『孤高のぼっち令嬢は初恋王子にふられたい―呪いまみれの契約婚約はじめました―』を試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

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こんにちは!

今日も11月刊の試し読みをお届けします(〃▽〃)

試し読み第2弾は……
『孤高のぼっち令嬢は初恋王子にふられたい―呪いまみれの契約婚約はじめました―』

藍川 竜樹:作 くまの 柚子:絵

★STORY★
「わ、私、あなたの呪いを解きます」
ぼっち気味の令嬢ルーリエに舞い込んだのは、王太子殿下との婚約話! 殿下の婚約者候補になった令嬢が次々と呪われることから、呪いに対抗するため、魔導貴族のルーリエに契約婚約話が持ち込まれたのだが……。彼に憧れ、隠れ推し生活をするルーリエには、彼の存在はまぶしすぎてーー!? 期間限定でも最推しとの婚約なんて、無理すぎます! 呪われた王太子と令嬢の婚約ラブコメディ。

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「ルーリエ。お前がアロイス殿下の新しい婚約者に決まったよ」

 父にそう言われたのは、ルーリエが断罪される三か月前の午後のこと。葡萄の房が甘く薫る実りの月、魔の力が万物に満ちる万精節を控えた十番目の月のことだった―――。



 その日のお昼前、ルーリエは珍しく外出していた。
 王宮の園で行われる、収穫祭に出席していたのだ。
 これは国内の貴族家令嬢すべてが参加する国の行事で、皆、豊穣の乙女として白絹の伝統衣装に金の麦穂や秋の果実を飾った花冠をつけて臨む。といっても令嬢の数は多い。身分順に数名が儀式を行い、他は背後に控えるだけになる。それでも若い娘が集まれば華やかだ。
 ルーリエも可憐な菫に似た薄紅の花ルーリエと艶やかな葡萄の蔦を編んだ冠をかぶり、小さな胸を緊張と、ときめきに、とくとくと脈打たせながら儀式に臨んでいた。
 緊張は久しぶりに社交の場に出たから。訳あってルーリエはめったに外には出ない。ときめきは今年は王の他にも王太子アロイスが、祭司補として儀式に参加しているからだ。

(本物の殿下をこんなに近くで拝見できるなんて、なんて幸運なの……)

 ルーリエははた目には分からない無表情の下で、うっとりと若き王子を見つめる。
 彼は王の隣で乙女たちから供物を受け取っていた。
 錬金術師が尊ぶ水銀よりも純粋で眩い銀糸の髪、魔を祓う聖なる緑水晶の瞳。純白に金糸刺繍の清華な祭服が、これほど似合う王子がいるだろうか。やわらかな所作や眼差しにまで彼の誠実さ、気品がにじみ出て、すらりとした長身は手袋で覆われた指の先まで美しい。
 王子にはすでに王が定めた婚約者がいる。最近、気になる噂もある。それでも焦がれる乙女心は止められない。他の令嬢たちも皆、切ない吐息をついている。ところが、

「あら? 今日は妙によく殿下を拝見できると思ったら。いつも私たちの視界の邪魔、あ、いえ、皆をとり仕切ってくださるアンジェリカ様がいらっしゃらないわ」

 令嬢の一人が言い出した。見事な黒髪を持つストラホフ侯爵家令嬢アンジェリカ。つい半月前に王子と婚約した令嬢だ。ルーリエの身体がぴくりと反応する。

「まあ、本当。殿下のお傍を一時も離れたがらない方が欠席なんて、どうなさったのかしら」
「もしかして、今日は〈ラフレシア〉嬢がおられるから?」

 そこで皆が一様に声のトーンを落とした。

「しいっ、聞こえたらどうするの。あのラフレシア嬢はお姉様やお兄様、それに弟君も含め姉弟すべて異能の持ち主。魔物を滅したり、従えたりできるのよ」
「アンジェリカ様もおっしゃってたじゃない。特にあの方は姉弟の中でも冷酷で、少しでも気に入らない人がいると、呪いをかけたり使い魔の生贄にしてしまうのですって。見て、あの氷の笑み! ぞっとするわ。しかもあんなに殿下を睨みつけて」
「収穫祭に参加させられたのが不満なのよ。あの方、普段、一歩も邸から出ない魔導好きですもの。アンジェリカ様もご婚約が調ったばかりの大事なお体だから。下手にあの方に関わって呪われては大変と欠席なさったのではないかしら。最近、嫌な噂もあることだし」

 皆がおそるおそるふり向いた先にいるのは、ルーリエだ。
 ふわふわと広がる深紅の髪に大きな月色の瞳。白磁の頬は疵一つない硬質の美しさを保ち、完璧な形の唇はほんのり薄紅に色づいて。十六歳になったばかりの彼女は、人が見れば微笑みを誘わずにはいられない、愛らしい自動人形そのものだ。
 なのに彼女は見事に〈孤高の令嬢〉だった。
 貴族序列に従ってほぼ末席の回廊の柱の陰にいるのだが、ルーリエの周囲だけ誰もいない。不自然なまでの空間が開いている。完全に仲間外れの〈ぼっち〉だ。
 無理もない。彼女の家、ドラコルル伯爵家は〈魔導貴族〉。建国時の功績や血筋で爵位と領地を授けられた由緒正しい封土貴族ではなく、魔に関わる一族。その技能により爵位を授けられた技術職に近い成り上がりで、貴族の中でも下級に分類される家柄なのだ。魔物など見たことのない箱入りの高位貴族の令嬢たちからすれば得体のしれない存在だ。
 しかもルーリエはそういった下級貴族にありがちな媚びた笑みを浮かべない。無表情だ。そこがまた身分をわきまえない高慢だと、高位の貴族令嬢たちの反感を買うのだ。
 おかげで魔物と対峙できる力を怖れられながらも、魔導士として国に仕える、貴種とは言えない家職を嘲られ、社交界を牛耳る高位有力封土貴族の代表格、アンジェリカ嬢に、

「いくら髪色が紅でも、紅に銀の花芯の可憐な花ルーリエと同じ名なんておかしいわ。近頃、東方より標本として贈られた毒々しい紅の食虫花ラフレシアのほうがお似合いではなくて?」

 と、最近、人々の間で話題の巨大な腐臭のする毒花にかこつけて、〈魔喰い令嬢ラフレシア〉と綽名をつけられ、脇に追いやられているのだ。

 しかもそれを目の当たりにした他のルーリエと同階級の令嬢たちからさえも、
「駄目よ、やっぱりルーリエ嬢に関わっては。私たちまで社交界の爪弾きになるわ」
「魔導の力はあっても、宮廷での政治力は侯爵家のほうが断然上ですもの。私たちがアンジェリカ様の不興を買えば、お父様たちの任官にまで差しさわりが出るわよ」

 と、保身のために改めて距離をとられ、さらに寂しい立ち位置になった時のことだった。
 ルーリエの鼻に馴染みのある甘い香りが届いた。それとほぼ同時だった。


「暴れ牛だーっ」

 儀式の行われている宮殿の園に、猛り狂った牛が突っ込んできた。
 牛の背にはケケケと笑う赤い林檎が一つ乗っている。
 儀式用供物の予備として置かれていた林檎が、悪意ある魔物に取り憑かれたらしい。驚いた牛はまっすぐに、王子がいる祭壇へと向かっていく。まずい。ここは王宮の奥庭。儀式に参加する神官たちを重んじて、騎士はいても宮廷魔導士の配備はない。
 ルーリエは柱の陰で息をのんだ。どうしよう、と、おろおろしながら周囲を見る。
 表情にはいっさい表れていないが、その仕草はとても食虫花に例えられる毒令嬢ではない。
 それもそのはず。家職と無表情のせいで誤解されているが、実はルーリエはただの不器用。
 いつもの無表情は皆の反応が怖くて喜怒哀楽が出せないだけ。氷の笑みと呼ばれる顔も、過去にあった社交界での出来事が心の傷となり、表情筋が強張って、必死に笑おうとしても一ネリしか口の端が上がらず怖い笑みになるだけなのだ。
 今もぼっち状態が寂しくてしかたがないのだが、令嬢たちに話しかけてまた引かれたらとぐるぐる考えて柱の陰にいるだけ。王子のことも睨んでいたのではなく、並ぶ列が後ろすぎてよく見えず、あの辺りにおられるのかしらと、目を凝らしていただけなのだ。
 それどころかルーリエも他の令嬢たちと同じく、昔、窮地を救ってくれた王子を密かに慕っていて。だから、

(このままでは殿下が……!)

 この状況は見過ごせない。ごくりと息をのむとルーリエは柱の陰から出た。髪から銀のピンを引き抜くと、暴れ牛の前に立ちふさがった。


   ********

『ゲ、ゲゲゲエエッーー』
 
魔物の苦鳴が聞こえて、王子アロイスは目を見張った。突然の騒動に、近衛に王を守るように命じ、神官や令嬢たちをも避難させようとしていた矢先だった。
 ひらりと、銀の光が一閃したのだ。

(あれは、何だ……?)

 見事、笑う林檎に何かが命中している。銀色に輝く華奢な物。女性用のピンか?
 悶える林檎は宙に縫い留められ、解き放たれた牛がほっとしたように逃げていく。
 危機は去った。皆、無事だ。
 突然の展開に、安堵ゆえか一瞬、茫然として、アロイスはあわてて辺りを見回した。宮廷魔導士たちはまだ到着していない。いったい誰が皆を守ってくれたのか。

   ********


「な、何? え、嘘、ラフレシア嬢??」
「あの方、本当に魔物を退治できるの? 噂だけじゃなく?? ますます怖いっ」

 魔物と対峙するルーリエの姿を初めて見た高位貴族の令嬢たちが驚いているが、ルーリエは気にするどころではない。必死だ。退魔能力があるとはいえ、ルーリエはこれだけでは魔物を滅せない。魔物を魔物たらしめている魂核、人でいう人格や記憶を司る魂を砕かなければ、彼らはすぐに復活して反撃してくる。

 時間がない。いつも一緒の使い魔たちに頼む。

「ムシュ、シュフ、フシュ、食卓の用意をっ」

 途端に、子猫サイズの三つの物体がルーリエの影から飛び出した。
 竜に似た可愛い頭には角と耳が二つずつ。
 小さな翼に、蠍めいた尾。
 顔は古傷があって厳ついが、体はまん丸二頭身の魔物たちが、空中をめぐって、花の飾られた食卓をどこからともなく取り出す。ピンの刺さった林檎も網を出して捕獲、これまた謎出現の包丁で分厚めの輪切りにしてフライパンに放り込む。その横ではもう一体がシェフ帽をかぶり銀のボウルでクリームを泡立てている。見事な連携だ。期せずして観客となってしまった他の令嬢たちが、驚きのあまり逃げることもできずに目を丸くしている。

「見て、何て鮮やかな包丁さばき。まるで手練の首切り役人のよう」
「まあ、炎を吐きましたわ。真っ赤な林檎が焼かれて、ミイラの肌のような飴色に」
「そこに焦がしバターをとろりと絡める様が容赦なくて。あ、シナモンの香りが。隣にさらにクリームを添えるなんて。まさに林檎に対する侵略だわ」

 食べ物に対する形容ではないが、王子のためだ。白いテーブルクロスのかかった席に着いたルーリエは、優雅に銀のカトラリーを操り、小さな一かけら。魔物にとっての魂、魂核を含む果肉部分を焼き林檎から削り取る。そして。

「あ、」
「食べた」

 そう。ルーリエの退魔能力は食すること。ドラコルル家の姉弟はすべて異能の持ち主だが、
 長女ラドミラはウィンク一つで魔物を魅了、その体を蕩かし、どろどろに溶かしてしまう。
 長男リジェクは冷え冷えとした一瞥で魔物を凍らせ、砕き散らす。
 末弟レネはその高いボーイソプラノで子守唄を歌い、竜すら眠らせることができる。
 と、それぞれ能力に個性がある。そして、次女のルーリエは。自分の体の中がどうなっているのかよく分からないが、魔物を食べることで滅することができるのだ。
 代々、ドラコルル家と守護契約をしている魔物ウシュガルルによると、魔物の魂核を包む精気を効率良く吸収、己のものとして、魔を無力化しているらしい。
 貴族としての歴史は浅くとも、魔物使いとしては長い歴史を持つドラコルル家でもなかなか希少な能力らしいが、ルーリエにとってはコンプレックスでしかない。何しろ食べることでしか退魔できないのだ。さっきの林檎くらいであれば自力で何とかできるが、それ以外は、先ず、誰かに魔物を動かない状態にしてもらわないといけない。退魔能力を買われて貴族の末席に連なる身でこれは痛い。しかも慢性ストレス胃炎で量を食べられないという、二重の役立たずぶりなのだ。子どもの頃に乳母に読んでもらった絵本に、華やかな義姉たちに囲まれ育ったせいで自信を無くし、顔を隠すため灰まみれになって暮らす娘の話があったが、ルーリエはまさにそれだ。華やかな退魔一族の落ちこぼれ。さらには、

「ねえ、ご覧になった? 捕らえた魔物をわざわざ料理して、優雅に食して見せるなんて」
「魔物からすればなんという辱めかしら。本当に冷酷な方だわ」

 小食で内気、そのうえ一部の魔物とは仲良しなルーリエは、いかにも魔物ですといった形のままでは心理的抵抗がありすぎて食べられない。吐いてしまうし、正直、不味い。だからフシュたちが食べやすいように調理してくれているのだが、当然、皆には伝わらない。

~~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~~~