何故か、台湾にて -16ページ目

何故か、台湾にて

気がついたら台湾にいました。

ところてんのように生きています。

昆明からバスで南下し、八時間ほど
シーサンパンナという街があります。

ここはもう、ミャンマーやラオスのすぐそば。
南国です。

では、シーサンパンナ
どんなところでしょう。












寝台バスに揺られ、八時間。
着いたのは夜中の二時、シーサンパンナ。

タクシーに乗って、適当に
地球の歩き方に載っている宿へ向かう。

真冬のシーサンパンナ
夜は、少し肌寒いかな、ぐらい。
窓を開け放して寝る。


朝になったので、出歩いてみる。

八時半のシーサンパンナ



中国は、でかいくせして時差がない。
なので西部の朝は、暗い。


明るくなってくると
すっかり南国模様。







何もかも、中国らしからぬ光景。


少数民族もたくさん住んでいる。
タイ族、ハニ族、プーラン族、などなど。

そして、ミャンマー人もたくさんいる。

ミャンマーの翡翠だかなんだかを持ってきて
ここで売っているらしい。

タイ族やハニ族も肌が黒いけれど
やはりミャンマー人には負ける。

そしてミャンマー人の男性は、巻きスカートを穿いている。


人も、風景も、中国らしからぬシーサンパンナ。
それでも、ここは中国。

北京も中国。チベットも中国。内モンゴルも中国。

中国、ちょっと
欲張りすぎじゃないか?











広い広い中国の
南の果て、シーサンパンナ。

こんなに広いんだから
時差ぐらい作ってあげればいいのに、と思う私です。


シーサンパンナでも、少数民族に会いに行ってきました。

次回は、ジノ―族について書こうと思います。

今回の旅行のテーマは、「少数民族に会おう」ですが
もう一つ、「中国語をしゃべろう」という目的もありました。

麗江には、お土産屋さんがたくさんあります。

お土産屋さんでは、お店の人が
暇そうにしています。

旅行記とは、あまり関係ないかもしれませんが
今回は、お土産屋さんとの戯れを書こうと思います。











例によって、麗江の街中で
迷子になっていた私。

適当にふらふら歩いていると
道端で、ポストカードや、小物を売っている
ナシ族の母娘がいた。

お母さん(といっても、もうお婆さん)は
暇そうに、麺をすすっている。

ちょっと絡んでみようかなぁ、と思い
ポストカードを見ながら、話しかけてみた。

「おいしい?」

「おいしいよ」

「へぇ」

ポストカードを眺める。

「それ、買いなさい
 私が作ったのよ」

「何これ?」

「香り袋。いい匂いだよ」

「中は何が入ってるの?」

「色々」

会話になっているような、なっていないような
そんなおしゃべりをした。

しかし、お年寄りだと中国語が
ちょっと標準とは違って、聞き取りにくい。
所々、娘さんが通訳してくれた。

結局、ポストカードを買い
二人の写真を撮って、別れを告げた。

そして引き続き、迷子。



トンパ文字のストラップを売っているお店にて。

自分の名前の漢字を探し
そのトンパ文字が記されたストラップを購入。

お店の人は、若い女の子。
これまた、話しかけてみる。

「麗江出身なの?」

「ううん、実家は昆明」

「へぇ、そうなんだ。どうして麗江に来たの?」

「いいところだから」

「そっか。今、何歳?」

「18歳」

「えっ、そんなに若いんだ!
 親は心配してない?」

「心配してないよ。だってもう大人だもん」

「そっか、そうだよね」

25歳で、親元で学生をしている自分が
少し恥ずかしくなりつつ
一緒に写真を撮り、別れを告げる。



キーホルダーやらポーチやら
小物がたくさん売っているお店にて。

これまた、若い女の子の店員さんに話しかける。

「あそこのバー街、すごいね
 行ったことある?」

麗江には、バーが連なっている道がある。
爆音で音楽を流し、スポットライトもぐわんぐわん周り
お立ち台なんかもある。

「行ったことあるよ」

「高い?」

「んー、あなた、一人で行くの?」

「いや、行かない。興味があったから聞いてみただけ。」

変な客だな、と自分でも思いながら
お土産を選ぶ。

「これください。いくら?」

「20元」

「はい」

値切らずお金を払い
おしゃべり再開。

「実家はどこ?」

すると彼女、数秒、固まり、こう言った。

「知ってる?私、南京出身なんだよ」

ぎょっ

「あっ…そうなんだ。」

南京といえば、日本人が悪いことをした所で有名。
何を言ったらいいのかわからず、困る。

彼女は、聞いてきた。

「歴史、勉強した?」

「うん。した。」

「あのとき、日本人は
 南京人を30万人殺したんだよ」

「でも、私達が勉強した歴史では
 そんなに人数は多くなかったよ」

彼女は、なんてこった、という表情をした。
私は言う。

「当時、南京の人口は30万人もいなかったんだって。
 だから、30万人殺したっていうのは、おかしいって。
 でも、まぁ、悪いことは、悪いこと。」

彼女は相変わらず、納得のいかないような顔をしていた。
そこで、もう一人のナシ族の店員さんが、笑いながら

「私、歴史あんま勉強してないから、わかんないや~」

と入ってきてくれた。
その後は、普通におしゃべり。

「南京まではどうやって帰るの?」

「電車で帰るよ。30時間ぐらい。」

「うわぁ、辛いねぇ」

するとナシ族の店員さんが聞いてきた。

「あなたは?どうやって日本帰るの?
 電車?」

南京の女の子が言う。

「日本まで電車があるわけないでしょう」

「あっ、そうかー、日本行ったことないからさ、ははは」

とってもチャーミング。


話のネタがなくなり、適当に
マニ車の話をしてみた。

マニ車というのは、チベット仏教の仏教具で
手に持ってぐるぐる回すとご利益がある、というもの。

すると南京の女の子が言う。

「うちのお店にもあるよ、これ。25元。買う?」

えっ、お土産でマニ車売ってんだ…。

マニ車を差し出され、悩む。

でも、長時間おしゃべりに付き合ってくれたし
ここは、買っておこうか…と思い

「…20元。いい?」

と聞いたら、その女の子が少し笑い

「いいよ」

と言ったので、20元でマニ車を購入。
二人の店員さんの写真を撮り、別れを告げる。



マニ車をぐるぐる回しながら、お店を出る。

きっと、変な日本人だと思われただろうけど
まぁ、気にしない。



麗江を、マニ車を回しながら歩く。

なんだか楽しいなぁと思いながらも
相変わらず、迷子状態は続く。










言葉ができる旅は、とても面白いです。

何でもいいので口実を作り、話してみると
色々なことが見えてきます。

とにかく、質問をしてみるのです。
質問に答えることが嫌いな人は、あまりいません。



さて、気付けば6まできた麗江シリーズも
ここで終わります。

次回は、昆明について書きます。

ただ、ロココと麗江の印象が強すぎて
昆明は、ちょっと霞みがちですが。


またね麗江。

今回の一人旅
実は、途中で少し母も参戦しています。

その数日間は、いいホテルに泊まり
ガイドさんも、車もつき
旅行らしい旅行をしました。

その際、ガイドをしてくれた
ナシ族の和さん。

ナシ族の文化をたくさん教えてくれましたが
それ以外にも、色々と心に残っている、和さんです。











和さん。
ナシ族なので色は少し黒く
小さい娘さんが二人いる。

「中国って一人っ子政策なんじゃないの?」

少数民族は、二人でもOK。



日本人向けのガイドさん、というと
日本語がすごく上手なような気がするけれど
和さん、そこまで上手ではない。

元日本語教師として、訂正したいところが多々あったけれど
気にしないようにする。



和さんの魅力は、何より
一生懸命なところ。

一つでも多くのことを伝えたいらしく
車の中でも、歩きながらでも
つたない日本語で、一生懸命しゃべる。

麗江の街は階段が多い。

階段を登り、ゼェゼェ言いながら

「この建物は…」

と、解説をしてくれる。

階段を登りきると、そこには
五階建ての塔が立っている。

「じゃあ、お二人で、行ってきてください
 私はここで待っています」

えっ、疲れちゃった?



「今日はまだ時間があるので、湖へ行きませんか?
 馬がいて、古い村の中を、馬で散歩できますよ」

よくわからないけれど、じゃあ行ってみよう
ということで、湖へ行き、馬に乗った。

「私、初めて乗ります!」

どう見ても、和さん
嬉しそう。



和さん、私と母をどう呼び分けたらいいか悩んだらしく
母のことを「奥様」と呼び
なぜか、私のことは、こう呼んでいた。

「山本ちゃん」

たぶん、女の子には“ちゃん”をつける、とは思ったのだろう。

ただ、“ちゃん”をつけるのは普通、名字ではなく名前だ。
名字に“ちゃん”をつけると
妙に業界人っぽい。

「山本ちゃん、何か買いたいものはありますか?」

はい、ピアスを少し。



最後、今回のツアーのアンケートを書いてください、ということで
空港へ向かう車の中で、紙を渡された。

車の中なので不安定で、何か下敷きになるようなものを探していると
和さんが、本を貸してくれた。

それは、日本語の教科書。

アンケートを書き終え
その日本語の教科書を読んでみる。

色々なシチュエーションごとで
想定される会話を淡々と載せている。

「これはいくらですか。
 1500円です。
 他のサイズはありますか。
 あります。
 Mサイズをください。
 わかりました。」

棒読みになりそうな例文ばかり。

そんな中
一体、どんなシチュエーションだ?と思わせる例文も。

「体育先生がいらっしゃいました。
 整列。
 気をつけ。
 番号。
 1,2,3,4,5…」

えっ、何この日本語??

いつの時代の教科書?と驚き
最後のページを見てみると、2009年、と書いてある。

結構新しい…。


更に、病院で。

「どうしましたか。
 お腹が痛いです。
 熱はありますか。
 熱はありません。
 吐きましたか。
 二回吐きました。
 よくわかりました。あなたは盲腸炎です。」

えっ、わかったの?しかも、よくわかったの?
なんでわかったの??

「手術をしましょう。
 手術をして治りますか。
 はい、治ります。
 では、お願いします。」

いいの?
患者、それでいいの?

「では、麻酔をしますから、新聞を読んでいてください。」

どういうこと?


教科書を読み、混乱している私を見て
和さんが聞いてきた。

「何か変な日本語、ありますか?」

変な日本語?
そういう問題じゃないよな…

混乱しながら、かろうじて答える。

「そうですね、変な日本語というか…
 あまり使わないものが多いですね…」



空港に着き、別れ際
何か言葉を探していた和さん。

少し考えた末、こう言った。

「お元気で」

和さんこそ、お元気で。













和さんのガイドにより
そして何より、和さんにより
ナシ族がとても好きになった私です。

麗江観光、最近は日本人が減っているそうなので
ぜひ皆さん、行ってみてください。
北京なんかより、よっぽど面白いと思います。

その際は
白鹿旅行社という旅行会社の
和さんというガイドさんを指名してみてはいかがでしょうか。