9月21日 (木) 晴れ
昨日のブログで、猪三郎の成績はお知らせしましたが、大会実行委員会から正式の認定書と飛び賞の景品が送られてきました。
25位だったので飛び賞が当たりました! ラッキー!
さすが、我が故郷・小豆島のやることは粋ですね~!目配り・気配りが行き届いていますよ。
いわゆる、ホスピタリティマインド・おもてなしの心にあふれていると言う事です。
2020年東京オリンピック誘致で最後のプレゼンテーションで滝川クリステルさんの「お・も・て・な・し」が決定打になったのは有名な話です。
小豆島の「おもてなし」の根源は小豆島八十八ケ所の霊場巡りにあります。
四国八十八ケ所が本家ですが、小豆島は3・4日もあれば霊場をくまなく歩いて巡ることが出来て
ご利益も本家に勝るとも劣らずと云われています。
春の陽光が眩しい菜花の里を、白装束に菅笠のお遍路さんが、鈴の音を響かせて「南無大師
遍照金剛」と、唱えながら札所から霊場へ、霊場から札所へと歩く、「遍路道」には、村の人々が
「お接待」と云って、床机を出して番茶を用意して、一息ついてもらったものです。
その昔、小豆島の幼い子供たちは、「お遍路さん、豆頂戴」と云ってお遍路さんの後をついていったものです。 猪三郎も小学校の低学年の時には、お遍路さんについて歩くのが日課でした。
お遍路さんは白い袋(カバン?)を首からかけていて、札所へ向かう遍路道の路傍に祀られたお地蔵さんとか道祖神の前で足を止めて、白い布製の袋から、一つまみの豆を(大豆を煎ったもの)お供えして
手を合わせるでした。
その豆が当時の幼い子供たちのおやつだったのです。
お豆さんのほかに、あられを貰ったことがありました。当時、最高のおやつでした。
たまに、お賽銭に用意した五円玉をくれるお遍路さんも居ました。お遍路さんからの五円玉をしっかり握って小走りに駄菓子屋さんに駆け込んだのが、懐かしく思われます。
母親たちは、当番制で「お接待」をしていました。お茶の他に夏ミカンで「お接待」することもありましたね~。 そんな風にして「お接待」は他所からの人々を暖かく迎える風習が定着して小豆島の文化となったのです。
今回の「どでカボチャ大会」でも裏方さんの動きから、このホスピタリティ・マインドを充分に感じ取ることが出来ました。
小豆島に居る時には気が付きませんでしたが、定年後に小豆島と同じくらいの田舎暮らしを始めて
12年間が経ちますが、何かの拍子に「よそもん扱い」をされる風土が肌に合わないナ・・・と感じるのは
猪三郎だけでしょうか・・・??
猪三郎は醤油の詰め合わせを戴きましたが、他の飛び賞には、佃煮・素麵などもあったのではと思われます。
おもてなしの心と二十四の瞳・オリーブ・手延べ素麵・佃煮・醤油が「第31回日本一どでカボチャ大会」を成功に導いたのです。





































