書き終わりました、父の告別式の案内状をとりあえず41部。
(父の昔の職場の方のほうで、
20部ほど代わりに書いていただけるようになっています。)
字が下手なので、本当ならば誰かに頼んで、
手分けして書いたりしたほうがよかったですが、
この静かな夜に、書き出したら
自分で最後まで書きたい気分になってしまい…
何かを、独り占めしてみたかったような感じなのかしらね…
それに、1日も早く届いたほうが出席していただけそうですし。

まだまだ、父のためにやりたいことがあるのは、嬉しいです。
まだ重慶にいる兄嫁のCちゃんと、カンボジアにいる次兄から、
skypeを通して励ましとお詫びのメッセが時々入ってきました。
仕事の邪魔になっていたんですけどね…

日本の方じゃびっくりするかもしれませんが、
台湾では、亡くなった日から、
告別式まで、日本と比べてかなり間隔が空いています。
葬儀事情は宗教や出身地、その家などによってばらばらですが。
私は日本のお葬式の早さを初めて知ったときも、
その効率の良さ(?)に非常に驚いてしまいました。

父の場合は、亡くなった日から12日後になっています。
それでも、慌しく感じます。

身内だけで静かに父を見送ろうと思っていたら、
父の友人や元同僚などから、
「ちゃんとやらないと」、
自分達が委員会を成立し、みんなに連絡を取るから、
などと申し出てきてくださいました。
その中に若い人(と言っても4,50代)もいれば、
70代や80過ぎのおじいちゃんも、
炎天下や台風の中、家までいらしてくださったり。
恐縮と、感謝の気持ちに混じって、
やっぱり父のことを自慢に思いました。

一人のおじいちゃんが、父の幼馴染だと自己紹介し、
14,15歳の頃の父のことを、
「それはそれは大変な美少年だったよ」
とおっしゃってくださいました。

目?!?!?!
本当かな・・・ (笑)

私が生まれたとき、父は既に50歳でしたからね…
14、5歳の父…全く想像がつきません。
でもま、信じることにしましょう。あっかんべー

父を大切に思ってくださっているおじいちゃんたち、
ありがとうございます。m(_ _)m