衆議院議員の辻元清美さんが、小泉首相の「歴史認識」を問う質問主意書を提出。その答弁書が辻元さんのウェブサイト(ブログ) で公開されている。
質問主意書は、「先の大戦」「あの戦争」「過去のあやまち」「歴史の教訓」といった文言の具体的内容を確認するもの。小泉首相が「同じ認識」だという「村山談話」への見解を問いただすものだが、回答は、このくにの政府がいかに曖昧な歴史認識をもとに「過去のあやまち」「歴史の教訓」を語っているかをあらためて明らかにしている。
答弁書には、たとえば以下のように述べられている。
「「先の大戦」、「あの戦争」、「あやまち」、「国策を誤った主要な責任」、「損害」等については、時期、名称、個々の行為に対する評価、被害状況等をめぐり様々な議論があるところ、政府として、具体的に断定することは適当でないと考える」
「「歴史の教訓」については、歴史の事実を謙虚に受け止め、未来に過ち無からしめんとする等の平成七年八月十五日の内閣総理大臣談話に示されているような種々の認識を意味していると考える」
「「内外すべての犠牲者」ないし「犠牲者」とは、対象とする国・地域又は個人を特定したものではなく、先の大戦によって犠牲となられた方々一般を意味している」
「先の大戦」が何を指すかはっきりせず、「あやまち」も「損害」も断定できないままに、このくにはいい加減な「戦後処理」をしてきたのだ。「あやまち」も「損害」も断定できないままに、「補償問題は解決済み」と言われて納得できない被害者がいるのは当然ではないか。「自分の被害が認知されていない」と憤る被害者いるのは当たり前ではないか。こうした歴史認識・歴史評価の曖昧さは、いまにはじまったことではない。
昨年(2005年)8月15日の「全国戦没者追悼式」で首相は、「先の大戦において我が国は、多くの国々、とりわけアジアの諸国民に対しても、多大の損害と苦痛を与えました。内外の戦没者及び犠牲者の御冥福を心よりお祈り申し上げます」と述べている(全国戦没者追悼式「内閣総理大臣式辞」 =首相官邸サイトへのリンク)。しかし、今回の答弁によれば、この「損害と苦痛」は「具体的に断定できないもの」である。彼はいったい、誰に向かって、「心より」祈っているのか。
悪さをして叱られた子どもが「何が悪いのか分からないけれど、自分のやったことを謙虚にうけとめ、もう過ちをなくします」と言ったらどうなるかを考えれば、この答弁の奇妙さは明らかだろう。このくにの政府は、じつに、こうした子どもとまったく同じなのだ。アジアからの信頼を得られないのは当然である。
衆議院・参議院それぞれのウェブサイトでは過去の「質問主意書と答弁」が多数公開されている。いずれ、「戦争責任」「歴史評価」にかかわる答弁の内容をまとめ、問題点を整理しておこうと思う。
●以下二件は、「辻元清美ブログ」へのリンク
・「1月20日提出の「小泉総理の歴史認識に関する質問主意書」に対する答弁書が出ました 」
●以下二件は、衆議院・参議院サイトへのリンク
・「衆議院、質問答弁 」
・「参議院、質問主意書情報 」