規定
歌姫
中島みゆき(北海道出身)
矢野顕子(東京出身)
松田聖子 (福岡出身)
NOKKO (埼玉出身)
CHARA (埼玉出身)
奥居香(東京出身)
YUKI (北海道出身)
MISIA (福岡出身)
あなたたちの歌声は、揺り篭から墓場までずっと流れていて欲しい。
その温かく包み込む曲は、
ハナヒゲウツボだってテンだってミソサザイだって聞き惚れていることでしょう。
ほら、冬眠中の熊の家族の大きな洞から。
やっぱりあなたたちの歌が聞こえてきます。
畏敬
春宵、 空が鼻黒む頃、僕は生まれた。
幽体離脱を繰り返し大きくなったのは、自尊心ばかり。
夏の積乱雲にそそのかされ、大地の神々の逆鱗にふれた。
木々は倒れ地面は裂け動物たちは死んだ。
そのカオスの中で、もちろん僕も闇に葬りさられた。
鉛の塊になった山々はそれでも枯葉に朱を注した。
不死鳥が舞い、白い羽が深々と降り続けた。
雪解け水が流れ出し、新しい木々に小さな息吹が目立ち始めると僕は古の儀式により復活した。
偉大なる宗教家 黒沢に捧ぐ。
発見
hiro 結構好きだよ、僕も。
お昼にマクドナルドに入った。カウンターで順番待ちをしていると、カウンターの上の募金箱が目に入る。そしてその透明の募金箱にはシールが貼ってあり、こう書いてある。
「72,000,000円集まりました。」
すごいなぁ、こりゃ。全国のマクドナルドの1年間の成果かぁ。
日本の高齢社会や少子化問題を解消するのには、喉から手が出るほど欲しいお金だ。
信号待ちをしていた。ここ最近は切符を切られすぎているせいで、やけに慎重な運転をしている。
信号機が右折の許可を表示するので右折を開始した。前から3番目に待っていたのにもかかわらず、交差点に入る頃にはすでに黄色が赤に変わろうとしている。
こんなアホな信号機のせいで意地悪なまっぴーにつかまってしまったら、僕はイカリングを通り越してぷっちんぷりんだっただろう。
だいたい右折を表示する信号機の左側はスペースがあんなにもあいている。それならば、およそ何台が右折できますよと台数を表示したら良いだろーに。
つくし野駅からこどもの国駅の方角へ自動車で走っていると、大きな鉄塔が尾根のように連なっているところがある。鉄塔から鉄塔へは何本もの電線が空を走っている。
その電線に今日はメンテナンスなのか人がぶら下がっていたのだ。鉄塔と鉄塔の間には、2人の作業員がいて、合計5人が仕事をしていた。どれほどの高所なのか、どうやって移動をしているのか、詳細は遠すぎて確認できなかったが、とても格好がいーと思ったわけだに。
「♪昼間の~パパは~男だぜっ!」ってゆー歌があったが、こんな仕事を子供に見せたいな。
さ、牛乳飲んで寝よっかな。
苦労
大袋(40リットル、10枚入り)600円。
これは稲城市の黄色の指定収集ごみ袋の値段である。中袋(20リットル)なら300円、一般的なごみの発生量なら、中袋がお得ですよ。とゆーことが稲城市役所のHPに掲載されている。
このごみ袋の有料化において納得いかない点が2つもある。
①価格・・・もちろん新しくごみ袋をつくるわけだから染料やらプリントやらでコストはかかっているだろう。その分を皆で負担するのはわかる。しかし、その負担している金額はどの工程の分なのだろうか。ごみ袋を作っている人の人件費?それを販売所まで配送する人の人件費?販売する人の人件費?・・・。公的なものの場合、人件費って含まれていたら嫌だなと思う。どーなんでしょ、実際は。だって、役所の体質から考えるとおそらく今時分の給与のスタンダードが一般庶民より少し上で設定されいるはずだから、どーもこのごみ袋の金額を解体していくと、ぼったくられている!気がしてならない。汗水たらして少ない給料をやっともらって、ごみ袋を購入する。それなのに、そのごみ袋の販売に携わる人たちは、「あぁ~、役所仕事は最高だよ。ちゃんと金がもらえるや。」などとほくそえんでいるのではないだろうか。真実を知りたいね。
②黄色・・・こっちが重要。町田市の主婦に伺ったところ、すでにカラス野郎達は黄色の袋さえも克服して、しっかりとごみ漁りをしてるとゆーんだな、こりゃ。脳みその大きさと頭の良さは比例しないねぇ。
するってーと、効果のなくなってきている黄色いごみ袋をお上は庶民に売りつけている!とゆー図式になっちまうんだ。
東京都のHPにて(1/26更新)。トラップにより捕獲したカラス、6万3千羽。都心部の生息数、5年前のおよそ半分。頑張っているから更新もまめのようであります。カラスなだけにくろうをかけます。
親父
親父の好きなもの。
モツ鍋・たら鍋・銀杏・ほや・サザエ・エシャロット・しし鍋・かりんとう・黒棒・とうがん
以上のものは、親父がときどき「~が食べたいなぁ。」(~の部分には以上の品物が入る)と言った実績があるものだ。こんな台詞を家族はほとんど無視をする。それでも食べたいとゆー気持ちが抑えきれないときは、「なぁ、かあさん。~が食べたいよね?買ってくるか!」といつもは絶対に上がらない重い腰が ふ わ り と軽くなる。そのとき、母は(本当に食べたいんだね、この人は)と覚悟をきめるみたいで、仕方なく買い物に付き合うのだ。
こんな父だが、少し前にとっても気になることを言った。
「やっぱりポテトチップスは、コイケヤだよな。」
えっ!うそ?なんて言ったんだいま?リウマチの薬の副作用か?
だいたい親父がポテトチップスなんて食べるのか?
ましてコイケヤ VS カルビーの比較をしたんかい?それとも死んだばあちゃんが、夢枕にたってそう言えと言ったのかい?
俺が思うにその頃の親父は、女の子のいるお店に行ったのではないかと疑っている。そこで、女の子が言った台詞なのではないだろーか。
いつだったか女子プロレスを親父と観戦しに行ったことを思い出した。試合後、最前列で見ていた僕らの前に選手の女の子達が挨拶に来てくれた。その中のひとりに親父は一目惚れしたようで、「女子プロ界の新星だ!」などと歯の浮くようなほめ言葉を言っていたことがあった。しかもしらふで。
いつまでも元気でおいしいもんを食べてください。
三菱
継続
お金を拾った記憶があまりない。小学生の頃に500円玉を2回拾ったのは覚えている。でもその後の記憶がないなぁ。
僕が落としてしまった金額と拾った金額にはあきらかな差がある。確率で言ったらどーなんでしょ、落としたお金と拾ったお金って同額に近しくなるものじゃーないのだろうか。
だからと言うわけではないが、僕は一円玉が落ちていたら必ず拾うようにしている。結構恥ずかしいシチュエーションでも拾うことを自分に義務づけている。これは自分としては、「訓練」だと思っている。
①そのうち大金が落ちていたらしっかりと拾えるように。
②日頃から細部に気を配るように。
ってな具合だ。先日スーパーで買い物をしていたら1円が足りなかった。リュックから財布をだせばお札はある。しかしそれはとっても面倒くさい。できたら小銭入れだけで済ませたかった。かといって、どれか商品を買うのをやめるってのもちょっと嫌だった。あきらめても良いものはそもそも買い物かごには入れないからね。
そこで、
「1円が足りないからオマケしてくれる?」
と言ってみた。レジのバイトの若いおなごは、そう言われることもたびたびあるみたいで、用意していたよーな台詞を言った。
「わたしには決められませんので‥‥‥‥(うつむく)。」だろーね。ならば、
「じゃ、決められる人に聞いてくれば?」
とはさすがに言えない。しかしこのやりとりの間に僕はあることを思いだしていて、確信もしていた。数日前にひろった1円がズボンのポッケにあることを。拾ったけれど小銭入れに移すのが面倒でポッケに入れたままだったのだ。
「あったからいーや。」
この僕の台詞は我ながら嫌味な言い方だったと思う。
「おぉ、一円玉よ。一円玉の主よ。わたくしめに恩返しをありがとう。でもこの次はもっとでっかいお礼を頼むよ。 」
仮説
わしは90才にもうすぐってところだった。ワイフに先立たれてからは、毎日を釣りばかりして暮らしておった。春も夏も真冬もだ。真冬は、小さな用水路にふなっこがぎょうさん集まっておってな。小さい竿と小さな針で釣るんじゃ。しかしその年の冬は釣りには行かんかった。とにかく、もうさぶい冬でのぅ。外出なんてせずに子供達がスーパーで食料品を買ってきてくれてたんじゃ。
でものぅ、幸いに家の中にいればほんとうに暖かかったのじゃ。ハウスメーカーが一押ししていた高断熱高機密な住宅を購入しておったからなぁ。ワイフとの思い出がいっぱいつまった家じゃったよ。ワイフはなぁ、年老いても子供達に世話をかけてはいかんと常々言っておったからなぁ。あんな家を購入したのも、わしと2人で健康に暮らせるようにと色々と情報を集めとったからだ。ヒートショックとかゆーやつでのぅ、それで亡くなる老人が多いからと、室内のバリアフリーどころか、温度のバリアフリーもよく取り入れた家にしたんじゃよ。我が家は、ワイフの強い希望があって、ヒートショックを防止するための高断熱高機密住宅だったんじゃ。
壁裏には発砲ウレタンがたっぷり入っていたし、二重サッシに床暖房の輻射熱効果。24時間23度に室温はコントロールされておった。浴室・脱衣室だって暖房でぬくかったんじゃ。トイレももちろんあったか便座で温水洗浄できたんじゃ。しかも温風が足下から出てくるぜいたくな機能付便座だったよ。
しかし、自分にはワイフしかおらんかったから、そんな家にひとりでおるのが嫌になってしもうた時があった。それでたった1度だけお茶会に参加したのが、もみじが赤くなる頃じゃったかのぅ。
まさかこんなわしにワイフ以外の女性が恋心を持ってくれるなんてのぅ。秋も深まる頃から厳寒だったあの冬にかけて何度か電話で話をしたんじゃ。だんだんとあの人にときめきを感じるようになってのう。それで、思い切ってあの日のわしは、駅前のコーシーショップに誘ったのじゃよ。この冬1番の寒さだと前日の天気予報で聞いていたから、分厚いセーターの上にダウンジャケット、マフラーも巻いたんじゃ。しばらくぶりの外出だったよ。
玄関のドアを開けた瞬間、その日の東京は2度で、わしの心臓を一瞬で機能停止に導いたのじゃった。
高断熱高気密の住宅に住み、外の気温をまったく感じずに過ごしていたから・・・でものぅ、わしは喜んでワイフのもとに行くんじゃよ。「お茶だ、お茶だ。」
