「もっと早く出会いたかった。」と言われました。

はい。
ここまで読んで、
「オチ」を待った方、
手をあげてぇ~~~























中間テストの、追試の機会を与えた学生に、でした。あせあせ

猫のミクの一周忌です。

とは言っても、別に彼女のために何かをしようと

思っているわけじゃありませんけど。


台北を離れて、南国の中でも南国、

というところに来ていますが、

去年の天候とは全然違って、

今日はからっとした快晴で、

気温は台湾にしてはちょっとひんやりで、

今朝電動原付(?)に乗っていると、

あ、ちょっとだけ、日本の秋みたい、と思いました。


いろんなものが、いろんな人が、いろんな場所が、

いろんな天気が、いろんな匂いが、懐かしい。


生きているんですね、こうして。

Fちゃんへ


そうそう。君は私のブログでは「Fちゃん」なんだよ。^^

ほとんど更新していないのに、

いまでも読んでくれたりしてありがとう。



先週土曜日のメール、ありがとう。

以下はそのとき書きかけたお返事。

その後学生が急に家に来たので中断しちゃって、

そのまま一週間が過ぎてしまった。

後で、どれくらいそのとき書きたかったものが思い出せるんだろう。。。


+++++++++++++++++++++++++++


風邪がまだ治っていないらしく、

不本意な長~い昼寝から目を覚まし、

ブラインドを下げながら、

残りの仕事はどうしようと、

ぼんやりと考えました。


微熱があるらしく、頭がくらくらします。

ぼ~っとしてブラインド越しに、

もう一度外の暗めの夕焼けを眺めて、

あ~もうこんな時間かってわけもなく慌てちゃって、

なんだか気が滅入っちゃった。

たそがれのとき、落ち込みやすいというけど、

本当かもね。


+++++++++++++++++++++++++++


(以下続き)

そう思ったら、君のメールが入ってきた。

...

少し泣けた。


なに?一人でオフィスで思い出し笑いしてたの?^^

なんだか映像が容易に思い浮かぶわ。

君のその、子羊を思い出させるような笑い方。

その通り、十分とはいえないけど、

一所懸命に思い出を作っておいたかもね。

次はいつ面と向かっておしゃべりできるかはわからないけど、

これからもよろしくね。

新しい、共通の思い出が作れる日を夢見てがんばる。


生活能力がないのじゃなく、

生活しようとしていないだけなんだよ、いまは。

あんまり、心配しなくていいのだ。


風邪もほとんど気にならなくなった。


では時間があるときにまたブログを更新するね。

お休み~



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【おまけ】


途中からだったけど、

先週はテレビで「Uptown Girls」という映画を見ました。

子役のDakota Fanningはもともと好きで、

この映画の中での、いやに「老気横秋」で神経質な役がものすごく気に入ったわ。

お薦め。


まだまだ、父親と娘との映画とかCFとか見ると、

涙が出てくるなぁ。


http://tw.movie.yahoo.com/movieinfo_main.html/id=422


http://movies.foxjapan.com/uptowngirls/

本体無料でいかにももろそうな携帯電話を所持しております。
その携帯電話を使って一年も経たないのに、
小さな故障が続出。
いやになって、そのうち替えてやると思っていたのですが、
替えに行くような余裕がありませんでした。

早速、夕べ充電ができなくなってしまいました。

既にローになっているバッテリー表示を見て、
これは、修理に出すまでに、省エネが必要だなと思いました。
ところが、夜中12時に、

メールが次から次へと入ってきてびっくり。

事前に話し合って決めたのだろうか、
担任のクラスの子たちが12人くらい、
その時間に一斉に教師の日の祝福のメールを
送ってきてくれたのです。
やばい。やられた。
こうなったらいちいち、メールを返すしかありません。
名前を書き忘れた子もいれば、
「明日出勤のとき、安全に気をつけてねー」
としっかしりた子もいて、
(強い台風で月曜日学校は休みで、
会社は通常通りに出勤となっています。)
また、前日に既にメールをくれた子から、
もう一通のメールが入り、
「先生、●●さんの携帯が止められちゃったので、
このメールは彼女の代わりに送ったのです。」と。
「台風の中、先生雨漏りは大丈夫ですか?
そんなことより、いちばん大事なのは、
孔子のお誕生日のお祝いを申し上げたくて」
みたいな文面もあって、
「孔子が『ありがとう』と伝えてって。」
と返事しておきました。

幸せな、教師の日でした。るんるん


star

今夜はこのメルヘンチックな天井を眺めて、
メルヘンチックな夢を見よう。
1回しか来たことがないのに、
今日から我が家って・・・
一日あれこれ付き合ってくれた先輩とバイバイして、
カギをジャラジャラと言わせながら
エレベーターに乗り込むと、
さすがにちょっと変な気分になりました。


リビングとかはそうでもないですが、
寝る部屋はす~っごく暑く、
エアコンも最初はなかなか効きませんでした。
全く知らないところですが、
ホテルに泊まるみたいな感じに想像力を働かせたら、
きっとぐっすり、気持ちよく眠れるだろうと思い、
ここ2日間あまり寝ていませんでしたし、
今晩だけ、地球に厳しい(笑)ことをし、
エアコンをつけたままで寝ようかなと。


お休みなさい。

この日記を、「お薦めコーナー」に分類するのはどうよ、

と自分にツッコミを入れながら・・・

すみません。(;´▽`A``


本日、臓器提供意思表示カードにサインをしました。
もちろん、自分の、です。

少しブラックな話題が続いてごめんなさいね。
そして、身内の自慢ばかりしてごめんなさいね。^^;

うちの親はえらいと思います。
例えば、そうですね…
子供の結婚相手はどの国の人でもかまわないそうです。

(いかに娘がもらってもらえそうにないと思っているのかがうかがえます…)
そして例えば、(これは受身で仕方なく、かもしれませんが~笑)
子供が何歳になっても、早く結婚しろとも言いません。
なかなか、こんな親はいないんじゃないかと。
解釈の仕方によっては、単に子供を甘やかしている、
とも言えなくはありませんが。あせあせ

父が亡くなったのをきっかけに、
臓器提供の話題を母に持ち上げてみました。
カードを作ってもいいかと聞いたら、
母は迷いもせずに「賛成よ」と。
念のためにもっと具体的に話をしようと、
「もし、私がお母さんより先に死んで、
私の体に、メスが入っちゃうのよ?
本気で想像してみて。それ、耐えられる?」
「人のためになるんだったら平気。」と、
意外とあっさり。
母自身のも提供してもいいしって。

「お母さんえらいっ!尊敬する!」と
思わず褒めてしまいました。

というわけでオンラインサービスでサインしてきました。
記入は簡単でしたし、
オプションで国民健康保険証(台湾ではICカードです)に
書き込めるようになっていて便利だと思います。
臓器提供意思表明のカードも別にあって、
後から郵送されることになっています。

細かいことを確かめる元気はまだないんですが、
本当は、カード1つで世界中通用するようになっていたらいいのに、
たぶんそこまでするには問題がありすぎて、
そういう風にはなっていないんだろうな。

本人は、どこの国の人に提供してもかまわないと思っているんですが。
人間は様々なことにこだわったりする動物のようなので、
そこまで便利に世の中はできていないんじゃないかと。。。

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中華民國器官捐贈協會
洽詢電話:(02)2702-5150
http://www.organ.org.tw/

暑い中、台風が心配されている中、

良い告別式でした。


予想外の来客が多く、

座れない方もたくさんいて、

非常に申し訳なかったですし、

これじゃ父が眉をひそめる、と思いながら、

大勢の方々にお越しいただけて感謝の気持ちでいっぱいです。

来客を見て、改めて父のことを、誇りに思い胸を張りました。


式を通してずっと音楽が流れていたんですが、

テレサ・テンの曲もいくつかありました。

ちょっと、これは聞いてないよ。

最後の一ヶ月、母と私とWちゃんが、

父の耳元に歌っていた曲ばかりで。。。

「月亮代表我的心」。

母が歌いながら父の頬にキスをしたという、ほのぼのとしたひと時なのに、

私は母の歌声や歌詞の間違いにケチをつけたり、

自分がもっと大きい声で歌い始めたシーンを思い出してしまって、

押さえきれずに涙してしまいました。


最後のお別れの瞬間を実は密かに恐れていましたが、

父の顔がとても穏やかで、

自分でもびっくりするほど落ち着いた気持ちで最後まで見送ることができました。

きっと父がくれたパワーに違いありません。


ありがとうが、たくさん。

5歳の女の子がお父さんにお届けものをする、

という内容でしたが、

見てて涙が出てきてしまいました。


ああ~


父の告別式は午後です。

やっぱりつらい。

書き終わりました、父の告別式の案内状をとりあえず41部。
(父の昔の職場の方のほうで、
20部ほど代わりに書いていただけるようになっています。)
字が下手なので、本当ならば誰かに頼んで、
手分けして書いたりしたほうがよかったですが、
この静かな夜に、書き出したら
自分で最後まで書きたい気分になってしまい…
何かを、独り占めしてみたかったような感じなのかしらね…
それに、1日も早く届いたほうが出席していただけそうですし。

まだまだ、父のためにやりたいことがあるのは、嬉しいです。
まだ重慶にいる兄嫁のCちゃんと、カンボジアにいる次兄から、
skypeを通して励ましとお詫びのメッセが時々入ってきました。
仕事の邪魔になっていたんですけどね…

日本の方じゃびっくりするかもしれませんが、
台湾では、亡くなった日から、
告別式まで、日本と比べてかなり間隔が空いています。
葬儀事情は宗教や出身地、その家などによってばらばらですが。
私は日本のお葬式の早さを初めて知ったときも、
その効率の良さ(?)に非常に驚いてしまいました。

父の場合は、亡くなった日から12日後になっています。
それでも、慌しく感じます。

身内だけで静かに父を見送ろうと思っていたら、
父の友人や元同僚などから、
「ちゃんとやらないと」、
自分達が委員会を成立し、みんなに連絡を取るから、
などと申し出てきてくださいました。
その中に若い人(と言っても4,50代)もいれば、
70代や80過ぎのおじいちゃんも、
炎天下や台風の中、家までいらしてくださったり。
恐縮と、感謝の気持ちに混じって、
やっぱり父のことを自慢に思いました。

一人のおじいちゃんが、父の幼馴染だと自己紹介し、
14,15歳の頃の父のことを、
「それはそれは大変な美少年だったよ」
とおっしゃってくださいました。

目?!?!?!
本当かな・・・ (笑)

私が生まれたとき、父は既に50歳でしたからね…
14、5歳の父…全く想像がつきません。
でもま、信じることにしましょう。あっかんべー

父を大切に思ってくださっているおじいちゃんたち、
ありがとうございます。m(_ _)m

父は台湾時間7月14日夜9時過ぎに、静かに眠りました。


海外にいる次兄夫婦を除いて、家族みんなの見守る中だったので、決まり文句を言っているのではなく、父は本当に幸せだったと思います。


前触れは一切なく、14日の午後4時過ぎから突然、呼吸が中断したりするようになり、意識が徐々にもうろうとしていきました。まるでただ、呼吸することに疲れただけかのように、9時過ぎに突然、呼吸するのをスパッとやめたようです。正直、呼吸する力が弱っていても、まだまだ時間があるかとみんな思っていたので、ずいぶん驚きました。


病気になった直後や入院の間は、本当に色々と辛い思いをさせてしまいましたが、最後にこういう形でお別れできたことは、母も私も、そして長兄も満足しています。娘の私がいうのもなんなんですが、一生まわりに思い遣って生きてきた父は、まっすぐで尊敬できる人だと思うので、人生の最期には、きっと神様からも格別にご愛護をいただけたのでしょう。

思えば、去年の10月末には父がもう病気が重くなり始めましたが、その間に私の博論の正式の提出、口述、学位の授与、就職、ないし先日決まった新居まで、全部見守っていてもらえました。そして、法事はどうなるかはまだわかりませんが、いまから四十九日経っても、なんとか大学が始まる前には全部済むようになっています。(もともと、父のことで、大学側に迷惑を掛けてしまうかもしれないと心配していました。)7月14日という命日だって、夏休みなので、私がお墓参りしやすいように、ぱっちりと計算されているとしか思えません。父は本当によくがんばってくれました。深い深い愛情を感じました。やっぱり最後の最後まで、人に迷惑を掛けまいと徹しています。そういう父が、心が疼くほど愛おしくて、お別れはやっぱりすごく寂しくて・・・。でも贅沢はいえません、私はそんな父の娘で幸せですし、神様が与えてくれた最後の濃密な時間が、一生の宝物となっています。

お年寄りの介護の大変さは、その家その家で異なっていて、辛いところもきっとそれぞれ違うと思うので、人にアドバイスするのは僭越というか、無駄かもしれないとは思います。しかし、時々自分のことを含めて、色んなことを疑ってきたりするのは同じではないかと思い、そういう方とシェアしたい心境があります。


「空間上」「物理的」のことではなく、「一緒にいる」のであれば、どんな介護の仕方をしていたって、どんなに醜い顔を見せたって、自分は自分のその家族を愛していると言い切っていいと思います。きっとお互いの、相手に対する愛情がはっきりと見えてくる日が来ると思います。だから、「逃げているけど逃げていない」自分を、認めてあげましょう。そこには、ドロドロと汚れたものや、窒息させてしまいそうなものの、中心ともいちばん外側とも言えるところには、やっぱり美しいものがあるのです。だからといって、ドロドロが消えることも、息が楽になることもありませんが、とても見えにくい「美しいもの」にも、気付いたら、時々思い出せたらな、と思います。


家は恐らく、非常に恵まれているからできたことだと思いますが、父に、父が愛されていることを伝え、それがちゃんと伝わった、そして、父に伝わっていることがこちらにもちゃんとわかったと、何度も確かめ合う機会が与えられました。そのことが、父を見送ったいまの、いちばんの幸せで、そのおかげで、どんなに寂しくても、清々しくて、落ち着いていられます。


父の耳元に、何度も何度もお礼を言いました。昔にも言ったことがありますが、「最高のお父さんです。よかったらまた親子になろうね」とも。悔いの残らないようなお別れができて、神様にも深く感謝しています。言いたいことがちゃんと言えてよかった。


昨日、お葬式のことで電話帳を調べていた母が、父がそこに書いた一行を見せてくれました。


「真誠心 救世間」


真心が、誠意が、世間を救う。


何がきっかけにこの一行を書いたかわかりませんが、父はまさにそういう人でした。父が残してくれたたくさんの宝物を大切にし、父が頷くような娘になれるようにがんばります。