お酒の甘辛度という概念を弦楽器の音に適用してみると? | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。
お問い合わせはPC版サイトのリンクかアメブロのメッセージから願いします。

弦楽器では売り手や製造者は「○○だから音が良い」とアピールします。しかし「音が良い」の一点張りでどんな音なのかは語りません。これがはるかに多くの人たちに親しまれているワインや日本酒では辛口や甘口という尺度があります。弦楽器の業界が未成熟じゃないかと思う今日この頃です。


こんにちはガリッポです。

日本酒やワインでは甘口や辛口という分け方があります。
当然好みや状況によって選べば良いわけです。

一方弦楽器の世界ではどんな音がするかなんてことはあまり語られることはありません。多いのは「巨匠や天才が作ったから音が良い」とか「音響物理学で音が良い楽器の製法を発明した」と言って楽器が売られていますが、どんな音なのかは全く語られることがありません。

先日もこんなことがありました。
こちらの産業新聞の紙面にヴァイオリン職人のことが書いてありました。経済記者というのはその業界の専門家ではなくてよくわからずに新製品などを紹介していたりするものです。
それによると彼は音響物理学の研究によって音が良い楽器の「新しい」作り方を考案したそうです。年間に40本のヴァイオリンを作っているそうです。

ヴァイオリンをプロの職人が作れば少なくとも1~2か月はかかるということをこの前話したばかりですが、40本も作ろうと思えば休みなく働いたとしても9日間で一本のヴァイオリンを作らなければいけません。普通に考えれば機械で作っているのでしょう。

そんなに音が良い楽器が作れるなら高い値段でも売れるでしょうから慌てて作らなくてもしっかりいいものを作れば良いと思うのですが、他人の考えることはわかりません。せっかちで非常に速く楽器を作る人は「楽器は音が一番大事だ、見た目をきれいに作る必要はない」と言います。なるほどその通りだと説得力のある理屈ですが、なぜ音の良い楽器を作るのにそこまで急いで作る必要があるのか謎です。音のことを考えていろいろな部分に配慮して入念に作ってはダメなのでしょうか?なぜ慌てて1秒でも早く雑に作ると音が良いのでしょうか?

単にアピールするポイントとして自分の都合のいい理屈を言っているだけにしか思えません。このようなアピールでは「音が良い」の一点張りでどんな性格の音なのかが一切無いです。
他にアクセサリー類で「音を改善する」という新製品が出ますが、これもどんな音になるかが無いのです。アクセサリー類であれば、自分の楽器の悩みを解決してくれればとても有用ですが、人によって悩みが違うので解決する方法が違います。病気によって服用する薬が違うように症状によって目指す方向が違うはずです。場合によっては全く正反対の可能性もあります。
私たちもどっちの方向に音が変わるのかが分かればその製品を取りそろえておいて「患者さん」が来たとき症状に合うアクセサリーを処方すればいいのです。
しかし「音が良くなる」としか書いて無いものでは症状とは逆の方向性に変化してやってみたら余計に悪くなるかもしれません。音は良くなっていませんね、騙されましたということです。

このような「新技術」は弦楽器のことを分かっていない人たちを引き付ける魅力があります。読者のウケを狙って記者もそれを記事にしたのでした。情報社会の現代でも情報なんてこんなものです。
このような新技術はなぜかいつも万能薬なのです。

健康食品でも万能薬のように宣伝しているものがあれば、「怪しいな」と思います。考え方の根本がおかしいからです。かつて秦の始皇帝が永遠の命を求めて水銀を摂取していたそうです。今では水銀は毒物だと分かっていますが、当時は不老不死の薬だと信じられていたそうです。その時代を生きているうちはそれが効果が無いと分かりません。毒だと分かった時には意識はありません。

弦楽器も何百年も歴史があって、これからもずっと美しい音を奏で続けると思いますが、今の「新技術」が未来には「あんなのはインチキだった」と言われるかもしれません。その新技術は将来には過去の技術です。同じようなことは100年前にも盛んに行われました。いろいろな改造を加えた楽器も作られていたのです。

常識を信仰の対象にする人はいます。確かにある時点で最も合理的な正解かもしれません。しかし状況が変わればもはやベストではなくなります。音楽や芸術に携わる者としては最も創造の才能が無いと言えます。

「新しい技術が優れている」という常識を持って生きていれば現代社会でいちいち細かいことを理解しなくても「何となく新しいから良さそう」と意思決定をして暮らしてうまく行っているような感じがします。過去にすばらしいものがあったということを知らなければです。

私は新しい技術より古い技術を研究しています。古い技術には何百年後にも生き残るヒントがあるかもしれません。



このように「音が良くなる新技術」にはいつもどの方向に音が変化するのかということを考えていません。客観的に物を考える視点が欠けているように思います。空に何か光るものがあれば「宇宙人の乗り物だ」と思い込むようなタイプの思考法です。


「音が良い」ということをどうやって定義づけるのでしょうか?
人によって求めるものが違います。音量が大きければいいという人もいれば美しい音が良いという人もいますから。

実際には一つの尺度で良し悪しを測れない

ちょっと前に学生がヴァイオリンを選んでいたという記事がありました。50~100年位前のヴァイオリンを10本ほど用意して弾き比べたというものです。10本ともまともに作られた楽器で腕前も確かでしたからどれを弾いてもちゃんと音が出ていました。
本人も家族も「どれも良い」と言っていました。

実際にはこのように一本や二本だけがずば抜けて音が良かったり、逆に音がすごく悪いものがあったりとそのような分布にはなりません。まともな楽器ならどれでもちゃんと機能します。

その上で「みな音は違う」「どれが良いかはとても難しい」と言っていました。私も同感です。このように楽器というのは「良い」「悪い」という何か一つの尺度で測ることがとても難しいものです。このような違いはもはや趣味趣向の問題でしかありません。

ドイツのヴァイオリン2本とチェコとフランスのものが各一本ずつの4つまで絞ったのでしたが、ずいぶんかかってようやく決断をされました。
私が以前修理したフランスのヴァイオリンでした。このヴァイオリンはとても美しく作られたもので、9日間ではとても作れないような手のこんだものでした。必ずしも雑に作ったほうが音が良いということは言えません。


このヴァイオリンはオーギュスト・ドリベの1908年作のもので最大で2万ユーロの相場になっていますが、同じ作者でも安上がりに作ることがあります。しかしこの楽器に至ってはどう考えても最善を尽くして作られたと分かります。状態も最高レベルです。フランスには腕の良い職人がたくさんいたので特別有名ではありません。しかしこのようなものは他の流派の人にはまず作れないものです。フランスの楽器製作が非常に高度であったためマネしたくらいでは作れないのです。
したがってもしニセモノだったと後で判明したとしても100年以上前のフランスの一流の腕前の職人の楽器であることは間違いないので2万ユーロ(約250万円)くらいは別の作者だったとしても高すぎる値段ではありません。実力で2万ユーロの仕事です。これがイタリアの作者で5万ユーロで買ったものがもしニセモノなら5000ユーロになるかもしれません。フランスのさほど有名で無い作者の楽器というのは実力を値段が表していると言えるでしょう。その上10本の優秀な楽器の中から音を気に入って選んだのですから音も好みに合っているのです。実力で楽器を選ぶとはこういうことです。

音も良くてこんなきれいな楽器を作った人が無名なのですから楽器販売業界がいかに節穴かということです。

このような買い物はごく普通の家庭で行われています。風雅を知り尽くした仙人のような人ではなく普通の人がやっているのです。これが日本で250万円なら新作のイタリアの楽器を教育熱心な親が業者の言いなりになって買っているところです。まったく違います。


最終的に選ばれましたが、非常に難しかったそうです。
私が修理して作りも調べていたのでひいき目に見ていましたが、全くそのことは説明もせずに本人と家族だけで決断されました。私はよくできている良い楽器だと思っていましたがそれが選ばれました。
この楽器は修理してほとんど弾いていなかったので他のものよりは弾きこみが必要だったそうです。修理でも出来上がってすぐに本領発揮というわけにはいきません。しかし理想的な状態にある楽器は長期的には確かなものです。


このように弦楽器というのはまともに作られていればどれでもちゃんと音が出ます。古くなっていてちゃんと修理されていればより有利になっていきます。しかしみな音は微妙に違います。優劣をつけるのは非常に難しく、好みとしか言いようがありません。

実際はこんなものだということを知っていれば「音が良くなる新技術」なんてのは全く見当違いの発想だと分かるでしょう。近代の楽器はどれも同じように作らていることもあって誰が作ってもちゃんと作れば機能するのです。そのようなことを知らないので天才や巨匠、新技術みたいなものが存在して他を圧倒するような優れたものがあると勘違いしているのです。

弦楽器製造では「どのような好みの人に適した楽器なのか?」という事は考慮されてきませんでした。製造法でも特定の趣味趣向に合わせて音を作り分けることはされて来なかったのです。このような音が好きな人にはまさにぴったりの技術を開発したということは聞いたことがないです。


たまたま日本酒で辛口がどうとか言うことを聞いたので、私は全くお酒には詳しくありませんが、そのような尺度は弦楽器の世界では聞いたことが無いなと思いました。
甘口とか辛口とかそういう尺度が弦楽器にもあったらどうだろうと想像してみました。

甘口と辛口


甘口や辛口のような尺度があれば、甘口が好きな人と辛口が好きな人では同じ楽器でも全く正反対の評価になるわけです。こうなると天才だとか巨匠だとか新技術といっても「好みの問題に過ぎない」ということになります。好きな人には良い音で嫌いな人には良い音ではないということです。

このような見方があるだけでも全く考え方は変わってきます。

お酒であれば糖分がアルコールに変化するのでその度合いによって甘いか辛いかということが数値化できるそうです。それ以外の味や風味によって甘いと感じたり辛いと感じたりすることもあるそうなので数字が絶対というわけでもないそうです。


弦楽器の音でも私などはどんな音かまずは価値基準を含めずに「こんな音か」と把握したうえで、好きな人が多いか少ないかということは言えると思います。しかし少数派が間違っているということは言えません。

ある男性は難聴があってどんなヴァイオリンを試しても高音が弱いのだそうです。大変裕福でグァダニーニなどイタリアのオールド楽器を試しても気に入らなかったそうです。それで選んだのは予算よりはずいぶんと安いヴィヨームのヴァイオリンです。
本人が弾いているのが聞こえてくるとこちらは耳をふさぎたくなるほど鋭い音がします。別の人が弾いたらそこまでひどい音ではありませんが、彼にとっては夢のヴァイオリンです。


このように聴覚には個人差があって音楽という芸術に対する向き合い方も人によって違いがあります。グァダニーニとヴィヨームのどちらが優れているという次元のものではありません。



このようなケースを考えてみると間違いなく「辛口」でしょう。
これは極端な例ですが、同じ音でも耳障りな音と感じる人もいれば力強い音と感じる人もいます。高く評価する人もいればこんなひどい音は最悪だと感じる人もいます。「この」ヴィヨームに関しては辛口のヴァイオリンということになります。ヴィヨームもモダン楽器の中ではとくに有名なもので値段も高いです。フランスの楽器らしく仕上がりも見事ですが甘口が好きな人にとっては箸にも棒にもかからない楽器ということになります。一方フランスのモダン楽器がみな辛口というわけではありません、一つ一つの楽器を試してみなくてはいけません。
ということは他に試したイタリアのオールド楽器は甘すぎたということです。

「ヴィヨームは辛口だ」なんてウンチクは聞いたことは無いでしょう?私が今考えたのですから。


このようなことから考えると刺激的な音がどれくらい含まれているかで辛口ということを考えてはどうでしょう?
黒板をひっかくような音は辛口です。背筋がブルッとするような激辛の楽器も経験しています。

弾いている本人と聞いている人でも音の感じ方は違います。
一般論としては弾いている人はより手ごたえをもとめ、聞いている人は刺激的な音が少ない方が求められていると思います。本人が気に入っていても聞いている方は耳障りだと感じることはよくあると思います。

当然刺激的な音のほうが刺激が少ないものより「やかましく」聞こえます。
嫌な音のほうが強く訴えてきます。逆に考えれば刺激的な音が全くなければ眠くなってしまうかもしれません。弾いていても弱く感じるでしょう。特に未熟な演奏者では刺激的な音が多いほうが音がよく出ているように感じて好まれ、聞いている方にとっては拷問のようです。
教師でも自分の感覚を絶対だと信じている人には自己満足の楽器を選んで生徒に薦める人もいます。

当然弦楽器を買う人の大半はさほど演奏技量があるわけではありませんから刺激的な音の楽器を選ぶ人が多数派になるだろうということは想像がつきます。楽器店を経営するなら刺激的な楽器を多く取りそろえるほうが売れるでしょう。実際長年生き残ってきたワンマン社長などは鋭い音の楽器ばかりをそろえているということはあります。
新作の楽器でもそのような楽器を「すごく音が良い」と買って調整に持ってくる人がいます。初めは良いと思ったけど耳障りでなんとかしてほしいという人もいます。
そのような楽器が50年以上経って目を覚ますとさらに刺激的な音になるでしょう。


また高音と低音でも違います。
高音では刺激はより強く感じられ、低音ではさほど気になりません。
そのため低音がから順番に音を出していくと「これは力強い」と感じた楽器は高音に来るともう耳障りになります。ちょっと高音が鋭いけど何とかなるかと思って楽器を購入すると、一生高音をごまかす調整を欠かすことができません。
逆に高音がシルクのような美音であれば低音はもやっとしたような頼りない音かもしれません。これらを両立するとなると奇跡の名器が必要になります。

どんな楽器が辛口か甘口か


私もいろいろな楽器を日頃から経験していますが、甘口の楽器は少ないです。辛口の楽器は多いです。
技術的な観点からなぜ甘口になったり辛口になったりするかは私にはわかりません。調べても確かな共通点が見出せません。

辛口の楽器のほうが多いということは一般的な方法、一般的な職人が作れば辛口になるということが言えます。甘口のほうが特殊です。そのため辛口の楽器を作る人を天才とは言えません。他に同じような音の楽器を作る人がたくさんいると考えて良いでしょう。

特に辛口なのが多いのは東ドイツのザクセン州で戦前に作られた安価な量産品です。絶対数が多いからということもあるでしょうが激辛もあります。
私は一生の楽しみとして弦楽器を演奏するならよく弾く人ほど一時間当たりの費用は微々たるものになるのでまともな楽器を使ってはどうかと思います。ザクセンの安価な楽器を開けてみるとどれだけひどいかということを知っていて「音楽に費やした時間がもったいないなあ」と思います。音を聞いてみると激辛なのです。

あとはモダン楽器も辛口のものが多いと思います。
先ほど言ったように辛口のほうが主流なわけですからそれが普通ということです。

逆に甘口の楽器は?となるとオールド楽器で癖の少ないものが思い浮かびます。
オールド楽器は作風のバラつきが多いので激辛もあります。
高音までしなやかなものはオールドでなければ滅多にないものです。それでいて反応もよく音も出やすいものは最高だと思いますが、私の好みですかね?

よく名演奏家が使った弦を使いたいという人がいますが、ヴァイオリンのE線はモダン仕様ではみなスチールを使っているので甘口のオールドの名器を使っている人が選ぶ弦と一般的な楽器を使っている人が選ぶ弦は真逆なんじゃないかと思います。「辛口のE線が使える楽器」ということもできるでしょう。激辛の楽器に同じ弦を張ったら大変なことになります。


あとはモダン楽器でも現代の楽器でも理由はわかりませんが散発的に甘口の楽器があります。新しい楽器でできて間もなければ全く弾きこまれていないため「音が弱」いと感じるかもしれません。地味すぎて希少さにも気づかないわけです。


お酒でもひどい安物のどぎつい辛口もあれば、すっきりした上等な辛口もあり、甘口でも後味が悪い安物もあります。単純にどっちが良いというわけにはいかないでしょう。
一般的に非常に安価な楽器はひどい安物の辛口でアマチュアなら甘口の上等な楽器を使うと家族や周りの人からも「良い音ですね」と言われて評判も良いでしょう。
辛口は中級者向きで学生やオーケストラ向きと言えると思います、腕を磨いたり実務で使うには優等生だと思います。さらに上級者になると弾きこなすのが難しい甘口のオールド楽器でないとダメだという人もいます。オールド楽器でもモダン楽器の延長で辛口を良いという人もいます。


私が作る楽器はなぜか甘口


技術的に理由は分からないという話でしたが、私が作るとなぜか甘口になります。
修理でも甘くなります。さっきの学生が選んだフランスの楽器でも私がオーバーホールをしたこともあってヴィヨームの例とは違い刺激的な音はしません。モダン楽器としては甘口の方です。自分が使っていたのはザクセンの上等なものでそれよりも辛口でした。
刺激的な音が強くて困っているのなら私が修理すれば辛さは和らぐということです。逆にしてくれと言われても分かりません。
日本で修理したミルクールのチェロも修理前はかなり辛口だったのがだいぶ甘くなったようです。
今年行ったザクセンのチェロの修理でも結果はザクセンのチェロとしては珍しく中口くらいになりました。

チェロを私が作れば甘口になってしまうでしょう。そのため好みは分かれると思います。

私がストラディバリのコピーを作ると特に甘口になります。
さっきのヴィヨームもストラディバリのコピーですからストラディバリモデルというような表面的な事で決まるわけではありません。ストラドモデルで辛口の楽器はたくさんありますが私が作ると特別甘口になります。


2014年に作ったストラディバリのコピーを改造していましたが出来上がりました。



特別に日本向けに明るめの音にしようということでやや周辺部分を厚くしてありましたが、もっと私の本来の暗い音にしようと思ってすっきり削り落とす改造をしました。


確かにちょうどあった1960年代後半の中級品のヴァイオリンと比べると暗い音になっていました。中級品のヴァイオリンは懐かし感じがします。私が習っていたころの量産品や修業を始めた頃に作っていたヴァイオリンの感じだったからです。そういう意味では今という時代の生活感を感じます。それに対して2014年のヴァイオリンはずっと大人っぽい暗い音で古い楽器をたくさん経験してきたものにとっては重厚な高級感を感じます。オールド楽器と比べても、ものによってはオールド楽器のほうが明るいこともあるでしょう。
中級品は弾いてすぐに音が出る感じですが、ストラドのコピーの方はまだまだ先があって全然弾けてない感じです。イージーな楽器ではなさそうです。



ピラストロの新しい弦

今回は板の厚さも変えて魂柱も駒も新しくしました。弦も使い込まれていたので新しいものにする必要があります。
こんなのは使う人が好きなものを選べば良いのですが、何かは張らないといけません。
初めに使っている人が多いというだけの理由でピラストロのオブリガートを張りました。E線には定評のあるカプランのゴールデンスパイラルソロのヘビーテンションを張りました。カプランにはソリューションというスチールにアルミニウムを巻いてあるものがあって柔らかい音がします。ピラストロには『No.1』という名前のE線が同様のものです。多くの楽器は辛口なのでこれらの巻線のE線は多くの人に従来のものよりも音が柔らかいと好評なものです。
私のヴァイオリンなら強いテンションの無垢のスチール弦でも耳障りな音はしないので張ってみました。強いテンションのE線を張ると他の弦も全体的に明るいと音になります。No.1などはしっとりとしたような音で他の弦も落ち着き鼻にかかったような音も和らぎます。

それに対して
新しく発売されたナイロン弦がピラストロのパーペチュアルです。すでにチェロ用が発売されていました。新しい製品が出るごとに値上がりしていくという見事な商売です。

この前日本とヨーロッパの音の好みの話をしましたが、最近ではとにかく強い音が望まれているということでした。チェロ弦では同社のエヴァ・ピラッチ・ゴールドがふわっと柔らかく明るい響きがボリューム豊かな音なのに対して、パーペチュアルは筋肉質に暗く引き締まった力強い音だという印象があります。それでいて昔のスチール弦の耳障りな嫌な音は軽減されているのが値段の高さに現れています。

A,D,Gをオブリガートから変えてみると強い感じはします。穏やかで丸かった音が鋭く刺激的な音がだいぶ増えたように感じました。やや明るくなったようです。オブリガートが甘口ならパーペチュアルは辛口です。これは弦を張るときにはじいて調弦している段階からスチール弦のような金属的な音がしていました。明らかに刺激的な音が強調されています。
どのメーカーも音量を増せば売れるということからそれをアピールしています。最近の製品では張力を強め響きを豊かにして明るい音になっているものが多いと思います。それに対してパーペチュアルは刺激的な音を加えて「やかましさ」を出している感じがします。

さらにE線もパーペチュアルのテンションの強いバージョンのものに変えてみました。これはプラチナでコーティングされている高価なものです。E線としては従来では考えられない値段です。G線に金(合金?)を巻いてあるエヴァピラッチゴールドの次の製品としてはさらに高価なプラチナです。貴金属店のようになってきました。しかし弾いてみると別にこれでなくてはいけないという感じはしませんでした。値段を考えればおなじみのE線で良いと思います。
再び1週間後にゴールデンスパイラルソロのヘビーテンションに戻して弾いてみると今度はオブリガートとの比較ではないので刺激的な音という印象はそれほど強く感じなくなっていました。しかしやはり鼻にかかった音の傾向はあります。E線はとても柔らかい音で私が作るストラディバリのコピー独特の音です。それがこの楽器の他のものではめったにない特徴と言えるでしょう。楽器全体としてもストラディバリらしく室内楽的なスケールの小さなものではなくキャパシティの大きなものです。板を薄くしたことも貢献していると思います。

プラチナのE線に加えてパーペチュアルではスチールのA線もナイロン弦のシリーズでは珍しく用意されています。明らかに強い音を目指して作られていると思います。スチール弦はチェロでも研究に力を入れている分野です。


これの前に発売されたエヴァピラッチゴールド、ダダリオのカプラン、ラーセンなども最新の製品を出していますがいずれも明るい音です。オブリガートほどではないにしてもそれらに比べれば落ち着いているように思います。一方で刺激的な成分をずっと多く感じます。そのためキャラクターとしては「やかましい」という方向になると思います。甘すぎるというケースでは不満は解消できると思います。面白いのはE線だけ違うものを張こともできるという点です。楽器自体が辛口ならE線は特に辛口ですから金属巻のE線でごまかすのが精一杯ですが、楽器自体が甘口で高音は柔らかくても低音が弱いというのなら何とかできるということです。GとDのみをパーペチュアルにしても面白いかもしれません。チェロでは低音の2弦を鋭い音のものにする組み合わせがよくあります。

そもそも甘口が好きな人は用がない弦かもしれません。
鋭く強くというのではなくて張力の弱いガット弦を豊かに鳴らすという方法もあります。
これだけ近代的に組織された弦メーカーが新製品を開発しているのにガット弦の方が良いとかバロック楽器の方が良いと言っている人もいるのです。好き嫌いの範疇でしかありません。

甘すぎて不満な人か、何がなんでも強い音という人に向いていると思います。

弦楽器の甘辛度

甘口や辛口というのは最近私が思いついたことなので店に行って店員に話しても通じないでしょう。気を付けてください。

しかしこのような考え方ひとつでも見方はガラッと変わると思います。
「高価な楽器=良い音」というイメージを未だに持っている人がいるかもしれません。イタリアの楽器に限って新作楽器以上のものを求めると次はモダン楽器で500~数千万円します。このようなモダン楽器には辛口のものが多くあります。しかしオールド楽器には甘口で豊かに鳴るものがあります。以前紹介したドイツのブッフシュテッターなどは500万円くらいのものですがモダン楽器の鋭さとは全く違います。癖のない上等なオールド楽器の甘口です。

ものによっては辛口のイタリアのモダン楽器の音とザクセンの量産楽器の音は紙一重だと思うことがあります。偽造ラベルが貼られていても音だけでは気づかないです。値段だけで音が良いと信じないように気を付けてください。
また、フランスの楽器ほど鳴らないのでイタリアの楽器は甘口と感じこともあるかもしれません。甘党の人にはある種のフランスの楽器は「鳴りすぎ」ということですね。鳴りすぎない楽器はずっと安い値段でイタリア以外にもあると思います。


いずれにしても重要なのは甘口か辛口のどちらかが良いのではなく自分にとってちょうどいい線を見つけることです。
とかく日本の男性は「甘口なんてのは女子供のものだ」と刷り込まれているかもしれません。欧米じゃあ男の人が嬉しそうに特大のパフェなどを食べています。
一方ヴァイオリン奏者の女性で男勝りの気の強さの人はチェロやビオラ奏者に比べると多く感じます。控えめの方もお店の人の言うことに流されないで自分の好きな音に自信を持って良いと思います。

辛口の楽器では全体的に力強く感じられますがあまりにも辛口なら高音は耳障りになってしまいます。ちゃんと作られたものなら基本的には優秀ですから高音が許容範囲に入っていればOKというのがちょうどいい辛さです。アルミニウム巻のE線が高音が鋭い楽器の問題を解決するためにカプランではソリューションと名前が付いています。ピラストロではNo.1です。
チェロではラーセンに定評があります。これは寿命が短いものでコストがかかります。次いでエヴァピラッチゴールドでしょうか。
ビオラのA線でもスチールが一般的ですが、カプランのソリューションかカプランのセットのうちのA線でチタン巻のものを使用できます。商品名が変わっていたりしますので注意が必要です。特にビオラ特有の鼻にかかった音がひどい場合に裏技としてピラストロ・トニカのA線があります。これはナイロン弦です。

一方で特別柔らかなE線の高音を求めていれば楽器全体が甘口でなければ得られません。しかし他の弦は手応えが無さすぎるかもしれません。
甘口でも力強さを感じられる楽器があれば最高です。優れた演奏者によく弾きこまれた名器からはそんな音が出ています。ただし値段はとんでもないです。演奏技量もです。予算や腕前に限界があるならどちらかはあきらめることです。

その点に関してパーペチュアルというヴァイオリン弦は甘すぎる楽器に光をもたらすかもしれません。激辛を「こんなの全然辛くない」という人にとってもです。


先ほどのストラディバリのコピーはわけがあって改めて所有者を探すことになりました。日本に持って帰って皆さんに試してもらえる機会を作りたいと思います。これから予定を立てていきます。