人は美しいものに惹かれ、その都度感じていればいいのだが、どこでどう違ってしまうのかその世界にどっぷりと浸かってしまう習性があるようだ。

 

宇宙ステーションに囚われて日は浅いが、それでも2年位にはなる。自分の家は西向きに建っていて、西の方面の空は玄関を一歩踏み出ると、一部ではあるが広い空間として目に飛び込んでくる。

 

良くない言い方だが、家々がやや密集している一角なので、それがなかったら辺り一面パノラマのようだろう。どうしても宇宙が見たければ、360度見渡せる所を探してそこまで出向けばいいのだが、それでも人工の灯りが眩しくて、掌でその光を遮らなければ対象物がよく見えない事がある。

 

最初に宇宙ステーションを見たのは玄関からだった。西の方角から飛行機よりやや遅く、礼儀正しく星のような大きさでこちらに向かって来た。それも数分の事で、夕方の明るい空を飛んでいた。

 

およそ100mはあり、しかも人間が乗っている物体が地上から約400kmの辺りの地球の周りを1日に16回も回っている。1周が1時間半とは、まるで鉄砲の弾のような速さだと聞いても、咄嗟には信じることが出来ない。

 

それを見る為に、カインズの2階位の高さにある駐車場に行く事が殆どだった。時間によってはチェーンが張られたりして車では行けないことがある。そんな時は徒歩で余裕も込みで20分を要する。最近は宇宙ステーションは飽きた訳ではないが、好条件の日でも行かなくなった。

 

そんな折り、7月に点が繋がったように宇宙を駆け回るスターリンク衛星の事を知った。1度に60機ロケットに乗せて打ち上げるので、全部見えなくても一直線になって走って行くのがまるで銀河鉄道のように見える不思議と驚きを知った。

 

宇宙ステーションもスターリンク衛星も見えるのは5分位で、宇宙ステーションは6、7分見えることもある。短い時は1、2分と言う事もあるが、そんな時は見に行ったりはしない。

 

スターリンク衛星はまだ3度しか見た事がないが、最初3機が連なって見えた時は、見えた事の感動が大きかった。もっと長く連なったものが見たいと思った時は、数の感動だった。その時は16機見えた。もっと多く見たいと言う衝動は常にある。

 

3回見る事が出来たが、その倍以上はカインズに通い、見る事は出来なかった。予測してあるPCのページを見て出かけるのだが、3段階の予測で、小学校の通知表のように「よい、ふつう、わるい」に分けて予測されている。「よい」時に行くのだが、何故か天候も方角も時間も「よい」のに見えない時がある。

 

8月16日の予測は「ふつう」だった。カインズに行く気はなく見る気もなかったが、「8:30pm・5分・北西から南東、見え始め11°」の予測は玄関を出て家からの方角は建物が邪魔と言う程でもなく、雲は散乱していたが北西の方には遮る雲は殆どなかった。

 

家の外から見られる条件なら、見えなかったとしても元々だと思った。8時30分の2分前に外に出てみる事にした。期待はしていなかったが、時間だけは5分が勝負だった。北西の方を向いた。斜交いの家が空を見る空間を狭めてはいたが、元々そう言う配置だったので気に留める事もなかった。

 

30分を過ぎた頃、期待は殆どしていなかった。「ふつう」と言うのは、何らかの見える条件が良くないのだろうと考えていたからだ。む? その家の三角の屋根の後ろから、ぞろぞろと昇って来る気配の数個の衛星が見えた。え? それはまるで煙突から出る煙のように天に昇って行くかのように屋根の影から覗いては連なって行く。

 

まるで感動だった。一直線でもよく見ると2個ずつ縦になり横になり斜めになって続いて行く。3個が縦に並んでいるのもある。屋根から最後の衛星が出切った時、繋がっていた直線は列車のようにその場から外れて行った。数を数えたら22機あった。まるで新記録が生まれる様だった。

 

5分も見られるのかと喜んだが、見え始めてから1分半位で地球の影に消えて行ってしまった。しかし、家の前で今までで一番はっきりと見えたのには感激も一入だった。宇宙ステーションは気持ちの上で下火になったが、改めてスターリンク衛星が見えるようになったのは更なる喜びとなった。

 

月に4度は打ち上げられるし、今年は勿論の事来年も見られる可能性がありそうだ。このスターリンク衛星は地上から550kmの高さで地球を回り、どこでもインターネットが出来るようにとイーロン・マスク氏は語っている。

 

もう7000~8000機は飛び回っているだろう。スターリンク衛星は、打ち上げてから2、3日は見えるが、その後は肉眼では見えなくなると言う。見えた時が花と思って、暫く目を離さないでおこうと思っている。

 

空と宇宙の境目は本来はないそうだが、国際宇宙連盟は(Federation Aeronautique Internationale)高度100kmから上を宇宙と定義している。また、米国空軍は80kmから上を宇宙としている。

 

とても宇宙の広さや星の大きさは実感できるレベルではないが、ほんの少しでも宇宙で起こる出来事や太陽や星や月の事に関心を持ちたいが、まだまだ身の回りには美しいものが沢山ある。それも観察したり感動しながら、目で見える範囲の宇宙の楽しさや美しさに浸かって行きたい。

8月1日は観るのには良好な日だとPCは知らせてくれていた。

 

午後7時56分から5分間見られるとある。北西から南東への夜空の道を銀河鉄道のように走る。

 

start:11°,  max:88°,  end:23°。88°は如何に首を上に曲げなければならないかを指示している。

 

20分前に家を出た。カインズの2階に並ぶ駐車場には見られ始める時刻の6、7分前に着いたが、いつものように念入りに方角を確かめたりするのに時間を要した。

 

時刻が来て探し始めるが、見えないなあなどと思っていると、あっと言う間に5分など過ぎる。雲は少なかったが、緊張して空を眺め回した。天候は良好だと思えたのに。2分過ぎた頃、単独で動く衛星らしきものが3個所位に分散して動いていた。ひょっとしてスターリンク衛星から離れたものかとも思ってみたが、それなら連なった星も見える筈だ。

 

半分も時間が過ぎると「また見えないのか」と溜息が出始める。時間も後1分あるかどうかと思しき頃、首をうんともたげた所に、銀河鉄道どころか私にはよほど慌てただろう、それはムカデのように感じられた。この瞬間のここでの感動は、私にしか分からない。そんなに明るくは見えないが、1列に縦に並んだ衛星たちが行儀よく静かに南東の方に向かって進み、消えた。

 

写真では面白くない事が、3個見えた時に写したスマホで分かっている。兎に角画面に入ってくれるように願いながら、ビデオにしてその赤いボタンを押した。薄くなったりややハッキリしたように写っているようだったが、その衛星たちは後で見ると小さな小さな動く繋がった点だった。

 

20数秒途切れながらも写っていた。衛星の数を素早く数えたが、16機だったようだ。5、60機連なったのを見たい気はあるが、この感動を大事にして、あとは運任せでもいいと思った。

 

2日も4分間のチャンスがあり、カインズのオープンな秘密基地に向かったが、見る事は出来なかった。周りの、私にすれば野球のナイターの灯りのように思える灯りは、8時20分頃に消える事が分かった。眩くて、見つけるのにやや困難だが、明かりのない所が理想的だ。今度は、薬屋と電気屋の辺りに行って、空を見上げてみよう。

 

里山のような場所がいいに決まっているが、そうそうすべての条件が叶うと言う事はない。

昨日は17日。夜8時10分に歩いて家を出た。カインズは20時には一応駐車場は使えなくなる。チェーンを繋がれたら車を出せない心配があって、20分は十分に保ちながら歩いた。

 

初めて見るだろう人工衛星にワクワクしていた。20時32分から5分間見られるとインターネットでは書いてあった。カインズの駐車場に上がると、方角をスマホの磁石で念入りに確かめていた。北西から東までが軌跡だった。

 

天体に対して見晴らしがよく、私はそこを自分で秘密基地と呼んでいる。えらいオープンなシークレットである。32分が来た時、見える方向に目を遣った。この日は暑かったが晴れていて、観測日和だと喜んだ。

 

車が上り下りするスロープには、眩いくらいの灯りが煌々としている。手で明かりを遮らないと空がはっきりとしない。でも星もよく見えている。首を回しながら見えそうな所に何度も目を向けた。見えるのはカラフルに点滅する明りの飛行機ばかりだ。5分など非情にも過ぎ、とうとう星以外には人工衛星は見る事が出来なかった。

 

スターリンク衛星!

 

残念だけれど、そう簡単には見れないとあっさり納得して、家に帰った。Tシャツ1枚なのに、とても乾いたとしても気持ちが悪く、すぐに湯舟に浸かった。またいつか見られる事もあるだろう、そう思った。

 

写真で見るには30個くらいの人工衛星が連なって、まるで銀河鉄道を目の当たりにしたようだった。いつか必ず見たいとの思いは募った。

 

今日18日は何かをしていて、じっとしていることがなかった。夕方になった頃、外は青空だったのでふとインターネットで今日も見られるかと調べてみた。

 

言葉は殆ど検索したものを引用しているが、

 

「スターリンク衛星とは、アメリカのスペースX社が提供する衛星インターネット「スターリンク」の人工衛星のこと。50~60の衛星が列になって進む。衛星が打ち上げられた時と数日だけ観測出来るので、今後もずっと見ることが出来るわけではない。観測するなら大量に打ち上がる今年中がお勧めだ」

 

「スペースXは、テスラのトップも務める、実業家のイーロン・マスクが作った会社。スターリンクは、衛星から電波を拾うことで、インターネットが使える仕組み。スターリンクの衛星は、2023年7月時点ですでに4500以上が打ち上げられていて、それらが束になって地上のアンテナに電波を飛ばしている」

 

「肉眼では打ち上げ直後数日で、打ち上げ済みのものを肉眼で観測することは出来ない。1度に50~60機がまとめて打ち上げられ、数日間だけ列になって地球の周囲を周り、観測出来る」

 

とある。

 

いつ見られるかなどはPCで検索することで、まず「スターリンク衛星」を入力し「[7月速報]スターリンク衛星とは? 次はいつどこで見れるかの情報 まとめ」

をクリックし、ずっと下の方の https://find starlink.com/ をクリックすると、

Country:Japan  Place:Kobe,Hyogoと出るので「FIND VISIBLE TIMES」をクリックする。地域が違う場合はその場所が現れていると思うのだが。

 

次の3ランクに分けられている。Timing with good visibility(よく見える)Timing with average visibility(普通に見える)Time with poor visibility (やや見えにくい)。肉眼でよく見るには good visibility と書いてある時だけを対象にするのがいい。  

 

この手順で出てきたのが18日は good visibility だった。昨日よりは少し雲がある気がしたが、目が慣れると、雲のない所では星は何とか輝いている。

 

(past)8:46pm, 18Jul 2023 Star link-92(G5-15)(new), BRIGHT(2.3) from 5 mins   Look from NORTHWEST to SOUTHWEST   Elevation(from horizon): start:10°, max:77°, end:77°

 

20時46分が近い。何度も時計を見、北西から南西までをしっかりシミュレーションした。20時30分には邪魔なくらい明るい電灯は消えていた。好都合だった。出来るだけ遠くの街の灯りも余り見えないような所で待った。

 

46分になっても、何も見えない。ああ、また今日もダメかと、半ば当たり前のように宝くじの外れに諦めているかのように、それでも後2分。首をほぼ真上の辺りに上げた。点が3個ほど並んで南西の方に向かっているように見えた。これだ! スマホで写そうと準備していたので、先ず画面の範囲にやっと捉え、写した。60も並んでいたら壮観だろう。でも半分でも、10個でもない。3つの星が整然と並んで、まるで銀河鉄道のように空を駆けて行った。すぐに見えなくなったが、確かに私の目には不思議な感動と余韻が残った。

 

もう7月は見られないだろう。月に4回は打ち上げられると書いてあった。間違いなく、これなら天候の事もあるが1週間に1度は見られる事になる。条件のいい所で、長い連結された空の夜汽車が、星々の間や上や下を整然として夢を運んで行く姿を、何度でも観たいと思った。

空にキラキラお星様。綺麗だなあ、そう思って過ごしても良かった。あれが北斗七星。あれはカシオペア。その中心にじっとして動かない、そんなに明るくない星がある。それがポラリスだ。北極星をこう呼ぶと、もう過ぎ去りはしたが韓国の感動を撒き散らした映画「冬のソナタ」が思い出される。

 

そんな天体事情を考えるようになっても、それは自分のあざとさを示すだけで、天文研究者の調べた事は決して自分の調べた事でも何でもない。ただ、その研究結果を知る毎に途轍もなく巨大な宇宙が自分を飲み込んでしまう羽目になる。

 

もう誰でも知っていると思われる簡単な知識さえも、考えただけで何もかもが分からなくなって行ってしまいそうだ。私の初歩的な知識も知れたものだが、書く事によって反芻しながらその不思議さ巨大さに吸い込まれて行くのだ。

 

例えば太陽は誰でもが知っている天体だが、私の乱雑なバラバラな知識を引っ張り出してみると、太陽が生まれてから46億年経っていると言う事。太陽が考えられないほど巨大になり、明るさも今の1000倍位になり、爆発してしまうのに後50億年かかると言う知識。これを知識と言っていいのだろうか。安心していいのだろうか。どんな疑問を持とうが、正直さっぱり分からない研究者たちの凄い結果である。

 

大きさはと言えば、太陽の直径に地球が109個並ぶ大きさだとか、距離はと言えば光が地球まで届くのに8分半かかる距離だとか、そんな知識しかない。8分半などすぐに経つ時間だが、光は1秒で30万km進む。それは地球の周りを7.5周する速さだと学校で習った記憶がある。序でにだが、地球から月まで約38万kmある事から、月の光が地球に届くのには約1.3秒しかかからないと言う事である。

 

段々分からなくなって来そうだが、太陽の直径は約139万kmで、オリオン座の左上にあるベテルギウスなどと比べるとその星の直径は約14億kmで、太陽のおよそ1000倍の大きさがある。もっと言えば、太陽は銀河系には約2000億個あると言われる星々の1個に過ぎないと言う。

 

12月24日日没が17時頃。私は宇宙を見上げる気に入っている基地にいた。夕焼けが水平線か何かのようだ。星はまだ見えない。この時間最初に見えるのは先ず惑星だが、この日も次の日も27日頃までは見られるようである。曇りや雨ではどうにもならない。この24日は、昼の間普通に晴れていた。それが、家を出るちょっと前まで、部屋の窓から見える空は雲が湧いたように厚く覆っていて、本当はがっかりしていた。だが、車で基地に向かう西の空は殆ど雲もなく、心の中では快哉を叫んでいた。

 

日が沈み30分経った頃、目平南西の方角に金星が輝いていた。その左上の方に、はっきりとは見えないが、目に入っては消えたりする薄い光の星があった。これこそ水星だった。この2つの星は暫くすると沈んで見えなくなる予定になっている。少しずつ下方に位置をずらしていた。

 

つまり、この日は惑星が全部この時間帯(金星と水星が沈むまで)に勢揃いすると言う日だったのだ。2つの星がいる間に土星を探した。これが、薄く見えるのか中々見つからない。それで南上方にある明るい星を見た。これこそ木星だった。距離こそあれ真東の上方には輝きを増した火星があった。

 

体を右に戻して上を見ると、ここまで暗い光なのかと思ったが確かに見える惑星、肉眼では輪は見えないが、それが土星だった。元の南西の2つの星はもうすぐ隠れそうな位置にいた。慌てはしたが順番に5つの惑星を見て行った。一度には視界に入らない程離れているが、しっかりと日没後の空に張り付いている惑星と出会った。何と爽快な事だったか。

 

25日は夕方から霧雨で、出会う事は出来なかった。視力が4と言う人種もいるが、そうでない限り天王星と海王星は私の肉眼では見えない。つまりこの日、天王星と海王星も惑星総出だったのだ。

 

夕日を追っかけて沈んでいったのか、金星と水星はもう何処にも見えなかった。瞬間と言えば言えるだろうか。ちょっとだけでも時間を惜しんでいたら、5つの惑星を同じ瞬間には見られなかっただろう。細く美しい三日月も見える筈だったので喜んでいたが、いつになってもそれは見つからなかった。

 

 

ここからは参考にして貰えたらと思い、5つの惑星の直径と地球比、太陽からの距離を書いておきます。

 

      惑星の直径     地球比       太陽からの距離

木星  14万2984km  11.2倍   778,300,000km

土星  12万0536km   9.5倍 1,429,390,000km 

金星   1万2104km   0.9倍   108,200,000km

火星     6792km   0.5倍   227,940,000km

水星     4879km   0.4倍    57,910,000km

 

地球   1万2756km   1.0倍   149,600,000km

 

 

序でに、

 

太陽から地球までの距離は1億5000万km。それを千円札の長い方の長さとする。水星までは1円玉を3枚並べた距離。遠い海王星までは1000円札の長い方を30枚つなげた長さである。

 

これはPCで見て、面白い例えだと思い載せさせて頂いた。             

ブログを書く意欲が私には殆どない。それが人の盛衰だと思う。

 

中学校で1メートル70センチの高さを正面飛びで跳んでいた。あの当時、かなりの高さではあっただろう。自分の身長より数センチ高いのだ。何が言いたいかと言うと、今の高齢者の私がどのくらいの高さを跳べるのかと言えば、4~50センチ程だ。

 

バスが来たと走って行って乗ろうとした事が、退職後2度あった。どちらもバスに乗ろうとして走ったのだ。中高時代なら、楽々間に合って乗れただろう。だが、散々だった。体が前のめりになり、スライディングのように転んだ。顔が擦れ、メガネは吹っ飛んだ。買って貰った高価なものだった。レンズは、コンクリートに擦れて、凄い傷。

 

倒れた時、「大丈夫ですか」と女性の方が聞いて下さった。「ああ、大丈夫です」。そんな筈はなかったが、そう言わなければ心配をかける。そう言いながら「大丈夫じゃない」と心の中の私が叫んでいた。

 

コンビニの駐車する所で転んだ。コンビニのトイレを借りて顔を見た。何で走ったのだろうと、後悔が生じた。それに、何で転ぶのだろうと思った。酷い血交じりの顔だった。走る事は全くなかった状況だった。

 

同じことが別の場所でも起きたのだから、比べるのは全くおかしいだろうが、昨日のサッカーワールドカップのドイツのような心情だったかも知れない。附則だが、日本は素晴らしかった。前半の暗さを後半に明るさに替えた。後半に投入された堂安選手はゴール前の自分に飛んで来たボールをゴールにしっかりと蹴り込んで1対1の同点に戻した。暫くして、浅野選手があの難しい右斜めゴールの角からキーパーの上を狙って、これしかない正確さで左サイドの網にゴールを決めた。2対1。

 

恐らく誰もが日本が勝つとは思っていなかっただろう対ドイツ戦から、日本は勝ち点3を獲得した。ゴールキーパーの権田選手はこの試合の最優秀選手賞に選ばれた事は納得だ。日本人や多くの人の心は、格上のドイツに勝ち得た「2対1」に震撼しただろう。

 

 

長い間に心と体は全く離れて行っていた。思い返せば、青春とはぴちぴちしていたのだ。

 

家のメダカは、どうなっているのだろう。オレンジ色の楊貴妃はもう1匹もいなく、今いるのは幹之(みゆき)と言う青みががったメダカである。1匹、精悍な、大きなメダカがいる。縄張りを広げていくのだが、小さいメダカを買ってくると、追いかけられて逃げ、隠れるのが精一杯だ。そのストレスでか、数匹が死んだ。

 

今は5匹いるが、私はその追っかける姿が凄まじく意地悪に見え、別の小さな容器に入れた。数日して元のやや大きな水槽に入れるのだが、すぐに他のメダカを追いかける。腹びれも立派なオスだ。また、私は最初の小さな容器に入れる。何度かそうして来た。

 

1週間超えた頃、また元の、4匹が優雅に泳いでいた水槽に入れた。やっぱり仲良く過ごす姿でいて貰いたい。しかし、そんな気持ちメダカに分かる筈もなく、分かる程の脳みそがあるとも思えない。

 

今回、無理と思いながら元の水槽に入れて数日経つが、1度も他のメダカを追っかける姿を見た事がない。それどころか、仲良く泳いでさえいる。私にしては、また小さな容器に戻される諦めが、目を見張る喜びに代わった。これを奇跡とは言わないけれど、今存続中の結果の不思議が分からない。メダカには、考える脳みそがあるのだろうかと言う事が。

 

4匹のメダカに争いはないが、一方的な縄張り争いを何故放棄したのだろうか。放棄する? 何故、この暴れまくるメダカは、全く追いかける事をしなくなったのだろうか。

 

私が不注意でこけたとは思えない、あの2度の衰えと同じ状況になったのだろうか。メダカの寿命は2年ほどだと言う。後どの位生きられるか分からないが、もう攻撃的に追い掛け回す事はしないだろうと信じたい。この穏やかな水槽に5匹が集まって、悠々と気持ち良さそうに平和のさざ波を作りながら泳ぐ姿は、心から癒される世界だ。