私はここ20年以上もの間、メルセデス・ベンツを愛用してきました。その結果、常にこの車のドライビング・フィールが身体に染み込んでいます。私にとってメルセデスは自動車の原点とも言えます。

 ヨーロッパでもメルセデスに乗る事がありますが、確かにドイツやオランダで乗るメルセデスは風土や景色によくとけ込んでいると思います。石畳を蹴るその乗り心地は、なるほどこの車にはこのサスペンションだと思わせるものがあります。

 日本国内を旅行中に、駅前でレンタカーを借りる事があります。ほぼ100%国産車です。走り始めて間もなく、メルセデスとの差を痛感します。最新の国産車と言えども、まだまだメルセデスの熟成されたドライブフィールにはほど遠いものを感じます。

 ヨーロッパではメルセデスのタクシーに乗ることも少なくありません。フランクフルトやアムステルダムの駅前でEクラスのタクシーに乗ると、たとえ後部座席に座っていてもメルセデスの走りと造りを体感できます。

 メルセデスは単なるステータスを誇示するための車ではありません。究極の実用車だと思います。これからメルセデスを試乗される方は、車とドライビングに対する新しい基準が、あなたの身体の中に構築されるのではないかと想像する次第です。

 私も還暦近くになり、間もなく日常の足をポルシェに換えようと思っています。それでも恐らくメルセデスには乗り続けると思います。今後は、ポルシェが私の身体にどんなドライブフィールを構築してくれるかが今から楽しみです。

  
 高い所に登ると、今まで見えていなかった風景が見えてくるように、人生も高い視点を得ることで世界の見え方が変わってきます。高い視点と言っても人を見下すわけでも、贅沢をするわけでもありません。己のマインドを高い視点にまで持ち上げるということです。

 それにはどうしたらよいか。今まで自分に与えられていた仕事だけでなく、部署全体の動きや効率に気を配ってみる、家庭の幸せだけでなく、地域の発展に貢献してみるというようなことです。それは決して自分を犠牲にするということではなく、自分も人も大切にする共存共栄の考えです。高い視点で周囲に働きかけると、いつか自分に影響が返ってきます。自分だけのことを考えていた時に比べて、日々の充実感が格段にアップするのが実感できるようになると思います。

 もっと具体的に、日々の心がけについて書いておきましょう。人に親切にすると共に、自分にも親切にします。自分に対して投げやりになると、自己評価は自然に落ちてしまいます。その結果、人に対して心のこもった対応がなおざりになるという悪循環に陥ります。
 日々の生活を丁寧に、そして人にも自分にも親切に、さらに視点をどんどん広げていったとき、自分と他者の境界がないような、それでいて個性輝く魅力的な人になれると確信しています。

 自動車評論家の大御所、徳大寺有恒さんが去る7日にお亡くなりになったと聞きました。本当にびっくりしました。心より哀悼の意を表させていただきます。

 元々車好きの私が、社会人になってその趣味をさらに豊かなものにできたのは、徳大寺さんの著書や記事による影響が大きかったと思います。徳大寺さんは、多くの自動車評論家が重視する車のメカや性能についてはあまり語る事はありませんでした。それよりも車を生み出した国の文化、政治や経済、さらにファッションに至るまで、幅広い知識と教養に裏付けられた文章を残されました。

 若い頃はトヨタのワークスレーサーをされていましたが、その後カーアクセサリーの会社を設立し成功、しかし数年後に会社が倒産、何年かは不遇の時期を過ごされました。奥様によると、そんな中でもカー雑誌を読みあさっていたそうです。本当に根っからの車好きだったのですね。

 徳大寺さんが自動車評論家として不動の地位を確立される転機が訪れます。70年代中頃に「間違いだらけの車選び」が大ベストセラーになったのです。私も大学生の頃に読みましたが、それまでの自動車評論とは一線を画す、本音の自動車評論でした。

 80年代は雑誌NAVIが創刊され、私も徳大寺さんの記事を毎月熟読しました。自動車についての客観的な評論よりも、徳大寺さんの趣味や主観に満ちあふれている所が、逆に説得力があるように感じました。その後NAVIが廃刊になったことは私にとって残念なことですが、80年代から90年代にかけて、この雑誌や単行本を通じて徳大寺さんから自動車文化を学べた事は本当にありがたかったと思います。

 昨年お亡くなりになったやはり自動車評論の大御所、小林彰太郎さんと同じく、自動車評論に大きな足跡を残された徳大寺有恒さんの死は、ひとつの時代の終焉をも感じさせる出来事でした。奥様をはじめ、周囲の方々の悲しみは想像するに余りありますが、徳大寺さんがあの世でも好きな車とファッションに囲まれながら、パイプをくゆらせてご満悦な様子を想像しながらペンを置きます。心よりのご冥福をお祈り申し上げます。合掌。