『孤高の追放聖女は氷の騎士に断罪されたい ー魔物まみれの溺愛生活はじめましたー』を試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

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こんにちは!

本日は一迅社文庫アイリス10月刊の試し読みをお届けいたします(*''▽'')

試し読み第1弾は……
『孤高の追放聖女は氷の騎士に断罪されたい ー魔物まみれの溺愛生活はじめましたー』

著:藍川竜樹 絵:くまの柚子

★STORY★
「私は、団長さんに断罪されたい」
聖女候補として教育されてきた子爵家令嬢のミアは、ある事件から異国の辺境に追放されることに! 移送中、襲撃者から救ってくれたのは、辺境の領主で魔王のように恐れられる騎士リジェクだった。聖女候補なのに魔物と仲良しなんて知られたら大変なことに……!? おびえるミアに、彼は過保護なくらい優しくしてくれてーー。落ちこぼれ聖女と氷の騎士の魔物まみれの溺愛ラブファンタジー。

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 緊迫した空気が伝わって、ミアが体を強張らせた時、腰の小物入れが再びもぞもぞと動いた。革紐で留めた蓋の隙間から懸命に顔を出して、小さな魔物がきゅいっと鳴く。
 その声が、大丈夫、僕がいるよ、と言っているようで。

「……ありがとう」

 そうだった。真に不安なのはこの小さな魔物のほうだ。仲間からはぐれ心細い思いをして、そのうえ今は襲われて火までかけられた。なのに体の大きい自分が不安がっていてどうする。
 それにこれは好機だ。今なら皆、戦闘に目がいって、誰もこちらに注意を向けていない。
 小物入れから魔物を出す。無力な自分だけど、それでも。
 ミアはがたがたとふるえながらも立ち上がった。剣戟の音がしない、なるべく人のいない、手薄そうな森に向いた窓を開ける。格子がはまっているが、小さな体のこの子なら隙間から外へ出られる。

「行って。危ないから人のいる場所にはもう迷い込まないでね」

 森に向かって放してやる。こちらを振り返りつつモモンガ魔物は宙を滑空していった。
 これであの子は一安心。
 襲撃に夢中の野盗たちもあんな小さな魔物をわざわざ追いかけて狩ろうとはしない。最初に拾った場所から移動してしまったが、きっと森伝いに帰れるはずだ。
 次はミアの番だ。
 逃げて身の安全を確保するにせよ、怪我人の手当てをして聖騎士の加勢をするにせよ、とにかくここから脱出できなければ意味がない。というより火が近い。馬車に燃え移れば蒸し焼きだ。
 御者はとっくに逃げたようだし、馬も馬車から放してやらなくては。
 馬車の屋根から落ちた荷に火が燃え移るのを見て焦りながら、ミアは馬車の内部を見回した。扉にとりついて、こじ開けられるところはないか探していると、外から剣戟の音や苦鳴の声ではない、聖騎士たちの歓声が聞こえた。

「助かった、援軍だ」
「カルデナス騎士団の騎士たちか。おーい、ここだ、助勢を頼む!」

 聖騎士の矜持も捨て、護送の聖騎士たちが叫ぶ。砦の騎士が来てくれたらしい。
 ほっとしてミアも身を起こす。が、続けて外の護送の聖騎士たちが動揺した声を上げた。

「う、誰だあれは。本当に救援の騎士か?」
「賊より怖いんだが。というか、魔王だ、魔王が来たよ……!」

 ……はい?
 何、それは。ミアはおそるおそる窓に近づいた。外をのぞいてみる。

「ひっ」

 見るなり、外をのぞいたことを後悔する。
 そこには、確かに〈魔王〉がいた。
 聖域育ちの箱入りとはいえ、ミアは自分が男性や荒事への耐性があると思っていた。宿房こそ女性のみだが、修練の場には指導役の男性神官もいたし、聖騎士たちもいた。聖域付属の療養所には血まみれで運び込まれてくる怪我人もいたし、魔物討伐に赴く聖騎士の部隊に従軍したことだってある。血や荒事には慣れていると思っていた。
 だが辺境の前線で過ごす騎士たちは、迫力が違った。
 揃いの飾り紐付きの軍帽に左肩にかけた短いマント。武装は簡易の胸当てくらいのシンプルなものだが、それは彼らに鎧がいらないからだ。見事な筋肉の鎧が深紅の軍服の上からも見て取れて、聖域から一緒だった聖騎士たちが華奢に見えてくる。
 しかも彼らはやたらと人間相手の戦いに慣れていた。統率の取れた動きからして、れっきとした王国騎士だと思うが、容赦なくばったばったと賊をなぎ倒している。
 その中に。もっと目立つ騎士がいた。
 彼だけは他とは毛色が違っている。ごつくない。細身とさえいえる。
 世俗からは身を引いたミアでさえ、娘たちが見惚れるだろうなと思える端正な顔、均整の取れた鞭のようにしなやかな体。動きも洗練されている。軍馬を操る様が、まるで貴顕の集う宮廷で馬術を披露しているようだ。
 そういう意味では怖くない。それどころか目にして心地よい芸術品と言っていいだろう。
 だが、その鋭い剣裁き。いや、その迫力。……怖い。
 敵の返り血を浴びて、魂を狩る、残虐な氷の魔王。大変なものを見てしまった。素人のミアでもはっきりと他とは違うとわかる。戦う彼の背後に吹きすさぶ吹雪が見えた。
 燃える炎の色の髪を翻し、謎の氷の冷気を発しながら賊を倒すシルヴェス王国の騎士。部下をたくさん連れた偉い人、と、なれば、

(もしかして、あの人が噂の泣く子も黙るマルス、伯……?)

 想像より若い。一切の感情が読めない美しい顔はどこまでも冷酷で。
 一度見てしまうともう駄目だ。体が金縛りにあったように動かない。恐怖のあまり目すら離せずにいると、彼がこちらを見た気がした。しかも、
 にやり。
 彼が唇をつり上げた。血まみれの剣を構えて、冷ややかな眼差しをこちらに向けながら。
 ―――次はお前だ。
 語られない脅しを聞いた気がした。

(ひ、ひいいいいいっ)

 思わず床にへたり込む。
 己の境遇にはあきらめもついているミアだが、それでもやりたいことがある。それを遂げるまでは死んでも死にきれない。
 がくがくとふるえつつ抜けた腰でそれでも必死に後ずさって。ミアは両手を縛められた不自由な格好のまま、身を隠せるところを探した。その腰に、こん、と何かがあたった。
 木箱だ。
 追放先で衣など、持つことを許された私物を入れるために持参していたものだ。
 蓋もついていない素朴な箱だ。身を守る何の足しにもならない。だが、他に何もない、窓の緞帳すらついていない馬車の中では、その箱が頼もしく思えて。
 ミアは中に入っていた予備の修練女服を取り出すと、箱の中にしゃがみ込んだ。


◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇


 馬車の窓から見られているとは知らず、リジェクは馬上で剣を振るっていた。
 こちらに赴任して初めての実戦らしい実戦だ。
 新しく部下となった騎士たちの動きを見ることもできたし、いかにも野盗といった輩から聖域一行を助けて、聖域側に恩をきせることもできた。

(上出来だな)

 最初は厄介なと思った襲撃だが、早めに介入できてよかった。
 血も涙もない冷酷な新団長と、領内にたっている噂もこれ以上の拡大はくいとめたい。なのでこの救援活動は、騎士団の存在意義を人に伝えるのも含めちょうどいい。
 と、思考がつい政治面に向かってしまい、反省したリジェクは馬車のほうを見た。

(馬車の乗客は、怯えてはいまいか)

 目をやると、ちょこんとのぞく亜麻色の髪が見えた気がした。

(大丈夫、すぐ助ける)

 まさか自分の存在が一番彼女を怖がらせているとは思わず、力づけるよう微笑んでみせると、リジェクは誓いの印に、己の剣を掲げてみせた。そして配下の騎士に命じる。

「護送隊を救出するのが最優先だ。退路は断たず、一か所、あけておいてやれ」

 この場はとにかく盗賊たちを追い払うのが先決だ。へたに囲んで、死にものぐるいの反撃にあったり、護送馬車を人質に取られては困る。

(わざと逃がして後をつけさせ、拠点をつきとめたほうがいい)

 背後関係を調べられるし、後で別部隊を送れば旅人の害となる賊も一網打尽にできるだろう。
 なら、戦意をくじくためにも派手にやったほうがいい。
 冷静に判断したリジェクは、ことさらに冷酷な顔を作ると、派手に切りつけ、相手の腕から血しぶきをあげさせた。


◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇


 ……どれくらい、一人でふるえていただろう。気がつくと外が静かになっていた。
 木箱に入ったミアは、必死に縁にしがみついていた。
 最初は馬車から出ようとも思ったが、今では動くこともままならない。
 怖いからではない。窓の隙間から入ってきた煙で、車内がいっぱいになったからだ。せめてもと身を低くして、木箱にしがみついているが息ができない。
 苦しい。怖い。
 今度こそ死ぬかもしれない。そう覚悟した時だった。
 近づく軍靴の音がして、誰かが馬車の扉に触れた。放たれた炎の煤で曇った窓に黒い影が映る。影は窓の中を窺い、外からおろされた錠を見たのだろう。小さく、焦った舌打ちをした。

「おい、鍵を持っているのは誰だ。……いい、危急の際だ、壊すぞ」

 頼もしい声と共に、影が剣を振り上げた。
 ガキッと、鈍い音がして、扉が開かれる。
 煙の臭いが一瞬、濃くなって、それから外の風が吹き込んでくる。ミアはせき込みながら新鮮な空気を吸った。煙でいぶされ痛む目を瞬かせて、それでも必死に救い主を見る。
 未だ燃え盛る倒木の炎と煙。それらを背に従え、立つ男。

(マ、マルス伯……?)

 返り血のこびりついた残虐な顔、酷薄な銀の瞳がこちらを見下ろしていた。煙で充満した車内からでも、外の陽光の下にいる彼ははっきりと見えた。
 恐ろしさのあまり、ミアはせき込むことすら忘れた。目が痛むことも、ぽろぽろ涙がこぼれていることも忘れた。今の自分が薄汚れて助けの手を待つしかない捨てられた子犬に見えることにも気づかず、ただひたすら目を見開いて、彼を見上げる。逸らすことができない。
 車内の煙が晴れてやっと中がはっきり見えたのだろう。冷たすぎて妖しい色香さえ放つ彼の瞳が、木箱に入ってふるえているミアを映す。
 その目が、かっ、と見開らかれた。
 こちらを凝視する銀の瞳に、彼が持つ剣の鈍い光が反射して。
 その瞬間、ミアは間違いなく、自分が彼にロックオンされたことを小動物の本能で悟った。

(……殺される!)

 緊張と恐怖が、限界を超えた。

「ひっ」

 小さく叫ぶと、ミアは大事な箱の縁にしがみついたまま、意識を手放した。


~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~