世の中に溢れている数々のものには多くの余分な情報が付加されている。

しかし、これは無駄なものではない。

その大半は人の好奇心や興味をひくためのものである。
代表的なものが"デザイン"だろう。

『デザインは人類に残された最後の資源である』という言葉があるが、そう、デザインはすばらしい。

皆さんもないだろうか?

『絵が好きだから買う』『デザインがかっこいいから買う』時にデザインは機能性をも凌駕する。
どんなに機能が優れていても、デザイン良いほうがヒット商品になることなどは巷に溢れているだろう。


ではそのデザインというものは何なのだろうか?

そう、一言で言えば見た目である。
見た目のかわいい女の子がかわいくないけど性格の良い女の子より得することが多いのと似ている。
見た目がかわいいとか、美しいとかいうのはもちろん素晴らしいことだ。

だが、物事を考える際に、この見た目というものは本質を覆い隠してしまう。
そう、見た目ほどの嘘はないのだ。

人は見た目に囚われ、そして、そこから偏見を頂いてしまう。
それが単なる正当な評価ではなく、自分の好き嫌いでしかないのに…

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毎年恒例のマグナムな友達と恒例のクリスマス飲み会。

いつも通り、じゃんか@渋谷でまったり焼肉食べまくりですね。
相変わらずながら値段の割りには満足度満点でした。

まあ、そんなことはさておき本題本題…で、このイベント中の恒例行事がプレゼント交換です。
毎年5000円以内でそれぞれプレゼントを持参→アミダくじでランダムに交換するという
非常に痛々しい行事があるわけです。(まあ、発案者は僕ですけどねぇ)


で、今年はなんにしたかと言うとARIA@漫画全巻セットにしたわけです。

毎回いろいろプレゼントする度にイチャモンつけられるわけですが、
今年のなかでホントに出会えて良かったと思うものをプレゼントにしました。

『ARIA』は未来の火星を舞台にした癒し系コミックです。
絵的には確かに現在巷を賑わせている萌え系に近いのかもしれません。

しかし、それだけでは多分全く評価しなかっただろう。

『ARIA』の作品として優れている点は

(1)現在のヴェネチアを舞台にした世界観
(2)とりあえず、戦っとけ~アクション系漫画が主体な近年において、しっとりと落ち着かせて読ませる展開(3)舞台であるAQUAの美しさを伝えるためのコマ割り
(4)主人公の灯を中心にその世界に生きる人々の描き方

などなど列挙していけばたくさんあるのです。

でも、まあーこれがすごい悪評で…ね。2,3ページパラパラっとみて


「なんだこれーイテーな…、良い子君w」Orz


なんというかね、言葉もないのです。そんな言葉を発した人々は本質を見ていません。
そう、絵が少し萌え系=一般人からみれば痛いヤツ的な評価なのです。

まあ、僕が伝えたい本質なんて、見た目の前には無力ですね。
別に絵が萌え系であってもね


『本物には本物の輝きがある』


のです。


作り手(作者)が読み手に対して、何らかの感動、そう心を動かすことができれば、
それはやはり見た目は痛くても本物なんだろうと思うわけ。

本質ではなく、見た目と自分の好みという偏見は最も恐ろしい。
価値を最も大きく左右しながらも本質を曇らせる…
そんな見た目だけの価値に囚われないよう気をつけようと再度、深く認識させられた一日でしたよ。

もっと若い頃から今のような考え方ができていたらなぁ…
これから先、通り過ぎていったものをどのくらい取り返すことができるだろう。

人生が有限である以上、今こうして過ごしている瞬間は貴重だと思う。
失うことで学べることもある、振り返ることで気づくこともある。

大切なのはそう、きっと…そういうことなんだ。
いつかそれを伝えられる日が来るといいね。
先日作成していた多人数型対戦カードゲーム苺大戦(仮称)を根本から作り直さなければならない。
問題点はだいたいプレイ前からわかっていたことだけど、まあ予想通り。

ただ、もともとの魅力を残しながら抜本的な改革をするのは難しいわけ。
まあ、別に明日の今日のっていう問題じゃないから、ちょっとおいておこう。


----------------------------------------------------------------------そんなこんなで、もう一本進行中の『アイ@プロ』の進行しています。まあ、765がアーケード用にだしたゲームっぽいゲームなのですがね。ボードゲームに経験値性を取り入れてまあ、いろいろやるゲームです。とりあえず、ボードゲームなので、本日コマを購入。コマがショボイとサンプル版作る気がしないので、結構コマかわりになるものを何にしようか悩んできたのですがね。そこでとりあえず、ピンキーストリートでコマ代用決定。ピンキーストリート2個買いながら「すいません、会社名で領収ください」はちょっとハズイわけですね。まあ、そんなこんなで少しやる気倍増。少しルールブックの執筆を進める。その中で6枚のカードを使ったバトルシステムを考える。それ使って、オーディションシステムにすることになる。まあ、複雑にならない程度にやってみよう。仕事の方で簡単なゲーム企画を作ってるので、このアイデアはそちらでも応用できそうだな~あ。明日テイルズ発売だね。おもしろいのかな。今更ながら、やっと『グランディアⅢ』ラスボスまで来た。発売日に買ったのに。やっと今頃ラストか~
最近研究をかねて、いろいろカードゲームを回しています。
基本的には本気でやってるのはMTGだけなんですけどね。
ただ、ちょっと本気で取り組まないとそのカードゲームの本質はつかめないっすね。


とりあえず、、、

①ガンダム・ウォー
②三国志大戦
③ディメンション・0点
④PS2版「デュエル・マスターズ~邪封超龍転生」でオンラインプレイ
⑤うーん、どうしよう「アクエリアン・エイジ SagaⅢ」
⑥ほぼないね。「Lycee」
⑦辛いね、、、DS版「ムシキング」このあたりを少し回してみたいと思っています。


僕はどういうゲームが好きかというとプレイしている姿を周りから観て、
何やってるんだろうと興味を抱かせるゲームが好きです。

だから、古典的なものをいうとトランプの「スピード」「大富豪」や「回り将棋」とかも好きですね。
動き的に変なゲームとかは大好きです。

デジタルゲームの場合、こういった動きを出すにはインターフェイスを
ちょっと個性的なものにすれば簡単ですよね。


「三国志大戦」の画期的な点はやはりカードを使ったインターフェイスだと思うよ。
カードをコレクションするという収集欲と三国志の世界観における勝負性、
そして、あのプレイの動きだと思うわけですね。


もちろんデッキをベースにしたカードゲームでも、ただ、ぶん殴るデッキよりも
墓地と手札と場をグルグルしたり、アフォーみたいにドローしまくったりと変な動きするのが大好きです。

相手のプレイヤーが何それ?って的な顔をすると微笑ましい気持ちになります。

そんなこんなで、ガンダムウォーは回りにプレイヤーがたくさんいるので、
まず、そこら辺から着手。デッキ2個目を作成中です。

とりあえず、周りによわっちい雑魚柴田(仮称)と言う学生がいるので、ボコる予定。
やっぱよわっちぃやつイビるのは楽しいよねぇ (ケケケッ
『誰かに必要とされ、誰かを必要とする。 だから、人は人であり、人を愛するのであろう。』               (かなり良い子)

そうですね。
やっぱり愛ですよ、愛。


『ベルサイユのばら』@ミュージカルでも詠われていますからねぇ~

「愛~、それは愛~あ~い~」…

今度またやるらしいので、ぜひ観てみてください。
きっとうなされますねぇ~というわけで、今日は愛を語る言葉について考えてみる。


とりあえず、こういうものは冷静に考えると恥ずかしく痛々しいものが多い。

代表的なものがハンフリー・ボガードの

「君の瞳に乾杯」

がその代表例だろう。


愛を語る時、それは言葉を使う上で最も重要な勝負なシチュエーションである。
だから、大切にかつ丁寧に使わなければならない。
これは実践だけでなく、モノヅクリをする人にとっても重要なのさ。


では一例を考えてみよう。

「今日朝、すごく美しい花を見たんだ。
 この世にこれ以上美しいものはないと思ったよ。
 でも、君にあった瞬間、それが二番目に美しいって気づいたよ」

↑はい、かなりの痛々しさですね。

そうです、冷静に見ると痛いのですねぇ。


では、もう一例考えてみよう。

「君の瞳を見ていると君のお父さんの仕事がわかるよ。
 お父さん、泥棒だね。
 二つの美しい宝石を盗んで、君の両目に隠したんだ」

↑はい、それまで。

ここまで来るとイタタぶりは絶好調ですね。
こういった言葉をストレートに表現してしまうとかなりの痛い男ですね。
こんな言葉が言える日本人はなかなかいないわけです。
イタリア人ならいけそうですね。

サムイサムイ…だから、日本人はどうすればいいのか?
その答えは簡単です。

ソムリエの言葉にすればいいのです
東京都練馬区在住:すごく良い子さん

『ちっちぇ男だな~』

『ケチだな~』

そうです。
この上の言葉は禁句です。

『デブ』とか『ブダ』とか『バカ』とか言われるより遥かにムカつくのです。

基本的に大らか・温厚・心の広いことを自称している私ですが、やっぱりムカつくものはムカつきます。

ある時、仕事の後輩とのことです。
僕は彼と自動販売機でいっしょにジュースを飲むことが多かったのです。

で、基本的に彼と一緒にいるときは全て僕のオゴリでした。
まあ、あと食事も何度か1000円前後のレベルですが、何回か奢ってました。


で、ある日、彼と一緒になりました。
その時僕の財布の中には諭吉しかなかったのよ。

そして、僕は言いましたよ。
『O君さ、100円貸してくれない?』
そしたら彼は私の予想外の言葉で切り返しました。

普通なら『良い子さんにはいつも奢ってもらってるから今日、俺出しますよ』とか
そういった言葉が聴けるはずではないだろうか…

しかし、その淡い期待は彼の一言にはかなく散ってしまうのです。




『えー(超嫌そうに)…良い子さんに100円貸すと返ってこねーからなぁ~』







ぴんぽんぱんぽんおい!

 ちょっと待てよ!確かに一回か二回、君に借りたかもしれない。100円を。。。でもさ。こちとらてめーに何千円分も奢ってるだろうが!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!死んでください。もう、君とは同じ空気を吸いたくない。確かにさあ、俺だって恩を感じてほしいから奢ってるわけじゃねーよ…でも、その言い方はなくない?正直、頭壊れてますよ。ケチケチケチケチ星人だよ。別に期待してないけどね、恩に感じてほしいとか、、、でもちょっと頭悪すぎないかい? Youはさ。見返りがあるとか思って奢ったりしていたわけじゃないけどね。アイツみたいなやつは風船爆弾にしてやりたいですね。マジで。え?そんな彼は今どうなったかって?もう過去形だよ
まあ、ほどよくこのような仕事に関わっていると世の中の風あたりは基本的に厳しい。
『モノヅクリに挑もうとする人たち』といわゆる『萌えている人たち』は全く別物で別次元のものである。


しかし、一般人とかから観るとその違いというものは実感できないのだ。
まあ、そんなことは当たり前だから僕が愚痴ったところで意味もないし、
そんな弁解をしてもしょうがないだろう。

ここ数年間『モノヅクリに挑む』フェイクの学生とたくさん接してきた。

そこで感じることはただ一点。


彼らはモノヅクリで喰って生きたいと本気では思っていない…



これはほとんどの学生に当てはまる事実だ。

基本的にゲームをプレイしたいだけであり、アニメやゲームのキャラに萌えたいだけ

それは悪いことではない。
彼らの大半は消費者であり、

最高のお客さんじゃないか!!!!


そう、僕は何を期待していたのだろう。
そう、うすうすは気づいていたよ。
環境は人を育てないのだ。

育つ人間は常に自分の中にある程度の指針を持ち、荒波に漕ぎ出していけるものだけなのだよ。
そんな厳しいことにチャレンジするなんて、現代社会ではかなり稀有な存在じゃないか?

もしそれができないのなら、世の中に流され続ければいい。
決してそれは恥ずかしいことではないさ。

だって、そもそも生産者の気持ちをお客さんが理解する必要がないのだから…
それでも、人は生きていける。


だが、作り手は違う。
お客さんが自分が作ったモノを手にして、目にして、、、そんな彼らが笑ったり、泣いたり、怖がったり、
そういったシーンを思い浮かべるのだよ。


もし、自分が携わった作品が世界の誰かの心の1ページに残ってくれれば
これほどの幸せはないじゃないか?だから、考えるのです。

だから、学ぶのです。


そして、伝えたいと思うのだろう。
僕が想うとき、あなたが感じることは決して交わらないとしても、、、それが伝わる日を信じてるから、、、

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『言葉の暴力』そんなこんなしていたら思い出したよ。昔ある人に言われた言葉。結構僕にとっては大事な人だったんだけどね。『あんたみたいな人もう死んだら?』そりゃないぜ、セニョリータ(T_T)疑問系なのが、さらに痛い。今思えばネタでしかないけどねぇ…
そうです。
よくあります。
ハッキリ言って知性がない人と話すのは建設的ではありませんし、
熱くありませんよね。


自分が知性があるとかないとかそんな問題ではなくて、
やっぱり自分にとって有益な時間が過ごせる人間と交流していきたいのです。


僕のような才能豊かではない人間は先人の知恵とか優れた人の意見や考え方を学び、
それをアレンジしたり、それに付け足したりしながら成長していっているという
バックグランドを持っています。


そんな私が常日頃驚かされるのは若者の頑固さ・凝り固まった考え方です。

特に私の身の回りの学生さんは非常に多いのが、否定家さん。
次に多いのが優劣つけたがりさん。
俺的スタンダートでばかりものを考える俺スタさん。


少なからずそういった要素というものは誰にでもあるのです。
ただ、モノヅクリを考える場合、そういった部分というのはできるだけ少ない方がいいと思ってるわけ。

スポンジのように物事を吸収できる素直さと柔軟さ。
それこそが力だと最近考えるようになりました。
もちろんそれだけではモノヅクリができないのはわかっています。
頭の良さやセンスといったものは確かに必要でしょう。


でも、もっとも必要な力はやっぱり前記に記した素直さと柔軟さなんだろうと思えるんですよ。


だって、頑固で、すぐに物事を否定して、優劣ばかりで弱いやつを
負かすことばかりが快感で、俺スタな人が成長すると思いますか?

すべての物事に取り組むに際して、答えがひとつならいいさ。
そうじゃないだろう?

試行錯誤して、先人の知恵や努力を参考にして、反省したり、より改良したり…
そういった作業こそが少しずつ解答に近づいていくんじゃないかな。


なんかさ、こっちがひとつの指針なり、意見なりを出して、有意義な討論をしたいのに、
それをこっちの意見を押し付けたりしてるんじゃねーの的な反論をするやつはマジで萎え萎えなんですよ。

わざわざそれを言葉に出して言ってくるなんてさ…
なんか俺に文句あるのか?


というか、そんなやつと討論しても意味ねーじゃん。
相手の揚げ足をとって自分の価値を高めようなんてねぇ…
最も簡単だし、愚劣な行為だと思うわけです。

簡単なんだよねぇ。
否定したり、人の揚げ足取るのってさ。



その昔、ある学生がいました。
まあ、よくあるゲーム企画のプレゼンをしてたのですよ。

その学生は自信満々でRPGの企画を説明していたのです。

で、その学生曰く
『僕、ドラク○みたいなゲーム嫌いなんですよねぇ~
 だって、あんな戦闘したからって強くなるのおかしくないですか?
 普通あんなに強くならないですよ~

 特にひどいのが異世界に飛ばされてた高校生が勇者で
 そいつが強くなるとかおかしくないですか?

 だから、僕のRPGの主人公は強くならないですよ。
 仲間の戦士とかに命令していくんですよ』

僕『じゃあ、主人公は何もしないの?
  命令とか出して待つだけ?
  それっておもしろいの?』

ソイツ『いやーシナリオ次第じゃないですかねぇ』


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* 1時間後--------------------------------------------
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投票が行われました。
結局、選ばれたのは普通のRPGっぽいゲームが選ばれていました。

まあ、ドラクエ型というやつですね。

僕もその作品に投票しましたよ。
僕はその時彼に言いましたよ。


『君の熱意はわかるけど、別に面白くないんだよね。 別に新しいければいいというわけじゃないよ』


そんな彼はプレゼンで敗れた後、グレてしまいましたとさ。
ハハッ、、、滑稽だねぇ、、、全く。

自分の作品の方が優れているのに、何でかわからんだってさwわからんのか?


君がやってることはドラク○の揚げ足取りであって、面白いゲームのアイデアでもなんでもない。


否定して、その逆を取るなんて誰でもできんだよ。
でも、それが面白いのかどうか?
それが大事じゃない?


確かにRPGの世界にはちょっとリアルではない点はたくさんあるよ。
でも、だからこそ遊ぶんじゃねーのか?
そういうプレイヤーの気持ちを考えたことがあるのか?

少なくても自分が弱くて何にもできないから命令出してるだけの
ゲームなんて俺はあんまりやりたくないねぇ。

もしそれをやりたいなら否定するのではなく、自分が作り手として、そういうコンセプトを明確にして、
それがどう遊ばせたいのか? どう楽しんでもらいたいのか?
どういう人に遊ばせたいか?考えるべきですよ。


もちろん旧作・大作といったものに弱点がないわけじゃないよ。
つまらないと思う点だってたくさんあるさ。


でもね。
そんなこと追求したってしょうがないじゃん。
そんなことよりもユーザーを考えようよ。
いいと思うところは吸収して、もっとこうした方がいいなと思う点は
どんどん修正してさー

まあ、そんなことを考える今日この頃さ。
まあ、こういった部分って自分にもあるのだよね。
だから、ホントに気をつけたいよね。
反面教師ってやつかな。。。
これって基本概念だよね。


ゲームの中で一番嫌いなのは

運ゲー


許せませんとも。
マジで許せませんとも。


ゲームにランダム性がある以上、絶対に運という要素は付きまとう。
どんなに鍛錬・情報収集・技術・経験を経ても、最終的にはゲームの女神が微笑むかどうか…
これは致し方ないのだろう。


しかしーーー
初めから運を前提に作られているゲームほどムカつくゲームはない。
そんなゲーム誰がやりますか?
だって、一生懸命がんばっても結局さー運で決着がつくのでしょう?
そんなのはやってられないのです。


麻雀というゲームがあります。
チャイナ4000年ではありませんが、これほどよく運と実力のバランスがとられた
ゲームにはなかなか出会えません。

なぜ、麻雀がよく出来ているか…
というと、『ハイリスク/ハイリターン・ローリスク/ローリターン』の概念が
徹底して作られているからなのです。


たとえばリーチという行為を考えて見ましょう。リーチをするということは役が1つあがるわけです。
(麻雀しない人はリーチをすると点がしないよりたくさんもらえると考えよう)
さらにリーチすることで、裏ドラを観ることができます。
もし、裏ドラがのることでさらに得点がアップするチャンスがあるのです。


しかし、リーチはいいことばかりではない。
リーチをすることで、自分の当たり牌以外のツモはすべて捨てることになります。
つまり、相手のポン・チーを阻止したり、他の人の当たり牌をうまく抱えて
上がりを阻止したりすることができなくなります。


つまり、リーチというのはボクシングでいうノーガード戦法に近いわけ。


その上、リーチを宣言することで、『自分はもうテンぱってます』ということを
すべての参加者に宣言することになります。

だから、リーチをしない=ダマテンよりもあがれる確立が当然下がります。
(一般的にあたり牌を他の参加者はださないようにするので)

このように「ハイリスクを背負う」ということは「ハイリターンを得るチャンス」であるわけですね。
逆にリーチをしなければ、裏ドラものらず、リーチ役もつかないので、
例えあがれたとしても、高得点にはなりにくい。


だから、自分のその場に置かれたシチュエーションでどちらを選択するか、
真剣に思考することになるわけです。


そして、もうひとつのすばらしい概念、
それが…

『最大のピンチは最大の逆転のチャンス』

麻雀をやっているとやっぱりツキというものがあります。


つまり、どんなにがんばって努力しても、やっぱり運という要素が絡んでくるのですね。


これって運ゲーじゃん?


そうです。麻雀は運ゲーです。


だが!!!
その運すらも自分のセンスとかそういったもので最高のチャンスに変えることができる!


例えば、流れやツキが悪い時にはなかなか何を仕掛けてもだめです。
それを逆手にとって、常識的な役と反対の位置にある役が存在します。
チャンタ(1,9,字牌で構成してあがる)・ジュンチャン(1,9牌で構成)
国士無双(すべての1,9,字牌が一枚ずつ そして、さらにそのいずれかもう一枚)


つまり、運が悪ければ悪いなりにあがる方法がある。
逆にいうと、運が悪いときこそ、これらの役は出来やすいのです。
そして、一度きまるとなかなかの高得点になることも多いのです。


このように考えるといかに麻雀が『運』という要素に重きを置きながらも
そのバランスを図ってつくられているか、よくわかります。

そんなこんなのことを考察してみる今日この頃です。
なぜ彼らはいるのだろう。

僕は輸出したいのに。

なぜ彼らはいるのだろう。

僕は何も期待してないのに。

なぜ彼らはいるのだろう。

僕は空気すら君たちと共有したくないのになぜ彼らはいるのだろう。
僕は死んでほしいと思ってるのに。

なぜ彼らはいるのだろう。
なぜ彼らはいるのだろう。







そ、そうか、

彼らは僕の給料のためにいるんだね。。。

あいつら意外と使えるじゃーん。

うん、うん。その調子その調子。


ああ、神様、彼らを社会に送り出す僕を許してください。

まあ、、、あんなクズども、預かっても、、、無理なんだよね。
ぶっちゃけさぁ。1円が1円の価値しかないように、あんなもの預かってもねぇ、、、
やっぱり、人は変われない気がするよ。




空き缶だってリサイクルに回せるのにね。


あいつらってなにに分別されるんだろうなぁ。

燃えるかな~あいつら、、、


うーん。あ、わかったぞ!!!

産業廃棄物だ。

危険なんだ、やヴぁいんだ。
だから、一般ゴミにだしちゃいけないだな。

ふー使えねー。。。ゴミに出しても引き取り手数料取られるのか。

だから、両親もウチに不法投棄したんだね。

納得⇒合掌。

次回予告『苺症候群』
何事にでも愛情を注ぎ、全身全霊で打ち込むこと、それはいつでも美しく素晴らしい。

身の回りに絶え間ない愛を注ぎ続ける人々がたくさんいます。

それは何の見返りも求めない無償の愛です。

人はその愛のために嘆き苦しみ、そして微笑むだろう。
時には身を削り、昼夜を問わずバイトに励むのです。
そして、イベントに足を運び、徹夜で並ぶのです。
そんなあなたたちは光り輝いている。
日々何事も感じず、通り過ぎていく、そんな人々が多い
現代社会において、あなたたちは眩しすぎる。
だから、人はあなたたちを否定しようとするのですよ。



あなたたちには使命があります。
それは日本を変えることです。
自信をもって、胸はって、声を大にして言おうじゃないか!
愛していると。
そして、これはすばらしいと。



それが、二次元だとしてもね…
うんうん。
うん。
















痛いね、やっぱり。