まあ、ほどよくこのような仕事に関わっていると世の中の風あたりは基本的に厳しい。
『モノヅクリに挑もうとする人たち』といわゆる『萌えている人たち』は全く別物で別次元のものである。


しかし、一般人とかから観るとその違いというものは実感できないのだ。
まあ、そんなことは当たり前だから僕が愚痴ったところで意味もないし、
そんな弁解をしてもしょうがないだろう。

ここ数年間『モノヅクリに挑む』フェイクの学生とたくさん接してきた。

そこで感じることはただ一点。


彼らはモノヅクリで喰って生きたいと本気では思っていない…



これはほとんどの学生に当てはまる事実だ。

基本的にゲームをプレイしたいだけであり、アニメやゲームのキャラに萌えたいだけ

それは悪いことではない。
彼らの大半は消費者であり、

最高のお客さんじゃないか!!!!


そう、僕は何を期待していたのだろう。
そう、うすうすは気づいていたよ。
環境は人を育てないのだ。

育つ人間は常に自分の中にある程度の指針を持ち、荒波に漕ぎ出していけるものだけなのだよ。
そんな厳しいことにチャレンジするなんて、現代社会ではかなり稀有な存在じゃないか?

もしそれができないのなら、世の中に流され続ければいい。
決してそれは恥ずかしいことではないさ。

だって、そもそも生産者の気持ちをお客さんが理解する必要がないのだから…
それでも、人は生きていける。


だが、作り手は違う。
お客さんが自分が作ったモノを手にして、目にして、、、そんな彼らが笑ったり、泣いたり、怖がったり、
そういったシーンを思い浮かべるのだよ。


もし、自分が携わった作品が世界の誰かの心の1ページに残ってくれれば
これほどの幸せはないじゃないか?だから、考えるのです。

だから、学ぶのです。


そして、伝えたいと思うのだろう。
僕が想うとき、あなたが感じることは決して交わらないとしても、、、それが伝わる日を信じてるから、、、

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『言葉の暴力』そんなこんなしていたら思い出したよ。昔ある人に言われた言葉。結構僕にとっては大事な人だったんだけどね。『あんたみたいな人もう死んだら?』そりゃないぜ、セニョリータ(T_T)疑問系なのが、さらに痛い。今思えばネタでしかないけどねぇ…