PCモバイル環境の最強のパートナー
HYBRID W-ZERO3
いよいよ、Willcomも大胆な施策を打ち出さないと、消滅しそうなこの時期、非常に思い切った機械を出してきたものです。
基本的な仕様としては、上記オフィシャルページのとおりなんですが、W-ZEROシリーズの強みは、通話品質の高さと料金の安さとモデム使用可能ということだったんだけど、通話品質は新しいSIMに変わってからなんだか普通になったし、安さも特別安いと言うほどでもなくなってきた。モデム使用可能ってことだけが強みと言えば強みだったんだけど、如何せん通信速度が遅かった。
iPhoneをはじめ世のスマートフォンが、モデムとしての使用を拒絶しているのに対し、本機は、使えるだけじゃなく、料金体系の至って良心的。
Willcom社員ブログ
アンオフィシャルとしても機能がすごい!!
ちょっと前の記事だけど、「今のウィルコムだから作れた大胆すぎるスマートフォン「HYBRID W-ZERO3」」とくに2ページ目にはとんでもないことが書いてある。
1. W-CDMA網にも対応する。
2. PHS自体も「W-OAM typeG」と呼ばれる高度化通信規格に対応
3. 無線ルーター機能も備える
4. W-CDMA用のSIMカードスロットにロックがかかっていない
5. PHS用の「W-SIM」と呼ばれるカードのオプションとして、GSMが使えるカードを用意した
6. SIMカードスロットに2枚のカードを挿せるようになっている
この仕様を読んで、好きな人は解ると思うけど、これは、ソフトバンクみたいな勢いであれば、絶対しないことだし、するととんでもないことになると思う。利用者にとってはもの凄い可能性がある。
残念は、「本来ならば、XGP対応のスマートフォンを出すべきところだが、「発熱やコストの問題もあり、パフォーマンスがついてこない」」ということだ、これはほんとに残念だけど、上記の常識破りの仕様を見ると、出来ることは全てやりきったという印象が強い。よく頑張ったものだ。
でも果たして、この機能を全て使い切るような環境が揃うかというと、大いに疑問ではあるんですけどね。
今は、iPhoneを使ってるけど、インターフェースは言うことないし、特に日本語入力環境は、意表を突くもので、これはほんとたいしたもんだと思う。おまけにiPodやウォークマン要んないし、ほんと使い勝手いいんだけど、肝心の発信、着信出来ない事があまりにも多く、使ってるわたしは、構わないんだけど、かけてくる人からの苦情が多すぎ、「・・・繋がんないって」。それと、一番のダメダメが、モデムとして使えない点。これはほんとに困る。
iPhone が、モデムとして使えて、ちゃんと発着信してくれるなら、なんの不満もない。(MP3プレイヤーとしても使ってるので、当然、外部電源使用してという前提ですけどね。わたしは、これ
と
RT-P1BT1/B
BluePack™ S4 for iPhone
使ってます。RT-P1BT1/B の方が高級感はありますが、USBで接続しても、充電だけで同期できません。BluePack™ S4 for iPhone は、できます。)
XGP対応まで待つかなぁ・・・今は、携帯していない Advanced/W-ZERO3[es]機種変更して、またまた、メインにしようかなぁ・・・って思ってますが、社員連中は、またかって呆れるだけで諦めてくれるだろうけど、得意先にまたまた変更のお知らせするのが大変なので、ちょっと困ってます。
しゅっちょ その3
昨日は、緊急で日帰り関東しゅっちょでした。
作業のトラブルなんだけど、小さいうちに手を打っとこうと言うことで、行ってきました。
でも、まだ足が完治してないところに、靴履いて、だいぶ歩いたので今日は痛くて歩けません。(T_T)
行きは、5:30の始発バスに乗って、京都6:30発の新幹線。
iPhone で、山本潤子聞いてたら、すぐ眠くなった。
帰りは、ThinkPad で、ギター用のエチュードを聴いてたら、またすぐ眠くなった。(^^;)
で、名古屋で起きて、iPhone で、Tsugume 板の
を、聞いてたら、うっすら涙が滲んできた・・・何でか解らん。・・・泣くような歌でもないのに。
山本潤子姉さんや森山良子ねぇさんには、よく泣かされるんだけど、つぐめちゃんの歌でははじめてやった。
普通、英語の歌で泣くことないのになぁ・・・。やっぱ言葉の問題やろう。頭ん中でワンクッション入るからなぁ・・・。
京都駅に帰ってきて、いつものパブの名前聞いてこようと思って痛い足引きずって寄ったんだけど、

ギネス1パイント(泡のたてかたは、英国流と日本流の中間くらいかな・・・わたしは、泡なしで量がある方が好き!)と、
フォア ローゼズのロック2杯、飲んだら、聞くの忘れた。(^-^;)
しかし、いつ行っても彼処のポテトフライだけは、飲み屋の定石通り塩辛い。
そこまであからさまにしなくっても、飲みに行ってるんだからさぁ・・・。
作業のトラブルなんだけど、小さいうちに手を打っとこうと言うことで、行ってきました。
でも、まだ足が完治してないところに、靴履いて、だいぶ歩いたので今日は痛くて歩けません。(T_T)
行きは、5:30の始発バスに乗って、京都6:30発の新幹線。
iPhone で、山本潤子聞いてたら、すぐ眠くなった。
帰りは、ThinkPad で、ギター用のエチュードを聴いてたら、またすぐ眠くなった。(^^;)
で、名古屋で起きて、iPhone で、Tsugume 板の
を、聞いてたら、うっすら涙が滲んできた・・・何でか解らん。・・・泣くような歌でもないのに。
山本潤子姉さんや森山良子ねぇさんには、よく泣かされるんだけど、つぐめちゃんの歌でははじめてやった。
普通、英語の歌で泣くことないのになぁ・・・。やっぱ言葉の問題やろう。頭ん中でワンクッション入るからなぁ・・・。
京都駅に帰ってきて、いつものパブの名前聞いてこようと思って痛い足引きずって寄ったんだけど、

ギネス1パイント(泡のたてかたは、英国流と日本流の中間くらいかな・・・わたしは、泡なしで量がある方が好き!)と、
フォア ローゼズのロック2杯、飲んだら、聞くの忘れた。(^-^;)
しかし、いつ行っても彼処のポテトフライだけは、飲み屋の定石通り塩辛い。
そこまであからさまにしなくっても、飲みに行ってるんだからさぁ・・・。
Alison Burns and Martin Taylor
出張先からあげたので少々書き足らず、加筆しました。
ギターとのデュオといえば、普通、エラ・フィッツジェラルドとジョー・パスだと思うんですけど(わたしのお薦めはTake Love Easyだ。)、流石に聞き飽きたというのも、多分に、あるんだけど、わたしならこれだ。
ただし、残念ながらライブの動画は、その場にいたらそんなに気にならないんたろうけど、CDと比べものにならないくらい、雑とは言わないけれど、不出来です。ライブあんまり出したがらない人が多いのもこんな事が原因なんでしょう。ライブは本当はその場限りのものなんですね。
このCDを再現するには、ほんとに、訥々と語るような歌い方なので、20人くらいのライブハウスが限界だと思う。
iTuneStore で試聴してもらえば解るんだけど、CDでは、ほんとに、1音1音を、大事に、丁寧にやってるだけに、少々残念。
Alison Burns & Martin Taylor at the BBC
Shadow Of Your Smile
Alison Burns - 'You'd Be So Nice To Come Home To'
My Romance
普段は超絶技巧派のジョー・パスもマーティン・テイラーも、 ここではおとなの演奏に撤してます。
ベースとコードとメロディーを完璧に分けて弾くなんて、余程の研究と地道な鍛錬がないと不可能なことです。だいたいやろうという気には、普通ならないものだと思います。
ギターとのデュオといえば、普通、エラ・フィッツジェラルドとジョー・パスだと思うんですけど(わたしのお薦めはTake Love Easyだ。)、流石に聞き飽きたというのも、多分に、あるんだけど、わたしならこれだ。
ただし、残念ながらライブの動画は、その場にいたらそんなに気にならないんたろうけど、CDと比べものにならないくらい、雑とは言わないけれど、不出来です。ライブあんまり出したがらない人が多いのもこんな事が原因なんでしょう。ライブは本当はその場限りのものなんですね。
このCDを再現するには、ほんとに、訥々と語るような歌い方なので、20人くらいのライブハウスが限界だと思う。
iTuneStore で試聴してもらえば解るんだけど、CDでは、ほんとに、1音1音を、大事に、丁寧にやってるだけに、少々残念。
1 AM [Enhanced,Import from US] Alison Burns Martin Taylor
曲目リスト
Live in Edinburgh
1. Again
2. Because of You
3. He's a Tramp
4. Sophisticated Lady
5. Man That Got Away
6. Do You Love Me?
7. I Haven't Got Anything Better to Do
8. Drop Me a Line
9. True
10. How Long Has This Been Going On?
11. If I Keep My Heart out of Sight
12. If It's Magic
13. No One Ever Tells You
14. I'm Confessin'
15. [CD-Rom Track]
Alison Burns & Martin Taylor at the BBC
Shadow Of Your Smile
Alison Burns - 'You'd Be So Nice To Come Home To'
My Romance
普段は超絶技巧派のジョー・パスもマーティン・テイラーも、 ここではおとなの演奏に撤してます。
ベースとコードとメロディーを完璧に分けて弾くなんて、余程の研究と地道な鍛錬がないと不可能なことです。だいたいやろうという気には、普通ならないものだと思います。
Tsugume. と一緒に旅をしよう。Vol.23 Amazing Grace
Jazz Cover 森田葉月&森川七月
1. Pretend
2. P.S.I Love You
3. Summertime
4. Caravan
5. Lately
6. Do You Wanna Dance
7. More~Fly Me To The Moon~Moon River
8. Fever
9. Autumn Leaves
10. Sentimental Journey
11. Night And Day
12. Skylark
13. Amazing Grace
この姉妹の歌は、別々に聞くと、全然、違うようだけど、二人絡むとやっぱ、姉妹だから息がピッタリというだけじゃなく、似てますねぇ。
つぐめちゃん(だと思うんです)のアカペラできれいに始まり、七月ちゃんが絡む。良い味出してます。ライブでお姉ちゃんが一緒に歌えないってこぼすわけだ。歌ってても気持ちいいでしょう。
エンディングに向かって、バンドと一体になって大いに盛り上げます。
・・・・これは、盛り上がりますわ。o(^▽^)o
アメイジング・グレイス
提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(Amazing Grace から転送)
アメイジング・グレイス(英語:Amazing Grace、和訳例:すばらしき恩寵)は、ジョン・ニュートンの作詞による賛美歌である。特にアメリカで愛唱され、またバグパイプでも演奏される。"grace"とは「神の恵み」「恩寵」の意。
原詞詞名(初行): Amazing grace! how sweet the sound
曲名(チューンネーム): NEW BRITAIN または AMAZING GRACE
ミーター:86 86 (CM)
目次
1 成立
2 所収
3 サンプル
4 有名な歌唱など
5 脚注
成立
作詞者はジョン・ニュートン (John Newton)。作曲者は不詳。アイルランドかスコットランドの民謡を掛け合わせて作られたとしたり、19世紀に南部アメリカで作られたとするなど、諸説がある。
ジョン・ニュートンは1725年、イギリスに生まれた。母親は幼いジョンに聖書を読んで聞かせるなど敬虔なクリスチャンだったが、ジョンが7歳の時に亡くなった。成長したジョンは、商船の指揮官であった父に付いて船乗りとなったが、さまざまな船を渡り歩くうちに黒人奴隷を輸送するいわゆる「奴隷貿易」に手を染めるようになった。
当時奴隷として拉致された黒人への扱いは家畜以下であり、輸送に用いられる船内の衛生環境は劣悪であった。このため多くの者が輸送先に到着する前に感染症や脱水症状、栄養失調などの原因で死亡したといわれる。
ジョンもまたこのような扱いを拉致してきた黒人に対して当然のように行っていたが、1748年5月10日、彼が22歳の時に転機はやってきた。船長として任された船が嵐に遭い、非常に危険な状態に陥ったのである。今にも海に呑まれそうな船の中で、彼は必死に神に祈った。敬虔なクリスチャンの母を持ちながら、彼が心の底から神に祈ったのはこの時が初めてだったという。すると船は奇跡的に嵐を脱し、難を逃れたのである。彼はこの日をみずからの第二の誕生日と決めた。その後の6年間も、ジョンは奴隷を運び続けた。しかし彼の船に乗った奴隷への待遇は飛躍的に改善されたという。
1755年、ジョンは病気を理由に船を降り、勉学を重ねて牧師となった。そして1772年、「アメイジング・グレイス」が生まれたのである。[1]この曲には、黒人奴隷貿易に関わったことに対する深い悔恨と、それにも関わらず赦しを与えた神の愛に対する感謝が込められているといわれている。
この曲のほかにも、彼はいくつかの賛美歌を遺している。
所収
『賛美歌第二編』第167番「われをもすくいし」
『聖歌』第229番「おどろくばかりの」
有名な歌唱など
ゴスペルの女王と呼ばれたマヘリア・ジャクソンが、1947年に録音。
1970年、フォーク歌手ジュディ・コリンズがセント・ポール教会でアカペラで歌い、アルバム「Whales & Nightingales」に収録。1971年1月9日付ビルボード・ホット100で最高15位を記録した。イギリスでは67週チャートインを達成した。
Judy Collins and the choir
Arlo Guthrie
米国のソウル歌手アレサ・フランクリンが1972年のライブアルバム「Amazing Grace」で歌い、ゴスペルの名盤の一つとなっている。
ARETHA FRANKLIN LIVE - AMAZING GRACE
Aretha Franklin - Amazing Grace - 2005 Gospel Fest (audio)
ギリシャ出身の世界的な歌手、ナナ・ムスクーリが1972年、LP『BRITISH CONCERT』 の中でア・カペラで唄い日本でも発売された。その後伴奏付の COUREUR GOSPELなどでの収録分がテレビのコマーシャルなどに使われた。
1972年、イギリスのバグパイプバンド、ロイヤル・スコッツ・ドラゴン・ガーズ(Royal Scots Dragoon Guards)がこの曲をカバーし、同年5月27日付ビルボード・ホット100で最高11位、全世界でレコード売上700万枚を記録した。邦題は「スコットランドの夕やけ(至上の愛)」。
The Royal Scots Dragoon Guards
1985年7月13日に開催されたライヴエイドのフィラデルフィア会場でのオープニングで、ジョーン・バエズにより歌唱された。
Joan Baez - Amazing Grace (Live)
日本では1987年、元トワ・エ・モワの白鳥英美子がア・カペラで歌ったものがCM曲に起用され、話題を集めた。
さだまさしが1987年に発表したシングル「風に立つライオン」の間奏部およびラストに引用されている。
ジャズ歌手の綾戸智絵が1999年のアルバムに収録。彼女の代表的なレパートリーの一つ。
中島美嘉がデビュー作のドラマ「傷だらけのラブソング」(2001年)の中でア・カペラで歌って話題を集め、2ndシングル『CRESCENT MOON』・1stアルバム『TRUE』(どちらも2002年発売)に収録した。2005年に発売するベストアルバムのために綾戸智絵のプロデュースで再録音した。
2002年1月27日に放送された特撮テレビドラマ「仮面ライダーアギト」の最終回は、この曲の前半部分が演奏されている。
本田美奈子.がクラシックアルバムの第一作『AVE MARIA』で歌い、白血病で闘病中の2005年10月に発売されたベストアルバム『アメイジング・グレイス』にも収録された。後者は11月の逝去後売り上げが急増し、オリコンチャートでベスト10入りを果たした。入院中に病室で歌ったア・カペラの「アメイジング・グレイス」は2006年7月から一年間、公共広告機構(現:ACジャパン)の骨髄バンク支援キャンペーンのテレビコマーシャルに使用された。
2003年に放送されたドラマ「白い巨塔」ではニュージーランド出身の歌手ヘイリー・ウェステンラがエンディング・テーマとして歌い、世間の注目を集めた。ヘイリーはシングル「アメイジング・グレイス2008」(2008年5月21日)において本田美奈子の残された音源との仮想的なデュエットを果たしている。
2005年にSEGAから発売されたPS2用ソフト「龍が如く」のエンディング曲として、河井英里が歌唱した。
2005年に歌手のminkがコンセプトアルバム『e+motion』の中でカバーしている。ライブではしばしば披露されており、2007年にはフジテレビ系『僕らの音楽』出演時に初めてテレビで披露した。
藤本美貴が2006年に行われた自身のディナーショーにて披露。なお、この模様はテレビ番組娘DOKYU!にて、歌唱練習からディナーショーの模様まで放送された。
2006年のアニメ『交響詩篇エウレカセブン』第4期OPでNIRGILISが歌う『sakura』に堀澤麻衣子が歌うアメイジング・グレイスがマッシュアップされている。
沖縄出身の歌手、古謝美佐子がコンサートにて沖縄方言ヴァージョンを夏川りみとデュエットで歌った。
2007年発売のゲーム『そして明日の世界より――』でafterシナリオのEDテーマソングに使用された。
ニンテンドーDSのゲーム『もっとえいご漬け』に聞き取りトレーニングメニューとして1番が収録されている。
2008年4月19日公開の『名探偵コナン 戦慄の楽譜』のストーリーに関わる重要な挿入歌として、パイプオルガンとバイオリンの伴奏付きで使用されている。のびやかなオペラ版のこの曲は、同映画のサウンドトラックにも収録されている。
歌唱だけではなく、ギターやベースなどの楽器でこの曲のメロディがインストゥルメンタルで演奏されることも多い。イエスのクリス・スクワイアは1991年の来日公演時にベースソロにこの曲を組みこんでいた。
ドラマ『エトロフ遥かなり』で主人公のケニー斉藤がハーモニカで演奏していた。
サッカーJリーグ、ジェフユナイテッド千葉のサポーターのチャントとして使われている。
Johnny Cash
Elvis Presley
Skeeter Davis
Willie Nelson
わたしがぶっ飛んだのは、これだ!
冨田礼子
黒30%と黄70%のオリーブドラブ色。
’70のアメ車みたいだ!。
でかけりゃいいと言うもんでもないけれど、
やっぱ、でかい声も出るにこしたことはない。
マイクも要らないし・・・・、客も黙るし・・・・。
各種団体の宴会のようですね。
John Denver
ジョン・デンバー
提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ジョン・デンバー(John Denver、1943年12月31日 – 1997年10月12日)は、アメリカ合衆国のシンガーソングライター。本名はヘンリー・ジョン・デュッチェンドルフ・ジュニア(Henry John Deutschendorf Jr.)。
経歴
ニューメキシコ州ロズウェル出身。ドイツ系の家庭に生まれる。
Take me home, country roads(カントリー・ロード)、Leaving on a jet plane、Sunshine on my shoulders、Rocky mountain highなど数多くのヒット曲を生み出し、1970年代のフォークソングにおいて中心的な役割を果たした。
親しみやすい曲調と、繊細で情感あふれる歌詞が特徴である。最大のヒット作Take me home, country roadsはオリビア・ニュートン=ジョンにカバーされたほか、日本ではスタジオジブリの映画『耳をすませば』の主題歌(映画ではオリビア・ニュートン=ジョンのカバー曲を使用)として使われたものが有名である。
Olivia Newton-John TV Gems 1972
しかし、デンバー本人は実は一度も歌の舞台であるウェストヴァージニア州に行った事がなかったという。そのためか歌詞に出てくる地名はヴァージニア州の物が多い見当違いな物である。
Rocky Mountain High Colorado
コロラド州アスペンのリオグランデ州立公園には、デンバーの作品「ロッキー・マウンテン・ハイ」を讃える記念碑がある。ロッキー・マウンテン・ハイは、現在アメリカ・コロラド州の公式な州歌に採用されている。
John Denver Sanctuary
1997年10月12日、米国内ツアーを終えて、カリフォルニアで休日を過ごしていたが、自ら操縦していた飛行機が燃料切れで墜落して死亡。自宅には投機目的の石油の備蓄タンクが設置されていた。
残された遺産はおよそ2000万ドル超(日本円で26億)。1998年、妻と元妻とで遺産の分配を巡って法廷に持ち込まれる。
主要作品
以下の作品は、デンバー自身のオリジナルまたは共作として発表されたものである。
フォロー・ミー (Follow Me) 1969年
悲しみのジェット・プレーン (Leaving on a Jet Plane) 1971年
故郷へ帰りたい (Take Me Home, Country Roads) 1971年
Take Me Home, Country Roads - John Denver
Almost heaven, West Virgina
Blue Ridge Mountains, Shenandoah River
Life is old there, older than the trees
Younger than the mountains, flowing like the breeze.
(Chorus) Country roads, take me home
To the place I belong
West Virginia, mountain mama
Take me home, country roads.
All my memories gather 'round her
Miner's lady, stranger to blue water
Dark and dusky, painted on the sky
Misty taste of moonshine, teardrop in my eye.
(Chorus)
I hear her voice, in the morning hour she calls to me
Radio reminds me of my home far away
Driving down the road I get a feeling
That I should have been home yesterday (yesterday)
(Chorus)
absolute lyrics
さすらいのカウボーイ (I'd Rather Be A Cowboy) 1973年
ロッキー・マウンテン・ハイ (Rocky Mountain High) 1973年
太陽を背にうけて (Sunshine on My Shoulders) 1974年
緑の風のアニー (Annie's Song) 1974年
バック・ホーム・アゲイン (Back Home Again) 1974年
すばらしきカントリー・ボーイ (Thank God I'm a Country Boy) 1975年
マイ・スウィート・レディ (My Sweet Lady) 1977年
作品解説
太陽を背に受けて
「太陽を背に受けて」は、Dick Kniss と Mike Taylor との共同制作になる作品である。1973年、シングル盤としてリリースされ、1974年初期には全米ナンバーワンのヒットを記録した。
デンバーは、Seventeen Magazine にこの曲を創作した経緯を寄稿している。「気分が滅入っていて、ブルーな曲を書きたいと思っていたとき、この曲想が思い付いた。この曲は、自分のライフスタイルを表現したものである。」と。
当初、「さすらいのカウボーイ」というシングル盤のB面に収録されて発売された。ベトナム戦争が終結したころ、この曲には重要な示唆が含まれていると一般に受け取られるようになり、アダルト・コンテンポラリーを扱う放送局で流され始めた。そのうちに、1974年1月26日には全米ヒットチャートの90位に入り、その後9週間に渡ってヒットチャートのナンバー1を記録した。
Sunshine on My Shoulders - John Denver
Refrain:
Sunshine on my shoulders makes me happy.
Sunshine in my eyes can make me cry.
Sunshine on the water looks so lovely.
Sunshine almost always makes me high.
If I had a day that I could give you
I'd give to you a day just like today.
If I had a song that I could sing for you
I'd sing a song to make you feel this way.
(Refrain)
If I had a tale that I could tell you
I'd tell a tale sure to make you smile.
If I had a wish that I could wish for you
I'd make a wish to sunshine all the while.
(Refrain)
Sunshine almost the time makes me high
Sunshine almost always ...
absolute lyrics
ロッキー・マウンテン・ハイ
「ロッキー・マウンテン・ハイ」は、1973年にアメリカで流行したフォーク・ロックである。この曲は、デンバーの故郷である、アメリカのコロラド州アスペンへの愛着を現したものであり、1970年代に発表されたポピュラー音楽を代表するものの1つとされている。
この曲は、公開されると直ちにアメリカ国内に論争を巻き起こした。それというのは、同年アメリカ連邦通信委員会がドラッグの乱用を煽る音楽は取締りの対象とすることと決まったからであった。デンバーの釈明が行われるまでは、多くの放送局がこの曲の放送を禁止したのであった。1985年、デンバーは合衆国議会において、この経緯について釈明を行っている。
その後長らくはコロラド州の非公式な州歌として見なされていたが、2007年3月12日、議会はこの「ロッキー・マウンテン・ハイ」を公式な歌の1つとして認めることとなった。
Rocky Mountain High" by John Denver
He was born in the summer of his 27th year
Coming home to a place he's never been before.
He left yesterday behind him. You might say he was born again.
You might say he found the key to every door.
When he first came to the mountains his life was far away
On the road and hanging by a song.
Well the string is already broken and he doesn't really care.
It changes fast and it don't last too long.
But The Colorado Rocky Mountain High
I've seen it raining fire in the sky.
Shadow from the starlight is softer than a lullaby.
Rocky Mountain High
Rocky Mountain High
Well he climbed the feeble mountains.
He saw silver clounds below
He saw everything as far as you can see.
They say that he got crazy once and he tried to touch the sun.
He lost a friend but keep the memory.
Now he walks in quiet solitude thru the forests and the streams
Seeking grace in every step he takes.
His sight has turned inside himself to try and understand
The serenity of clear blue mountain lake.
And The Colorado Rocky Mountain High
I've seen it raining fire in the sky.
Talk to God and listen to the casual reply.
Rocky Mountain High
Rocky Mountain High
Now his life if full of wonder
But his heart still knows some fear
Of the simple things he cannot comprehend.
Why they try and tear the mountains down
To bring in a couple more, more people, more scars upon the land.
And The Colorado Rocky Mountain High
I've seen it raining fire in the sky.
You know he'd be a poorer man if he never saw an eagle fly.
Rocky Mountain High
The Colorado Rocky Mountain High
I've seen it raining fire in the sky.
Friends around the campfire and everybody is high.
Rocky Mountain High
Rocky Mountain High
Rocky Mountain High
Rocky Mountain High
Rocky Mountain High
Rocky Mountain High
absolute lyrics
緑の風のアニー
緑の風のアニー(英名 Annie's Song)は、デンバー自身が作曲と作詞を行った。この曲は、アルバム「バック・ホーム・アゲイン」(英名 Back Home Again)に収録され、1974年に RCAレコードから発売された。Milt Okunがプロデューサーを担当し、演奏時間は2分58秒である。1974年7月、2週間に渡って全米ナンバー1ヒットを記録したこの曲は、デンバーにとって2回目の全米ナンバーとなった曲でもある。イギリスにおいても、ナンバー1ヒットを記録した。
緑の風のアニーは、当時ジョン・デンバーの妻であった Annie Denver (旧姓 Annie Martel) に捧げた叙情詩(じょじょうし)である。 Annie は、アメリカのミネソタ州スリーピーアイ出身である。ミネソタ州の New Ulm 近郊の州立公園を二人で散歩していたとき、デンバーは周囲の景色の素晴らしさに感嘆しつつ、同時に妻のことに想いをはせながら、数分の内にこの曲を書き上げたとされる。この曲が流行するようになって以降、多くの人々の間で結婚式の際頻繁に演奏されるようなったり、相手に愛情を表現するための代わりに利用されるようになった。その理由は、この曲が聞き手の想像力に素晴らしく訴えるだけでなく、歌詞が誰にとっても普遍的な意味を含んでいるからである。ただし歌詞の中には、Annie という名前は一言も出て来ない。
Annie's Song - John Denver
You fill up my senses
Like a night in a forest
Like a mountain in springtime
Like a walk in the rain
Like a storm in the desert
Like a sleepy blue ocean
You fill up my senses
Come fill me again
Come let me love you
Let me give my life to you
Let me drown in your laughter
Let me die in your arms
Let lay down beside you
Let me always be with you
Come let me love you
Come love me again
Interlude . . .
. . . Let me always be with you
Come let me love you
Come love me again
(Repeat first verse)
absolute lyrics
関連項目
ジョン・デンバー ディスコグラフィー(英語)
外部リンク
ジョン・デンバー 公式サイト
Official John Denver Fan Club (language English and German)
彼のいい歌は、非の打ち所が無い。心に染透ります。
まさかの登場
もはや、新しいインプットメソッドが登場することなんてないだろうと思い込んでいたところに、まさかの登場だ。
わたしは長年、ATOKしか使っていないので、ATOKのキー設定が使えるかと言うことが一番気になってたけど、ATOK、MS-IME、ことえりの3種が選べます。デフォはMS-IMEです。
実際に、今使って入力していますが、違和感はないです。文節の途中まで入力すると、いろんな変換候補が出てきますが、ちょっとじやまっけだなと感じますが、気になる程度です。
もはや、まともなIMEでお金とってるのは、ATOKだけですねぇ・・・・。
ジャストもボヤボヤしているうちに厳しい局面に追い込まれてきましたなぁ・・・・。
ちょっと前までは、一太郎、ATOKを使わない方がおかしいって感じだったんですけどね。
MSも10年後にそうなっていないとは、誰も言えない業界だしなぁ・・・、つくづく怖い世の中です。
Googleの製品は、最初から完成度が高く、急所をついてくるいいものばかりです。
果たして今後に期待して良いものかどうか、あちこちへの影響を考えると複雑 な思いがありますが、
いまのところ、概ね、大歓迎と言っておきましょう。
わたしは長年、ATOKしか使っていないので、ATOKのキー設定が使えるかと言うことが一番気になってたけど、ATOK、MS-IME、ことえりの3種が選べます。デフォはMS-IMEです。
実際に、今使って入力していますが、違和感はないです。文節の途中まで入力すると、いろんな変換候補が出てきますが、ちょっとじやまっけだなと感じますが、気になる程度です。
もはや、まともなIMEでお金とってるのは、ATOKだけですねぇ・・・・。
ジャストもボヤボヤしているうちに厳しい局面に追い込まれてきましたなぁ・・・・。
ちょっと前までは、一太郎、ATOKを使わない方がおかしいって感じだったんですけどね。
MSも10年後にそうなっていないとは、誰も言えない業界だしなぁ・・・、つくづく怖い世の中です。
Googleの製品は、最初から完成度が高く、急所をついてくるいいものばかりです。
果たして今後に期待して良いものかどうか、あちこちへの影響を考えると複雑 な思いがありますが、
いまのところ、概ね、大歓迎と言っておきましょう。
Tsugume. と一緒に旅をしよう。Vol.22 Skylark
Jazz Cover 森田葉月&森川七月
1. Pretend
2. P.S.I Love You
3. Summertime
4. Caravan
5. Lately
6. Do You Wanna Dance
7. More~Fly Me To The Moon~Moon River
8. Fever
9. Autumn Leaves
10. Sentimental Journey
11. Night And Day
12. Skylark
13. Amazing Grace
独特の雰囲気を持つ佳作曲ですね。
前半、中盤と、しっとりとした、殆どピアノとデュオという感じですが、
エンディングにいたって、ドラム、ベース、ギターが参加し一気に盛り上げます。
つぐめちゃんも非常にダイナミックに歌い上げています。
ひょっとしたら、わたしはこの板でこの曲が一番好きかもしれない
Skylark (song)
From Wikipedia, the free encyclopedia
"Skylark" is an American popular song with lyrics by Johnny Mercer and music by Hoagy Carmichael, published in 1942. Mercer said that he struggled for a year, after he got the music from Carmichael, before he could get the lyrics right. The yearning expressed in the lyrics is Mercer's longing for Judy Garland, with whom Mercer had an affair. This song is considered a jazz standard.
The song was recorded by Glenn Miller & His Orchestra, with vocals by Ray Eberle, rising to #7 on the charts in 1942.
In 1964, Ella Fitzgerald recorded this on her Verve release "Ella Fitzgerald Sings the Johnny Mercer Songbook", with arrangements by Nelson Riddle.
The song was recorded by Bobby Darin for his album "Love Swings".
The song has also been recorded by the English/Australian classic rock band Sky in 1982.
In 2009, Renee Olstead sang it on her second album by the same name.
The song was recently re-recorded by Janis Siegel on Steve Hass's debut album, Traveler. Steve is the current Manhattan Transfer drummer and percussionist.
In 1973, Bette Midler recorded the song for her album Bette Midler (1973).(「Bette Midler」を、クリックしてね。リクエストによる埋め込み無効のため)
In 1998, Clint Eastwood's movie "Midnight in the Garden of Good and Evil", that takes place in Mercer's birth town Savannah, used this song as ending title, sung by k.d. Lang.
k.d.lang
Additionally, the song is believed to have inspired a long-running Buick car of the same name that ran from 1953 to 1998.
Skylark - Bette Midler
Skylark, have you anything to say to me?
Can you tell me where my love may be?
Is there a meadow in the mist
where he's just waiting to be kissed?
Skylark, have you seen a valley green with spring
where my heart can go a journeying
over the shadows and the rain
to a blossom covered lane?
And in your lonely flight have you heard the music?
In the night, wonderful music.
Faint as a will-o'-the-wisp, crazy as a loon,
sad as a gypsy serenading the moon.
Oh, skylark, I don't know, I don't know
if you can find these things,
but my heart, my heart is riding on your wings.
So if you see them anywhere
won't you lead me there?
Oh, won't you lead me there?
Lead me there, lead me there.
Lead me there, skylark, skylark, skylark, there . . .
absolute lyrics
Skylarkというのは、
ヒバリ
鳴き声 Sprasia, Inc.
ヒバリのことだそうです。
こんな可愛い小鳥に、そんな難しいこと聞いたり、お願いしたりしてもねぇ・・・・
・・・という感じもしますが・・・・。
ヒバリと言えば、わたしが思い出すのが、美空ひばりじゃなくて、これだ。
青空文庫-草枕
草枕
夏目漱石
山路を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。
・
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中略
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余の考かんがえがここまで漂流して来た時に、余の右足は突然坐りのわるい角石の端を踏み損くなった。平衡を保つために、すわやと前に飛び出した左足が、仕損じの埋め合せをすると共に、余の腰は具合よく方三尺ほどな岩の上に卸りた。肩にかけた絵の具箱が腋の下から躍り出しただけで、幸いと何の事もなかった。
立ち上がる時に向うを見ると、路から左の方にバケツを伏せたような峰が聳えている。杉か檜か分からないが根元から頂きまでことごとく蒼黒い中に、山桜が薄赤くだんだらに棚引いて、続ぎ目が確と見えぬくらい靄が濃い。少し手前に禿山が一つ、群をぬきんでて眉に逼る。禿げた側面は巨人の斧で削り去ったか、鋭どき平面をやけに谷の底に埋めている。天辺に一本見えるのは赤松だろう。枝の間の空さえ判然している。行く手は二丁ほどで切れているが、高い所から赤い毛布が動いて来るのを見ると、登ればあすこへ出るのだろう。路はすこぶる難義だ。
土をならすだけならさほど手間も入るまいが、土の中には大きな石がある。土は平らにしても石は平らにならぬ。石は切り砕いても、岩は始末がつかぬ。掘崩した土の上に悠然と峙って、吾らのために道を譲る景色はない。向うで聞かぬ上は乗り越すか、廻らなければならん。巌のない所でさえ歩るきよくはない。左右が高くって、中心が窪んで、まるで一間幅を三角に穿って、その頂点が真中を貫いていると評してもよい。路を行くと云わんより川底を渉ると云う方が適当だ。固より急ぐ旅でないから、ぶらぶらと七曲りへかかる。
たちまち足の下で雲雀の声がし出した。谷を見下したが、どこで鳴いてるか影も形も見えぬ。ただ声だけが明らかに聞える。せっせと忙しく、絶間なく鳴いている。方幾里の空気が一面に蚤に刺されていたたまれないような気がする。あの鳥の鳴く音には瞬時の余裕もない。のどかな春の日を鳴き尽くし、鳴きあかし、また鳴き暮らさなければ気が済まんと見える。その上どこまでも登って行く、いつまでも登って行く。雲雀はきっと雲の中で死ぬに相違ない。登り詰めた揚句は、流れて雲に入って、漂うているうちに形は消えてなくなって、ただ声だけが空の裡に残るのかも知れない。
巌角を鋭どく廻って、按摩なら真逆様に落つるところを、際どく右へ切れて、横に見下すと、菜の花が一面に見える。雲雀はあすこへ落ちるのかと思った。いいや、あの黄金の原から飛び上がってくるのかと思った。次には落ちる雲雀と、上る雲雀が十文字にすれ違うのかと思った。最後に、落ちる時も、上る時も、また十文字に擦れ違うときにも元気よく鳴きつづけるだろうと思った。
春は眠くなる。猫は鼠を捕る事を忘れ、人間は借金のある事を忘れる。時には自分の魂の居所さえ忘れて正体なくなる。ただ菜の花を遠く望んだときに眼が醒める。雲雀の声を聞いたときに魂のありかが判然する。雲雀の鳴くのは口で鳴くのではない、魂全体が鳴くのだ。魂の活動が声にあらわれたもののうちで、あれほど元気のあるものはない。ああ愉快だ。こう思って、こう愉快になるのが詩である。
たちまちシェレーの雲雀の詩を思い出して、口のうちで覚えたところだけ暗誦して見たが、覚えているところは二三句しかなかった。その二三句のなかにこんなのがある。
We look before and after
And pine for what is not:
Our sincerest laughter
With some pain is fraught;
Our sweetest songs are those that tell of saddest thought.
「前をみては、後えを見ては、物欲しと、あこがるるかなわれ。腹からの、笑といえど、苦しみの、そこにあるべし。うつくしき、極みの歌に、悲しさの、極みの想、籠るとぞ知れ」
なるほどいくら詩人が幸福でも、あの雲雀のように思い切って、一心不乱に、前後を忘却して、わが喜びを歌う訳には行くまい。西洋の詩は無論の事、支那の詩にも、よく万斛の愁などと云う字がある。詩人だから万斛で素人なら一合で済むかも知れぬ。して見ると詩人は常の人よりも苦労性で、凡骨の倍以上に神経が鋭敏なのかも知れん。超俗の喜びもあろうが、無量の悲も多かろう。そんならば詩人になるのも考え物だ。
明治の先達の偉大さを改めて、思い知らされるような名文です。
Aretha Franklin-Skylark
Tsugume. と一緒に旅をしよう。Vol.21 Night And Day
Jazz Cover 森田葉月&森川七月
1. Pretend
2. P.S.I Love You
3. Summertime
4. Caravan
5. Lately
6. Do You Wanna Dance
7. More~Fly Me To The Moon~Moon River
8. Fever
9. Autumn Leaves
10. Sentimental Journey
11. Night And Day
12. Skylark
13. Amazing Grace
Night and Day (song)
From Wikipedia, the free encyclopedia
"Night and Day" is a popular song by Cole Porter. It was written for the 1932 musical play Gay Divorce. It is perhaps Porter's most popular contribution to the Great American Songbook and has been recorded by dozens of artists.
Fred Astaire introduced "Night and Day" on stage, and his recording of the song was a #1 hit. He performed it again in the 1934 film version of the show, renamed The Gay Divorcee, and it became one of his signature pieces.
Cole Porter´s Day and Night by Fred Astaire & Ginger Rog
Porter was known to claim that the Islamic call to worship he heard on a trip to Morocco inspired the song.
The song was so associated with Porter that when Hollywood first filmed his life story in 1946, the movie was entitled Night and Day.
Notable recordings
"Night and Day" has been recorded many times, notably by Frank Sinatra, Ella Fitzgerald, Shirley Bassey, Ringo Starr and U2.
Sinatra recorded the song five times; with Axel Stordahl in his first solo session in 1942 and again with him in 1947; with Nelson Riddle in 1956 for A Swingin' Affair!, with Don Costa in 1961 for Sinatra and Strings (considered by many to be the best version)[citation needed], and even a disco version with Joe Beck in 1977.
Shirley Bassey recorded it for her 1959 album The Bewitching Miss Bassey.
Fitzgerald's most celebrated recording of the song occurred on her 1956 album Ella Fitzgerald Sings the Cole Porter Songbook.
Ella Fitzgerald
The song was recorded by Starr in 1970 for his first solo album Sentimental Journey. It was then recorded in 1982 as a one-off collaboration between Tracey Thorn with student friend Ben Watt as Everything But The Girl; subsequently the duo became a well-established pop act.
The song was recorded by U2 in 1990 and appeared on the Red Hot + Blue compilation album.
U2
Thomas Anders (of Modern Talking fame) recorded his version in 1997 on the album Live Concert.
Thomas Anders
Chicago added a version in 1995 on their return-to-their-roots-disc, Night & Day: Big Band; Rod Stewart recorded a version for his 2004 album Stardust: the Great American Songbook 3. A rendition was recorded by The Temptations and the version is featured on the soundtrack for the 2000 movie What Women Want.
Chicago
The Temptations
"Night and Day" also reappeared on the American pop charts in 1967 done by Sergio Mendes and Brasil '66.
In 2004 a version of "Night and Day" was included in the biographical film about Cole Porter, De-Lovely, sung by John Barrowman and Kevin Kline. The song was also recorded in 2005 by Sondre Lerche on his album Duper Sessions. In 2007 it was recorded by Bebel Gilberto with a bossa nova approach on her album Memento.
De-Lovely - John Barrowman & Kevin Kline
Bebel Gilberto
The Colts Drum and Bugle Corps is using "Night and Day" for their 2008 show.
Allan Sherman's 1965 album Allan in Wonderland included a version, with Porter's music and words unchanged, but "With Punctuation Marks Included, so it starts like this:
Night and Day, comma,
You are the one--dash;
Only you comma beneath the moon comma and under the sun semicolon
Victor Borge was better known for verbal punctuation than was Sherman, but in the case of this song, Borge would start playing Beethoven's "Moonlight Sonata" op. 27, with its opening left-hand trichord, and then would begin playing the three right-hand notes, seguéing into the beginning of "Night and Day".
The Little River Band reference the song in their song "Reminiscing" "And the Porter tunes made us dance across the room" in the back ground the backup singers sing the words "Night and Day".
Ringo Starr
痛風かと思ったら・・・
昨日、営業で四条河原町歩いてて、足が痛くって歩けなくなった。
1週間くらい、足が痛いので、また持病の痛風が出たと思って、
薬飲んでたんだけど、なかなか治んないので、
お医者に行ったら、
「ヒビが入ってるで・・・、ちゅうより・・・・折れかけやんか・・・・」って、
思わず、「何でなん?」(ノ゚ο゚)ノって聞いたんだけど、
「あほ!そんなん知るかいな」ヽ(`Д´)ノって、
そりゃそうだ。
でも、なんでなんやろう・・・・。痛いはずや・・・・。
看護婦さん曰く
「あんたが来たら、必ず、笑かしてくれるなぁ・・・。」
「いつも具合が悪くて来てるんだけど、
とりあえず、喜んでくれてありがとう。(*^.^*)」と言っときました。
昨日は、そんなわけのわからない一日でした。
そんな、昨日は、真珠湾攻撃の日ではありますが、
同時に、ジョン・レノンの命日(1980年12月8日)でもあります。
そういや、あの日も河原町歩いてたなぁ・・・。
この日がくると、いつも思うのが、
なにごともできないまま、また、ひとつ齢を重ねてしまったって・・・・。
わたしの誕生日は、6日なんですけど、
いつも、忙しくって忘れてしまって、8日になると思い出すのでした。
うちの家系は、不思議なもので、昔っから、誕生日を祝うという習慣が全くありません。
1週間くらい、足が痛いので、また持病の痛風が出たと思って、
薬飲んでたんだけど、なかなか治んないので、
お医者に行ったら、
「ヒビが入ってるで・・・、ちゅうより・・・・折れかけやんか・・・・」って、
思わず、「何でなん?」(ノ゚ο゚)ノって聞いたんだけど、
「あほ!そんなん知るかいな」ヽ(`Д´)ノって、
そりゃそうだ。
でも、なんでなんやろう・・・・。痛いはずや・・・・。
看護婦さん曰く
「あんたが来たら、必ず、笑かしてくれるなぁ・・・。」
「いつも具合が悪くて来てるんだけど、
とりあえず、喜んでくれてありがとう。(*^.^*)」と言っときました。
昨日は、そんなわけのわからない一日でした。
そんな、昨日は、真珠湾攻撃の日ではありますが、
同時に、ジョン・レノンの命日(1980年12月8日)でもあります。
そういや、あの日も河原町歩いてたなぁ・・・。
この日がくると、いつも思うのが、
なにごともできないまま、また、ひとつ齢を重ねてしまったって・・・・。
わたしの誕生日は、6日なんですけど、
いつも、忙しくって忘れてしまって、8日になると思い出すのでした。
うちの家系は、不思議なもので、昔っから、誕生日を祝うという習慣が全くありません。






