数か月取り組んでいたフンメルの未完のヴァイオリン協奏曲を補筆が終了しました。
ここで私がプログラミングで完成させたフンメルのヴァイオリン協奏曲は、欠落が多かった自筆譜に指揮者兼作曲家のグレゴリー・ローズが補筆し復元させた版をベースしました。私はさらに木管楽器のフレーズの追加・変更、
伴奏時の弦楽器に若干変更を加え、さらにトランペットとティンパニを追加しました。第1楽章のカデンツァは私が作成した簡易的なものを採用しています。
このグレゴリー・ローズの補筆版は彼自身が指揮を執り、アレクサンドル・ トロスティアンスキーをソロに迎え、ロシア・フィルハーモニー管弦楽団とともに録音したもので聞くことができます。
https://youtu.be/XSgkD3jEtfQ?si=an8uHJByWbUF1ikH
その他にも ステファン・ホッジャーとはハワード・シェリーが最低限の補筆を施して演奏した版も聞くことができます。演奏はこちらの方が好みかな。
ベートーヴェンが原因で放棄されたヴァイオリン協奏曲
ヴァイオリン協奏曲の原稿は、1803-04 年のトランペット協奏曲と合わせて、大英図書館に Add. MS 32 222 (1-42 ページ) という書架番号で保存されている巻物に収められています。この巻は、1884 年 2 月 9 日に大英図書館がディーラーのリストとフランケから購入したフンメルの音楽 54 巻のうちの 1 巻です。
前述のトランペット協奏曲の序文で、ステファン・デ・ハーンは「トランペット協奏曲のソロ部分は、明らかにヴァイオリン協奏曲Rの大部分と同じ筆致で書かれてる」としており、この作品がトランペット協奏曲とほぼ同時期に書かれたものであることを示している可能性があります。
「モーツァルトの編曲 (同じ巻に収録) とヴァイオリン協奏曲の大部分を比較すると、トランペット協奏曲のソロ部分と一部のパッセージはフンメル自身によって書かれたことが示唆されます。」と書いています。
フンメルは、エステルハージ家の楽長としてハイドンの後継者として良い印象を与えるために、トランペット協奏曲にかなりの時間を費やしたと思われます。トランペット協奏曲の作曲にもっと時間を費やすためにヴァイオリン協奏曲の作業を放棄し、後年に取り掛かるつもりだった可能性があります。後になってから、彼は1805年頃にピアノとヴァイオリンのための素晴らしい協奏曲作品17を作曲しましたが、1806年にベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲が発表された後、この曲の完成を完全に放棄したことが判明しました。フンメルの協奏曲のソロ部分は非常に技巧的で、彼のピアノ独奏とオーケストラの作品と同等の興味深い作品なので、未完で終わった事はとても残念です。
グレゴリー・ローズの補筆完成版の誕生
さて、この未完の作品は既に2種類の補筆完成版の演奏が聞ける事は先ほど述べましたが、シェリーらの補筆に比べるとローズのものはより積極的にオーケストレーションに介入していると思われますので、今回は、グレゴリー・ローズの解説から引用してこの曲の譜面の状態について紹介します。
「楽譜にはちょっとした問題がある。一見すると、ヴァイオリン独奏パートがすべて現存しているにもかかわらず、作品が完成しなかったかのように思える」というように、楽譜はフンメルの自筆と写譜屋の筆跡が交じり合っている変わった譜面のようです。それでいてヴァイオリンパートとオーケストラパートの前奏部分は書き込まれていて、その他のオーケストレーションは未完成なのか写譜の放置なのかがわからない状態だと言っています。
わたしは現物を見たことがないので、引き続きローズの解説からの引用です。
「写譜屋が書き写したのは、第1楽章の一部(129~152、186~197、225~284小節)とフィナーレのロンドの一部(124~221、264~334、361~413小節)である。ロンドでは、142小節と185小節で羽ペンが交換された形跡がある。アレグロとロンドの残りの部分は、フンメル自身の手によるものである。独奏者と弦楽器のみのためにスコア化された短いアダージョは、すべてフンメルの手で書かれている。アラン・バドリー博士は、フンメルは作品を完成させたものの、改訂の過程で放棄したのではないかと考えている。なぜなら、写譜屋または清書代筆者の手による部分が、作品の全体にまたがっていて、フンメルの手書きの譜面と交じり合っているからだ」。
いずれにせよ、唯一現存する資料(譜面)は不完全で演奏不可能であるということ。両端楽章には、ソロは完全に書かれているが、オーケストラの五線譜が空白のままになっている個所がかなり広範囲に及んでいるということが説明されています。ローズは「空白のままとなっている箇所にオーケストレーション(伴奏素材)を追加し、第 1 楽章と第 3 楽章のカデンツァを作曲した」とのこと。
さらに「これらの楽章の両方で、管楽器と金管楽器のパートはオーケストラの 全奏部分がかかれていてるが、例えばロンドでは、50 小節目から 123 小節目と 264 小節目から 322 小節目までの間はフンメルも代筆者も管楽器と金管楽器の五線譜を用意していないらしい。「私は、協奏曲全体を通して、作品に色彩と多様性を加えると感じた箇所で、フンメルの弦楽器の伴奏にこれらの楽器を加えた」としている。
私の補筆版について
先に述べましたが、私は欠落が多かった自筆譜に指揮者兼作曲家のグレゴリー・ローズが補筆し復元させた版をベースしました。私はさらに木管楽器のフレーズの追加・変更、伴奏時の弦楽器に若干変更を加え、さらにトランペットとティンパニを追加していますが、第1楽章のカデンツァは新たに作り直し、第3楽章のローズが作曲したものは採用せず、カデンツァ部分を省いています。
特に第2楽章はローズ版ではフンメルの自筆譜で完成した弦楽伴奏のみとしていますが、私は管楽器を追加しています。
またかなり変更加えたのは第3楽章で、管楽器の扱いを全く作り変えている部分があります。
(図1 上段がローズの補筆版 下段が今回のバージョン)
展開部オーケーストレーションは厚くしました
(図2 管楽器の音型も変えティンパニを加えています)
J.N.フンメル/ヴァイオリン協奏曲 ト長調(フンメルノート補筆完成版)
Edited and completed by Hummel Note
(Based on the version restored by conductor Gregory Rose)
Violin solo , 2 flute, 2 oboes, 2 bassoons, 2 horns, 2 trumpets, timpani, strings
第1楽章は明快な古典的テーマから始まるが、この冒頭のテーマがその後出てくることはなく、この冒頭の一回だけ。それでも覚えていられるほど単純明朗なテーマ。曲の印象は1805年頃のファゴット協奏曲や未出版のピアノ協奏曲と似た雰囲気とオーケストレーションが見られます。ヴァイオリン・ソロの部分はゆったり落ち着いた美しいメロディーから重音奏法が要所要所でみられ、またとても速いパッセージも見られます。ヴァイオリンを弾けないのでわかりませんが、モーツァルトの曲と比較しても重音奏法の扱われ方は異なるし、ベートーヴェンの有名な曲と比べても技巧的には同等かそれ以上に難しいのではないかと感じます。
第3楽章も同様に難しい奏法とパッセージが散りばめられており、名人芸の聞かせどころを持っています。第2楽章は重厚でオペラのアリアのような美しいメロディーが印象的です。