張りが無くなってきます。取り付けも職人の技術者の力量に差があって音に差があります。
高さは重要で弦と指板との間隔が変わります。低すぎると振動する弦が指板に触れてしまいビーンと異音が発生します。高すぎると押さえるのに力が必要で指に弦が食い込んで痛い思いをします。
上部のカーブも重要でカーブが平らすぎたり、不規則であると弓が他の弦を触ってしまうという問題が起きます。


他には表板と裏板の間につっかえ棒として魂柱というものが入っています。これも表板と裏板の面に合うように加工して入れます。ちょうどピッタリに加工しなくてはいけないのでとても難しい作業です。特に新しい楽器では楽器が変形してくるので合わなくなってきます。緩くなってしまうとひとりでにコトンと倒れてしまいます。すべての弦を緩めたときにコトンと行く場合もあり、魂柱は交換が必要です。

新品の場合ヴァイオリンなら1年、ビオラなら数か月、チェロなら数週間でくらいで交換が必要になることがあります。新品のほうがかえってチェックが必要というわけです。
これも古くなってくると音も劣化してきます。取り付ける職人の力の差も大きなものです。

そのほかペグも上手く弦を巻き取れず調弦しにくくなってしまいます。長さには余裕を持たせてありますが、円錐形になっていてだんだん奥に入っていくと最後には交換が必要になります。

指板は弦を抑えるときに下に入ってる黒いボードですけども、高級品では黒檀、安価な楽器では木を黒く染めてあります。弦は金属を巻いていることもあって抑えるごとにわずかずつ削れていきます。何年もすると深く彫れたり波打ったりします。こうなるとビリついたり抑えるのがやりにくくなります。そのため削りなおす必要があります。これを繰り返していると指板が薄くなり交換が必要になります。指板を変えると弦と指板との距離が変わってしまうので駒も新しくする必要があります。


普段必要なのはその程度ですが、厄介なのは「ネックの角度の狂い」です。
弦楽器のネックは弦に引っ張られて徐々に角度が狂ってきます。これを直すのは手間のかかるもので修理代も高価なものです。様々な方法があり安上がりな方法から理想的な方法まであります。高価な名器ではペグボックスの根元でネックを切断して新しく作り直すされていることがほとんどです。ネックも消耗品です。

あとはチェロの場合、エンドピンがグラグラしてくることがあります。正しく保持できなかったり異音が発生する原因になるので交換が必要です。


弓も消耗部分の交換が必要です。歴史的に価値のある弓の場合部品が変わってしまうと価値は下がってしまいます。消耗品は交換するのは普通です。張ってある毛はもちろん巻いてあるシルバーなどの金属線、指が当たるところに巻いてある革などは消耗品です。
先端についている白いプレートも割れたりすると交換です。先端は弓の先を保護する役割があるので割れたまま使っていると弓の先が摩耗してきます。象牙が使われてきましたが最近ではプラスチックのものが使われるようになっています。高級品であれば象牙というところですが、外国に演奏旅行などに行く場合「象牙の密輸」ということになりかねないのでプラスチックにする場合もあります。



メンテナンス


楽器を長年放置したものを弾こうとしてもうまく機能しなくなっています。
使い続けていても狂ってきます。度々メンテナンスが必要です。

買ったきりで50年も何もしていない楽器も出てきます。親族の子供にプレゼントしようとしてもそのままでは演奏できません。壊れていれば損傷の修理が必要で、消耗部品が劣化していれば交換が必要です。

⑥指板の削り直し
先ほど説明してしまいました。使っているほどに摩耗してくるので削りなおすことが必要です。使用頻度によって違います。指の力によっても違うかもしれません。プロのオーケストラ奏者で2年もしたらかなり摩耗しています。日々の演奏時間が短ければそこまで摩耗しません。狂ってくると異音が発生します。特にチェロやコントラバスで起きやすいです。コントラバスではじいて弾く場合は正しい状態でも縦に弾けばビョーンと鳴りますからおなじみです。弾く方向を横にすれば軽減できますが本質的には指板を削り直す必要があります。駒が低くなりすぎている場合もあります。駒の交換が必要です。バスの場合にはこれらの作業はとても時間がかかり費用もかかります。

指板は天然の木材なので何もしなくても勝手に曲がってくることがあります。使用頻度に関わらず削りなおす必要が出てくることがあります。
⑦ペグの調整
弦を巻いてあるものをペグと言いますが、円錐形になっていて摩擦で止まっているだけです。楔(くさび)の効果で押し込めばきつくなり、引き出せば緩くなります。気候の変化、特に湿度の変化できつさが変わります。乾燥してくると緩くなり、湿度が高ければきつくなります。かつてはガット弦が使われていて調弦が狂いやすく常に調弦が必要でした。そのため気候の変化に対応できましたが、ナイロン弦やスチール弦でアジャスターだけで調弦をしてペグを使わないとペグが硬く動かなくなってしまったり、完全に緩んでしまったりすることがあります。

硬くなってしまったり、ガクガクとなる場合は口紅のような形状のスティックになっているコンポジションという滑らかさとブレーキを両立するように材料を混合したものがあって塗ることで改善します。自分でやっても良いですがコンポジションはだんだん乾燥して硬くなっていきます。頻繁に使わないので近所に職人がいるならやってもらったほうが経済的です。

緩い場合には押し込めばきつくなりますが、ペグが摩耗してくると奥に押しこめなくなります。この場合はペグを削りなおします。これでペグが細くなるので奥に入って短くなります。反対側が出てくるので切断します。まめにやれば一回あたりは数ミリで済みますがまとめてやると一気に短くなってしまいます。ペグが最後まで行ってしまったら交換が必要です。以前ついていたものよりも太いものを入れます。これ以上太いものが無いとなると楽器の方の穴を埋めなてあけ直します。

量産品などでペグの加工が悪い場合は新品でも具合が悪いものが多くあります。
安いものではペグの材料も白い木を黒く染めた柔らかいものだったりします。プラスチックもありますがこれもキューキューと摩擦の具合が悪いものです。
削りなおしてすまなければ交換が必要で、取り付けには作業時間がかかるので数万円かかります。

⑧傷や塗装の補修
弦楽器は軽くて強度の高い木材を使うため白い木を使います。色を付けるには色のついたニスを塗る必要があります。ニスは透明性があり木目が透けて見えるものでなくてはいけません。

傷がついてしまうとの地肌の色がむき出しになったり、表面がニスごとくぼんだりします。新しい楽器では木部の色が白いのでとても目立ちます。古い楽器でも見苦しいものです。
また手が触れる部分のニスははがれてくることがあります。伝統的なニスは植物から取れる樹脂が原料になっているのでそれほど強固な被膜ができません。安価な楽器では100年くらい前はラッカーと呼ばれるセルロイド系のニスが使われ、現在では石油から作られたアクリル系のニスが使われます。

弦楽器はこのような傷は使っているとどうしてもついてしまうもので高価な名器でも皆そうです。新品でもわざと傷を付けて古く見せかけるくらいで「味」となるものです。しかし傷が付けばいいというものではなく、補修を繰り返して大事に使っている感じが出ると年代ものの味わいとなります。ほったらかしではただ汚いだけです。

扱いに慣れていない初心者用の安価な楽器にはできるだけ丈夫なニスが望まれるため人工樹脂が適しています。高級品は伝統的な天然樹脂が使われているのでまめに手入れが必要です。
いかに丈夫なニスでも一定以上の衝撃が加われば傷がついてしまいます。ニスの補修は厄介な仕事なのでゴムみたいに凹んでも戻る楽器があれば良いと思っていますが木材では無理です。
大事に扱うことが必要で、扱いの丁寧な人なら数年使っても新品のようですし、雑な人は一年でも傷だらけになります。

それでも事故や弓などで欠けてしまうことがあります。そうなると新しい木材を継ぎ足して直すことになります。チェロは横にして置くのでどうしても端が傷みます。特に絨毯では毛足が引っ掛かって裂けてくることがあります。

ニスの補修は作業時間以上に乾燥に時間がかかります。理想を言えば半月~1か月くらいは欲しいところですが、少なくとも1週間くらいは考えておかないといけません。長年放置すればそれだけ修理代も高くなります。


傷以外にも意外と汚れが付着しているものです。
演奏していると松脂の粉が表板に付着します。粘性があるのでニスにくっついてしまいさらに汚れが付着します。普段から乾拭きでふいておけば防げます。

ポリッシュ液のようなものが売られていますが、汚れの上から液を塗ってしまうと汚れが固まってしまいます。普段は乾拭きで職人にクリーニングしてもらうのが良いでしょう。

茶色のチェロをクリーニングしたらオレンジ色になったことがあります。煙草を吸う人でヤニと汚れが付着していたのでしょう。自分の楽器じゃないように見えて驚かれたようです。

このようなものですから、オールド楽器が深い赤茶色をしていても元々はオレンジ色だったのかもしれません。

きれい好きな人でも自分ではできないので意外と楽器は掃除していないものです。数年に一度はクリーニングしてもらう事は計算に入れておいた方が良いです。
チェロなどを隅々まできれいにしようと思ったら相当な時間がかかりますので汚れがひどいほど費用もかかるということです。大きな修理の時はクリーニングはおまけですることもあります。

ブログにも修理後の写真を載せていますが100年前の楽器でもピカピカにできます。それでも取りきれない汚れがどうしても残ります。それが味となっていきます。ほったらかしではただのガラクタです。手入れを欠かさないでいるとお宝になっていきます。

音の調整

このように楽器を維持するだけでも職人の作業が必要です。そのため職人が常駐しない一般の楽器店では扱うのが難しい楽器です。大手のチェーンでは東京に送って修理して送り返すということをしていますが、場合にはよっては5分で終わるようなこともあるので近所に職人がいるほうが便利です。

以上は楽器を健康に保つためのことでしたが、音に不満を持っていてどうにかしてほしいという人も来ます。満足していてもさらに良くなる方法は無いかという人もいます。
使っていて以前のように音が上手く出なくなってきたのなら職人に見てもらうことが必要です。これまで述べたような原因があるかもしれません。

その楽器自体の音が気に入らない場合は楽器の買い替えから、大掛かりな修理、部品の交換まで様々な対処法があります。
もっと細かいことだと駒の位置がずれていたり傾いていたりするだけで音が変わってしまいます。
それからよく行われるのは魂柱を動かすことです。これは微妙な調整で他のすべてが終わってからやることです。


そのほか「ビリつき」が発生することがあります。

指板や駒については説明しましたがそれ以外で一番多いのは表板や裏板が剥がれていることです。剥がれることによって板が縮みなどの歪みで割れるのを防いでいると言えるのでただつけ直すだけで良いものです。接着には天然のにかわを使うために冷えて固まるのに2時間程度は必要です。理想は一晩以上で水分が抜けていくとよりしっかり固まります。
加工が悪いと接着面が接していないため頻繁に発生したり、ビリつきが治らないことがあります。この場合は表板か裏板を開けて接着面を加工し接着しなおす必要があります。木材を継ぎ足したりする場合もあります。

テールピースがあご当てに触れているとか、f字孔の隙間にゴミが固まっているとか、ペグについている飾りが取れかかっているとかいろいろな原因があります。中の部品が外れかかっているというのは厄介なもので分解しなければ直せませんがめったにありません。

特定の弦だけがそうなるなら弦が劣化していることもよくあります。不良品の場合もあります。ナットと言って指板の先端で弦をひっかけてある部分もチェックが必要です。

いずれにしてもビリつきが発生するのは何かと何かが触れるか触れないかの微妙な距離にあり振動によって小刻みに触れることによって生じます。楽器の製造が正確であれば深刻なケースは起きにくい事になります。


チェロの場合には「ウルフトーン」というのがあります。
これは特定の音の高さでビブラートをかけたように音が震えるものです。
ひどい場合には複数出ることもあります。

これはチェロなら普通でひどい不良品を買ってしまったということではありません。
逆に「良いチェロほどウルフトーンが出る」と言ってしまう専門家がいますが、それは言いすぎです。安いチェロでも出るものは出ます。音が出にくいチェロならウルフトーンも出にくいというだけです。

それでも気になるなら小さなおもりを取り付けて軽減することができます。初心者のうちは音程も安定しないのでウルフトーンを出そうと思っても見つからないくらいですから神経質になる必要はないと思います。
重りをつける場所は表板の低音側のf字孔の5㎝位下のあたりが疑われます。実際に試して内側に取り付けます。取り付けたらはずせません。重りをつけることで楽器全体の音も変わります。やや鳴りが悪くなるのでメリットとデメリットがあるという弦楽器ではいつものことです。

他に弦の駒より下のところに付けるおもりがありますが、あまり効果はありません。
意外と指板の裏側に重りをつけて軽減したこともあります。魂柱を変えたりテールピースを留めているテールガットの長さを変えただけでも軽減したこともあります。

そのほか

楽器の価値を見て欲しいとか、保険をかけたいとかそういうこともあります。売りたいという人もいます。

弓のネジがうまく機能しなくなることもあります。毛が伸びてしまって強く張れなくなることもありますし、ネジが摩耗して空回りしてしまうこともあります。
ケースの故障やアンプに接続するためにピックアップを取り付けるということもあります。

弦楽器職人は他の産業であればあらゆる職種を兼任していると言えるでしょう。
従ってお店や工房によって得意不得意というのはあります。
楽器を作ったり売ったりするだけでなくいろいろな仕事があります。評判になってくると自分の楽器を作れなくなっていくのです…。


初心者の人は「うまく音が出ないのは楽器が悪いのか?演奏の腕が悪いのか?」が分からないことが不安だと思います。だとしても楽器に問題が無いか点検してもらう必要があるでしょう。
業者の方も「これは悪い楽器だ、買い替えなさい」と圧力をかけると怖がられてしまうので控えるべきだと思います。

これらの調整は新品の楽器でも安価なものを買うと満足に行われておらず演奏がまともにできないことがあります。調弦が上手くできなければ弾くことはできませんし、
レッスンを受けても先生が調弦に時間を費やすことになります。レッスン代が無駄です。
ケースと弓もセットで数万円のヴァイオリンやチェロを買ってしまうとこれらをやり直すだけで5万円以上かかるかもしれません。弓などはフニャフニャで使い物にならず買い直すことになります。特にチェロでは弦だけでも一流メーカーのものは何万円もします。アップライトピアノなら一番安いモデルでも40万円とかするのは分かっていますが弦楽器でも数万円では無理ということは分かって欲しいです。うちではヴァイオリンはケースと弓がついて10万円くらいから扱っています、それ以下ならレンタルを薦めています。


初心者が使いにくい楽器を使うのは余計に難しくなります。
楽器業者は売れればいいと安価な楽器を販売しています。安物買いの銭失いになるわけですがそれもまた無理もないことです。私たち職人が情報を提供していないのに責任があるのです。


すごく音が良くなる秘密の処置をするわけではなく、正しい状態を維持するのが職人の仕事です。
弦楽器では売り手や製造者は「○○だから音が良い」とアピールします。しかし「音が良い」の一点張りでどんな音なのかは語りません。これがはるかに多くの人たちに親しまれているワインや日本酒では辛口や甘口という尺度があります。弦楽器の業界が未成熟じゃないかと思う今日この頃です。


こんにちはガリッポです。

日本酒やワインでは甘口や辛口という分け方があります。
当然好みや状況によって選べば良いわけです。

一方弦楽器の世界ではどんな音がするかなんてことはあまり語られることはありません。多いのは「巨匠や天才が作ったから音が良い」とか「音響物理学で音が良い楽器の製法を発明した」と言って楽器が売られていますが、どんな音なのかは全く語られることがありません。

先日もこんなことがありました。
こちらの産業新聞の紙面にヴァイオリン職人のことが書いてありました。経済記者というのはその業界の専門家ではなくてよくわからずに新製品などを紹介していたりするものです。
それによると彼は音響物理学の研究によって音が良い楽器の「新しい」作り方を考案したそうです。年間に40本のヴァイオリンを作っているそうです。

ヴァイオリンをプロの職人が作れば少なくとも1~2か月はかかるということをこの前話したばかりですが、40本も作ろうと思えば休みなく働いたとしても9日間で一本のヴァイオリンを作らなければいけません。普通に考えれば機械で作っているのでしょう。

そんなに音が良い楽器が作れるなら高い値段でも売れるでしょうから慌てて作らなくてもしっかりいいものを作れば良いと思うのですが、他人の考えることはわかりません。せっかちで非常に速く楽器を作る人は「楽器は音が一番大事だ、見た目をきれいに作る必要はない」と言います。なるほどその通りだと説得力のある理屈ですが、なぜ音の良い楽器を作るのにそこまで急いで作る必要があるのか謎です。音のことを考えていろいろな部分に配慮して入念に作ってはダメなのでしょうか?なぜ慌てて1秒でも早く雑に作ると音が良いのでしょうか?

単にアピールするポイントとして自分の都合のいい理屈を言っているだけにしか思えません。このようなアピールでは「音が良い」の一点張りでどんな性格の音なのかが一切無いです。
他にアクセサリー類で「音を改善する」という新製品が出ますが、これもどんな音になるかが無いのです。アクセサリー類であれば、自分の楽器の悩みを解決してくれればとても有用ですが、人によって悩みが違うので解決する方法が違います。病気によって服用する薬が違うように症状によって目指す方向が違うはずです。場合によっては全く正反対の可能性もあります。
私たちもどっちの方向に音が変わるのかが分かればその製品を取りそろえておいて「患者さん」が来たとき症状に合うアクセサリーを処方すればいいのです。
しかし「音が良くなる」としか書いて無いものでは症状とは逆の方向性に変化してやってみたら余計に悪くなるかもしれません。音は良くなっていませんね、騙されましたということです。

このような「新技術」は弦楽器のことを分かっていない人たちを引き付ける魅力があります。読者のウケを狙って記者もそれを記事にしたのでした。情報社会の現代でも情報なんてこんなものです。
このような新技術はなぜかいつも万能薬なのです。

健康食品でも万能薬のように宣伝しているものがあれば、「怪しいな」と思います。考え方の根本がおかしいからです。かつて秦の始皇帝が永遠の命を求めて水銀を摂取していたそうです。今では水銀は毒物だと分かっていますが、当時は不老不死の薬だと信じられていたそうです。その時代を生きているうちはそれが効果が無いと分かりません。毒だと分かった時には意識はありません。

弦楽器も何百年も歴史があって、これからもずっと美しい音を奏で続けると思いますが、今の「新技術」が未来には「あんなのはインチキだった」と言われるかもしれません。その新技術は将来には過去の技術です。同じようなことは100年前にも盛んに行われました。いろいろな改造を加えた楽器も作られていたのです。

常識を信仰の対象にする人はいます。確かにある時点で最も合理的な正解かもしれません。しかし状況が変わればもはやベストではなくなります。音楽や芸術に携わる者としては最も創造の才能が無いと言えます。

「新しい技術が優れている」という常識を持って生きていれば現代社会でいちいち細かいことを理解しなくても「何となく新しいから良さそう」と意思決定をして暮らしてうまく行っているような感じがします。過去にすばらしいものがあったということを知らなければです。

私は新しい技術より古い技術を研究しています。古い技術には何百年後にも生き残るヒントがあるかもしれません。



このように「音が良くなる新技術」にはいつもどの方向に音が変化するのかということを考えていません。客観的に物を考える視点が欠けているように思います。空に何か光るものがあれば「宇宙人の乗り物だ」と思い込むようなタイプの思考法です。


「音が良い」ということをどうやって定義づけるのでしょうか?
人によって求めるものが違います。音量が大きければいいという人もいれば美しい音が良いという人もいますから。

実際には一つの尺度で良し悪しを測れない

ちょっと前に学生がヴァイオリンを選んでいたという記事がありました。50~100年位前のヴァイオリンを10本ほど用意して弾き比べたというものです。10本ともまともに作られた楽器で腕前も確かでしたからどれを弾いてもちゃんと音が出ていました。
本人も家族も「どれも良い」と言っていました。

実際にはこのように一本や二本だけがずば抜けて音が良かったり、逆に音がすごく悪いものがあったりとそのような分布にはなりません。まともな楽器ならどれでもちゃんと機能します。

その上で「みな音は違う」「どれが良いかはとても難しい」と言っていました。私も同感です。このように楽器というのは「良い」「悪い」という何か一つの尺度で測ることがとても難しいものです。このような違いはもはや趣味趣向の問題でしかありません。

ドイツのヴァイオリン2本とチェコとフランスのものが各一本ずつの4つまで絞ったのでしたが、ずいぶんかかってようやく決断をされました。
私が以前修理したフランスのヴァイオリンでした。このヴァイオリンはとても美しく作られたもので、9日間ではとても作れないような手のこんだものでした。必ずしも雑に作ったほうが音が良いということは言えません。


このヴァイオリンはオーギュスト・ドリベの1908年作のもので最大で2万ユーロの相場になっていますが、同じ作者でも安上がりに作ることがあります。しかしこの楽器に至ってはどう考えても最善を尽くして作られたと分かります。状態も最高レベルです。フランスには腕の良い職人がたくさんいたので特別有名ではありません。しかしこのようなものは他の流派の人にはまず作れないものです。フランスの楽器製作が非常に高度であったためマネしたくらいでは作れないのです。
したがってもしニセモノだったと後で判明したとしても100年以上前のフランスの一流の腕前の職人の楽器であることは間違いないので2万ユーロ(約250万円)くらいは別の作者だったとしても高すぎる値段ではありません。実力で2万ユーロの仕事です。これがイタリアの作者で5万ユーロで買ったものがもしニセモノなら5000ユーロになるかもしれません。フランスのさほど有名で無い作者の楽器というのは実力を値段が表していると言えるでしょう。その上10本の優秀な楽器の中から音を気に入って選んだのですから音も好みに合っているのです。実力で楽器を選ぶとはこういうことです。

音も良くてこんなきれいな楽器を作った人が無名なのですから楽器販売業界がいかに節穴かということです。

このような買い物はごく普通の家庭で行われています。風雅を知り尽くした仙人のような人ではなく普通の人がやっているのです。これが日本で250万円なら新作のイタリアの楽器を教育熱心な親が業者の言いなりになって買っているところです。まったく違います。


最終的に選ばれましたが、非常に難しかったそうです。
私が修理して作りも調べていたのでひいき目に見ていましたが、全くそのことは説明もせずに本人と家族だけで決断されました。私はよくできている良い楽器だと思っていましたがそれが選ばれました。
この楽器は修理してほとんど弾いていなかったので他のものよりは弾きこみが必要だったそうです。修理でも出来上がってすぐに本領発揮というわけにはいきません。しかし理想的な状態にある楽器は長期的には確かなものです。


このように弦楽器というのはまともに作られていればどれでもちゃんと音が出ます。古くなっていてちゃんと修理されていればより有利になっていきます。しかしみな音は微妙に違います。優劣をつけるのは非常に難しく、好みとしか言いようがありません。

実際はこんなものだということを知っていれば「音が良くなる新技術」なんてのは全く見当違いの発想だと分かるでしょう。近代の楽器はどれも同じように作らていることもあって誰が作ってもちゃんと作れば機能するのです。そのようなことを知らないので天才や巨匠、新技術みたいなものが存在して他を圧倒するような優れたものがあると勘違いしているのです。

弦楽器製造では「どのような好みの人に適した楽器なのか?」という事は考慮されてきませんでした。製造法でも特定の趣味趣向に合わせて音を作り分けることはされて来なかったのです。このような音が好きな人にはまさにぴったりの技術を開発したということは聞いたことがないです。


たまたま日本酒で辛口がどうとか言うことを聞いたので、私は全くお酒には詳しくありませんが、そのような尺度は弦楽器の世界では聞いたことが無いなと思いました。
甘口とか辛口とかそういう尺度が弦楽器にもあったらどうだろうと想像してみました。

甘口と辛口


甘口や辛口のような尺度があれば、甘口が好きな人と辛口が好きな人では同じ楽器でも全く正反対の評価になるわけです。こうなると天才だとか巨匠だとか新技術といっても「好みの問題に過ぎない」ということになります。好きな人には良い音で嫌いな人には良い音ではないということです。

このような見方があるだけでも全く考え方は変わってきます。

お酒であれば糖分がアルコールに変化するのでその度合いによって甘いか辛いかということが数値化できるそうです。それ以外の味や風味によって甘いと感じたり辛いと感じたりすることもあるそうなので数字が絶対というわけでもないそうです。


弦楽器の音でも私などはどんな音かまずは価値基準を含めずに「こんな音か」と把握したうえで、好きな人が多いか少ないかということは言えると思います。しかし少数派が間違っているということは言えません。

ある男性は難聴があってどんなヴァイオリンを試しても高音が弱いのだそうです。大変裕福でグァダニーニなどイタリアのオールド楽器を試しても気に入らなかったそうです。それで選んだのは予算よりはずいぶんと安いヴィヨームのヴァイオリンです。
本人が弾いているのが聞こえてくるとこちらは耳をふさぎたくなるほど鋭い音がします。別の人が弾いたらそこまでひどい音ではありませんが、彼にとっては夢のヴァイオリンです。


このように聴覚には個人差があって音楽という芸術に対する向き合い方も人によって違いがあります。グァダニーニとヴィヨームのどちらが優れているという次元のものではありません。



このようなケースを考えてみると間違いなく「辛口」でしょう。
これは極端な例ですが、同じ音でも耳障りな音と感じる人もいれば力強い音と感じる人もいます。高く評価する人もいればこんなひどい音は最悪だと感じる人もいます。「この」ヴィヨームに関しては辛口のヴァイオリンということになります。ヴィヨームもモダン楽器の中ではとくに有名なもので値段も高いです。フランスの楽器らしく仕上がりも見事ですが甘口が好きな人にとっては箸にも棒にもかからない楽器ということになります。一方フランスのモダン楽器がみな辛口というわけではありません、一つ一つの楽器を試してみなくてはいけません。
ということは他に試したイタリアのオールド楽器は甘すぎたということです。

「ヴィヨームは辛口だ」なんてウンチクは聞いたことは無いでしょう?私が今考えたのですから。


このようなことから考えると刺激的な音がどれくらい含まれているかで辛口ということを考えてはどうでしょう?
黒板をひっかくような音は辛口です。背筋がブルッとするような激辛の楽器も経験しています。

弾いている本人と聞いている人でも音の感じ方は違います。
一般論としては弾いている人はより手ごたえをもとめ、聞いている人は刺激的な音が少ない方が求められていると思います。本人が気に入っていても聞いている方は耳障りだと感じることはよくあると思います。

当然刺激的な音のほうが刺激が少ないものより「やかましく」聞こえます。
嫌な音のほうが強く訴えてきます。逆に考えれば刺激的な音が全くなければ眠くなってしまうかもしれません。弾いていても弱く感じるでしょう。特に未熟な演奏者では刺激的な音が多いほうが音がよく出ているように感じて好まれ、聞いている方にとっては拷問のようです。
教師でも自分の感覚を絶対だと信じている人には自己満足の楽器を選んで生徒に薦める人もいます。

当然弦楽器を買う人の大半はさほど演奏技量があるわけではありませんから刺激的な音の楽器を選ぶ人が多数派になるだろうということは想像がつきます。楽器店を経営するなら刺激的な楽器を多く取りそろえるほうが売れるでしょう。実際長年生き残ってきたワンマン社長などは鋭い音の楽器ばかりをそろえているということはあります。
新作の楽器でもそのような楽器を「すごく音が良い」と買って調整に持ってくる人がいます。初めは良いと思ったけど耳障りでなんとかしてほしいという人もいます。
そのような楽器が50年以上経って目を覚ますとさらに刺激的な音になるでしょう。


また高音と低音でも違います。
高音では刺激はより強く感じられ、低音ではさほど気になりません。
そのため低音がから順番に音を出していくと「これは力強い」と感じた楽器は高音に来るともう耳障りになります。ちょっと高音が鋭いけど何とかなるかと思って楽器を購入すると、一生高音をごまかす調整を欠かすことができません。
逆に高音がシルクのような美音であれば低音はもやっとしたような頼りない音かもしれません。これらを両立するとなると奇跡の名器が必要になります。

どんな楽器が辛口か甘口か


私もいろいろな楽器を日頃から経験していますが、甘口の楽器は少ないです。辛口の楽器は多いです。
技術的な観点からなぜ甘口になったり辛口になったりするかは私にはわかりません。調べても確かな共通点が見出せません。

辛口の楽器のほうが多いということは一般的な方法、一般的な職人が作れば辛口になるということが言えます。甘口のほうが特殊です。そのため辛口の楽器を作る人を天才とは言えません。他に同じような音の楽器を作る人がたくさんいると考えて良いでしょう。

特に辛口なのが多いのは東ドイツのザクセン州で戦前に作られた安価な量産品です。絶対数が多いからということもあるでしょうが激辛もあります。
私は一生の楽しみとして弦楽器を演奏するならよく弾く人ほど一時間当たりの費用は微々たるものになるのでまともな楽器を使ってはどうかと思います。ザクセンの安価な楽器を開けてみるとどれだけひどいかということを知っていて「音楽に費やした時間がもったいないなあ」と思います。音を聞いてみると激辛なのです。

あとはモダン楽器も辛口のものが多いと思います。
先ほど言ったように辛口のほうが主流なわけですからそれが普通ということです。

逆に甘口の楽器は?となるとオールド楽器で癖の少ないものが思い浮かびます。
オールド楽器は作風のバラつきが多いので激辛もあります。
高音までしなやかなものはオールドでなければ滅多にないものです。それでいて反応もよく音も出やすいものは最高だと思いますが、私の好みですかね?

よく名演奏家が使った弦を使いたいという人がいますが、ヴァイオリンのE線はモダン仕様ではみなスチールを使っているので甘口のオールドの名器を使っている人が選ぶ弦と一般的な楽器を使っている人が選ぶ弦は真逆なんじゃないかと思います。「辛口のE線が使える楽器」ということもできるでしょう。激辛の楽器に同じ弦を張ったら大変なことになります。


あとはモダン楽器でも現代の楽器でも理由はわかりませんが散発的に甘口の楽器があります。新しい楽器でできて間もなければ全く弾きこまれていないため「音が弱」いと感じるかもしれません。地味すぎて希少さにも気づかないわけです。


お酒でもひどい安物のどぎつい辛口もあれば、すっきりした上等な辛口もあり、甘口でも後味が悪い安物もあります。単純にどっちが良いというわけにはいかないでしょう。
一般的に非常に安価な楽器はひどい安物の辛口でアマチュアなら甘口の上等な楽器を使うと家族や周りの人からも「良い音ですね」と言われて評判も良いでしょう。
辛口は中級者向きで学生やオーケストラ向きと言えると思います、腕を磨いたり実務で使うには優等生だと思います。さらに上級者になると弾きこなすのが難しい甘口のオールド楽器でないとダメだという人もいます。オールド楽器でもモダン楽器の延長で辛口を良いという人もいます。


私が作る楽器はなぜか甘口


技術的に理由は分からないという話でしたが、私が作るとなぜか甘口になります。
修理でも甘くなります。さっきの学生が選んだフランスの楽器でも私がオーバーホールをしたこともあってヴィヨームの例とは違い刺激的な音はしません。モダン楽器としては甘口の方です。自分が使っていたのはザクセンの上等なものでそれよりも辛口でした。
刺激的な音が強くて困っているのなら私が修理すれば辛さは和らぐということです。逆にしてくれと言われても分かりません。
日本で修理したミルクールのチェロも修理前はかなり辛口だったのがだいぶ甘くなったようです。
今年行ったザクセンのチェロの修理でも結果はザクセンのチェロとしては珍しく中口くらいになりました。

チェロを私が作れば甘口になってしまうでしょう。そのため好みは分かれると思います。

私がストラディバリのコピーを作ると特に甘口になります。
さっきのヴィヨームもストラディバリのコピーですからストラディバリモデルというような表面的な事で決まるわけではありません。ストラドモデルで辛口の楽器はたくさんありますが私が作ると特別甘口になります。


2014年に作ったストラディバリのコピーを改造していましたが出来上がりました。



特別に日本向けに明るめの音にしようということでやや周辺部分を厚くしてありましたが、もっと私の本来の暗い音にしようと思ってすっきり削り落とす改造をしました。


確かにちょうどあった1960年代後半の中級品のヴァイオリンと比べると暗い音になっていました。中級品のヴァイオリンは懐かし感じがします。私が習っていたころの量産品や修業を始めた頃に作っていたヴァイオリンの感じだったからです。そういう意味では今という時代の生活感を感じます。それに対して2014年のヴァイオリンはずっと大人っぽい暗い音で古い楽器をたくさん経験してきたものにとっては重厚な高級感を感じます。オールド楽器と比べても、ものによってはオールド楽器のほうが明るいこともあるでしょう。
中級品は弾いてすぐに音が出る感じですが、ストラドのコピーの方はまだまだ先があって全然弾けてない感じです。イージーな楽器ではなさそうです。



ピラストロの新しい弦

今回は板の厚さも変えて魂柱も駒も新しくしました。弦も使い込まれていたので新しいものにする必要があります。
こんなのは使う人が好きなものを選べば良いのですが、何かは張らないといけません。
初めに使っている人が多いというだけの理由でピラストロのオブリガートを張りました。E線には定評のあるカプランのゴールデンスパイラルソロのヘビーテンションを張りました。カプランにはソリューションというスチールにアルミニウムを巻いてあるものがあって柔らかい音がします。ピラストロには『No.1』という名前のE線が同様のものです。多くの楽器は辛口なのでこれらの巻線のE線は多くの人に従来のものよりも音が柔らかいと好評なものです。
私のヴァイオリンなら強いテンションの無垢のスチール弦でも耳障りな音はしないので張ってみました。強いテンションのE線を張ると他の弦も全体的に明るいと音になります。No.1などはしっとりとしたような音で他の弦も落ち着き鼻にかかったような音も和らぎます。

それに対して
新しく発売されたナイロン弦がピラストロのパーペチュアルです。すでにチェロ用が発売されていました。新しい製品が出るごとに値上がりしていくという見事な商売です。

この前日本とヨーロッパの音の好みの話をしましたが、最近ではとにかく強い音が望まれているということでした。チェロ弦では同社のエヴァ・ピラッチ・ゴールドがふわっと柔らかく明るい響きがボリューム豊かな音なのに対して、パーペチュアルは筋肉質に暗く引き締まった力強い音だという印象があります。それでいて昔のスチール弦の耳障りな嫌な音は軽減されているのが値段の高さに現れています。

A,D,Gをオブリガートから変えてみると強い感じはします。穏やかで丸かった音が鋭く刺激的な音がだいぶ増えたように感じました。やや明るくなったようです。オブリガートが甘口ならパーペチュアルは辛口です。これは弦を張るときにはじいて調弦している段階からスチール弦のような金属的な音がしていました。明らかに刺激的な音が強調されています。
どのメーカーも音量を増せば売れるということからそれをアピールしています。最近の製品では張力を強め響きを豊かにして明るい音になっているものが多いと思います。それに対してパーペチュアルは刺激的な音を加えて「やかましさ」を出している感じがします。

さらにE線もパーペチュアルのテンションの強いバージョンのものに変えてみました。これはプラチナでコーティングされている高価なものです。E線としては従来では考えられない値段です。G線に金(合金?)を巻いてあるエヴァピラッチゴールドの次の製品としてはさらに高価なプラチナです。貴金属店のようになってきました。しかし弾いてみると別にこれでなくてはいけないという感じはしませんでした。値段を考えればおなじみのE線で良いと思います。
再び1週間後にゴールデンスパイラルソロのヘビーテンションに戻して弾いてみると今度はオブリガートとの比較ではないので刺激的な音という印象はそれほど強く感じなくなっていました。しかしやはり鼻にかかった音の傾向はあります。E線はとても柔らかい音で私が作るストラディバリのコピー独特の音です。それがこの楽器の他のものではめったにない特徴と言えるでしょう。楽器全体としてもストラディバリらしく室内楽的なスケールの小さなものではなくキャパシティの大きなものです。板を薄くしたことも貢献していると思います。

プラチナのE線に加えてパーペチュアルではスチールのA線もナイロン弦のシリーズでは珍しく用意されています。明らかに強い音を目指して作られていると思います。スチール弦はチェロでも研究に力を入れている分野です。


これの前に発売されたエヴァピラッチゴールド、ダダリオのカプラン、ラーセンなども最新の製品を出していますがいずれも明るい音です。オブリガートほどではないにしてもそれらに比べれば落ち着いているように思います。一方で刺激的な成分をずっと多く感じます。そのためキャラクターとしては「やかましい」という方向になると思います。甘すぎるというケースでは不満は解消できると思います。面白いのはE線だけ違うものを張こともできるという点です。楽器自体が辛口ならE線は特に辛口ですから金属巻のE線でごまかすのが精一杯ですが、楽器自体が甘口で高音は柔らかくても低音が弱いというのなら何とかできるということです。GとDのみをパーペチュアルにしても面白いかもしれません。チェロでは低音の2弦を鋭い音のものにする組み合わせがよくあります。

そもそも甘口が好きな人は用がない弦かもしれません。
鋭く強くというのではなくて張力の弱いガット弦を豊かに鳴らすという方法もあります。
これだけ近代的に組織された弦メーカーが新製品を開発しているのにガット弦の方が良いとかバロック楽器の方が良いと言っている人もいるのです。好き嫌いの範疇でしかありません。

甘すぎて不満な人か、何がなんでも強い音という人に向いていると思います。

弦楽器の甘辛度

甘口や辛口というのは最近私が思いついたことなので店に行って店員に話しても通じないでしょう。気を付けてください。

しかしこのような考え方ひとつでも見方はガラッと変わると思います。
「高価な楽器=良い音」というイメージを未だに持っている人がいるかもしれません。イタリアの楽器に限って新作楽器以上のものを求めると次はモダン楽器で500~数千万円します。このようなモダン楽器には辛口のものが多くあります。しかしオールド楽器には甘口で豊かに鳴るものがあります。以前紹介したドイツのブッフシュテッターなどは500万円くらいのものですがモダン楽器の鋭さとは全く違います。癖のない上等なオールド楽器の甘口です。

ものによっては辛口のイタリアのモダン楽器の音とザクセンの量産楽器の音は紙一重だと思うことがあります。偽造ラベルが貼られていても音だけでは気づかないです。値段だけで音が良いと信じないように気を付けてください。
また、フランスの楽器ほど鳴らないのでイタリアの楽器は甘口と感じこともあるかもしれません。甘党の人にはある種のフランスの楽器は「鳴りすぎ」ということですね。鳴りすぎない楽器はずっと安い値段でイタリア以外にもあると思います。


いずれにしても重要なのは甘口か辛口のどちらかが良いのではなく自分にとってちょうどいい線を見つけることです。
とかく日本の男性は「甘口なんてのは女子供のものだ」と刷り込まれているかもしれません。欧米じゃあ男の人が嬉しそうに特大のパフェなどを食べています。
一方ヴァイオリン奏者の女性で男勝りの気の強さの人はチェロやビオラ奏者に比べると多く感じます。控えめの方もお店の人の言うことに流されないで自分の好きな音に自信を持って良いと思います。

辛口の楽器では全体的に力強く感じられますがあまりにも辛口なら高音は耳障りになってしまいます。ちゃんと作られたものなら基本的には優秀ですから高音が許容範囲に入っていればOKというのがちょうどいい辛さです。アルミニウム巻のE線が高音が鋭い楽器の問題を解決するためにカプランではソリューションと名前が付いています。ピラストロではNo.1です。
チェロではラーセンに定評があります。これは寿命が短いものでコストがかかります。次いでエヴァピラッチゴールドでしょうか。
ビオラのA線でもスチールが一般的ですが、カプランのソリューションかカプランのセットのうちのA線でチタン巻のものを使用できます。商品名が変わっていたりしますので注意が必要です。特にビオラ特有の鼻にかかった音がひどい場合に裏技としてピラストロ・トニカのA線があります。これはナイロン弦です。

一方で特別柔らかなE線の高音を求めていれば楽器全体が甘口でなければ得られません。しかし他の弦は手応えが無さすぎるかもしれません。
甘口でも力強さを感じられる楽器があれば最高です。優れた演奏者によく弾きこまれた名器からはそんな音が出ています。ただし値段はとんでもないです。演奏技量もです。予算や腕前に限界があるならどちらかはあきらめることです。

その点に関してパーペチュアルというヴァイオリン弦は甘すぎる楽器に光をもたらすかもしれません。激辛を「こんなの全然辛くない」という人にとってもです。


先ほどのストラディバリのコピーはわけがあって改めて所有者を探すことになりました。日本に持って帰って皆さんに試してもらえる機会を作りたいと思います。これから予定を立てていきます。










ヨーロッパでは生活に密着した現実的な普通の職業の弦楽器職人ですが、ファンタジーの世界の職業のようなイメージを持っている人もいるかもしれません。
現実の職業として見たときどんなものなのか考えていきましょう。


こんにちは、ガリッポです。

初めてヴァイオリン工房を訪れた人からは「素敵な職業ですね」と言われます。
弦楽器を習い始めた人たちはこれから足を踏み入れていく世界に夢と希望を持っています。ベテランの人たちはこんな気持ちは忘れているでしょう。

素敵な職業ということは私もそう思って始めて夢中になって行ったわけですが、ステーキならともかく「素敵」ではお腹はいっぱいになりません。

職業の選択について人それぞれいろいろな価値基準があると思います。
「そんなのはお金が一番に決まっている」という意見もよく聞きます。そこで「ヴァイオリン職人の職業は儲かるのか?」となると「儲けている人もいるし、儲かっていない人もいる」という他の職業と同じ答えになります。

当然安く仕入れたものを高く売れば儲かります。
そのような業者はおなじみです。楽器業界でも「そんなのはお金が一番に決まっている」という人が多数派だからです。
業界特有の方法としてはごく普通に作られたものを「天才職人の逸品」と大げさに紹介するのはいつものことです。
偽造ラベルが貼られるのもいつものことで流通している楽器の90%が「ニセモノ」と考えて良いでしょう。

もう一つは従業員の給料を減らすことです。一般的には非正規雇用などがありますが業界特有の手法としては「弟子」という一般の人からは闇の雇用形態です。
ヴァイオリンの演奏を習うなら生徒ですからお金を払って勉強します。従業員は労働ですからお金をもらって仕事をするわけですが、そのために必要な事は教えてもらえます。
それに対して「弟子」というのはもっと古い時代のものです。
日本の場合、住み込みで寝るところと食事は用意してもらえる代わりに師匠の身の回りのことから世話をして秘儀を学ぶというのは落語家などでは今でもあるかもしれません。しかしお客さんの前でプロとしてお金をもらえるような腕前でないのなら「働く」ということすらできません。師匠の機嫌ひとつで「お小遣い」とか「お年玉」とか貰うことになります。職人の世界でも昔は丁稚奉公などと言って勉強させてもらって「のれん分け」を受けて一人前になったのでした。

これは当然雇用契約ではありません。雇用契約を結べば最低賃金のようなことが生じます。時間給を払わなくてはいけません。

そういう意味では「弟子」という関係なら給料すら払わなくても良いということもできます。一方弟子の方もそれだけの旨味を求めます。「有名な師匠の元で修業した」と肩書きが付くことで箔が付くと考える人もいます。クレモナに留学した学生では就労ビザはありませんから働くことはできません。日本で有名なクレモナの職人に師事したといえばそれが何日であっても肩書きがものを言います。そうなるとwin-winの関係になりますから無償労働も成立します。優秀な日本人学生に楽器を作らせて日本で売れば給料はタダですから儲かります。日本人のユーザーはイタリアの巨匠の楽器と思って買ったのが日本人が作ったものだったりするかもしれません。結果論から言えば優秀な日本人が作ったので物自体は良いものだったということになるかもしれません。最近は中国人がたくさんクレモナにいると言いますから中国人の手によるものかもしれません。それでもイタリア人よりよくできているかもしれません。

チェロなどを作ろうと思ったらすごく時間がかかります。多忙な職人がたくさん作れるはずがありません。東京のお店に同じ作者の楽器がいくつもあるとしたらおかしな話です。つまり自分で作っていないということです。

このようにして作られたクレモナの楽器を日本の楽器店が彼ら以上に利益を載せて販売するわけですからクレモナの実業家の職人と日本の弦楽器店の間でwin-winです。

さらに弦楽器店は教師が生徒に楽器を薦めてもらう代わりにリベートを支払います。教師も楽器店もwin-winです。

当然限られた選択肢から楽器を購入せざるを得なくなるのはエンドユーザーです。
このように企業努力をしてきたわけです。


「儲かるか儲からないか」という疑問に関しては「やり方による」という答えになるでしょう。こうなった時に「素敵な職業」というのは間違いだったということになるかもしれません。


楽器の売買のむずかしさ


楽器の売買で難しいのは「人によって好みが違う」ということです。
いかにうまく作られた楽器であってもそれを好きだという人もいればあまり好きではないという人もいます。
なぜかわからないけど弾きやすいとか、弾きにくいと感じることもあります。それが人によって全く違うのです。
私は技術者として問題のあるおかしなものは避けたり修理したりします。しかし万全を期しても人によって反応は違ってきます。

弦楽器を資産として考える人もいます。古い楽器の相場は常に右肩上がりで下がったことがありません。そのためリーマンショック以降確かな資産として注目されています。
しかし、弦楽器の資産としての流動性は低いと覚悟しておいた方が良いと思います。不動産に似ています。土地には価値があり、場所などの条件によって資産価値は生じます。しかし意外と町のど真ん中に廃墟のようなものが残っていたりします。使い道が無いと買い手がつかないのです。

同様に弦楽器も資産価値を数字で表現できても「その楽器を弾きたい」という人がいなければただの数字にすぎません。

ただ近年このように考える人が多くなれば自分が演奏するためでなく楽器を購入する人が後を絶たないようになり流動性は高まるでしょう。楽器の演奏とは縁のない成金の人たちが新たな顧客となっていくでしょう。

そして本当に良い楽器が必要な人が使えなくなってきています。
そのため当ブログでももはや有名な作者の楽器について知ることは演奏者にとっては縁のない世界の話で、値上がりしすぎた結果、少なくともコストパフォーマンスは最低です。同じ値段なら他にもっと良いものがあるかもしれません。現実的に「使える楽器」を中心に紹介してきています。


このように楽器は一つ仕入れて一つ売れるかというとそうではありません。
演奏者はいくつもの楽器を弾き比べて気に入ったものを選びます。そのため一つしか楽器が無いとなるとお店にお客さんは来ません。お客さんの好みに合う楽器を確保するにはそれ以上の数の楽器が必要になるということです。場合によっては何十年も売れない楽器もあるかもしれません。そうなると仕入れの費用が取り返せません。

ファミコンなどの昔のテレビゲームの中古ソフトが1000円くらいで売られているとすると資産価値としては1000円くらいです。
しかし実際に買い取り業者に持っていくと10円とか20円とか言われることがあります。それを1000円くらいで売っているとしたらなんというボッタクリだと思うかもしれません。しかしファミコン本体を持っている人が少なく買う人がめったにいないはずです。断ることなく買取を続けていれば店はファミコンのカセットでいっぱいになります。一つか二つだけ在庫を置いてあとは買い取らないと決めればもう少し高い値段でも良いかもしれません。必ず買い取るということになると10円20円になってしまうのも無理はないでしょう。

つまり希少金属とか有価証券と違って必ず買い手が決まるわけではないということです。
業者が300万円で売っているヴァイオリンでも同じ業者に買い取ってもらおうとすればはるかに安い値段でしか買ってくれません。ヴァイオリンを資産として考える場合とても危険なことの一つです。他にも「偽物」、破損や紛失などのリスクもあります。


要するに弦楽器の演奏している人が限られているという事です。
その中でも稼いだお金の大半を楽器につぎ込むという人も多くは無いはずです。一度買った楽器を何十年でも使うことができます。


弦楽器というのは誰にとっても良い楽器というのはありません。
そのため業者はあたかも誰にとっても優れている「巨匠」とか「天才」とか「評価が高い」とかそういう楽器があるかのように思わせることがビジネス上必要になってくるわけです。
「楽器を売るのは難しい」と言っても日本の場合、有名な作者のものなら売るのはとても簡単で作ってもらえることが分かればその時点で買い手がつくほどだそうです。それに対していかに優れたものでも有名で無いものははるかに難しくなります。

消費者の方も自分の好みを持っていなかったり、初心者にとっては「良いものを買った」と思い込みやすいので需要があります。それであとで音に不満を持つようになるのです。

丁寧に仕事をするほどもうからない

職人の手作業について言えば作業に時間をかけるほどコストが高くなります。それにたいして、大半のお客さんは値段が安い方が良いということになります。

安い代金で仕事を丁寧にやっていれば儲かりません。
高い代金で仕事を雑にやっていれば儲けは多くなります。


いくら仕事熱心だと言っても一日にたとえば40時間仕事するということはできません。根性が足りないという人もいるかもしれませんが時空を捻じ曲げることは人間では無理です。
また過労は仕事の質を落とします。疲れていれば集中力が散漫になり寸法を間違えたり手元が狂ってしまうかもしれません。休養も仕事に質を維持するために必要となります。


丁寧に仕事をするほどもうからないのです。


丁寧な仕事が評判となり高い作業代を払うお客さんが多くなれば収入も増えるでしょう。しかし評判を高めるために仕事を丁寧にするというのは効果的な方法ではないでしょう。人はもっと派手なものに注目するからです。さっきの「誰かの弟子」とかメディアに取り上げられたとか、名演奏者が絶賛したとか・・・そのような売名行為の方が効果的です。そうなると丁寧に仕事をする必要もありません。名演奏者に取り入って都合のいいことを言ってもらってメディアに取り上げてもらう…そんな能力と努力と資金力が必要なのです。だから職人の仕事を丁寧にしているような人は儲からないというわけです。

職人が集まるような機会があっても集まる人数が多くなるほど、楽器についてとか作業についての話は減っていきこのような話が主流になっていきます。職人の中でも楽器や作業に興味が強い人は少数派なのです。


これが現代の産業なら、工場で設計したものと同じものを大量に生産します。優れた製品であればたくさん販売することができますから特許を持っている人は大きな収入が得られます。しかし楽器を自分が一人で作るのならいかに優れたアイデアでも自分が作業して作れる量しか売ることができません。ヴァイオリンを作るには1~2か月はかかりますから1.5か月と計算すると年間に8本しか作れません。その一方で50~100年位前に作られた楽器は新しいものに比べると音が出やすくなっていて特別な音の好みを持たないなら新作楽器よりも優れています。そのような楽器もよほど有名でなければ100万円を超えることはありません。
日本で日本人の作者が作ったものは100万円くらいで売られていると思います。すべて売れたとしても工房の維持費など経費を差し引いたとしたら大した年収にはなりません。


短時間で楽器を作れるのが腕が良い職人だということもできます。
それでやってきた職人なら弟子にはとにかく早く作ることを叩きこむことでしょう。工場などでもベルトコンベアで次々と製品がやってきてすばやく作業しないとそこで溢れてしまいますから速さは求められます。

私は凝り性なので慣れて作業が早くなる一方でどんどん手間を増やしたくなってしまいます。趣味で模型を製作するのなら早く作ったなんてことは自慢にもなりません。細部まできっちり作ってあれば称賛されます。


職人には「お客さんが気付かない程度で雑な仕事をして平気でいられる才能」が求められるのです。
私は職人には向いていないのでしょう。

素敵な職業?

「ヴァイオリン職人として最も重要な資質は何か?」という問いに対して「イタリア人であること」という答えに業界関係者なら異論はないでしょう。
イタリア人で雑に仕事をすることが平気で、売名行為に喜びを感じる人は間違いなく「天才職人」です。それをハイエナのように食い物にすればさらに儲けることができます。


それでも私は「素敵な職業」ということを否定しません。
私にとって至福の時というのはこのようなことは一切忘れて作業に没頭している時です。日頃することが多くて楽器製作が中断することが多くあります。楽器製作が始まると他のことは一切忘れてすぐに時間が過ぎてしまいます。
何百年という歴史の中で美しい楽器を作ることに喜びを見出した人たちがいました。そのような楽器を見ていると背筋が正される思いです。タイムスリップして過去の時代に自分が生きているイメージになります。
神経を集中して刃物を研ぎ、鋭い切れ味でサクッと木材を切り落としていくだけでもゾクゾクする気持ちよさがあります。美しい形が浮かび上がってくる時喜びが湧いてきます。出来上がった時の音をイメージしながらああでもないこうでもないと考えていくのもワクワクするものです。アンティーク塗装では模型を作っているような面白さです。

音のことになると本当に難しいです。
最善を尽くした結果味わい深い音になったり、お客さんに喜んでもらえた時はさらにボーナスです。楽しんで仕事をした上に人の役に立つのですから。お客さんの素晴らしい演奏を聴くのも励みになります。自分の仕事の後で演奏が上達していればわが子の成長のようにうれしいものです。


「弦楽器というものは素敵なものだ」という思いを忘れないで高めていくことが弦楽器の発展につながっていくのだと思います。そう思ってやってる職人もいるということを知ってもらいたいです。

大儲けできないとはいえ、仕事が無くて暇を持て余すことはありません。
やることは山ほどあります。良い仕事をしていれば食うに困ることは無いでしょう。
幸いにも趣味や娯楽にお金を使う必要がありません。仕事が趣味みたいなものなので。



体に不調があれば病院に行くわけですが、受診が遅れたことで重病が放置されるケースもあれば病院に行ったら待っている他の患者さんがとても辛そうで自分程度では来るべきじゃなかったと思うケースもあります。どうなったら病院に行くべきか素人には判断が難しいところですが、同様にどのような場合ヴァイオリン職人のお世話になるべきかは初心者には不安なところです。職人さんは頑固で敷居が高いというイメージを持っている人いるかもしれません。


こんにちはガリッポです。

勤め先でも初めてヴァイオリン職人の工房を訪れる方々が毎週のようにやってきます。とても現代の商業施設とは思えない工房の様子に驚かれます。

一般的には音楽教室や学校、個人でやっている先生などに習って弦楽器を始めます。先生の紹介などもあって楽器店を訪れることがあります。最近ではインターネットで安価な楽器を買ったところ使い物にならないので何とかしてもらえと先生に言われてくる人もいます。
日本の場合には高校や大学の部活やサークルから始めるケースもあります。

個人のヴァイオリン職人は大きな店を構えていることもなく繁華街の一階や商業施設に店を構えておらず特に日本の都市では「マンションの一室」みたいな工房がよくあります。
本格的に音大などを目指している学生などはこのような職人のお世話になっていることは珍しくありません。

全くの初心者がいきなり職人の工房を訪ねるのは敷居が高く感じるかもしれませんが、大きなお店などに行く前に「これからヴァイオリンを始めたいんですけど…」と相談するのがベストだと思います。

日本の場合にはピアノや管楽器に比べて弦楽器の人口は少なく大きな総合楽器店では弦楽器に精通している人がいない店が多いです。
また大きな弦楽器専門店も月の売り上げ目標を達成するため数をさばくような商売の仕方で「クレームが来たら直す」というスタンスで一つ一つの楽器を丁寧に調整してあるというものではありません。私たち職人も生活のためということがない限りあまり就職したくないところです。そのため働いている職人も人生をかけて道を究めようというような人達ではありません。相手は営業のプロですから素人が買いに行ったら足元を見られます。

上級者は使いやすい状態に調整してある楽器を使っているのに対して、初心者が使いにくい楽器から始めるというのは余計に大変です。

弦楽器がとてもデリケートなのは基本設計が500年も前のものだからです。


弁護士事務所と違ってヴァイオリン職人は相談するだけでお金を取るということは普通しないと思います。ヨーロッパならどこの街にも何件かヴァイオリン工房があって、大きな街なら何十件もあります。日本の場合演奏者人口が少なく身近に無い場合も多くあり弦楽器に対するイメージも現実離れしています。

当ブログでは現実的な話も取り上げて肩の力を抜いてもらいたいと思っています。


楽器の演奏を習う前に職人の元を訪ねるのなら演奏や知識が未熟であることを恥ずかしく思うこともありませんし、評判の良い先生も紹介してくれるかもしれません。
職人は珍しいので普段から通りすがりの人がやってきたり、新聞やテレビなどから取材を受けることがあります。未経験の人に説明するのは慣れているはずです。

お店に行くとまず「どこの国の製品か」ということを言われます。国によって品質や性能が違うのではないかと思うかもしれません。
職人は大きな楽器店で買った楽器の修理の仕事を常にしていますから品質が悪いものが分かっています。そういう意味でも先に行ってどんなものは避けた方が良いか聞けるかもしれません。

個人の職人でもメーカーや商社から楽器を仕入れて調整して販売してくれる人はいると思います。大きなお店のようにずらりと在庫は並んでいませんが職人の目で見て楽器を選んで調整してくれるものなら初心者にとっては確実なものです。

もちろん職人は癖が強くて、いろいろな人がいるので当たり外れが大きいということは言えます。
きちんと修業した人もいれば独学のように素人のまま始めている人もいます。
そこが難しいところです。


最近は機械の性能が良くなっているので、機械で作られた安価な楽器の品質は良くなっています。大きな楽器店でもそんなに悪くないものが売られていると思います。

我々もいろいろなメーカーや商社から楽器を仕入れていますが、楽器の質に全く興味のない業者もあります。

ヴァイオリン職人の仕事

弦楽器にふれたことがない人なら、ヴァイオリン職人はせっせとヴァイオリンを作っていると思っているかもしれません。

しかしヴァイオリン職人と言っても、自動車なら自動車産業全体まで仕事の範囲が及びます。
弦楽器の演奏者の人口は自動車を利用する人の人口に比べるとはるかに少ないためそれぞれの仕事を専門の人が担当したり、専門の会社が担当することができません。
多くの仕事を職人がしなくてはいけません。

病院に行ってもいきなり医者に会うのではなく、受付をしますが、ヴァイオリン工房では受付の事務員を雇うほどの余裕はないかもしれません。事務員、看護師、医者など病院でも役割分担がありますが、健康保険のように弦楽器で保険に加入している人が少なければ高額な修理代はすべて自己負担になります。高額な修理代を請求することができないのであれば補助のための人を雇うこともできません。

自動車メーカー、販売店、整備工場、中古車店、輸入業者、クラシックカー専門の店や整備工場などいろいろな業者に分かれています。販売店はメーカーごとに分かれています。自動車の部品は皆別の下請けの会社が作っていてブランド名が付いているメーカーは組み立てているだけです。

それぞれの会社の中でも役割が分かれています。自動車メーカーでも設計を担当する人と製造を担当する人、製造でも場所ごとに別の人が担当します。製造設備を担当する人もいれば、働いている人の健康管理の仕事をする人もいます。広告や営業などありとあらゆる職種があるでしょう。自動車の塗料は塗料メーカーが作っていますが、弦楽器では職人が自分で作っています。


ヴァイオリン職人はそれらをすべて一人でやらなくていけないほど小さな規模の産業なのです。

一方でメリットもあります。
大きな会社の従業員や下請け企業の従業員の生活を支えるためには「最大公約数の製品」を作る必要があります。多くの製品を作り多くの人に販売するため、一部の人だけが作っていて違いが分かるようなものは作れません。

かつてヨーロッパでも弦楽器製作は大規模に産業化されました。例えばドイツのミッテンバルトでは工場で大量に楽器が製造されましたが分業化され職人は自分の担当する工程しかやってことがなく、自分一人では楽器を作ることができなくなっていました。

弦楽器というのはそれぞれの部分が相互に作用することによって楽器特有の音を生み出します。しかし部品ごとに違う人が作っていれば意味も分からずに一ついくらと単価のために、なぜかはわからなくても怒られない程度に出来るだけすばやく仕事をして数をこなすことが目標となります。
そうやって作られたものが組み合わされて製品になるわけですが誰も音について責任を負う人がいません。
そのため大量生産の弦楽器を買う時にどの国やどのメーカーの物かを考えても意味がないのです。特定の音になるように作っていないのですから。


そのような反省からミッテンバルトにはヴァイオリン製作学校が作られ今では一人の職人が楽器を作れるように教育がされています。
それでも「マニュアル化」された楽器製作法を教える事しかできません。
現役の職人はそれぞれ自分の考えや経験がありますがマニュアル化できるのは「平均」的なものです。

楽器製作には500年の歴史があり、数えきれないほどの職人が様々な楽器を作ってきました。それらは皆微妙に違いマニュアルとして数値化、理論化できない要素が詰まっています。昔の人は自分の感覚を頼りに作っていたからです。

これら昔の楽器を調べていけば一人の人間が試行錯誤するよりはるかに多くの経験をすることができます。そのため楽器を製造するだけでなく古い楽器について調べることも重要です。修理をしているとより詳しく見ることができます。一方欠陥や傷みやすい部分も分かって自分の楽器作りに生かせます。

学校でマニュアルを学んだから自分の楽器は優れているとうぬぼれていると、演奏者から過酷な現実を突き付けられます。他の楽器と弾き比べたときにさほど大したことがないのです。
様々な他の楽器と比較されることがとても重要な経験です。新しい楽器だけではなく古い楽器も重要です。

このように一人の人が限られた領域だけの仕事をするのではなく、幅広くすることによって微妙な「感覚」のレベルで楽器を作ったり調整したりできるようになります。それは微妙すぎて他人にマニュアルで指図することができないものです。それがメリットでもあります。

一般的な産業なら

お客さんの声→販売店→メーカーの営業→商品企画→設計→製造

という風に多くの人に「言葉」で伝えていく必要があります。もちろん一人の声を聴くことなんてできませんから平均化されたものです。これだけの人数になると伝言ゲームでさえ難しそうです。

もし一人の職人なら弾いているお客さんの顔を見て表情が曇っているようなら失敗作だし、思わず笑顔になれば成功です。成功した楽器の作り方を次の楽器作りに生かせばいいのです。

このようなメリットを生かしている職人ばかりではありません。伝統的な職人の世界で生きていくのは全く違うものでした。今日では考え方を変えてユーザーにフレンドリーにならなくてはいけません。お客さんに説教する人までいるのですから困ったものです。

楽器職人の専門分野

病院なら内科や外科など専門分野ごとに分かれていますが、楽器としてみれば弦楽器の中でもさらに擦弦楽器という専門分野です。
ギターは撥弦楽器ですから他の専門分野ということになります。撥弦楽器はギターのほかリュートやテオルボ、マンドリンなども含まれます。チターと呼ばれる楽器もオーストリアや南ドイツにはあり、ヨハン・シュトラウス2世の『ウィーンの森の物語』で使われています。琴の一種ですね。これらは弦をはじいてならす楽器です。

擦弦楽器はヴァイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスがメインです。
ビオラ・ダ・ブラッチオやビオラ・ダ・ガンバ、ビオラ・ダ・モーレ、ヴィオローネなども入りますが演奏者の人数はきわめて少なく私も作ったことはありません。親方や先輩は作ったことがあります。多少のメンテナンスくらいはやっています。
このようなコントラバスを除くヴィオール族の楽器は「古楽器」という扱いでさらに専門的な分野です。

コントラバスを専門に作ったり修理しているメーカーもあります。
一般的にヴァイオリン職人でコントラバスを作っている人は少ないでしょう。大きな規模の工場で作られることが多いです。
擦弦楽器は多くの場合クラシック音楽のジャンルで使われますが、コントラバスになると吹奏楽やジャズ、ロックンロール、民族音楽など幅広く使われます。アメリカではヴァイオリンもフィドルとして民族音楽に使われます。エレクトリックヴァイオリンもあります。

ヴァイオリン族の楽器でもバロック楽器というものがあります。
これは1800年頃にモダン楽器が考案される前のスタイルのものです。私はわりと詳しい方で自分でも作ったことがあります。


弦楽器職人でもいろいろな楽器があって演奏者が少ない楽器や大きな楽器ではより専門化して詳しい職人もいます。


さらに別の職業で弓職人というのがあります。
弓の製造を専門に行う職人で修理や鑑定も重要な仕事です。材料は入手が困難なものも多くそちらのノウハウも必要です。
ヴァイオリン職人でも日常的な弓のメンテナンスや修理はやっています。弓の毛は消耗品ですので交換が必要でヴァイオリン職人の仕事の一つです。弓職人はもっと複雑な修理を担当する事になっています。


これは現在のことで昔は幅広くいろいろな楽器を作ったりしていました。ストラディバリもハープやリュート、ギターも作っていました。ドイツのオールド楽器のラベルには「リュート&ヴァイオリン職人」という職業名が書かれています。
私の勤め先でも創業者の職人はギターも作っていました。
個人のキャリアや興味関心によって兼任していることもあるでしょう。

今では高度に専門化していると考えて良いでしょう。
ギターが壊れたらギター職人、ヴァイオリンならヴァイオリン職人のところに行くべきです。大きく違うのはギターはポピュラーミージックで使われることが多く大規模なメーカーがいくつもあり産業化されているところです。そのため楽器や消耗部品などの値段がずっと安いのです。ヴァイオリン職人の手法では高くなりすぎてしまいます。
もちろんギターでも高級なハンドメイドのギターを作ったり修理する職人もいるし歴史的に価値のある古い楽器を修理する人もバロックギターや古楽器などに精通した人もいるでしょう。

どのメーカーの楽器でも販売修理

特に修理で取扱いメーカーが決まっているということはありません。交換部品などはメーカーによって用意されているわけではなくどのメーカーの楽器にも共通の荒加工されたものを楽器ごとに合わせて加工します。駒が壊れたとしてもそのメーカーに変わりの駒を注文することはできません。表板のふくらみのカーブに合うように駒を加工してピッタリに合わせ、弦の高さが指板と合うように高さも加工します。

このようなことは初心者なら知らないのも無理はないのですが、教師などでも分かっていなくて壊れた駒を送ってきて「同じものが欲しい」ということがありました。ヴァイオリン本体が無いと駒を用意することはできません。

私たち職人はあらゆるメーカーのものを修理しなくてはいけません。それが現代のものだけではなく200年も300年も前のものも修理しなくてはいけません。

自動車の修理とは違いメーカーがストックしてある部品を取り寄せて交換すれば終わりというのではなく、部品から作らなくてはいけません。しかし自分で楽器を作っている職人なら部品から作ることができます。300年前の楽器を修理するには300年前と同じ技術が必要だということです。

当然このように部品から作るような修理になるので値段は結構なことになります。しかし弦楽器の耐用年数は非常に長くそのような修理をするだけで何百年も使えるということもできます。

具体的な仕事について次回

楽器だから似たようなもんだろうとウクレレを持ってこられても私にはわかりません。木工はできますから壊れた場所は直せますがどうなっていなくてはいけないのかが分かりません。

モンゴルの馬頭琴とか中国の二胡とかアジアにも擦弦楽器があります。たまに珍しい楽器が持ち込まれることもあります。弓ではなくてハンドルを回して音を出すハーディ・ガーディという楽器もあります。アコーディオンが普及するまではヨーロッパでは広く使われていたものでたまに見ます。

あと珍しいのはノコギリを楽器にするものです。
ミュージックソーとして普通に売られているものです。

しかし一般的にはヴァイオリン職人が作るのはヴァイオリン、ビオラ、チェロまででコントラバスは専門の業者となります。
子供用の小さなサイズも技術的には作ることができますが使用期間が短いため高価なものを買う人が多くありません。そのためこれらは工場で大量に作られているものがほとんどです。修理については幅広く扱います。
ヴァイオリンなどのケースでもちょっとした修理をすることもあります。大手のメーカーなら金具やねじ、弓を固定する部品など交換部品を用意しているところもあります。

他に扱っているものは譜面台とかメトロノームなどもあります、子供用のチェロの椅子もあります。


このように職人の仕事は複雑多岐にわたります。
修業に終わりがありません。そのため人によって得意不得意というのは出てきます。丁寧にきちっと仕事する人は何をやってもそうです。熱心に楽器製造を学んだ人は修理でも熱心に取り組みます。

詳しい仕事の内容は続きます。
近代以降は作られることがほとんどなくなった高いアーチの楽器の音について本当のところは知られていません。前回は板の厚さの話でしたので今回はアーチの話をしましょう。


こんにちはガリッポです。

前回の記事では「明るい音」の話をしましたが、初めてハンドメイドの楽器を買う時によくわからなくて買ってしまう人が多くいます。
多数の専門家に聞けば現代の楽器製作のセオリーにしたがって作られているので上等な製品だということがお役所的な意味で言えます。
しかし弦楽器というのはもっと深く追求していく可能性のあるものです。

経験の豊富な人がそんな低い次元で楽器を選ぶということは無いでしょうから初心者向けの内容ということになります。

うちの店の常連の音大のヴァイオリン教授の一人はものすごく暗い音のテストーレ、もう一人はこちらも暗い音のリュポーを使っています。テストーレは表板が2mmにも満たない極薄でチェロによく発生するウルフトーンが出ていたほどです。ウルフトーンとはビブラートをかけたように特定の音だけが震える現象でヴァイオリンではまず無いです。リュポーの方は完全にソリスト向きのスケールの大きなものです。彼らの演奏を聴いていたら暗い音の楽器が悪いなどと言う気にはなれません。
イタリアのオールドやフランスの一流の楽器を買う人は選択肢に新作のような明るい音の楽器は初めからありません。そのため暗いからこの楽器が良いという意識は無いかもしれません。
オールドの中で明るい音の楽器を選ぶことはあるかもしれません。その人の意識としては「明るい音の楽器」というわけですが、オールドの中ではというだけの話です。


新作の明るい音の楽器を調整で暗くすることはまず不可能です。買ってしまったら板を薄くする改造以外ではどうにもなりません。何もしなければいろいろな部分がヘタって来て少し落ち着いて来るでしょう。しかし消耗部品を交換すれば新品の時のような明るい音に逆戻りです。鳴りっぷりは良くなっても音色は50年くらいではほとんど変わらないと思います。

一方暗い音の楽器は多少何とかすることができます。高音は弱い傾向がありますからヴァイオリンなら強い張力のE線、響きの豊かなA線などを選ぶことによってもバランスを整えることができます。明るい音の弦のセットも種類が豊富です。駒を厚いものにするとか魂柱を駒に近づけるとかとにかくいろいろな可能性があります。しかし逆は難しいです。薄いと板自体の特性としては暗い音になるわけですが響きが加わるとニュートラルに近づいていきます。新しい楽器なら弾きこみによっても響きが増してくるでしょうし全体的にも強くなってくるでしょう。

なお、駒は薄くすると耐久性が落ちます。扱いに慣れている人なら良いのですが初心者などでは厚くせざるを得ません。それでも薄くできるのには限界があります。大量生産品で初めについている駒は分厚いものが多いです。弦がかかる一番上だけ薄くしてあることが多いです。ヤマハの中国製のものでもそうでした。もう少し薄くすれば反応も良くなるでしょう。逆に音が鋭い時は厚めにすれば穏やかになるはずです。しかし同時に明るくなるでしょうから元々明るい楽器ではさらに明るくなります。そういう意味でも暗い楽器なら選択の幅が広がります。


先週は夏のような気温と日差しでしたが、秋は確実に迫っています。

どんぐりが落ちていました。
どんぐりや枯葉とにヴァイオリンの色が似ています。
どうやらヘーゼルナッツみたいなもので殻を割れば食べれるそうです。
自然界にはよくある色で人工的な光があふれている現代には安らぎを感じます。
2014年にストラディバリを模して私が作ったヴァイオリンですが板を薄くする改造を施してクリーニングし消耗部品を交換すれば4年前の製品でも色あせることはありません。「日本人のために」ということで控えめにしていた板の厚みも容赦せず薄くしこの改造によって音色も一段と枯れた味のある音になったことでしょう。きれいなヴァイオリンの手入れをするのは楽しいものです。またアンティーク塗装の楽器ではこのような改造もできますが、ピカピカの新品の楽器では傷がつくのを恐れて手が付けられないものです。次回帰国では日本の皆さんにも試してもらいたいと思っています。

ストラディバリの板の厚さというのはまちまちで、いかに適当に作っていたかが分かるものです。その後の修理によっても改造されている可能性も十分考えられます。しかし結果としてそれで良い音になっているのならそれも正解と言えるでしょう。
保存状態が非常に良い楽器はいくつかあって晩年のものでは板は厚めになっています。特に表板の周辺、f字孔の外側にかなり削り残しがあります。サッコーニもそのあたりをシステム化していますが、それが音の良さの秘訣なのでしょうか?私も何度か再現したことがありますがあまりいい結果を得たことがありません。サッコーニの教えに心酔したビソロッティもサッコーニのシステムをそのまま使っていて現代のクレモナの基礎の一つといえるでしょう。ビソロッティも日本には使っている人がいて明るい鋭い音になっています。

一方最近買った本では1690年作のメディチ家のヴァイオリンについて詳しく書かれています。この楽器も極めて状態が良いもので家宝とされてきたものです。早い時期のストラディバリはやはり板は薄くて表板はフランスの19世紀前半のモダン楽器とそっくりです。もちろん逆でフランスの人たちが研究したのだと思います。裏板も同様ですがフランスの楽器なら魂柱の来る位置を除いてごっそり薄くしてあります。そこまで突き詰めているという感じではありませんが、現代ならかなり薄い方でアマティのものとよく似ています。1690年のストラディバリはアーチも含めてクレモナ派の特徴を色濃く示している例といえるでしょう。私が作ったのは1708年のものから型を起こしたものでそれはちょうど間の時期に当たります。まだ仕事のタッチにはアマティ的な雰囲気があります。ひさびさにf字孔などを見ると現代のストラディバリモデルとちょっと雰囲気が違ってそれっぽいなという感じがします。私もf字孔がまずまずの形にできるようになったのは最近のことです。
300年も経てば木材も古くなり各部がくたびれていて、一流の演奏者によって使い込まれていることで多少の厚みの差は問題にならないでしょう。
一流の演奏者の演奏を見ていれば全身を使って楽器を弾いていることがよくわかります。楽器にもいろいろな力がかかっているはずです。単に「振動によって・・・」という研究もありますが、一般のアマチュアに比べればはるかに楽器を使い切っていると思います。

しかし新作として作った場合はこのような板の厚さは音に出てくると思います。そのため「オリジナルに忠実だから」と職人は音について自分の責任を放棄するわけにはいきません。



さて、このヴァイオリンでも一般的な現代のものに比べるとアーチは高いものです。それでも私はもっと高いアーチのものを作っているのでそれに比べると「普通」に見えます。
アーチの高さについては私が特に研究している分野でだいぶわかってきました。
フランスで19世紀に考案されたモダン楽器ではとても平らな―アーチになっていました。ニコラ・リュポーなどはぺっちゃんこです。ヴィヨームの初期のものも同様です。

現在の楽器製作でもこれが基礎にあります。いくらかは改変されていて楽器製作を習うときには寸法が決まっていてそれが「理想の高さ」として教わります。
アマティが高いアーチの楽器を作っていて、弟子のストラディバリは平らなアーチを発明したというものです。グァルネリ・デルジェズはさらに平らなものを作ったと習います。平らなほど音量に優れていてストラディバリは音量と音の美しさのバランスが取れていて理想の楽器だというものです。

ところが調べてみるとオールドの作者かなりばらつきがあり特に決まっていなかったということがわかります。
ストラディバリよりも100年前にはアマティ家によって平らなアーチのヴァイオリンが作られています。デルジェズも高いアーチの楽器が結構あって晩年にもあります。ストラディバリも私たちが習ったよりは高いアーチのものが多いです。
様々なアーチの高さのものが世界的な名ヴァイオリニストによって使われているというのが現状です。

このように現在では高いアーチの楽器を作る人は少ないのは、作ってはいけないと教育されてきたからです。作ってはいけないなら作ってみようというのが私の性分です。これはとても難しいもので、平らなアーチに比べてより癖が強く出ると思います。音の個性や当たり外れが大きくなるのではないかと思います。平らなアーチなら誰が作ってもそこそこのものができるという印象です。従って作られた量が少ないので高いアーチの新作楽器がどうなのかというのはデータが不足しています、絶対数が少ないので偶然音が良い楽器に出会う可能性は平らなアーチのものに比べずっと低くなります。高いアーチを作るにはその人の造形センスが露呈します。偉い職人の中にも実力がばれやすい高いアーチを作るのが怖いという人いるでしょう。オールド楽器ではその人の造形センスが個性として出ることで味になっています。よほどひどくなければ音が悪くなるということはありませんが、カッコつけている人にとっては怖れるところです。巨匠としての地位や指導者としての立場を守るために高いアーチを禁止したほうが良いでしょう。


作られることが少ない高いアーチですがどちらも私が作った場合に限定すればフェアな条件と言えるでしょう。
結果から言えば私が作ったもので特に評判が良いのはまっ平らなアーチのニコラ・リュポーのコピーと非常に高いアーチのピエトロ・グァルネリのコピーでした。いずれも板は薄いものです。

私たちは「平らなアーチの楽器ほど音量に優れている」と習います。しかし使っている人の声を聞くと私の作った高いアーチのもので「力強い」と言われます。まずこれが現代の常識とは逆の結果です。広いホールで弾いてもらい一番後ろで聞いた結果ではリュポーのコピーは非常に音量に優れたものでした。高いアーチの楽器でも音量は変わりませんが音は細いものでした。どちらが音量に優れているかで言えばフラットなアーチのものということになりますが高いアーチのものでも音が小さいということは無く枯れた音色ということもできます。同時に現代の教科書通りに作られた板の厚い楽器も試すとこれは子供用のヴァイオリンが遠くで鳴っているようでした。

このことから、高いアーチの楽器は弾いている本人には音が強く感じられるのではないかと思います。
その一方で未熟な人や慣れていない人は高いアーチの楽器に難しさを感じるようです。
フラットな楽器は粘りがあり弓の力加減の許容範囲に幅があるのに対して、高いアーチの楽器は音がうまく出る範囲が狭く「音がつぶれてしまう」ということが起きやすくなるのでしょう。上級者の人なら全く問題が無いので弾きにくいという人がいると言っても分かってもらえませんが、プロのオーケストラの奏者でも自分の普段の弾き方だと音がつぶれてしまうので「こんなのはダメだ」と言われることがあります。
自分はプロだとプライドを持っていて楽器に合わせて弾き方を変えないとダメな楽器になります。

これに対して戦前の古い量産品や戦前のモダン楽器には非常に鋭い音のするものがあります。そういうもので練習を始めたら他の楽器を手に取って弾いたら何でも弱く感じるでしょう。これも慣れの問題で私たちのようにたくさんの楽器の音を聞いていればそれが平均から比べてとても鋭い音だと分かります。子供のころからそのような楽器に昔のスチール弦を張っていたのなら慣れているでしょう。このような楽器はフラットなアーチで作られていて本人に強く感じられ、聞いている人にとっては耳がつぶれるようなひどい音になっています。そういう意味では私が作る高いアーチの楽器は本人には強く感じられても聞いている人には優しく聞こえるものです。このため演奏技量が十分な人にはとても良いものだと私は考えています。これまで言われてきた「高いアーチの楽器は作ってはいけない」というのは教えを信じてしまい検証した人がいなかったということです。

しかし誰にとっても優れたものというのは難しいです。
高いアーチでは個体差が出やすいので私以外の人が作ったら全く違う結果になるかもしません。しかし『作ってはいけない』というのは間違いだったということです。


そういう意味ではこのストラディバリのコピーはそこまで難しい楽器ではないでしょう。板の周辺部が薄くなったことで多少柔軟性が増し、粘りも出てきたと思います。特性はまっ平らな楽器と非常に高いアーチの楽器ほど極端には出ずパッとしないという印象を受けるかもしれません。しかし不具合が出ないようによく考えつくされたものというのはそんなものです。我々の暮らしでも身の回りにあるものはありふれたつまらないものだという印象を受けます。新しいハイテク製品をこぞって欲しがります。ところが実は長い歴史の中で奇跡的な出来事があったり、不具合を地道に改良してきた結果今日まで残っているのです。そういうものの良さを分かるのも物の良さが分かるということでしょう。

このようなことから私はアーチの高さは「何でも良い」という結論を導き出すことになりました。あまり高いアーチになるとさらに音は細くなったり駒の高さやネックの角度などを理想的にするのが難しくなってしまいます。平らな方は限界まで挑戦したことはありませんが、楽器の変形のリスクはあると思います。初め平らだったところに弦の力が加われば表板のは駒やバスバーのところが落ち込んでいくはずですし、裏板なら魂柱のところが突き出てきます。楽器のセンターのところは中の空間に高さがあり外側に行くほど狭くなることを利用してつっかえ棒の魂柱を入れてあります。それが難しくなります。同様のことは台地上になっている高いアーチでも起きます。

まっ平らなアーチの楽器にも良さがあり、高いアーチの楽器にも良さがあるのです。中間が理想とも言えますし、特徴が無いパッとしないものということもできます。


ビオラやチェロでも同様でフラットな楽器で見事な演奏をする人がいるのでこれらを悪いものということはできません。一方高いアーチのものはヴァイオリンに比べると気難しさは少ないと思います。ビオラほどの大きさがあれば十分に粘りがありそこまでピンポイントではないと思います。
弾いている人に強く感じられ聞いている人には優しく感じられるわけですから理想的なものだと思います。

問題はチェロでこれはこれから実験となるわけです。
チェロのほうがはるかに柔軟性があるので平らなアーチで板が薄ければもはや柔らかすぎるのではないかと思います。そのため薄い板なら高めのほうがピリッとして良いんじゃないかと思うのです。


クレモナの1600年代のオールド楽器でもアーチが高くて室内楽用と考えれらてきました。これはモダン楽器の考え方が今でも主流であるからです。現代ではとにかく力強さを求める傾向が強く何かのきっかけで有名になった一部のモダン楽器の値段は近年急上昇しています。確かにモダン楽器には鋭い強い音のものが多くあります。

これに対してオールド楽器は柔らかい美音として年配の人たちは最近の傾向を嘆く人もいます。このように高いアーチの楽器を柔らかくて暖かい音と勘違いしている専門家もいます。私の経験では全く逆です。

実際にはそんな単純ではなく高いアーチの楽器には窮屈で耳障りな音のものもあり、フラットな楽器でも柔らかい音のものがあります。私が作ったものでは中間~やや高めくらいのストラディバリのコピーはいつもとても柔らかい美音になります。なぜかはわかりません。他の人が作るストラディバリのコピーでは耳が痛くなるようなものがたくさんあります。

少なくとも私に限って言えば高いアーチの音はどちらかというと鋭い音がします。チェロやビオラでは難しさも少なくちょっとピリッとしたくらいの方が手ごたえがあって良いということになるでしょう。そもそも私が作る楽器は音が柔らかいからです。ビオラでも鼻にかかったような音はせず素直な音がします。別の職人なら全く別の結果になるでしょう。


このようにこの業界で正しいと言われているようなものは誰も検証したことがないことが多くあります。そのため上等な楽器だと理屈で説明できても自分にとって満足のいくものとは限りません。

前回書きすぎたので今回はこれくらいで失礼します。
それではまた




音について言葉で記述するのは難しいものです。楽器によってどんな音の違いがあるかは自分の耳で経験するしかありません。いろいろな楽器の音を知って聞き分ける耳を鍛えることも演奏技量の一つといえるかもしれません。
それに対して日本では謎の「明るい音」というワードが使われることがあります。今回はこのことからとっかかりをつけていこうと思います。



こんにちはガリッポです。

私はヨーロッパの弦楽器工房で働いていますが、日本では働いたことがありません。そのため日本人がどのように楽器の良し悪しについて考えているかはよくわかっていません。
そのため休暇で帰国するときはできるだけ多くの方にお会いしてお話を伺うようにしています。

日本で職務経験がないということは気候の影響など未知の部分もあって勉強しなくてはいけない部分です。しかし音の好みや楽器選びなどについてむしろ先入観を持たなくて済んだことを幸運だと考えています。


そのような私にとって一番不思議なのは「明るい音」というものです。
私の勤め先で楽器を仕入れたり買い取ったりするとき、試しに弾いて暗い音がした場合に「これは売れるぞ」と職場の一同が感じます。
日本の方で手持ちのヴァイオリンを売りたいという方がいましたが、日本で売ろうとしても業者にはスズメの涙のような額を提示され、委託販売に出しても梨のつぶてでどうにもならなかったそうです。私が音を聞くと「これは売れる」とすぐにわかりました。ヨーロッパに持って帰って修理をして売り出すと半年もせずに売れてしまいました。なぜ売れるとわかったかと言えば暗い音がしていたからです。

このようなケースから考えても日本とヨーロッパでは同じ楽器が全く異なった評価を受けることが分かります。つまり、「世界的な評価」などというものは存在しえないということになります。日本人が絶賛した楽器がヨーロッパでは全く相手にされず、日本で全く相手にされない楽器がヨーロッパでは絶賛されるわけですから。

日本人とヨーロッパ人とどちらが正しいのでしょうか?

個人の好みの問題と私は考えています。
ヨーロッパの人でも日本の人でも自分が好きな音の楽器を使えば幸福だと考えています。

弦メーカーの分析

ドミナントなどを製造しているオーストリアの弦メーカー、トマスティクの人の話では、日本など東アジアでは明るい鋭い音が好まれ、ヨーロッパでは暗い柔らかい音が好まれるそうです。そのためトマスティク社では日本向けとヨーロッパ向け製品で音を変えているそうです。

またピラストロ社は主力のヴァイオリンの高級ナイロン弦に「オブリガート」と「エヴァ・ピラッチ」があります。この二つの銘柄が主力であることは子供用のサイズや素材,ゲージなどバリエーション違いが多くあることからも明らかです。特にオブリガートはヨーロッパでは高級ナイロン弦の定番の中の定番です。通常アルミニウムが巻かれているのに対して、体質によって弦が劣化しやすい人のためにクロム鋼(ステンレスのようなもの)のバリエーションのA線まであります。ユーザーが多いためにそこまで配慮された製品があるのです。

私は当たり前のようにオブリガートを自分が作った楽器に張って日本に持って帰ると日本の楽器店に勤める先輩に不思議そうな目で見られ「何か考えがあってこの弦にしているの?」と聞かれました。わたしは無難にとりあえず一番メジャーな弦を張っただけです。しかし日本では特殊なマニアックなチョイスに見えたようです。
このブログの読者の方もマニアックな方がいらっしゃるのでオブリガートは好きなほうだと言われる方にお会いすることがよくありますが、一般的には使ったことがある人は少ないでしょう。


それに対してエヴァ・ピラッチの方は私のところでは使っている人は多くありません。私たちのイメージではヨーロッパ外への輸出用のモデルというイメージがあります。
音は暗くて柔らかい音のオブリガートに対して、明るく輝かしい音のエヴァ・ピラッチというふうになっています。実際にはそもそも楽器の持っている音を変えるほどの違いは無いと思いますし楽器との相性によっても現れ方ははっきりしません。エヴァ・ピラッチのような張力の強い弦を張ると明るくボリューム豊かな音になることもあれば、金属的な細い音になることもあります。
ただ比較すればそうなるので好みによって選ばれるはずです。両者の売れ行きからトマスティクの分析と同様にヨーロッパでは暗くて柔らかい音が好まれているということが分かります。


チェロではオブリガートはナイロン弦でガット弦の代わりになるものとして作られましたが、一般的にはスチール弦が主流なためオブリガートの使用者はうちの店のお客さんでは一人しか知りません。一方日本ではオブリガートを使っている人がたまにいます。

ビオラに関してはヨーロッパではオブリガートは高級弦として中心の存在です。暗くて柔らかい音は、鼻にかかったようになったり、低音が出にくかったりするビオラによくある欠点に対して望まれるもので多くの人が理想とする方向性だからです。これに関しては世界中で有名な弦だと思います。


弦メーカーが販売実績などからも音の好みのが違いがあるということは周知の事実と言えるでしょう。

「明るい音」について謎の解釈

歴史のあるヨーロッパの弦メーカーが「明るい音」、「暗い音」ということを分かったうえで製品を作っているわけなのですから私だけの感じ方ということは無いはずです。
しかし音の感じ方は個人差があって言葉で表現するニュアンスも表しているものが人によって解釈の余地があります。

私は渡欧してから知ったので「明るい音」、「暗い音」というのは日本で言われているそれとは違うかもしません。しかし敢えて私は日本で使われているローカルな表現が意味することを理解しようとは思いません。日本では商人の影響力が強く技術者として客観性に欠けるからです。

音楽家としてみれば明るい気持ちを表現できる音が明るい音、憂鬱な気持ちを表現できる音が暗い音になるかもしれません、そしてそれらは音楽家の才能によって感じられたり感じられなかったりするかもしれません。しかし私は技術者ですのでこのブログでは倍音の集合体としての音色について考えています。


商人が言ってきたことについては日本のみなさんの方が詳しいでしょう。
いずれにしても「明るい音=良い音」というニュアンスで語られてきたはずです。先ほどの話ではヨーロッパでは暗い音の楽器のほうが売れるわけですから日本語でのニュアンスは客観性が無いと忘れた方が良いでしょう。

単に物理現象として低音が勝っているバランスの楽器では暗い音がし、高音が勝っている楽器では明るい音がします。倍音のバランスによってそのような違いができます。弦楽器の音というのは音程の音だけではなく同時に様々な音が出ています。その組み合わせによって音色を感じるのです。
低音と高音のバランスは板自体がすでに持っていることが多く、また表板や裏板など各部の組み合わせや共鳴によって起きることもあります。修理などをしていろいろな部分が変化しても基本的な音色は変わらないことを経験しています。


明るい音と日本で言う時「空気を読む」という危険性を感じます。
「明るい=良い音」という前提条件があり、「高い楽器=良い音」という前提条件もあるのなら「高い楽器の音=明るい音」となります。そうなると物理現象とは一致しないことが起きます。低音と高音のバランスで値段が決まっているわけではありません、値段が高くて低音の勝った楽器もあれば、安くて高音の勝った楽器もあります。その場にいる人たちは空気を読んで高価な楽器を明るい音だと表現できる文学的な解釈をひねり出すことになります。

私のはその世界には関知しません。
そもそも音の好みは自由であり、何を美しいとか良いとするかは音楽家個人の哲学によって自分で定めれば良いので「明るい音=良い音」と強制される義務はないと考えています。

その上で楽器の値段は純粋に経済的な理由で決まるのであって、音を審査して値段を決定するような国際的な機関などは存在しません

二つの前提条件がメチャクチャで、それの空気を読むというわけですから言葉が意味することに含みがありすぎます。


さらに明るい音と暗い音を感じるのは相対的なものです。そのため「今使っている楽器と比べて」感じることになります。
暗い音の楽器が好まれるヨーロッパであればちょっと暗いだけでは明るいと思われてしまいますし、明るい楽器が好まれる日本では同じ楽器が暗い音だと評価されるでしょう。自分がいつも使っている楽器との比較にもなりますから個人差もあります。

100年くらいろくに修理されていなかった楽器ではこもったような音がしていることがあります。これをきっちり修理してあげるとすっきりした音になります。相対的には低音の量感が減るので「明るい音になった」と言えます。だからと言って「明るい音ほど良い」とは言えないでしょう?「鈍い音の反応が早くなった」のですから、これは反応の鈍さの話をすべきであって音色の明るいとか暗いとかの話ではありません。反応が鋭くなったのと同時に少し明るい音になったのです。
このような体験を人づてに聞いていくといつの間にか「明るいほど良い音」と極端な言葉で伝わってしまいます。特に深刻なのは指導者の言葉が独り歩きし、お金を儲けたい業者が悪用することです。

冒頭のヨーロッパで売れた暗い音のヴァイオリンも修理によって反応が鋭くなりましたが、依然として「暗い音のヴァイオリン」であり、反応が良い暗い音のヴァイオリンはとてもこちらでは好まれるものです。

明るさに違いが出る技術的な原因

私が今でも完全には理解していないことで弾いてみると「あれ?」ということがよくあるものです。

一番はっきりとした規則性があるのが「板の厚さ」です。板の厚さを変えて楽器を作ってみれば結果は規則性が分かります。また同じ楽器を改造して板の厚さを薄くすれば規則性があることが確認できます。ただし他の要素のも影響してくるので板の厚さだけで決まるわけではありません。

板が厚いほど低音が出にくくなるので明るい音になります。板が薄いほど低音が出やすくなるので暗い音になります。これはヴァイオリンでも、ビオラでも、チェロでも言えることです。その証拠にチェロやバスはサイズが大きい割には板は薄くなっています。ヴァイオリンのおよそ倍の胴体の長さを持つチェロも板の厚さもヴァイオリンの倍にしてしまうと低音が出にくいチェロになります。そのためチェロは壊れやすく危ういもので古いチェロではヴァイオリンよりもずっと痛みが激しいことが多いです。

現代の楽器製作では古い時代に比べると厚い板で作られる傾向があります。
1900年位から厚いものが多く作られるようになりました。古い楽器が暗い音がするのは初めから薄く作られていたということがあります。


楽器が古くなってくることでも音は暗くなってきます。
健康状態が悪いと反応が鈍く弱い音になってしまいます。先ほどの話でも健康な状態に修理すると元気よくなるとともに多少明るくなります。しかし同様に作られた新しい楽器に比べたら落ち着いた暗い音になっていることが多いです。

そのため300年以上経った楽器ではもはや板の厚さからは音を推測することは不可能です。弾いてみないことにはわかりません。しかし新しい楽器では板の厚さははっきりと音の明暗に影響があります。新しい楽器では板の厚さは重要だと考えて良いでしょう。


板の材質によっても違います。
特にチェロでは表板の材質によって音の明暗ははっきりとした違いが出ます。柔らかい表板なら暗くて柔らかい音になり、硬い板なら明るく締まった音になります。ヴァイオリンでも同じことはあるはずですがそこまではっきりと差は出ません。

このことは先ほどの古い楽器について説明することにもなります。古い楽器を修理するために表板を開けてみると、ふにゃふにゃになっています。新しい楽器では表板は硬くしっかりしています。同じような作りなら新しい楽器のほうが明るい音がするはずです。
大量生産品の新品なら材木も伐採して間もないものですからより明るい音がする要因になります。もし明るい音が良い音だというのなら大量生産品に良い音の楽器が多いことになります。音の明るさで値段を決めているのなら大量生産品も高価な値段になるはずですが、大量生産品は安く売るために製造コストを下げていますから値段は安いです。明るい音がする安い楽器もある理由です。

職人は材料を削ったり切断したりするときに感触として木材の硬さを感じることができます。硬い木であれば作業でも骨を折りますから嫌でも知ることになります。


また最近の経験で板目板の裏板でも柔らかいので暗い音になることが分かってきました。ちょっと専門的ですが、板目とか柾目とかというのは木材の切り出すときの向きによって生じます。樹木は繊維の集合体でできているので向きというのがあります。向きによって強度に差が出てくるのです。イケアで売っているような組み立て家具のようなものにはパーティクルボードが使われています。日本は割と中空の板を使いますがヨーロッパではずっしりと重いパーティクルボードを使います。これは最初は丈夫のように感じるのですが、だんだんたわんできます。木材のクズを固めたもので繊維がぶつ切りになっているからです。木目の向きというのはとても重要で木工では基礎中の基礎です。

板目板の楽器では柔らかくて暗い音になる傾向があるように思います。明るくて鋭い音の楽器を作っている作者のヴァイオリンで裏板がバーズアイメイプルのものがありました。バーズアイメイプルも板目板です。これは同じ作者の他の楽器とは明らかに音が違い相対的に暗い音がしました。私も板目板で作ったものは特に暗い音がします。


これらのことから考えると表板や裏板が柔らかいと低音が出やすくなり暗い音になり、硬いと低音がでにくなり明るい音になるということが分かります。板の厚さは柔軟性を決める要素にすぎません。



それに対してアーチはあまり関係が無いようです。アーチというのは弦楽器の表板や裏板の中央が高くなるように盛り上がらせることです。アコースティックギターではそれが無くまっ平らな板で作られています。木材の塊から削りだして作ります。安価な楽器では薄い板をプレスして作ることもあります。

ふくらみが小さい平らなアーチのほうが強度が落ちるはずですが実際に異なるアーチの高さの楽器を作ってみても音の明暗に関しては規則性がありません。平らなアーチの楽器にも明るい音のものがいくらでもあります。したがって部材の柔らかさと楽器全体としての強度は直結しないように思います。


それからストラディバリモデルやガルネリモデルといった型もあまり明暗との関係性はわかりません。
高価な楽器の表板や裏板の輪郭の形を写し取って同じ形にすることが行われていますが、全く同じように作られる場合もあるし、イメージとして特徴をまねて作られることもあります。
ヴァイオリンの場合には全く分かりません、チェロの場合には幅が広いモデルでは暗い音になる傾向があるんじゃないかと考えていますが、確証はまだありません。実際に先輩が作った楽器では幅の広いモデルの方がやや暗い音がします。しかし、板の厚みや材質のほうが大きいのでモデルでチェロを選ぶよりは試奏して選ぶべきです。


特に重要なことはこのような違いによって音の明暗が変わってくるということは私が経験によって知ったことで職人の間でも知られていません。そのため国ごとに異なる音の好みがあっても弦楽器の製造メーカーは好みに合ったものを作ることができていません。私のところでは暗い音が好まれるのに国産の製品は明るい音のものが多いので新品は敬遠され、古い楽器を求める人が多いです。私は暗い音の楽器を作るので「新作なのに」とびっくりされることが多くあります。それだけ現代の職人は明るい音のものを作っていることが多いのです。


このように新品の場合暗い音の楽器の方が珍しく、明るい音の楽器はいくらでも入手できます。古い楽器は鑑定が難しくまとまった数を入手するのが難しいです。楽器店にとっては仕入れが簡単な楽器を褒める文句があると都合が良いですね。大人の事情というやつです。

なぜ西洋と日本と音の好みが違うのか?


国によって音の好みに違いがあるということをヨーロッパの人に説明するのは難しいです。とかくヨーロッパの人たちは自分たちの感覚が世界でも同じだと思い込んでいるもので時として傲慢に思えることがあります。

暗い音が良いと思っているヨーロッパの人たちに「なぜ日本人が明るい音の楽器なんかを買っているのか?」不思議がられても説明するのは難しいです。

「東洋には西洋とは全く違う音楽の歴史があり、楽器も全く違うものがあって、音の感覚が西洋人とは違うので日本人は西洋人とは全く違う音の好みを持っている」・・・こんなことを言っておけば「へえ、そうなんだ?」という感じで納得してもらいますが私が納得していません。

歌の発声法でも違いますから私は建物の違いも大きいと思います。石造りのの教会で響かせるための歌い方がクラシック音楽の原点にあるとすれば、お寺でお経を読む発声法がそれに対応するものかもしれません。

それ以降は音楽の歴史の専門家の方に任せます。きっと興味深い研究もあることでしょう。


西洋は石やレンガでできていて天井も日本よりは高いです。バロック教会や宮殿のような歴史的な建物では建物の材質や天井の高さに加え壁に彫刻などの装飾が施されています。
それに比べて伝統的な日本の家屋では壁は少なくふすまや障子で仕切られていて畳張りです。音は全然響かないです。そうなるとよりはっきりした音が好まれたとしてもおかしくありません。
実家は現代の建築ですがそれでも楽器を持って帰ると響かないなと思います。

日本の家屋でも昭和の時代と現在では変わってきています。
音の好みも変わってくることでしょう、私が実際にお会いした方々はヨーロッパの弦メーカーの分析とは異なった好みの方が多くいらっしゃいます。「明るくて鋭い音」を好む人は会ったことがありません。逆に自分の持っている楽器が鋭い音で不満に思っている人が多くいます。暗い音の楽器を弾いてもらうと暖かい味わい深い音にうっとりとされる方もいます。

技術者から言わせれば明るい音の楽器は作られている量が多いので入手が簡単なことは間違いありません。私が初めて作った楽器もそうでしたから。

トマスティクの分析で日本人が明るい音を好む根拠としてオーケストラの音の違いを上げています。明るい音の楽器を使っている人が多いため日本の「オーケストラの音」がヨーロッパより明るい音になっているそうです。


それに対して私の分析は違います。日本のオーケストラが明るい音がするのは、明るい音の楽器しか入手できないから営業目標を達成するのに都合のいい理屈で楽器を売ってきた企業努力の賜物でしょう。

もちろん明るい音が好きな人は明るい音の楽器を使えば良いです。問題はヨーロッパの人たちのように暗い音が好み人にとって品揃えが無いことです。

オールドの名器も日本にはたくさん入っていて家や土地を売ったりして子供のために買っている親もいます。オールド楽器では以上の理由から暗い音のするものが多くあります。実際新作の楽器を買う人たちとオールド楽器を買う人達では価格帯が違いすぎてバッティングしませんからオールド楽器が暗い音がするという事実はバレません。実際には新作楽器と変わらない値段のオールド楽器もあって当ブログでは紹介してきています。営業努力によって日本で広まったウンチクと合わないので「売れない楽器」として輸入されることも少ないです。


高価なオールド楽器の場合は「ダークな音」と形容します。おかしいですよね?
ダークとは英語で暗いという意味です。やっぱり暗い音が良いんじゃないですか?


暗い音が好きでも自分を騙す必要はない、板を薄くするだけでOK

ダークな音が高価な名器の音なら、安価な楽器でも板を薄くすればダークな音になります。何千万円も払わなくても問題を解決できます。



現代では厚めの板が主流なため、明るい音の楽器が多くなるのは説明してきたとおりです。私はオールド楽器のように薄い板の楽器を作ると音もオールド楽器に似てくることは多くの経験で分かっています。

ただしオールドの名器と同じように板を薄くすれば優れた楽器になるかと言われればそんなに簡単なことではありません。低い音が出やすくなるということはそれより高い方の音は出にくくなるということです。つまり一長一短でバランスが変わるだけです。そのためこれは好みの問題となり誰にとっても優れたものとは言えないのです。弦楽器は誰でも修行して真面目に作ればそれなりの楽器を作ることができます。しかし誰が弾いても、誰が聞いていも明らかによくある楽器よりも優れているものを作るのはとても難しいことです。
工業製品はみなそうで同じような製品を多くのメーカーが作るようになると対抗した製品が作られ限界に達して1社だけが極端に優れているということは無くなります。
演奏技量に優れた人が良さを引き出せる「上級者向き」の楽器は初心者が弾けば全然鳴らせられないものです。

奇跡の楽器を探すより、平凡な楽器が50~100年経ったもののほうが音が出やすくなっていて見つけるのが簡単です。言い換えると平凡に作られたものでも100年も経てば優れた楽器になっているのです。そう考えると新品でできた瞬間に優れているとか強い音がするというものはバランスが偏っていて100年後には変な音になっているかもしれません。

売れるための楽器なら作られてすぐの時点でどれだけ鳴っている(と錯覚する)かが重要となるのに対して、楽器職人として理想的な楽器を作ろうとすれば楽器の生涯を通じてどうかということになります。理想的な楽器を作っておけば徐々に名器に近づいていくわけです。

具体的に言えば硬い音の楽器は新品の時は音が強く感じられるのに対して、柔らかい音の楽器は弱く感じられます。これが古くなると硬い音の楽器は細く耳障りの音になり、柔らかい音の楽器は太くてボリューム感のある音になるでしょう。すべてがそうなるとは限りませんがこのようなことは十分考えられます。

また硬い音は耳元では強い音に感じられるが、離れて聞くと遠くで鳴っているように感じるのに対して柔らかい音の楽器は、部屋全体で鳴っているように感じます。このような感じ方は演奏家自身で自分の演奏を体験することはできません、そのため自分の感覚を絶対だと信じている思い込みの激しい人は自分の耳だけで楽器を判断します。楽器職人は演奏が上手くない人も多くいるため、他の職人より演奏の腕前に自信のある職人にも中途半端な腕前で弾いて自分の主観だけで音を判断する思い込みの激しい人がよくいます。

楽器購入の決定権を持っているのは演奏者本人ですからやはり売れる楽器というのは演奏者自身に手ごたえのある楽器で経験的に楽器商はそれを知っていてそのような楽器を集めるのです。


話がそれましたが他より抜きん出て優れた楽器を作るというのはとても難しいことだということです。板の厚みを変えることでできるのは音色のバランスを変える事です。
新しい楽器なら暗い音が好きな人であれば薄い板の楽器が合っていて、明るい音が好きな人であれば厚い板の楽器が合っています。その中でさらに鋭い音もあれば、柔らかい音もあります。鋭い音になったり柔らかい音になる原因は私も分かりません。試奏するしかありません。

特に鋭い音がすることが多いのは安価な楽器です。安価な楽器は安く製造するのに適した方法で雑に作られています。なぜかわかりませんがその結果鋭い音になっています。私はそのような意味で安価な楽器を研究していますが今でもよくわかりません。

このように板の厚みをオールド楽器と同じように薄くしたからと言って誰にとっても明らかに優れたものと実感できるようなものを作ることはできません。
売れるためには誰にとっても優れていると実感できることは重要ですがとても難しいことです。

それに対して暗い音が好きという人に限ればかなり魅力的な楽器を作ることができます。限られた予算で楽器を購入するなら自分が大事だと思っている要素に的を絞って楽器を選ぶと満足度が高いと思います。趣味や室内楽など演奏する曲のジャンルが決まっている人は個性的な楽器を選ぶのも手で、学生やプロのオーケストラ奏者なら実用的な楽器を選ぶことが良いと思います。魅力的な音色を持っていてさらに実用的にも優れている万能の名器を探すのは困難で予算が多いほど試せる楽器が多くなることは間違いありません。とりあえず楽器が無ければ練習もできませんから現実の中で優先順位を決める必要があります。


暗い音の楽器は板を薄くすれば出来るので簡単という話ですが、すべてにおいて優れているとなるととても難しいということでした。優先順位を決めて楽器を選べば楽器を購入することが可能なのに対して、すべてに優れているものを探していれば一生探し続けることになるかもしれません。

職人が厚い板の楽器を作りたくなる心理


職人が厚い板の楽器を作りたくなる大きな原因は作業の手間を減らすためです。弦楽器の製作というのは大変に根気のいるめんどくさい作業が多くあります。そのため途中で嫌になって投げ出したくなります。厚い板を削って薄くしていくわけですから薄い板にするためにはたくさん削らなくてはいけません。
楽器店に楽器を卸しても職人に対して尊敬の気持ちは無く、安い値段でしか買ってくれないので安く作ることが求められます。手間を省略すると厚い板の楽器になるというわけです。安く買った楽器を高く売れば儲けが大きくなるので楽器店はできるだけ安い値段で買おうとします。

もう一つは不安感です。
板が薄くなってくると手元が狂って穴を開けてしまうのではないかという不安があり、作業は慎重になります。木材を削っていく場合決められた寸法ちょうどにするのはとても難しいです。寸法を割って行き過ぎてしまうと壊れるのではないかと不安になります。そのため決められた寸法よりも手前で一度に削る量の少ない工具を手に取ります。ノミであればフリーハンドでザックリ削れるので手元が狂うと一気に寸法を割ってしまうのに対してカンナを使うと一回に削れる厚さが決まっているので行き過ぎることがありません。しかしカンナを使う場合には一回で起きる変化が少ないので決められた寸法よりずいぶん手前でカンナを使い始めると中々作業が進まず寸法に達する前に嫌になってしまいます。それでダイエット中に言い訳をしてお菓子を食べてしまうように、もっともらしい理屈を考えて完成としていしまうのです。

板が薄くなりすぎる不安感から決められた寸法より少し厚めの寸法を初めに設定しがちです。その寸法に達する前に完成としてしまうと厚くなりすぎてしまいます。

このような不安から弦楽器製作では年代を重ねるごとに板が厚くなっていくことがよくあります。例えばイタリアの楽器も1600年代に比べると1700年代になると厚い板になっていく傾向があります。1800年ころににフランスでモダンヴァイオリンが考案されるとふたたび極限まで薄くする方法が研究されましたが1900年頃になるとフランスの楽器でもいくらか厚くなっています。その方法が世界中に広まった現代ではさらに厚くなっています。

このような心理に対して正当化する理屈が考え出されます。私たちが今日楽器製作を勉強するときに学ぶものです。その結果明るい音の楽器が多く作られるようになったのです。それに対してヨーロッパのユーザーは暗い音を求めているので新作楽器に対して失望し古い楽器をこぞって欲しがっています。イタリアの職人は日本に輸出することで楽器製作を続けていて、他のヨーロッパの職人は修理を生業にしている人が多いのです。


私も誘惑に負けた一人

私がこのブログを始めた当初、自分の作っている楽器を日本の人がどう思うのか反応を知りたいと思っていました。それまでは職人一筋で木材だけに向き合っていたものですが、職人を極めるためにも使う人の方を向かなくてはいけません。

「日本人は明るい音の楽器を好む」というのを知識として知っていたので普段作っているものよりも厚いところを残して作りました。実際に日本で読者の方に試してもらうと意外にもそれ以前に作っていた楽器のほうが評判が良かったのです。その後も実は日本の楽器店に売られているようなヴァイオリンの音はあまり好きではないとおっしゃられる方が多くいました。それでもしかしたら私が作るようなものは珍しく貴重なものでないかと考えるようになりそのようなものを作ったところさらに評判が良かったです。ビオラでも同様です。前回の帰国ではチェロの修理に追われて多くの方に会うことはできませんでしたが、次回はもっと時間を取りたいと考えています。

ブログを始めて一番最初に日本向けとして厚めに作ったヴァイオリンは日本の方が購入されましたがわけがあって弾くことができなくなり戻ってきました。この機会にと思っていつもの私の楽器のように改造することにしました。


初めに楽器製作を教わって作ったものは厚かったのですが、その後オールド楽器を研究して現代の常識に反する薄いものを作って成功しました。ところが、その後誘惑に負けて何度も厚めに作ってしまいました。何度もやっていますが厚めに作って良かった試しがありません。


またこれからチェロを作ろうと考えていますが、同じ失敗を繰り返しそうです。



毎年のようにやっている工場製チェロで実験です。
元々量産楽器としては上質な音がするという理由で買っているメーカーのものですがさらに改造して本格的なものに近づけようというものです。
できるだけ本格的にやってしまうと上級者は褒めてくれる人が多いのですが当の購入者にとっては弾きこなすのが難しい楽器になってしまいます。そこで今回は極限までは追及せずにもともと悪くない量産楽器をさらに上等にしようという考え方で最小限の改造にとどめることにしました。

こんな理屈を言っていますが要するに厚くしたいという誘惑です。
自分がチェロを作る段階でこのような誘惑に駆られてしまってはまずいですからここで実験しておきましょう。改造も控える代わりに価格帯もいつもよりは安くする方針で決まりました。値段と客層に見合ったものです。

私としては「ヴァイオリンで成功している方法をそのままチェロに応用して良いのか?」という疑問を考えているところです。というのはヴァイオリンの場合には強度が不足するということはまずありませんが、チェロの場合にはありえるのです。オールドのチェロでも手放しで優れているとは言えず強度が不足して反応が鈍くなるケースがあります。また使用している弦も違います。ガット弦やナイロン弦ならヴァイオリンと同じように板を薄くすればボリューム豊かな低音になります。しかしスチール弦の鳴り方はそれとは違いもっとはっきりした引き締まった音になります。そのため板が薄いと弦の特性と相性が合わない可能性があります。そのあたりの疑問があって理解を深めておきたいというのが今頭の中にあることです。早くチェロを作れというところですが、せっかく作るからには確信を持って取り掛かりたいものです。



いつでも私は自分の考えを改める覚悟はあります。しかし疑心暗鬼にならずに自分らしい楽器を作ったほうが希少な新作楽器となることがこれまでブログをやってきて分かったことです。

まとめ

「明るい音」というキーワードをもとに弦楽器の音について考えてみました。実際には上級者でも明るいか暗いかに興味がない人もいるはずです。音色よりも音の出やすさを重視する人が多いです。

初めに書いた弦メーカーの分析もちょっと古く、現在のお客さんの好みはさらに変わってきていると思います。暗い音でも鋭い音の楽器が売れるようになってきていると思います。
安物の楽器はやかましい耳障りな嫌な音がするので、柔らかくて大人しい上品な音の弦が求められてきました。ところが最近では上品な質なんてのは無視してとにかく「強い音」が求められています。明るくて鋭い音、柔らかくて暗い音と弦メーカーは製品をラインナップしてきましたが暗くて鋭い音も求められているようです。そういう意味ではピラストロの一番新しいチェロ弦のパーペチュアルは具現化した製品かなと思います。チェロのスチール弦の場合にはメーカーは金属的な音を減らす方向で開発を続けてきたので金属的な音は抑えて強い音の製品を作らなくてはいけません。パーペチュアルはヴァイオリン用が発売されましたので試してみたいと思っています。

ヨーロッパでも人々の感性は粗野になりかつてのような優雅な文化は失われてきたのに対して実際に会った方の話を聞いてると日本人は本来繊細な感性を持っている人が多いと思います。耳障りで困っていると相談を受けて実際にお会いして音を聞いてみるとそれほど鋭い方ではないように感じます。
日本人のほうが上品で柔らかい音を求めていると思います。実際東京の楽器店でも「明るい音」はそのままに「柔らかくて明るい音」がトレンドだそうです。さらに暗い音ならもっと味わい深いのですがそこは大人の事情です。



ともかく明るいか暗いということだけが楽器の音について重要な要素ではありません。明るさに関係なく音の出やすさで選ぶ人もいます。上級者になれば表現の幅が求められます。何がなんでも強い音を求める人もいれば、耳が良くて濁りや雑音が少ない純粋な音を求める人もいます。
弦楽器の音について言葉で説明することはとても難しく、高価な名器に関しても言葉で記述することは世界的に業界のタブーとなっています。そのためストラディバリについて書かれた分厚い本でも音については全く書いてありません。

すべては耳で聞いてそれぞれの人が感じるものです。
そして画家がパレットから絵具を選ぶように表現したい音色の楽器を選べば良いと思います。

ヨーロッパの人でも明るい音が好きな人は明るい音の楽器を弾けば良く、日本人でも暗い音が好きなら暗い音の楽器を弾けば良いのです。個人の自由でそれに答えるのが我々職人です。

私自身は弦楽器の音に魅力を感じたので自分で作ってみたいと職人になりました。
その時に魅力を感じていたのはオールドの名器です。自分が初めて作った楽器はそれとは全く違う音でガッカリでした。その後も教えに従って腕をあげていきましたが、ストラディバリの現物を見る機会があり私が作っているものとは全く違うことに驚きました。違うのは音だけではなかったのです。

このような私の個人的な好みはどうやら私だけのものではないようです。「彼はこのような音の楽器を作る」ということが認知されることが職人としての次の段階で今取り組んでいるところです。
右も左もわかない初心者というのは何を質問していいかもわからないものです。働いているとよくある質問がありますので考えてみましょう。後半には上級者向けの内容もあります。


こんにちはガリッポです。

ヨーロッパの弦楽器店で働いていて問い合わせが多いのは「家に古いヴァイオリンがあって見るとストラディバリウスと書かれているが価値があるのか?」というものでしょっちゅうです。
クラシック音楽の歴史のある国ですから物置などに使わなくなったヴァイオリンが眠っているものです。故人の遺品として出てくることもあります。

電話で聞かれても答えることができません。なぜかというと偽造ラベルが貼られていることが多いからです。

弦楽器は左側のf字孔の穴からのぞくと紙切れが張り付けてあり作者の名前らしきものが書かれてあることがあります。見るとどこかで聞いたことのあるストラディバリウスと書いてあるように読めるのです。正しくはラテン語で『Antonius Stradiuarius』と書いてあるはずですが偽造ラベルではスペルの間違いもあり得ます。イタリア語ではアントニオ・ストラディバリと言い同一人物です。当時は正式な文書はラテン語で書くという慣習があったためストラディバリウスと呼ばれます。

ストラディバリウスと言えば高価な楽器として聞いたことがあるのでもしかしたら家にあるものがとんでもなく高価なものじゃないかと期待をして問い合わせをします。まさかそんなことは無いとも思うかもしれませんが聞くだけならお金もかからないしと電話してみるかというわけです。

それに対して実際にはラベルが偽造であるとその楽器自体の価値をラベルが表していないことになりますので楽器を見ないことには何も言うことはできないのです。


ストラディバリウス以外でも同じようなことはあります。

偽造ラベルでも価値はゼロとは限らない

書画でも有名な作者の作品の贋作というものがあって誰でも聞いたことがあるでしょう。何百万円とか何千万円とかするものですが、印刷であることが多くその場合には数百円にしかなりません。書画ではなく印刷物です。
それで「このヴァイオリンは本物か?」と言って持ってくる人もいます。
今はインターネットで1万円くらいのヴァイオリンも売られています。ヴァイオリンとして演奏できるものなら「本物のヴァイオリン」と言えるでしょう。おもちゃのようなものや飾りのようなものなら本物のヴァイオリンではありません。

偽造ラベルが貼られていたとしてもそのヴァイオリンには価値があります。1万円のヴァイオリンに偽造ラベルを貼れば1万円の価値がありますし、100万円のヴァイオリンに偽造ラベルを貼ると100万円の価値があります。
偽造ラベルがあっても価値は元のものと変わりません。つまり元のヴァイオリンの価値によって値段が変わってきます。


ただし元のラベルをはがしてしまったために作者が特定できなくなってしまうと価値が下がることがあります。一方確かな鑑定があれば違うラベルが貼ってあっても価値は変わりません。

弦楽器の業界では偽造ラベルを貼ることは半ば商慣習として行われてきたというほど頻繁に行われました。現代、食品のラベル偽造なら大きな問題となり、ブランド品のコピー商品を外国から持ち込もうとすれば税関で没収されます。しかし弦楽器に関しては偽造ラベルが貼られているのは珍しいケースではなく、いつものことで何もさわがれることではありません。弦楽器の業界は数百年前からそのようなことを日常的に行ってきました。多くの楽器には偽造ラベルが貼られて流通しています。

弦楽器の業界では良い楽器を作ろうという職人よりも、手持ちの楽器をできるだけ高い値段で売ろうという商人のほうがはるかに大きな努力をしてきました。ラベルを貼りかえるのはその努力の一つで少しでも高い値段にするために高い値段の作者のラベルを貼ります。たとえば5000万円の相場の楽器には1億円の作者のラベルが貼られています。そのようなことがよくあり名器の資料を調べていると作者名と貼ってあるラベルが異なることがよくあります。
楽器があるとラベルをはがして取っておいて良さそうな楽器を見つけては貼り換えていました。

古い楽器や古そうな楽器があった時に有名な作者のラベルを貼り付けて売るということも行われてきました。
200年以上前につくられた楽器を分解して修理するときにずっと有名な作者の偽造ラベルを貼るのです。
もっと手の込んだ方法ではあまり有名ではない作者のラベルをとても安価な楽器に貼ることもあります。有名でない作者は資料もなくニセモノかどうかも分かりにくいのです。


ストラディバリウスの偽造ラベルを自分の楽器に貼って売った人もいます。
19世紀フランスのJ.B.ヴィヨームは自分の楽器にストラディバリウスのラベルを貼って売りました。ヴィヨームは19世にはとても有名になり偽造ラベルの貼られたものは現在では2000万円くらいはします。

またそれにならって他の職人や大量生産の工場でも同様のことが行われました。
その職人の楽器だということが分かればその職人の相場の値段になります。
ラベルの貼っていない状態で出荷して販売店が貼りつけることもありました。

弦楽器に限らず現在でも中国の製品を日本や先進国で売る場合にその国の販売業者が好きなブランド名を付けて売っていることはよくあります。世界各国のアマゾンを見れば同じ商品が別の名前で売られています。

日本は戦後工業国として成長したので「ブランド名=製造者名」というイメージを持っています。しかし今では生産を海外に移していることも多いです。そのメーカーが海外に工場を作っている場合はその通りですが、単に外国のメーカーに製造を依頼していることが多くあります。また部品を作ってるのは下請けだったり別のメーカーだったりします。
下請けのメーカーが設計から製造まで請け負うことがあります。さらに下請けメーカーが製品を開発した物をそのまま自社の名前で売る「商社」になっているメーカーもあります。
ブランド名が製造者名という時代は一時のものです。

ヴァイオリンでも中国人がアメリカで会社を起こして中国で製造したヴァイオリンにアメリカのメーカー名を付けて売っているものがあります。他の産業と同じで中国人でもアメリカ人やイタリア人のような架空の名前をメーカー名として商標登録することができます。ヨーロッパの個人の職人から名前の権利を買ったり、使用料を払うこともできるでしょう。ヨーロッパの職人も中国で生産したものに自らの名前を付けて売っています。

これらは犯罪でも何でもなく弦楽器以外の産業でも広く行われているものです。

従って偽造ラベルが貼られていたとしても必ず全く価値が無いということはありません

東ドイツの大量生産

偽造ラベルの楽器として数が多いのは1880年くらいから1940年くらいまでに東ドイツで大量に生産された安価な楽器です。そのためストラディバリウスと書いてあった場合ほとんどの場合がこのケースです。大量に作られたので類似性があり我々が見ればすぐにわかりますが、見ないとわからないので電話では答えられません。

東ドイツ地域のマルクノイキルヒェンとその周辺はザクセン州に属し楽器製造を地場産業としています。現在の国境ではチェコ共和国に含まれるボヘミアという地域もかつてはドイツ領で同じ流派です。戦前はヨーロッパやアメリカに楽器を輸出していました。戦後はドイツが東西に分かれたため東側になりソ連や東欧諸国に輸出していました。一部の業者は西側に移住しブーベンロイトというところで弦楽器の製造を続けました。日本で販売されたドイツ製の楽器と言えば多くはブーベンロイトのものです。ヨーロッパにはザクセン州の楽器のほうが多くあります。

ザクセンでは地場産業として町ぐるみで弦楽器を製造して、住人の多くが様々な形で弦楽器の製造にかかわったのです。大きなメーカーがあるというよりはギルドの様な組合が販売を取り仕切っていました。そのため楽器店が注文してもどこの工場の製品かまではわかりませんでした。商品を区別するためにカタログには木材の質やニスの色など仕様が書かれていて安価なものから上等なものまでラインナップされていました。その中でストラディバリウス、ガルネリウス・・・というのが商品の名前として書かれていました。戦前のマルクノイキルヒェンの業者のカタログです。左側がドイツ語、右側が英語です。

これを見るとおそらく左の数字が大きいほど上等なものになると思います。28までは指板やペグ、テールピースなどが白い木を黒く染めたもので本当の黒檀を使っていません。ストラディバリウスをはじめそうそうたる有名な作者の名前が付いています。

これは「モデル」と言われるもので平たく言うと高価な名器をイメージして作らたものです。ストラディバリをイメージして作ったということです。イメージと実際は違うものです。あくまでイメージです。

しかし本当にイメージして作られたとは限らずデタラメにラベルが貼られていることが実際には多いです。オリジナルの特徴を反映していなかったり、別のものに貼られていたりします。そのため有名な作者の名前が付いていても必ずしもイメージして作ったというより、携わっていた人達はどれがどの形なのかよくわかっていなくてデタラメに貼りつけたようです。

もちろん一般の皆さんもこのカタログに上がっている作者の名前を見てもどれがどう違うのかわからない人がほとんどでしょう。街ぐるみで産業に関わっていたわけですから専門家でない人が多かったはずです。

これらの楽器の値段は品質のランクによって異なり今では修理済みであれば5~50万円くらいのものです。50万円のものが物置から出てきたとなると決してバカにできない価値のあるものです。楽器としても申し分なく作られていて音も良いものがあります。これが弦楽器の特殊なところで、現在の大量生産品の新品と値段が変わりません。もし上等なものなら新品を買うよりこれらを修理して使うことをお勧めする場合が多いです。ヨーロッパではこのような楽器から始める人も多いです。
状態が良いものでも当時のままのものなら消耗部品を買えて使えるようにするには5万円くらいはかかります。お孫さんなどにプレゼントするということはよくありますがさらに弓も必要です。弓はメーカー名が付いていなかったり偽造の印が押されていても中級品なら10万円以上、メーカー名が付いていれば20万円以上することがあってこういう楽器が出て来たらまず弓から見るほどです。偽造の印が押されていても30万円以上することもあり鑑定書が重要になります。毛の張り替えなどが必要でこちらも数万円修理代がかかります。


修理していないのなら必要な修理代を差し引いて考える必要があります。
実際に多いのは傷んでいて修理代が楽器や弓の価値を超えてしまうものです。これは価値はゼロとなります。日本でも中古楽器として販売されていることがあります。お店によっては「オールド」と称して売っている場合があります。我々の業界でオールドというのはおよそ200年以上前の1800年より前の時代のものを言います。戦前の大量生産品をオールドというのは業界の常識からするとおかしなものです。弦楽器の歴史からすると1900年前後というのは最近のことです。

物置から出てきた楽器が50万円、弓が20万円なら結構なお宝です。こういうことは割合としては多くありませんが絶対数も多いものです。

なぜこのような偽造ラベルが貼られたのかというのは、何も知らない消費者が店頭で楽器を買う時に何となく聞いたことがある名前だと良さそうだと思う心理を読んだものだと思います。全く聞いたことがない名前だと警戒心を持ちます。演奏会でもお決まりの作曲家の名前や有名な演奏家の名前が書かれていればお客さんが集まるのと同じです。

このように「ストラディバリウスを10本下さい」と注文すればストラディバリウスと書かれた大量生産品が10本納入されたのです。

ここからは上級者向けの話


先週も2件のニセモノ事件がありました。保険をかけるのに評価額を出してほしいという依頼です。
保険は楽器の評価額に応じて料金が決まるので高価な楽器では掛け金も高くなります。高すぎる評価額で保険に加入すると高い保険料を払うことになってしまいます。安すぎる評価額で保険に加入していると何かあった時に保証される金額が限られてしまいます。楽器の値段は変動していくので忘れていると評価額が安すぎる状態になっていることがあります。そのため古い楽器ではやや高めに設定しておきます。
自分の楽器をわざと壊す人はいないはずですので売買の時ほど厳密な鑑定は必要ありません。

しかしこのことを悪用すれば、高額な評価額を設定して保険金をだまし取ろうとする人がいるかもしれません。
このようなことは犯罪ですから我々も共犯として逮捕されればすべてを失います。そんなことはしません。


一つ目はフランスの1900年ごろの作者の名前が付いたヴァイオリンです。
作者はさほど有名では無く調べても記述は事務的なものしか書いてありません。楽器の写真はあり、いかにもフランスというきれいなもので2万ユーロくらいします。とくにフランスの楽器製作では1900年頃になるとストラディバリのコピーというよりは非の打ちようのない完全な美しさを目指したものになってきます。そのためそのヴァイオリンが「偽物」であることはすぐにわかりました。そのヴァイオリンは音もよくオーナーは愛用していますが、フランスの楽器の特徴がどこにもありません。フランスにもいろいろな作者がいたので中にはフランスらしくないものもありますが、この作者に関してはフランスらしいものなのでニセモノであることは間違いありません。ミルクールの特徴もなくかといってザクセンやボヘミアなどの特徴もなくどこのだれが作ったものなのかわかりません。ラベルはよく見ると本などの印刷にあるような「ドット」が見えます。昔は印刷所に頼んでラベルを作っていましたから偽造ラベルだと思います。紙も新しい感じがします。保険なので作者不明の楽器としては最大限の評価の1万ユーロほどにしました。

問題は二つ目。
ジェンナロ・ガリアーノのラベルの付いたヴァイオリンです。
韓国人の方で韓国で買ったときの証明書のようなものがあります。
それを見ると「ジェンナロ・ガリアーノのラベルの付いた」と英語で書かれています。つまりジェンナロ・ガリアーノ作ともイタリアのヴァイオリンとも書かれていません。しかし値段だけは「20万ドルの価値がある」と書かれています。さらに各部の材質やニスの色などについて記述されています。

鑑定書としてはおかしいです。
どこのだれが作ったものなのかわからないのに値段だけは20万ドルもするのです。

一般の人は「ラベルが付いた」という記述を、その作者の作ったものだと勘違いしてしまうかもしれません。
それ自体は正直な申告で、問題は値段です。

私が見た感じでは確かにガリアーノ家の特徴があります。しかし大げさすぎるように思います。
先日はジュゼッペ・ガリアーノが手元にありましたが私には別物に見えます。エッジなどは古くなって摩耗したのではなくはじめからそう作られたように見えます。
したがって特徴を誇張して作られた典型的なフェイクでしょう。こういう楽器はいかがわしい業者が興味を示すものです。仕入れるときは数十万円で売るときは桁が一つ二つ違うのですから、鑑定が確かな楽器よりも「興味深い」楽器です。
韓国の法律がどうなっているのか知りませんが、日本の場合には詐欺の場合は事件として騙す意図があったということを立証しなくていけないようです。作者の名前を偽っていないので詐欺には当たりません。商品の値段は日本では自由につけることができますからいくらと書いても構いません。おそらく法律を熟知して勘違いしてくれたらラッキーとこういう文書を作っているのでしょう。
日本なら作者名を偽って売っても「偽物とは知らず、騙す意図は無かった」と言い張れば無罪です。私のところでは専門店として看板を出していたら裁判では「偽物とは知らなかった」というのは通用しないそうです。「偽物が見抜けない専門店」と自ら主張しているのですから間抜けな業者です。

当然「20万ドルの評価はできません」と回答するしかありません。それを聞いてからオーナーが修羅場を迎えることになります。



このようなことはよくあって、初めのケースでは買った方も本物だと思っていませんから問題はありませんが、二つ目のケースは深刻です。実際いくら払って買ったかは知りませんが「20万ドルの楽器が今ならたったの・・・」、それでも実際の価値の10倍くらいは払っていることでしょう。
お金の問題もさることながら初めのケースは音を気に入って買っているのに対して、あとのケースでは「高価な名器だから音が良いに違いない」と決めつけて買っています。作りの悪い楽器なら練習してきた時間を無駄にしたことになります。


同じニセモノでも前者は歴史のある国の買い方で、後者は後発国の買い方の典型ですね。
作者名を見ずに音が気に入ったという理由で選び、作者不明の楽器として適正価格で買えば偽造ラベルが貼ってあっても何の問題もありません。名前に惹かれて楽器を買ってラベルが偽造なら何も残りません。

まとめ

ストラディバリウスと書かれた楽器があった場合値段は0~10億円の可能性があります。
0円か10億円かのどちらかではなく、その間もあります。ヴァイオリンというのは質によって値段が違うので偽物だとしてもそれが何なのか調べる必要があります。
ストラディバリ以外の名前についても同様です。
多いのはガルネリウス、アマティ、シュタイナー、マジーニなどのほかありとあらゆる偽造ラベルがあります。そのためラベルに書いてある名前を見ても価値はわかりません。

現代の産業は大企業が自分のメーカーの名前を付けて売っていますのでメーカー名を見ればどの会社の製品かわかりますが、弦楽器の業界は中小零細企業が無数に存在していたためメーカー名を見てもどこの製造者のものなのかわかりません。
日本の場合にはまだ同じメーカーのものが多く輸入されてきたので同じメーカーのものを見ることは多くあるでしょうが、ヨーロッパになると過去まで含めると業者の数が多すぎて訳が分かりません。そういう中古品をガラクタのような値段で買ってきて結構な値段で日本で売っている業者もあります。うちの店にも日本の業者が訪ねてきたことがあります。私から見て鑑定の確かな優れた楽器を紹介しようとしたら「もっと安いものは無いか?」と興味のあるものが違ったようです。



なんかのきっかけで私のブログに来てしまった人もいるでしょうが、難しくてついていけないという人もいるかもしれません。敢えて難しくしてひっそりやろうとしていたのですがあまりにも気の毒なのでこういう記事も入れていこうかと思います。意外と上級者にとってもためになることもあるでしょう。
ガリアーノなんて当たり前のように書いてきましたが、初心者にとっては初めて聞く名前かもしれません。それがイタリアのオールドの作者だと知っているのを前提としてこれまでは書いてきたのでした。

マニアのような人ほど知識が偏っているものですから初心者向けの知識で目を覚ましてもらいたいものです。


「正解」を集めることと、実際を知っていることは違います。ダメになってしまった楽器からその原因を追究します。コントラバスなら失敗が顕著な形で現れます。


こんにちはガリッポです。

先週もこんなことがありました。
音大生がヴァイオリンを探していました。1万~2万ユーロ(130~260万円くらい)の予算で10本ほど20世紀のヴァイオリンを並べて弾き比べていました。内訳はチェコ、ドイツ、フランスのヴァイオリンです。作者の名前や国名は見ず、由来の説明も全く無しです。

さすがに中々の腕前で音量もあるし、何を弾いても耳障りな音は出ません。どの楽器を弾いても「その人の音」というのが前面に出ていて楽器による音の違いはわずかな割合のように思います。毎日聞いている家族や本人は音がだいぶ違うという印象を受けたかもしれませんが、聞いてる方としては楽器を変えても全く正反対の音になるということは感じられません。

もう一つは一つや二つだけ抜きん出たような「明らかに優れている」というものはありませんでした。どの楽器でも別次元というものはありませんでした。本人も「どれも良い」と言っていました。ある程度の腕前に達するとまともな楽器なら何でも鳴るのです。

チェコやドイツの中古楽器で1万ユーロ〈120~130万円)を超えてくる楽器というのはそんじょそこらのものではありません。一人前の職人のものでなければ1万ユーロを超えてきません。これがイタリアの楽器になると500万円出しても「量産品以下では?」と思うような品質の怪しい楽器があり200万円くらいならかなり怪しい楽器がありますが、チェコやドイツの楽器で1万ユーロを超えているものはいずれも上等な楽器です。一人前の職人に達していた人は憶えきれないほどいて「世界一の天才」というほど希少なものではなく日本人が誰もが知っているというものではありません、10人に一人の才能でも十分です。ヴァイオリン職人は思っているよりたくさんいます。

本人が使っているのはマルクノイキルヒェンの戦前のものとしては上等なもので1万ユーロもしません。自分の楽器なので慣れているという事がありますが、これも決して明らかに劣っているということはありませんでした。

1万~2万ユーロで区切ると10本中10本がちゃんと機能する楽器なのです。1万ユーロ以下でも本人のものは悪いものではありません。しかし1万ユーロ以下ならそうでないものもあるでしょう。
2万ユーロを超えても今度はオールド楽器やイタリアの楽器なども候補に入ってきて優等生では無い難しい楽器も含まれてしまいます。そういう意味では優秀な楽器がそろっているのが現代の楽器と言えるでしょう。

1900年位のものもありましたが、1960年代のものでも音量は同等以上で必ずしも古さに比例するというものではないようです。

本人は「音は違うのはわかるけども、どれが優れているか言うのは難しい」と言っていました。私も同感です。


実際ヴァイオリンというのはこんなものです。どこの国のだれが作ったものでも一定以上の水準にあるものを、一定以上の腕前の人が弾けば何でも鳴るのです。上手い人ほど「これも良いね」と何を弾いても好意的な評価をするものです。

これが並みの高校生くらいだと楽器によって強い音に感じたり鳴らなかったりするので「奇跡的に鳴る楽器」を必死に探すことになります。

この音大生はもうその水準ではないので楽器選びの基準は次のレベルに達していると言えるでしょう。
中で本人が気に入っていたのはフランスのもので私も「弾いて鳴る楽器」から次の段階にステップアップして行ける楽器かなと思いました。したがって戦後の楽器よりも落ち着いた感じでした。
家族の一人は「音色が良くない」と私が感じたのとは全く正反対のことを言っていました。人によって感じ方はそれくらい違うのです。その人の中の「音色の良さ」のイメージと私のそれが違うのです。

その場の意見は分かれましたが、4本を選んでもっと広いホールなどで試そうということで貸し出すことにしました。それで1本を選んでさらに他のものから3本選んでそれと比べるということになります。タイプの違う楽器も次回は試すことでしょう。一度に何十本も試すと混乱するので今回は10本ということでした。


いずれにしても楽器が変わったからといって演奏が下手に聞こえたり上手く聞こえたりすることはありません。当たり前です。

ちなみに4本の内訳はドイツ2、チェコ1、フランス1で全く互角でした。明らかに誰が聞いても国ごとに格の違いがあるということは認識できません。楽器商が言っていることと現実は全く違います。

ちなみに私が修理した板の厚いモダン楽器は今回も選ばれませんでした。もう10年以上前に修理したもので、作者もそれなりに有名で美しく見事に作られているものですが売れません「日本向きじゃないか?」と冗談を言っていました。

ほんのわずかでも音量がある楽器を選ぶべきと言う先生もいるでしょうがちょっとの差しかないならうまく使いこなしていくほうが可能性を感じますけども。人それぞれです。




失敗から学ぶこと

コントラバスでは製作上の「失敗」がはっきり結果となって現れます。ヴァイオリン製作を学ぶと0.1mm単位で寸法を指定されてそれから外れてしまうと失敗したと思ってしまいます。実際には何が正解かわからないので結果的にはその失敗で音が悪くなるということはありません。そのことが分かるのはずっと多くの経験を積んでからです。


職人の仕事の学び方というのは失敗から学ぶ事が多くあります。もし職に就いて失敗を一度もしたくないなら職人になるべきではありません。

実際ヴァイオリン製作を志す人の中には1週間で辞めてしまう人がいます。初めてやった作業は何一つうまくいきません。それで自尊心がひどく傷ついて辞めてしまうのです。
よく「最近の新人は・・・・」と嘆く人がいて論争になりますが、職人からすると新人で仕事が完成するなどということは考えられません。出来なくても何も非難されることはありません。その代わり給料が安いわけですから文句を言われる筋合いはありません。ヴァイオリン職人の場合には学校で何年も練習してからでも全く何一つ仕事ができないのが普通です。

ヴァイオリン製作学校で始めの1か月くらいで多少上手くても何の意味もありません。誰がやっても上手くいかないのでそれを将来乗り越えられるようになるかなのです。
つまり今作っている楽器が上手くいけばいいというのではなくて、自分が上手く作れる能力を身に付けるのが目標です。ところが現実の世界では要領の良い人というのはうまい人にやってもらうのです。師匠、先生や先輩に取り入って代わりにやってもらうのです。確かに楽器の出来栄えも良くなり第三者が見たら評価が高くなります。しかしこれは職人の世界では全くダメです。
こんなことは当たり前と思うかもしれませんが、人間の社会で出世するには有効な能力ですから、偉い人にはそういう人は多くいることでしょう。見た目を繕うことしか考えていない人は多くいます。
職人でもこのようなタイプは「自分は才能が無い」と言ってあきらめるどころか「ゴーストライター」を雇って自分の楽器だと言い張るものです。


上手くできないという現実を直視してもそれで落ち込むのではなく、どうやったらうまくいくかということに熱中していれば上達していきます。「職人はカッコいい」と思って入ってた人は自分の無様さを思い知らされてすぐに辞めてしまうのです。私は木材を決められた通りに加工するということだけに集中して時間を忘れていたものです。


楽器製作では決められた寸法に加工するのがとても難しくて満足いくまでには5年くらいはかかります。そこまで達する人はわずかですからここで自分は一人前になったとしてこの時の知識で一生を終える優秀な職人が多くいます。

私はそれで初めて「決められた寸法」が誰がどうやって決められたのか疑問がわいてきました。そこからが勉強の始まりでした。今でもよくわかりません。

師匠の言う寸法から少しでも外れると工房では「失敗」とされてしまいます。違う寸法のものを作ろうもんなら師匠や先輩から「お前は何をやっているんだ?」と文句を言われます。ヨーロッパでもそうです。私は勤め先以外に家で楽器を作ってきたのはこのためもあります。いちいち見慣れないことをやっていると言われるからです。
さすがに今となっては何も言われませんが、分かってもらえるまでには相当苦労しました。過程を見られると文句を言われるので完成した楽器の結果で納得させました。今ではあらゆる工程を見直したため師匠や先輩の作風とは全く違うものになっています。私のような人がいる限り、流派や国名から逸脱した作風の楽器が存在し得るのです。


以前職場ではアルコールニスを塗っていました。アルコールニスは師匠が作って渡されて塗れというわけです。先輩から塗り方を教わってそれをきれいに塗れるように練習します。
アルコールニスはとても作業が面倒です。特に広い面積ほど難しくチェロではフルバーニッシュで塗るのに1か月以上かかっていました。
これではどうにもならないということで私はオイルニスの研究を始めました。
今なら10日もあればフルバーニッシュでチェロを塗ることができるでしょう。

当初オイルニスで塗ることに関しては職場では抵抗感があり、新しく楽器が仕上がると「アルコールニスで塗るよな?」と聞かれたものです。職場ではオイルニスのデメリットが少しでもあると指摘されたものです。デメリットといってもやり方が違うというだけですが、アルコールニスのやり方をそのまま適応できないと文句を言われるのです。

私はオイルニスを100回以上は作っています。
オイルニスの改良を重ねてデメリットもありません。でも私が作ってる楽器の美点はオイルニスでしか得られないということはいまだに師匠や先輩は理解していないようです。

今回のコントラバスの修理では、表板を新しくしました。アルコールニスなんて使っていたら何か月かかったかわかりません。アルコールニスではどぎつい黄色、オレンジ、赤しか使える天然染料が無く、表板だけが全く違う色になっていたでしょう。そのような色の違いも私にしか理解できていないのです。今度はどんな色にしようかと話し合うのに師匠の作るニスはいつもオレンジ色でした。



コントラバスの修理



問題のバスの表板です。これまで幾度も修理がなされてきました。
補強や追加された木材は色が微妙に違います。修理された年が違うからです。このコントラバスはギターのように表板が横板から張り出している部分がありません。ヴァイオリンやチェロなら表板のほうが一回り大きくなっています。そのため表板を接着するだけでも何日もかかります。
毎年のように修理をしていたのでうんざりしていました。
国立のオペラ劇場のバスで、日本公演にも来日したことがあるかもしれません。
ただし輸送など扱いの雑さに憤りを感じています。直しても直しても壊して持ってくるのですから。
修理代は演奏者個人は支払う必要は無くのんきなものです。
その度に100万円くらいかかってしまうのですから納税者としても許しがたいのものです。

バスバーに沿ってぱっくり割れています。

これは初めてのことではなく過去にもパッチで補強してありましたがパッチもろとも割れています。


このように割れてしまうのは事故が原因だと考えられます。
駒のところに強い衝撃がかかった時にバスバーを駒の足が押し付けるので表板が耐えられなくなってバスバーに沿って割れてしまうのです。今回は補強したところも割れていますから、同じ修理をもう一度しても同じことが起きるはずです。

表板に衝撃に耐えるだけの強度が無いのです。
おそらくこれは材質の問題だと思います。

このように見ても普段私たちが使っている木材と違うように見えます。楽器用の木材ではないようです。最近DIYをやっていますが、楽器に使われる木材というのはとても高級なものです。同じような針葉樹でも密度が高く中が詰まっています。節が無く樹齢も古いもので年輪の回転半径もとても大きいものです。楽器用の木材は標高の高いところでゆっくり育つもので密度が高くきめが細かいのです。

これは楽器に使わないような木材を使ったというのがというのがこのバスの失敗です。

言い換えると通常、弦楽器にはとても高級な木材しか使われていないということです。同じもので建物や家具を作ったらとんでもなく高価になってしまいます。したがって「弦楽器用」という時点で高級木材であるので楽器を選ぶときに木目を見て「これは良くない」とか「これは良い」ということはありません。弦楽器用に使えるレベルのものなら木目が荒くても細かくても多少の節や年輪のバラつきがあっても良い音がする可能性があります。オールド楽器などには木目の整っていないものがあり名器として使われています。

木材を見分けるとしたら弦楽器用として使えるレベルかということが重要です。普通プロの職人が作ったものならみなこの基準はクリアーしています。

ヨーロッパでも平地の林の木材は同じ種類の木でも使えません。いくら材木が売りに出されても楽器用にはなりません。一方アルプスの地方では暖炉やストーブの薪として使われている木材は我々が見ると「なんてもったいない」と思うようなものばかりです。弓の材料のフェルナンブーコもブラジルでは同様です。


表板が割れてしまうのは板の厚さなども考えられます。
確かにこのバスは厚くはありませんが、厚い板でも衝撃が加われば割れてしまいます。厚い板は弾力が無くなるので竹のようにパカッと割れてしまうのです。

板の厚さは薄いほど低い音が出やすくなるので低音楽器ほど薄い板であることが求められます。しかし弦の張力は強大でこのバスは5弦なのでより強い力がかかります。
また駒の高さも高いほど弦が表板を押し付ける力が強くなります。矢を射る弓を想像してください。駒が高いということは弓を強く引いているのと同じです。ところが弦が5本あると弓の毛が他の弦を触ってしまいやすくなります。そのため駒の上部のカーブを急にしなくてはいけません。そうすると一番端の弦を弾くときに弓が表板に当たってしまうのです。それを避けるには駒を高くしなくてはいけないのです。特にこのバスは5弦用に作られ表板の幅がとても広いので弓がぶつかりやすくなっています。
5本も弦があるのに駒も低くできないのでものすごく強い力が表板にかかります。それに対抗するためにはバスバーを太くて強いものにするわけですがバスバーが衝撃で押されると今度は表板を突き破ってしまいます。


もう一つ悪い条件が重なっているのは表板のアーチの高さがほとんど無くまっ平らであることです。橋でもそうですがアーチ状にすることで強度が上がります。地球は丸いのですが運動場のスケールでは平らに感じます。このバスもほとんど平らな板のようです。それが先ほどの写真のように補強だらけになっている理由です。

もはや修理してもまた壊れるだけだろうということで新しい表板を作ることになりました。以前からコントラバス奏者に言っていたのですがいよいよ直しようがないということで受け入れられました。
同僚と共同作業で同僚が表板を作り私がニスを塗るという分担になりました。しかし話し合いを行って知恵を結集したのでした。

我々の目標は「2度と修理に戻ってこないこと」です。
自分が手掛けた楽器をメンテナンスするのはその後の変化も分かってやりがいのある仕事ですが、毎回大破されては困ります。戻ってこないのが良い知らせです。

そのためには十分な強度を確保することが一番求められます。
もちろん上質な木材を使うことが大事です。
その上で力が分散する作りになることが重要です。
アーチは高めにすることで強度が高くなりますが、上手く力が分散しないと変形の原因になります。板の厚みも低音楽器としては薄い方が音響面では有利なのですが、強度が不足すれば変形や割れの原因になります。

つまり弦楽器を作る上で最も基本的なことが求められるのです。

現代のヴァイオリン製作はアーチはフラットで板は厚めなのでよくわかっていなくてもそんなに問題はありません。アーチの一番高い所の厚みと周辺の厚みを指定されその間をなだらかなカーブにすれば完成というのが現代の楽器製作です。頂点と周辺だけ数値を0.1mm単位で指定することができますがその間に関しては測りようがありません。傾斜しているところなので測定できません。楽器の輪郭も複雑な形をしているのでパラボラアンテナみたいに規則的なカーブにできません。

この周辺と頂点の間のところは職人がフリーハンドで形を作るしかない部分で、職人の造形センスが最も現れる部分です。本当に才能のある職人の作るものが分かるには自分も同様に才能がある必要があると思います。分かる人だけが分かる違いなのです。

そのため真面目に修行して真面目に楽器を作った凡人の楽器と造形の才能のある人の作った楽器の違いは私にはわかりますが、他の職人が見ても違いには気づかないことが多いでしょう。真面目な職人でさえ見ても分からない違いがあります。
現代の民主主義の社会では多数派の意見が尊重されますから「分かる人にだけ分かる違い」は少数派の意見でしかありません。これがフランスの19世紀の楽器製作ならもっと独裁的な業界だったので才能のある職人が選抜されて認められ指導者として選抜する側に回ったのでした。そのためフランスの一流の職人は皆造形センスに優れていました。弦楽器製作の歴史上19世紀のフランスだけです。今のフランスは平等な民主主義の社会ですからそのような水準は失われました。

現代では才能のない人も平等に扱われているので真面目に作ればプロとして認められます。
またイタリアのモダン楽器では才能が無い人でも「天才」として日本では紹介されています。造形の才能がない楽器商には違いが分かるはずがありませんから騙す意図があるとまでは言えません。私から見ると凡人以下だったりします。

演奏者は音にしか興味が無いので造形の才能があろうが無かろうがお構いなしです。音に関しては好き嫌いの問題で職人から見て全く才能が無い職人の楽器の音を気に入る場合もあります。私はそのような楽器は実用品として優れたものだと考えますが才能がある職人だとは考えません。

あまりにひどいものは表板が変形してダメになってしまうものもあります。イタリア人で専門書の本をたくさん書いた有名な職人のひどすぎるヴァイオリンが日本にありました。あんな人が本を書いているのですからどうしようもないです。私が本の文章なんてまともに読まないのは書いている人の才能が怪しいからです。写真だけで十分なので文章のところは削除して違う角度から撮った写真か計測データを載せてもらいたいものですが、本を買う人も楽器商やコレクターが重要な顧客でトンチンカンな文章を読んで満足感を得るのでしょう。参考書を集めて満足している受験生みたいなものです。


今回は幅の広い表板ですから駒の力が上手く全体に分散するようにとディスカッションをしたのでした。楽器の輪郭の形がヴァイオリンやチェロとはだいぶ違うのでよくわからない部分はあります。

美しい工芸品を作るというよりは耐久性を重視して作りました。国外公演の輸送にも耐えなくてはいけません。
表板だけ新しいので変な感じですね。ロックンロールとかジャズとかならこんなのも舞台で映えるかもしれません。

ニス



今回はニスの色を出すための染料には「アスファルト」だけを入れました。ちょうど店の前も道路工事中で使っていましたが私が使っているのは死海から取れる天然のアスファルトです。石油が染み出て自然と出来上がるもので古代エジプトの時代には水漏れを防ぐためなど利用されていたようです。ミイラの製造にも関係があるようです。

アスファルトは粘性の強い真っ黒な液状になりますが、インクとして使用すると赤味が弱い緑がかったセピア色になります。大量に使用すればニスはゴムのようになってしまいます。

アルコールには溶けないのでアルコールニスに使用することは難しいです。かつて実験していましたがわずかにしか色が得られずニスの乾燥が遅くなってしまいました。石油系の溶剤なら溶かせるかもしれませんが伝統的な楽器用のニスとは違うものになります。
緑がかったこげ茶色でも白木に塗るとこのように黄金色に見えます。つまり黄金色にしたければ黄色で塗ってはダメだということです。オイルニスでは簡単に黄金色が作れますが、アルコールニスだと黄色くなってしまいます。アンティーク塗装で下地が黄色い楽器をよく見ますが、私からすると見ていると吐き気がします。作った職人は違いは分からないようです。

色が薄すぎると何十回塗っても色が付かないので思い切って強い色にしました。強い色は色ムラになりやすいので塗るのが難しいです。さすがに100回以上ニスを作っているので手慣れたものです。ムラなく塗りやすいニスがあるのとないのでは作業の効率が全く違います。新作の楽器をフルバーニッシュでムラなく塗るのはとても難しい作業です。それが嫌でアンティーク塗装に逃げる職人がいます。もしムラができてしまうと小さな筆を使ってピンポイントに明るいところに色を足す作業が必要になります。この時にまた細かいムラができます。さらに細い筆で足していきます。こうやってだんだん細かくして目視できないようにするのです。アルコールニスでは必ずムラができます。油ニスでもムラはできますがアルコールニスと違って不規則にぼんやりとしたムラになります。アルコールニスは刷毛のラインがそのまま残ります。

それが面倒なので根気の無い職人はアンティーク塗装に逃げるのです。
しかしアンティーク塗装をする場合、下地を均等に黄金色にしたり、全体の色調を整えたりするときにムラなく均等に塗る技術は基本となります。フルバーニッシュできれいにニスが塗れないということはアンティーク塗装では基本すらできていないということになります。アンティーク塗装で本当の古い楽器のようにするのは非常に難しいものです。フルバーニッシュのほうがはるかに簡単です。
それがヴァイオリンならともかくコントラバスですから。

この調子ならコントラバスもフルバーニッシュで塗れそうです、上達したものです。しかしこのバスは他の部分はアンティーク塗装になっているのでそういうわけにはいきません。



このような感じで汚れを付けていくと雰囲気が出ます。ニスを何回か塗って一度平らに研磨した後、ニスの表面に細かな凹凸が付くようにニスを塗ります。さらに適度な色合いの顔料を薄く塗ってさらに研磨するとニスのくぼみに顔料が残って点々になるのです。年輪のところもくぼませてあるのでそこも溜まります。つまり楽器が古くなってニスの表面にしわができ、汚れが積もりに積もってそれを掃除した様子を再現しています。完全にリアルではありませんがヴィヨームのヴァイオリンでもこんな程度ですからアンティーク塗装のクオリティとしては上等なものです。
わざとらしく見えないように汚れの多い場所と少ない場所を作ったり汚れの色合いにも注意が必要です。安価な量産品では真っ黒だったり、赤茶色だったりするので不自然に見えます。天然の埃のような色にする必要があります。量産品ではどこもかしこも同じように年輪の線が黒くなっていることがあります。
これだけでもだいぶ古く見えるようになったと思います。こういうのは手法として教えるとパターン化してわざとらしくなります。自分の目で古い楽器を見てどうなっているべきか分からなくてはいけません。

これでもニスが顔を出しているところは均等すぎますので、さらに作業が必要です。

このようになりました。良い感じです。

黒い点々が新しいニスにちりばめられているとおかしいです。全体的に汚れていなくてはいけません。そして掃除した時に汚れが取りきれていないところと明るくなっているところがまばらにちりばめられています。

f字孔の周り、テールピースの下、エッジの周辺は他よりも黒っぽくなっていますがそれだけではなくて所々にこすれて明るくなったところが顔を出しています。よくヴァイオリンのアンティーク塗装ではタンクトップやレオタードみたいに表板の真ん中だけニスを残す塗り方をする人が多くいますが、実際のオールド楽器では全体的に濃い所と薄いところがちりばめられていることが多いです。特にチェロやバスではヴァイオリンのような剥げ方はせずに不規則になります。

一か所だけごっそりニスが剥げているというのはわざとらしいです。そんなところは無くてもちゃんと古さは表現できます。

光沢を落とせば完成

新作でも修理でも通常はできるだけピカピカにするのですがそれだと表板だけがピカピカになってしまいます。他の部分と比べるとニスに厚みがあり表面が滑らかだからです。

光沢が若干落ちました、表面をすりガラスのように曇らせると光沢が抑えられます。この辺も程度の問題で難しいものです。

それにしても幅の広いバスです。

この方法は全く同じ効果を再現するのが難しくてやり方が確立していませんでした。小さなヴァイオリンではうまくいってもバスになるとそうはいきません。今回いろいろ試してだいぶわかってきました。同様のことはチェロでも有効な手法だと思います。本当のオールド楽器と見分けがつかないようなリアルなものではありませんが「アンティーク塗装」というジャンルでは上等なクオリティにあると言えます。ヴィヨームと同様にセンス良くまとめればリアルではありませんが良い雰囲気になります。このバスは歴史的に価値がある本当に古いものではありません。アンティーク塗装で現代に作られたものですからこれで十分だと思います。あとは使っていくうちに本当に古くなっていきます。バスは損傷を受けることが多いので時間の問題です。


良い感じです。これ以上何かしても表板だけ濃い色になっていくのであきらめが肝心です。

修理前に比べるとアーチも高くなり「ヴァイオリン職人のクオリティ」になりました。本来修理はできるだけオリジナルに近づけるのが目標ですが、今回は修理前からは見違えるほど上等なバスになりました。裏板はギターのように完全に平面のバスですから今となっては表板のアーチとの違和感もありません。表板だけが本物のヴァイオリン職人のバスです。

まとめ

現代のヴァイオリン製作では細かい所ばかりに意識が行っていて、根本的なことが分からないままになっていてもプロの職人として許されてしまいます。画期的に音を良くする方法を発見したとかストラディバリの秘密を解明したなどと言っても基本的な部分が現代の楽器です。バスはもっと素朴で初期のヴァイオリン製作の時代を思い起こさせます。今回は壊れないことを目標しましたが、以前にも同様の修理をずっと古いバスに施したことがあります。これは傷んだ表板よりも音が良くなったと言っていましたが最近ますます音が良くなっているそうです。

壊れる壊れない境目がどれくらいか知ることがとても重要です。低音楽器では特に重要でどこまで壊れずにどこまで薄く作れるかというのは究極の目標です。他の楽器でも正解だけを師匠に教わるのではなく、限界を知って初めて理解したと言えるでしょう。

このように質の悪い木材を知ることで今皆さんが手元に持っている楽器の板が上等なものだと分かるのです。