『誰かに必要とされ、誰かを必要とする。 だから、人は人であり、人を愛するのであろう。』               (かなり良い子)

そうですね。
やっぱり愛ですよ、愛。


『ベルサイユのばら』@ミュージカルでも詠われていますからねぇ~

「愛~、それは愛~あ~い~」…

今度またやるらしいので、ぜひ観てみてください。
きっとうなされますねぇ~というわけで、今日は愛を語る言葉について考えてみる。


とりあえず、こういうものは冷静に考えると恥ずかしく痛々しいものが多い。

代表的なものがハンフリー・ボガードの

「君の瞳に乾杯」

がその代表例だろう。


愛を語る時、それは言葉を使う上で最も重要な勝負なシチュエーションである。
だから、大切にかつ丁寧に使わなければならない。
これは実践だけでなく、モノヅクリをする人にとっても重要なのさ。


では一例を考えてみよう。

「今日朝、すごく美しい花を見たんだ。
 この世にこれ以上美しいものはないと思ったよ。
 でも、君にあった瞬間、それが二番目に美しいって気づいたよ」

↑はい、かなりの痛々しさですね。

そうです、冷静に見ると痛いのですねぇ。


では、もう一例考えてみよう。

「君の瞳を見ていると君のお父さんの仕事がわかるよ。
 お父さん、泥棒だね。
 二つの美しい宝石を盗んで、君の両目に隠したんだ」

↑はい、それまで。

ここまで来るとイタタぶりは絶好調ですね。
こういった言葉をストレートに表現してしまうとかなりの痛い男ですね。
こんな言葉が言える日本人はなかなかいないわけです。
イタリア人ならいけそうですね。

サムイサムイ…だから、日本人はどうすればいいのか?
その答えは簡単です。

ソムリエの言葉にすればいいのです