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一迅社アイリス編集部

一迅社文庫アイリス・アイリスNEOの最新情報&編集部近況…などをお知らせしたいな、
という編集部ブログ。

こんにちはコスモス

本日は10月2日発売のアイリスNEOの試し読みをお届けいたしますアップ

試し読み第1弾は……
『君を愛することはできないと言われたので猫を愛でることにしました 黒猫さんをもふもふしていたら、あら? 旦那様のご様子が…?』

著:中村くらら 絵:まち

★STORY★
妹に婚約者を奪われ、厄介払いされるかのように嫁ぐことが決まった伯爵令嬢リゼット。そのお相手は『人嫌いの鉄仮面公爵』と呼ばれる王弟アルベールだった。結婚式の直後、夫から「君を愛することはできない」と告げられ、初夜もすっぽかされたリゼットの前に黒猫が現れて!? 
猫が大好きなリゼットは夜ごと訪れる黒猫と過ごすようになるが、黒猫と仲良くなるにつれて、なぜか旦那様の態度も変化してきて……?
ワケアリ王弟公爵×お飾り妻のもふもふ新婚ラブファンタジーラブラブ

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「旦那様にとっては不本意な結婚だったに違いないわ。ずっと、どなたとも婚約すらされていなかったんだもの。女性に興味がおありでないか、もしくは――」

 すでに愛する女性がいるか。
 相手の身分が低いか、既婚者か、あるいは片想いか。なんらかの理由で結婚できない想い人がいるのではないか。新婚の妻に向かって「愛人を作っても構わない」などと言ったのは、自分にもそのような相手がいるからでは――。
 そんな考えが浮かんだが、リゼットは口には出さなかった。言葉にするとあまりに虚しい気がして。
  
「……でもね、あんなことをおっしゃったけれど、旦那様は本当は親切な方なのではないかと思っているの」

 黒猫がピクリとヒゲを震わせた。真ん丸の瞳がリゼットを見上げる。

「例えばこのお部屋。日当たりも眺めも、とってもいい。家具もカーテンも壁紙も、女性好みのものに新調されてる。過ごしやすいようにという気遣いが感じられるわ」

 マーサによれば、この部屋はアルベールの指示で調えたのだという。
 夕食も、結婚式の日のディナーにふさわしい豪華な内容だった。プリプリの海老を使った前菜、黄金色のコンソメスープ、桜鯛のポワレに柔らかい鴨肉のロティ。デザートは旬のさくらんぼがたっぷり乗ったタルト。どれもこれも美しく盛りつけられ、味も絶品だった。一人で黙々と食べたのでなければ、きっともっと美味しく感じられたことだろう。
 それに、よく喋るマーサはもちろんのこと、執事のセバスチャンも、口数は少ないもののリゼットへの接し方はとても丁寧で親切だった。主であるアルベールが、使用人達にそのように指示しているからに違いない。
 アルベールはリゼットを妻として愛するつもりはなくとも、それはそれとして、快適な生活を保証するつもりではあるらしい。これまでのちぐはぐな印象について、リゼットはひとまずそのような結論に至っていた。

「だからね、妻としては望まれていなくても、せめて同居人として気持ちのよい関係になれたらいいなと思っているの。だって、少なくとも三年は同じお屋敷で暮らすことになるんだもの、気まずいままなのは辛いわ。まずは明日の朝食をご一緒できたら嬉しいのだけど、やっぱり難しいのかしらね……」

 リゼットは寂しく微笑み、睫毛を伏せる。
 結婚式当日の夕食すら別々だったのだ。あまり期待しない方がいい。期待して叶わないのはもっと辛い――。
「ニャーン」という声に、リゼットは我に返った。
 いつの間にかリゼットの足元に移動していた黒猫が、真ん丸の目でリゼットを見上げていた。長い尻尾が揺れ、ほんの一瞬ふわりとリゼットに触れる。

「まあ、慰めてくれるの? 嬉しいわ。ふふ、声もとっても可愛いのね。お喋りに付き合ってくれてありがとう、猫さん」

 思わずのばしかけた手を素早くかわし、黒猫はバルコニーへと向かう。どうやら出ていくつもりらしい。

「猫さん。また遊びに来てくれる?」

 問いかけに応えるように尻尾を揺らし、黒猫は夜の闇の中に消えていった。
 リゼットは黒猫の消えた先をしばらく見つめてから、不思議と穏やかな気持ちで眠りについたのだった。


 翌朝、侍女のマーサの案内でダイニングルームに赴いたリゼットは、食卓に黒髪の青年の姿があるのを見て目を瞬いた。朝食を一緒にできたらと思ってはいたものの、実現するなどとは期待していなかったのだ。

「……おはよう」

 ボソボソと発せられた朝の挨拶に、慌てて微笑みを作る。

「おはようございます、旦那様。朝食、ご一緒できて嬉しいです」

 そう言うと、アルベールは気まずそうに目を逸らした。

「……昨日の夕食は、その……同席できずすまなかった」
「いえ……」
「仕事……のようなもので、悪いが今後も夕食は共にできない。それと、昼も……」
「お忙しいのですね」
「……なるべく朝は合わせようと思っている」
「はい、ありがとうございます」

 もう一度微笑み、リゼットは席についた。少なくとも朝食は同席できるらしい。昨日のアルベールの拒絶的な態度を思えば、信じられないくらいの進歩だ。
 そんなリゼットに、アルベールは何か言いたそうに口を開きかけたが、結局言葉が出ることはなく、そのまま静かに朝食の時間が始まった。
 レースのカーテン越しに柔らかな朝の光が差し込むダイニングルーム。十人ほどがゆったり座れるダイニングテーブルの端と端に座る二人の前に、セバスチャンとマーサが料理の盛りつけられた皿を並べていく。
 新鮮な生野菜のサラダ。ポテトのポタージュ。香ばしく炙ったベーコンに、黄色が鮮やかなスクランブルエッグ。絞りたてのオレンジジュース。それに、パンとチーズを二種類ずつ。素朴なメニューながら、色味の良さと美味しそうな匂いに食欲が刺激される。

(どれも珍しいものではないけれど、一つ一つがとっても美味しいわ)

 食材の質もコックの腕もいいのだろう。さすがは公爵家だと感心しつつ、無言でバゲットをちぎり、口に運んだ。
 テーブルの反対側では、アルベールが同じく無言でベーコンにナイフを入れている。フォークを口に運ぶアルベールの所作は、感嘆するほど洗練されている。姿勢も良く、黒のスラックスに白のシャツ、黒のベストというシンプルな出で立ちにも気品が感じられた。
 二人で使うには広すぎるダイニングルームに、器とカトラリーが触れる音だけが静かに響く。予想はしていたが、どうやらアルベールは口数の少ない人らしい。そんなアルベールの様子をチラチラとうかがいながら、リゼットは会話の糸口を探っていた。

 結婚初日の昨日、会話らしい会話といえば「君を愛することはできない」という例の宣言と、それに続く事務的なやり取りだけだった。今日はもう少し楽しい会話を交わしたいと思うのだが、リゼットもあまりお喋りが得意な方ではない。

(もし、私がもっと気のきいた会話のできる性格だったら、ルシアン様との婚約を解消することにはならなかったのかしら……)

 今さら考えても仕方のないことが頭に浮かび、リゼットは小さく首を振ってそれを追いやった。過去を変えることはできない。リゼットの夫になったのはルシアンではなく、今目の前にいるアルベールなのだ。
 アルベールについては、噂以上のことは何も知らない。共通の話題といっても朝食のメニューくらいしか思いつかず、「これ、美味しいですね」などと感想を口にしてみたが、「ああ」とか「そうだな」で会話は終わってしまった。
 静かに時は流れ、残るは食後のデザートとお茶のみとなったとき、リゼットは「そういえば」と口を開いた。

「このお屋敷では猫を飼っていらっしゃるのですか?」

 ピタリ、とデザートフォークにのばしかけた手を止め、アルベールがリゼットに視線を移した。

「昨日の夜更け、私のお部屋に黒猫さんが遊びに来てくれたのですけど――」

 カシャーンという音が響き、見れば執事のセバスチャンが下げたばかりのスプーンを床に取り落としたところだった。なぜか、マーサもティーポットを持ったまま目を見開いて固まっている。セバスチャンが「失礼いたしました」とスプーンを拾い上げ、二人は何事もなかったかのように仕事に戻っていく。

「……いや、猫は飼っていない」

 アルベールの返答は少し意外なものだった。

「そうなのですか? とても立派な猫さんだったのでてっきり……。思わず撫で回したくなるような、美しい毛並みだったんですよ」
「な……う……」

 無表情のアルベールから、呻くような声が漏れる。
 セバスチャンとマーサも再び手を止めて、戸惑ったようにアルベールとリゼットの顔を見比べている。
 三人の反応を見て、リゼットはハッと気がついた。

「あ……もしかして、部屋に猫を入れてはいけなかったのでしょうか……? 申し訳ありません、勝手なことを……」

 しょんぼりと眉を下げる。
 とても美しくてお行儀の良い猫だったが、もしかしたらアルベールは猫が苦手なのかもしれない。そうでないとしても、飼っているわけでもない動物を室内に入れることには、拒否感を抱いても不思議ではない。

「……いや。構わない」

 アルベールの言葉に、リゼットはうつむけていた顔を上げた。

「昨日も言ったとおり、君には可能な限り不自由のない生活を保証したいと思っている。君が望むなら、猫を部屋に入れることも問題ない」
「本当ですか? ありがとうございます!」

 リゼットはパッと表情を明るくした。

「……君は、猫が好きなのか?」

 アルベールの問いに、リゼットは頬を染めて答える。

「はい、大好きです! ……あの、旦那様は猫が苦手ではありませんか?」
「……苦手ではない。好き、とも言いがたいが」
「そうなのですね?」

 曖昧な答えに、リゼットは小さく首をかしげる。猫にはあまり関心がない、ということなのだろうか。
 ともあれ、猫を部屋に招く許可は得た。
 公爵家の飼い猫でないならまた会えるとは限らない。そのはずなのに、なぜかリゼットは、あの黒猫がまた訪ねて来てくれる気がしてならないのだった。


「猫さん、また来てくれたのね!」

 少しだけ開けておいた掃き出し窓の隙間から、夜風と一緒にするりと入り込んできた黒猫を、リゼットはにこにこと出迎えた。
 黒猫はソファの前で少しの間立ち止まると、昨日とは違って三人掛けのソファの真ん中に飛び乗った。

(あら。これはもしかして、隣に座ってもいいということかしら……?)

 そわそわとした期待を胸に、リゼットは黒猫の隣にそっと腰を下ろす。
 黒猫は警戒するようにじっとリゼットの動きを見守っていたが、予想どおり逃げはしなかった。

「ふふ、今日はお耳、外側を向いていないのね」

 外向きに倒れた耳は周囲を警戒しているサイン。今夜の黒猫の耳は、ピンと前を向いている。昨日よりも警戒度が下がっていることがわかり、リゼットの頬がゆるむ。

「猫さん、あのね」

 気を良くしたリゼットは、少しだけ黒猫の方に体を傾けた。

「少しだけ、撫でちゃ駄目かしら?」

 小声で尋ねると、黒猫はあいかわらずリゼットを見つめたままヒゲをピンとさせ、尻尾をたゆんとくねらせた。

「……いいの?」

 今度は「ニャン」と短い鳴き声が返ってきた。それを了解の合図と受け取って、リゼットはそろそろと黒猫に手を伸ばした。
 丸みのある背中を上から下へそっと撫でる。想像していた以上のふわふわな手触りに、思わず吐息が漏れた。

「ふわぁ……可愛い……」

 うっとり呟くと同時に、黒猫がビクリと体を強張らせたのがわかった。

(焦らない、焦らない……)

 リゼットは名残惜しく思いながらも手を引っ込める。

「ありがとう、猫さん。今日はもう触らないわ」

 そう言って少し距離を取ると、黒猫のヒゲが安心したように下がった。

「あのね、猫さんをお部屋に招く許可を旦那様からいただいたのよ。今朝、朝食をご一緒したときに。だからまたいつでも遊びに来てね」

 応えるように、黒猫が「ニャア」と一声鳴いた。

~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~
こんにちはーねこへび
9月20日発売の一迅社文庫アイリス1月の新刊特典情報をお届けします↓↓↓

虐げられていた薄幸令嬢と彼女を全力で甘やかしたい騎士団長のシンデレラ&ラブファンタジーラブラブ
『竜の加護持ち騎士団長はハズレ持ち令嬢を守りたい』

篝 ミカゲ:作 三浦 ひらく:絵
ジャンル:ラブファンタジー
文庫判/定価:790円(税込)


★ 書き下ろしショートストーリーA★
下記のアニメイト店舗様での購入者様に特典がつきます。
※配布店舗は記事最下段、店舗リストをご確認下さい。

★書き下ろしショートストーリーB★
応援店舗様での購入者様に特典がつきます。
※配布店舗は記事最下段、応援店舗リストをご確認下さい。

★書き下ろしショートストーリーC★
下記の書泉&芳林堂書店店舗様での購入者様に特典がつきます。
※配布店舗は記事最下段、店舗リストをご確認下さい。

★書泉・芳林堂書店購入者有償特典 アクリルコースター★
下記の書泉&芳林堂書店店舗様で【有償特典付き】を購入すると、限定アクリルコースターがつきます。
※販売店舗は記事最下段、店舗リストをご確認下さい。


魔獣狩りの名門家の娘なのに瘴気耐性ほぼナシの最弱令嬢と、
最恐の狼神獣の人外×ラブファンタジービックリマーク

『ハーヴィスト辺境伯家の最弱令嬢 最恐の狼神獣の求婚には裏がありそうなのでお断りします』

紫月 恵里:作 まろ:絵
ジャンル:ラブファンタジー
文庫判/定価:790円(税込)


★ 書き下ろしショートストーリーA★
下記のアニメイト店舗様での購入者様に特典がつきます。
※配布店舗は記事最下段、店舗リストをご確認下さい。

★書き下ろしショートストーリーB★
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下記の書泉&芳林堂書店店舗様での購入者様に特典がつきます。
※配布店舗は記事最下段、店舗リストをご確認下さい。


配布店舗は、以下の通りになります。

★アニメイト購入者特典配布店舗★
【北海道・東北】
・アニメイト札幌
・アニメイトイオンモール旭川駅前
・アニメイトイオン釧路
・アニメイト八戸
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【関東】
・アニメイト池袋本店
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・アニメイト柏
・アニメイト宇都宮
【中部】
・アニメイト新潟
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・アニメイト豊橋
・アニメイト豊田
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【九州】
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・アニメイト佐世保
・アニメイト熊本

・アニメイトオンライン



★応援店購入者特典配布店舗★
・文教堂書店 札幌大通駅店
・文教堂書店 琴似駅前店
・文教堂書店 函館昭和店
・文教堂書店 川口駅店
・文教堂書店 行徳店
・文教堂書店 赤羽店
・文教堂書店 青戸店
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・文教堂書店 南大沢店
・文教堂書店 二子玉川店
・文教堂書店 溝ノ口本店
・文教堂書店 溝ノ口駅前店
・文教堂書店 住道店
・アニメガ×ソフマップ 神戸ハーバーランド店
・MARUZEN&ジュンク堂書店 梅田店
・ジュンク堂書店 三宮店
・ジュンク堂書店 三宮駅前店
・ジュンク堂書店 西宮店

【電子書店】
・コミックシーモア
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・honto
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 ほか



★書泉・芳林堂書店購入者特典配布店舗★
・書泉ブックタワー
・書泉グランデ
・芳林堂書店高田馬場店
・芳林堂書店みずほ台店
・書泉オンラインショップ



★書泉・芳林堂書店購入者有償特典販売店舗★
・書泉ブックタワー
・書泉グランデ
・芳林堂書店高田馬場店
・書泉オンラインショップ



※特典は、なくなり次第終了となります。
※特典配布方法の詳細は各店舗様にお問い合わせください。
こんにちは!

本日も発売間近の一迅社文庫アイリス新刊の試し読みをお贈りいたしますニコニコ

試し読み第2弾は……
『ハーヴィスト辺境伯家の最弱令嬢  
最恐の狼神獣の求婚には裏がありそうなのでお断りします』


著:紫月恵里 絵:まろ

★STORY★
魔獣狩りの名門家の令嬢なのに瘴気耐性が低く虚弱体質のディアナは、魔獣研究三昧の引きこもり生活を送っていた。ある日瘴気で死にかけていた彼女は、悪評まみれの最恐の狼神獣ファルグに遭遇! 主従契約を結ばれ彼の神獣騎士にされてしまいーー!? 契約の対価が全身なのは体が丈夫になったからいいけれど、伴侶にしたいってどういうことですか!? 
最恐狼神獣と瘴気引き寄せ体質の最弱令嬢の神獣×契約ラブ!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 窓が開いているのか、初夏の清々しい風に混じって、ラベンダーの香りが鼻先をくすぐる。ふっと目を開けたディアナは慌てて身を起こした。
 目に飛び込んできたのは、メモや付箋を挟んだ本が積まれた机に、籠に入ったラベンダー。その傍に置かれた古ぼけた冊子は、亡くなった母が残してくれた魔獣や神獣の資料だ。
 間違いなくディアナの住むクレメラ国王都の、ハーヴィスト伯爵邸内の自分の寝室だった。

「王宮の庭、じゃない……。――っ夢!? ……ああ、やっぱり夢だった……」

 額に手をやり、再び枕に逆戻りする。どうやら神獣と契約をする、という夢を見たらしい。

(夜会に出るのが久しぶりすぎて疲れたのかも。……でも、契約する神獣がファルグだなんて。わたし、そこまで追い詰められていたの? あの神獣はいい噂を聞かないのに……)

 昨夜行われた王宮での夜会は、とある理由で人前にほとんど出られないディアナにとって久々のものだった。緊張していたのかもしれない。
 ゆっくりと起き上がったディアナは眼鏡をかけようと手を伸ばし、ふと目を瞬いた。

「なに、これ……」

 右の掌に赤黒い痣が浮かび上がっている。いつもは眼鏡がないと視界が瘴気によってかすむというのに、今日はなぜかはっきりと見えた。

「吠える犬の横顔……?」
『犬じゃない。狼だ』

 唐突に朗々とした声が誰もいないはずの室内に響いた。

「えっ……!?」
『私を踏み台にするな』

 足を下ろそうとしていた寝台の下の敷物が動いたかと思うと、漆黒の毛並みの狼がのそりと起き上がり、ディアナの前に座った。

『ようやく起きたかと思えば、きみは契約した神獣を随分と雑に扱ってくれるじゃないか』

 不満を訴えていてもその響きは楽しげだ。こちらを見上げる狼の満月の双眸に、大きく目を見開いたディアナは、ぽかんと口を開けたまま固まった。
 夢の中に出てきた漆黒の狼の神獣ファルグの姿がそこにあった。恐ろしい、と噂の神獣だというのに、帳の隙間から差し込む朝日に照らされた今この瞬間の姿はひどく神々しい。
 微動だにしないディアナに、漆黒の狼が小さく首を傾げる。

『おい、何か言ったらどうだ。きみは昨日からよく黙り込むな』
「…………」
『死んだか?』
「っ死んではいません。生きています!」

 はっと我に返り、つい大声で言い返す。

(待って、ちょっと待って……。昨日、昨日? ファルグとの契約、って夢じゃなかったの?)

 考えてみれば、あの後の記憶が全くない。てっきり誰かが倒れている自分を見つけ、家の者に知らせて連れ帰ってもらえたのかと思っていた。
 ふいにファルグに血を舐めとられたことを思い出し、そろそろと右手で唇の端に触れる。

「昨日……わたしは、あなたと契約をしたの?」
『そうだとも。きみの身に契約の証――私の紋が刻まれているだろう。私はきみのもので、きみは私の主だ』

 喉の奥で笑ったファルグが黒々とした鼻先で手をつついてくる。再び掌の紋章を見つめたディアナは、こみ上げてきた感情を抑えるようにふるふると肩を震わせた。

「わたしが、主……」
『今更恐ろしくなったか? 私は優しいからな。対価を貰えるのなら契約を切ってもかまわないぞ。きみの対価を覚えているだろう?』
「……覚えて、います。――わたしの全身。丸ごと全部」

 震える声で言い切ると、ファルグは甘えるようにディアナの膝に顎を乗せてきた。こちらを見上げてくる黄金の目には、仕草とは逆に甘えなど一切ない。ファルグが喉の奥で笑う。その様は獲物をいたぶる獣を彷彿とさせる。

『さあ、どうする主? 契約を切るか、私を受け入れるか。身を震わせ、声を震わせるほど恐ろしいのなら――うぐっ』
「――っ地母神様、感謝いたします――っ」

 ディアナはファルグの首をぎゅっと抱きしめ、少し硬めの漆黒の毛並みに頬を擦り寄せた。その拍子に、どこか森を思わせるすっきりとした爽やかな香りが鼻先をくすぐる。

「瘴気がないとこんなにも息がしやすいなんて……。すごく体が軽い。くっきりはっきりよく見える! これなら彩光石も、眼鏡もいらないわ。あ、今日は瘴気がどのくらい出ているのか、ちょっと瘴気予報の旗の色を見に――」
『――待て! おい、ちょっと待て!』

 焦りを帯びたファルグの叫びに、ディアナはぱっと手を離した。

「すみません! 苦しかったですよね。あまりにも嬉しくて。――わたしと契約をしてくれて、ありがとうございます、ファルグ」

 満面の笑みを浮かべると、ぶるぶると頭を振って乱れた毛並みを整えていたファルグが警戒するように鼻を鳴らした。

『ありがとう? なぜ、礼を言うんだ。さっきは恐ろしくて震えていたじゃないか』
「え? あれは歓喜と興奮の身震いです」
『……どうも昨夜のことといい、きみは全く私のことを怖がらないな。昨日、きみを探しに来た人間には卒倒されかけたぞ。私の噂をよく知らないのか?』

 ファルグに不審者を見るような目を向けられ、ディアナはわずかに首を傾げた。

「悪いことをしたらファルグが来て頭から食べられてしまうよ、と言われていたり、普通は契約の対価は体の一部なのにあなたは全身を要求するから強欲だ、とか、契約したと思えば気に障ったからと契約を切って次から次へと契約者を乗り換える、とか、他の神獣と契約していた人間を神獣を殺してまで奪ったのにすぐに契約を切ってしまう、とか、魔獣でさえも気配を感じただけで逃げ出すとか、色々ありますけれども、どの噂のことですか?」

 唖然としたように目を軽く見開いていたファルグが、皮肉気に喉の奥で笑った。

『つらつらと詰まりもせずに、よくその悪評を私自身に向けて堂々と言えるな。怒らせるとは思わないのか』
「気を悪くさせていましたらすみません。でも、怒ってはいませんよね。むしろ悪評を楽しんでいませんか? さっきわたしに契約を切るぞ、と言った時、すごく楽しそうでした」

 ディアナはファルグの疑わしそうな瞳を真っ直ぐに見据えた。

「わたしは……他の方より瘴気耐性が低いんです」
『まあ、昨日のあれっぽっちの量の瘴気で死にかける人間は見たことがないな』
「でも神獣と契約すれば瘴気耐性も上がって、瘴気を払ってもらえるんですよ? そうすれば体調を崩して死にかけることもなくなります。怖がるより、感謝の気持ちの方が大きいです!」

 興奮気味に力説すると、ファルグは鼻で笑った。

『――きみの理由は理解したが、その感謝もいつまでもつかわからないぞ』

 脅しの言葉を口にしているというのに、口調は楽しそうだ。しかもふっさりとした尾を機嫌よさそうに揺らしている。

「ずっと変わらない自信があります」

 ファルグから目を逸らさず、ディアナは静かな笑みを返した。

(ただ、ちょっと気になるのは、わたしの瘴気耐性が低いのがわかっていたみたいなのに、契約したことよね。神獣は瘴気耐性が高い人間を選ぶはずなのに。――ああでも、契約は契約よ!)

 ディアナは気を取り直すようにふっと息を吐くと、わくわくとした気分ですっと手を差し出した。

「――と、いうことで。納得してくれたのなら、神獣の生態研究の為にあなたの毛を少し貰えませんか? 魔獣はともかく、神獣の毛は手に入らないんです」
『神獣の生態研究? 私の毛? どうも魔獣の嫌がりそうな香草や魔獣の断片があちこちにあると思えば……。きみは学者とかいう自分の好奇心の為なら命もかけられる頭のおかしい部類の人間だったのか』

 嫌そうに眉を顰めたファルグに、ディアナは首を横に振った。

「学者様だなんておこがましい。わたしはただ、少しでもハーヴィスト家の役に立ちそうなことを知りたいだけなんです。少しでいいですから、資料として毛を貰えると助かります」
『断る。少しだから、と言っておいて、うっかり丸刈りにされそうだ。ああいった奴らは限度を知らない』
「それは偏見じゃないですか。手元が滑らなければ大丈夫です! お願いします!」
『なおさら信じられるか!』

 半ば身を乗り出すように迫ると、次の瞬間ファルグがふっと白い炎を吐いた。一瞬視界がかすみ、白い炎が消えた後にそこに現れたのは精悍な面差しの青年姿のファルグだった。

「――っ!? 人の姿になる時にどうなっているの? あの白い炎が特別な効果があるとか……。そうだとしたら、わたしが浴びたら狼になれたりする……? でも、猛毒だったり、高温だと困るし……。昨日瘴気を消したのは青い炎だった気が――」

 驚いたのは一瞬で、ぶつぶつと自問自答していると、あっけにとられていたファルグがしばらくして豪快に笑い出した。

「はははっ、今度の主は随分と変わった毛色の人間らしいな。……――よし、ディアナ」

 唐突に名を呼ばれ、ディアナは警戒するように悪戯っぽい目をするファルグを見た。

「な、なんですか? もしかして変わった毛色の主が気に食わないから、契約を切りたくなった、とか……」
「いいや」

 ファルグが身構えるディアナの手をぐいと引っ張った。

「なにを……っ!?」

 ファルグの膝の上に落ちたディアナは抗議の声をのみ込んだ。掌に浮かんだ痣にファルグが舌を這わせたのだ。反射的に手を引きかけたディアナの軽く見開かれた薄桃色の瞳を、満月の双眸がひたと見据える。その口元に浮かぶのは甘露でも舐めたかのような甘い笑みだ。だが。

(……作りものみたい)

 どこか人形めいた魅惑的な笑みを浮かべるファルグが口を開くのを、ディアナは息を詰めて待った。

「ディアナ、きみを――」
 

~~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~~~