一迅社アイリス編集部

一迅社アイリス編集部

一迅社文庫アイリス・アイリスNEOの最新情報&編集部近況…などをお知らせしたいな、
という編集部ブログ。

こんにちは!

いよいよ、来週早々にはアイリスNEOの発売日!
ということで、本日も8月発売アイリスNEO試し読みをお届けいたしますラブラブ

試し読み第3弾は……
『天才悪女は嘘を見破る2』
著:里海 慧(あきら) 絵:條(えだ)

★STORY★
「ご褒美に……僕たちの関係を進めたい」
伯父一家に侯爵家を乗っ取られ、悪女の振りをさせられてきた令嬢アマリリス。王太子ルシアンの腹黒教育係兼、契約婚約者になるが、実はルシアンは幼い頃からアマリリスだけに執着する“冷淡な独善者(サイコパス)”だった。そんなある日、両親の事故死は仕組まれたものだと密告する手紙が届き、アマリリスは再会した兄たちと事件の謎を追うことになって――!? 
執着王太子と悪女な令嬢の契約からはじまる溺愛ファンタジー第2弾!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 王太子の執務室へ戻るとアマリリスはすぐに人払いして、ソファーに腰かける間もなくルシアンへ向き直った。
 いつもと違う様子のアマリリスに、ルシアンは心配そうに眉尻を下げ、頬を包み込むように手を伸ばす。

「リリス、どうしたの?」

 至近距離のルシアンを見上げ、アマリリスはズバッと切り込んだ。

「ルシアン様……私の両親の死についてなにかご存じですか?」

 ルシアンはわずかに瞠目するが、平静な態度を崩さない。それにアマリリスの能力を知っているのだから、ここで嘘をついても仕方がないと十分すぎるほどわかっているはずだ。

(視線は泳いでない……息を呑んで固く口を閉じたけど、この反応は私の質問に驚いただけね)

 観念した様子のルシアンはふっと息を吐いて話しはじめた。

「まさかこんなにストレートに聞かれるとは思ってなかったな。情報があるにはあるけど……最重要機密事項なんだよね」
「両親の死に関わることなのです。お話しできる部分だけでも教えていただけませんか」

 機密事項だろうがなんだろうが、少しでも手掛かりがあればそれで構わない。アマリリスにはクレバリー侯爵家当主のテオドールと、裏社会に通じるユアンがいる。
 時間がかかったとしても、わずかな情報から真実に辿り着く可能性は十分にあるのだ。

「リリスが僕にご褒美をくれたら、知っていることを話すよ」

 ルシアンは聖職者のような微笑みを浮かべ、アマリリスに取引を持ちかける。
 両親の死に関する情報を取引の材料にしても、ルシアンには罪悪感のかけらもない。

(やっぱり素直に話してくれないわね)

 ルシアンは以前も国外にいた兄たちの入国許可を出す代わりに、アマリリスに婚約者になるよう迫った。ここはルシアンの要望に付き合うしかないようだ。

「ご褒美とは……なにが欲しいのですか?」
「僕たちの関係を進めたい」

 現状、ふたりは婚約者の関係にあり、アマリリスは王城で暮らしている。
 これ以上ふたりの関係を進めるということは、入籍して夫婦になるか、もしくは結婚前に契りを結ぶかのどちらかだ。
 しかし、王族の結婚には厳格なまでに貞淑さが求められる。だからこそ、ルシアンが暴走しないようにアマリリスに触れることを許していない。
 ルシアンがなにを求めているのかうっすらと理解しているがゆえ、これまでアマリリスはあえて目を逸らしてきた。
 だが、しらばっくれるのもここまでのようだ。

「……具体的におっしゃってください」
「リリスからキスして」
「わ……私からキス!?」

 ここまで冷静な態度を崩さなかったアマリリスだが、思わず淑女らしからぬ声を上げてしまった。その反応に満足したのか、ルシアンはとても楽しそうに紫水晶の瞳を細める。

(てっきりルシアン様が私に触れる許可を求めると思っていたわ……)

 貴族の令嬢にとんでもない要求を突きつけたルシアンは、いつも通りというか、やはりというか。
 いつもの冷静さを取り戻し、アマリリスはルシアンの提案を拒否する。

「結婚式を挙げるまで接触はしない約束です」
「うん、約束通り僕からは接触しない。だからリリスから僕にキスして」

 まったく引く気配のないルシアンにアマリリスはため息まじりに説明した。

「ルシアン様、私はただでさえ悪女だと噂されていましたし、家門から犯罪者も出ております。これ以上隙を見せたら円滑に嫁げなくなりますわ」
「反対意見なんて僕が全部潰すし、これが最高のご褒美なんだ」

 ルシアンは間髪を容れずに言い返す。
 どういう思考回路を持っていたらこんな返答が出てくるのか、なにを言っても無駄なルシアンにアマリリスは閉口した。

(これだから冷淡な独善者は……!)

 別にルシアンに触れられるのが嫌なわけではない。アマリリスだって愛しい人と触れ合うのは嬉しいし、それを望む気持ちもある。
 ただルシアンは王族で、アマリリスはその婚約者で、どこで足を引っ張られるかわからないから下手な行動ができない。
 貞操を守ることはつまり、自分たちを守ることに繋がるのだ。許されるのはせいぜい口付けくらいまでだろう。

(お父様の手紙を見つけてくれた時は嬉しすぎて勢いでキスしたけど、なにもないのに自分からなんて恥ずかしいわよ……)

 だが、このままでは欲しい情報は得られない。
 アマリリスは覚悟を決め、そっとルシアンの胸に手を添えて、柔らかな唇に触れるだけのキスをする。

「これでよろしいですか?」

 そう言って離れようとしたところでアマリリスの腰にルシアンの左腕が回された。右手はアマリリスの顎をクイッと持ち上げ、熱を孕んだルシアンの紫水晶の瞳に一瞬で身も心も囚われる。

「……足りない」

 噛み付くような荒々しいルシアンの口付けをアマリリスは受け止めた。先ほどのキスなんて子供騙しだったと思い知らされる。
 アマリリスを懐柔するように口内で暴れるルシアンの熱が感染して、正常な思考を奪っていくようだ。

(こんな風に求められて嬉しいなんて……ルシアン様には絶対に言えない)

 口付けひとつで、ルシアンがどれほどアマリリスを求めているのかわかる。もしアマリリスもルシアンを求めていると知られたら、あの手この手で籠絡してくるに違いない。

(結婚式まであと七カ月……なんとか躱し切るのよ……!)

 ふと、ルシアンの唇が離れて、ジッとアマリリスを見つめてきた。心なしか瞳が仄暗いと感じるのは気のせいだろうか。

「僕が口付けしているのに、考え事?」
「も、もうよろしいですか? 約束を守ってください」
(他のことを考えてるって、なんでわかったの……!?)

 鋭い指摘に内心で狼狽えつつ、アマリリスは平静を装ってルシアンの胸元を押す。すると先ほどまでとは打って変わって、あっさりとルシアンの腕から解放された。

「ねえ、どうしたら僕はリリスのすべてを手に入れられる?」
「なにもせずとも結婚式を迎えれば、ご希望通りになりますわ」
「それまで待てそうにないな」

 そう言いながら、ルシアンはアマリリスの髪を掬い上げてキスを落とす。紫水晶の瞳にはありありと劣情が宿り、油断したらアマリリスまで引き込まれてしまいそうだ。

「王族は貞淑さを求められますから……これ以上は駄目です」

 紙一重のところで理性を働かせ、アマリリスはルシアンと距離を取る。

「ふうん。じゃあ、その規律が変われば問題ない?」
「まあ、そういえばそうですけど……」
「わかった。本当はまだ物足りないけど……まあ、今回はこれでいいよ。今日は急ぎの政務もないし、場所を移そうか」
(あれで物足りない!? 今回はこれでいいって……絶対にルシアン様に隙を見せられないわ)

 ここで反論しても自分の精神が削られるだけだと思ったアマリリスは、引きつった笑みを浮かべてルシアンの後についていった。



 王都の大通りから大きく外れた街の片隅に、二階建てのこぢんまりした一軒家がある。
 くすんだオレンジ色の屋根が哀愁を漂わせ、蔦が覆い尽くすように外壁をびっちりと埋めていた。
 扉の右上でゆらゆらと揺れる看板には【水晶占いの館ラシャ・ム】と書かれている。

「ここだね」

 ルシアンは看板を確認して焦茶色の扉を開いた。室内に入るとどこか懐かしい異国の香の匂いがアマリリスの鼻先を掠める。木目の壁に囲まれダークブラウンの家具で揃えられた空間は落ち着きがあり、グリーンのカーテンや観葉植物が彩りを添えていた。
 室内の中央に大きな丸いテーブルがあり、淡いグリーンのテーブルクロスがかけられている。四脚ある椅子のうち一脚だけ赤い生地の物があり、そこに占い師が座るようだ。
 店内には薄い紫のベールで顔を覆い、ドレープの効いたロングドレスを見にまとう占い師が開店準備を進める手を止めて振り返った。

「ごめんなさいね、まだ開店して――」
「今日は僕が貸し切る」

 ルシアンは占い師の言葉を遮り、端的に要件を伝える。
 外面がいいルシアンにしては珍しく冷淡な対応だとアマリリスは思ったが、その理由はすぐに判明した。

「リリスじゃない! よくきたわねえ」
「え……ユアン兄様?」

 アマリリスがそう呼ぶと、ベールの奥の青緑の瞳が細められる。パッとベールを取り払ったユアンはアマリリスを抱擁した。

「そうよ〜! ちょっとした副業でたま〜に占い師もやってるの。これでも人気なのよ」

 ユアンはどんな変装でもこなして役になりきるため、よほどのことがない限り立ち居振る舞いを変えない。それに闇ギルドの元マスターが占い師をやっているなら、さぞ的中率が高いことだろう。
 アマリリスは姉が増えたような感覚で、兄ではできない会話を楽しもうと、ユアンの衣装に目を向けた。

「この衣装もすごく似合ってるわ」
「でしょう〜!」
「ねえ、さっさと話を進めたいんだけど」

 話が盛り上がりそうな矢先にツンとした態度のルシアンが口を挟み、近くにあった客用の椅子に腰を下ろす。アマリリスはユアンの知らない一面を知ることができて嬉しいと思いながら、ルシアンの情報収集能力に感心した。

「それにしてもユアン兄様が占い師だなんて、ルシアン様はどこで情報を仕入れたのですか?」

 ユアンがお茶の用意を始めたので、アマリリスは手伝いながらルシアンに訊ねた。

「母上の馬車が事故に巻き込まれたのが、占いの館ラシャ・ムの帰り道だったんだ。徹底的に調査したし、サンドラに調べさせたらすぐにわかったよ」

 サンドラは伯父一家が仕切るクレバリー侯爵家で助けてくれた使用人だった。だがそれは表の顔で、本当はルシアンがアマリリスのために派遣した王族の影だと聞いている。

(サンドラのことを聞いた時は驚いたけれど、振り返ってみたら納得だったわ)

 いつもアマリリスが困るたびにタイミングよく現れ、手を貸してくれていたのだ。考えてみれば、普通の使用人があそこまでマリリスの行動を把握するのは難しい。
 サンドラはアマリリスがクレバリー侯爵家から出たことで、ルシアンの元に呼び戻され日々任務をこなしているそうだ。

「ちょっと、顧客情報をさらっと暴露しないでよ。まあでも、最近よくサンドラが来てたのが捜査だったというのはわかった」

 ユアンは眉間に皺を寄せてルシアンに苦言を呈するが、サンドラのことを話す時は穏やかな笑みを浮かべる。

(ユアン兄様はサンドラが絡む時だけ態度が違うのよね。私に見せる顔とはまた違って、なんていうか素に戻る感じで……もしかしたらもしかするかも?)

 アマリリスは幸せな未来の想像を膨らませて、こっそりと口角を上げる。ユアンが淹れたお茶をテーブルに並べて、アマリリスも椅子に腰掛けた。
 ユアンは壁の時計に視線を向けてポツリと呟く。

「そろそろテオも来るかな」
「テオ兄様も!」
「リリス……あまり余所見ばかりしないでくれる?」

 テオドールも合流すると聞いてアマリリスが満面の笑みを浮かべると、ルシアンはムッとした表情で独占欲を剥き出しにした。

「ルシアン様、相手は兄様たちですわ」
「リリスが意識を向ける異性は僕だけにしてほしいよ」

~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~

ラブラブシリーズ①~②巻好評発売中ラブラブ
①巻の試し読みはこちらへ――→『天才悪女は嘘を見破る』を試し読み♪

★コミカライズ連載中★
『天才悪女は嘘を見破る』は、ゼロサムオンラインにて連載中!!
 第①巻、好評発売中!!

こんにちはぽってりフラワー

本日も8月発売アイリスNEO試し読みをお届けいたします虹

試し読み第2弾は……
『悪役令嬢はシングルマザーになりました3 双子を引き取りましたが公爵様からの溺愛は想定外です』

著:北里のえ 絵:双葉はづき

★STORY★
国外追放された元公爵令嬢で、様々な事情から今は女王の養女であるエステル。公爵フレデリックとの結婚式を間近に控えた彼女は、引き取った双子の姉妹ココとミアや周囲に祝福され慌ただしくも幸せな日々を過ごしていた。そんなある日、エステルの母親が訪ねてきて公爵邸に滞在することに。時を同じくしてエステルの不穏な噂が流れはじめて――!?
ゲームに転生したと知らずに翻弄される悪役令嬢と冷徹公爵の婚約ラブファンタジー第3弾ラブラブ


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「エステル! ただいま帰ったよ! 僕の最愛、比翼の鳥、連理の枝!」

 艶のあるシルクのようなプラチナブロンド、青灰色の瞳に喜びを湛えたフレデリック・ラファイエット公爵は屋敷正面の扉を左右に勢いよく開いた。

「「フレデリック、おかえり~」」

 双子のココとミアが帰ってきたばかりのフレデリックに抱きついた。
 彼は二人を両腕に抱きあげると満面の笑みを浮かべる。

「今から『お父さま』と呼んでもいいんだよ。あ、エステルが『ママ』だったら僕は『パパ』のほうがいいかな?」
(いくらなんでも気が早すぎるわ)

 フレデリックの婚約者であるエステルは苦笑いを浮かべた。
 現在はエステル・ド・ラ・ヴァリエール王女、以前はエステル・ド・リオンヌ公爵令嬢という複雑な経歴の持ち主である。
 ココとミアはエステルの親友であり恩人であったモニカの忘れ形見であった。
 ヴァリエール王国王太子ロランの婚約者であった公爵令嬢のエステルは無実の罪で婚約破棄されたうえに公爵家からも勘当され平民として国外追放された。
 隣国のブルトン王国で、行き場のないエステルを救ってくれたのが身重のモニカだった。
 エステルはモニカの料理屋で働いていたが、彼女は双子を出産するとそのまま亡くなってしまう。
 深い悲しみを乗り越え、エステルは赤ん坊のココとミアを引き取り必死に育ててきたのだ。

「フレデリックはフレデリックだよ~」

 活発なココはあけっぴろげに笑う。

「でも、ママのおむこさんになるんだったらパパになるのか~」

 思慮深いミアはフレデリックの顔をまじまじと覗き込んだ。
 明るい子供達の笑顔を見ながらエステルは眩しそうに瞳を瞬かせる。

(モニカにも二人の成長を見てほしかった……)

 痛みを抑えるように胸に手を当てるとフレデリックが心配そうに振り返った。

「エステル、何かあった?」

 プラチナブロンドに青い瞳。
 フレデリックと子供達は既に親子と言われても不思議がないくらい似通っている。

(血の繋がった異母兄妹だから当然かもしれないけど……)

 ココとミアが彼の父親である故ラファイエット公爵の落としだねであることが分かり、エステルと双子はラファイエット公爵邸に移り住むことになった。
 その後、様々な事情からエステルは女王の養女となり、現在はヴァリエール王国の王女である。
 波乱続きの人生だったが、常に傍で支えてくれたフレデリックと恋に落ち婚約したのであった。

「なんでもないわ、フレデリック。おかえりなさい。ご公務、お疲れさまでした」
「エステル、ごめん。ちょっとはしゃぎすぎたかな?」

 慎重に子供達を床に降ろすとフレデリックは恥ずかしそうに頭を掻いた。
 彼が浮かれきっているのには理由がある。
 ついにエステルとフレデリックの結婚式の日取りが決まり、国民にも発表されたのだ。

「待ち望んだことだったからつい……。これから結婚式の準備で忙しくなるな」
「ええ」

 エステルは苦笑を隠せない。
 ようやく女王から結婚の許可が出て、式の日取りも決まった。
 ただし、結婚式は一年後なのである。
 だが、フレデリックは嬉しくて堪らないようだ。
 ラファイエット公爵邸全体も華やいだ雰囲気に包まれている。

「待ちに待った結婚式だからな。時間をかけてじっくり準備をしよう!」
「「わーい! あたしたちもてつだうわ!」」

 ココとミアも張り切っている。
 エステルだって本心を言えばウキウキと胸が躍るようだった。


◇◇◇


「比翼の鳥と連理の枝なんてよく覚えていたわね?」

 二人きりになるとエステルはフレデリックに笑いかけた。
 彼はエステルが前世日本人の転生者であることを知っている。
 そして彼女の前世の話を聞くのが好きであった。
 先日も高校生の頃に冬休みの宿題で『長恨歌』という漢詩を苦労して丸暗記した話をしたばかり。興味を持ったフレデリックに頼まれてうろ覚えの長恨歌を諳んじたのだった。
 もっとも、一番有名な『天に在りては願はくは比翼の鳥となり、地に在りては願はくは連理の枝とならん』の部分しか思い出せなかったのだが。

「いや、だって僕達のためにあるような言葉じゃないか? 深く離れがたい夫婦の契りを表すたとえなんだろう?」
「そうね。ただ、逸話になっている皇帝と妃は悲劇で終わるのよ?」
「うーむ、それは受け入れられないな。僕と君はこれからずっと幸せに過ごすんだから」

 背後からエステルを抱きしめたフレデリックはうっとりと彼女の髪に顔を埋め、そのまま首筋に唇を滑らせる。

「ああ……。いい匂いだ」
「ふふっ、くすぐったいわ」
「早く君が欲しい……」

 耳元に熱い吐息を感じるとエステルの体がびくりと揺れる。

「駄目よ。フレデリック」

 胸をどきどきさせながらも子供に注意するような口調になってしまう。
 フレデリックは不満そうに唇を尖らせた。

「嫌なのかい?」
「嫌じゃないけど……。結婚するまでは節度を守ったほうがいいと思うの」
「君がそう言うなら」

 どことなく捨てられた子犬のような目を見ると罪悪感で胸がちくちくするが流されてはいけない。
 フレデリックよりも年上なのだし、ココとミアの母親として色に溺れては駄目だと自分を戒める。

(お母さまみたいには絶対にならないって誓ったじゃない)

 若い美青年を見つけるとすぐに寝所に誘い込んでいた母親を苦々しく思い出す。
 エステルはするりと彼の腕の中から抜け出るとお茶の仕度を始めた。

「今日は女王陛下とお会いしてきたのよ。結婚式の話もしたわ。日時と場所はもう決まっているみたい。アリスティア大聖堂ですって」
「王族はそこで結婚式をするのが伝統だからな」
「ええ、治癒魔法の修業でアリスティア大聖堂に通っていたから馴染みがあって嬉しいわ」
「そうだな。あと急いで決めなくちゃいけないのは君のドレスだ。人気のデザイナーは早めに注文しないと間に合わないかもしれない。ココとミアはリングガールをしてもらうんだろう? お揃いのドレスをデザインしてもらったらどうだい?」
「それはいい考えね。ちょっと贅沢すぎる気もするけど……」
「僕は結婚式の費用を全て払うつもりでいるんだ。だから遠慮しなくていいよ」
「え……? 申し訳ないわ。それに私が使える王女用のトラストに結婚式の予算も入れてくださったそうなの。だからフレデリックに頼らなくても大丈夫よ」
 トラストというのは基金という意味で、各々の王族に配分される予算のことを言う。
「へぇ?」
「トラストの管理をしてくださる担当事務官が最近代わったのだけど、遠慮なく使ってほしいって。でも金額が大きくて驚いたわ」

 結婚式の予算として振り込まれた金額を伝えるとフレデリックは軽く目を瞠った。

「すごいな。そんなに? 議会がよく通したものだ」
「有難いことだけど国民の税金からいただいたお金でしょ? 申し訳ないから浪費したくないの。余ったら結婚式の後に国庫にお返しするつもり。そんなに多くないけど料理屋で働いていた頃の貯金もあるし、自分の結婚式なんだからまずはそちらを使わないとね」
「それなら余計に僕のへそくりを使ってくれないか?」
「へそくり?」

 王子様のような外見にそぐわない単語が出てきて思わず噴き出しそうになる。

「君が教えてくれた前世の言葉じゃないか?」

 そういえばそうだった。

「僕には両親から受け継いだ私財があってね。それを投資や運用に回していて、結構利益があがっているんだよ。領民からの税金じゃないから安心して使ってほしい」
「そうなの?」
「君の貯金はココとミアの将来のために貯めておいたものだろう? 大切にしたほうがいい。税金は国庫に返金したほうが国民のためになる。僕は結婚式の費用を払いたい。そういうのが相互利益っていうんじゃないかな? これも君が教えてくれた言葉だ」

 相変わらずフレデリックはエステルを説得するのが上手い。
 つい、そうかもしれないと頷いてしまった。

「では余計に贅沢は無しで倹約を……」
「ウェディングドレスは妥協できないよ。国民も皆楽しみにしているからね!」
「うーん、そうね。女王陛下はパレードも考えてるっておっしゃっていたから……」
「だろう? 今度デザイナーに来てもらうよう手配するよ。ココとミアもきっと喜ぶ」

 甘く蕩ける瞳でフレデリックはエステルの片手を握り、もう片方の手で彼女の頬を包んだ。


~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~

キラキラシリーズ①~③巻好評発売中キラキラ
①巻の試し読みはこちらへ――→『悪役令嬢はシングルマザーになりました』を試し読み♪

★コミカライズ連載中★
ゼロサムオンラインにてコミカライズ好評連載中クラッカー
コミック①~②巻も好評発売中!!
詳しくはこちら!

こんにちはー。

来週早々にアイリスNEO新刊が発売されます!
ということで、本日からアイリスNEO 8月刊の試し読みをお届けいたします音譜

試し読み第1弾は……
『だから違うと言ってるでしょう 貧乏伯爵令嬢ですが訳あって大富豪侯爵様の契約妻になりました』

著:錫乃 絵:宵 マチ

★STORY★
貧乏伯爵家の令嬢オーロラに、美貌の大富豪侯爵ミハイルから手紙が届いた。“幼少のみぎり、茶会で結婚の約束をした者です。ずっと思い続けていた貴女に、正式に結婚を申し込みたく……”けれど、そんな約束した覚えはないし茶会に出席すらしていない。“人違いです”と返事をしたところ、ミハイル本人が訪ねてきていわく「貴女は探している相手ではない。だが、貴女と結婚したい」――この人、何言ってんの? 困惑したオーロラだが、訳あって婚姻を迫られているミハイルと契約結婚をすることに!?
奇妙な求婚から始まる契約結婚ラブファンタジー!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「さあ、着きました」

 音もなく開かれた扉から侯爵閣下が先に降り、オーロラに手を差し伸べる。エスコートされるのに慣れていない彼女は、戸惑いながらもそっと掴まり馬車を降りた。
 夕闇が迫る中、あちこちに灯された明かりに照らし出された邸宅は、家庭教師先の子爵家のお屋敷のさらに数倍という大きさだった。

「あの、こちらは……?」
「ここはリンデルト家の別邸の一つです」
(別邸、の、一つ!? この規模で!?)

 叫びをなんとかこらえて、そうですかという意味を込め黙って頷いた。おそらく馬車を引いてきたお馬さん達が眠る厩舎ですら、バーリエ伯爵家タウンハウスよりも広いに違いない。

(お金持ち、恐ろしい)

 ゆっくりお話がしたく食事を用意しました、と言われ、流れるように別邸内に案内される。今日は家庭教師の方の仕事だったため、昨日のようなメイドのお仕着せではない。それでも、この豪奢な邸宅内においては場違い極まりない、地味で質素なドレス姿である。すれ違う使用人達にあとで好き放題言われるんだろうなぁと思うオーロラだったが、なんと言われたのか知る術もないだろうから気にしてもしょうがないかと諦めた。
 さすが大富豪侯爵家というべきか、出された食事は豪華で文句なしに美味しかった。普段から節約節制をしているオーロラにはとても食べきれる量でもない。できれば包んで持って帰りたいほどだ。食べている間、侯爵自身や使用人達からの値踏みするような視線を感じる気もしないではなかったが、一旦開き直ることにしたので気にせず無言で食事を続けた。

「所作が実に美しいですね、バーリエ伯爵令嬢」
「……ありがとうございます、侯爵閣下」
「そのように堅苦しくなく、どうぞミハイルとお呼びください。私の方もオーロラ嬢とお呼びしても?」
「どうぞお好きにお呼びください。ですがこの身はしがない伯爵家の娘、高貴なお方を名前で呼ぶなど恐れ多いことでございます。私の方からはリンデルト侯爵閣下と呼ばせていただきたく存じます」
「……」

 侯爵からの申し出を断るなど、頑なに返答をしすぎたろうか。謝罪をしたものか考えていると、向かいの席の侯爵が俯きがちに肩を震わせていた。

「……くくっ」
「? ……あの、侯爵閣下??」
「ふふ、あははっ、いやぁ、貴女は実に面白い。予想以上だ。気に入ったよ、バーリエ伯爵令嬢」
「……はい?」

 ひとしきり笑うと、リンデルト侯爵は「失礼」と言ってあらためてオーロラに目を向けた。先ほどまでとは違い、柔らかな雰囲気は霧散していた。口調も、雰囲気も変わっている。微笑んではいるのだが、目を細め口角をにぃっと上げた表情は、どちらかというと――――

(なんか、意地が悪そう?)

 オーロラはきゅっと口を引き結び、目の前の男の変わり様を凝視した。

「そう警戒しないでくれ。貴女に害意はないから安心してほしい。話があるのだと言っただろう?」
「……はい」

 そう言われても安心する要素が見つからない、と思うオーロラだったがぐっと呑み込む。素直に感情を顔に出しては貴族社会を生き抜けないと教え込んでくれたマナー講師に感謝した。

「私の評判については知っているかな?」
「リンデルト侯爵閣下の評判について、ですか?」
「ほら手紙にも書いた、『約束の令嬢』という、アレさ」
「……少しばかり、聞き及んではおります」

 先ほどアリス嬢から聞いたばかりだが、まぁ嘘ではあるまいと思うことにした。

「十八年くらい前だ。伯爵家以上の家柄で、学院入学前の子女ばかりを集めた交流目的の茶会が王城で開かれたことがあった。そこで私は一人の令嬢に出会った。名前は『オーロラ』。家名は……聞きそびれてしまったか、忘れたのだか、わからない。それ以来忘れられず、ずっと彼女を探し続けている」
「はい……」
「……というのが、噂になっている表向きの話だな」
「………………はい?」
「だって、考えればおかしいってわかるだろう? 忘れられずに探しているのに家名がわからないなんて。そんなもの、本気で結婚を望んでいたなら、茶会直後に調べればすぐわかるものだ。いやあ、女性達はこういったロマンス小説みたいな話が好きだね。ちょっとくらいの齟齬は無視して夢中で噂してくれる。おかげで、持ち込まれる縁談話が半分くらいにはなったよ」

 リンデルト侯爵は頬杖をついてからからと笑う。つまり――――

「『約束の令嬢』を探しているというのは嘘、ということですか?」
「ご明察」

 貴女は本当に賢いね、と侯爵は褒め言葉を口にした。言葉面は称賛されているはずなのに、賢しいと小馬鹿にされたように感じるのは気のせいだろうか。それに、そんな種明かしのような話を縁も所縁もないオーロラにする意図がわからない。

「どうして、そのようなお話を私などに?」
「貴女のことがとても気に入ったから」
「……」
「それに、これから話す内容に関係しているからな」

 会話が噛み合っていない。ずっと揶揄われている気分だ。
 これから話す、ということは、ここからが本題なのだろう。オーロラは、居住まいを正して真っ直ぐ目の前の侯爵を見つめた。

「私が探している……ことになっている『約束の令嬢』は、貴女じゃない」
「ええ、はい、そうですね、人違いですので」

 今更何を言ってるんだろう、とオーロラは思う。あらためて言われるまでもない。使者にも面と向かって人違いだと言ったし、手紙にも失礼がないように丁寧に『お間違えでは』と書いたのだから。
 それなのに、リンデルト侯爵はさらにこう告げた。

「だが、私は貴女と結婚したいのだ」
(何言ってんの、この人)

 口から出かかった言葉をその時点ではなんとか飲み込むことができたが――

「そして、一年、長くて二年ほどしたら、離婚してほしい」
(……だから、何言ってんの? この人)

 音にするのはギリギリこらえたが、今度ばかりは顔に表情を乗せるのを止められなかった。なんとも形容しがたい顔になっているとオーロラ自身もわかる。だが、理解できないものはできないし、出てしまった呆れ顔はもう引っ込められない。

「……どういうことですか?」
「契約結婚、というやつさ」

~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~