『騙されましたが、幸せになりました』を試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

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という編集部ブログ。

こんにちは!

来週早々には一迅社文庫アイリス3月刊が発売日されます音譜
ということで、本日から新刊の試し読みをお届けいたします(≧▽≦)

試し読み第1弾は……
『騙されましたが、幸せになりました
 愚か者令嬢と紅蓮の騎士』


著:霜月零 絵:一花夜

<STORY>
社交界で燦然と輝いていた公爵令嬢リディアナの世界は、男爵令嬢に騙された愚かな令嬢と知れ渡った日から一変した。婚約は破棄され、国内での立場は地に堕ち、隣国へ逃げるように遊学することになってしまった。それもこれも、すべては自分のせいだと受け入れていたけれど……。商人のふりをしている騎士アレクサンダーに出会ったことで、彼女の運命は動き出し!? 
苦しい恋で輝く令嬢の純愛ラブファンタジー。

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(アレクの店は、ここから近いはずだけれど……)

 隣のイグナルトをちらりと見る。
 王都の大通りに店を構える喫茶店ならば、運営しているのは貴族か大商人であるとわかるはずなのにこの態度だ。
 アレクの店に連れていったら、同じように失礼な対応を平気でしそうだ。それは避けたい。
 せっかく店の側まで来たというのに立ち寄れないのは残念だが、次の機会に回そう。
 そんなことを思いながら、エスコートするイグナルトが何か話しているのを適当に聞き流していたせいだろうか。
 ふいに、ドンッと強い衝撃が身体に走り、わたくしはよろけて道路に飛び出してしまった。
 瞬間、道路を走っていた馬車の馬が驚いて前足を上げる。
 避けようと思っても、身体が竦んで動かない!
 時間が止まるかのように、ゆっくりと蹄がわたくしに降りてくる。世界が灰色に染まり、すべての音が消え失せて動けない。

「リディアナ!」

 咄嗟に顔を両手で庇った瞬間、誰かに抱きしめられた。
 すべての生き物がゆっくりと動く灰色の世界の中で、その人だけは上空から獲物を狙う鷹のような鋭い動きでわたくしを抱え、道路脇に飛ぶ。
 瞬間、世界が動き出した。
 ざわざわとした雑踏と、馬の嘶きが響き、灰色の視界に色が戻ってくる。

「怪我は!?」

 強くわたくしを抱きしめていた人が問いかけてきた。
 そうだ、わたくしは、誰かに助けられた。
 抱きしめられている腕の中から恐る恐る顔を上げると、見知った顔がそこにはあった。
 会いたかった彼だ。

「貴方、どうして……」
「また会ったな。大丈夫か?」

 人好きのする笑顔で笑うのは、アレクだ。シャツ越しに鍛え上げられた身体を感じて心臓が鼓動を早める。
 金色の瞳が心配げにわたくしを至近距離で見つめていて、目が離せない。

(赤くなっていたりはしないかしら)

 もし顔が赤くとも、助かったからだとごまかせればいい。

「大変申し訳ございませんっ!」

 馬車から御者が下りてきて、わたくし達に必死に詫びる。
 むしろ詫びるのはこちらの方だ。
 故意ではないけれど、急に道路に飛び出してしまったのだから。

「いえ、こちらこそ、突然驚かせてしまってごめんなさいね」

 立ち上がろうとしたが足に力が入らず、アレクに支えられて何とか立ち上がる。鍛え上げられた腕はたくましく、よろけてしまうわたくしを抱き留めてくれる。
 互いの体温を感じるほどに近く、わたくしは胸の動悸を知られそうで、恥ずかしい。けれど離れがたく感じてしまう。助けられたからだろうか。
 ふいに、それまで呆然としていたイグナルトが、何を思ったかアレクを睨み付けた。

「おい、貴様! 彼女が怪我をしていたらどうしてくれるんだ!」

 いまにも掴みかかりそうな勢いだ。
 わたくしはアレクを背に庇うためにイグナルトと向き合おうと振り返るが、まだ足に力が戻らない。そんなわたくしを、アレクは大丈夫だとでもいうように、支える腕にぐっと力を込めてくれた。
 理不尽なイグナルトからアレクを守りたいのに、こんな風にされてしまっては、胸に広がる安堵感を抑えきれない。
 胸の動悸は少しも治まることが無いが、イグナルトを止めなくては。
 なぜわたくしが怪我をしていたらなどという理不尽なことを?
 むしろアレクがいなかったらわたくしは馬車に轢かれていたに違いなく、その場合怪我どころでは済まなかったはずだ。

「怪我だなどと何を言っているの? 貴方も見ていたでしょう。彼がわたくしを助けてくれたのです」

 わたくしの恩人に、イグナルトはなぜ詰め寄ろうとするのか。
 おろおろとしている馬車の御者には目配せを送り、この場を去らせる。このままここにいては、イグナルトが何を言い出すかわからない。
 悪いのは、突然道路に飛び出してしまったわたくしだ。

「こんな平民風情がいなくとも、僕が君を助けられたんだ。君は僕に感謝するべきだ」

 意味が分からない。
 わたくしは足が竦んで一歩も動けなかったが、それはイグナルトも同じだったはず。誰もが動けなかった。そのことを責めるつもりはない。突然だったのだから。
 けれどアレクに対してこの見下すような態度は許せない。

「はっきり言わせて頂きますわ。彼がいなかったらいま頃わたくしは馬に蹴られて道路に横たわっていたことでしょう。あの至近距離ですもの。命があったかどうかさえ危ぶまれますわ。ですが彼が勇気をもってわたくしを庇ってくださったからこそ、こうしてかすり傷一つなくわたくしはいられるのです。恩人に平民も貴族も関係ありません。言いがかりをつけるのはやめて頂きたいわ」
「い、言いがかりじゃ……」
「言いがかりでなければ、何だというのです? あぁ、暴言ですか」
「ぼ、暴言って、僕は貴族で、そいつは平民だ!」
「あら、それならわたくしは公爵令嬢ですわね」
「……っ」

 暗に伯爵家が公爵家にものを申すのかと問えば、イグナルトは言葉に詰まった。
 普段はいい。
 わたくしはバン伯爵家にお世話になっている客人なのだから。
 だが、馬車の故障を直してくれたことといい、いま轢かれるのを助けてくれたことといい、二度もわたくしを救ってくれたアレクへのこの態度は度し難い。

「彼は、わたくしの恩人です。彼に対する対応は、それはつまり、公爵令嬢の恩人をバン伯爵家が蔑ろにした、ということになりかねないわ。二度とこんな横暴をなさらないで」

 イグナルトを貶めるのは簡単だ。
 だが、これからもバン伯爵家でお世話になるのにそれは下策。なにより、ユイリー叔母様がどれほど心配するかわからない。
 だから論点をすり替える。
 イグナルトの行動は伯爵家の行動となると。

「あ、あぁ、そうか、そうだな……。すまなかった……」

 激高していたイグナルトは、少し冷静さを取り戻したらしい。困惑しながらもアレクに詫びの言葉を口にした。
 これでもう、後日アレクを探し出して何かしたりはしないだろう。
 伯爵家子息という立場をためらいもなく使えるイグナルトだから、警戒してしまう。

「偶然居合わせただけのことですから、お気になさらず。突然の出来事に動揺しておられたのでしょう」

 にこりと笑って、アレクも大人の対応で済ませる。さすがは商人といったところか。
 こんな理不尽な態度の貴族には馴れているのかもしれない。
 いつの間にか、力の入らなかった脚はしっかりと自分で立てるようになっていた。
 アレクも気づいたようで、わたくしを支えていた手を離す。
 ……それを少し寂しいと思ってしまったのは、何故だろうか。

~~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~~~

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