ミケ様
お元気ですか。
にゃんこ先生です。
「バリアントの流れ」の話をもう少しさせていただきます。
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唐突ですが、グリム童話に「いばら姫」というお話があります。
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それまで子供ができなかった王様と王妃にやっと一人娘ができました。
祝宴に「仙女」が呼ばれます。
国には「仙女」が13人います。
だけど城には祝宴に使う金の皿が12枚しかありませんでした。
そこで13番目の「仙女」は呼ばないで祝宴はひらかれます。
呼ばれた「仙女」たちはそれぞれに生まれた娘に「徳(善良とか、慈悲とか)」を授けます。
11番目の「仙女」が徳を授け終わったまさにその時、呼ばれなかった13番目の「仙女」が突如あらわれます。13番目の「仙女」は祝宴に呼ばれなかった腹いせに呪いをかけます。
「15歳の年、姫は糸車の芯(つむ)が胸にささって死ぬだろう」
そして13番目の「仙女」は去っていきます。
悲しいかな、そのあと「徳」をさずける予定だった12番目の「仙女」にはその呪いを解くほどの力量はありませんでした。
「死ぬ」というところを「100年の眠り」に変更するのがやっとだったのです。
そして姫が15歳の年。
呪いのとおり糸車のつむが胸にささって、姫は100年の眠りにつきます。
姫だけでなく、城じゅうの人たちが眠りに落ちてしまいます。時間は停止して城はイバラだらけになります。
100年後。
王子があらわれ姫にキスをします。
姫は目覚めます。
城のみんなも目覚めます。
すべてはまた以前のとおり動き出します。
ふたたび時間は流れ出します。
(出典:河合隼雄著「昔話の深層」福音館書店 童話訳 矢川澄子)
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ずいぶんと意味深ですよね。
「15」歳というのは、「成人」と言う程度の意味でしょう。「100」年というのも「すんごい長い」といったことで、たぶんたいした意味はなかろうかと思います。
カギは「12」と「13」という数と、それらが時間に関係があるということです。
解釈はいろいろだと思いますが、いばら姫の話はなんとなく「12」って数の限界性をあらわしているようなそんな気がします。
その限界を打破するのが「13」という数です。
銀河ツールの「20の銘板」では、バリアントの流れは、12ステップではなくて、13ステップになっています。
銀河ツールには13ステップから成る「ウエイブスペル」という流れがあります。
「ウエイブスペル」ではバリアントの流れの「基準卦」をだぶらせて、はじまりと終わりに配置しました。
12+1で13ステップにして、ウエイブスペルと「バリアントの流れ」の整合をとったんだと思います。
推測ですが。
下の絵では、ウエイブスペル上に十二消長卦が展開される様子を描いてみました。
始まりと終わりが両方「坤」。
記号的には同じ「坤」でも「深さ」がちがいます。
同じ所をぐるぐるまわる軌道ではなくて、スパイラルだからです。

【fig044 ウエイブスペルと十二消長卦(易システムハンドブック 図8.30より)】
十二消長卦(バリアントの流れ)は上から見ると、同じところをぐるぐる回っている円に見えます。

【fig045 周易参同契における十二消長卦(易システムハンドブック 図8.26より)】
ただ同じところをグルグルしてるわけじゃなくて、実態は三次元的な深みを持ったラセンであるということです。
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13ステップ目に気づかないか、13ステップ目を見て見ぬフリをすると、この世は12ステップの輪でできた牢獄のように見えます。
「深さ」に気づかない視点です。
もしくは「深さ」に価値がおかれない世界観です。
人はいばら姫(と城の一同)のように眠らされたまま、そこから出られなくなってしまいます。
12は13によって「含んで越えられる」ものなんだと思います。
12がダメで13がイイんだ、といった単純なことではなくて、いばら姫の話のとおり、12にも希望はあるわけです。死んだわけでなく、眠らされているだけだからです。
グリム兄弟はこれらの話をゼロから創作したのではなくネタを「取材」し手を加えて編纂したといいます。類話は各地にあるらしく、ひょっとしたら「12」から目をさますためのカギがどこかに潜んでいるのかもしれません。
ぼくらのところにもタイミングよく王子様があらわれればいいのですが。
それでは、また。
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