知らない事ばかり
先回の続きですが、岩田家所蔵品の売り立ての総額は、23億円を超えたと言います。ところで、岩田家って何でしょうか? 大体、名物級の最高級茶道具は、美術館とか、しかるべき法人に収まっています。勿論、展覧会に行けば、幾つかは「個人蔵」というか表示の品もあって、お宝を持っている個人資産家もあるわけですが、それが何という家かは、素人にはわからない。しかし、茶の湯に趣味のない家ではあり得ないので、当主か、ご先祖の誰かが茶の湯数奇である家に決まっています。よく、益田家旧蔵とか、原三溪旧蔵とかいう肩書で展示されることもあるように、数奇者茶人の道具は、散逸して世を転々とするか、美術館化されて保存されるか、どちらかだろうと思うのですが、今回纏めて売り立てをされたということは、今まで道具を保持されていたということで、岩田家というのは、数奇者の家なんだろうと思うのですが、物知らずの私は、何も知りません。そこで調べてみると、岩田家というのは、愛知県尾張一宮の出身で、財をなしたのは、明治時代の岩田惣三郎という人物のようです。尾州銀行という銀行を創立し、関西を本拠に、金融だけでなく紡績、貿易に進出して、ユニチカという聞いたことがあるような社の前身を造ったのもこの人らしい。浄土真宗の信仰者で、真宗系の教育事業でも有名だったようです。昭和8年に亡くなっているので、まさに数奇者茶の湯時代の全盛期を生きた人ですが、茶の湯道具を集めたのは、この人ではなく、二代目の岩田宗次郎という人らしい。奥さんと一緒に茶の湯に耽ったとあります。昭和28年に亡くなっているので、関西の数奇者としては、小林逸翁などと同時代、逸翁の亡くなる4年前に岩田氏が亡くなっている勘定になります。茶の湯が何流だったのか情報もなく、もともと私は関西の数奇者茶人の世界のことは、殆ど知らないので、どの程度有名で、どう活躍した茶人か、見当もつきません。いや、知らないのは関西だけでなく、そもそも昭和戦後以降の数奇者世界は、かっての高橋箒庵や野崎幻庵のように記録を残し公表してくれる人がなく、さっぱり手がかりもなく分かりません。同じ茶の湯の世界にいると言っても、階層や地域が違うと知らないことばかりです。いい年齢をして、無知もお恥ずかしいことですが、どなたか岩田家の茶の湯についてご存知の方はご教示下されば幸いです。 萍亭主