26日10時の集合は、JR須磨駅の階段を降りた所に決めていた。全員7人で、鹿児島から車でやって来たくじらさんの1台と私の1台での脚を以って、今日が始まる。
姫路からくじらさんとそらの陽さんはやって来た。私より早く来ていたようだが、気が付かなかった。既にひろこさんとご主人はそちらに乗っていた。
軈てツッキーさんの奥さんが階段を下りて来た。ツッキーさんは車を駐車場に停めに行っていた。それで、2人は私の車に乗った。雨はほんのぽつりぽつり。
今回はシマさんには大切な用事があり、一緒には行けなかった。それで、私が立てた計画「行き当たりばったり」が始まった。須磨から明石までの間で事を済まそうと考えた。私は知っていても、京都や岡山や姫路の人は、知らないのではないかと踏んでの事である。
「神戸市立須磨海浜水族園」
本館の大水槽にはエイやサメなどが泳いでいる。目を合わせると怖いくらいだが、サメは本当にこちらを見ているのだろうか。エイも腹から見ると愛嬌のある顔に見える。
話は極力短く収めたい。それぞれが興味のある所は丹念に観ている。アナゴは体を寄せ合って、触れ合いを求めて小さな土管に数匹が入っている。人間も、こうでないといけないだろうなと思った。
ひろこさんが「チンアナゴ」と言った。それは離れた所にいて、細い体を半分砂地から出して辺りを窺っている。敵が来たらさっと潜る積もりだろう。因みにパンフレットに依れば、「顔つきが狆(日本原産の愛玩犬)に似ていることから命名」とあった。
11時から今日第1回目のイルカショーがある。
暑かったが、7、8分早くイルカライブ館に行った。この平日に意外と人がいて驚いた。私達は略一番最後尾に座った。私は何度か来ているが、前に座った時、イルカの体で打ち付けられた海水がバサッとかかった事が有り、その悪夢だけは避けたいと思い、十分過ぎるくらい後ろに座ったのだった。
どこかの保育園(私立)か保育所(市立)の子供達が赤い帽子を被って来ていた。
大きなイカナゴが入れられたバケツを持って、2人の男女がステージに上がった。MCの誘導で動いた。三頭のイルカを女性職員が・・、2頭のイルカを男子職員が担当している。くるくる体を持ち上げて回った後はすぐに傍までやって来たイルカに、1匹から4匹までのバケツのイカナゴを口に入れてやる。てきぱきとしたイルカの行動には目を瞠る。
この水中を勢いよく縦列で回る。空中で1回転2回転3回転して水中に戻る。指導員の合図に全て従って行動する所が素晴らしい。ここまでよくぞ躾けたと思った。感動してしまった。
空に飛び上がり体ごと海水にぶち当てた時、大きな水しぶきがバシャンと言う音と共に、透明な水槽の柵を越えて躍り出た。前面にいる子供はビニールのカッパを付けている。数列後ろの2人の女性は、しぶきを諸に頭から被った。喜んでいる風は全くなかった。あのショックは、今でも覚えているからよく分かる。人は経験しながら大きくなるのである。
高く吊るされた2つの橙色のボールに、2頭のイルカが飛びついた。かなりの高さまでジャンプするものだと感心する。バンドウイルカは賢い。
ラッコも観た。アマゾン館では4、5メートルにもなると言うピラルクも観た。ペンギンもアシカも観た。
12時前に出て、須磨の浜の波打ち際まで歩いた。その頃は、ぽつりぽつりの雨も止んでいた。雲が綺麗だった。積乱雲もみた。
「宝寿し」
予約をしていた私の好きなお寿司屋さんに入った。12時15分には、誰もいなかった。入口の引き戸には予約を知らせる紙が掛けられていた。
7人が入って行くと丁度席が埋まった。寿司職人と言っても、私が勤めていた頃から知っている馴染の店の、とても安らぐ楽しい女性である。先ずは定食を。やっぱり握って貰いたくて、握り寿司を各自注文して食べた。旨い!いつ食べても旨いが、アルコールが飲めないのが玉に瑕だった。
貸し切りの、ゆったりした時間が過ぎた。昼食は、ここで必ず食べようと思っていた。
「須磨寺」
私は1度下見をしているが、その日は雨が降り、傘を差して回ったのは私の他に数人だったと思う。寂しいものだったが、今日は雨も殆どなく、青い空に見られながら回る事になった。
最も見て貰いたかったのが、青葉の笛だった。平家物語の哀し過ぎる話の、熊谷直実に首を取られた弱冠17歳の平敦盛が吹いていた笛である。弘法大師が唐から持ち帰ったと言われ、献上された笛。くじらさんは「龍笛」だと言ったが、縦に割れたり殆ど元の色は留めていない笛であるが、確かに仕様はそんな感じだ。
鳥羽上皇から平家に下賜されたものを、平清盛の腹違いの弟経盛の子敦盛が吹くようになった。笛の名手だ。
それで十分だった。が、高野山系密教の須磨寺には、面白いものも結構ある。下見の時はただ見て通り過ぎた猿。見ざる、言わざる、見てござる、聞かざる、怒らざる。それぞれの頭を撫でると、手が動き、頭も動くものもあった。これはひろこさんが触った所為で、そんな面白い事が分かったのである。
他に、青葉の笛キーボードがあり、歌詞も楽譜も傍にあるが、ボタンを順番に押せば青葉の笛のメロディーが流れる仕組みになっている。伸ばしたり短くしたりリズムを考えて鳴らすのは本人である。この小学唱歌をくじらさんは楽譜を見ながら見事に演奏し切った。
「昔聞いた事があって」
と言っていた。若い頭は溌剌としている。小学生が沢山やって来た。盛んに、
「こんにちは」
と言う。そんな教育をしているのだなと思った。6年生だと思ったが、聞いたらそうだった。校外学習である。高倉台小学校と言った。
私達は下に降りて行ったが、そのまま行けば2号線に出る。皆、引き返す事にした。やや長い石段の下で、
「駆け上ろう。競争だ」
と私が言った。すぐにそれは撤回した。若きかつての私の姿、くじらさんがそこにいたからだった。ツッキーさんもいるが、彼にも勝てるかどうか分からない。
来た時は沢山のお墓の間を通ったが、駐車場までの帰りは、下見に来た時の初めて下りて行った木が植わっている近道を上って行った。晴れ上がったようで、夏が戻ったような天気になった。
「五色塚古墳」
史跡の五色塚古墳に上った。4世紀後半のものだと伝えられているが、現在のものは復元されたもので、随分新しく見える。全長は約200mで、鰭付きの円筒埴輪や鰭付きの朝顔形埴輪がぐるりと置かれている。
古墳には何が入っているか掘り返していないので分からないと言う。兵庫県では1番大きい古墳で、ここに葬られた人は、明石海峡とその周辺を支配した豪族だと言う。この古い古墳のすぐ右手に目を移すと、如何にも現代のものである明石海峡大橋がはっきりと望める。新旧の調和に違和感がない。
誰かオカリナを吹かないかと言う事になったが、誰も持っていない。くじらさんの鞄からケロミンが出て来た。ひろこさんが鳴らした。またまたここで笑が漏れた。ケロミンはひろこさんのように、人を笑わせ、和ませ、楽しませる才能を持っている。余裕があれば、即買いだ。
専用駐車場までの道々、ツッキーさんと奥さんとはオカリナに関わる事を話した。途切れる事がない。私などについ先日路上ライブの依頼が来て吃驚していた所に、ツッキーさんはPCにも出ていない私の名前を見付けて知っていて、元町商店街での2日間の路上ライブに私が出るのではと、盛んに聞いて来た。何と情報の早くて多い人だろう。
確かにPCには宍粟市を知って貰うイベントとして2日間、酒蔵通りの酒も出店される事になっており、オカリナも演奏される事になっていた。玉田るみさんは名前も顔も載っていて、それは早々と当然のように決められていた事だったと思う。若いが、もう完全なプロだと言っていい。ツッキーさんは、他の有名プロが頭を下げる程の凄い人だと断言した。彼の批判力、見る目、聴く耳は確かなもので、そんな人と私が1日に3回も演奏していいのかと思ってしまう。
けれど、それは何もコラボをする訳でもなく、さらさら比較する訳でもなく、私は古稀の爺さんの演奏をしていればいいだけなのだと悟った。もう1組も分かっているが、それは私からは言わないで置こう。ただ、玉田るみさんの演奏が聴ける事と、話が出来る事を楽しみにしている。ツッキーさんの玉田るみさんに関する話は実際にプロから直接に聞いている話なので、それは凄い話である。
私は誰にも言わずにひっそりと演奏して帰る積もりであったが、もうここにいる6人は知ってしまっている。それに、ツッキーさんが喋ってくれなかったら、1と月遅く出演する事になってしまって、何も出来なかった事になっていたかも知れないのだった。10月を11月と聞き違いしていて、2日間6回の演奏を承諾していた。
10月なら、2日目は予定が入っていて、演奏は出来ない事になる。分かって良かったのだ。
「舞子海上プロムナード」
明石海峡大橋の下から上8階までエレベーターで繋がっていて、そこにお土産屋さんがあったり休憩所があったりしている。まだ上がる前に、誰ともなくソフトクリームが食べたいと言う事になった。下の広場にある店はもう終わっていて、戸は閉まっていた。
チケットを買ってそれを渡す係員にソフトクリームがないか聞いた。8階には売っていると言った。そして、皆に50円引きの券をくれた。
「それだけでも、言った甲斐がありますね」と、そらの陽さんが言った。「聞いてみるもんですね」とも。
8階はパラダイスだった。ソフトクリームを最初に注文したのは私だった。バニラを注文した。葡萄のもあって、それを注文した人もいた。なんて美味いんだろう。水分を摂っていなかったからだろうか。アップルジュースも飲んだ。玉ねぎスープまで買った。これは本当に何度飲んでも美味いので、ここで買わなかったらいつ飲めるかと、天秤に掛けたのだった。
50メートルくらいの高さの通路を歩いた。船が小さく、船団を組んでいるように見えた。ひろこさんのご主人は船も持っていて、釣りは名人級だ。そこに船団のように見える船は、何かを釣っているのだと言った。
ひろこさんが言った。
「お父さん、今度は船で来ようよ」
皆笑った。
通路にガラス張りがしてある所がある。そこを歩くのは結構最初は勇気が要る。怖がる人は徹底的に怖がる。破れて50メートル下まで落ちる事までは誰も信じていないが、その真下に海の見える高さを感じると、脚が竦むようだ。
ツッキーさんが私の背中を押した。流石にこれは吃驚する。暫くして私も押し返したが、肉の詰まった体は、強そうだった。
「凄い肉だ。相撲をしたら負ける」
と私は言った。彼は、静かに笑っていた。そう言えば、宮沢賢治に似た所がある。
「魚の棚」
明石の北の方に駐車した。2台ともだが、何故魚の棚のある方の南側に停めなかったかは、私とそらの陽さんとくじらさんは車で帰る。それで、夕食会の後は、明石駅まで一緒に行って、駅で送る積もりにしていたからだ。まあ、時間も予約の5時30分までに十分あるので、これで良しとする。
魚の棚では昼網が安く感じられる。新鮮な魚も、ここで買えば捌いてもくれる。それぞれが色んなものを買ったようだった。私は何も買う積もりはなかったが、5時に閉める魚屋さんが、パックされたタイ1匹の刺身を1,000円で売っていた。スーパーなどよりは安いと思ったが、そんな値段のものは買った事がない。
「2つで1,000円」
と言ったようだった。4つ残っている。おばさんが2つ買った。人間の心理をよく衝いている。早く売り切りたいと思ったのだろう。しかし、だからと言って1つ500円とはならないのである。わたしは、尾頭付きのその刺身を2つ買ってしまった。
ぶらぶら行ったり来たりしている内に5時15分になった。魚の棚からは2分位だ。10分前に入れてくれた。
「一 ~うまい野菜とあかしの魚~」
この店は、ふんずさんが大分前にお姉さんに教えられて入り、とてもリーズナブルで美味しいと書いてあったので、いつか行ってみたいと思っていた店だ。ふんずさんに先ずお礼を言わなければ。その言葉通りの店だったからである。
予約しなければきっと食べられないほど知られた店になっている。長々とした名前になっているが。「一(はじめ)」で覚えておけばいい。小さな店かと思ったら2階があって、そちらで待っていて、と言われた。
7人座れるようにしてあった。5時30分になるとおしぼりが出され、水は出て来なかった。皆は飲み物はそれぞれに注文したが、私はコースにして貰っていた。3,000円でも十分だと電話で聞いていた。
どんなものが出て来るかは聞いてもいなかったが、なんだか物凄く誠実なものを感じていた。
10分前に行った時態々外に出て来て、
「○○さんですか。ようこそいらっしゃいました。まだ料理は出来ていませんが、お待ち下さっていてよろしいです。お二階へどうぞ」
と男の人が言ったのだった。
寛げる所で、安心感のある店。出会えた事に感謝すると言った内容の、私の名前と文章の書かれた紙が巻かれて、立てられていた。
ホオズキのようなトマト。ゴールドラッシュとよばれるトウモロコシ。カボチャ。色々有ったが、名前は忘れてしまった。小さな野菜が生で食べられた。それが話題性もあり、味わいながら話が弾んだ。
生ビールを飲む者もいる。少なくとも私とくじらさんは、今日はアルコールは駄目だ。ソフトドリンクにした。カルピスを注文したら皆が笑った。懐かしい味だった。
「ちょっと初歩的な話ですが・・。これを飲んだ後、このグラスに水は頂けるのでしょうか」
そう聞いた。
「ええ、いいですよ」
即答だった。氷も残っている事だし。気が抜けてしまった。
サラダや何やら、どんどん運ばれて来る。キムチだって美味いし、ああじれったい。こんな時に、私に写真をアップする力があったらな、と頻りに思われる。
演奏の事や情報の事や演奏者の事やオカリナに関する巷の話が始まった。特にツッキーさんの話は現実味があり信憑性があり、楽しく面白く聞けた。皆だって同じ思いだった事だろう。
料理は出るわ、話は湧いて出るわ、どんどんクレッシェンドして行き、盛り上がる。私は2杯目のカルピスを注文した。本当に美味かった。車でなかったら何飲む? どうしてそんな野暮な事聞くんだろう。
「海鮮ご飯も出ます」
と言う。ひえ~。もう、ちょびちょび出される食べ物に、満腹感を越えていた。流石に肉はない。が、居酒屋と言っていいか分からないが、この店のものは、全て美味かった。しかも、魚類はなしで、それ以外は持ち帰りも
いいそうだ。よかった。くじらさんは今日鹿児島に帰る。道中お腹が減るだろう。海鮮寿司のお持ち帰りだ。
9時を回った。デザートを食べ終わっても9時20分くらいになっていたが、何も言わない。こちらから計算をお願いした。1人、3,500円を少しオーバーしたくらいだ。皆飲み物を注文したから当然の事だが、これは大満足だった。ふんずさんの言う正に美味くてリーズナブルだったのだ。ひろこさんが、
「お釣りはいいよ」
と言って、太っ腹を見せてくれたお蔭もあったのだが。
来年の「YOSOMI好きなヤツ」コンサートの打ち合わせは、ここでやろうと言う話になった。絶対ここだ。そうして、今度は生ビールを注文したいと思っている。カルピスと料理。ビールと料理。どちらが美味く感じられるか、また研究の材料が出来た。
満ち足りた顔をして外に出た。皆の顔は満月だ。あの男の人はいないかと探した。お礼が言いたかった。一言美味かったと言いたかったのだ。でも、店員さんが優しく送ってくれた。明るくて控えめでそれでいておもてなしの精神が叩き込まれている。上も下も満員だった。リピーターが増える筈だ。
駅に近付くと4人はJR明石駅へと左に信号を渡り、3人は駐車場へと北に歩いた。
「本当に演奏が出来て楽しかったね」
と話をしながら、駐車場に着いた。1,000円だった。3時間で1,000円は高くないと思う。不味かったら高い! と思っただろう。
こうして、須磨から明石までの旅は充実したものとなったと私は思っているけれど。
これで今年の第4回目のコンサートは終わった。来年も、皆がやる気になっている。人生、出会いとやる気ではないだろうか。皆、本当にありがとう。演奏した人も、聴いてくれた人も・・。生き甲斐を見付ける、いや、既に見付かっている旅が、また、もう始まっている。