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子どもの「見て見て」に、ついカッとなったことはありますか。

「ちょっと待って!」 「今はムリ!」 「ずっと見てるでしょ!」

そう爆発して、そのあと自己嫌悪に沈む。

「私って、母親として最低だ」って。

でも少し待ってください。それ、愛情不足じゃないかもしれません。

 

神経の過負荷が起きている

HSS型HSPは、子どもの声・動き・感情を、

一般的な感度より強く受け取ります

。

しかも子どもって、距離が近い。

ずっと話しかけてくる。

反応を求めてくる。

 

そうすると、神経系が常に「過覚醒」の状態になりやすい。

さらにアダルトチルドレン傾向があると、

こんな声が頭の中で鳴り続けます。

「ちゃんと応えなきゃ」 

「この子を傷つけちゃダメ」

 

本当は限界でも、「休もう」が選べない。

過剰適応が自動で動くから。

そしてある瞬間、感情が爆発する。

これが、あの「怒鳴り」の正体です。

 

心理学の言葉を借りるなら「神経の過負荷」。

意地悪でも愛情不足でもなく、神経系がキャパオーバーになっているサインです。

 

もう一つ、深いところに隠れていること

でも、実はもっと深い理由が隠れていることもあります。

それは、「自分が見てほしかった」という気持ちが、

まだ満たされていないこと。

 

特に、お父さんとの関係が薄かった人。

 

話を聞いてもらった記憶が少ない。

関心を向けられた感覚が薄い。

守られているという安心感が弱い。

 

でも、暴力や怒鳴りがなかったから、

「うちは問題ない家庭だった」と思いやすい。

 

でもね、子どもって、傷つけられることだけじゃなく、

「ちゃんと見てもらえなかった」という体験でも、深く寂しくなる。

 

お父さんとの関係が薄かった人には、

「私は後回しにされる存在だ」という見捨てられ不安が、

無意識に残りやすいんです。

 

子どもの「見て」が、自分の傷を刺激する

その見捨てられ不安があると、子どもの「見て見て」が、

まったく別の意味に変換されてしまうことがあります。

 

子どもはただ甘えているだけなのに、

「これ以上求められたら、私が壊れる」に変わってしまう。

 

しかも、無邪気な子どもの姿が、

小さい頃の自分と重なって見えることもある。

 

これは心理学でいう「投影」や「トリガー反応」に近い現象です。

本当は自分が、ずっと誰かに「見てほしかった」んです。

寂しかったとき。

怖かったとき。

頑張ったとき。

「見てるよ」「大丈夫だよ」って、ただ受け止めてほしかった。

でもその気持ちを抑えたまま大人になると、

その「見てほしい」という欲求は、凍ったまま心の奥に残り続けます。

 

だから、あなたは母親失格じゃない

子どもの「見て見て」がしんどいとき、

それは母親として失格な証拠じゃない。

ずっと後回しにしてきた、自分の中の寂しさが、表に出てきているだけのことがあります。

そして、そこに気づき始めたとき、

それが、回復の入り口だったりします。

 

HSS型HSP×アダルトチルドレン。

子どもにイライラしているようで、

本当はずっと、小さい頃の自分が泣いていた。

そういう人が、少なくないと思っています。

 

まず、自分に「見てるよ」と言ってあげること

解決策はすぐには出なくてもいい。

でも一つだけ。

「しんどかったんだね」って、

自分に言ってあげることから始めてみてください。

神経の安全を作るのは、大きなことじゃなくていい。

自分の感覚を「認める」ところから、少しずつ変わっていきます。

 

 

 

つづく