帰国のお知らせ 2018/2019 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

12月の終わりに帰国して1月中は関東から関西まで出向こうと思っています。前回の休暇ではチェロの修理を頼まれて休暇中に間に合うかどうか緊迫していたので他のことはできませんでした。

今回はその分多くの方にお会いしたいと思います。
そのため修理の依頼は受け付けていません。

いくつか私の作ったヴァイオリンがあるので試していただく機会を持ちたいと思います。ビオラやチェロで同様のことができるかは日本で使っている方の都合によります。まだ先なので具体的には決まっていません。

関東から関西までは行きますが普段生活や活動されている方のほうが詳しいでしょうから場所などはお任せしています。個別に訪問しますが、合同とさせていただくこともあります。



ヴァイオリンに関しては探していて希望のものが無いという方には珍しいものとなるでしょう。

努め先でも前々から進んでいた制作依頼がようやくまとまってきました。このケースについていきさつをお話しします。
立派な職業は別にあってオーケストラで弾いてらっしゃるという人です。フランスの19世紀の名の知れたヴァイオリンを弾いています。

それがどうも自分の好みとはちょっと違うようでヴァイオリンを探していました。私がイタリアのオールド楽器の複製を作っていることを知って興味があるということで来店されました。

ご自身のものはアーチのふくらみが平らに作られたモダンヴァイオリンで音も強く豊かで音量のある楽器です。普通に考えれば優れた楽器と言えるでしょう。話を聞くと「暗くて強い音」が好みだとおっしゃっていました。こちらでは最も人気のある音のタイプです。
それで言うとフランスのモダン楽器はまさにぴったりですから買い換える必要があるのかと思いました。ちょっと違う音のものとしても私の作るものよりも別のモダン楽器を探したほうがいいのではないかと考えました。単にイタリアのオールド楽器にあこがれをもっているだけで純粋に好みの音はモダン楽器のほうが合っているんじゃないかと思いました。

ところがよく話を聞いてみるとご自身のヴァイオリンは音は強いのだけど荒々しいので、もっときめ細かい澄んだ音が良いとのことです。しかしまったく弱い音ではダメだそうです。

オーダーメイドでどんなタイプの楽器を作ろうかと話をしていました。
その方も弦楽器にはとても強く興味を持っているちょっとマニアックな方でしたので自分なりに考えがあるようでした。平らのアーチの楽器のほうが音量があるという知識を持っていたので、平らなアーチのものが良いと。自分のフランスの楽器は胴体が大きなものなので小さなものが扱いやすいということで話し合いをしていくうちにグァルネリ・デルジェズのコピーが候補となっていきました。

私は依頼があればできるものならどんなものでも作りますのでデルジェズの中でも平らなアーチで板の薄いものを探すことにしました。板が薄いと暗い音になるからです。


そこまで話がまとまったところで、おととしに作ったピエトロⅠ・グァルネリのコピーを試してもらいました。この楽器は日本にも持って帰って好評でした。とはいえ私の都合で日程を決めていて衝動買いするような値段ではないのでどなたも購入には至りませんでした。前回はチェロの修理で募集もしませんでした。
これはとても高いアーチのものでクレモナ派の古いスタイルの典型的なものです。話が進んでいたフラットなデルジェズとは全く逆のタイプです。

弾きだしてすぐに「これが私の望んでいる音だ」とおっしゃられました。これで決まりです。

以前から日本の方でヴァイオリンを探しているというお話をいただいているので今回の帰国では日本に持って帰ります。日本でどなたも購入されなければこの人のものになります。そうでなければ同じものをもう一度作ることになります。


このように知識を学んで頭で考えていることと実際に弾いて感じることは違います。フラットな楽器が良いと考えていたようですが、全く吹き飛んだようです。さらにはご自身のフランスの楽器とも似ていると言っていました。私のもののほうがいくらか柔らかくて荒々しさが少ないということでより希望に合っているようでした。一番音が強い楽器を希望するなら自身の楽器のほうが優れていることになります。

似てるのは当然で同じ人が弾いているからです。
楽器の違いはわずかな部分です。非常に平らなアーチのモダンのスタイルの楽器と非常に高く膨らんだオールドのスタイルの楽器で少し違うだけですから。音が弱いということはなくて驚かれたようです。フラットでも高いアーチでもそれほど音に違いが無いということでもあります。前回も「ひどくなければ何でも良い」と言ったのはこのためです。


私以外で高いアーチの楽器を作る人は多くありませんから新作でこのようなものを試したこともないはずです。我々の業界でも「高いアーチの楽器は音量が無いので作ってはいけない」という知識が誰も試したことが無いのに語られてきました。「正しい知識」とされているものを学ぶとフラットな楽器のほうが音量に優れていると勘違いしてしまいます。実際にやってみるとそうでもありません。


ピエトロ・グァルネリのコピーを弾くまではオーダーメイドですから、見た目もきれいさから上等な柾目板の裏板にしようと話が進んでいました。それに対してピエトロ・グァルネリのコピーでは板目板で作ってあります。しかし「これと同じ音」が希望なので板目板で作ることが有力となりました。
この方の希望の暗い音に対して板目板のほうが有利だからです。これまで私が作ったものではそのような傾向があります。


試す前に考えていたことは一瞬で消えました。楽器というのは頭で考えるのではなくて実際に弾くことが重要なのです。


初心者や10代の学生ではまだこういう楽器の良さは分からないかもしれません。楽器自体に興味もなければ「とにかく強い音」を求めて店にある楽器の中から一番強く感じるものを選ぶことが多いです。そのため私が作るような楽器は必ずしも売れ筋ではありません。そういう意味では通好みと言えるでしょう。

今回のように楽器の優劣ではなく自分の好みにしっくりくるものを見つけると運命の出会いということになります。はるかに高価な名の知れたフランスのモダン楽器のほうが普通に考えたら格上です。楽器店の営業マンはそんなことを言っていたら営業成績が伸びないので「これは巨匠の傑作」とか言って有無を言わせないようにして楽器を売ります。買った後で私のところに「音が気に入らないのだけど・・・」と相談に来るわけです。
楽器の販売というのは正直にやってると10年間誰も興味を示さなかった楽器を「これぞ私の求めていたものだ!!」という人が現れたりします。資産として考えると流動性は非常に低いものです。私などは楽器を作ってもいつそういう人が現れるかですから、気長に構えています。それだけで生計を立てようと思ったらこだわったものは作ってられません。



私の作る楽器がどんな人に合っているかイメージが湧いて来たと思います。日本の方のために売らずに取って置いてありますから興味のある方はぜひ試してみてください。
来年はチェロ製作にかかりますので何年かはヴァイオリンは作れませんのでこの機会お見逃しなく。



正式な募集は次回にします。
決まってきたことがあれば情報は追加していきます。