ミケ様
にゃんこ先生です。
いや、あったかい。
そして……眠い。
うにゃっ。
☆
前回は記憶の話でした。
なにか連想しなかった?
アカシック・レコードとか。
アカシック・レコードは、一般的にイメージされているような、どこか「あっち」の方にある、データバンクや図書館のようなものじゃない……と思う。
データバンク、図書館というのは、おそらくは、アクセスのための「方便」としてのイメージでしょう。
アカシック・レコードそのものは、想像も視覚化も不可能な情報空間だと思います。
なぜ不可能かというと、三次元時空(日常世界)的視座から観ると、あまりに無限で、あまりに階層どうしが入り組んでいて、あまりに浸透しあっていて、とらえようがないから。
「想像も視覚化も不可能」ってのは、どこかで聞いたことがあるよね。
そう。
「ひとつのもの」。
アカシック・レコードというのは「ひとつのもの」の別の側面だと感じます。
ぼくたち個人として生きる『ひとつのもの』は、自分たちをも含む全体としての「アカシック・レコード」に、個人的な「物語」を貢<みつ>ぎ続けている。
それが、三次元時空におけるぼくたち個人という存在の基本的な役割だからです。
もっといえば、そのぼくら自身も、実は、アカシック・レコード(記憶)で出来ているといってもいいんじゃないか。
アカシック・レコードは、遠くにありて思うものではなくて……
ある意味、すべてがアカシック・レコードだということができるのでないかと。
☆
さて。
お話は夢物語の様相を呈してまいりました。
これが「夢」ではなさそうだな……
そういうこともありそうだな……
って、
確認する方法はあるのでしょうか。
それにはやっぱりね、「占ってみる」しかないんですわ。
「システムを使う」ってことね。
今のところ、易システムとしては、「占う」という方法でしか、その入口を示すことができません。
他システム、たとえば銀河ツールには「コドン立方体の瞑想」とか、「周易参同契」という古典では易の錬金術的応用について書かれているようですが……
ま、他システムなんでね。
☆
占う、といっても、ただ占うのではなくて……
しつこいようですが、もう一度「反転」の図を見てください。

【fig009 反転】
ただ単に、近い将来の行為を安全にするため、とか、目先の損得のために占うことを繰り返しているだけでは(それが悪いわけではありません。それでもシステムは返事をくれます)Aの視座を一歩も出ることはないでしょう。
というより、ますます、Aの視座にのめり込んでいくことになるのではないでしょうか。
Aの視座「しかない、それだけが真実」ということが、無意識の前提になっていくわけです。
ますます強く。
無意識の前提だから、その視座を疑うということすらありません。
疑念も問いも上がってきません。
こうなるとバラバラ・コスモロジーにまっしぐら。
そこから出てくる結論は、ニヒリズム以外にないんじゃないでしょうか。
そうではなくて、Bの視座も踏まえて、念頭において、あるいはそのつもりで、「占う」。
というより、AとBをスイッチするために「占う」。
この辺のことについては、易システムのドキュメントである「MAP13」の終わりの方に書かせていただきました。
このような、「占う」という行為に、ふつうの意味での占うという言葉を使うことは妥当ではないかもしれません。
システムとの「対話」をくりかえす、といった方が適切かもしれません。
ミケさんの質問、「易システムを知ると、なにができるようになるか?」の第一の答えは、「占うことができるようになります」でした。
この答えの別バージョンの答えは、システムと「対話」することができるようになる、ってことだと思います。
「対話」が深まれば、「ひとつのもの」が姿を現す……かもしれません。
☆
その「対話」のためのツールも「易システム」の一環として作りました。
それが「WINDWATCHER」というカードです。
カードに答えが書いてあるわけではありません。
残念ながら。
基本的に白紙のカードです。
答えは自分でみつけてください。
そういうスタンスで作ったカードです。
コマーシャルが入ったところで……
じゃ、またね。
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LINKS
→ミケさんの質問
→風を観るもの
「WINDWATCHER」カードに関する記事
→「WINDWATCHER」カードを含む、易システム関連ドキュメントは、PC版ブログトップのメッセージボードから参照してください。PDFドキュメントです。
すべて無料です。→こちらから。