時系列が少し違うと思うけど思い起こしながら書くため少し不正確。


・・

2歳までの私は、感じることと思考が一致していた。

そのころのわたしの思考は、物理的現実の外界と接する肌表面にあった。

現実と接地する肌が痛いと感じれば痛いと思い、家の雰囲気が怖いと肌全体で感じれば怖いと思考した。



肌表面から入ってくる感覚的現実の情報は直接内臓に伝わり、

外から入ってきた現実の痛みは臓腑に落ちて全身の細胞に爆発的に広がり、

わたしに泣くなどの発作的感情表現や嘔吐という身体化に変換された。


それは少しずつ、痛みに満ちる現実の中で生きるには不向きだと気づき始めた。

肌表面で感じ思考するには、痛みに満ちる現実への接地面が多すぎて、

痛みの濁流に飲まれて正気を保っていられなくなる恐れを感じた。

わたしが生れ落ちた現実は痛みに満ち、接地面の多い肌表面と

ダイレクトに臓腑で感じるには消耗が激しすぎた。


わたしは少しずつ、思考部分を肌表面から、他の人がやっているように頭と脳部分に移行し始めた。

少しずつ訓練をして、頭の中で自分の声を聞くことができるようになったのは5歳のときだった。



全身の肌表面から臓腑に落ちる形で感じる身体的現実感覚を切り離し、

ごく限られた頭頂の一部分だけで思考するのみの形で現実と接することで、

わたしの内面的思考のスペースは広がった気がした。



現実と感覚的に密着するのではなく、感覚から切り離された思考のみの感覚的空白のスペースを

自分の中に作ってそこに身を置くことで、痛みに満ちた現実に縛られていたわたしは

機械的思考に安住し、内面世界の自由度が広がった気がした


わたしは5歳のときに、主観、痛みに満ちたわたしがわたしであることから別れを告げて、

わたしを他者化する完全な客観への移行を果たした。


5歳のとき自分の声を頭の中で聞くことができるようになり、

http://ameblo.jp/httpamebloo/entry-10603707378.html

自分がほとんどの時間乖離して、感覚や感情とは無関係な表情や言動をとり、

無意識のうちに別人格的なキャラクターを作って、

現実と乖離的間接的に対峙していることに段々と気がついていった。



・・・


「それ」が始まったのも5歳のときだった。


夜、気がつくと、投げ捨てられた人形みたいに、布団に入って身じろぎもせず仰臥しながら

瞬きもせず夜の闇を見つめているわたしに気がつく。


夜、初めて起動した機械のように、今ここにいるわたしに初めて気がついて、わたしは瞬きをする。

そして、今、ここにいる以前の記憶がまったくないことに気がついて、焦る。


一生懸命、今ここにいる前に私がどこにいたのか、脳を振り絞るように思い出す。

ぼんやり、親に満面の笑顔を向けておやすみなさいをいっていた気がする。

その前の昼の記憶は、親に罵倒されてる間は無表情無感覚の「モノ」と化していたけれど

それ以外は極力満面の笑顔で元気に飛び回ってた気がする。


「昼のわたし」の記憶を、「夜のわたし」は映画のように頭の中でプレイバックした。

「昼間のわたし」でありながら「夜のわたし」でもあるように。


「昼間のわたし」はあんなに満面の笑顔で元気に飛び回っているのに、

その言動に付随する感情がまったくないことを私は知っていた。


「家にも親にも何も問題がないように、何も問題のない普通のいい子みたいにいつも笑顔で元気よく」

しないといけないことを私は親の無意識のメッセージを読み取って知っている。


親に直接そういわれたことはないけれど、わたしは肌感覚で読み取った現実の雰囲気から

すでにこの家のルールと親からの沈黙のメッセージを知っている。

私はすべて知っている。



でも、「昼のわたし」が眠りについた今、「夜のわたし」が目覚め、「昼のわたし」

が眠らせていたモノが浮上してきた。

親の無意識のメッセージを無意識に身体化して忠実に従って言動化していたことの

矛盾、親の利己的欲望に犠牲にされている私の人生、自分自身への背信、裏切り、苦痛。


「昼のわたし」が眠りについたとき、「夜のわたし」は目覚め、

「昼のわたし」が眠らせていた苦痛と思考が覚醒し、夜、わたしにすべて襲い掛かってくる。


こんなこと、普通ではない。

そして普通ではないことは、親に許されない、認められない。



すでに自分の苦痛を親や他者に訴えることを諦め、助けを求める無意味さを学んでいたわたしは、

布団の中で腹をつつかれた芋虫みたいに四肢を縮めて、

目を閉じ両耳を両手でふさいで、襲い掛かってくる苦痛に声も漏らさず耐えた。

そのときの感覚http://ameblo.jp/httpamebloo/entry-10922878154.html

正直、それが何が原因なのかは、わからない。

ただ、頭の中で自分の声を聞いて思考できるようになった、

保育園に行き始めた5歳のときから始まったことは確かだ。


5歳のときすでに対人恐怖に陥っていたわたしは、保育園に行く前日、

見知らぬ他人の中に入っていくことを考えるとパニック的恐怖に襲われ、

毎夜、全身を雑巾のように絞られるような苦痛に襲われ、

翌日、決まってストレスからくる嘔吐と下痢を繰り返した。


5歳のときに起こった「対人恐怖」が、他者に対峙する「わたし」を私に客観的に見せ、

自分で自分を客観的に見ることの情報量に感覚と頭がオーバーヒートしたのかもしれない。


ただ、それは5歳のあるとき、主観的感覚から切り離された客観的機械的思考の空白地帯が私の中に生まれ、

「昼のわたし」が眠った「夜のわたし」が目覚めたときから始まり、それから毎晩続いた。


・・


「それ」を言葉にすることはきわめて難しく、胡散臭く、精神異常的で、正直したくないけど、試みてみる。

「それ」は、決まって、夜だった。


わたしがひとりになり、親の期待通りの人形を演じる「昼のわたし」でいることから、

感覚と思考が「解放」される夜の時間だった。


夜、布団の中に仰臥して、瞬きもせず闇を見つめているひとりの私に気がつくことから始まる。
気がついてしまわなけれないいのだ。

昼のわたしがそうしていたように、何も感じず何も考えないのに、

親がそう期待しているからという理由だけで、表情も言動もただの操り人形に徹して、

ただ動かされる機械人形になりきっていればいいのだ。


なのに、夜、わたしは、人形だった昼間のわたしから、目覚めてしまう。

それが毎夜の私の悪夢であり、苦行であり、地獄だった。

「それ」がどういう感覚、どういう苦痛だったか。

言葉にするのは至難だ。



私は、押し寄せてくる苦痛の津波に呑まれ沈むまいと、

必死に「苦痛」という空気や水のように私のすべてを浸し呑み込む濁流を

イメージ言語化することで固体化し、それらから必死に逃れようとた。


「感覚」というものが空気や水のようにすべてを浸すものならば、

言葉だけがそれらを客体化し、苦痛の津波の感覚の中で、私がしがみつける唯一のポールになった。

この癖は今でもあるけど、苦痛が激しいほど私はそれを言語化することで

それを対外排出し客体化しようという(できるのかは知らないけど)強迫観念がある。


「それ」は、一言で言うと、「自己不在感」の津波だった。

昼間、わたしが表情も言動も、細胞のひとつひとつからすべてを親の無意識が奏でる演奏に合わせて、

私の無意識がわたしを踊る操り人形にしていた。


夜、昼間の私が人形だったことに、夜のわたしが気づく。

でぐるぐる巻きにされている操り人形である自分に気づいた操り人形。

夜、「今、ここにいるわたし」に目覚める人形。

圧倒的な苦痛が襲ってきた。

それは身体的な苦痛だった。

細胞のひとつひとつが絞り上げられるような痛み。


全身を、巨大な誰かの手に、雑巾のように絞られているかのような身体の痛みに私は縮こまった。

そして、精神的、イメージ的、抽象的(形而上的?)な苦痛が襲ってくる。

いない、わたしがいない、という苦痛(そのときのわたしはそう言語化した)。


誰かに体中の臓器を全部、ごっそり抜き取られたかのような空っぽ感、

それでいて、風船のように空気しか詰まっていないように思える私の身体を、

痛みという空気だけが満たしているような感覚。


そのときのわたしが言語化しイメージを定着した形のままに言葉にすると、

そのときの私はこう感じていた。


私は映画のスクリーン。

昼間は親の無意識の要求という名の映写機が私という空白のスクリーンに映し出されることによって

私の言動は決定していた。

夜、親の無意識の要求がこめられた視線という縛りがなくなって、操り人形の私を動かしていた、

私をぐるぐる巻きにして動かしていた親の操り糸が切れた。

夜の私は今は、誰にも動かされなくなった操り人形であり、誰の眼差しにも映写されない空白のスクリーンだ。


わたしはわたしの空白感の身体的精神的苦痛の凄まじさに身悶えした。

胎児のように四肢を縮め、両手で頭を押さえ、目を強く瞑った。


この姿勢(自分で自分の身体感覚をできるだけ確認する姿勢)が唯一、

どんどん透明に空白になって、透明な空気しか詰まっていない「わたし」を、

風船のようにどこかに飛ばされないように「今ここ」に留め、正気(らしきもの)を保つものだった。



胎児のように四肢を縮め、両手で強く頭もしくは両耳を押さえ、歯を食いしばり、目を強く瞑る。

四肢(内臓)を感じ、頭を感じ、顔を感じるこのポーズをわたしは毎晩とって正気(らしきもの)を保った。


わたしの中に様々なイメージが本流のように押し寄せた。

誰にも動かされないから動きようがない糸の切れた操り人形。

誰もいない道端にゴミのように打ち捨てられたボロボロの映画のスクリーン。

夜、誰も映し出さず、真っ白で、空白で、誰の目にも映し出されない、

ただ空白の闇を映し出しているだけの透明な鏡。


夜、わたしは、どこにもいないわたしに目覚める。

夜、わたしは、闇に解けて消えていくように、誰でもないわたしに目覚める。


わたしは誰?

わたしはどこにいるの?

わたしの名前は何?


名前がない。名前がない。名前がない。わたしには名前がない。

いない。いない。いない。いない。わたしはどこにもいない。

たすけて。たすけて。たすけて。たすけて。


嘔吐のような何かがこみ上げてきたけれど、

誰かにごっそりと内臓を抜き取られたように透明で空白で空っぽで

存在しないわたしに吐き出せるものなど何もないに決まってる。


胃の内容物も、涙も、言葉も、声も、存在しないわたしの中には何もないんだから、

何も出てこないに決まってる。

わたしに吐き出せるものは存在を透明に凍りつかせる空白だけだ。


わたしはいつも涙ひとつ零さず、声ひとつ漏らさなかった。

わたしはそのときもう泣き方を忘れていた。

それは夜毎繰り返される、わたしの存在を空白化し漂白し不在化していく、不在者からのレイプみたいだった。


わたしは不在であることに苦しんでいたのに、「不在」であることは逆説的に、ものすごい苦痛だった。

「不在」は逆説的に、わたしを押しつぶして世界がのしかかってくるような痛みであり、

凄まじい静寂の音をたてていた。

苦痛のみが存在していた。

細胞のひとつひとつに針を刺されているような全身の痛みがわたしだった。

わたしであることは痛みであることだった。

わたしの名前は痛みだった。

わたしは「非在」という、張り裂けるような静寂の痛みに自我を侵食されていった。

それは毎晩繰り返し、いつも、映画のワンシーンのように、決まって起きる感覚だった。

でもたぶん、布団に入ってすぐ始まるものではなかったと思う。


そうだ確か、こういうことが始まって、夜、布団に入ってからわたしはやっと思考の余裕が生じたことに気づき、

布団に入ってからひとりで思考の余裕を感じることもできるようにもなったとき、

ひとりでいること、誰の眼差しの操り人形にもなれず、誰でもないわたしを見る者がわたししかいなくなったとき、

わたしの不在をわたしが見つめ、自己不在の絶対的孤絶の闇と静寂に飲み込まれるとき、

闇と静寂の音程が段々とわたしの中で水位を増し、それが段々と耐えられないほどの音量となって迫って来、

そして『異常感覚』の津波に飲み込まれる、そんなパターンだった。


そしてそれは、たぶん、絶対に言葉にできない感覚だと思う。

細胞のひとつひとつが雑巾のように絞られ、透明な絶叫を上げているように感じられ、

髪の毛の一本一本が頭皮に打ち込まれた極太の杭のように感じられすさまじく重く、

頭皮の下、脳の中、特に額の中を蛇のようなミミズのような何かが

生き物のようにのたくっているような感覚、

顔の中を通っている神経の一本一本が震えているように感じられ、

耳の中で張り詰めた静寂がガラスを引っかくような音をたててわたしの鼓膜は破れそうになり、

そしてイメージ。ある映像的音声的イメージが、繰り返しわたしに付きまとった。


「藁の束の中の一本の針」。

藁の束の中の一本の針、砂漠の砂の中の一本の針…

決して見つからないから安全なはずなのに絶対見つかってしまう…


それと同時にわたしは苦痛の濁流を固体化し客体化するために

すごい勢いでそれらを言語化し、苦痛に満ちた主観から隔離した思考的客観性の領域に必死に逃げ込んだ。


これはきっと精神分裂病の症状だと思った。

わたしは親の望んだ普通の子じゃないし、親が恐れた異常な子だし、

親がもっと恐れた正真正銘の精神異常、分裂病者なのだ、と。


現に、成長してから読んだ精神病理の本に、マルグリット・セシュエーという医者がルネという

分裂病の少女の医療過程を書いた『分裂病の少女の手記 ―心理療法による分裂病の回復過程

という本があったけど、そこに書かれている分裂病者が陥るという「異常感覚」の描写に

わたしに重なる部分が多くあった。

そして、「藁の中の一本の針」という言葉もあった。


それから精神的苦痛のひとつに、様々な感情の奔流と、急激な攻撃感情と性的感覚だった。

子供でも、特に親に満たされない子供は2,3歳のときから自慰をするというから不思議ではないかもしれない。

わたしは存在を抜き取られ空白化されることへの闇雲で激烈な憎悪を意図的にかきたてた。

その憎悪と性的感覚だけがわたしを不在化する津波に抗う手段だった。

性的感覚とすさまじい攻撃感情。わたしは自分を汚いもののように感じ、罪悪感を覚えた。


そして、絶望、諦念、憎悪、悪意、怒り、殺意、無力、寂しさ、悲しみ、絶対の孤絶、

恐怖、嘲笑、罪悪感、自殺願望、存在への絶対の否定、不信、神への罵倒、被操作感、

被害者感、被迫害感、無意味感、人間の機械・物体感、無限の宇宙の中の一点のわたし、空白の紙、

何も映し出さない鏡、何も映し出さない映画のスクリーン、誰にも操られない操り人形…

ありとあらゆる負の感情と負のイメージの洗濯槽に放り込まれたようにもみくちゃにされた。


・・


そして問題は、そのときのわたしにそうした分裂病的な異常感覚の症状があることではなかった。


その時点でわたしは精神分裂病だと思考しているわたしだった。

そして、いろいろな苦痛をイメージに固体化するために思考領域で使用していた言語だった。


それは本当に5歳のわたしが思考し使用していた言語なのか?

それを思い出している今のわたしの思考が反映され記憶に侵入してしまった言語ではないのか?


わたしの解離性健忘と記憶の思い出しは以前にこういう経験があった。

(『写らない真実1、2』 http://ameblo.jp/httpamebloo/entry-10605593054.html

http://ameblo.jp/httpamebloo/entry-10605593943.html

『彼女の真実、私の嘘』http://ameblo.jp/httpamebloo/entry-10604706206.html


『記憶を消す子供たち』の著者レノア・テアが言及したところでは、一時期トラウマ治療のために

心理分析の場に催眠療法が取り入れられたアメリカやイギリスでは、

被験者に誤まった記憶が移植され、被験者が無実の親や教師を訴えるという

「記憶違い症候群」「過誤記憶」という問題が表面化しているということだった。


その記憶がほんものであるか偽りであるか、主観しかない状態で、何が決めるのか?

ましてやわたしがこの記憶を思い出すまでに読んだ本や思考や感情が

どれだけ記憶に影響しても不思議ではなかった。


わたしにはわからないけど、とりあえずレノア・テアがいっていた、

時間が経過するほどに細部が食い違ったり忘却されること、などの記憶の変化に注意を払って、

わたしの記憶がほんものかどうかという判断は一時保留することにした。


わたしが欲しいのは、刺激的な自己物語ではなかった。

正確な情報に基づく正確な自己であり、正確な判断だった。

正確性を外れたところから人の狂気は始まるのだから。

わたしはもう捩れた悪夢に落ち込んだような狂気は十分味わっていた。

わたしがほしいのは正確な現実判断に基づいた正気だった。



その記憶がほんとうかうそかはわからないし、また判断を保留している中でも、

一度蓋の開いた記憶はどんどん溢れていた。

わたしは思い出していった。5歳のときの夜の記憶。

わたしのある部分が眠り、ある部分が目覚めたことで始まった、夢のような記憶。


5歳のその時点で、津波のように押し寄せてくる苦痛に全身と精神を洗われながら、

その感覚からを必死に逃れ言語化客体化しようとしながら、

わたしがそのような語彙を知っているのは変だ、と思っていた。

自分で自分がわけがわからなくて怖くさえあった。

でも頭の中で思考の意識を凝らせば、言葉はすでに用意されていたもののようにそこにあるのを見つけられた。


・・


「それ」が起こったのは何がきっかけだったか。

「それ」はどれくらい続いたのか。

たった一晩のことだっただろうか。


夜毎わたしに訪れる異常感覚にも慣れてき始めた。

いつものように「あれ」が来たら、雪山で遭難している凍えかけた人のようにできるだけ四肢を縮めて

身体を引き寄せ、頭皮の感覚から注意をそらすためと、轟く静寂の音から耳を守るために

頭か両耳を両手で強く押さえたり、額の下から何かの生き物がのたくってるような感覚が

皮膚を食い破って出てくるのを抑えるかのように、額の中央を人差し指で抑えたり

手の甲を押し当てたり目を強く瞑って感覚を分散するなど、いろいろな対処法もわかってき始めた。



わたしは苦痛の津波に呑まれた痛みでしかなかった。

わたしの名前は痛みに呑み込まれてしまった。

わたしは不在の痛みの津波に抗う誰か、何者かでありたかった。

わたしが何者かであるためには記憶が必要だった。記憶がほしい。


でもわたしは生まれて5年しかたっておらず、新生児のようにアイデンティティなどないに等しかった。

わたしのアイデンティティは書き込みのない紙のように真っ白だ。

だからこれほど、白い苦痛、空白の苦痛、不在の苦痛がわたしの中で燃え上がるのだ。


いや、そんなことない、とわたしの内的感覚がその思考を打ち消した。

わたしは生まれてくる前、どこにいたのだろう。どこかにいたはずだ。

先天的にわたしが持ってるこれらの言葉のあるところ。


思い出そう。わたしは知っているはずだ。

いや、わたしは何もわからない。わたしは何も知らない…知らない…知らない…


いや、わたしは知っていなくてはならない。

知っていなくては親に罰せられる。わたしはすべてを知っていなければならない。

わたしは知っているはず。知っているはず。

わたしは知っている。すべてを知っている…知っている…知っている…

感情も欲望も干渉できない領域で…思考する機械の空白の領域で…



感情の奔流にもみくちゃになると同時に、

わたしが丸ごと全部流されないように(流されたら正気を失うと感じた)

もう何が現実で何が(悪)夢で、何が正気で何が狂気かもわからないこの状況で、

頭の中で淡々と思考する声が聞こえるこの機械的領域だけが

わたしに残された唯一のわずかな正気の領域だと思えて、そこに必死にしがみつき、

足を踏ん張って踏みとどまった。声に、言葉に。



わたしは、あらゆる負の感情の洗濯槽に放り込まれてもみくちゃにされているような感覚の津波に

翻弄されていながら、それでもしぶとくそれらから一定の距離を保って

絶対領域ともいえる「客観的機械的思考」にしがみついていた。




わたしは記憶がほしかった。

わたしが生れ落ちてきたこの地獄の現世には、何もなかった。わたしには何もなかった。

わたしは親もなく、家族もなく、自己もなく、存在も名前も奪われて今、ここにいた。

わたしは波に弄ばれる流木と同じだった。




ここは、あまりに寂しすぎた。
わたしを誰でもないものにするくらい、ここには何もなかった。

わたしはわたしを誰かにする記憶を喉から手が出るほど求めた。

ここに生まれて5年しかたっていない、経験値など皆無の5歳のわたしの

アイデンティティを確かめるための記憶を、無謀にも、求めた。

求めずにはいられなかった、記憶を。



苦痛の津波はどんどん嵩を増し、細胞のひとつひとつが沸騰しているような感覚になり、

わたしが武装として掻き立てた憎悪も性的感覚も頭の中で迸しらせ続けた言葉の奔流も届かなくなり、

割れるような乱雑な静寂の音がだんだん一定化して

激しい耳鳴りのような痛みの音がわたしの全身を満たし、


髪の毛の一本一本が頭皮に打ち込まれた釘のように感じられ、

額の皮の下で、蛇かミミズのような何かが生き物のようにのたくっている感覚が気持ち悪くて

他の感覚に注意をずらすために頭を強く抑えていた両手の中で、

頭皮の下でのたくっていた感覚が額の中央に集約し始め、

鋭い一本の木のようにわたしの額の中央で屹立した。


下腹部から空気の塊のような空白がせりあがってきて、

わたしは諦め、「それ」がわたしを飲み込むのを無抵抗に受け入れ、わたしは落ちた。






すぐ消されるかもだけど、息抜きup。

生と死を司り宇宙総体の化身であり、手塚治虫さんのライフワークで人生の集大成の『火の鳥』。

虫という最も卑小な命、人の心にある最も卑小なものから

幾万もの世界(星)の終わりと幾万もの世界(星)の始まりまで、全てを見つめ続け、

等しく遍く慈しみの眼差しで照らしだす、最も崇高な存在である『火の鳥』。

そんな存在を生み出した手塚治虫さんは、生まれ変わったら、何になっているのだろう。

最後の記憶、1http://ameblo.jp/httpamebloo/entry-11193012603.html

http://ameblo.jp/httpamebloo/entry-11194716490.html

http://ameblo.jp/httpamebloo/entry-11196694698.html  



・・・



今まで嘔吐するように脳の深部から見つけて作ってきた記憶(アイデンティティ)のパズル。


『全部嘘、1~4』 http://ameblo.jp/httpamebloo/entry-10603707378.html

http://ameblo.jp/httpamebloo/entry-10603711860.html

http://ameblo.jp/httpamebloo/entry-10603708124.html

http://ameblo.jp/httpamebloo/entry-10603712554.html



『写らない真実1、2』 http://ameblo.jp/httpamebloo/entry-10605593054.html

http://ameblo.jp/httpamebloo/entry-10605593943.html

『彼女の真実、私の嘘』http://ameblo.jp/httpamebloo/entry-10604706206.html



『闇と夢と水の円環』http://ameblo.jp/httpamebloo/entry-10653319646.html

『長き夜の夢』http://ameblo.jp/httpamebloo/entry-10922878154.html

『透き通った白い猫』http://ameblo.jp/httpamebloo/entry-11062137336.html

『汚物の子』http://ameblo.jp/httpamebloo/entry-10590275349.html




・・・・・・・・・・


こんな感じで、私の砕け散って乖離した記憶の欠片をひとつひとつ拾い集めて言葉で糊付けしてきたのだけど、

この記憶だけは、今まで仄めかすこともできなかった。


私のアイデンティティを決定付けた、いやアイデンティティを打ち砕いたことを決定付けた

言葉にすることも恐ろしい記憶に、触れることもできなかった。

怖くて、この記憶を書けるか、わからない。


私が書いてるのは、バラバラになってあちこちにディアスポラしてしまった

アイデンティティ(記憶)を統一して言葉で綴じ合わせ

自分で理解したいだけであって、誰かを騙そうとする意図は一切ない。



時系列のないこの記憶をどう書きようがあるのか、この記憶に何の意味があるのか、わからない。

この記憶については、まったく何も、わからない。



たぶん、この記憶は、夢のように、ただ起こり、そして過ぎ去った、何の意味もないものなんだと思う。

私が未だにそこから覚めていない、夢、でしかないのだ。

メル・ギブソン監督がイエス・キリストの最後の十二時間を映画化した『パッション』をきっかけに

掲示板でやりとりしたことと、マイケル・クライトンの『インナー・トラヴェルズ』を読んだことと、

ある日、被虐待児童や情緒障害の子供たちとの魂の交流を描いて大反響になった

「シーラという子」「タイガーと呼ばれた子」などの著者、児童心理学者でセラピストの大好きな作家、

トリイ・ヘイデンと精神科医の斉藤学さんの対談本「子どもたちは、いま」を読んで、
トリイがそこで何度も使った「ヒーリング」という言葉を見て、ふと思いついた。



父が使っていたパソコンを開いて、人差し指でぽちぽちと「ヒーリング」と打って検索してみた。
その中からつらつらと見ていって、ひとつのHPに飛んで、電話番号を控え、申し込んでみた。

電話すると普通のおじさんがでて、申し込みの手続きをした。
一回数千円だった。カウンセリングなどのお金を親にもらっていたので、それをあてた。



名前と生年月日だけを告げて電話も介さずに行う「遠隔ヒーリング」というものらしかった。

指定したセッションの時間になると、確かにモヤモヤ何か感じる。
ふと普通の中年男性が、普通の一軒屋の部屋で、

目を閉じて手を上に向けて瞑想のようなポーズをとっている光景が浮かんだ。



後でメールに男性がした「ヒーリング」のカルテを送ってもらい、それによると、
私は全体的にものすごいネガティブエネルギーに囚われていて、
おじさんは特に、私の足にべったりと黒く絡み付いていたという

ネガティブエネルギーに処置をしてくれたとのことだった。
私は確かに、足を重点的にモヤモヤしたものを感じていた。



おじさんが私にしてくれた「ヒーリング」とやらは、

今まで私が感じてきた、「姿は見えないのに強烈に感じる何か」の延長として、

まあそういうものなんだろうと思った。


どんなカウンセリングも精神医学の本も理論も、私ひとりの精神を救うのに役に立たない世界で、
そのような非論理的なものに遊び半分で救いを求めるのは、

世界の合理性への真に冒涜的な行為で私は半ば痛快だった。



そもそも「人間の心を科学的に何とかしようとする精神医学」

という矛盾だらけでそれ自体が非合理的な学問が、

一番の壊れモノである人の精神を何とかする唯一の学問だということに半ば絶望してたし、

そんな非合理なものが合理的科学としてまかり通っている世界で、

真正面から「エネルギー世界」という非合理なものの真ん中に身を投げ出すことは理にかなっていると思えた。



私を排除したこの世界の合理や論理は、私ひとりすら救えない。
ならば、この世界が排除する非論理や非合理に救いを求めて何がおかしい。


非論理的なものにさえ救いを求める境地といえばそうだったかもしれない。

「これは先祖の呪いを解く壷で云々」といわれたら購入したい精神状態だったのかもしれない。

でも私に仕えるお金は限られてたし、

「ヒーリング」は一回数千円のところが多く、気休め冷やかし程度で見て回るのに抵抗はなかった。



それに今まで私は、虐待的な実害もあったけど、それよりも、

『見えないけど強烈に感じる何か』にほど怯え、被害にあってきたので、

ここら辺で逆ベクトルの『目に見えないない何か』があってもいいのではないかと思い始めた。



「目に見えない何か」は今までおどろおどろしく悪いものだったけど、

悪いものとしての『目に見えない何か』があるのならいいものとしての『目に見えない何か」もあるはずだし、

もしその仮定が正しいとしたら、恐らく悪いものとしての『目に見えない何か』に対抗できるくらいか、

それを上回るくらいの可能性を秘めていることかもしれないと、

妄想じみた一抹の期待を抱いた。




でもそのおじさんはいまいちだったので、別のヒーラーを探してみた。

次にあたった人は、一部では少し有名な人だという、

本も出してるヒーラーを師匠として学んだという人、レイコさんだった。




その人に申し込むと、指定の日、以前のおじさんのときより確かにはっきりと「何か」を感じた。
「パチッ」と電気的なものが流れ、空気がクリアになるような。


その人のカルテにも、私の魂が深い宿業の闇の中にいることが書かれていた。
まあネガティブなことをいって「助けてあげますよ」と釣る占いサイトと同じかもしれないけど

ただその人のヒーリングを受けて、苦痛というガスで破裂寸前だった私の中に、

ふと思考の余裕が生まれたのを感じた。



そうしてふと私は、私に絶えず絡んできていやがらせを仕掛けてくる兄から離れて、

父の実家の長野の祖母の家に行こうと決めた。


その後は金銭的理由と、レイコさんの師匠のHPからレイコさんのサイトに飛んだけど、
HPのつくりが複雑で、リンクが多すぎて再びレイコさんのサイトを見つけられず、
別のヒーラーに依頼したもののいまいちで、ここのサイトからも遠ざかっていった。


ただ、アマゾンで、レイコさんの師匠の人の本というものを取り寄せて読んでみた。

今までの「普通の本」には感じたことのない、確かに一種変な「何か」を感じる本だった。


後で知ることになるけど、この手のスピリチュアル系の人たちが好んで使う、

「ヒーラーのエネルギーが転写されている物です」というやつだ。


この手の商売文句ほど胡散臭いものはない。

だけどこの時期、なぜかバラエティー番組で、細木数子や江原啓之が持て囃されていた時期だった。

私は彼らの能力をかったり本を買ったりしたことはないけど。



そのころ読んだ小野不由美さんの『ゴーストハント』は、

スピリチュアル心霊オカルトサイキックな話でありながら、

主人公の「ナル」がその世界自体に批判と考察、分析を展開したように、

現実に「スピリチュアル」という不可視なものがあるとしても、いや、あるという前提で金銭が発生し、

人の人生に介入する責任が「エネルギー」という不可視なものを扱う

彼らスピリチュアリストらには発生するからこそ、不可視で不可解なベールに包まれているものを、

「神秘的で不可視で不可解ゆえに何でもありの解釈」にするのではなく、


より厳密に、科学的合理的に、現実的ツールとして現実的にどう使えるのか、

現実の中でどのような役割があるのか、現実の実体的実際的領域と橋渡しするのが

「エネルギー」を扱うものに求められるものではないかと思った。


それを、キレイな言葉で商品化したり、仰々しくおどろおどろしい演出を凝らしたり、

「選ばれた特別な能力を持ったものにしか見えない世界」のようにして

胡散臭い商売臭がするだけで、近寄る気にもなれなかった。


彼らがそこに身をおき、理解しており使いこなしていると自負する

「エネルギー世界」の解釈は、素人の私でも突っ込められる矛盾と

主観に満ちていて、不完全に過ぎた。


「エネルギー世界」それ自体はあるのだろうとは私も知っていた。

私は体感的に、人の思念や精神力がほとんど即物的なエネルギーを持つことを知っている。

スピリチュアルに触れて唯一よかったのは、私のそうした感覚が

精神異常によるものの恐れとは別に、第二の解釈も生まれたことだ。


けれど、彼らの解釈、理解度は不完全なものに見え、

そうすると理解度に相応するエネルギーの適用範囲も不完全で主観に満ちたものになると思えた。

そして彼らスピリチュアリストたちは、仮に善意であり悪気はなくても、

不完全な理解度と主観的な使用方法で、意図的にそれを使うことは危険なのではないかと思った。


人の思念や精神性によって生まれるエネルギーそれ自体が主観的なものではないか、

主観的ではないエネルギーとはなにか、そんなものあるのか、

それはまだわからなかったけど、少なくとも不完全な理解で使用されるエネルギーは

使い方を間違えていると思った。



それをマスコミを使って宣伝し、巨額の金銭と人の人生に介入する責任を

大々的に発生させるのは詐欺に近いと思う。

そしてテレビに出ている彼らにそのような内省が一切見られないのが不審を抱かせた。



しかしマスコミは前回「オウム心理教」を散々持ち上げて痛い目にあってるのに、

未だにこういう、神秘と不可解を売りにするふわっとしたスピリチュアリズムを

嬉々として垂れ流すのがなぜなのか理解できない。

神秘で不可解で誰にも実証不可能だからこそ、底なしの金づるになるという魂胆なのかもしれない。


私は、学問で人の精神をなんとかしようという矛盾に満ちた不完全な精神医学というものに

自分の壊れた精神状態をなんとかしてもらうより、もうそのような

非合理的な方法に縋ってもおかしくない精神状態だった。


細木数子にも江原啓之に縋ってもいいはずだった。

そこら辺の霊能力者やヒーラーに救いを求めて縋って信者になってもいいはずだった。

でもそこでも私のどれだけ激しい感情も欲求の干渉もはねつける、感情や欲求から切り離された、

対象を360度あらゆる角度からボロをつつきだそうとする、思考するのみの空白の「機械」の部分が邪魔をした。

どれだけ神を信じたくても信じられなかったように。


私は神にまで反逆し、たぶん世界で最も愛着する人にさえ、

自分の愛着心や感情や主観より、合理的批判的思考を優先し、

真空的思考の空白地帯で常に他者と自己を分断し続けるだろう、「機械のわたし」を憎んだ。


・・


長野の祖母の家でもやっぱり図書館と本屋、古本屋に行く以外はひきこもっていた。

そこで普段なら手に取らないスピリチュアル関係の本を次々に読んでいった。


精神医学、心理学が、なぜかそのうち哲学から宗教、

スピリチュアル的な領域に足を踏み入れるのが不思議だったのと、

映画『パッション』でキリスト信者の人たちとの交流で少し形の違う世界を受け入れられたのと、

エネルギー世界を合理的に体感したマイケル・クライトンの『インナー・トラヴェルズ』や

小野不由美さんの『ゴーストハント』を読んで、今まで私が悩まされてきた


「目に見えず耳に聞こえず触れられもしない、けれど時に、実体世界以上に影響を受ける何かの世界」

について、より合理的に新しい角度で物を見られるようになったことが手伝って、

精神医学では限界があるかもしれない私の状態を何とかする方法を、それらの世界の中に模索し始めた。


バシャール。フィンドホーン。「神との対話」のニール・ドナルド・ウオルシュ。ラムサ。

エリザベス・キューブラー・ロス。坂本政道の「死後体験」。シャーリー・マクレーン。

モンロー研究所のヘミシンク。エドガー・ケイシー。コリン・ウィルソン。ジャンヌ・ダルク。

世界各地の「奇跡」を集めた本。


スピリチュアルのいろんな世界を知った。
確かにスピリチュアルと心理精神医学、哲学と宗教の主張には重なる部分もある。


他者や外の出来事は自分が生み出していること、世界・神とは集合知であること、

自分の心の良し悪し、「波動」で自分に起きる良し悪しが生まれること、

物事には善や悪の区別はないこと、すべては愛であること、

すべては波動であり光の振動であり、魂はワンネスである、云々。



精神医学や心理学で普通にいわれる、

「正しく表現されず抑圧された感情や記憶は心身に症状として現れたり、

周囲の環境に問題となって表面化する」

という考え方は、人の「感情や記憶」それ自体が即物的なエネルギーを持つ

という前提なしには成り立たない説であるけれど、

その前提への論理化はすっとばして、なべて観察の結果の人の精神のメカニズムとして

ごく当然のように言及されいて、私も自分に思い当たるその説を

ごく普通に受けれいていることがむしろ不思議だった。




それらは映画『パッション』の掲示板で、神とは何か、人間とは何か、世界とは何か、

存在とは何か、なぜ何かが存在するのか、私はなぜ生きるのか、

を突き詰めて滔々と言葉にしてたときに段々と見えてきたことと重なっていた。


人の心が現実を見るように現実は作られ、

現実そのものには客観的良し悪しはなく、ただ心にある善悪の基準だけが

現実に反映されて善悪を作り出す。

地獄も天国も客観的環境にあるのではない、自身の心にあるもの、等。



それは事実かもしれないし事実ではないかもしれないけれど、

そのようなスピリチュアリズムの基本論理のように思われる、究極的「自己責任」のような論理は悪くなかった。


スピリチュアル的だしキレイごととしてキレイにまとまってるし

スピリチュアル的で実証の余地がないからこそ、反論の余地のない正論を吐く自分に陶酔できたし。

それは、とても合理的にキレイにまとまったファンタジーのようであり、どこか懐かしい風景だった。



それらの本を読んでいて妙な懐かしさを覚えてると

14才のとき、レノア・テアの「記憶を消す子どもたち」を読んで、
解離性健忘を起こした5才のときの記憶を思い出し、http://ameblo.jp/httpamebloo/entry-10604706206.html

デビット・チェンバレンの『誕生を記憶する子供たち』を読んで乳幼児期の記憶を思い出したりしたように、
私の中で何か形にならないものが水底からゆっくりと浮上してくるような、

胎動のようなあの独特の感じを覚えた。


私にはまだ、何か忘れていて思い出していない、重大な記憶があるのだろうか。



デビット・チェンバレンの『誕生を記憶する子供たち』を読んで、

0才のときからの記憶を思い出したのは18才のとき。

ごく普通に「そういうこともあった」とその記憶を受け入れていた。

ここで書いた。http://ameblo.jp/httpamebloo/entry-10605593054.html


・・


スピリチュアルのいうように、魂は無限で光でワンネスなら、

今ここで、あまりにも狭隘な生体の有限性と限界性に囚われている私は何なのだ?

死後にしか魂の光と無限性を思い出せず、生きてる限りこの三次元の

有限性と限界性に捉われ続けるしかないのなら、

そんなもの思い出す意味もないし、思い出しても意味のない知識など持っていても無駄なだけではないか。


スピリチュアルの描く美しい世界と醜い現実世界の乖離に苦しむだけではないか。

苦しむだけの知識など持って何の意味がある。


私はそう考え始めた。

それに本当にはそれらの本のいってることが信用できなかった。

結局そこにあるのは、どれだけ合理的批判的思考といいながら、突き詰めれば

「感じる」という主観以外なかったのだから。



もしjこれらの世界が本当にあるのなら何かサインを送ってほしいと、目に見えない幽体の世界に私は念じた。

スピリチュアリズムのキレイごとは好きだ。

ただ、それはあくまで思考にとどまり、私の現実には何も影響を及ぼさなかった。

ただ、その世界観が妙に無性に懐かしいという不思議な感じに捉われていた。



そんなある誰にも祝福されなかった20才の誕生日、スピリチュアルを抜きにして、人間として好きで

読んで親しんでいた、西洋医療界では『死の医師』と揶揄を込めて有名になっていて、

その思想と行動から激しい反発と攻撃に会いながら自らの生き方を貫いた

『死の瞬間』『人生は廻る輪のように』『ライフ・レッスン』などの著者で著名な医師の

エリザベス・キューブラー・ロスが死んだ。


死んだように生きてる私の誰にも祝福されなかった20回目の誕生日に、

この世界で数少ない私の好きな人が死んだ。



いや私の好きなロス博士の言葉を借りれば、

有限性と限界性に囚われた苦しみと宿業の現世からやっと解放されて、

私が縛りつけられている地上性から軽やかに足を離して羽ばたいて、

彼女がずっと待ち望んでいた「魂の故郷」に帰還したのだ。



『ライフ・レッスン』を読んだ私は、それはロス氏が待ち望んでいた祝福の結実の日だと思った。

私は彼女の魂がきっと喜びに羽ばたいてこの世から飛翔しただろうことを

自分のことのように祝福し、私にとって特別な人の最も喜ばしい特別な日に、

私の誰にも祝福されなかった20才の誕生日が選ばれたことを、

私の人生で最高の誕生日プレゼントだと思った。



私はふと、暖かく軽い羽に触れられた気がした。


ある日、高橋良輔監督のアニメ、手塚治虫氏原作の、

これもまたある意味日本版スピリチュアルの権化みたいな作品だけど、『火の鳥』を見てて、

(内容は全然好きじゃなかったけど、OPだけは好きだった)

opの絢爛な色彩と音楽に細胞を洗われるような感じに思考を忘れて身を任せていた。

(偶然だと思うけど、キューブラー・ロスが死んだ年と『火の鳥』の放映開始年が同じ2004年。)



すると私の中で何かがめくれあがったような感じがした。


記憶が浮上してきた。



全ての始まりの5才の記憶。


全ての始まりの最初の記憶。



http://ameblo.jp/httpamebloo/entry-11193012603.html  の続き。



そのころ、メル・ギブソン監督がイエス・キリストの最後の十二時間を

忠実に再現したと謳われた映画『パッション』が上映された。

映画館には見に行かなかったけどビデオを購入して見た。

イエスは全人間の罪を一人で背負って浄化するために十字架に架けられて死んだのだ。

だから私はすでに許されている。許されていない人間はいない。イエスを信じ神に帰依するなら。

私の問題は、私は人間なのか、私は存在してるのか、自分でもわからないことだった。



私は物心ついたときから自分の存在と世界の存在と生には大いに不満だったので、

それらを創造したといわれる「神」にも人並み以上の関心があった。

また、心理学や精神医学や哲学の本などを読むと、

まるで聖書にかかれたことやイエスが実在の出来事であるかのように

普通にそれらへの言及がでてくるので戸惑うと同時に、

意味がわからないこそ理解したいという思いもあった。


聖書や仏教聖典なんかもパラパラ読んでみた。そのとき一番好きな作家は遠藤周作だった。

聖書は理解できないけど、私と私の人生を作った、世界の総ての総責任者ともいえる

のが『神』なのだろうと子供のときから思い、神にはいろいろ思うことがあった。


でもわたしはひきこもりになる以前から、何も思考しない何も感じない機械であり

道具でありモノとして見なされていたので、自分の中で誰にもいえない

誰にも見えない「神」への思い不満で弾けそうになっていた。


そのころ父が買ったPCを弄っていて、キリスト教関係のサイトを見てまわってみた。

宗教的胡散臭さばかりが漂っていた。

ふと思いついて、映画『パッション』の掲示板を探して見てみた。

予想通り、華やかなハリウッドイメージのあるメル・ギブソンが作った

キリスト教のファンダメンタリズム的映画に、普段は宗教など敬遠しがちな一般人から、

冒涜だと映画を批判する敬虔なキリスト教まで、宗教臭のないごく普通の一般人のたちが、

ただ一つの見解に関心を持って様々な意見を持ち寄っていた。



狂信的な人たちや揶揄する人たちはいつの間にかいなくなって、

だんだんいつも同じメンバーが常駐するようになっていた。


「信じれば救われる」を否定する一般人は、知り合いが悲惨な事件にあって

精神を病んで自殺未遂をしていることをあげて、

この世界を作った神がいるならなぜ責任を取らないのかと憤激していた。


そこに常駐していた敬虔なキリスト信者の数人の人たちは、

自分たちが信じる「神」とは何かを丁寧に説明していた。


聖書を学術的に論じている人たちは

いろんな歴史や本と比較して聖書に書かれたことがどういうことなのかを探っていた。


ただそこにいた人たちに共通してたのは、

キリストを信じているかどうかより、キリストに至るまでの人生の物語が

深い人間性に溢れ、それを心を開いて率直に語ることのできる魅力的な人たちだった。


その人たちの穏やかで暖かな人間性こそが、

神を信じたことによって得た救いなのかもしれないと思い、

神を見出せない私は彼らを羨んだ。

私はそこで私の状況は書かずに(書けるほど自分をが存在していると思えなかった)、

ひきこもりになってから蓄積し続けた思考をぶちまけた。



ほとんど独り言に近い一方的な思考の垂れ流しだったけど、

それに信者さんたちなどが穏やかで寛容な反応を返してくれると嬉しかった。

掲示板の使い方がわからなくて普通に本名を入れて書き込んでいた。

そこが私の最初の掲示板デビューであり、ひきこもって初めて得た誰かとの関わりだった。



神への疑問と怒りを口にしていた一般人や聖書を研究してた人はそのうち教会に通いだした。

私も神を信じて帰依し、彼らのように穏やかで寛容で救われた人間になりたかった。

でも、決してできなかった。

私は生きているのかもわからず、存在してるのかもわからず、何者とも関係できなかった。


私は神を信じたかった。世界に愛があることを信じたかった。

心の底から信じられるものと許しと愛を欲していた。

でも、芯から「納得した・理解できた」という合理性が得られない限り、

私はいくらそうしたいと望んでも、感情論で動くことができなかった。

私は感情のない機械だから、感情で動くことはできない。

機械的合理的理解でしか動けない。


それに、うまくいえないこともあった。

とことん「神」というものを合理的に考えるとでてくる、うまくいえない疑問の言葉。

でもそこで、私にまで優しくしてくれる、心から何かを信じている人のいい彼らに、

信じたいから信じたいものを信じている、とことん主観的感情的になることを選択している彼らに、

合理性などという冷や水をかける気にもなれなかった。


それで、私はひきこもりの間に溜まっていた思考を一方的にぶちまけると、

あとは段々お茶を濁した口当たりのいいことしか書き込まなくなった。

神を信じて救われた彼らは心を開いて人を愛することを知っていたけれど、

私は結局そこでも、本当のことなど何も言わず、結局そこでも誰も信じず、心を閉ざし、

猜疑と不信と拒絶に閉ざされていた。



ひきこもりの人が掲示板だけには本音がいえるという話などあった気がするけど、

私に限っていえば、たとえ掲示板の書き込みという、文字記号しかない、

距離を介したコミュニケーションであっても、

そこでも私は自分を開示することに絶対的抵抗があった。

自分を出したくても、もう出せなかった。

自分がどこにいるのか、自分がどんなモノだったのか、私はとっくに見失っていた。

私がわたしについて言えることは何もなかった。

私はわたしにとって、他人以上に理解できないモノだった。




ただその掲示板に書き込んでいるときに不思議な「経験」をした。

そのとき私が巻き込まれていたトラブルによって体の具合をおかしくしていたとき、

それを書き込むと、信者さんたちが私に祈りを捧げるという。

祈りには物理的エネルギーがあり、イエスが病人や盲の人を治したのも

祈りのエネルギーだったのだからと。


私は彼らの心遣いが嬉しかったので、特に何も言わずにいた。

だけど特に期待せず、彼らが私に祈りのエネルギーを送るといった日時も忘れていたあるとき、

急に暖かい毛布に包まれるような、優しく柔らかく暖かな温水に包まれるような気がした。



それはまた、情報の洪水でもあるような気がした。

どういう年齢のどういう外見の人が、どのような環境の中で私に祈りを送っているのか、

祈りのエネルギーという水を媒介して、その人の情報にも取り巻かれるような気がした。

今まで感じたことのない暖かさで、凍えた魂が溶け出すように涙がにじんだ。



後でその経験を話すと、その時刻に私に祈りを送っていたといい、

特に高揚することもなく「通じてよかったです」と感想を送ってきた。


彼らにいわせれば、イエスを信じたために起こる『奇跡の不思議エピソード』

を彼らは山ほど持っているみたいで、

自分たちが神を信じるのが当然のように、神がそれらの奇跡を送ってくれるのも当然なのだと

どこか当たり前のようにそうした世界を受け入れているようだった。


信者の方たちの議論によれば、イエスが病人を治すなどした『奇跡」は、

今の時代にも通用し、精神エネルギーとして誰もが持っていて、神を信じることで可能になり、

ジャンヌ・ダルクやルルドの泉の奇跡など、

世界各地で起きているイエスにまつわる奇跡がその証拠だという。


基本そういうトンデモ話は好きなのでただ傾聴していた。

小説のような軽食のような作り話では現実逃避ができないほど現実が重かったので、

それくらいぶっとんだ話でないと、重すぎる現実から踵を離して飛び立てなかった。


精神エネルギー、けっこうじゃないか。

私を閉じ込め、常に飛び立とうとする私の足をつかんで地にたたきつける、

このクソみたいな現実法則の総てをひっくり返し、歪め、ねじ切り、裏切り、めちゃくちゃに引っ掻き回し、

白を黒にし、黒を白にする、日本のSF漫画やアニメによくある、

「気合・気力・気」でなんとかする精神論な話。いいじゃないか。



ここでふと、精神医学や哲学がこうした宗教的な話と時々繋がるわけがわかった気がした。

精神医学や哲学は、人の心理や精神はほとんど物理的エネルギーを持っており、

人が身体的精神的病気になるのはそのエネルギーに捩れがおきているからであり

人のエネルギー状態を正しくする必要があり、人のエネルギーは実際の現実世界に様々な

物理的影響を起こすのだと見なしている、

と判断しなければつじつまが合わない箇所がいくつもあった。


それは、特に西洋の精神医学や哲学が究極の人間(超人?)の目的とするものが、

水の上を歩いたり、パンを増やしたり、病人を治したり、

木を枯らしたり実を成らせたり、海を裂いたり、究極的には死から復活した、

「祈りのエネルギー」で実際に物理的世界を自由自在に可能にものにした

イエス・キリストを置いているからではないかと思った。


西洋にとって、総ての物理法則を自由自在に可能にし、

究極的には不死の存在になったイエスは実在の人間で、

それを人間の究極の目的の姿として描いているのではないかと。



ただそのころマイケル・クライトンの「インナー・トラヴェルズ」を読んでて、

神を信じることと精神エネルギーを強くすることとは別にあるのではないかという疑問を思ったけど

そこでも何もいわなかった。



私は自分が思考すること、感じることに、それがそこに存在しているというリアリティを持てないので、

いつも自分が本当に思考し感じていることほど、言葉にできないのだ。

だって私は、世界中に他に誰もいないほど、変で、異常で、頭がおかしくて、精神病だから。

だからなるべく、「普通」っぽく、私ではない誰か他人にように装ってでしか、

言葉にできない、行為できない。



キリスト教の信者の人たちは好きだ。ここの掲示板にいる人たちみんな好きだ。

その人たちの中で教会に一度もいかないのは私だけで、

狂おしいほど神を信じて繋がって、愛され許されてみたくても、

自分の感情に従うことができず、機械的思考で合理的疑問点を次々見つけて、

でもそれを的確な言葉にできず、彼らに水を差すこともいえず、

私の中に段々その掲示板にいることの苦しみが溜まってきた。

私は段々そこから離れ始めた。


でも私はその場所もその人たちも好きだった。

字面でだけならいくらでもどうしようもない自分をキレイゴトで糊塗できたし、

神を愛し人を愛する愛と許しの心のキレイな誰かのふりをするのも悪くなかった


真っ黒に沸き立つマグマのような心を押さえ込んで乖離してリセットして、

『愛情豊かで素晴らしい親に幸せな家庭を提供されている

愛情豊かで何も問題のないごく普通のいい子』

のふりをするのが私の人生だった。


物心ついたときから自分の心を亡くして親に対してそうしていたように、

今度はここで神に対して同じことをすればいいのだ。

自分が何をするべきか、誰になるべきか、私の自由と自主性を制限して

糸で巻かれた操り人形のように一挙手一投足、心のあり方まで指示し、

決まりごとに満ちた『宗教」というのはその意味で、

私にとって今まで親が果たしていた役割を代理し引き継ぐものであり、

とても私の望みに適うものだった。


・・


「精神エネルギー」という観点は、私は特に抵抗なく受け入れていた。
物心ついた時から、何か言われ何かされる前から、

家中に充満する毒ガスのような憎悪のエネルギーに怯えていた。


ぱっとものすごく嫌な感じがする場や人、
逆に特に接点はないのに見ると落ち着く場所や安心する人などがあり、
それは、その場や人が表面的にどういう状態でどういう表現をしているかよりも私に強く影響した。



時々、明らかにその年頃の私が知るはずもない思考や感情や言葉、
その言葉が意味するものと、それが人に喚起させる感情と一緒になって、
脈絡もなく不意に私の中に生まれることがあった。



人の強い感情は私に刺すように感じ、人の強い思念は直接脳に聞こえるように思えることがあった。

表面的には一見静かに見える場や人であっても、

近づくことさえできないような暴風雨がその周りで暴れているような、
透明な絶叫のような、叩きつける透明な風のようなものを感じることがあった。



そういう人はその後爆発して暴れたり、事件に巻き込まれたり、何かネガティブな目にあったりした。

人の強い感情は、表面的には静かであっても、強い電波を発していて、
私はそれらのあらゆるものを受信してしまうような感じだった。



私が物心ついたとき、家中に毒ガスのように充満していた憎悪のエネルギーに私は窒息しそうだった。
私の目や鼻や口や耳、あらゆる穴から闇が私の中に雪崩込んで来るみたいだった。


5才の夜、布団の中でひとり、腹をつつかれた芋虫のように私は丸まって、

目をぎゅっと瞑り耳を両手でふさいで、
家中を暴れまわる黒いマントのような、透明な絶叫のような憎悪のエネルギーに怯えていた。


そのときの主観を断片的に言語化したのがこれ。

http://ameblo.jp/httpamebloo/entry-10922878154.html

断片すぎて何がなんだかわからない。


また私に唯一優しくしてくれたおばさんのことを強く考えていると、

おばさんから電話が来たり手紙がきたりした。


「人の感情や思念は物理的ともいえるエネルギーを持っている」というのは、

理屈ではなく体感的な私の知識のひとつだった。
「いやな感じ」や「いやな予感」を無視すると、後で決まってしっぺ返しを食らった。



ある郊外で尿意を催して、辺りを見回したけどある公園の公衆便所しかなかった。

それを見た瞬間、強烈に拒否反応がでた。

特に汚いわけでもなく、公衆便所にしてはきれいなほうだった。

でも、強烈に嫌だった。


でも尿意もつよくて他にあたる場所がない

仕方なく扉に手をかけると、強烈に誰かの視線を感じた気がした。

辺りを見回したけど、誰もいない。というか、何かが物陰に隠れる気配がした。


何かを「感じる」なんて、私が異常だからだ。

人は何も「感じる」ことなどないのだと自分に言い聞かせトイレに入った。

用を足しているとき、扉の外で大きな音がして、男が覗いていた。


トイレから出て警察署にいって被害届けを出すと

男は近所で噂になってた変質者ということで、前科もあって捕まった。


一見静かな住宅地に見えて、濃厚なガスが充満してるように、

憎悪の壁が迫ってくるように感じられてたたらを踏んだときも、自分に気のせいだと言い聞かせて、

その後隣人からのすさまじい嫌がらせに遭った。



隣人トラブルなどの因縁もないのに、ある人に延々と呪詛の感情を送られてきたときは

あまりの気持ち悪さと脳を破壊されるようなはっきりした

攻撃の意思表示に、一生許さないと思った。


・・


「世界中の普通のみんな」はきっと「世界中の誰とも違う異常な私」

みたいには感じたり考えたりはしないのだろうけど、
これが「世界中でいちばんオカシイ私の事実」なのなら、仕方なく受け入れるしかないと思っていた。



こういうこともあったのだから、http://ameblo.jp/httpamebloo/entry-11062137336.html

私がどんなに普通のみんなと同じ「人間」になりたくても、

私は先天的に異常で、オカシクて、電波なのだろう。


どれだけ普通になりたくても、神だの信仰だの姿の見えない誰かの視線を感じる、

などと、どれだけ否定したくても、どれだけそんなもの欲しくない、いらない、と思っても、


その感覚は、何の役にも立たないくせに、不良品の部品のように、

私に取り付いているのだ。