第2章 3節 近代-①
異様船と斥和碑と大院君
この第2章3節では近代を扱います。
このコラムは1話ずつ独立しておりますが、通して読んで頂けると韓国・朝鮮の通史になります。
古代より振り返りたい方はバックナンバー「H1.五千年の歴史とは?」よりお読み下さい。
朝鮮王朝よりお読みになりたい方はバックナンバー「H9.満洲は誰のもの?」よりお読み下さい。
では近代に入ります。
1863年、無頼人と呼ばれた李昰応(リハウン리하응)が影の工作により哲宗(チョルジョン철종)の後継として、彼の次男を第26代高宗(コジョン고종)として即位させる事に成功し、李昰応は史上初の生ける大院君(テウォングン대원군:王の父)の称号を得て実権者として君臨する事になります(興宣大院君:フンソンテウォングン흥선대원군)。
大院君は歴史上何人か居ますが、今や大院君と言えば彼の事を指します。
<興宣大院君 リ ハウン肖像画>
彼の評価は相反する評価により未だ定まっておりませんが、勢道政治で傾いた国を立て直す事に一定の成果を挙げたと見て良いでしょう。
彼は執権するや果断な改革を執行します。
彼を、無頼漢的な姿を隠れ蓑に果断な改革を主導する指導者として描いたのは、日本の仁をリメイクしたドラマ「Dr.JIN(ドクター・ジン)」です。
<ドラマ Dr.JIN(ドクタージン) 主演者陣>
ソンスンホン主演のこのドラマは、JYJのジェジュンなど豪華な俳優が顔を揃え、絶妙に史実を絡めながら本場に負けずとも劣らずのエンターテインメント性を発揮しています。
2020年にパクシフ主演のドラマ「風と雲と雨」が放映されました。
このドラマは1977年に発表された同名の小説を原作に、1989年に作られたドラマのリメイクですが、この時代を背景に、王族たちの野望と権力欲にまみれた熾烈な王位争奪戦を繰り広げる中、キングメーカーとなった「影の英雄」ことパクシフ演じる観相士と、自分の息子を王にすべく野望を次第に露わにしていくフンソンテウォングン興宣大院君との火花散る確執を描いた作品です。
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ホジュンで一世を風靡した名優チョン・グァンリョルが息子を王にするためになりふり構わず陰で陰謀を繰り広げるテウォングン役を好演しています。
史実において彼は今まで権力から疎外されて居た南人を登用するなど広く人材を登用しました。
全国儒生の派閥の巣窟となって居た書院の廃止を断行しました。
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そして壬辰倭乱以来廃墟となっていた景福宮(キョンボククン경복궁)を再建。
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<景福宮 勤政殿>
これは国家威信の回復を試みるものでしたが、財政難の最中の無理な建造と当百銭(タンベクチョン당백전)鋳造発行は民衆の怨声を買い、結果的に彼の失脚に繋がります。
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思想的には衛正斥邪(ウィジョンチョクサ위정척사)を進め、民衆宗教の東学(トンハク동학),天主教(천주교:カトリック)を弾圧しました。
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そして良く知られる様に対外的には鎖国を敷きます。
と言っても、よく大院君の鎖国政策によって鎖国がなされたと誤認する向きが有りますが、朝鮮王朝は創始から東アジア中国、日本、琉球以外貿易を行わなかったので有り、彼の専売特許では有りません。
鎖国と言っても東アジア三国の鎖国は各々性格が異なります。
参考までに一言で整理しましょう。
❶中国〜基本国内で賄える経済大国なので貿易は富の流出。
なのでヨーロッパに対し開港場を広州一か所に絞り密貿易を監視。
<中国 広州(広東)港>
❷日本〜徳川幕府の独占貿易。
西学の流入を避ける為オランダに限り、長崎出島のみ開港。
❸朝鮮〜建国以来重農主義から東アジア以外との貿易を行わず。西学の流入も懸念しヨーロッパとの交易を拒否。
つまり東アジアの中で朝鮮だけが理念による鎖国政策を採り、中国・清を通じて西洋文物を一部取り入れては居ましたが、西洋との貿易を一切拒否して居たと言えます。
これは致命的だったと言って良いでしょう。
<ハメル 朝鮮幽囚記より>
もちろん朝鮮も束手無策だった訳では無く、1653年のハメル漂流時に軍事技術を習得しようとするなど一定の努力は有りましたが、それが長崎の出島の様に継続的な西洋との交渉に繋がらなかった事が惜しかったと言えます。
<シャーマン号と目される船舶>
その後1866年7月ピョンヤンに侵攻した武装海賊船シャーマン号事件、同年8月のフランス艦隊による江華島砲撃(丙寅洋擾ピョンイン ヤンヨ병인양요)、1871年朝米戦争とも言えるアメリカ軍との激戦(申未洋擾シンミ ヤンヨ신미양요)と続きますが、徹底抗戦にて勝利を収めます。
この一連の勝利はアジア唯一の勝利で、世界史に輝いて居ます。
<ドラマ 太陽人イジェマ〜韓国医学の父〜」
この時期のドラマとして「太陽人イジェマ〜韓国医学の父〜」ではシャーマン号がピョンヤンの大同江に侵入し民衆に発砲、住民と官吏によって焼失する姿をリアルに描いています。
この時に大院君が欧米侵略者と徹底的に闘う事を訴え、全国に広めた斥和碑(チョククァビ척화비)が有名です。
しかしこの様な鎖国政策は、西洋の侵略行為からその場は守れたとしても西洋の文物流入を妨げ、富国強兵とは反対の方向に向かうのでいずれ破綻する事が火を見るより明らかでした。
その矛盾の最中、息子高宗の嫁で有る明成王后(명성왕후)閔氏を中心とする反対勢力が頭をもたげ、高宗(コジョン고종)の親政により1873年大院君は呆気なく失脚します。
閔氏政権は大院君の政策を一貫して否定し、それ以降朝鮮は準備なき開国へ向かい半植民地への道をひた走る事となります。
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<参考文献>
山川出版社 世界歴史体系 中国史
集英社編 日本の歴史
山川出版社 世界歴史体系 朝鮮史2
山川出版社 朝鮮現代史
キネマ旬報社 金両基
ビジュアル版 朝鮮王朝の歴史
朝鮮史研究会編 朝鮮の歴史
ヘンドリック・ハメル 朝鮮幽囚記
미일침략자들의 조선침략사
<1871年 辛未洋擾のアメリカ軍>