「社交のロンド」について
ヨハン・ネポムク・フンメル(1778-1837)の「ピアノとオーケストラのためのロンド Op.117」は、一般的に「社交のロンド」(独: Gesellschafts-Rondo, 仏: Rondo de societe)として知られる、華やかで洗練された作品です。1829年に作曲されたこの楽曲は、古典派後期の様式を基盤としながらも、来るべきロマン派の息吹を感じさせるフンメルの晩年の作風を象徴しています。
楽曲の概要と背景
この作品が作曲された1820年代後半は、フンメルがヴァイマルの宮廷楽長として名声を確立し、ヨーロッパで最も著名なピアニスト兼作曲家の一人として活躍していた時期です。多くの弟子や接点のあった音楽家、例えばカール・フリードリヒ・ツェルター、カール・チェルニー、メンデルスゾーン姉弟らを通じてショパンやリストにも影響を与えたフンメルのピアノ書法は、この作品にも遺憾なく発揮されています。
「社交のロンド」というタイトルが示すように、当時の貴族や富裕な市民階級が集うサロンでの演奏を念頭に置いて作曲されたと考えられます。優雅さと共に、聴衆を魅了するための輝かしいヴィルトゥオジティ(名人芸)が盛り込まれているのが特徴です。
作品情報:
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正式名称: Gesellschafts-Rondo (Rondo de societe), Op. 117
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日本語訳: 社交のロンド
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作曲年: 1829年
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編成: ピアノ独奏、フルート、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2(任意)、弦楽合奏
楽曲の構成と音楽的特徴
優美な「序奏、アダージョ・コン・グラン・エスプレッシオーネ」(表情豊かに)で始まります。この序奏では、ピアノとオーケストラは互いに競い合うというよりは、心地よい対話に興じ、それはやがてピアノのための長大なカデンツァへと発展し、私たちを軽快な「ロンド、モルト・ヴィヴァーチェ」(きわめて快活に)へと淀みなく導いていきます。主題の巧みな扱いは音楽構造に素晴らしい一貫性をもたらしていますが、フンメルの演奏は時折、冷たく無感情だと批判されることもありました。ベートーヴェンに比較すると形式的、古典的、職人的な一面が色濃かったことが理由の一つでしょう。しかしよく聞くと、モーツァルトに共通する陰影の繊細な移り変わりを感じ取ることができると思います。意欲的な演奏家であればここに感情的和声とメロディーの見事な融合を見出すでしょう。この音楽は 見かけは易しいが奥が深い、または一見明るいが深い影が潜んでいるという成熟した表現が存在しています。作品を演奏するだけであれば必要なのは技巧だけですが、本質的に和声的な構造が持つ感情的な可能性を最大限に引き出すためには、さらなる探求と気づきが求められます。フンメルはこの構造を、非常に簡潔なオーケストラの伴奏の中で最大限に活かしています。職人技とも言える感覚が、この作品の隅々まで、最初から最後まで浸透しているのです。これらの技巧は、単なる指の練習とは異なり、常に音楽的な優雅さを失わない範囲で用いられています。これは、モーツァルトの弟子であったフンメルが持つ古典的な均整感覚と、来るべきロマン派のヴィルトゥオジティを見事に融合させた結果と言えるでしょう。
オーケストラの役割
オーケストラは、ピアノを壮麗に引き立てる役割を担います。ピアノが華麗なソロを繰り広げる場面では伴奏に徹し、主題が再現される場面では一体となって音楽を盛り上げます。特に木管楽器(フルート、クラリネットなど)の柔らかな響きが、ピアノの音色と美しく溶け合います。フンメルは自らフルートと弦楽四重奏、ピアノという室内楽編成でも演奏できるようにした編曲版も出版しています。
フンメルの音楽史上の位置づけとOp.117
フンメルは、モーツァルトに学び、ベートーヴェンとしのぎを削り、ショパンに影響を与えた、まさに古典派とロマン派の橋渡しをした重要な作曲家です。彼の音楽は、モーツァルト的な明晰さと形式美を保ちつつ、ピアノの表現力と演奏技巧を大きく発展させました。
この「社交のロンド Op.117」は、そうしたフンメルの特徴が凝縮された一曲です。構成は古典的でありながら、その華やかなピアノ技巧や洗練された表現には、ショパンやリストの作品を予感させるものがあります。今日では演奏機会の少ない作品ですが、当時のピアノ音楽の様式を知る上で、またフンメルのピアニズムを理解する上で非常に価値のある魅力的な作品です。
この作品の初演は、先述したベートーヴェンの死後数年が経った1829年頃に行われ、翌年フンメルがロンドン、パリ、ウィーンへ演奏旅行を行った際にも携えられました。しかし、これは事実上フンメルにとって最後の演奏旅行の一つとなり、その4年後、彼は病に倒れ、59歳で亡くなるまでゆっくりとキャリアを終えることになります。論争に影響されることのない、ある種の温和な偉大さの上に築かれた成功したキャリアでした。彼の音楽は、このロンドを初演したのと同じ年に出版して大成功を収めたピアノ教則本を通じて生き続けましたが、個人崇拝の風潮が高まるにつれて、フンメルの古典的な洗練という星は沈み始めました。ショパン、リスト、シューベルトといった他の作曲家たちが新たな潮流を形成することになりますが、彼ら、そしてその後に続く多くの人々は、フンメルが説いた光と、音楽性の本質的な理念という導きがなければ、その道ははるかに困難なものになっていたことでしょう。彼らはみな近現代、特に20世紀には忘れられ気づかれなかったフンメルの才能に気づいていた人たちなのです。
プロによる録音について
実は個人的には、彼の作品の中でホ長調,Op.110のピアノ協奏曲と並んで最も好きな作品であり続けています。なぜ演奏される機会が少ないのでしょう? 録音も少なくて残念ですが、2点ほど紹介いたします。
1.ハワード・シェリー (Howard Shelley) - ピアノ&指揮/ロンドン・モーツァルト・プレイヤーズ による Chandos盤(CHAN 9558-録音年: 1997年)
フンメルの協奏曲シリーズを残しているシェリーによる、現代における最も標準的な名演です。輝かしく洗練されたピアノと、手兵のオーケストラとの息の合った演奏を聴くことができます。現在でもCDやデジタル配信で最も入手しやすい録音です。
2.私が最初に手に入れ聴いたのはLPレコードの時代のアンヌ・ケフェレック (Anne Queffelec) - ピアノ
ジャン=フランソワ・パイヤール指揮、パイヤール室内管弦楽団による演奏です。Eratoというフランスの有名なレーベルから発売されていたし、モーツァルトの数々の名演で人気が高かったバイヤールのフンメル作品集でした。このLPでこの曲の他にマンドリン協奏曲とオーボエと管弦楽の為の変奏曲,Op.102にも初めて触れられた貴重な体験をもたらせてくれた録音で、CD化された際に手に入れています。録音年:は1972年とのこと。
DTM打ち込みについて
今回の音源は Dorico 5 をシーケンサーに用い、音源は NotePerformer 5 と Garritan Personal Orchestra(ピアノ音色) を組み合わせています。
映像に表示されるスコアはDoricoの再生画面であり、出版譜とは異なります。MIDI入力ソフトとして使用しているため、楽譜通りの精密さよりも、自然な強弱とテンポ表現を重視しました。
サムネイル画像と動画編集は CyberLink PowerDirector で制作しました。
Programming Music
J.N.Hummel/Gesellschafts-Rondo,Op.117(for Piano & Orchestra)
Programed by Hummel Note
Daw&Sequencer:Dorico 5
Sounds:Note Performer 5, GARRITAN PERSONAL ORCHESTRA(Piano),
Thumbnail images are generated by CyberLink PowerDirector