田口裕史のブログ -18ページ目

田口裕史のブログ

戦争責任や戦後補償の情報を提供します

 必要があって、きょうはナチス時代のドイツの国旗について調べていた。

 ドイツでは1935年9月15日の「帝国旗法“Reichsflaggengesetz” 」によって、ハーケンクロイツが国旗と定められている。「帝国旗法」第二条の「国旗はハーケンクロイツ旗である」という規定(“Reichs- undNationalflagge ist die Hakenkreuzflagge.”)がそれだ(上記リンク先は“documentArchiv.de ”)。

 上記リンク先ウェブサイトの説明によれば、「帝国旗法」は「ニュルンベルク法」の一つとされている。「ニュルンベルク法」は、ユダヤ人の諸権利を奪い、「ドイツ人」とユダヤ人の婚姻を禁ずるなど、ナチの人種主義思想を示す法律として悪名高い。これは、1935年9月15日に成立した三つの法律の総称であるという。「ニュルンベルク法」を構成するのは、「ドイツ人の血と尊厳の保護のための法律“Gesetz zum Schutze des deutschen Blutes und der deutschenEhre” 」と「帝国市民(公民)法“Reichsburgergesetz” 」、そして「帝国旗法」である。

 今日気づいたことなのだが、「ドイツ人の血と尊厳の保護のための法律」第4条1項は、ユダヤ人が国旗を掲げることや帝国色(黒白赤)を示すのを禁じる内容になっている(“Juden ist das Hissen der Reichs- und Nationalflagge und das Zeigen der Reichsfarben verboten.”)。
 「帝国旗法」が、ナチの人種主義を明確化した諸法と同時に成立しているという事実は、「国旗」というものの機能を考える上で無視できない問題を示してくれているような気もする。

 もちろん、それぞれの社会の国旗が持つ意味合いは多様であり、その歴史事情を捨象して問題をひとまとめに論じるのは乱暴かもしれない。しかし、ドイツや日本に限らず、国旗は、「自分なりの視点・立場でこの世界に向き合いたい」という自由へのねがいを圧殺して人々の精神をまとめあげ、統合を拒む者を選別排除する役割を果たしてきた。こうした統合と排除の道具としての国旗は、世界中のさまざまな問題の渦中にしばしばあらわれてくる。

 「レイバーネットブログ」というサイトに興味深い記事が載っていた(「国旗」 )。韓国の週刊誌「ハンギョレ21」が「国旗に対する誓いをなくそう」という特集を組んだというのだ。朴正煕時代以降、韓国の学校では「国旗に対する誓い」が強要されているという。国旗に敬礼せず除籍された学生が裁判を起こし、敗訴したという話もあるらしい。

 そういえば、先日見た映画「ピースピープル 」にも、国旗と国歌が出てきた。この映画の舞台は1980年代の北アイルランド。主人公の男性(カトリック)が、映画館で作品上映後のスクリーンに映し出されるエリザベス女王と国旗・国歌(God save the Queen)を避けて退出しようとすると、男たちに囲まれ、「国歌を聴いていけ」と脅されるのである(ちなみに、英国の国旗・国歌に法的根拠はない=文部科学省「諸外国における国旗、国歌の取扱い 」)。

 2001年には、ワールドゲームズ秋田大会の女子綱引きインドア480キロで優勝したスペインチームが、国旗掲揚セレモニーを拒否した。スペインチームの選手たちがバスク出身だったことが理由なのだが、国際綱引連盟は、スペインチームを出場停止処分にしたという(共同通信サイト「第6回ワールドゲームズ」特集ページの記事「綱引のスペイン出場停止 」「処分に心痛むスペイン選手 」)。いったいどんな根拠でこの処分は下されたのか。

 日本では1999年8月13日に「国旗及び国歌に関する法律 (=e-Gov へのリンク)」が施行された。その後の状況の中で何が起こっているかについては、わざわざ書き出すまでもないだろう(たとえば「ブログ版 東京都・国立市の教育 」などに情報が集められている)。


 こうした多くの問題の存在を考えるとき私は、国旗そのものが持つ暴力性に注目せずにいられない。国旗(への忠誠)を拒む人々の中には、さまざまな立場があるだろうが、「そもそも国旗などいらない」というのが私の基本的立場だ。 私は、この世界・社会に生き、生かされている者の一人として、“私”自身の場から、私自身とこの世界、この社会のあり方に責任を持ちたい。

 昨年5月、イスラム教徒の法律家がアラブ社会初のホロコースト資料館を設立したという(“Arab Holocaust centre reaches out ”BBCNews06年1月28日付記事)。

 “The Arab Institute for Holocaust Research and Education in Nazareth ”と呼ばれるこの資料館をイスラエルのナザレに設立したのは、Khaleed Mahameedという43歳の弁護士。費用は彼自身が負担したらしい。
 昨年末には、イランのアハマディネジャド大統領がイスラエル批判の文脈で、ホロコーストの規模を「信じていない」と述べて批判を浴びた。この発言自体の愚かさは明らかだが、発言の背後にあるイスラエルとパレスチナ、アラブ社会との関係を考えれば、KhaleedMahameed氏の試みが多くの困難を抱え込むであろうことは想像に難くない。実際、アラブ人でありながらホロコーストへの理解を広めようとする彼に、周囲の眼は厳しいという。兄弟からは縁を切られ、近隣から冷たい視線を投げかけられるばかりではなく、「裏切り者」としてパレスチナ、アラブ社会から多くの批判を浴びせられているのだ。

 こうした困難を引き受けながら彼が資料館を設立したのは何故なのだろうか。
 関連する新聞記事をいくつか読んでみると、彼を突き動かしたのは、日々繰り返される紛争を沈静化させたいという強い願いであるらしいことが分かる。繰り返される非道を前に、KhaleedMahameed氏がこの困難な道を選択したことには敬意を表したい。

 しかしながら、ここには軽視できない問題もあるように感じる。
 複数の記事に引用されたKhaleed Mahameed氏の見解を読むと、彼はイスラエル国家の成立とパレスチナ人への迫害の背後に、ナチスによる迫害の歴史の影響を見ているようだ。「迫害」の感覚が、パレスチナへの強硬な姿勢を生み出しているというわけだ。彼の考えによれば、ユダヤ人のこのような苦難の歴史を知り、彼らの行動の背景を理解することが、両者の対話の“空気”を作り出すだろうというのである。
 しかし、ホロコーストの被害者であるユダヤ人が揃ってイスラエルの行動を正当化しているわけではない。ホロコーストの被害とイスラエルの存在を単純に結びつけることはできない。イスラエルに生活するユダヤ人たちがどう考えていようと、ホロコーストとパレスチナ問題を不用意に関連付けるべきではない。上に書いたアハマディネジャド大統領の発言も、こうした文脈の中から生まれてきてしまっている。ホロコーストの歴史と中東問題の解決とを結びつけようとする氏の発言がむしろ問題を複雑化してしまうのではないか、という危惧を感じてしまう。

 そもそも、背景にどのような歴史があろうと、イスラエルによるパレスチナ人への迫害は許されるはずがない。日常的な暴力の中を生きる人々が、ホロコーストの歴史とユダヤ人の苦難を十分に受け止められないとしても、それはいわば当たり前のことだ(パレスチナ・ナビパレスチナ情報センター といったサイトでは、パレスチナで何が起こっているのかが継続的に伝えられており、とても参考になる)。

 どのような社会によるものであれ、いかなる人種主義も、いかなる迫害も、許されない。私がショア(ホロコースト)の歴史から学んだのは、そのことだ。


【関連する記事】
・“Khaled's Holocaust institute ”イスラエルのニュースサイト“Ynet”の記事
・“Muslim opens first Arab Holocaust museum in Nazareth ”WIKINEWS2005年5月7日
・“Muslim opens Holocaust museum in Israel ”The Boston Globe2005年5月6日
(自動翻訳サイト=Nifty翻訳 Yahoo翻訳 などを利用すると、大意は分かります)

 衆議院議員の辻元清美さんが、小泉首相の「歴史認識」を問う質問主意書を提出。その答弁書が辻元さんのウェブサイト(ブログ) で公開されている。


 質問主意書は、「先の大戦」「あの戦争」「過去のあやまち」「歴史の教訓」といった文言の具体的内容を確認するもの。小泉首相が「同じ認識」だという「村山談話」への見解を問いただすものだが、回答は、このくにの政府がいかに曖昧な歴史認識をもとに「過去のあやまち」「歴史の教訓」を語っているかをあらためて明らかにしている。

 答弁書には、たとえば以下のように述べられている。


 「「先の大戦」、「あの戦争」、「あやまち」、「国策を誤った主要な責任」、「損害」等については、時期、名称、個々の行為に対する評価、被害状況等をめぐり様々な議論があるところ、政府として、具体的に断定することは適当でないと考える」

 「「歴史の教訓」については、歴史の事実を謙虚に受け止め、未来に過ち無からしめんとする等の平成七年八月十五日の内閣総理大臣談話に示されているような種々の認識を意味していると考える」

 「「内外すべての犠牲者」ないし「犠牲者」とは、対象とする国・地域又は個人を特定したものではなく、先の大戦によって犠牲となられた方々一般を意味している」


 「先の大戦」が何を指すかはっきりせず、「あやまち」も「損害」も断定できないままに、このくにはいい加減な「戦後処理」をしてきたのだ。「あやまち」も「損害」も断定できないままに、「補償問題は解決済み」と言われて納得できない被害者がいるのは当然ではないか。「自分の被害が認知されていない」と憤る被害者いるのは当たり前ではないか。こうした歴史認識・歴史評価の曖昧さは、いまにはじまったことではない。

  昨年(2005年)8月15日の「全国戦没者追悼式」で首相は、「先の大戦において我が国は、多くの国々、とりわけアジアの諸国民に対しても、多大の損害と苦痛を与えました。内外の戦没者及び犠牲者の御冥福を心よりお祈り申し上げます」と述べている(全国戦没者追悼式「内閣総理大臣式辞 =首相官邸サイトへのリンク)。しかし、今回の答弁によれば、この「損害と苦痛」は「具体的に断定できないもの」である。彼はいったい、誰に向かって、「心より」祈っているのか。


 悪さをして叱られた子どもが「何が悪いのか分からないけれど、自分のやったことを謙虚にうけとめ、もう過ちをなくします」と言ったらどうなるかを考えれば、この答弁の奇妙さは明らかだろう。このくにの政府は、じつに、こうした子どもとまったく同じなのだ。アジアからの信頼を得られないのは当然である。


 衆議院・参議院それぞれのウェブサイトでは過去の「質問主意書と答弁」が多数公開されている。いずれ、「戦争責任」「歴史評価」にかかわる答弁の内容をまとめ、問題点を整理しておこうと思う。



●以下二件は、「辻元清美ブログ」へのリンク

・「小泉首相の歴史認識を問う質問主意書を提出しました

・「1月20日提出の「小泉総理の歴史認識に関する質問主意書」に対する答弁書が出ました

●以下二件は、衆議院・参議院サイトへのリンク

・「衆議院、質問答弁

・「参議院、質問主意書情報