ans003_08人間はどこへ? | ぼくは占い師じゃない

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易経という中国の古典、ウラナイの書を使いやすく再解釈して私家版・易経をつくろう! というブログ……だったんですが、最近はネタ切れで迷走中。

ミケ様

こんにちは。

にゃんこ先生です。

最近よく見かける、オッドアイの彼女が気になる今日この頃。

散歩にでも誘ってみるカナ。

若い頃のような元気はありませんがネ。

   ☆

また、下の図ね。

【fig010コミュニケーション・スペース】

だいたい説明したんだけど、説明していないことが、ひとつ。

この図で「人間」と描かれている存在の立ち位置。

ふつうの意味での人間であれば、真ん中に描かれている、三次元時空内での個人、ということになる。

三次元時空内にいて、どうしようもないのかというと、ぜんぜんそんなことはなくて、この個人は可能性を持っているんだ。

再度掲載するけど、下の絵に示したような反転の視座を得ることで、三次元時空内にとらわれているというフツー皆が思ってる幻想を抜け出して、さらにそれを含んで超えてゆくことができる。

そういう可能性。

【fig009反転】

だけどそれは、三次元時空がなくなってしまうとか、三次元時空は否定されるべきものだ、ということじゃない。

「含んで超える」の。

これはまあ、にゃんこ先生の言葉ではなくて、恩師の大猫から教わった言葉なんだけど。

【fig010コミュニケーション・スペース】をもう一度見てください。

三次元時空を取り囲む泡の表面=界面(インターフェース)になるのが「人間」だと描きました。

ここに書いてある「人間」。

これはフツーにいう個人じゃない。
生物種としての、ヒトでもない。

ヒトと同程度かそれ以上の複雑さがあって、三次元時空にいながら、その三次元時空を維持している存在。
そういう存在たちすべての集合、と、思ってください。

この集合には私らも含まれています!

ミンナで、この「三次元時空」という「芸術作品」を維持してる、支えてる!

そーゆービジョンです。

だから、コミュニケーション・スペースの絵では、三次元時空の周りを「人間」が囲っている、というイメージになっているわけです。

三次元時空をリアルタイムで創出している……

私らはまだそんな意識は持っていませんが。

でも無意識のうちに参加している。
参加させられてる。

「認識する」ってことは、「創出する」ってことと表裏一体だと思います。

「認識する」ってことは、すんごくクリエイティブなことなんです、おそらくは。

   ☆

さて、以下の質問には、だいたい答え終わったと思うけど、どうだろう。

(Q003) この世界とはどんなものなのでしょうか?
捉えているスタンス(視点・出発点)を
明確にしてもらえますか?

次回は、やっと次の質問にいこうかな。

ではまた。

   ☆

LINKS

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