チリにおける「過去の克服」 | 田口裕史のブログ

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戦争責任や戦後補償の情報を提供します

 「ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版 」のウェブサイトに、ホセ・マルダブスキ「独裁時代の清算に歩み出したチリ 」という記事が翻訳・公開されている(岡林祐子訳)。

 

 チリでは「政治犯拘留・拷問問題委員会」が2004年11月に報告書を公開し、ピノチェト政権下の人権侵害について明らかにした。未だ多くの不備はあるようだが、この報告書によって、当時おこなわれた拷問等の非人道的行為が、組織的な犯罪として責任を問われるべき性質のものであったことが証明されたといってよいのだろう。ただし、報告書には、軍部からの反発もあるという。
上記リンク先の記事には、以下のように述べられている。


 「かなり長い間、軍の指導者たちは、独裁政権下で起きた拷問、失踪、暗殺事件は『個人の責任』に属する『行き過ぎ』で説明がつくという考え方を支持していた。ピノチェト将軍の後任となったイスリエタ陸軍司令官は、1999年には次のように述べていた。『軍政時代に誰も過ちを犯す者がいなかったと言えば、それは誤りであろう。しかし、人権侵害が政策として制度的に行なわれていたと言い立てるなら、それも事実を歪めることだ』」 

 どこかでも聞いたことのあるような、言い逃れだ。

 

 2000年に雑誌『現代思想』が、「和解の政治学 (Vol.28-13) という特集を組んだことがある。日本の侵略被害者の問題が取り上げられているほか、人権侵害や紛争が繰り返されてきた南アフリカ、北アイルランド等における「和解」への努力とその課題・困難をレポートする論文が掲載されており、とても参考になった。それぞれの社会がそれぞれに課題を抱えながら、将来への路を模索している。そして「和解」なるものがいかに困難であるのかを、あらためて感じさせられる。一読をお勧めしたい。


 栃木県大田原市の教育委員会が、来年春から中学校で使用する教科書として、扶桑社版歴史・公民教科書を採択した(7月13日)。この教科書で歴史を学ぶ子どもたちは不幸だ。「非道の歴史」との出会いを通じて新しい世界のヴィジョンを構想する、有効な機会を奪われるのだから。きわめて憂うべき事態だと思う。

 「過去」との対決にはさまざまな困難がある。しかし、それぞれの社会で困難を抱えながら戦っている人々がいることもまた確かだ。それは、私たちの「過去」との対決へのヒントになると同時に、大きな励みにもなる。