朝7時過ぎたらスロージョギングに出掛けている。もう4日目かな。8時までに帰って来なければ「とと姉ちゃん」が観られないからだ。そうすると、朝食が8時15分を過ぎてからになる。6時間間を置くとして、8時半に食べると、昼は2時半になり、夜は8時半になる。これは私の食べ方ではない。
朝6時、昼12時、夜6時。私にはこれが理想なのだ。ジョギングに5時半までに出れば、6時過ぎには朝食が摂れる。これを目指して、今日は走った。
TVでの受け売りだが、朝食前に20分以上走るとダイエット効果があると言う。先ず糖質がエネルギーに使われ、それから脂肪が使われると言う。20分頃から脂肪が燃焼されると言う話を聞いては、そうしない訳には行かない。今私は35分位走るので、これは魅力ある話だったのである。因みに、夜は20分走っても、糖分が十分には使われず、脂肪が燃える事はないと言う。
そこで大切なのは有酸素運動で、例えば隣りの人と話が出来る程度の走りがいいと言うのだ。マラソン選手のような走りは、全く要らないのだった。スローでも、私には苦しい走りなのだが。
寝不足なのか、ボーっとしている。それでもツユクサの花が瑞々しく美しい。4、50㎝にも背伸びをしているツユクサは見た事がないが、シャリンバイの間から、懸命に伸びようとしているのは健気である。
走るコースに萩の花ではないかと思う程の花が咲いている。でもそうではない。花はとてもよく似ているが、葉っぱが全然違う。これは細長く、萩の葉は真ん丸と言うか、楕円形だ。病気の母親の為に鰻を食べさせようと川に入る加助の頬に、丸い萩の葉がくっついていると言う「ごんぎつね」の児童文学は有名だ。
だが、萩は正統な花で、この花は萩紛いと言っていいのだろうか。この花はこの花で、ちゃんとした名前があると思う。それを呼べばいいのではないか。そんな事を思いながら走る。なんと言う名前だろうか。
その時、アスナロを思い出した。そう名付けられたのだが、檜に似ている。だからと言って、アスナロはとても哀しい命名だ。「明日は檜になろう」と毎日思っていると言うのだ。明日はなろうと言っても、なれる筈がない。それでアスナロと言い続けるのである。漢字では翌檜と書くようだ。
この命名のお蔭で、文学ではよく取り上げられる。そんな紛いものとして命名されたものは、結構あるのではないだろうか。明日なろう、明日なろう。余りにも哀し過ぎる。
作詞研究会に入っていた頃の月刊誌を綴じたものが出て来た。もうこの話は止めようと思ったが、結構応募していて、金賞はなかったものの、銀賞や、銅賞に匹敵すると言われた佳作とかが載っていた。すっかり忘れてしまったような歌詞が殆どだが、よくこんなものを書いて応募していたと思う。例えばであるが、もう1つランク下の「もう一歩」と言うのがある。可笑しくて笑ってしまうが、それと「ワンポイントアドバイス」を載せてみよう。
愛してる
1.あなたがくれた ユーラブミー
どこどこ好きで 愛したの
この口 この脚 この心
全部あなたに あげちゃうわ
初めて会った その日から
なんてったって アイラブユー
2.緑の風を ユーブリンミー
登ればここは 花畑
この空 この雲 この景色
二人並んで はいポーズ
これから続く 幸せは
なんてったって アイブリンユー
3.やさしく抱いて ユーゲッミー
今夜はどこで 会うかしら
この路 この街 このホテル
そうよ素敵な 夢うつつ
このまま私 溺れるわ
なんてったって アイゲッチュー
ワンポイントアドバイス
詞のリズム感は抜群、もっとドラマ性を!
よう、こんな詞、書くわ、と今思う。1997年6月号に載ったものだ。
1996年10月27日に、神戸でゼミがあった。講師には坂口照幸、馬上雅宏両氏の素敵な話が聞けた。それはそれとして、私は手紙を書いて送っていた。早速ゼミレポートとして、1997年の1月号に載せて頂いていた。
神戸からの手紙
十一月のある日、編集部にお手紙が届きました。MFのゼミの雰囲気を伝えてとても嬉しい手紙でしたので、ご本人のご了解を得て掲載させて頂き、この稿の結びとしたいと思います。ご参加下さった皆さん、ありがとうございました。次は九州で会いましょう。
コートが必要な時節に突入しました。暦の上では霜月というくらいですから。
本日はアッと驚きました。予期せぬ写真とお便り。あの神戸ゼミのことが彷彿としてきます。石見さん(編集部注あり)が撮って下さっていたのですね。本当にいい思い出をありがとうございました。
充実した一日をありがとうございました。馬上先生のはめ込みや字脚のお話は参考になりました。が、サックスは凄いですね。お会いできて本当によかったです。坂口先生の作詞テクニックのお話も人情味たっぷりで、超常識でものを見よう、など、驚くほどの言葉でした。酒井部長のやさしさ、〇へさんのおもしろさ(色んな人生の経験を背中に垣間見ましたが・・)等々。言いたいことは、MFの人達は温かいということです。
通信講座がこんなに人を大切にするのは初めてです。ゼミに集った人達も、だから人情味があふれていたのでしょうか。とにかく、ゼミも二次会も、とても楽しかったです。女の人はみんな美女だし、自分は年なんて心配していたけど関係なかったし・・おみやげまで頂きました。
これからも少しずつですがレベルアップを目指して作詞の勉強を続けたいと思います。よろしくご指導下さい。MFの益々のご発展を心からお祈りしております。又、みなさんにお会いしたいです。
八年十一月十八日
寺島健二
ミュージックフォーラム編集部様
寺島健二は、私のペンネームだ。可笑しいね。
最後に、この前にも書いたが、鳥羽一郎のメロ先作詞応募があり、最優秀賞(グランプリ)になれず優秀賞になった作品とコメントを載せておきたい。選者は日本クラウンの方だった。MF始まって以来のビッグイベントだったと書いてある。投稿数は過去最高だったとか。
選者は先攻に約1ケ月を要したそうだ。全て歌ってみたそうで、字面はよさそうでも、口の端に乗せ、言葉が生きてこない場合は思い切って外したとのこと。
そんな大きなイベントだったのだと、今更ながらに思う。メロディーを録音したテープが、応募者全員に送られて来たのを思い出している。ここに私の作品を載せ、確かにグランプリにはなれなかった事を認識し、甘酸っぱい墓碑銘として、この作詞シリーズの幕は閉じたいと思う。馬鹿な奴だと、笑っていただければ幸いである。
宵待岬
親の心が 分からず拗ねて
何も言わず 家を出たが
ああ 通せんぼ
ああ 行き止まり
世間の辛さ
帰りたい 帰れない
あの娘待ってる 宵待岬
明日は来るのか 冷たい風が
他人に見せぬ 涙を散らす
ああ たまんない
ああ 苦しいよ
自分を恨む
帰りたい 帰れない
男心に 意地が泣く
きっと詫びよか 思案の橋を
行きつ戻る 心の苦さ
ああ 思い出す
ああ 故郷の
温もりだけを
帰りたい 帰れない
月を映した 宵待岬
コメント
哀愁があっていいですね。♪帰りたい 帰れない~のくり返しは効果的です。アレンジによってはかなり良くなる感じですが、曲のイメージからちょっぴり離れています。
その通りだと思う。
20年前と言えば50歳位だが、こんなこともしていたなあと懐かしく思っている。だが、所詮背伸びした作詞家紛いの自分だった。寺島健二とは、どこかアスナロとよく似ている。