26日10時の集合は、JR須磨駅の階段を降りた所に決めていた。全員7人で、鹿児島から車でやって来たくじらさんの1台と私の1台での脚を以って、今日が始まる。

姫路からくじらさんとそらの陽さんはやって来た。私より早く来ていたようだが、気が付かなかった。既にひろこさんとご主人はそちらに乗っていた。

軈てツッキーさんの奥さんが階段を下りて来た。ツッキーさんは車を駐車場に停めに行っていた。それで、2人は私の車に乗った。雨はほんのぽつりぽつり。

今回はシマさんには大切な用事があり、一緒には行けなかった。それで、私が立てた計画「行き当たりばったり」が始まった。須磨から明石までの間で事を済まそうと考えた。私は知っていても、京都や岡山や姫路の人は、知らないのではないかと踏んでの事である。

「神戸市立須磨海浜水族園」

 本館の大水槽にはエイやサメなどが泳いでいる。目を合わせると怖いくらいだが、サメは本当にこちらを見ているのだろうか。エイも腹から見ると愛嬌のある顔に見える。

話は極力短く収めたい。それぞれが興味のある所は丹念に観ている。アナゴは体を寄せ合って、触れ合いを求めて小さな土管に数匹が入っている。人間も、こうでないといけないだろうなと思った。

ひろこさんが「チンアナゴ」と言った。それは離れた所にいて、細い体を半分砂地から出して辺りを窺っている。敵が来たらさっと潜る積もりだろう。因みにパンフレットに依れば、「顔つきが狆(日本原産の愛玩犬)に似ていることから命名」とあった。

11時から今日第1回目のイルカショーがある。

暑かったが、7、8分早くイルカライブ館に行った。この平日に意外と人がいて驚いた。私達は略一番最後尾に座った。私は何度か来ているが、前に座った時、イルカの体で打ち付けられた海水がバサッとかかった事が有り、その悪夢だけは避けたいと思い、十分過ぎるくらい後ろに座ったのだった。

どこかの保育園(私立)か保育所(市立)の子供達が赤い帽子を被って来ていた。

大きなイカナゴが入れられたバケツを持って、2人の男女がステージに上がった。MCの誘導で動いた。三頭のイルカを女性職員が・・、2頭のイルカを男子職員が担当している。くるくる体を持ち上げて回った後はすぐに傍までやって来たイルカに、1匹から4匹までのバケツのイカナゴを口に入れてやる。てきぱきとしたイルカの行動には目を瞠る。

この水中を勢いよく縦列で回る。空中で1回転2回転3回転して水中に戻る。指導員の合図に全て従って行動する所が素晴らしい。ここまでよくぞ躾けたと思った。感動してしまった。

空に飛び上がり体ごと海水にぶち当てた時、大きな水しぶきがバシャンと言う音と共に、透明な水槽の柵を越えて躍り出た。前面にいる子供はビニールのカッパを付けている。数列後ろの2人の女性は、しぶきを諸に頭から被った。喜んでいる風は全くなかった。あのショックは、今でも覚えているからよく分かる。人は経験しながら大きくなるのである。

高く吊るされた2つの橙色のボールに、2頭のイルカが飛びついた。かなりの高さまでジャンプするものだと感心する。バンドウイルカは賢い。

ラッコも観た。アマゾン館では4、5メートルにもなると言うピラルクも観た。ペンギンもアシカも観た。

12時前に出て、須磨の浜の波打ち際まで歩いた。その頃は、ぽつりぽつりの雨も止んでいた。雲が綺麗だった。積乱雲もみた。

「宝寿し」

予約をしていた私の好きなお寿司屋さんに入った。12時15分には、誰もいなかった。入口の引き戸には予約を知らせる紙が掛けられていた。

7人が入って行くと丁度席が埋まった。寿司職人と言っても、私が勤めていた頃から知っている馴染の店の、とても安らぐ楽しい女性である。先ずは定食を。やっぱり握って貰いたくて、握り寿司を各自注文して食べた。旨い!いつ食べても旨いが、アルコールが飲めないのが玉に瑕だった。

貸し切りの、ゆったりした時間が過ぎた。昼食は、ここで必ず食べようと思っていた。

「須磨寺」

私は1度下見をしているが、その日は雨が降り、傘を差して回ったのは私の他に数人だったと思う。寂しいものだったが、今日は雨も殆どなく、青い空に見られながら回る事になった。

最も見て貰いたかったのが、青葉の笛だった。平家物語の哀し過ぎる話の、熊谷直実に首を取られた弱冠17歳の平敦盛が吹いていた笛である。弘法大師が唐から持ち帰ったと言われ、献上された笛。くじらさんは「龍笛」だと言ったが、縦に割れたり殆ど元の色は留めていない笛であるが、確かに仕様はそんな感じだ。

鳥羽上皇から平家に下賜されたものを、平清盛の腹違いの弟経盛の子敦盛が吹くようになった。笛の名手だ。

それで十分だった。が、高野山系密教の須磨寺には、面白いものも結構ある。下見の時はただ見て通り過ぎた猿。見ざる、言わざる、見てござる、聞かざる、怒らざる。それぞれの頭を撫でると、手が動き、頭も動くものもあった。これはひろこさんが触った所為で、そんな面白い事が分かったのである。

他に、青葉の笛キーボードがあり、歌詞も楽譜も傍にあるが、ボタンを順番に押せば青葉の笛のメロディーが流れる仕組みになっている。伸ばしたり短くしたりリズムを考えて鳴らすのは本人である。この小学唱歌をくじらさんは楽譜を見ながら見事に演奏し切った。

「昔聞いた事があって」

と言っていた。若い頭は溌剌としている。小学生が沢山やって来た。盛んに、

「こんにちは」

と言う。そんな教育をしているのだなと思った。6年生だと思ったが、聞いたらそうだった。校外学習である。高倉台小学校と言った。

私達は下に降りて行ったが、そのまま行けば2号線に出る。皆、引き返す事にした。やや長い石段の下で、

「駆け上ろう。競争だ」

と私が言った。すぐにそれは撤回した。若きかつての私の姿、くじらさんがそこにいたからだった。ツッキーさんもいるが、彼にも勝てるかどうか分からない。

来た時は沢山のお墓の間を通ったが、駐車場までの帰りは、下見に来た時の初めて下りて行った木が植わっている近道を上って行った。晴れ上がったようで、夏が戻ったような天気になった。

「五色塚古墳」

史跡の五色塚古墳に上った。4世紀後半のものだと伝えられているが、現在のものは復元されたもので、随分新しく見える。全長は約200mで、鰭付きの円筒埴輪や鰭付きの朝顔形埴輪がぐるりと置かれている。

古墳には何が入っているか掘り返していないので分からないと言う。兵庫県では1番大きい古墳で、ここに葬られた人は、明石海峡とその周辺を支配した豪族だと言う。この古い古墳のすぐ右手に目を移すと、如何にも現代のものである明石海峡大橋がはっきりと望める。新旧の調和に違和感がない。

誰かオカリナを吹かないかと言う事になったが、誰も持っていない。くじらさんの鞄からケロミンが出て来た。ひろこさんが鳴らした。またまたここで笑が漏れた。ケロミンはひろこさんのように、人を笑わせ、和ませ、楽しませる才能を持っている。余裕があれば、即買いだ。

専用駐車場までの道々、ツッキーさんと奥さんとはオカリナに関わる事を話した。途切れる事がない。私などについ先日路上ライブの依頼が来て吃驚していた所に、ツッキーさんはPCにも出ていない私の名前を見付けて知っていて、元町商店街での2日間の路上ライブに私が出るのではと、盛んに聞いて来た。何と情報の早くて多い人だろう。

確かにPCには宍粟市を知って貰うイベントとして2日間、酒蔵通りの酒も出店される事になっており、オカリナも演奏される事になっていた。玉田るみさんは名前も顔も載っていて、それは早々と当然のように決められていた事だったと思う。若いが、もう完全なプロだと言っていい。ツッキーさんは、他の有名プロが頭を下げる程の凄い人だと断言した。彼の批判力、見る目、聴く耳は確かなもので、そんな人と私が1日に3回も演奏していいのかと思ってしまう。

けれど、それは何もコラボをする訳でもなく、さらさら比較する訳でもなく、私は古稀の爺さんの演奏をしていればいいだけなのだと悟った。もう1組も分かっているが、それは私からは言わないで置こう。ただ、玉田るみさんの演奏が聴ける事と、話が出来る事を楽しみにしている。ツッキーさんの玉田るみさんに関する話は実際にプロから直接に聞いている話なので、それは凄い話である。

私は誰にも言わずにひっそりと演奏して帰る積もりであったが、もうここにいる6人は知ってしまっている。それに、ツッキーさんが喋ってくれなかったら、1と月遅く出演する事になってしまって、何も出来なかった事になっていたかも知れないのだった。10月を11月と聞き違いしていて、2日間6回の演奏を承諾していた。

10月なら、2日目は予定が入っていて、演奏は出来ない事になる。分かって良かったのだ。

「舞子海上プロムナード」

明石海峡大橋の下から上8階までエレベーターで繋がっていて、そこにお土産屋さんがあったり休憩所があったりしている。まだ上がる前に、誰ともなくソフトクリームが食べたいと言う事になった。下の広場にある店はもう終わっていて、戸は閉まっていた。

チケットを買ってそれを渡す係員にソフトクリームがないか聞いた。8階には売っていると言った。そして、皆に50円引きの券をくれた。

「それだけでも、言った甲斐がありますね」と、そらの陽さんが言った。「聞いてみるもんですね」とも。

8階はパラダイスだった。ソフトクリームを最初に注文したのは私だった。バニラを注文した。葡萄のもあって、それを注文した人もいた。なんて美味いんだろう。水分を摂っていなかったからだろうか。アップルジュースも飲んだ。玉ねぎスープまで買った。これは本当に何度飲んでも美味いので、ここで買わなかったらいつ飲めるかと、天秤に掛けたのだった。

50メートルくらいの高さの通路を歩いた。船が小さく、船団を組んでいるように見えた。ひろこさんのご主人は船も持っていて、釣りは名人級だ。そこに船団のように見える船は、何かを釣っているのだと言った。

ひろこさんが言った。

「お父さん、今度は船で来ようよ」

皆笑った。

通路にガラス張りがしてある所がある。そこを歩くのは結構最初は勇気が要る。怖がる人は徹底的に怖がる。破れて50メートル下まで落ちる事までは誰も信じていないが、その真下に海の見える高さを感じると、脚が竦むようだ。

ツッキーさんが私の背中を押した。流石にこれは吃驚する。暫くして私も押し返したが、肉の詰まった体は、強そうだった。

「凄い肉だ。相撲をしたら負ける」

と私は言った。彼は、静かに笑っていた。そう言えば、宮沢賢治に似た所がある。

「魚の棚」

明石の北の方に駐車した。2台ともだが、何故魚の棚のある方の南側に停めなかったかは、私とそらの陽さんとくじらさんは車で帰る。それで、夕食会の後は、明石駅まで一緒に行って、駅で送る積もりにしていたからだ。まあ、時間も予約の5時30分までに十分あるので、これで良しとする。

魚の棚では昼網が安く感じられる。新鮮な魚も、ここで買えば捌いてもくれる。それぞれが色んなものを買ったようだった。私は何も買う積もりはなかったが、5時に閉める魚屋さんが、パックされたタイ1匹の刺身を1,000円で売っていた。スーパーなどよりは安いと思ったが、そんな値段のものは買った事がない。

「2つで1,000円」

と言ったようだった。4つ残っている。おばさんが2つ買った。人間の心理をよく衝いている。早く売り切りたいと思ったのだろう。しかし、だからと言って1つ500円とはならないのである。わたしは、尾頭付きのその刺身を2つ買ってしまった。

ぶらぶら行ったり来たりしている内に5時15分になった。魚の棚からは2分位だ。10分前に入れてくれた。

「一 ~うまい野菜とあかしの魚~」

この店は、ふんずさんが大分前にお姉さんに教えられて入り、とてもリーズナブルで美味しいと書いてあったので、いつか行ってみたいと思っていた店だ。ふんずさんに先ずお礼を言わなければ。その言葉通りの店だったからである。

予約しなければきっと食べられないほど知られた店になっている。長々とした名前になっているが。「一(はじめ)」で覚えておけばいい。小さな店かと思ったら2階があって、そちらで待っていて、と言われた。

7人座れるようにしてあった。5時30分になるとおしぼりが出され、水は出て来なかった。皆は飲み物はそれぞれに注文したが、私はコースにして貰っていた。3,000円でも十分だと電話で聞いていた。

どんなものが出て来るかは聞いてもいなかったが、なんだか物凄く誠実なものを感じていた。

10分前に行った時態々外に出て来て、

「○○さんですか。ようこそいらっしゃいました。まだ料理は出来ていませんが、お待ち下さっていてよろしいです。お二階へどうぞ」

と男の人が言ったのだった。

寛げる所で、安心感のある店。出会えた事に感謝すると言った内容の、私の名前と文章の書かれた紙が巻かれて、立てられていた。

ホオズキのようなトマト。ゴールドラッシュとよばれるトウモロコシ。カボチャ。色々有ったが、名前は忘れてしまった。小さな野菜が生で食べられた。それが話題性もあり、味わいながら話が弾んだ。

生ビールを飲む者もいる。少なくとも私とくじらさんは、今日はアルコールは駄目だ。ソフトドリンクにした。カルピスを注文したら皆が笑った。懐かしい味だった。

「ちょっと初歩的な話ですが・・。これを飲んだ後、このグラスに水は頂けるのでしょうか」

そう聞いた。

「ええ、いいですよ」

即答だった。氷も残っている事だし。気が抜けてしまった。

サラダや何やら、どんどん運ばれて来る。キムチだって美味いし、ああじれったい。こんな時に、私に写真をアップする力があったらな、と頻りに思われる。

演奏の事や情報の事や演奏者の事やオカリナに関する巷の話が始まった。特にツッキーさんの話は現実味があり信憑性があり、楽しく面白く聞けた。皆だって同じ思いだった事だろう。

料理は出るわ、話は湧いて出るわ、どんどんクレッシェンドして行き、盛り上がる。私は2杯目のカルピスを注文した。本当に美味かった。車でなかったら何飲む? どうしてそんな野暮な事聞くんだろう。

「海鮮ご飯も出ます」

と言う。ひえ~。もう、ちょびちょび出される食べ物に、満腹感を越えていた。流石に肉はない。が、居酒屋と言っていいか分からないが、この店のものは、全て美味かった。しかも、魚類はなしで、それ以外は持ち帰りも
いいそうだ。よかった。くじらさんは今日鹿児島に帰る。道中お腹が減るだろう。海鮮寿司のお持ち帰りだ。

9時を回った。デザートを食べ終わっても9時20分くらいになっていたが、何も言わない。こちらから計算をお願いした。1人、3,500円を少しオーバーしたくらいだ。皆飲み物を注文したから当然の事だが、これは大満足だった。ふんずさんの言う正に美味くてリーズナブルだったのだ。ひろこさんが、

「お釣りはいいよ」

と言って、太っ腹を見せてくれたお蔭もあったのだが。

来年の「YOSOMI好きなヤツ」コンサートの打ち合わせは、ここでやろうと言う話になった。絶対ここだ。そうして、今度は生ビールを注文したいと思っている。カルピスと料理。ビールと料理。どちらが美味く感じられるか、また研究の材料が出来た。

満ち足りた顔をして外に出た。皆の顔は満月だ。あの男の人はいないかと探した。お礼が言いたかった。一言美味かったと言いたかったのだ。でも、店員さんが優しく送ってくれた。明るくて控えめでそれでいておもてなしの精神が叩き込まれている。上も下も満員だった。リピーターが増える筈だ。

駅に近付くと4人はJR明石駅へと左に信号を渡り、3人は駐車場へと北に歩いた。

「本当に演奏が出来て楽しかったね」

と話をしながら、駐車場に着いた。1,000円だった。3時間で1,000円は高くないと思う。不味かったら高い! と思っただろう。

こうして、須磨から明石までの旅は充実したものとなったと私は思っているけれど。

これで今年の第4回目のコンサートは終わった。来年も、皆がやる気になっている。人生、出会いとやる気ではないだろうか。皆、本当にありがとう。演奏した人も、聴いてくれた人も・・。生き甲斐を見付ける、いや、既に見付かっている旅が、また、もう始まっている。
超スロージョギングを今日も果たした。

ただ只管ダイエットの為に。

8時前のバス停。垂水駅まで行く。高速バスで三宮に行き、そこから元町まで歩くのは汗でどうしようもなくなるのが見えていた。元町駅まで垂水駅から行って、そこから歩く事に決めていた。

セブンイレブンでおにぎりを2つ買った。もう昼飯は外で食べたくなかった。何の為のダイエットだ。それに暑いに決まっている。

四ノ宮神社の方に横断歩道を渡ろうとした時、見慣れた男女がいた。そらの陽さん親子だった。神戸市立生田会館の前で出会った。8時40分位で、ここは9時から開く。

それでもガラスのドアの所に3人で行ってみた。何と、それが開いたのだった。

会場の2階の大ホールへ上がってみた。4人の職員が何かやっていた。入って準備していいかと聞くと、いいと言う。テーブルを出したり椅子を出したりした。このまま全部椅子を並べる事は出来なくもない。だが、9時に開くと思っている者は、すでに全て並べ終わっていたらどんな気がするだろう。前列14列を並べ、縦7列が並べられるように、椅子一脚ずつ7列に置いた。

暫くすると、滂沱たる汗が染み込んで来た。と共に、シマさんがやって来た。9時まで待っていたと言った。それが普通だ。軈て数人が集まり、椅子を並べた。

112脚が並んだ。8つのテーブルも荷物を置く台として並んだ。暑い。22度に2つのクーラーを設定した。やや涼しくなったが、もう染み込んだ汗は、元の鞘には戻らない。

こうして、リハーサルが始まった。個人、グループ、全体のリハーサルだ。12時30分まで行われた。外に食べに行く者もいた。私は、2つの鰹節を中心としたおにぎりを食べた。セブンイレブンのおにぎりは初めてだったが、とっても美味しかった。

少しずつ人が集まり、疎らに席が埋まって行った。宣伝も、そんなに積極的ではなかったのか、大入り袋が出る訳もなかった。しかし、埋まらなかったら駄目だと言う法則は何処にもない。これだけ来て貰えたら、先ず先ずではなかったか。人集めは、来年の課題となるだろう。

出雲から後半前に妹が来ていた。去年も来たが、嬉しい事だった。神戸には妹には従姉妹がいて、2人の従姉妹と、そのお母さんが来ていた。去年も同じパターンだったが、まさか今年も、とは思っていなかった。私にとってのその伯母は、90歳になっていた。

頭ははっきりしていたが、脚が弱っていたようだった。54歳で逝った伯父の奥様だ。多大なお世話になったし、伯父は、私の人生の恩人の1人であった。

挨拶は、今回4回目はシマさんにして貰った。1時開会である。

プログラムから何まで、シマさんが作成した。今日の内容を列記する。

ふんず
 青春の輝き
 シルエットロマンス
 青葉城恋歌
 この星に生まれて

昔はチッチとサリー
 万華鏡
 野ぼたん
 赤とんぼ
 花のワルツ

そら&空を飛ぶクジラ
 夏の終わりのハーモニー
 天城越え
 遠くへ行きたい
 Close Your eyes
  
ZAQ
 魔女の宅急便「海の見える街」

コラボ
 大脱走のマーチ
 アメイジング・グレイス(ミュージックベル)

休憩

ひろこ
 椰子の実
 浜辺の歌
 さとうきび畑
 ビビディ・バビディ・ブー
 卒業写真
 時代

ツッキーズ
 コキリコ幻想
 桃色吐息
 川の流れのように
 アメイジング・グレイス

シマ唄やろう
 野茶坊節
 犬田布節
 雨黒み節
 畦越えぬ水節

オカリナの詩
 千の風になって
 モンゴルの少女
 森
 剣の舞

夢☆チャンス
 海の声
 マシュケ・ナダ
 オブラディ・オブラダ
 イエスタディ
 切手のないおくりもの
 上を向いて歩こう

全員で
 島唄

こんなプログラムで進んで行き、終わった。最後にシマさんと私はステージに上がらされ、花束を貰った。出場のみんなからの贈り物だった。ここまで気を配って貰って、恥ずかしいやら嬉しいやら。

4時40分過ぎにコンサート関係は終わり、早急に片付けを行った。5分前にはすべてが終わり、5時までの約束に、明け渡す事が出来た。

近くのラッセホールの地下が懇親会の会場となった。2つのテーブルに9人ずつ、18人が集まった。そこそこの料理が出された。制限時間2時間の中で、その会はクレッシェンドとなって行った。ひろこさんがここまで元気である事が、嬉しい事の筆頭であろう。

初めての人もいたが、どれだけ盛り上がり、楽しかった事か。聴きに来てくれた人も遠路ありがたかったが、演奏の9グループは、今年は秋田は来られなかったものの、京都、大阪、兵庫、神戸、岡山、鹿児島から集まった。会場の費用は演奏者が分担して出した。懇親会の費用は勿論参加者持ちだ。ここまでして演奏に参加してくれるこの集団は、一体何なんだろう。音楽が好きだと言う事は分かるが、人との交わりをとても大切にしている集団なのだ。

或る聴衆は言った。入場料を取ればいいのに、と。しかし、無料で聴いて貰う所に意味があった。交通費を出して聴きに来てくれる人達に対する感謝の気持ちを、どこかで表さなければならないだろう。

皆プロではない。けれど、今日の演奏は個性に大きな違いがあり、それぞれが楽しい特徴のある演奏をしてくれた。はっきり言って、9グループ共、どれだけ楽しめたか。どれだけ上手かったか。これで4回目だが、ここまで全体がまとまって美しかった事はない。

演奏する者は楽しまなければその音楽は聴衆に伝わらない。私は思う。今回は、一番全体的に上手さを伝えられたと思う。毎回皆上達していたから、楽しんで貰えたと思う。

2時間限定の短い会は、5時15分から7時15分で終わった。外は雨。4台のタクシーを呼んで貰い、元町駅まで運んで貰った。そこで別れた。8時過ぎには家に着いていて、こうして今日の事を書いている。しこたまビールは浴びる状態だったが、「米のささやき」が待っていた。少し喉を潤して、兎に角熟睡したい。

長い長いこの日が、一瞬の内に終わった。また1年先を見据えて、このメンバーとまた出会いたい。聴衆もこのメンバーでいい。もう少し人数を増やす努力はしたい。人間の人間たる所以は、出会いだと思うからだ。また来年を目指し、更にバージョンアップをした自分を見て貰いたいと思う。

明日は有志を私が神戸を案内する事にしている。もう演奏をしなくていい。楽しい日にしたい。明日もまた超スロージョギングから始めよう。濃い朝焼けが見たいから。

いい人達の集団に、感謝したい。演奏者にも、聴衆にも・・。皆凄い力量だ。聴き応えや見応えがあった。ありがとう。
朝食前に走らないと脂肪は燃焼しないと語られた事により、7時過ぎてから走り出した。隣りの人と話せる位の速さが有酸素運動を引き起こすので、適当だと言う。但し、20分以上ジョグしないといけないらしい。
つまり、超スロージョギングでいいのだ。それなら、私は4キロ弱を40分かけて走ればいい。陸上競技の中でも、マラソンなんて私の頭にはなかった。どれだけ辛く苦しい競技か。学校では、2~300mも走ったら、歩いていた位だから、私の中にはマラソンはない。

短距離競争とか幅跳、高跳、三段跳は得意な種目だった。それがよりによってジョギングをする事になろうとは。それは退職後、ダイエットの為に実行した事だった。ある健康の雑誌に、「超スロージョギング」の勧めがあった。歩くような速さで走ればよいと書いてあり、そこに飛び込んで行った。

段々速くなり、最高は4キロ弱が26分だった事がある。誕生日などは、最高記録を作ってやろうと思った程だ。だが、結局は速さではなく30分を切る事を目標にした。今、それはゆっくりな走りになっている。本当に苦しい走りで、今は40分を超える事はないが、それよりちょっと短い時間で回る事が屡々だ。けれどそれが脂肪を燃焼させるには、最適ではないだろうかと思える。

シャリンバイの直方体の長い絨毯に、白い花が咲いていた。えっと思い、走りながら近くに寄って見ると、ティッシュを丸めたものだった。誰かがそこに捨てたのだろう。そう思ってシャリンバイを観ながら走ると、もうゴミ、ゴミ。

しかし、明日はジョギングが出来ない。4回目の「YOSOMI好きなヤツコンサート」があるのだ。午後1時からだが、9時には行って椅子並べやリハーサルをしなければならない。余程時間があれば走れるだろうが、多分そんな余裕はないと思う。

何が書きたいか、って? いい質問である。

オカリナを一緒に練習している美女5人が、私にくれたものがある。なんと「大吟醸 龍力 コメのささやき」。一升瓶だった。原料米は「兵庫県特A地区産山田錦100%」で、アルコール分は17度以上18度未満となっている。何の名誉か分からないが、メンバーとしては、男も1人いる。

本田商店の代表銘柄龍力は、飲んだ事はないが、私はよく知っていた。

「明日は頑張って下さい。聴きに行きます。これは前夜祭に飲んで下さい」

と言うものだった。家に帰って開けてみたら、龍力の名が目に飛び込んで来た。それが「大吟醸 龍力 米のささやき」だったのである。

近くの孫達が帰り、少し遠くの孫達を送って、この酒の封を切った。「前夜祭」なんて私はそんな事はした事がない。が、オカリナフェスティバルで、前夜祭をやる所もある。私は、明日が本番なのに、前日にそんな派手な祭りを1人でやるのは好まない。

でも、考え方を変えると、前の日にちょっと晩酌しただけの事だ。早速ガラスコップに並々と注いだ。

美味い! 美味い!! 美味い!!!

もうちょっと飲みたい。飲むだろうか。飲むだろう。そう言うか言わないかの間に、立ち上がった。そして、今戻った。手に、もう洗ってボードに返していたガラスコップを持って。あてなんて要らない。大吟醸はフルーティーで、ジュースのような爽やかさがある。

だが、この辺で止めて置かなければ、朝起きれなかったら大変だ。明日はまた、明日の酒が飲める。

明日は、心からの演奏をしようと思っている。1人でも、遠くから来て下さる方々の為に、その日その時間を、楽しく、精一杯共有したいと思っているからだ。

そりゃあ、今はお歳を召している方々だが、美女の片鱗は十分に表れている。かつては、美女として持てはやされただろう5人の酒は、米のささやきならず、美女のささやきとして、私の五臓六腑に染み渡っている。

明日は頑張りたい。最後の宣伝とお願いになるが、是非聴きに来て頂きたい。人間の人間たる所以を、私は交わりと感謝だと思っている。だから、頑張らなくっちゃあと考える。

「ありがとうございます。またお会いしましょう」

と言えるように。

目の前に、一升瓶がある。福岡から転勤して来た家族に、まだ歓迎会を開いていない。それで、このお酒を是非彼に飲ませたい。この酒で、ささやかな宴会をしたい。けれど心配なのは、その日まで緑色の瓶の中の振動が残っているかどうかである。

ああ、もう1杯だけ。
朝7時過ぎたらスロージョギングに出掛けている。もう4日目かな。8時までに帰って来なければ「とと姉ちゃん」が観られないからだ。そうすると、朝食が8時15分を過ぎてからになる。6時間間を置くとして、8時半に食べると、昼は2時半になり、夜は8時半になる。これは私の食べ方ではない。

朝6時、昼12時、夜6時。私にはこれが理想なのだ。ジョギングに5時半までに出れば、6時過ぎには朝食が摂れる。これを目指して、今日は走った。

TVでの受け売りだが、朝食前に20分以上走るとダイエット効果があると言う。先ず糖質がエネルギーに使われ、それから脂肪が使われると言う。20分頃から脂肪が燃焼されると言う話を聞いては、そうしない訳には行かない。今私は35分位走るので、これは魅力ある話だったのである。因みに、夜は20分走っても、糖分が十分には使われず、脂肪が燃える事はないと言う。

そこで大切なのは有酸素運動で、例えば隣りの人と話が出来る程度の走りがいいと言うのだ。マラソン選手のような走りは、全く要らないのだった。スローでも、私には苦しい走りなのだが。


寝不足なのか、ボーっとしている。それでもツユクサの花が瑞々しく美しい。4、50㎝にも背伸びをしているツユクサは見た事がないが、シャリンバイの間から、懸命に伸びようとしているのは健気である。

走るコースに萩の花ではないかと思う程の花が咲いている。でもそうではない。花はとてもよく似ているが、葉っぱが全然違う。これは細長く、萩の葉は真ん丸と言うか、楕円形だ。病気の母親の為に鰻を食べさせようと川に入る加助の頬に、丸い萩の葉がくっついていると言う「ごんぎつね」の児童文学は有名だ。

だが、萩は正統な花で、この花は萩紛いと言っていいのだろうか。この花はこの花で、ちゃんとした名前があると思う。それを呼べばいいのではないか。そんな事を思いながら走る。なんと言う名前だろうか。

その時、アスナロを思い出した。そう名付けられたのだが、檜に似ている。だからと言って、アスナロはとても哀しい命名だ。「明日は檜になろう」と毎日思っていると言うのだ。明日はなろうと言っても、なれる筈がない。それでアスナロと言い続けるのである。漢字では翌檜と書くようだ。

この命名のお蔭で、文学ではよく取り上げられる。そんな紛いものとして命名されたものは、結構あるのではないだろうか。明日なろう、明日なろう。余りにも哀し過ぎる。


作詞研究会に入っていた頃の月刊誌を綴じたものが出て来た。もうこの話は止めようと思ったが、結構応募していて、金賞はなかったものの、銀賞や、銅賞に匹敵すると言われた佳作とかが載っていた。すっかり忘れてしまったような歌詞が殆どだが、よくこんなものを書いて応募していたと思う。例えばであるが、もう1つランク下の「もう一歩」と言うのがある。可笑しくて笑ってしまうが、それと「ワンポイントアドバイス」を載せてみよう。


愛してる

1.あなたがくれた ユーラブミー
  どこどこ好きで 愛したの
  この口 この脚 この心
  全部あなたに あげちゃうわ
  初めて会った その日から
  なんてったって アイラブユー

2.緑の風を ユーブリンミー
  登ればここは 花畑
  この空 この雲 この景色
  二人並んで はいポーズ
  これから続く 幸せは
  なんてったって アイブリンユー

3.やさしく抱いて ユーゲッミー
  今夜はどこで 会うかしら
  この路 この街 このホテル
  そうよ素敵な 夢うつつ
  このまま私 溺れるわ
  なんてったって アイゲッチュー

ワンポイントアドバイス
 詞のリズム感は抜群、もっとドラマ性を!

よう、こんな詞、書くわ、と今思う。1997年6月号に載ったものだ。


1996年10月27日に、神戸でゼミがあった。講師には坂口照幸、馬上雅宏両氏の素敵な話が聞けた。それはそれとして、私は手紙を書いて送っていた。早速ゼミレポートとして、1997年の1月号に載せて頂いていた。


神戸からの手紙
 十一月のある日、編集部にお手紙が届きました。MFのゼミの雰囲気を伝えてとても嬉しい手紙でしたので、ご本人のご了解を得て掲載させて頂き、この稿の結びとしたいと思います。ご参加下さった皆さん、ありがとうございました。次は九州で会いましょう。

 コートが必要な時節に突入しました。暦の上では霜月というくらいですから。
 本日はアッと驚きました。予期せぬ写真とお便り。あの神戸ゼミのことが彷彿としてきます。石見さん(編集部注あり)が撮って下さっていたのですね。本当にいい思い出をありがとうございました。
 充実した一日をありがとうございました。馬上先生のはめ込みや字脚のお話は参考になりました。が、サックスは凄いですね。お会いできて本当によかったです。坂口先生の作詞テクニックのお話も人情味たっぷりで、超常識でものを見よう、など、驚くほどの言葉でした。酒井部長のやさしさ、〇へさんのおもしろさ(色んな人生の経験を背中に垣間見ましたが・・)等々。言いたいことは、MFの人達は温かいということです。
 通信講座がこんなに人を大切にするのは初めてです。ゼミに集った人達も、だから人情味があふれていたのでしょうか。とにかく、ゼミも二次会も、とても楽しかったです。女の人はみんな美女だし、自分は年なんて心配していたけど関係なかったし・・おみやげまで頂きました。
 これからも少しずつですがレベルアップを目指して作詞の勉強を続けたいと思います。よろしくご指導下さい。MFの益々のご発展を心からお祈りしております。又、みなさんにお会いしたいです。
 八年十一月十八日
                                                           寺島健二
ミュージックフォーラム編集部様

寺島健二は、私のペンネームだ。可笑しいね。


最後に、この前にも書いたが、鳥羽一郎のメロ先作詞応募があり、最優秀賞(グランプリ)になれず優秀賞になった作品とコメントを載せておきたい。選者は日本クラウンの方だった。MF始まって以来のビッグイベントだったと書いてある。投稿数は過去最高だったとか。

選者は先攻に約1ケ月を要したそうだ。全て歌ってみたそうで、字面はよさそうでも、口の端に乗せ、言葉が生きてこない場合は思い切って外したとのこと。

そんな大きなイベントだったのだと、今更ながらに思う。メロディーを録音したテープが、応募者全員に送られて来たのを思い出している。ここに私の作品を載せ、確かにグランプリにはなれなかった事を認識し、甘酸っぱい墓碑銘として、この作詞シリーズの幕は閉じたいと思う。馬鹿な奴だと、笑っていただければ幸いである。


宵待岬

親の心が 分からず拗ねて
何も言わず 家を出たが
ああ 通せんぼ
ああ 行き止まり
世間の辛さ
帰りたい 帰れない
あの娘待ってる 宵待岬

明日は来るのか 冷たい風が
他人に見せぬ 涙を散らす
ああ たまんない
ああ 苦しいよ
自分を恨む
帰りたい 帰れない
男心に 意地が泣く

きっと詫びよか 思案の橋を
行きつ戻る 心の苦さ
ああ 思い出す
ああ 故郷の
温もりだけを
帰りたい 帰れない
月を映した 宵待岬

コメント
 哀愁があっていいですね。♪帰りたい 帰れない~のくり返しは効果的です。アレンジによってはかなり良くなる感じですが、曲のイメージからちょっぴり離れています。

その通りだと思う。

20年前と言えば50歳位だが、こんなこともしていたなあと懐かしく思っている。だが、所詮背伸びした作詞家紛いの自分だった。寺島健二とは、どこかアスナロとよく似ている。
午後1時、大阪湾と紀伊水道の上にいた台風16号の中心は、天気図を見ると午後2時にはもう和歌山県の上空にあった。

その頃は王子公園駅の北にあるSさん宅から、その帰り道にいた。シマさん夫婦とオカリナママさんは上の道を、私とそらの陽さんは下の道へと分かれた。

その10分程の道の凄まじさったらなかった。頑丈な重い黒い傘でも、強風に煽られると骨がぼろぼろになりそうだった。そらの陽さんは、ずっと以前に買っていたと言ったビニールの傘だったが、すぐに朝顔のようになる弱いものではなかった。

だが、煽られないようにだけは気を付けた。素早く閉じたり、少しだけ開けて被ったりしたが、雨に濡れる。傘が使い物にならなくなるより、濡れてもその方が良かった。
                                                  
家に辿り着いて、焼酎を飲みながらブログを書いている自分を想像した。そらの陽さんは、別にしおらしくはないが、私の後ろから付いて来た。この風雨だ。それに、歩道は並んで歩く程広くはない。たったそれだけの理由だった。

王子公園駅に着いた。プラットフォームに上がり、ベンチに座ったら、阪急電車はすぐにやって来た。

三の宮駅に着くと、そらの陽さんはJRに乗り、私は高速バスに乗ろうとした。信号は青で、私は傘を閉じて突っ走った。舞子高校行きが停まっていた。その頃、2時ジャストのバスがある。大体は50分か20分である。そう思っていたが、この時間帯にはジャストの時間のバスがある。乗ったら出発した。

焼酎の水割りを、残り物のおろし大根にシラスを乗せたものと肉じゃがを冷たいまま、あてにして飲んだ。

もう当分ブログを書かない積もりでいたが、この大雨警報の出されている時の外出は、書かない訳にはいかなかった。


9時40分前に王子公園駅に着くとそらの陽さんがいた。Sさんと駅で出会った。今から仕事だと言った。オカリナママさんとか誰かが来るのではないかと暫く待ったが、そのままSさん宅に向かった。風も雨もなかった。

10時を少し過ぎて到着。道の上から シマさん夫婦が降りて来た。Sさんの家に入ると、オカリナママさんが顔を覗かせた。6人の集合だ。

S.Sさんは忙しく、 1時半迄だったらと言った。いつもなら喋って飲んで、練習が佳境に入った頃解散となるのが常だが、時間を惜しんですぐに「YOSOMI好きなヤツコンサート(25日)」の練習を始めた。最後に披露する曲の練習だった。

女性だけでやる練習も今日は2人しかいなくて、3部合奏の真ん中を私がやる事になった。なかなか面白く楽しいのだが、音符がすぐにはっきり見えなくなる。言い訳ではないが、それでおかしな音にもなった。まあ何とかそれが済むと、私が演奏する事になっている2曲をSさんにピアノでの伴奏をして貰った。4曲するが、生で伴奏して貰うのは2曲である。

後の2曲は真ん中を除けばピアノ伴奏であるが、真ん中ではややジャズっぽく、ギターが入るCDを使う。それで生と言う訳にはいかなかった。もう1曲は、色んな楽器での伴奏で、これは賑やかな方がいい。今日は必要がないので、持っては来ていなかった。

12時を過ぎたが、2時間もよくぞ練習したもんだと、感心した。

2階で6人揃ってお昼ご飯になった。チェリーちゃんが喜んで走り回っている。皆何かしら持参していたが、私とオカリナママさんは何故か菓子パンを持って来ていた。三宮で買う時メロンパンが目に付いたが、こんなに好きなメロンパンを不思議と買わないで、色んな種類のパンにした。

オカリナママさんは、驚く事勿れメロンパンだけを買って来ていたのだ。こんな事ってあるの? と思ったが、この経緯は解明できないでいる。

Sさんのスープがとても美味く、2杯も頂いた。サラダも作って貰っていた。

何だかんだ話しをして、1時半にSさん宅を出た。そうしてこのブログは振り出しに戻る。


もう3時40分だ。テレビ中継は、岐阜へと。長良川の様子が写っていた。神戸市垂水区の崖崩れが懸念され避難勧告もだされていたが、私の家から外を眺めても、今何が起こっているか、何が起こっていたか、そんな事があった事も幻であったかのように、風もない。雨もない。

私は朝、雨が小降りだった為、7時30分からジョギングに出た。すぐに雨が酷くなり、その中を35分間走った。風はなかったと思う。そんな具合だったから、Sさん宅へは当たり前に行く事にしていた。

テレビに映る台風の経路の移動する様子が見える。焼酎のグラスもお代わりを望んでいる。さてと、BS1で相撲を観ようと思う。鶴竜の土俵入りだ。

豪栄道がが全勝。日馬富士と遠藤が1敗。我が島根出身の隠岐の海は2杯となった。今日はそこだけ応援する予定だ。だが、7勝2敗には稀勢の里がいる。琴奨菊がいる。高安がいる。琴勇輝がいる。元気な相撲が観られそうで、まだまだ分からない。楽しく見物気分で観ようと思っている。応援したい力士に気持ちが入ると、自分までが苦しい状態になる。それだけは今日は考えないで、気持ち良く飲みたい。