或る晴れた日は、霜月の1日だった。

神戸駅で下りて、なんの躊躇もなしに文化ホールに向かおうとしていた。よく行く文化ホールは、いつもの癖だった。だが、今日は元町駅を降りて、鯉川筋を上がらなければならなかった。そこにラッセホールはある。再び乗り換えて元町駅に着いた。

第22回ラッセホールコンサート~美しいチェロとピアノの音色で彩る芸術の秋~。崎元蘭奈(チェロ)&楊美希(ピアノ)のコンサート。

1時半からだが、それでも早く着き過ぎて、1時前になった。いつもは早く来るKi君の姿がない。2階のホールに上がって見た。待つのは女性の方ばかりで、誰もいない。1階に降りようとしたが、ひょっとしてと思いその辺まで歩みを向けた。何と、Ki君が死角になった場所の長椅子に座っているではないか。

2人で話しているとすぐにシマさんが来た。前の席に座る積もりで、受付に並んだ。先に来た人達がいるから、やや後ろになった。入って行くと丸いテーブルに白い布が掛けられ、皆さん真ん中や後ろに座ったので、一番前の上手側のテーブルに着く事が出来た。

テーブルは5人座りで、全部で3列10テーブルだった。今すぐにでもディナーが出されるような雰囲気だ。勿論そんな事はないが、ケーキ付きだった。これは第1部と第2部の間に出された。コーヒーとティーは各自が並んで入れる。私達のテーブルは3人だけだった。

始まる前に蘭奈さんのお父さんから、神戸市教育会館のロビーで、私とシマさんに演奏して欲しいと頼まれた。何も長い時間ではないが、いつもチェロの弦ばかりでは面白くないと言う事だった。12月は空いているかと聞いて来たので、全部空いていると嘘を吐いた。でも、殆ど空いているから、予定と重なる事もないだろう。クリスマス前の演奏になるだろうが、また連絡すると言う、根耳に水の話だった。

崎元蘭奈さんも楊美希さんも、体が細いので驚いていたが、どちらも美人だった。

蘭奈さんの慣れたMCでコンサートは始まった。最初は蘭奈さんだけで「バッハ無伴奏チェロ組曲第1番よりプレリュード」を演奏した。チェロの心地よい音が腸に染み込む。何とその音は、人の心を癒すのだろう。

第1部

1.バッハ無伴奏チェロ組曲第1番よりプレリュード  2番目からピアノの楊さんが下手から加わった。

2.エルガー 愛の挨拶

3.武満徹 燃える秋

4.アベマリア

5.リベルタンゴ

6.オブリビオン

7.チャイコフスキー メロディ

4,5,6はピアソラの3曲だ。

ここで25分の休憩で、ケーキが運ばれた。それぞれがコーヒーかティーの場所に並んだ。ティーのレモンは魅力的だったが、やっぱりコーヒーにした。俄然コーヒーの好きな人が多いようだった。しかも、ミルクや砂糖を入れている。私はもう、いつでもブラックだ。美味いコーヒーだった。

ケーキは恐ろしい程の美味さ。普段皆がケーキを買いに行くのが分かる。コーヒーが済むとティーも飲みたくなった。レモンを入れて席に戻った。

第2部

1.ビートルズ、カーペンターズ メドレー  その次はピアノのソロだった。ブラームスのラプソディーとリストのハンガリー狂詩曲。終わりの方で運動会でよく流される曲に変わる。

2.ピアノソロ

3.夏の思い出

4.夕焼け小焼け

5.赤とんぼ

6.ふるさと

3,4,5,6は日本の名曲として、メドレーで演奏した。ややジャズアレンジだったが、左程のジャズではなかった。

アンコールがあった。2人は、ちょっと打ち合わせ、中島みゆきの「糸」を演奏した。

蘭奈さんのチェロは、もう自分の音を紡いでいる。とても心地いいものだった。驚いたのはピアノの楊美希さん。ソロは中々の技術を持っていたが、伴奏の音が何とも明瞭で、こんな伴奏をして貰える蘭奈さんも幸せだろうなと思った。

2人はCDを販売していてサインもしていたが、私達はまたいつかと言う事で、階段を降りた。だって、1人のCDだけ買う訳には行かないだろう。3人はすぐに外に出た。勿論、音楽の後の酒を求めて。

灘と言う酒房に入った。生ビールから始まり、おでん、串焼き、玉子焼き、生ビール、麦焼酎、芋焼酎と3人それぞれの飲み物を注文した。お尻が据わってしまうまでに今回は帰る事にした。コンサートは1時半から3時10分頃までで、酒房は4時半位で切りをつけた。3人3様の交通機関に乗る為に、三宮で別れた。

素晴らしいコンサートだった。笑みが零れる程だった。蘭奈さんを聴きに来て、美希さんを知った。素敵な姿と演奏に、心豊かにさせられた。真っ赤なドレスの蘭奈さん。渋い金色に染まる美希さん。今までのストレスが吹っ飛んで行くようだった。

家に帰るとすぐに、鹿児島の芋焼酎「白狼田苑六年貯蔵」をお湯割りにして飲んだ。妹がくれた焼酎だが、芳醇な味わいがあった。720mlが終わった。もう1つある。それは秘蔵古酒シリーズの片棒「金獅さつま無双三年貯蔵」だ。今飲むか? 今でしょう。そうか、じゃあ飲もう!

お腹が大きくなったお月様が、空にでんと座っている。大きく真ん丸になるのは暦では4日。大きな、美しい満月が見られる幸せ。それは、人生でなければ見る事能わずだ。そこには、壮大なロマンがある。
台風22号がどのように暴れるかは分からないが、29日が一番煽られる事は進路予想で分かっていた。

暴風雨の中でのBBQは誰が考えても無謀だろう。しかし、それでも万に一つの確率で、雨風が止まないとも限らない。それを巷では博打と言う。

案の定シマさんから電話があり、中止する事になった。田畑を見下ろす木津の小高い丘でのBBQは、楽しみの一つでもあったのだ。私は加古川からも来てくれる筈のO君とKikさんに、須磨のKi君から中止の連絡をして貰う事にした。

暫くして、シマさんから新長田にある奄美会館でやると言って来た。中止を決めた後の話で、BBQは出来なくても部屋で出来ると誰かが提案したらしい。それも宜なるかなである。木津ではお昼位から始まる予定だったが、新長田では5時から始まる。電話の好きなKi君は、再び中止解除の連絡を2人にした。

29日の昼頃は強い風と雨が窓を打ち、すぐ目の前に見える歩道に植わった木々は、激しく揺れていた。

心配は、台風が直撃したら電車も止まり、垂水の私やKi君は帰れなくなる。勿論加古川の2人も巻き込まれる事になる。

3時半過ぎのバスで垂水まで出て、電車で新長田まで行った。不思議と雨も風もなく穏やかだった。30分に待ち合わせていたのだが、4時15に速すぎると思ったが着いてみると、改札の外の椅子に座って3人で話していた。目敏く私を見付けた3人と出会った。歳を取ると、何でも早いと思った。無論遅くなるものも沢山ある。先ずはかけっこ。

時間潰しに鉄人28号を見に行った。18メートルの巨体はどっしりとしたもので、見ただけでパワーが貰えるようだった。塗り替えられて美しくなった鉄人は、益々男を上げているようだった。股下を見上げ乍ら潜ったりした。

その辺をぐるっと回り、10分前だったが奄美会館に着いた。戸は開いていて、シマさんが階段から声を掛けた。

「スリッパは要らないから、そのまま上がって来て」

誰かが聞いた。

「靴履いたままでいい?」

と。

「いや、靴は脱いで」

2階でやる事になり、もう殆どが集まっていた。BBQなら20人以上集まるのだが、えらいこじんまりしていた。男が6人と女が3人だった。皆、台風を気にして、参加を断って来た事もその原因だった。

私は知らない人の隣りに座った。その人はHoさんと言って、神戸亀津会の顧問をしている偉い人だったのである。シマさんの前に対座していた。何とシマさんとは同じ小学校であり中学校の友達だった。

ビールで乾杯していると、ぐーんと若い女性が送れたと言って入って来た。シマさんの弟子で、何度か出会っている。これで男6人、女4人の10人の会となった。

油で揚げたそばや枝豆に濡れピーナッツ。フキを入れた煮物やイカナゴのくぎ煮。おにぎりまである。時間を掛けて作ったと言った。手作りの食べ物が用意され、シマさんの三線が始まり、もう神戸は奄美大島に飛んだ。一升瓶に入った黒糖焼酎れんともどんと置かれ、次から次へと焼酎のお湯割りを皆お代わりしていた。私の前は若い女性。気遣いが素晴らしいと思た。なくなる度にお湯割りにして持って来てくれた。

シマさんは島の話を深い所まで話してくれる。その薀蓄に、我々は耳を傾け、時々質問をする。

ピーナッツは、愛媛の今治のものだと言った。驚く程大きかった。中々剥がせなかったが、食べると美味い。後で、物凄く簡単に綺麗に剥ける方法を教えてくれた。まるで手品のようだった。

オカリナを吹くように催促され、私はさもありなんとオカリナ3本と楽譜を持って来ていた。童謡を吹き、続けて何曲か吹いた。楽譜の曲はメロディーだけでなく、ちょっとした間奏のアレンジがあり、そこを聴いて欲しくて吹いたようなものだった。

また、シマさんの三線を中心に、順に唄を唄って行った。我々男5人は、ただただ奄美の唄に引き込まれ、それを聴いていた。盛り上がり、時間も経ち、3時間半を過ぎていた。お開きになったが、外は雨もなく、風さえなかった。不思議な時間空間だった。

さて4人が帰ろうと駅人向かっていると、Ki君がカラオケに行こうと誘った。もう店に入って行ったので、有無を言わさず3人はそこに入って行く羽目になった。1時間、と言った。

順番に好きな歌を歌って行った。すぐに1時間は経つ。電話がフロントからかかり、Ki君は「延長」と言っていたようだ。私は10時半までのバスに乗らなければ1時間余りを歩いて帰らなければならなくなる。タクシーで2,000円以上の出費はご免だったからだ。

訳を言って1人先にその場を離れた。幻のBBQの会も楽しかったが、久し振りのカラオケもいいもんだと思った。声を思い切り出せる所為かもしれない。やっぱり使わなかった喉は痛くなる。またの機会があったらと言っても、Ki君がいる所には至る所にカラオケ店がある。きっと拒まない限りは、幾らでも行けるだろう。

バスには間に合い、無事に家には辿り着いた。そりゃあそうだろう。嘘のようなノンタイフーンだったからだ。少しずつ大きくなって来た月は皓皓とその半月姿を惜し気もなく露わにしていた。満月は11月4日の予定である。ここにも、ここにもと、久し振りの煌く星を脳内に刈り取りながら、ほぼ冷めた酔いを抱えて歩いた。
夕方、6時前に家を出て、高速バスに乗った。渋滞で、山麓バイパスを通ると運転手は言う。高速に乗れて速い時は三宮迄25分で着く。それが、渋滞となると40分以上かかる。今回はそうだった。

このバスはそごうの反対側ではなく、三宮東に止まった。歩いてそこまで戻るのにやや時間がかかる。急いでいる時は尚更のようにイライラする。

今回のライブは始まりが8時だから、阪急西宮北口まで、そんなに時間はかからない。間に合うと計算した。しかも、特急に乗れた強みがある。

北の改札を出ると、見慣れた所に出た。慎重にパソコンで調べた道を辿った。複雑そうで何と簡単だった事か。

北西出口は改札を出ると左側だ。階段を下りて、小さな公園紛いを抜ける。三井住友銀行がある筈だったが目に入らなかった。その代り、左にKFCが見え、右手にファミリーマートが見えた。その向かい側に権太郎寿司がある。その筋を真っ直ぐ行くと、突き当りが川だ。

活彩の向こう側にRJ&BME’Sのネオンの案内板があった。そのビルの3階がライブ兼食堂だ。

そこまで下見をして時計を見ると7時半だった。ここ壱番カレーに入り、ギュウカツカレーを注文した。やっぱり美味い。家で食べる85円のレトルトカレーよりずっと美味い。がしかし、8時までに入れるだろうかと思うほど、出て来るのが遅かった。

中に入ると、何処でチャージ料を払えばいいだろうと思った。カウンターに向かって歩き、店の人に聞いた。それは飲食代と一緒に、帰る時に払えばいいと言われた。

入ったらすぐにステージが設えられているが、かなり狭かった。客は20人位しか入れず、従業員も入れると25人程の店だった。遅く行ったから、ステージの近くに座れた、と言ったら変な気になる。

時間通りに始まった。私は生ビールを注文した。沢山食べないためにカレーを食べて来たのだし、生ビールを1杯だけに留めて置きたかった。結果的にはその500円とチャージ料1,000円を払っただけで終えられた。

最初はMCもシンセサイザーも歌も歌える北野真由子さんが歌った。ハロウイーンの姿で、衣裳は白ではなかったが、まるで白雪姫のようだった。歌は頗る上手い。詳しくは知らないが、プロで活躍しているのかも知れないと思った。

エントリーされていた人達が19組。それが今日の出し物だった。曲は1曲で終わりだ。

ここのマイクは、素敵な声を拾う。こんな所で歌ってみたいと思う程だ。抽選の順番に誰でも歌ったり演奏したり出来るようになっている。音響設備は絶対いい。

何故初めてこんな遠いライブハウスに来たのか。それが問題だ。

ブロ友になっているおたくささんが、長崎からやって来て、オカリナを吹くと言う話をブログで見た。場所を聞き、聴きに行きたいと言った。そう言った限りは、行かない訳にはいかないだろう。それで、このライブハウスに居るのだ。

入ってすぐ、何となくこの人だと思った。演奏をしたらすぐに分かるが、何番目かが分からなかった。最後まで聴いたら、11時にはなるだろう。私は三宮で帰るバスがなかったら、垂水から1時間ちょっとを歩かなければならない。おたくささんの出演時間が気になった。

おたくさをハンドルネームにしているが、これは紫陽花の事だ。シーボルトが付けたと言われていて、それは愛人を匂わす名前だったとか。

北野さんが、「この次はおたくささん」と言った。これで出番も分かったし、誰がおたくささんかもはっきりすると思った。彼女はお歳をめされているようだったが、この人がおたくささんだとは、入った時から何となく感じていた。愈々オカリナを持ったので、確定した。

細身の女性で、オカリナは習ってからそんなに経ってはいなかった。それでもこちらのギターの伴奏で「秋桜」を吹いた。堂々としていて驚いたが、根性が座っているように見えた。どうしてこんなに度胸がいいのか分からない。

オカリナの魅力もあるだろうが、長崎から来た事で、拍手も一段と湧いた。その後数人の歌を聴いて、9時半になったのでおたくささんと次の演奏までの短い間に話して、このライブハウスを出た。息子さんと来ていて、彼にも挨拶をして出て行った。とても楽しい集いであった。どんな人か分かった上でブログを読むと、また違った趣があるだろう。

三宮に着くと、最終の1つ前の高速バスに乗れた。うとうとしていると、軈て家の近くのバス停に到着した。

これからまた大きくなって行くだろう上弦の三日月が、空に君臨していた。

久し振りに星も見た。大きい星、小さい星。明るい星、暗い星。赤い星、黄色い星。様々な星が夜の帳に張り付いていた。


Sさん宅にお邪魔したのは24日の午前10時前。押しかけたのは7名だ。

お昼になる少し前まで、11月19日(日)1時から4時半頃まで神戸生田会館で開催する「YOSOMI好きなヤツ」コンサートでの演奏の練習をした。当日はまだ遠方から加わる。この場にいるのは、Sさん、S.Sさん、シマさん夫婦、オカリナママさん夫婦、Nさん、そらの陽さん、私で、9名になる。

2曲を数回練習した後、オカリナママさんにピアニカ演奏をお願いした。両手で鳴らす迫力のある技法に喝采だ。大ベテランのシマサンの三線と唄も、折角なので。流石に安定した演奏とこの歳でこの艶はない声。2人の演奏は、ちょっと得した気分だった。

SさんがBBQの準備をしている。皆も外に出る事にした。S.Sさんも何かと準備が大変だったと思う。

肉やウインナーや鶏肉がどっさり。サラダがいっぱい。おにぎりまで。サッポロビールで乾杯。焼くのとお喋りが同時に始まった。気の置けない仲間なので、和気藹々だ。この天気は何だと思うほど、空は晴れていた。

暫くするとすぐ上の路地の家の人が、S.Sさんに連れられてやって来た。美味い赤白のワインを2本持って。Uさんと言う。

最初はどんな人か分からないが、話も陽気で薀蓄もありそうだった。それも、50年来グリークラブとかカルテットで歌っている人。仕事は聞き損ねたが、バリトンだったかな。

以前、神戸市男声合唱団にも所属していたそうだ。指揮者の1人だったKikuさんの名前を出したら、これも知っていた。黒い衣装を着たら、きっと似合うだろう。出合いには、何らかのドラマガあるのが面白い。

この場所は所有者がいて、暫くしたら使えなくなると言う話だった。それで、これからはSさん宅のすぐ横のこの場所でのBBQが出来なくなる。そんな理由で、最後のBBQに呼んで貰ったと言う訳。

用事があると言って、Uさんは暫くしたら帰って行った。

大きな出窓。周囲の壁は薄いピンク色。石段の反対側正面に見えるよその家は白壁。その間は畑で、緑色がお互いの色彩を盛り上げる。まるで、ここはカナダあたりの洒落た空間のようだ。空も青く、燦々と日は注ぎ、BBQの最後は、そんな景色を刻む事になった。

いっぱい話し、好きなだけ飲み、食べ、記憶は頭と胃袋に残った。S.Sさんは残り、オカリナママさんの旦那さんは帰り、私達7人はカフェでお茶を飲んで別れ、三ノ宮では、それぞれが散り散りになった。

私は1人、この日の命名をした。

フェアウエル BBQ!
15時15分には家に戻っていた。

地下鉄新神戸のプラットフォームで谷上行きの電車を待った。荷物はオカリナの入ったアタッシュケース。ラジカセ。楽譜やトリプルのバス管などを入れたバッグ。それと譜面台だった。重たいのは、今家で肩が凝っている事からよく分かる。

今家で何をしているか。勿論ブログを書いている。しかも、缶ビールを飲みながら、あては帰りの名谷駅で買った明太子。540円ならと思って買おうとすると、販売のおっちゃんおばちゃんが言った。

「こっちがいいよ」

と。それは1,080円のものだった。形は崩れたものもあったが、540円の3倍の量があると教えてくれた。すぐに手が伸びた。

「真っ直ぐに持っていてね。帰ったら1つひとつをサランラップで包んで、冷凍庫にいれて」

と言う。

「冷蔵庫では駄目?」

と聞くと、

「冷蔵庫だったら1、2週間かな」

との返事。2週間もしない内に全部なくなると思ったから、私は冷蔵庫に入れた。真っ直ぐに持ってなどいられない。横になったり引っくり返ったりしていて、家では汁が毀れ出ていた。真ん中に集めてパックの縁を綺麗に拭いた。そうして、フライパンで少しだけ焼いた。小さい粒が弾けるので蓋をすると、中で激しく飛び跳ねていたが、一向に気にならなかった。

旨い。ビールも明太子も。これから毎日食べられると思うと、相好が崩れる。


天候はちょっと機嫌が悪そうだったが、こんな出で立ちなので、雨だけは降って欲しくなかった。傘は絶対にさせないからだ。大阪や関東は激しい雨に見舞われるとテレビは言う。8時10分に家を出てバス停に行った。地下鉄名谷駅に着くと新神戸行きに乗った。谷上駅は新神戸駅の次だが、8分掛かる。

兎に角新神戸まで行けば谷上行きが待っているだろうと思った。後でシマさんに聞くと、谷上行きは待っている電車などないとの事だった。つまり、名谷駅から新神戸駅行きが先に出るのでそれに乗ったが、後から来る谷上駅行きに乗っても、新神戸駅で待てばその電車に乗る事になるのだ。

谷上駅に着くと、9時半前だった。10時半から1時間程オカリナの演奏を頼まれているが、10時にSHビルの7階に来るよう言われていた。時間がまだ30分ある。スーパーでテンションを上げる為にリポビタンDを買って飲んだ。

だが、まだ時間はある。タクシーの停まっている所に出て、周りを見た。すぐ山がなだらかに連なっていた。どう見上げても角度は30度位の先に稜線があった。そんなに高い山ではないが、神戸市でも、田舎の懐かしいような景色を保っている。

人の疎らに歩く姿を見たり阪急バスを見たりして、10時前まで佇んでいた。「おりば」と大きな字が書かれ、そこの阪急バスは下から水色のラインが引かれ、そこから上は幅広く肌色が塗られていた。その上は細い3本の線が下から水色、白、赤となっている。少し肌色の幅を越えて最上は水色の線で納まっている。初めて見るデザインだった。

SHビルはすぐそこで、谷上駅を降りたら繋がっている。7階に上がるとシマさんともう1人の担当者がいた。

10人の人が聴いてくれるらしいのだ。この部屋の外は、緑が目立ち、山には霧が掛かっている。この部屋は会議室と思われ、凄い上等の椅子がテーブルの周りに12脚ちょっと並んでいた。元々そんな狭い部屋ではある。ここに、谷上保育園の園児が先生に連れられて19人入って来た。

2曲吹いた時、園児は帰って来るように言われていたらしく、いそいそと先生に言われるがままに立ち上がった。シマさんが、園児の為にアニメソングを用意していたと言い、1曲聴く為にとどまってくれた。よかったと、胸を撫で下ろした。「さんぽ」と「となりのトトロ」のどちらがいいかと聞いた。4歳児達は、「ととろ」と言った。流石に好きなようで「とっとろとっとぉろ」の所は大きな声で歌っていた。

最後まで聴いてくれると思ったが、子供には子供だけの選曲をして聴かせないと、演歌等面白くも何ともないだろう。元々は大人の為の演奏だったから、子供には2曲用意していただけだった。

丁寧に挨拶をして、出て行こうとした。私は、子供達の為に何かお土産をと思って、手裏剣を25個折り紙で作っていた。慌てて先生に渡し、子供達に上げて欲しいと言った。子供達はまたお礼を言って、部屋を出て行った。

ライブだから何箇所か間違ったが、自分では咄嗟に誤魔化しながら演奏した。10曲目で最後の曲になった。シマさんが上手に言ってくれ、アンコールを吹く事になった。トリプルのバス管で「ふるさと」を吹いた。

シマさんは今日のメインの担当者で、皆に自己紹介をするように言った。感想もあり、略喜んで貰えた事が分かった。私が敬愛する理子さんに習っている人がいて、オカリナには3年近く魅入られていると言った。その人も入れて3、4人が前に出て来てオカリナを見たり触ったり私に質問をしたりした。

とっても緊張感のある、しかし気持ち良く吹く事の出来た10人の為の、いや30人の為のコンンサートだった。その人は私など問題にならない程音楽は堪能だったが、オカリナは見習い中だみたいに謙遜していた。でも今年のオカリナフェスティバルin神戸にグループで出演したと言ったので、来年はひょっとして顔を合わせるかも知れない楽しみが出来た。

演奏中に窓外に見えた雨も、全て終えた後は1滴だに感じなかった。

シマさんに案内されて、近くの店にお昼を一緒する為に行った。少し駅から離れていたにも関わらず、店は満員に近かった。16人位しか入れぬ店ではあったが、広くはないのでむんむんとした熱気に包まれていた。

生ビール。餃子。唐揚げ。彼も推奨していたしよく来た店だと言う程、特に餃子は美味しかった。また追加して食べた程だから。こうして飲み話すのが、イベントが終わった後の至福の時だと思う。話は、2人にはよく理解出来る話で盛り上がった。2人で盛り上がるのはちょっと違うかも知れないが、それが面白いのだ。他の人が入って来たら、恐らく信じられないような話だったに違いない。

もう終わってしまったが、約束は果たせて満足だし、こうして2人で談笑出来た事も満足だ。


そろそろ明太子も後少なくなって来た。ビールはまだ何缶かあるので寂しくはない。飲んで書いたブログ。誰か読んでくれる人がいるだろうか。中味のない、だらだら長いだけが取り柄のブログなのだが。