『孤高の書庫番令嬢は仮婚約者を幸せにしたい ―王から魔導師の婿取りを命じられました―』を試し読み | 一迅社アイリス編集部

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こんにちは!

本日も一迅社文庫アイリス3月刊の試し読みをお届けいたします(*''▽'')

試し読み第2弾は……
『孤高の書庫番令嬢は仮婚約者を幸せにしたい ―王から魔導師の婿取りを命じられました―』

著:藍川竜樹 絵:くまの柚子

★STORY★
「誓います。決してこの婚約を後悔させないと」
母の死因となった罪を抱え、王宮図書室で司書をしている侯爵家令嬢ユーリアは、王命で宮廷魔導師のリヒャルトを婿として迎えることに。これは政略。彼に貴族位を与える形だけの婚約――そう思うけれど、隠れて保護していた魔物を共に世話するうちに、惹かれていく心を止められなくて……。
訳あり宮廷魔導師と引きこもり書庫番令嬢(&かわいい魔物たち)の溺愛×政略婚約ファンタジー!

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 弱った小竜を毛布で包み、吹雪の中、単身、彼のもとに駆ける。
 幸い、魔導の塔には灯が点っていて、雪の中でも迷うことはなかった。途中までは回廊でもつながっている。雪まみれになりながら塔の戸口にたどり着き、門を閉めようとしていた門番に彼への伝言を頼む。門番はひどい有様のユーリアを見て、あわてて門番小屋に入れてくれた。濡れた体を拭くようにと乾いた布を渡して、彼を呼びにいってくれる。

「イグナーツ嬢?!」

 待つまでもなく、肩を揺らし、息せき切った彼が来てくれた。

「どうしてこんな……。とにかく、早く温かい飲み物を」
「私はいいのです。お願いです、この子を助けて」

 雪や風が当たらないように固く毛布でくるんで抱きしめていた小竜を彼に見せる。彼は、はっとしたように見ると、「貸してください」と受け取ってくれた。

「……詳しく診ないとわかりませんが、メラムが足りずに弱っているようですね。僕の部屋に魔物が好むメラムを含んだ香や果実がありますから、そちらで治療しましょう」

 促されて、塔の階段を上る。彼の部屋につくとユーリアは暖炉の前に座らされて、灰に埋めた鉄鍋から汲んだ湯で手や顔を温めるように言われた。
 彼は小竜をそっと寝台に横たえると、手足を温石で温め、細い管を口に差し込んで、搾った果汁や薄めた蜂蜜などを与え始める。

「……やはりメラムを失って昏倒していたようですね。何かに魔力を使いすぎ、消耗してこうなったのでしょう。しばらく体を温め、果汁を与えれば元気になりますよ」

 ほっとした。

「あ、ありがとうございます……」

 感謝して、ユーリアは彼を手伝おうとした。もう体も温まったし、小竜に与える果汁を作るのに、彼が部屋を忙しげに動き回っていたからだ。
 ここは彼が魔導の研究を行う部屋だとかで、数々の本や資料、それに泊まり込むこともあるからと簡易の寝台や、小さいが水場まで備え付けられている。

「散らかっていてすみません。まだ引っ越してきたばかりで片づいていないんです」

 言いつつ、彼が実験器具や食器が雑多に置かれた水場を恥ずかしそうに背で隠した。水を張った木桶に、洗うのが間に合っていないらしいフラスコや硝子管がつっこまれている。

「洗い物くらいでしたら、私でもできますから」

 子竜を助けてもらった。せめて労働で対価を払いたい。ユーリアは水場へ近づいた。汚れたフラスコに手を伸ばすと、彼があわてたように遮った。さっきまで果汁を搾ったりと水気のあるものを扱っていたからか、袖をめくった彼の腕が目に入る。
 息が止まるかと思った。魔導師という職から彼を知的労働専門の文官系だと思っていた。
 だがその腕はユーリアとは比べものにならないくらい太く硬く、強そうで、力を込めるたびに筋肉の筋が浮かんで、男性の腕であることを示していたのだ。改めて彼を異性と意識する。

(私、夢中だったけど……)

 小竜はいるが眠っている。他に人はいない。成人男性の部屋に二人きりだ。

(……これ、未婚の令嬢として、してはいけないことをしてはいない?)

 ざっと血の気が引くのが自分でもわかった。今度こそ深い穴に埋まってこもりたい。

(ど、どうしよう。恥知らずな女と悪評がたったら。いえ、それよりこの方になんと思われた?!)

 婚約予定とはいえ、いきなり相手が私室まで押しかけてきたら普通は引く。

(しかも私、髪もこんなで、服も濡れていて)

 あられもない格好だ。乱れた髪など夫にしか見せてはならないものだ。しでかした。
 ユーリアははくはくと唇を動かした。声が出ない。そもそも何を言っていいかわからない。

「あなたにも治療が必要のようですね」

 彼が袖を下ろして腕を隠し、困ったようにユーリアを見た。

「大丈夫です。魔導師は薬師として女性の脈を取ったりもしますし、今のあなたはこの子の付き添いです。命のかかった非常事態でしたし、身だしなみが多少乱れていても礼儀作法には目こぼしを願いましょう。門番にも今日のことは口止めしておきますから。……と、言いましたが、実は二人きりではないのですよ。ほら」

 彼が出ておいで、と、寝台と奥とを隔てていた衝立を動かす。とたんに、ぴゅっと宙を滑空してきたのはモモンガだ。いや、違う。額に角が生えている。モモンガの姿をした魔物だ。

「え、この子は……?」

 驚く間にも、ぴょんぴょん、ぴょこぴょこ、いろいろ出てきた。栗鼠の姿をした魔物や、毬栗の姿の魔物や。皆、人に慣れていて、物怖じせずユーリアの肩や手に飛び乗ってくる。

(か、可愛い……!)

 つい、体が悦びにうちふるえてしまう。彼がそれを微笑ましそうに見た。

「やはりあなたは魔物が怖くないのですね」

 言われて、赤面する。

「よかった、怖がらないでくれて。一時的なものとはいえ魔物を怖がる方を魔導師の婚約者にしていいかと悩んでいたのです。僕が何故あなたとの婚約を望んだか知っていますか?」
「え? それは……」

 王命だからでは。平民出の魔導師に箔をつけるために。

「貴族の娘なら誰でもいいというわけではないのです。ルーア教が国教となって二十年。今ではすっかりこの国でも魔物や竜は異端とされている。弱っているものを見つければ石を投げて殺します。ですがあなたは火蜥蜴やこの子竜を見つけた時、救おうとしたでしょう?」

 そんな人はなかなかいないのです、と彼は言った。それはユーリアを肯定する言葉だ。

「あなたは騎士が愛を捧げるにふさわしい気高く優しい心を持つ貴婦人だ。本来、平民の僕など傍にも寄れない。あなたの周りにいる華やかな貴公子が薔薇なら僕はただの野草です」

 言って、彼が戸棚から小さな紫の花をつけた緑の植わった鉢を取り出した。

「菫……?」
「この季節では野に花は咲いていません。こっそり魔導の力を込めて種から育てました。陛下のご厚意で王宮の温室の花をあなたにいくらでも贈っていいと言われましたが、僕は自分の手で摘んだものをあなたに差し上げたかったのです。やっと花が咲きました。明日にでもあなたの元に届けようと思っていたので、ちょうどよかったです」

 予定より一日早くなりましたが、今日のお土産です、と、鉢ごと渡された。

「こんな粗末な贈り物をする男ですが、それでもあなたに愛と忠誠を捧げてもいいですか?」

 不安げに顔を覗き込まれて、ユーリアは思った。

(この人は、ちゃんと私を見てくれている)

 ずっと嘘くさいと一線を置いていた。態度を決めかねていた。なのにここまでしてくれる。

(こんなの、公平じゃない。だって私にここまでしてもらう資格なんてないもの)
「わ、私はあなたの思われるような娘ではないのです。あなたは外れ籤を引かされただけで」

 ユーリアは思わず言っていた。彼はうわさを知らないのかもしれない。貴族ではないから。なら黙っているのは誠実ではない。

「私のほうこそ、傷物の令嬢なのです。母を殺した罪人で、父にも愛されていなくて……」

 記憶も欠けている。自分が何をしたかさえ覚えていない。爵位を継げるかもわからない。それをすべて話した。この関係を終わらせるなら終わらせて欲しいと。どうしても続ける必要があるなら今のような気遣いはいらない。放置してくれていいのだと。

「形だけの婚約者にふさわしい扱いでいいのです。私は不満など言いません」

 彼は黙って聞いてくれた。そして言った。

「……それを言うなら僕は孤児ですよ。物心ついた時にはすでに父も母もいませんでした。だから自分がどういういきさつで生まれたか、自分の記憶は一切ありません」
「え」
「成長してから大人たちがいろいろ教えてくれました。が、その真贋を確かめるすべもない。だからあなたの自分で自分がわからない身の置きどころのなさは少しはわかるつもりです。だから僕はそのお話を聞いてもあなたが罪を犯したとは信じられない。真実はあなたの失われた記憶の中にあると思ってしまう。が、思い出して欲しいと願うのはあなたの心を思うと時期尚早でしょう。だから無理は言いません。でも、その代わりに取引をしませんか?」
「取引、ですか……?」
「はい。あなたがこの婚約は公平ではないと気に病まれるなら、きちんと線を引きましょう。契約といってもいい。僕の望みは前と同じ。あなたの傍にいられる、あなたの婚約者としての立場です。代わりに僕はあなたの居場所を作りましょう」

 言って、彼が、陛下から出された婚約条項を確認されましたか、と聞いてきた。

「婚約後、僕は貴族社会に馴染むため、侯爵家の邸内に私室を与えられることになっています。そして魔導師なら使い魔や研究対象とする火蜥蜴をつれていてもおかしくありません。留守がちで世話をしきれないところを、婚約者であるあなたに代わりに世話をしてもらう、という場合があっても許されるのでは?」

 それはつまり、ウルルとこの子竜を侯爵邸に連れ帰って世話ができるということだ。

(でもそれは私の利でしかない。彼に甘えていい理由にはならない)

 まだ一歩、踏み出せない。彼は少し寂しそうな顔をすると、話題を変えるように窓を見た。

「吹雪がやんだようですよ。送っていきましょう」

 言われて目をやる。いつの間にか窓から鈍色の光が差してきていた。

「もうこんな危険な真似をしてはいけませんよと言わなくてはならないのでしょうけど。実はあなたが来てくれて嬉しかったのです」

 やっと頼ってもらえたようで、と彼はくすぐったそうに微笑んだ。

「今までずっと心苦しかったのです。この婚約は僕ばかりが得をするから。だからこれからも何かあれば頼ってください。この婚約はあなたにも利がある、そう僕に思わせてくれませんか」

 薄暗い部屋に淡い光が差し込む。
 気がつくと今度はユーリアの方が逆光の中に立っていた。顔合わせの時と違って、彼の表情がよく見える。優しい包容力のある顔だ。だがよく見ると瞳が不安げに揺れていた。
 こんな顔をさせたのは自分だ。この婚約状態が不安だと我儘を言って。
 そう思った時、とくん、と心臓が音を立てた。

~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~

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