経団連殿、「仕事と家庭の両立支援を強化」しなければならないのは男性社員も同じです。 | 野良猫の目

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2021年11月の読売新聞「経団連、女性の両立支援強化に注力…春闘方針案」の記事によると、経団連が「女性社員への仕事と家庭の両立支援を強化するよう会員企業に呼びかけることが分かった。」とあります。この記事では、仕事と家庭の両立を女性だけに求めているように受け止められます。実際に経団連がそのように考えているのか、読売新聞の記者の理解がそうなのか分かりませんが、若し経団連の考えていることが読売新聞の記事のとおりであれば、結局は“オス化した女性社員”を選抜するだけの結果になるでしょう。 

 

1.女性を失業者のプールに突き落とした雇用機会均等法と労働者派遣法

1985年に雇用機会均等法と労働者派遣法が成立(施行は翌年)しましたが、その時に立法時の議論では、私のいた労働組合の執行委員レベルでは、次のように予想していました。

① 雇用機会均等法により女性の保護の規定が後退し、男子並みの労働が期待されることで、女性は結婚や妊娠などで仕事を辞めざるを得なくなる

② その様にして退職した女性労働者が労働者派遣業に吸収されることで、派遣労働者という「失業者のプール」が作られ、そのことが労働者の賃金レベルを引き下げる方向に作用するだろう。

 

 

こうして生まれた失業者のプールは、同時に低賃金労働者のプールとなり、やがては今までの正社員の賃金や労働条件を引き下げる方向に作用すると考えました。この様な認識があったからこそ、労働者派遣業の適用になる業種を特別な能力を持つ専門職に限ることが必要と考えて運動しましたが、結果的に派遣法施行時の「政令13業務」と呼ばれる業務が派遣業の対象業務となりました(備考欄)。この絞りに絞り込んだ13業務でも、現場では事務用機器(OA機器)操作、ファイリングなど、“規制の穴”といわれる業務がありました

 

私が働いていた業種も、この13業務の一つが有りましたが、確かに派遣業者から派遣された者のほうがコストが安くすみました。しかし、自社で養成した専門職と比べれば、習熟度や会社への帰属意識は低く、咄嗟の時の判断などで不満を感じることがありました。失礼を顧みず企業側の立場で敢えて言わせて貰えば、派遣社員は派遣社員並みの質しか期待できませんでした

 

このような環境のなかで、女性が民間企業で職業能力を維持しようとすれば、結婚しても子供を持たないか、或いは子供の面倒を見てくれる人が親族にいるとかの恵まれた環境にいなければ、一旦退職し、子どもの手が離れてから派遣社員として働くしか方法がなかったのです。

 

労働者派遣法の施行後この対象業務が拡大され、原則自由化され現在に至っています。今思えば、竹中平蔵などが、一つ覚えで労働者の低賃金を正当化する理由に挙げている労働生産性の低さの一因には、経営者が当座のコストの安さに捕らわれ、労働者を業務に習熟させること(労働に質を上げること)を疎かにしてきたことのツケが回ってきたとも言えそうです。そして竹中平蔵はそのツケを働く者に更におっ被せようとしているようです。

 

 

2.「仕事と家庭の両立」は女性だけの問題ではない。

働く者の労働条件は、高プロなど男女を問わず労働強化の方向に向かっていると言って良いでしょう。現在のような雇用構造の中で女性に仕事と家庭の両立を求めるのは無い物ねだりであり、こんな中で女性社員への仕事と家庭の両立支援を強化するとかけ声だけ掛けても根本的な解決にはなりません結局は女性に過重な負担がかかり、出産を機会に、あるいは育児、介護などを機会に退職をせざるを得なくなります

経団連の言う「仕事と家庭の両立支援を強化」しなければならないのは、男性社員も同じです。それが無ければ、結局は一部の“オス化した女性社員”を生き残らせ、“オス化した女性管理職”を作ることになるでしょう。

 

今、求められているのは、夫婦が男女の区別なく職場、家庭、地域社会への責任を果たすことができ、かつ、一方が出産・育児、自身の傷病、家族の介護、などによる休職、あるいは失業・失職などにより収入が途絶えても、他の一方の収入あるいは社会保障制度で今までの生活が維持出来るような労働環境と社会保障制度だろうと思うのです。

そして、それを実現するための労働運動、政治運動が求められているのではないのでしょうか。こんな大それたことは、本当に男と女が知恵を出し合って、力を合わせて進めていかなくてはできっこありません

 

 

3.働く現場での運動がなければ男女とも失業者のプールから這い出すことはできない。

1985年に成立した雇均法と労働者派遣法の二つの法律により多くの女性が派遣労働者という失業者のプールに投げ込まれました。そして今、主に男性がウーバーに代表される個人事業主として、業務委託契約や業務請負契約によって『“名前だけの個人事業主”という失業者のプール』に投げ込まれています

 

上の「2.」で描いたように労働環境と社会保障制度が求められているというと、とかく政治の問題と捉えられがちですが、どのような法律であれ、現場にそれを守らせる力がなければ絵に描いた餅となります。また、法律の中には、制度を実施するのに労働組合等との合意を条件としているものも有ります。法律に定めのないものは、会社と労働組合等との労働協約により労働条件を定めることがありますが、折角の労働協約も使用者にそれを守らせるには現場の力が必要です。賃金を含む労働条件は、絶えず引き下げられようとしていていると言って良いでしょう。働く者が現場で使用者と交渉し、勝手な労働条件の変更(引き下げ)を許さないという“圧力”をかけ続けなければ職場の労働条件は維持できません。そしてそれができるのは労働組合の力しかありません。

 

このブログを書いているなかで、「労働組合活動ってコスパ悪いもんな」とのツイートを見付けました。このような声は私が労働組合の執行委員をやっていた30年位前にも耳にしていました。これは労働組合に限らず、全ての共同体に言えることですが、業者から「会員サービスを買う」こととの区別ができず、労働組合に入って組合費を支払うことでそれに見合う“サービス”を受けられると考えている人もいるようです。残念ながらそのような労働組合はありません。労働組合に限らず共同体では運動の主体は一人一人の会員です。その会費は自分達が活動するための費用です。

そして、労働組合の場合はその活動が労働法により保護されています。一人でできない運動も、組合活動として取り組むことで保護されます

 

 

4.今日の運動は自分の未来と自分の子供の将来のための先行投資です。

安倍元首相は2013年2月の補正方針演説で「世界で一番企業が活躍しやすい国を目指します。」、そして2013年11月8日の衆院本会議で「大胆な規制・制度改革を実行することで世界で一番ビジネスをしやすい環境をつくる」、「雇用ルールがわかりにくいことがグローバル企業や新規事業の投資阻害要因になる恐れがある」と言っていたことが報道されていました。まさにこれは新自由主義革命とでも言うべきものでしょう。

働く者にとっては辛いことですが、安倍元首相の目論見は成功したと言えるでしょう。非正規雇用の拡大により、労働者に実質賃金は上がらず、雇用は不安定となり、男女の区別無く、多くの働く者が本当にどん底に落とされたというべき状態です。

 

今日の運動は自分の未来に向けた先行投資です。同時に自分の子供の世代のための投資でもあります。10年先、20年先、あるいは40年先(自分の老後)、あるいは自分の子や孫にとって望ましい社会環境(社会制度)を見据えた運動が必要になります。

そして今のジェンダー平等の気運が、男女が一緒になって自分達の生活改善のための運動を起こすことの追い風となって欲しいと思うのです。

 

 

【備考】

労働者派遣法施行時の「政令13業務」とは、次の業務です。

 1 ソフトウェア開発

 2 事務用機器操作

 3 通訳・翻訳・速記

 4 秘書

 5 ファイリング

 6 調査

 7 財務処理

 8 取引文書作成

 9 デモンストレーション

10 添乗

11 建設物清掃

12 建築設備運転・点検・整備

13 案内・受付・駐車場管理等

 

 

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