早いもので、もう半月もすれば、開炉の季節がやってきます。

 この秋は、避暑地から東京に戻ってきても、どうも茶の湯に身が入りません。年齢や、家内の健康状態にもよるわけですが、思わぬ用事もあったりで、ブログも書く気にもならず、うかうかと日が経っています。それでも、茶室がある以上、畳を入れ替え、炉を開けないわけにもいかず、考えると面倒だなあという気持ちになってしまいます。夏前までは、毎朝、一服の濃茶を飲んでいたのですが、その習慣も途切れていて、久しぶりに一服するかとしたら、茶がない!購入すれば、と妻に言うと、実態を聞き、唖然としました。今まで消耗品の購入は妻に任せっぱなしで、浮世離れの私には衝撃でしたが、皆様はとっくにご存知でしょう。茶の値段が暴騰し、しかも品薄で、手に入りにくい世相になっているのですね。一年前から見て、茶の値段は二倍強に値上がりしているとのこと。そして品薄の原因は、抹茶を本来の目的に使わず、ソフトクリームやケーキなどの原料に使われるケースが急増しているのだそうです。あれは、かなり大量の抹茶を使うそうで、そちらに茶が流れて、今や茶問屋の間でも抹茶の奪い合いになっているとか。事情通に言わせると、茶の産地でも、抹茶が売れると言うことで、抹茶用の茶葉の生産に舵を切る業者が続出し、結果、日常用の煎茶、番茶の生産の割合が減少し、今度はそちらが品薄になり、高騰しているといいます。茶だけではありません、炭の高騰も年々続き、茶用の和菓子も値上がりしています。諸物価高騰が当たり前の世相、茶の湯世界だけが安穏でいられるはずがなかろうと言われるでしょうが、さてさて困った世の中です。菓子業界の抹茶需要の高まりの根底は、インバウンド急増にあると言われ、菓子だけでなく、世界で飲料としての茶の人気が高まりを見せ、外国人の茶の購入の増大が、更に拍車をかけているとも聞きます。別に最近の一部政治家のように、外国人を排斥する気にもなりませんが、正直、何とかならんか、本来の目的に抹茶が使えないとは、と嘆きたくはなります。もし、このまま炭の値段が高騰したら、炭手前は日頃の茶から消滅してしまうでしょう。濃茶を一服練るのに二千円もかかる世の中が来たら、桃山時代のセリフではありませんが「侘びはコガシにても苦しからず」、富裕層だけが抹茶を飲めるという世界が来る。そうなったら、茶の湯の世界は、一般から乖離した、小さくて特殊な伝統芸能になってしまいそう。そんな世の中が来ないことを勿論祈りますが。

 インバウンドで思い出しましたが、大阪万博も無事盛況裡に終了したようです。万博の関西が設けた施設では、三千家と藪内家が、毎日交代で、呈茶席を設けられたと聞きます。どんな規模で、どれほどの喫客があったのかも全く知りませんが、それなりに世界の人に茶の湯をアピールは出来たのでしょう。和食が世界遺産になったので、茶の湯も是非、世界遺産に登録をと、茶の湯文化学会が運動していると仄聞しますが、世界遺産も、一碗からピースフルネスも結構ですが、まず日本の、一般の、街の茶の湯が安泰に続けられることを、第一に祈ってやみません。

    萍亭主