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田口裕史のブログ

戦争責任や戦後補償の情報を提供します

 新刊書籍はいろいろあるのですが、とりあえず田口が注目している数冊を。

 とくに、赤澤史朗さんの『靖国神社』には注目しています。高橋哲哉さんの『靖国神社』(ちくま新書)にはずいぶん不満(というか問題)を感じていただけに、期待したいと思います。

 以下、数ヶ月前に出た本も入っていますが…。


赤澤 史朗 『靖国神社 せめぎあう<戦没者追悼>のゆくえ 』岩波書店1890円


小菅 信子 『戦後和解 - 日本は〈過去〉から解き放たれるのか 』 中央公論新社(中公新書)777円


佐藤 卓己『八月十五日の神話 終戦記念日のメディア学 』 筑摩書房(ちくま新書)861円


市場 淳子 『ヒロシマを持ちかえった人々―「韓国の広島」はなぜ生まれたのか 』 凱風社2940円


「対話ノート」編集委員会, 安斎 育郎, 藤田 明史, アンソニー・ガイスト

ヒロシマから問う―平和記念資料館の「対話ノート」 』 かもがわ出版1260円


中村 一成 『声を刻む―在日無年金訴訟をめぐる人々 』 インパクト出版会2100円


田中 眞澄 『小津安二郎と戦争 』 みすず書房2940円


米山 リサ(小沢 弘明, 小田島 勝浩訳) 『広島 記憶のポリティクス 』 岩波書店3465円


加藤 陽子 『戦争の論理―日露戦争から太平洋戦争まで 』勁草書房2310円



 「ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版 」のウェブサイトに、ホセ・マルダブスキ「独裁時代の清算に歩み出したチリ 」という記事が翻訳・公開されている(岡林祐子訳)。

 

 チリでは「政治犯拘留・拷問問題委員会」が2004年11月に報告書を公開し、ピノチェト政権下の人権侵害について明らかにした。未だ多くの不備はあるようだが、この報告書によって、当時おこなわれた拷問等の非人道的行為が、組織的な犯罪として責任を問われるべき性質のものであったことが証明されたといってよいのだろう。ただし、報告書には、軍部からの反発もあるという。
上記リンク先の記事には、以下のように述べられている。


 「かなり長い間、軍の指導者たちは、独裁政権下で起きた拷問、失踪、暗殺事件は『個人の責任』に属する『行き過ぎ』で説明がつくという考え方を支持していた。ピノチェト将軍の後任となったイスリエタ陸軍司令官は、1999年には次のように述べていた。『軍政時代に誰も過ちを犯す者がいなかったと言えば、それは誤りであろう。しかし、人権侵害が政策として制度的に行なわれていたと言い立てるなら、それも事実を歪めることだ』」 

 どこかでも聞いたことのあるような、言い逃れだ。

 

 2000年に雑誌『現代思想』が、「和解の政治学 (Vol.28-13) という特集を組んだことがある。日本の侵略被害者の問題が取り上げられているほか、人権侵害や紛争が繰り返されてきた南アフリカ、北アイルランド等における「和解」への努力とその課題・困難をレポートする論文が掲載されており、とても参考になった。それぞれの社会がそれぞれに課題を抱えながら、将来への路を模索している。そして「和解」なるものがいかに困難であるのかを、あらためて感じさせられる。一読をお勧めしたい。


 栃木県大田原市の教育委員会が、来年春から中学校で使用する教科書として、扶桑社版歴史・公民教科書を採択した(7月13日)。この教科書で歴史を学ぶ子どもたちは不幸だ。「非道の歴史」との出会いを通じて新しい世界のヴィジョンを構想する、有効な機会を奪われるのだから。きわめて憂うべき事態だと思う。

 「過去」との対決にはさまざまな困難がある。しかし、それぞれの社会で困難を抱えながら戦っている人々がいることもまた確かだ。それは、私たちの「過去」との対決へのヒントになると同時に、大きな励みにもなる。

 オランダのラジオ局Radio Netherlands のウェブサイトに、大学生たちとともに第一次大戦の跡地を訪問する大学教授の話がレポートされていた。

 Footnotes from the fields - a new generation studies WWⅠ

 (ウェブ翻訳 で翻訳して読むことも可能です)


 この旅を主催しているのは、ライデン大学のKoen Koch 教授。書物を読む以上に、「戦争」の跡地に立つことが若者たちの歴史理解にとって重要だという彼の信念が、この旅の企画に結びついている。
 旅には、オランダだけではなく、合衆国の学生たちも参加しているという。四日間の旅の間に彼らは、戦いの跡地や博物館を訪れ、映像を見、レクチャーをうけ、歴史と徹底的に向き合う経験をするらしい。


 学生たちの反応はさまざまなようだ。「理想をもって戦った兵士たちと同様に、私も世界を手助けするための仕事をしたい」と述べる若者もいれば、「戦争を知ったことが、空軍への従軍をしない決意に結びついた」と語る者もいる。

 短いレポートなので、学生たちの反応や議論の詳細は分からない。ただ、記事を読んだ限り、悲惨な事実や戦死者たちの苦悩を前に、彼らが迷い、悩み、深い思索を繰り返しているであろう様子が感じ取れた。これは、とても貴重なことだと私は思う。

 

 日本には、『きけわだつみのこえ 』という戦没学生たちの手記集がある。かつて私は、「この手記を読んで“感動しました”と語る若者を信用しない」と発言したことがある(わだつみ会編『学徒出陣 』岩波書店)。

 かなり誤解や反発を招いた発言だったが、「分からない」という違和感や戸惑いから出発しなければ嘘ではないかという感覚が、私にはあったのだ。そしてその感覚は、いまも変わらない。そもそも、私たちの日常と戦没兵士たちの置かれた状況との間には、たいへんな距離がある。そんな簡単に、「分かる」わけがないではないか。そして、「分からない」からこそ、私たちは歴史と真摯に向き合うべきなのだ。「分からない」という場所から出発しなければ、歴史を腹の底からつかむことにはならないだろう。その「構え」が、「いま」と「これから」に活きる歴史理解へとつながるのだと思う。

 

 よりよく悩み、よりよく考えること。それを忘れたくない。

 先ほども書いた通り、短い記事の中ではKoch氏の旅について詳しいことは分からない。ただ、彼の企画する旅がこれからどのような若者たちを育てるのか、ぜひ注目したいと思う。