16才から8年ひきこもった。
十代の時は助けを求めてあちこち彷徨っていた。
一時間何も言わない木偶の坊に一方的に話をするカウンセリング、
二言三言言葉を交わして薬だけ処方する精神科、
アダルトチルドレンの自助グループ、AC専用のカウンセリング、保健センターの心療科。
子供のとき家においてあった、精神分析家アリス・ミラーの「魂の殺人」
などを読んで、そこに描かれている被虐待者と家庭環境が似通っていたため、
私は自分の苦しみを「親のせい」にしていた。
でも、いずれそれも表面的になっていった。
「親のせい」にするにはあまりに心理的抵抗と恐怖がすごかったし、
「親のせい」にするには私にはそれだけの関係性がなかった。
16才のとき、私は結論づけていた。
私に最初から親はいなかったし、私のかりそめの親をしていたあのひとたちは、
私があまりに性悪なのでその価値がないと悟り、とっとと親を辞めていたし、
そもそも私は存在していなかったし、すべての関係性の規定に内包されていなかった。
私はすべての外にいた。
すべての関係性の外、存在の外に。
存在していないものが、誰とも親子関係を結べるはずがないし、
「親のせい」にできるわけがないし、
存在していないものはそもそも苦しんだり痛んだりすることもない。
・・
ひきこもっているとき、時々外出する場所は図書館しかなかった。
子供の時から本を読むことはできなかった。
作り事の中に逃避できないほど、現実という重石は私を直視するのも躊躇う悲惨な現実の底に沈めていた。
また、本を読んでも私には理解できないことのほうが多かった。
私は5才のときから親に『人間は器械だ。人間は何も考えないし何も感じない。人間には感情はない。
世界中のみんながそうやって生きてる。お前だけ頭がオカシイ。キチガイ。精神病だ。精神病院に入れ』
といわれていた。
本を読むと感情言語に溢れていて、私には理解できない外国語で書かれているに等しかった。
私は「哀しい」という言葉が理解できなかった。
その字面をいくら目でなぞっても、何の連想も浮かんでこなかった。
私が読むのはもっぱら、私と同じ「頭がオカシイ」人たちの本だった。
精神病理、犯罪心理学、犯罪者、精神病者の実録。
確かに彼らの姿は私に似ている気がした。でも、他の人にも似ている気がした。
親の「お前はキチガイだ」の言葉で私が弾き出された「普通」の人たちの心の延長でもある気がした。
親の言う「おかしい」って、何だろう?
私の頭は、どうオカシイのだろう?
親は決して教えてくれなかった。
・・
親は、私が「人間は機械じゃないよ。人間には感情があるよ。人間は夢も見るよ」
というたびに親は、「お前は狂っている。精神病院に入れ。
おまえのようなことをいうやつは、世界中に誰もいない。
お前は世界中の誰からも理解されず誰からも受け入れられず、世界に一人で生きていくしかない。
お前は世界にひとりぼっちだ。可哀相にな。世界にひとりぼっちで、どうやって生きていくんだ?」
としかいわなかった。
私がどういう『精神病』なのかは決して教えてくれなかった。
私は5才のときから、「世界中のみんな」がしているように、一生懸命私も「機械になろう」としていた。
「世界中のみんな」が機械の世界に私ひとり生身の人間でいることは、
ゾンビの群れにひとりだけ生身であることの正体を隠して逃げ隠れしているような絶大な恐怖だった。
「私ひとりだけ世界中のみんなと違う異常者」という恐怖は自然と、
マイノリティであることの魔女狩り的な迫害の恐怖と猜疑を生み、
それは、私がわたしであるだけで発生する罪に張り付いて消えない罰だった。
私はわたしであるだけで、「世界中のみんなと違う」という罪を犯し、
私は世界にひとりぼっちの、唯一無二のマイノリティなのだ。
そして親の言葉によって、私と敵対する位置に置かれた、
世界中のみんな」というマジョリティが私の敵だった。
そんな恐怖に耐えるよりは、どうなろうとも『世界中のみんな』と同じになりたかった。
「世界中のみんな」と違う私は、怪物かバケモノだと思った。
だって、「世界中の誰とも違い、世界中の誰ひとりともいっしょに生きて行けない」
誰ともいっしょにいられない、誰にも見えない存在に等しい私って、なに?
私は、誰?
私は、この世界の誰にとっての誰?
私が誰かであることを、この世界中の誰も規定してくれないのなら、私は、誰?
誰であればいいの?
私は、人間?
「世界中の誰ひとりからも受け入れられず、誰ひとりからも理解されない」、
同胞同種族の人間全員ひとり残らずから拒否され、
人間であることから追放された「モノ」は、「ソレ」は、私は、人間といえるの?
私は、生き物?
私は、命?
私に命はあるの?
私は生きて今、ここにいるの?
誰とも生きていけない私を、誰が見てくれるの?
誰にも見てもらえない、ここにいることを誰も知ってくれないなら、私はなんのために存在してるの?
それとも、私が生きて今、ここに存在してるなんて思ってるのは私が精神異常の証拠で、
私はもうとっくに存在してないの?
私はとっくに死んでたし、最初から生まれても来なかったの?
私はここにいるの?
私は、生き物ですらないのかもしれない、という恐怖。
私には、命がないのかもしれないという恐怖。
私は、「世界中のみんな」の関係性に絶対的に永遠に内包されず、
私の存在は「世界中の誰からも」規定されない。
つまり私は、存在できないのだ、という恐怖。
私は「世界中のみんな」と同じ機械にならなければならない、
けれど機械になれていない、しかしもう機械なのかもしれないという恐怖。
親の言う「機械という人間」に。
私が生き物で、人間で、生きて今、ここにいて、私は命を持っていると、誰が何が証明する?
そして、親にそれを否定された今、誰が何が、私の命の存在を証明できる?
親が「世界中の誰とも違う」と私をこれだけ糾弾するのだから、
私はわたしであるだけで、存在してるだけで世界中のみんなに反逆し、
魔女狩りにあい狩り出されても仕方ないほどの絶対悪なのだと怯えた。
親に指摘されるまで気づけないほど自然に悪である私、
客観的に見て初めて悪であることに気づくほど、無自覚に悪になれるほど
絶対悪の自分におびえた。
私は、生まれつきの、魂が悪に染まったモノなんだ。
私が言うことすること、全部、悪に染まってるんだ。
私は自分自身への絶対的な不信と憎悪を抱いた。
私が誰にも愛されないのは、私が生まれつきの悪だからだ。
自分を汚いと思った。人目にさらしたくなかった。
このときから、「世界」の滅亡と「全人類」の死を望み始めたと思う。
世界が終われば、世界に誰ひとりいなくなれば、私を追放するものもいなくなる。
世界中の誰ひとりもが私を「お前は我々と同じ人間ではない」と追放するなら(父がいうように)、
そんな世界はすでに私にとって終わっており、全人類が死滅しているのと同様だった。
世界と全人類が私を世界と人間であることの同胞の輪から追放し、私を生きながら屠ったので、
私にとっても世界と人類は死に絶えた。
世界と全人類が私を生きながら殺したなら、私が世界と全人類を殺して何が悪い。
私にできることは、直視しがたいほど罪にまみれ、世界中から、世界中の誰からも
追放され否定されている醜悪な自分から逃げることしかなかった。
私がわたしでない振りをして、わたしは私ではないという嘘をつくしかなかった。
弱者と罪人の救済者であるイエス・キリストでさえ私を救えないだろうと思った。
なぜなら私は世界と全人類に敵対する「人間ではないモノ」なのだ。
私はきっと神とイエスが打ち滅ぼすべき悪魔なのだろう。
親は、世界中のみんなを裏切っている私をそれでもかくまって世話までしてくれる、
この世で唯一の味方なのだ、親を失ったら、
世界中が私の敵のこの世に私が生きる場所はどこにもないと怯えた。
親は「お前は世界中の誰とも違うから、世界中の誰とも一緒に生きていけない」というから。
私は機械になることしか考えられなかった。
思考も感情も精神活動の一切を持たない機械に。
思考や感情や記憶を一瞬一瞬リセットして消す方法は5才のときにすでに知っていた。
・
「人間は機械だ」という言葉は5才のとき初めて親にいわれて
あまりのショックに聞き違いか何かのたとえだと思って聞き流したけど、
恐る恐る確認した9才のときも14才のときも、
親は同じ真面目くさったしかつめらしい表情と声音で、私に噛んで言い含めるようにいった。
「人間は機械だ」というのは親にとって紛れもない真実であり、また、私にとってもそうであらねばならなかった。
またあるとき父(とその隣にいた母)はごく普通に、「子供は道具だ」と言い切った。
彼ら親にとって、人間がただ使役されるだけの機械であり、子供が道具だというのは、
なんら特異なことではない、ごく普通の実感から出た結論だったのだろう。
彼らは彼らの信念と実感に従って、ある意味自己に率直に生きてるだけなのだ。
誰も傷つけるつもりなどなく。
そして、誰も傷つけるつもりもないままに、私の魂を殺しているのだ。
彼らに特徴的なのは恐ろしいほどの「無自覚さ・認知範囲の狭さ」だろう。
一度自分が信じたこと感じたことを容易に真実だと思ってしまう。
自分の言動の矛盾を自覚することもできない。
自身の言動が周囲に及ぼす影響も自覚することはない。
彼らにとって他者は機械であり、子供は使役するだけの道具。
彼らもまたそれだけリアリティのない世界に生きているのだろう。
人は人を殺すつもりもその自覚もないままに人を殺すことができるか?
答えは、できる。
私がされたように。
親の言葉だけで、私が社会的精神的に殺されたように。
そしてそれこそ私が何よりも恐れたことだった。
・・
16歳のとき、ふと気づくと、機械として完成している自分に気がついた。
もう私の中には何もなかった。
思考も感情も欲求も記憶も、過去も未来も今もなかった。
名前も存在もなかった。無だった。
今まで必死に消してきた感情や思考や記憶は、今では何も意図することなく、
自動的に消えていっていた。とても機械的に。
「私は機械として完成した」と気づいた瞬間、
私という皮一枚の下にあるのは何もない空気の塊でしかなく、
今はそこを風が吹き通っているとしか感じられなくなった瞬間、
私は、生きる動機を喪失したのに気づいた。
ただ、その中で執拗に唯一消えなかったものがあった。
私の中が透明になればなるほどむしろ勢力を増していったのは、
殺人願望、憎悪、殺意、悪意、猜疑、恐怖、激しい嘔気のようにこみ上げ、いくらリセットしても消せず、
拭っても拭っても深部からの出血のように溢れてくるありとあらゆる負の感情だった。
私はそれをも消したかった、けれど、自分が自分でなくなった中で唯一それらの激情だけが、
凍えた魂の中の炎のように私が今ここにいる感覚だった。
負の感情が最高潮に達した時、神戸で14才の少年、サカキバラセイトによる猟奇殺人事件が起きた。
まだ犯人が特定されていない時から、その犯人は子供だと思った。
12才くらいかもしれないと思った。
犯行声明文の字が、私が6才のとき、「これが正しい字の書き方」と思い込んで
書いて教師に提出した書き方の字みたいだった。
定規で一本一本線を引いて書いた字。
他のクラスメイトも犯行声明にゲームなどの影響があり、あれは子供だといい、
30代の男説を流すマスコミを馬鹿にした。
同じように少年犯人説を唱えていたのは、家にあったのを子供の時から読んでいた
「FBI心理分析官」の著者ロバート・k・レスラー氏だけだった。
14才の犯人が捕まったとき、「ボクは透明な存在」という犯行声明や供述から、
日本中に静かに彼への「共感と支持」が生まれて潜行しているようだった。
私は彼に共感するよりも、私が抑え続けていた負の感情が実態をもって
一人歩きしてしまったような錯覚に怯え、彼との共通点などに目を向けたらタガが外れて
通りに躍り出て誰でもいいから刃物で切りつけ歩いて殺してしまうかもしれない、と思った。
それに、どこかで彼の存在を望んでいた自分がいたことを知っていた。
私にできないことを代わりにやってくれて溜飲を下げたがっている私がいたことを
私は知っていた。
彼の事件を知ったとき私が最初に感じたのは、共感でも高揚でも賛美でもなく、
阪神淡路大震災を経て『人の痛みのみがボクの痛みを和らげられるのである』
『弱ければ誰でもよかった』という彼の発言を見て、
「私と同じだ」「私のせいだ」「彼は私だ」という臍をかむ思いだった。
そうしたこと全部リセットして忘れ、リアリティのない
「何も問題のない幸せな家庭を、何も問題のない愛情豊かで素晴らしい親に提供されている、
幸せで何も問題のないいい子。何か問題があるとしたら、愛情豊かで何も問題のない親は関係なく、
ただ勝手にひとりでオカシクなった先天的異常者です」
アピールをしてひたすらケラケラ笑ってたけど、もう顔の筋肉も引きつるようになってきた。
限界だった。
・・
そのころ、児童虐待がクローズアップされて、被虐待児が親の仕打ちを告発した
「日本一醜い親への手紙」が刊行され、二弾目の本を発行するため
また「手紙」を募集していた。
私はなんとなくそれに応募してみた。
私は自分を被虐待児とは感じなかった。
私には一切の記憶も感情もなかった。
私は自分が誰だかわからなかった。
私は自分が生きているのかわからなかった。
私は今、ここにいるのかわからなかった。
いるのかいないのかもわからない私に、親がいるのかいないのかもわからなかった。
全て現実が黄昏のような非リアリティな夢の感覚の中に没していた。
だから、「手紙」を書くことで、何らかの関係性(リアリティ)を感じてみたかった。
「手紙」とは、誰かと私を繋げるもののはずだ。
「手紙」を書けば、この世界の中に私にとっての誰かがいて、
私もその誰かにとっての何者かであるはずだ。
私はこの世界で、誰かにとっての何者かであるわたしを見つけるために手紙を書きたかった。
私が今、ここにいるなら、私が確かに存在しているのなら、私には、親がいるはずだ。
私には、親との関係性があり、親との物語があるはずだ。
私は白い原稿用紙に親への手紙を書こうとした。
何も思い浮かばなかった。
目の前の原稿用紙のように私も真っ白だった。
何の記憶も感情もなかった。
私は焦った。
ずっと「私は愛情あふれる豊かな親に幸せな家庭を提供されている、
何も問題のない普通の子供だ。何か問題があるとすれば、それは私に先天的な問題があるからだ」
とずっと言葉としてだけ思ってきたのに、
「幸せ」に足るエピソード記憶も気持ちも何もない。
幸福も不幸もない。何もない。それが、どんな苦痛のエピソードより異常なことだとぼんやり思えた。
喉の奥に指を突っ込んで無理やり嘔吐するように記憶を搾り出した。
2才ころ、薄暗い台所で、母に字の読み書きを教わっている自分が見えた。
一文字間違うごとに耳元で母が金切り声を上げ絶叫し、
家電製品のように私をぶったたいている母が見えた。
母に布団叩きで叩かれる布団のようにぶたれながら、無表情無言のままの私が見えた。
毎日何時間も「犬猫ネズミ以下カスゴミクズバカアホタコボケ死ね出て行け
精神病精神異常者精神病院に入れキチガイみっともない恥ずかしいやつ気持ち悪い汚い
ホームレスルンペン乞食ストリートチルドレン物乞い救いようがない終わってる
お前のストレスのせいで親が死ぬ全部お前のせいだ」
といわれ金切り声で絶叫され一日中壊れた家電製品みたいにぶったたかれている私がいた。
何の感情もわかなかった。真っ白だった。
真っ白な原稿に向き合って、いるようには感じられない「私」を「親」といわれるものとの
関係性に規定し物語に内包しようとしながら、
白い空白の紙の中に浮かび上がってくる私の姿が見えてきた。
だって、人間は記憶も感情もない機械なんでしょ?
人間は機械じゃなきゃいけないんだよ?
機械は、ただ使われる道具。
自分の意思なんて持たない。自主性なんて持たない。
だから思考も感情も記憶も、わたしを私として規定するものはみんなリセットを押して消す。
一瞬で消えるよ、簡単に。
今までもずっとそうやってきたでしょ?
当たり前すぎて意識にも上らない形でそう思考している私がいた。
人間は機械であらねばならない。何の精神性もない。
でも、こんなに人を殺したい私がいる。
人を殺すのはいいんじゃない?だって世界は弱肉強食だから。
それは社会的にいえば異常といわれる思考回路だとぼんやり思った。
なぜ私はこのように異常に狂っているのか、わからなかった。
たぶん、先天的異常だろう。
私は真っ白な原稿用紙の中に現れてくる、怪物かバケモノみたいな精神回路をしている
私の姿を改めて見つけた。そして見ることがこれ以上耐えられなくなった。
異常な私を見たことで、わずかな記憶を思い出したことで、
それまで「完璧な機械」になることしかせず、
すべての精神性を消して透明になっていた世界に皹が入って、ボロが剥がれていった。
私は一気にバランスを崩していった。
私は透明なんてキレイなもんじゃなかった。
真っ黒な憎悪でいっぱいだった。
憎悪と殺意でしか自分が今ここにいることを感じられず、
憎悪と殺意でしか他者に関心を向けられず、
私は憎悪と殺意の関係性でしか規定されない存在だった。
一作目の『日本一醜い親への手紙』の白い本に続いて、
採用された私の手紙が載った二部目の
『もう家には帰らない さよなら 日本一醜い親への手紙』
の黒い本が郵送されてきたとき、私はひきこもりになっていた。
・・
私がひきこもっても、親は「そんなことしてどうするんだ?」などの一応の説教はしたけれど、
いつものように無関心にそのままずるずる日がすぎた。
対人恐怖、世界中がみんな私の敵のように思える恐怖、私が誰かを殺してしまうかもしれない恐怖、
「世界にひとりしかいない絶対悪」の私の正体を知られて魔女狩りにあう恐怖、
それらが私を閉じ込めた。
最後に生まれた私をずっと妬み、パワーゲームを仕掛けてきていた兄と姉は、
親の期待をついに最終的に裏切って、親に見限られた私をここぞとばかりに陰湿に攻撃した。
親は、「あの子はビョウキなんだから、ほっときなさい」と穏やかな口調できょうだいを諭し、
兄弟はその口調に嬉々として同意したけれど、私をほっといてはくれなかった。
兄と私は子供の時からDV夫婦的な関係を営んでいた。
兄のストレスを解消するサンドバックの役目が私だった。
基本、横のものを縦にもしない亭主関白じみた兄の要求を一から十まで構ってやるのが
私の役目だった。
ティッシュをとること、飲み物や食べ物を買ってきたり持ってきてやること、
テレビのチャンネルを変えてやり、スイッチを切ったり入れたりしてやる。
それをひとつでも断ると兄はキレて暴れ暴力を振るう。ただし、親がいないときだけ、私にだけ。
私は妹である前に、兄が甘えられる都合のいいオンナだった。
兄はおよそ一年間母に激しい暴力をふるい、母の体中は茶色や紫や青黄色の色で斑になった。
母はそれを友人に見せて笑っていた。「子供が暴力を振るうのよね~」と。
ある時兄と揉めた母に、兄がバッシュをはいた靴で母の腹を思い切り蹴り、
母はふたつにくず折れてうめいた。
「救急車を呼んで」と。私は母を見下ろして呼ばなかった。ただ立って見ていた。
親は私がひきこもると知的障害の姉を施設に預け、海外旅行などで頻繁に家を空け、
よく私と兄をふたりきりにした。
私がひきこもる前は兄がひきこもりだったけど、私がひきこもったときには兄は
一応職は見つけてたみたいだった。
それでも兄は大体自室にこもっていて、親がいなくなって私とふたりになると自室から出てきて
活動し始める。
私の部屋の壁を殴るなどの陰湿ないやがらせをする。
19才くらいのある日兄にイチャモンをつけられ、
肋骨を蹴り飛ばされ髪をつかまれたと思ったらそのまま捻りあげられ、
体を倒され兄は私に馬乗りになって顔と頭をタコ殴りにされた。
額が切れて出血し、私は兄を殺そうと思った。
勝手に口が動いて、「うん。わかった。殺す。」といっていた。
痛みよりも、荒い息をして何かを成し遂げたような達成感に浸っている
醜悪な兄に触れられている嫌悪感しかなかった。
誰とも関わりたくなく、誰にも触れられたくないからひきこもっているのに、
親の目がないからと兄が私に触れている醜悪さと卑劣さが許せなかった。
兄は私の血を見てなぜか動転し、タオルを私の額にあて、私を無理やり病院に引っ張っていった。
「殺してやる。殺してやる。」とうわごとのように繰り返す私に、兄は、
「ああ、殺されでもなんでもしてやるから、とにかく血を吹け、病院いくぞ」
と私の腕をつかんで無理やり立たせた。
病院で兄は医師には「転んで壁に額を打った」とベタな作り話をしていた。
私はベッドに寝かされて鋭く切れた額を縫われた。
兄は親に自分の暴力がバレるのを恐れていたらしい。
自分から親に電話して、私が「転んで」ケガをしたと自分から既成事実を作っていた。
あんなに母に暴力をふるっていたのに、
家庭内の地位が最下層に落ちた私程度に暴力を振るったことが
親にバレるのを恐れるのは不可解だった。
案の定、私がケガをしたと聞いて、私と兄の間に何かあったと感づいた親も、
そんなことに関心は向けなかった。
どこかびくびくしていた兄も、私のケガと置かれている状態が親の関心を引かないことを察すると、
それまで以上に執拗に私に絡んでくるようになった。
ただしそのときのような激しい暴力の爆発というのはなく、陰湿な嫌がらせ程度だった。
5才のときに神仏に手を合わせて夜中に泣きながら声を出さずに、
「親を殺してください。兄を殺してください。兄が世界で一番怖いんです」
「ここから私を出してください。ここから出られなくなる前に、私をここから助けて」
と必死に祈った時が初めて、家族を殺したい、もしくは自分が死にたい、
「人を殺したい」と思ったときだった。
そのときから、無差別に人を殺したい思いと、その思いを止めたい思いに裂かれ、
激情に駆られ(た振りをして)泣きながら父に包丁をつきつけたりしたけれど、
このときは今までのどんな「殺したい」とも違った。
なんの激情も動揺もなく、ただ平板に、当たり前に、静かに思った。
「あ、殺そう。」と。
何か片付けておかなければならないちょっとした用事みたいに。
そのときから私は兄を殺す隙を伺っていた。
誰にも愛されないのも、傷つけられるのも自業自得、私のせいなんだ。
自分を切り刻んで殺して捨てたいと思った。
つうか、日本の色、ヤヴァい
こんなに色の名前が豊富な国は無いんじゃないかと思う。
たまにものっそ懐かしくなる作品
記憶の裏側に湛えられた「眠る沼」のような、物語の中の日本に帰りたくなる
そして、これが今年最後の記事か
「人知れず生きている命」を見つめ、耳を澄ましていたい。
うさぎを飼ってたころだから9歳くらいのときの秋の夜、窓辺の勉強机で母に勧められた
イギリスの獣医師ジェイムズ・ヘリオットのエッセイ、『ドクター・ヘリオットの生きものたちよ』という本を読んでたら
鈴虫が大合唱してる庭で、微妙に異質な音が混じっていることに気がついた。
割れるような機械的な鈴虫の合唱の中で、もっと微かでもっと柔らかい鈴の音がしている。
私は本を読みながら耳を澄ました。
金属的な鈴虫の音に混じって、ため息みたいなすすり泣きみたいな、
微かな柔らかい鈴の音が、静かに闇に沈む庭の草の中を這っている気がする。
なんだろう、気のせいかもしれない、じっと耳を澄ませていると、
微かで柔らかい鈴の音は意図を持って移動しているようだった。
本の内容にリアルの音と見えない姿の影が被さって、私は本に集中できなくなって、鈴虫の合唱以上に小さく細い、
けどどこか確かな存在感のする音に意識を奪われ続けた。
ベランダに出て闇に沈んでいる庭を見つめたけど、部屋の電灯の逆光になって見えない。
とうとう懐中電灯を持ち出してきて、ベランダに出て庭をあちこち照らしてみると、
さっとサーチライトのように光を照らしたある箇所の闇に沈んだ草陰に、
ダイヤモンドのようにキラリと光る何かが落ちている気がしたけれど、雨露かもしれない。
私は一筋の光も飲み込んで何も見えない闇に目を凝らすと同時に、割れるような鈴虫の合唱の音の中から、
草を踏む音のように柔らかいけれど、虫たちよりも確固とした意思を感じさせる何者かの立てる音を拾おうと耳を澄ました。
闇に姿を隠し音に音を隠す隠れんぼの好きな幽霊の影を、目と耳だけで捕まえようとしているみたいだった。
私が部屋の光を背にして闇に沈む庭をじっと見つめているように、
移動する鈴の音も闇の中からじっと私を見つめているのを感じた。
私は怖くなって懐中電灯を消すと部屋に戻った。
そういうことが続いた数日後、晩御飯を食べてたら父が珍しく早く帰ってきて、玄関で開口一番
「おい、猫がきてるぞ」とにやにやしながらいった。
私と姉は弾けるように玄関の外に出されてるうさぎが入ってる水槽のところにいった。
うさぎが入ってる水槽の前に、真っ白な猫が端然と座って、水槽の中のうさぎを身じろぎもせずじっと見ていた。
私は猫を追い払おうと近づいたけど猫は私に怯えることもなく水槽から離れず、
臆さず私を真っ直ぐに見つめたので、私のほうが怯んだ。
発光してるような純粋な白の猫で、青緑色の目だった。
猫がどかないのでうさぎは怯えて興奮して、後ろ足をドンドン地面に叩きつけてた。
私は猫の視線をさえぎるために何本もの雨傘を広げて、水槽を中心に放射状に広げた
(よくそうやって、何本もの雨傘を柄のところで束ね、紫陽花の花のように放射状にした「雨傘の檻」を作って、
その中に入って遊んでた)。
そしたら猫はようやくうさぎから視線を外した。
そのままくつろいで毛づくろいし始めて、人懐っこくてびっくりした。猫は好きだから嬉しくて猫を撫でた。
猫はまた私を真っ直ぐ見つめた。目ヂカラがすさまじい猫だと思った。
見つめられると圧力を感じた。猫が体を押し付けてくるようなその視線の圧力の感触に覚えがあった。
猫の体に手を這わせてると、首輪がついていた。
古ぼけた厚紙のような首輪に、安物のアルミの銀の鈴がついていて、それが柔らかい音でちりちり鳴っていた。
あっと思った。ここ数日、夜に庭の鈴虫の声と混じって聞いていた別の鈴の音は、この猫だった。
首輪がついてても飼い猫かはわからなかった。野良猫ではないかとも思った。
その猫はそれから、父が猫を見つけて私たちがうさぎの水槽の前で猫を見つけたのと同じ時間帯にいつも家に来るようになった。
初日にうさぎに関心を示していたのを嗜めてからは、猫は一切うさぎに関心を払わなくなった。
次の日夕飯を食べてると、開けた玄関の前から、ニャーと一声強い声が響く。
弾かれたように行ってみると、あの猫が玄関の前に立って、真っ直ぐこちらを見てた。
私が見つめ返しても全く臆さず見つめ返し、私はまたその眼差しに怯んだ。
猫は絶対自分から家の中に入ってこなかった。いつも家の境界線を守って、そこから呼びかけた。
私はご飯を食べるのもそっちのけで猫と遊びに行った。
猫は餌をねだるでもなく、ただ私たちと遊びたかったみたいだった。
ただ戯れたり触れ合ったりしてるだけで嬉しい楽しいと全身から一本一本の毛先から発散してた。
佇まいだけでものすごく存在感があり、ものすごい表現力のある猫だった。
白い猫の青緑の目に無言でじっと真っ直ぐ見つめられると、その視線の圧に、
誰にも見られたことのない魂の底まで見つめられ、誰にも触れられたことのない魂の底に触れられるみたいだった。
・
夜、猫が玄関で鳴くと、私と猫は白い月の光の下で遊ぶ。
どんな深い闇にも飲み込まれないだろうと思えるほどくっきりとした白の猫が、白い月の光の下で更に白く光りながら、
闇に白い軌跡を曳きながら跳ね回ってるのを見てると、まるで発光する月の欠片が落ちてきて、
気紛れにつかのま人間の私といっしょに遊ぶことにしたというような、
妖精か何か、この世のものではないものの化身のように時々錯覚した。
どんなによく見ても猫の存在をこの世に定着できないのではないかと思うような、
夢の断片か幻のような感じがずっと付きまとっている時間だった。
ちょっとしたため息や何かの弾みでパチンと弾けて目覚めてしまう、魔法がかかったような時間と光景で、
その猫を見ながら私は何か特別な瞬間に立ち会っているような気がしていつもどきどきしていた。
そして魔法が弾けてしまう「ちょっとした瞬間」はいつもすぐそばにあることをどこかで予感してドキドキしていた。
ある夜、私と同じ目線の高さの縁に上がって毛づくろいしてる猫の尻尾をふざけて引っ張ると、
猫は動きを止めて私を見つめた。突き刺すような視線の圧が、これ以上やると猫パンチを食らわせるぞと語った。
私がおそるおそる尻尾を離すと、猫の視線が和らいで寝そべって毛づくろいを始めた。
猫の眼差しは、「イケナイときはイケナイと怒るけれど、分かればいいのよ」と私に語りかけた。
私は猫の白いお腹に頭をもたせかけた。猫は尻尾で私の頬をはたいた。
お母さん以上にお母さんみたいだ、と思った。
すごく人懐こい猫だったけど、猫には一つだけ許容できないものがあった。
いつも母が玄関の掃き掃除に使ってる箒を手にとって、ふざけてブラッシングの真似をしようとしたら、
猫は私が箒を持った瞬間にすごいスピードでダッシュして、遠く離れたところから警戒を全身から発散して用心深く私を見た。
あまりに激しい反応にびっくりして慌てて箒を手放したけど、それでもまだ用心深く近づいてこないので、
箒を見えないところにやると、猫はおずおず近づいてきて、訴えるような青緑の眼差しを向け、
何かを確認するように私に体を擦り付けた。私は猫の中で胎動のように脈打っている恐怖に触れた
何度か箒への猫の反応を確かめためたけど、猫は箒がそこにあるだけで絶対に私の半径数メートルに近づかなかった。
箒が強力で透明なバリアのエネルギーを発しているかのように、猫は私に近づきたくても近づけず、
ジレンマでその場でうろうろして、恐怖で顔が引きつり、不安を目に湛えた。
あれほど神秘的で超越的なほどに表現力と伝心力のある生き物がこれほど強力な恐怖に囚われているのは残酷だった。
豊かで強い魂が、豊かで強いまま自由に羽ばたくのではなく、逆にその豊かさと強さゆえに、
強力に恐怖にも閉ざされ自由を制限されてしまう。
・
ある日、恐れた日がやってきて、母が、もうあの猫に構うのはやめなさい、と言い渡した。
子供が自分の意思と離れたことをすると母は不安になり、不安を怒りで押しやる。
母の意思は私の意思。私はハイというしかなかった。
いつものように無邪気に私を信頼しきって擦り寄ってくる猫を私は絶望的に哀しく見つめた。
猫は期待に満ちた顔で私を見つめ返した。
こんなに頭のいいどこか超越的な猫なら、今私が陥っている窮状も察してくれればいいのに。
いつもこうだ。私は、私を信頼してくれるひとをいつも裏切る。
私の手はいつも大事な存在を取り零し、永遠の向こうに手放してしまう。
そのひとが私を信頼してくれる絶頂から、最高地点から、そのひとを突き落とす。致命的なほどに。
もう誰も私なんか信用しなければいいのに。
私は私より力の強い手に捕まれ、私はその手の意思よりも弱い者の手を掴んでいられるほど強くない。
結局、いつも同じ結論に行き着く。私が弱いから悪いんだ。
親に逆らえるほど強くないから、自分より強い手に掴まれ、逆らい自分の身を守れるほどに強くないから、
自分より弱い者も結局、私の弱さが裏切るんだ。
弱いということはそれだけで自動的にどこかで強いものの庇護を受けていると同時に、その意思の支配下にあることだ。
私は弱いことで悪であり、自分が罪を犯していると思う。
私は弱いから強いものの庇護とそのメリットを失わないために、強者の意思が切り捨てるものは誰でも何でも、
私の手も同時に裏切る。
弱い私が強者に縋って生きるために強者の意思の手に自分の意思を委ね、
自分が生きるために、結局私が私より弱いもの全てを裏切るんだ。
強い者の手が与える餌を貪って生き延びながら、その分魂は死にながら、私は他者も自己も全てを喪い裏切りながら、
生き延びるのだ。
私より弱い動物たち、幼馴染の友だち、そして私自身も、私を掴む強者の手がそれを望むなら、
私の手はそれらを手放し、切り離し、永遠の深淵の向こうに放擲してきた。
今は私には、これまでもこれからも、全てを喪ってもずっと、私の意思は私より強いものの意思の手に握られ掴まれ、
その手に好きなように振り回され続けるのだろうという、諦めた絶望しかない。
私の手が裏切る痛みも裏切られる痛みも、傷つけ傷つけられる痛みも、大事なものを手放す痛みにももう慣れた。
私の手は何も掴まない。
掴んだそばから手を開いて、全てを5本の指の間から零していきたい、私にあと他に何を喪うものが残っているのか、
私はあとどれくらいで全てを喪うのか、全てを喪った無の果ての風景とはどんなものなのか、
砂時計の砂が最後に落ち切るところを確認したいだけでそれを見つめているような、暗い愉悦に満ちた好奇心しか残っていない。
私は猫を抱き上げ、家から離れたところに連れて行ってそこで降ろして、バイバイといって背を向けて歩いた。
猫は立ち去る私にうにゃうにゃ言いながら尻尾をぴんと立てて小走りについてきた。
それを何度も繰り返したけど、猫はこれを面白いゲームだとしか思わなかったようだ。
玄関先で私に期待に満ちた顔を向けてくる猫を絶望的に抱き締めた。
母が「なにやってんの?早くその猫どっかにやんなさいっていったでしょ」といって玄関を閉めた。
また鍵をかけられて家を閉め出されるかもしれない。
ハムスターを地面に叩きつけたときのようにもっと酷いことになるかもしれない。
私に他の手段はなかった。私は猫を降ろすと、箒を手に取った。
箒を見た瞬間、猫は走って逃げて、一定の距離から私を絶望的に見つめた。
それがあると近寄りたくても近寄れない、早くどこかにやってと目が訴えた。
いつものように私がまたすぐ箒を手放し、見えないところに隠すことを待っている。
私は箒を手放さなかった。そのまま猫に近づいた。猫はまた遠くに走って逃げた。
猫は階段に続く曲がり角で、そこを折れればすぐに姿を消せるぎりぎりのところに座って、私の様子を観察した。
私と猫はしばらく見詰め合った。猫は私を、私の持っている箒を見た。
猫の姿があまりに痛々しくて、ここまで猫を傷つけたことが私が痛くて、もう一度猫に触れて謝りたくて、
私は思わずそのまま猫に一歩踏み出した。
箒を持ったまま近づいた私を見た瞬間、猫は身を翻して曲がり角を曲がって階段を駆け下りた。
一瞬で猫は私の前から姿を消した。
一瞬呆然とすると、私は慌てて手すりを越えて下を見た。
階段から駆け下りた猫は走って逃げるでもなく、そのまま歩いていた。
尻尾を垂らし、打ち負かされたように、とぼとぼと歩いていた。
そして一度立ち止まると、今自分が駆け下りてきた階段を振り返った。
名残を惜しんでいるのだろうか。そこに私はいない。
一瞬後、何か振り切るように顔を上げて前を向くと、今度は一度も振り返らずに、きっぱりとした足取りで歩き始めた。
私はそれを見ると弾けるように箒を投げ出して走った。
通路を曲がって階段を駆け下りて猫を追いかけた。
一瞬前までいたはずなのに、もうそこには猫の姿はなかった。どれだけ探しても、あちこち探しても、どこにもいなかった。
秋の夜の黒い闇に、白い猫の影は煙のように消えた。それから二度とその猫を見ない。
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それから、うさぎが死んで数ヶ月くらいしたとき、私は夕寝をしていた。金縛りにあった。
夢と現の間でうっすら目を開けると、私の寝る布団の周囲に、何か軽い足音の気配がする。
何か軽い生き物が動き回り、布団の周りを歩き回っている。ねこ、と思った。
その気配は、枕元の本棚に飛び乗った気配がした。私は頭を上げた。
輪郭だけの透明な猫がそこにいた。目に見えるほど濃厚な気配だけが猫の形をしている、透明な猫。
本棚の上で毛づくろいをしていた。猫を見る私を猫が見返し、姿のない目と私の目が合った気配がした。
魂の底に届くような視線の感触に身に覚えがあった。
あのひとだ、死んでしまったんだ、だから魂だけでここに来たんだ、と思った瞬間、
私の中で、囁くような、すすり泣くような、何千もの銀の鈴の音が鳴り響いて、私は叫んだ。
うわあああ!と叫んで起きた。そしたら猫の幻は消えるだろうと思ったのに、
それでもまだ数秒透明な猫はそこにいて、私の反応を伺ってるみたいに思えた。
そして透明な猫は本棚から跳躍すると、着地するのを待たずにその気配が煙のようにふっと消えた。
あの時みたいに、探してももうどこにもいなかった。
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私は、二度までも、あのひとを裏切ったのだろうか。一度は箒で、二度目は叫び声で。
いつもそうしてきたように。家から追い出されたくない、親にこれ以上憎まれたくない、
傷つけられたくないと、強きに取り入って自分より小さく弱い生き物の命を裏切ってきたように。
自分で自分を裏切ってきたように。
内側から柔らかく発光する真珠のように真っ白で、魂の底に直接語りかける、
闇の中でダイヤモンドのように光った青緑の目の、銀の鈴の音のする透き通った猫。
私はあのひとの名前を、あのひとは私の名前を知らなかったけど、あのひとは誰よりも深く私の魂に触れた。
私はあのひとの名前を、あのひとは私の名前を呼ばなかったけど、誰よりも深く遠く、私の魂に呼びかけた。






